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裁判年月日　平成27年 3月13日　裁判所名　東京地裁　裁判区分　判決
事件番号　平２３（ワ）１３１６５号
事件名　損害賠償請求事件
裁判結果　一部認容、一部棄却　上訴等　控訴　文献番号　2015WLJPCA03136003

裁判経過
控訴審平成27年 9月17日東京高裁判決平２７（ネ）２１０４号損害賠償請求控訴事件

出典
判例地方自治 401号58頁

評釈
藤原孝洋＝古田隆・判例地方自治 401巻14号
黒坂則子・判例地方自治 417号83頁
藤原孝洋＝古田隆・判例地方自治 401号14頁
李斗領・立正法学論集 50巻1号221頁

参照条文
都市公園法６条１項
渋谷区立都市公園条例第一七号６条（平２５渋谷区条例２０号改正前）
渋谷区立都市公園条例第一七号７条（平２５渋谷区条例２０号改正前）
渋谷区立都市公園条例第一七号１１条１項（平２５渋谷区条例２０号改正前）

東京都渋谷区〈以下省略〉
原告Ｘ１（以下「原告Ｘ１」という。）
東京都渋谷区〈以下省略〉
原告Ｘ２連合
同代表者Ａ１こと　Ａ（以下「原告Ｘ２連合」という。）
同所
原告Ｘ３会
同代表者Ｂ１こと　Ｂ（以下「原告Ｘ３会」という。）
同所
原告Ｘ４団体（以下「原告Ｘ４団体」という。）
同代表者Ｃ１こと　Ｃ
原告ら訴訟代理人弁護士戸舘圭之
同山本志都
同小島延夫
東京都渋谷区〈以下省略〉
被告渋谷区
同代表者区長Ｄ
同指定代理人山田幸男
同小池浩三郎
同小林稔
同島田直子
同後藤健志
同吉武成寛
同中谷ゆかり
同藤本嘉宏
同三河一博

主文

１　被告は，原告Ｘ１に対し，１１万円及びこれに対する平成２２年９月１５日から支払済みまで年５分の割合による金員を支払え。
２　原告Ｘ１のその余の請求及びその余の原告らの請求をいずれも棄却する。
３　訴訟費用は，原告Ｘ１と被告との間に生じた費用の１０分の１を被告の負担とし，その余は原告Ｘ１の負担とし，原告Ｘ２連合と被告との間に生じた費用は原告Ｘ２連合の負担とし，原告Ｘ３会と被告との間に生じた費用は原告Ｘ３会の負担とし，原告Ｘ４団体と被告との間に生じた費用は原告Ｘ４団体の負担とする。
４　この判決は，第１項に限り，仮に執行することができる。ただし，被告が９万円の担保を供するときは，その仮執行を免れることができる。

事実及び理由

第１　請求
１　被告は，原告Ｘ１に対して，１２１万円及びこれに対する平成２２年９月１５日から支払済みまで年５分の割合による金員を支払え。
２　被告は，原告Ｘ２連合に対して，１３２万円及びこれに対する平成２２年９月１５日から支払済みまで年５分の割合による金員を支払え。
３　被告は，原告Ｘ３会に対して，１２１万円及びこれに対する平成２２年９月１５日から支払済みまで年５分の割合による金員を支払え。
４　被告は，原告Ｘ４団体に対して，２２０万円及びこれに対する平成２２年９月１５日から支払済みまで年５分の割合による金員を支払え。
第２　事案の概要
１　概要
(1) 　特別地方公共団体である被告は，自らが設置・管理する都市公園法（以下「都公法」という。）上の公園である渋谷区立ａ公園（以下「ａ公園」という。）の命名権（以下「ネーミングライツ」という。）を株式会社ｂ（以下「ｂ社」という。）に売却し，ａ公園の整備工事を行う計画（以下「本件計画」という。）の一環として，原告Ｘ１をａ公園から退去させ，ａ公園内に残置されていた物件を撤去した。
(2) 　本件は，原告らが，①原告Ｘ１をａ公園から強制排除した被告の行為は違法である，②本件計画は議会の議決を経ていない等の違法があり，本件計画を実施することを目的に行われた行政代執行（以下「本件代執行」という。）はその違法性を承継する，③本件代執行は弁明の機会が付与されておらず違法であり，これらの違法行為により原告らがａ公園で居住・活動する権利等を侵害されたと主張して，国家賠償法１条１項に基づき，慰謝料等及びこれに対する違法行為日（原告Ｘ１が退去させられた平成２２年９月１５日）から支払済みまで民法所定年５分の割合による遅延損害金の支払を請求した事案である。
２　争いのない事実等（証拠によって認定した事実については末尾に証拠を掲記する。その余は争いのない事実である。）
(1) 　当事者
ア　原告Ｘ１は，いわゆるホームレスであり，ａ公園を起居の場所としてテント等を設置して生活をしていた者である。
原告Ｘ２連合は，野宿者の生存権と居住権の確立を求めて平成１０年４月に設立された，野宿者と支援者の双方で構成される権利能力なき社団である。
原告Ｘ３会は，本件計画に反対して，平成２０年６月に結成された権利能力なき社団である。
原告Ｘ４団体は，ａ公園で従来から行われてきた制作・表現活動をさらに発展させるとともに，本件計画に反対しａ公園に滞在して制作・表現活動を行うことを目的として平成２２年３月に結成された権利能力なき社団である。
イ　被告は，ａ公園を設置，管理している特別地方公共団体である。
(2) 　ネーミングライツ基本協定書の締結
ｂ社と被告は，平成２１年８月２７日，渋谷区立ａ公園ネーミングライツ基本協定書を締結した（以下「本件契約」という。）。同契約には概ね以下の条項が規定されている（乙１８）。
【目的】（１条）
本件契約は，ｂ社及び被告の協力により，ネーミングライツ制度の導入を通じて，ｂ社の地域貢献による公園施設の整備及び公園の維持管理の充実を推進し，区民サービスの向上を図ることを目的とする。
【契約期間】（２条）
平成２２年４月１日～平成３２年３月３１日
【ネーミングライツの内容】（４条）
被告は，ｂ社に対し，ネーミングライツを付与することを承認する。ここで，ネーミングライツとは，本件契約期間中，ｂ社が申し入れ，被告が承認した名称（以下「通称名」という。）をａ公園の名称とする権利をいう。
本件契約において，ｂ社は「○○パーク」という名称を申し入れ，被告が承認したことを確認する。
【ａ公園の整備】（５条）
被告は，ｂ社の提案に基づき，ａ公園の整備計画において，ｂ社の負担により，ａ公園の公園施設を改修及び新設することを承認する。
【ネーミングライツの対価】（８条）
第１項　ｂ社は，被告に対し，ネーミングライツの対価として，毎年度１７００万円を支払うものとする。
第３項　ｂ社は，被告に対し，ネーミングライツの対価として，５条に規定するａ公園の整備計画により施工された公園施設を引き渡すものとする。
【被告の義務】（１０条）
第１項　被告は，ａ公園で行われるイベントの主催者等に対して，特段の支障がない限り，ａ公園の名称を表示するあらゆる機会に通称名を使用することを義務付けるものとする。
第２項　被告は，新聞，雑誌，テレビ等のマスコミが，ａ公園の名称を表示する場合，通称名を使用させるものとし，通称名以外の名称等を使用する者に対して，ｂ社と協議の上，特段の支障がない限り，被告の名前で訂正を求めるものとする。
【契約の解除】（１４条）
被告及びｂ社は，本件契約の各条項に違反したときは，書面により事実確認の協議をした上で，互いに本件契約を解除できるものとする。
(3) 　本件計画
被告は，平成２２年７月，ａ公園の整備工事を同年１０月から行うこととし，その前にａ公園内の不法占用物の撤去等を行うこととした（乙７２）。
(4) 　弁明の機会を付与する旨の公告
被告は，平成２２年８月３１日，①ａ公園にテントなどを配置して占用することは都公法６条１項に違反しているから直ちに除去すること，②不服のある者は弁明の機会を付与するので被告にその旨届け出ること等を記載した勧告書（以下「本件弁明公告」という。）を渋谷区役所庁舎前の掲示場に掲示した（乙９，５７，６１）。
(5) 　原告Ｘ１の退去
被告は，平成２２年９月１５日，原告Ｘ１をａ公園内から退去させた。
(6) 　除去命令等
被告は，原告Ｘ２連合及び原告Ｘ３会に対し，平成２２年９月１６日，ａ公園内にある物は都公法６条１項に違反しているため，同法２７条１項に基づき，同月１８日正午までにこれらを除去することを命じる（以下「本件除去命令」という。）旨を通知するとともに，同条３項に基づき，所有者不明の物に関して同内容の公告（以下「本件除去公告」といい，本件除去命令と併せて「本件除去命令等」という。）を行った（甲１～３）。
(7) 　本件代執行
被告は，平成２２年９月２４日，ａ公園内に残置されていた物件を行政代執行により撤去した。
(8) 　その後
平成２２年１０月１４日，ｂ社は，「渋谷区立ａ公園の整備工事について」と題する書面にて，ａ公園の名称は，これまで通り「渋谷区立ａ公園」となると発表した。
(9) 　渋谷区立都市公園条例（以下「渋谷区条例」という。）の規定（乙１０）
【行為の禁止】（６条）
公園においては，次に掲げる行為をしてはならない。
第６号　区長が指定した立入禁止区域に立ち入ること。
第１０号　前各号に掲げるもののほか，公園の管理に支障がある行為をすること。
【利用の禁止又は制限】（７条）
区長は，公園に関する工事のためやむを得ないと認められる場合等においては，公園を保全等するため，区域を定めて，公園の利用を禁止し，又は制限することができる。
【監督処分】（１１条１項１号）
区長は，この条例又はこの条例の規定に基づく処分に違反している者等に対して，行為の中止や公園からの退去等を命ずることができる。
３　争点
(1) 　本件計画の違法性（争点１）
ア　本件計画の一環として締結された本件契約において，ｂ社が自らの費用で整備した公園施設を被告に引き渡す義務が定められているが，このことが地方自治法（以下「地自法」という。）９６条１項９号の「負担付きの寄附又は贈与を受けること」に該当するか。該当するとなると，議会の議決がないので，同条の違反となる（争点１－１）。
イ　地自法２３４条１項，２項によれば，地方自治体の行う契約は一般競争入札によることを原則としているが，本件契約は同法２３４条１項の契約に該当するか。該当するとなると，一般競争入札によらず本件契約を締結したことは同条２項に違反することになる（争点１－２）。
ウ　地自法２３８条の４は，行政財産に私権を設定することは原則として許されず，例外的に目的外使用する際には，許可が必要とされている。本件契約によりｂ社に与えられるネーミングライツは，債権の一種として私権に当たるといえるか。私権に当たるとなると，許可がないため，同条の違反となる（争点１－３）。
(2) 　原告Ｘ１の退去に関する違法性（争点２）
(3) 　本件代執行の違法性（争点３）
ア　本件除去命令等の違法性（争点３－１）
イ　本件代執行の違法性（争点３－２）
(4) 　被告の行為は憲法２５条等に反するといえるか（争点４）
(5) 　原告らに生じた損害及びその額（争点５）
４　争点に対する当事者の主張
(1) 　争点１－１（地自法９６条１項９号違反の有無）について
（原告らの主張）
ア　本件契約は，ネーミングライツの付与にとどまらず，ｂ社がａ公園を自社の広告塔として利用するためにスポーツ施設を設置し，それを被告に寄付することが重要な構成部分となっている。本件契約によれば，ｂ社は，被告からネーミングライツを付与されることの対価として，自らの費用で整備した公園施設を被告に引き渡す義務を負っており，かかる義務が履行されない場合は本件契約は解除されると規定されており，これは「負担付きの寄附又は贈与を受けること」に該当するため，地方議会の議決事項となる（地自法９６条１項９号）。それにもかかわらず，被告は区議会の議決を経ておらず，本件契約は違法である。
被告の副区長も，ａ公園にスポーツ施設を整備して区に寄贈するとともにネーミングライツ契約を締結したいとの提案が２社からあり，負担付寄附となれば議会の議決が必要となるため，寄附とネーミングライツは分けて考えたいと発言しており，同副区長は本件契約が負担付の寄附又は贈与に当たることを認識していた。
イ　被告の主張に対する反論
被告主張の「負担を伴う一定の条件」における「条件」は，物事を決定等するときに前提あるいは制約となる事柄という意味であり，法律行為の効力要件である条件を意味するものではない。被告の当該主張を前提とすると，地自法９６条１項９号に該当する契約を締結するに当たって，地方公共団体の負担を先に履行することにより同号の適用を回避することができてしまい不当である。
被告主張の「反対給付的な意味」とは，寄附又は贈与の対価的な関係にあることを意味し，履行に当たって同時履行の関係にあることを意味するものではない。本件契約１０条の負担は，ネーミングライツ付与の対価であるから，反対給付的な意味において被告が負担する一定の条件である。
（被告の主張）
「負担付きの寄附又は贈与を受けること」とは，寄附又は贈与を受ける際に，反対給付的な意味において地方公共団体の負担を伴う一定の条件が付され，その条件に基づく義務を履行しない場合は，当該寄附又は贈与が解除されるようなものをいう。本件契約では，被告がｂ社にネーミングライツを付与することを承認しないときは契約を解除することができると規定されており，ネーミングライツの付与の承認は，被告がｂ社から公園施設の引渡しを受ける際に付された被告の負担を伴う一定の条件であるともみえる。しかし，被告は，本件契約締結時にｂ社にネーミングライツの付与の承認をしているから，解除条件が既成条件となっているから無条件となり（民法１３１条２項），被告の負担を伴う一定の条件は課されていない。本件契約は，「負担付きの寄附又は贈与を受けること」に該当しない。
なお，被告は，ａ公園を利用する者に対して，通称名を使用することを義務付ける義務を負うが（本件契約１０条），これは，被告がｂ社から公園施設の引渡しを受けた後に負担する義務であり，寄附又は贈与を受ける際に反対給付的な意味において被告が負う義務ではないから，「負担付きの寄附又は贈与を受けること」に該当しない。
(2) 　争点１－２（地自法２３４条２項の趣旨違反の有無）について
（原告らの主張）
本件契約は，地自法２３４条１項の「契約」に該当する。地方自治法２３４条２項は，公正さを担保し，機会均等と経済性を確保すべく，地方自治体の行う契約は一般競争入札を原則としている。
実際，被告は公衆便所のネーミングライツ契約締結に関しては，募集要項を公表していた。しかし，本件のａ公園に関しては，被告は募集要項を公表して対象企業を集めることを行っていない。また，平成２０年２月に，ｂ社とｃ社の２社が時期を合わせてネーミングライツについての提案を行っており，被告は当初から２社のうちどちらを選ぶのかを決定する場所として位置付けていた。しかも，ｂ社は平成１６年にｄ公園の△△コートを寄贈した会社であり，ｃ社は平成１８年６月からａ公園フットサルコートの管理業務委託を受けている会社であり，いずれも被告と一定の関係が形成されており，これらの会社だけを対象に選定を行うのは，被告と特定企業の癒着を疑わせる。更に，渋谷区立ａ公園施設ネーミングライツ選定委員会（以下「選定委員会」という。）のメンバーのうち半数は被告の幹部職員が占めており，その選定や開催経緯には不透明な点がある。このような選定方法は，一般競争入札ということはできず，一般競争入札によることを原則とする同法２３４条２項の趣旨に反し，違法である。
（被告の主張）
地自法２３４条１項の「契約」とは，売買，貸借，請負のほか，保管，運送等の契約をいう。本件契約はこれらの契約に該当しないから，同項の「契約」に当たらない。
ｂ社の選定過程は選定委員会の審査を経ており，同審査では，施設の社会的貢献，経済的寄与等を総合的に評価した結果，他社よりも優れていると判断されたのであるから，選定過程は不透明でない。
(3) 　争点１－３（地自法２３８条の４違反の有無）について
（原告らの主張）
行政財産に私権を設定することは原則として許されず，例外的に目的外使用する際には，許可が必要とされる（地自法２３８条の４第１項，同７項）。ネーミングライツは，施設命名権を中核とした，一種の債権であり，「私権」（同条１項）に当たる。本件契約により，公園という公共空間が特定私企業の広告塔としての役割を果たすこととなり，これまで無料で公園の効用を享受してきた利用者が排除されていることから，行政財産の効用の減少をもたらしている。よって，ネーミングライツの設定行為は，「私権の設定」にあたり，許可（同条７項）が必要となる。
にもかかわらず，被告は許可を得ずにネーミングライツを設定しており，当該行為は違法である。
（被告の主張）
「私権」は，地上権，地役権等の用益物権や，質権，抵当権等の担保物権を意味すると解すべきである。本件契約には，ａ公園を目的とした用益物権や担保物権の設定についての規定はなく，ネーミングライツの付与は「私権の設定」には該当しない。
(4) 　争点２（原告Ｘ１の退去に関する違法性）について
（原告らの主張）
被告は，原告Ｘ１を含むａ公園のテント等に居住する人々を極めて多人数の職員・警備員等の実力を用いて，強制的かつ暴力的に排除した上で，同公園を封鎖した。同公園内に居住する原告Ｘ１は，公園内から立ち退くことを拒否したが，警備員１０数名がかりで腕がみみず腫れになるほどの暴行を受け，公園外に引きずり出された。当該行為は，法の定める手続を一切踏まずに行われた違法な自力救済行為である。
（被告の主張）
被告が原告Ｘ１を強制的かつ暴力的に排除した事実はない。被告は，ａ公園にて仮囲いの設置作業を開始したが，公園内に原告Ｘ１がいたため，立入禁止区域であることを何度も説明し，退去を促したが公園内に居座っていた。そこで，被告は，渋谷区条例１１条１項に基づく中止命令及び退去命令を発したが原告Ｘ１は従わなかったため，同命令に付随する行為として原告Ｘ１を公園外に移動させた。当該行為は，予定されていた作業等の円滑な実施及び原告Ｘ１の身体の安全確保という観点から緊急に必要なものである上，被告の行為は極めて穏当な態様であったのだから，渋谷区条例１１条１項の退去命令に付随する公園管理者としての正当な管理権限の行使として適法である。
仮に，被告の行為の態様が穏当といえる程度を超えていたとしても，原告Ｘ１は何ら正当な理由がないのにａ公園を不法占拠し，再三の退去勧告や退去命令に応じなかったのであるから，被告の行為は正当防衛行為（民法７２０条１項）として違法性が阻却される。
(5) 　争点３－１（本件除去命令等の違法性）について
（原告らの主張）
ア　本件除去公告の違法性（都公法２７条３項の要件不充足）
都公法２７条３項に基づく除去命令を行うには，過失がなくてその措置を命ぜられるべき者を確知することができない場合でなければならない。しかし，原告Ｘ１は，被告に対し，平成２２年９月１５日に荷物の引取証を提出しているから，被告は同日の時点で原告Ｘ１の氏名を認識したといえ，本件除去公告がされた時点で原告Ｘ１を確知していた。よって，原告Ｘ１との関係で本件除去公告を行ったことは，都公法２７条３項に反した違法がある。
イ　手続上の違法性（弁明の機会の不存在）
公園管理者の許可を受けずに法に違反して物件を設置している者に対する物件除去命令であっても，不利益処分であるから物件設置者に対する弁明の機会が付与されなければならない（行政手続法（以下「行手法」という。）１３条１項２号）。それにもかかわらず，被告は，原告らに対し，弁明機会を付与することなく，本件除去命令等を行っており，違法無効である。
被告は，原告らの所在が判明していなかったと主張する。しかし，原告Ｘ１はａ公園を起居の場所とし，原告Ｘ２連合及び原告Ｘ３会は渋谷区内において事務所を構えていることを被告は認識していた。特に，原告Ｘ３会については，ａ公園内に郵便ポストを設置しており，以前にも被告は当該ポストに文書を投函したことがあるのだから，被告がその所在を認識していたことは明らかである。原告Ｘ４団体についても，ａ公園内に創作物を設置する等の活動を行っており，被告はその所在を知り得たといえる。
（被告の主張）
ア　本件除去公告の適法性（都公法２７条３項の要件充足）
本件除去公告を発した平成２２年９月１６日正午の時点で，ａ公園内に不法に置かれている物件のうち，原告Ｘ１の名が付されたものは無かったのであるから，原告Ｘ１を名宛人とした除去命令を発することはできなかった。よって，過失がなくてその措置を命ぜられるべき者を確知することができなかったといえ，原告Ｘ１との関係で本件除去公告が違法となることはない。
イ　手続の適法性（本件弁明公告による弁明の機会の付与）
（ア）　被告は，本件弁明公告を行ったことにより，原告らに対して弁明の機会を付与しているから，本件除去命令等は適法である。すなわち，弁明の機会の付与についての通知は，不利益処分の名宛人となるべき者の所在が判明しない場合には，行政庁の事務所の掲示場に掲示することによって行うことができるところ（行手法３１条，１５条３項），以下のとおり，原告らの所在は判明していなかった。
（イ）　平成２２年８月３１日にａ公園内に不法に置かれていた物件について，その所有者は，ホームレス，原告Ｘ２連合又は原告Ｘ３会のいずれかであると判明していたが，その所在はいずれも判明していなかった。
原告Ｘ３会が被告に対して提出した，平成２１年３月３０日付けの都市公園許可申請書等には原告Ｘ３会の住所が記載されているようにもみえるが，同書面の氏名欄は原告Ｘ３会とともに個人名の署名押印があったことから，当該住所は原告Ｘ３会の所在地ではなく，当該個人の住所であると被告は認識していた。
被告は，警告文を原告Ｘ３会の投函箱に投函しているが，行手法に基づく正式文書である弁明の機会の付与についての通知を当該投函箱に投函することは，不法占用物件の存在を適法であると認めることとなるため，警告文と同様に扱うことは到底あり得ない。
(6) 　争点３－２（本件代執行の違法性）について
（原告らの主張）
ア　行代法２条違反
争点３－１で主張したとおり本件除去命令等は違法無効であるから，「法律により直接に命ぜられ，又は法律に基づき行政庁により命ぜられた行為」（行代法２条）ではないし，それゆえ前提となるべき義務が存在しないことから，「義務者がこれを履行しない場合」にも当たらない。仮に，何らかの義務が認められるとしても，都市公園という不動産を占有している人・物の排除は債務名義を得た上で民事執行法に基づく手続によることが可能であり，「他の手段によってその履行を確保することが困難」とはいえない。さらに，本件代執行は，ａ公園ｂ社化という著しく公益に反する計画の遂行のために行われた処分であり，「その不履行を放置することが著しく公益に反すると認められ」るとはいえない。
よって，本件代執行は，行代法２条に違反した違法なものである。
イ　行代法３条１項違反
代執行を行うにあたっては，「相当の履行期限を定め」ることが必要である（行代法３条１項）。
それにもかかわらず，被告は平成２２年９月１８日の戒告において，履行期限を同月２１日正午までと３日後に指定し，履行期限当日に代執行令書を発布し，当該令書において代執行の実施を同月２４日１０時と３日後に指定している。しかも，本件除去命令等がされた同月１６日から同月２４日までの８日間のうち，４日間は区役所と裁判所が開いていなかったのであり，「相当の履行期限」が与えられたとはいえず，本件代執行は違法である。
ウ　戒告の名宛人について
原告Ｘ２連合及び原告Ｘ３会は，権利能力なき社団であり，権利能力なき社団それ自体が権利・義務の主体とはならないことから，被告が，原告Ｘ２連合及び原告Ｘ３会の構成員が所有する物件につき，団体に対してのみ戒告を行った点には手続上の瑕疵がある。
エ　裁量権の逸脱，濫用
本件代執行にて除去対象とされたテント等は，原告らがこれを起居の場所として利用していたにとどまらず，生活の拠点としていたこと，原告らがテント等で生活を営むに至った経緯には様々な要因や背景が複合的に存在していることに加え，原告らが置かれている社会的・経済的環境に鑑みると，本件代執行によって原告らが被る不利益は憲法１３条及び２５条の趣旨に照らしても極めて重大といえる。また，ａ公園は公共公園として表現の自由が強く保障されるべきであったが，本件代執行により，原告Ｘ４団体をはじめとする多くの者の表現活動が完全に制限されており，重大な侵害が発生している。
これら重大な侵害結果を生じさせた本件代執行は，裁量権の逸脱又は濫用に該当し，違法である。
オ　違法性の承継
争点１で主張したとおり，本件計画そのものが違法であるから，本件計画を実施することを目的に行われた本件代執行は，当該違法性を承継し，違法である。
（被告の主張）
ア　行代法２条違反について
本件除去命令等は適法であるから「法律により直接に命ぜられ，又は法律に基づき行政庁により命ぜられた行為」といえるし，代執行の前提となるべき義務も存在する。また，本件除去命令等によって原告らが任意に履行することが期待できない状況にあった以上，行政代執行を除いては，他に除去義務の履行を確保することは困難であった。更に，除去対象物件は，不法占用物件であるから，除去義務の不履行を放置することが著しく公益に反するのは明らかである。
以上より，本件代執行は，行代法２条の要件を満たしている。
イ　行代法３条１項違反について
本件戒告の対象となった不法占用物件の除去については，本件除去命令等を発する前から繰り返し任意の除去を促していたし，除去対象物件は，重機等の機器を用いなければ運べないような物ではなく，公園外に移動させることは容易であった。また，被告は，平成２２年８月３１日の公告によって，住居等の確保について相談に応じる旨を示し，現に被告において相談に応じる体制を整えていたことからすれば，履行期限を３日後に指定したことが不相当とはいえない。
ウ　戒告の名宛人について
本件除去命令の対象物件には，個人名とみられる氏名は付されておらず，原告Ｘ２連合及び原告Ｘ３会の団体名が付されていたため，戒告の名宛人を原告Ｘ２連合及び原告Ｘ３会としたのであり，この点に関して手続上の違法はない。
エ　裁量権の逸脱，濫用について
被告は，本件代執行を行うまでの間，必要な手続を段階的に進めてきたし，住居に困窮する等の理由がある者を対象に，住居等の確保につき相談に応じる体制も整えていたのであるから，裁量権の逸脱ないし濫用は無い。
オ　違法性の承継について
原告らは，地自法違反による違法が本件代執行に承継されると主張するが，その根拠は不明である。
(7) 　争点４（被告の行為は憲法２５条等に反するといえるか）について
（原告らの主張）
ア　原告Ｘ１について
ホームレスに対しては，生活保護等による公的扶助制度があるものの，福祉事務所の窓口で申請すら行うことができず不当に追い返される実務が横行しており，公園などの公共空間を唯一の寝場所とせざるを得ない。ホームレスが公園などに居住する権利は，憲法２５条，経済的，社会的及び文化的権利に関する国際規約１１条１項，ホームレスの自立の支援等に関する特別措置法により保護されている。被告は，強制排除及び本件代執行により，原告Ｘ１の生活の本拠を奪い，居住権を侵害した。
イ　原告Ｘ２連合及び原告Ｘ３会について
被告による本件代執行等により，原告Ｘ２連合及び原告Ｘ３会の活動のための物資や野宿者の荷物・毛布置き場として機能していた倉庫を撤去され，活動に著しい支障が出た。
ウ　原告Ｘ４団体について
被告による本件代執行等により，ａ公園において表現活動を行ってきた原告Ｘ４団体はａ公園から完全に排除された。また，ａ公園のリニューアルにより有料運動施設等が相当部分に設置されるため，表現の場として活用できる空間が質・量ともに著しく減少した。これは，憲法２１条に反するものといえる。
（被告の主張）
争う。
(8) 　争点５（原告らに生じた損害及びその額）について
（原告らの主張）
ア　原告Ｘ１について
被告の不法行為により，原告Ｘ１所有のテント等が失われ，かかる損害は１０万円を下らない。また，被告の不法行為により原告Ｘ１が受けた精神的損害は１００万円を下らず，弁護士費用は１１万円を下らない。よって，原告Ｘ１が受けた損害は合計１２１万円である。
イ　原告Ｘ２連合について
被告の不法行為により，原告Ｘ２連合の所有物が奪われ活動の本拠を失った。かかる損害は２０万円を下らない。また，被告の不法行為により原告Ｘ２連合が受けた精神的損害は１００万円を下らず，弁護士費用は１２万円を下らない。よって，原告Ｘ２連合が受けた損害は合計１３２万円である。
ウ　原告Ｘ３会について
被告の不法行為により，原告Ｘ３会の所有物が奪われ活動の本拠を失った。かかる損害は１０万円を下らない。また，被告の不法行為により原告Ｘ３会が受けた精神的損害は１００万円を下らず，弁護士費用は１１万円を下らない。よって，原告Ｘ３会が受けた損害は合計１２１万円である。
エ　原告Ｘ４団体について
被告の不法行為により，原告Ｘ４団体の所有物が奪われ活動の本拠を失った。ａ公園内に多数あった表現物もすべて撤去されており，かかる損害は１００万円を下らない。また，被告の不法行為により原告Ｘ４団体が受けた精神的損害は１００万円を下らず，弁護士費用は２０万円を下らない。よって，原告Ｘ４団体が受けた損害は合計２２０万円である。
（被告の主張）
ア　原告Ｘ１について
否認ないし争う。原告Ｘ１は，本件代執行が行われる以前に，ａ公園内に残置されている物件の所有権を全て放棄している。
イ　その余の原告らについて
否認ないし争う。本件代執行により除去した物件は，都公法２７条５項による公示の日（平成２２年９月２４日）から起算して６月を経過した時点においても所有者が不明であり，引取りの申出もなく返還することができなかったため，その所有権は被告に帰属している（同条１０項）。
原告Ｘ４団体につき，被告は，そのような団体が存在すること自体知らない。
第３　争点に対する判断
１　認定事実
(1) 　原告らの活動状況等
ア　原告Ｘ１の生活状況
原告Ｘ１はリハビリ助手として病院で勤務した後，整骨院で仕事をしていたが，平成２１年に家賃が支払えなくなったためアパートを出るに至った。その後，原告Ｘ１はｇ公園などを転々と野宿し，平成２２年５月頃，ａ公園内に簡易テントを張って生活を始めた。原告Ｘ１は，同年７月下旬から飯場で住み込みの解体工事等の仕事をしていたが，同年９月初旬にａ公園に戻り，再びテントでの生活を始めた（甲７８）。
イ　原告Ｘ２連合の活動状況
原告Ｘ２連合は，平成１０年に結成されて以降，ａ公園等で炊き出し，パトロール，夏まつり等を行っていた。原告Ｘ２連合はａ公園内にテント倉庫を設置し，野宿者の毛布・倉庫置場や越年・越冬支援活動の物資置き場として利用していた（甲８１）。
ウ　原告Ｘ３会の活動状況
原告Ｘ３会は，平成２０年６月に結成されて以降，ａ公園等でデモ，抗議行動，夏まつり等のイベントを行っていた（甲８０）。
エ　原告Ｘ４団体の活動状況
原告Ｘ４団体は，平成２２年３月１５日からａ公園内にテントを設置し，作品制作展示，ワークショップ，会議等を行っていた。原告Ｘ４団体は，ａ公園内にテントを設置し，同テントには原告Ｘ３会等の運動を支援する者や，野宿者等が泊まっていた（甲８０）。
(2) 　被告の公園整備計画
被告は，平成８年以降，長期基本計画として公園の整備を継続して行っており，その一環として，平成１８年６月，ａ公園内にフットサルコートを設置する等した（乙１１，１２，弁論の全趣旨）。
(3) 　ｂ社選定に至る経緯
ア　ｂ社からの提案
（ア）　被告は，平成１６年，ｂ社から，自らが管理する区立ｄ公園内にバスケットコートを寄贈されたのを受け，同コートを世界的に著名なアメリカのプロバスケットボール選手であるＥの来日にあわせて「△△コート」と名付けて公開した（争いなし）。
（イ）　ｂ社は，被告に対し，平成１９年９月１２日，ａ公園の名称を「□□PARK」等ｂ社と被告のパートナーシップを端的に示すものとした上，ｂ社の費用負担にてａ公園内の建築物の設置等を行うプロジェクトに関するプレゼンテーションを行った（甲１１，乙７６）。
（ウ）　ｂ社は，被告に対し，平成２０年２月６日，前記プロジェクトに関する提案書（甲１１）を提出した。当該書面において，①ｂ社は，１０年のネーミングライツ契約を希望していること，②ｂ社の費用負担で，ａ公園にバスケットコート等の設置等をすること，③イベント等において建築物等に付されたｂ社のブランドロゴ等を覆い隠すような方法での利用をしないこと，④他者の実施するイベントに対する内容の事前確認と承認・否認の権利をｂ社に付与してほしいこと等が提案されている。ｂ社が提示したネーミングライツの対価は，１０年間で１億７０００万円であった（乙７）。
イ　株式会社ｃ（以下「ｃ社」という。）からの提案
（ア）　ｃ社は，本件当時，ａ公園に設置されていたフットサルコートに関する業務を委託されていた（弁論の全趣旨）。
（イ）　ｃ社は，被告に対し，平成２０年２月１２日，ａ公園の管理等に関する提案書（甲１２）を提出した。当該書面において，ｃ社の費用負担で，フットサルコート等の施設を設置等することが提案されている。ｃ社が提示したネーミングライツの対価は，１０年間で３億１５００万円であった（乙７）。
ウ　選定委員会の設置
被告は，平成２０年２月下旬頃，ａ公園に対するネーミングライツ権取得の申込みが，上記２社からあったため，選定委員会を設置した。選定委員は，以下の６名であった（甲１３，１４）。
委員長　Ｆ（弁護士）
副委員長　Ｇ（経営コンサルタント）
委員　Ｈ（公認会計士）
委員　Ｉ（被告の企画部長）
委員　Ｊ（被告の総務部長）
委員　Ｋ（被告の土木部長）
エ　選定委員会の開催
平成２０年２月２５日に第１回選定委員会が，同年３月７日に第２回選定委員会が開催され，ｂ社を選定することが委員全員の賛成により決定された（甲１４，１５）。
オ　ｂ社の選定等
被告の区長は，平成２０年３月２４日，ａ公園施設のネーミングライツ事業者の候補者として，ｂ社を選定した（乙５２）。
なお，被告は，渋谷公会堂や渋谷区立公衆便所にネーミングライツを導入するにあたっては，スポンサー企業を公募した上で選定を行っていた（甲２４，２７）。
(4) 　本件契約の締結
ｂ社と被告は，平成２１年８月２７日，ネーミングライツを利用してａ公園の推進を図るべく，本件契約を締結した。同契約によれば，ａ公園の整備は平成２２年４月から行われることが予定されている（乙１８）。
なお，ｃ社と被告は，平成２０年４月１日，ａ公園のフットサル場管理運営業務委託契約を締結している（争いなし）。
(5) 　ａ公園の整備準備
ア　ホームレスに対する相談会
被告は，平成２１年９月から，ａ公園内のホームレスを対象とした特別相談会を開き，社会復帰を促した。これにより，平成２２年３月の時点で，ａ公園内のホームレスは約７人となった（乙１９，７２）。
イ　整備準備の妨害
被告は，平成２２年３月１６日，ａ公園の北側部分を閉鎖すべくフェンスの設置作業を試みたが，原告Ｘ２連合や原告Ｘ３会等の妨害により設置できなかった。また，被告がａ公園の出入口に，整備工事のため同年１０月末までａ公園内の通り抜けができなくなる旨のポスターを貼りだしたところ，原告Ｘ２連合や原告Ｘ３会等がポスターを剥がした。これらの妨害行為により，平成２２年４月からａ公園の整備を開始する計画は頓挫した（乙２０，７２，７６，弁論の全趣旨）。
ウ　火事の発生等
平成２２年３月下旬頃から，ａ公園北側に，破れた傘や壊れた自転車などが設置されるようになった。同年６月２１日，同公園内のテントが全焼する等の不審な出火事故が起きた。ｅ町会及びｆ商店会は，被告に対し，同月２５日，ａ公園の整備工事が進まない中，不法占拠者が長期にわたり居ついていることによる恐怖感や異臭，アルミ缶を潰す音による不快感などから近隣住民等が迷惑を被っていること，同月２１日におきた火事は一歩間違えば大惨事になった可能性もあること等から，安全・安心な公園として利用できるよう一刻も早くａ公園の整備工事に着手してほしい旨の要望書を提出した（甲８０，乙２１，２２，７２）。
エ　再度の整備工事計画，プロジェクトチームの組織
被告は，平成２２年７月，ａ公園の整備工事を同年１０月から行うこととし，その前に不法占用物の撤去等を行うこととした。併せて，被告は，ａ公園整備に反対する団体等の妨害行為による混乱防止及び公園利用者・通行人等の安全確保のため，公園内に仮囲いをして，公園の一部利用禁止を実施することとした。被告は，これらを実施すべく，行政代執行手続までも視野に入れたプロジェクトチームを組織した（乙２３，７２）。
オ　夏まつりの開催
被告は，平成２２年８月２４日から同月２６日にかけ，不法占用物件であるからすみやかに撤去すること，許可なしに公園を夏祭り等で利用できないこと，公園内にテント等の物件を放置することや，貼り紙等をすることは都公法や渋谷区条例に違反するので速やかに撤去するよう記載した警告文をａ公園内に掲示した。ａ公園の整備に反対する団体は，ａ公園の占用許可を被告から得ることなく，同月２８日及び２９日に夏まつりを開催した（乙２４～３０，７２）。
カ　テント等の除去に関する勧告等
（ア）　被告は，平成２２年８月３１日，本件弁明公告を行った（前記第２の２(4)）。
（イ）　被告は，同日，ａ公園内にテントを放置等することは都公法６条１項及び渋谷区条例６条１項に違反するため，平成２２年９月２日までに撤去すべきと記載した警告札を，ａ公園内の２箇所に掲示するとともに，公園内に設置された原告Ｘ３会の投函箱に同内容の文書を投函した（乙３１，３９，７６，証人Ｋ・８，２５頁）。
（ウ）　被告は，平成２２年９月３日に訪れてきた原告Ｘ３会の代表者に対し，ａ公園内のテントなどを撤去するよう申し向けたところ，同代表者は撤去には応じないと回答した（乙７６，証人Ｋ・３４頁）。
(6) 　原告Ｘ１の退去等
ア　ａ公園の一部利用禁止
被告は，平成２２年９月１５日午前５時３０分頃，ａ公園のほぼ全部の利用を禁止する旨の公告を，渋谷区役所庁舎前の掲示場に掲示した（乙３２，７２）。
イ　原告Ｘ１の退去
被告の職員であるＬ（以下「Ｌ」という。）は，平成２２年９月１５日午前６時３０分頃，ａ公園の６番ゲートに立入禁止のテープを貼るとともにフェンスを設けた。Ｌは，６番ゲート付近で原告Ｘ１を発見したため，退去を促しつつ，被告の職員や，被告が委託した警備員を含め合計９名で原告Ｘ１を取り囲んだ。Ｌが立入禁止区域であると原告Ｘ１に伝えたところ，原告Ｘ１が逃げようとしたため，警備員らは再度原告Ｘ１を取り囲むとともに，Ｌは原告Ｘ１の肩に手を添える等しつつ６番ゲートの外に誘導しようとした。誘導中，原告Ｘ１が座りこもうとしたため，Ｌは，原告Ｘ１のズボンのベルトの背中側部分をつかみ，これを妨げた。原告Ｘ１はなおも座りこもうとしたため，Ｌは原告Ｘ１の両脇をかかえ，これを妨げた。原告Ｘ１は，近くにあった手すりに左腕をかけた上，両手の指を組んだところ，Ｌは，被告の職員１名と２人がかりで原告Ｘ１の指の間に指を入れる等して両手を離させた。その後，警備員４名が各々原告Ｘ１の両肩及び両足をつかんで担ぎ上げた状態で６番ゲートの外に移動した上，原告Ｘ１は降ろされた（甲４３，乙７１，７４，７５）。
なお，原告らは，Ｌらの行為により，原告Ｘ１の両腕にみみず腫れが出来て１週間位あとが残り，痛みも消えなかったと主張するが，同事実を認めるに足る証拠はない。
ウ　原告Ｘ１の荷物の引き渡し等
被告は，平成２２年９月１５日から同月２１日にかけて，ａ公園内にあった原告Ｘ１のテント内の荷物の一部等につき，原告Ｘ１に対して引き渡した（乙３３～３７の２）。
原告Ｘ１は，被告に対し，同月２１日，ａ公園内にある原告Ｘ１所有の荷物は除去したが，なお残置する物については，全て所有権を放棄するので，いかなる処分をされても異議はない旨の誓約書を提出した（乙１）。
(7) 　本件代執行に至る経緯
ア　本件除去命令等の通知，公告
被告は，原告Ｘ２連合及び原告Ｘ３会に対し，平成２２年９月１６日，本件除去命令に関する書面を郵送することで通知するとともに，所有者不明の物に関して本件除去公告を行った（甲１～３，証人Ｋ・１０頁）。
イ　行代法上の戒告
（ア）　本件除去命令に基づく義務が履行されていないため，被告は，平成２２年９月１８日，原告Ｘ２連合及び原告Ｘ３会に対し，行代法３条１項に基づき，ａ公園内の違法占用物を同月２１日正午までに除去することを命じ，同期限までに除去されないときは代執行を実施する旨の戒告を行うとともに，所有者不明の物に関して同内容の公告（以下，上記戒告と併せて「本件戒告」という。）を行った（甲４～６，乙４１）。
（イ）　被告は，平成２２年９月２０日，同月２１日正午までに除去すること等前記（ア）と同様の内容の戒告及び公告を行った（乙４２）。
ウ　代執行の通知
被告は，原告Ｘ２連合及び原告Ｘ３会に対し，平成２２年９月２１日，ａ公園内の違法占有物がいまだ除去されていないため，同月２４日に代執行を行うと代執行令書をもって通知するとともに，所有者不明の物に関して同内容の公告を行った（乙５０）。
(8) 　本件代執行
被告は，平成２２年９月２４日，本件代執行を行い，原告Ｘ２連合及び原告Ｘ３会所有の物を含め，ａ公園内の利用禁止区域内にあった物件を除去し，倉庫にて保管するとともに，保管した物件の名称，数量等を公告した（乙２）。
(9) 　その後
ｂ社は，被告に対し，平成２３年４月３０日，総額約２億５０００万円の寄附を行った（争いなし）。
２　争点１－１（地自法９６条１項９号違反の有無）について
(1) 　本件契約は，ｂ社が，自らの負担によりａ公園の公園施設を改修及び新設した上で被告に引き渡し，被告に対し毎年度１７００万円を支払う一方（本件契約５条，８条），被告が，その対価として，ｂ社に対しネーミングライツを付与することを承認する義務，ａ公園で行われるイベントの主催者等に対して通称名を使用することを義務付ける義務等を負い（本件契約４条，１０条），同義務が履行されなかった場合は本件契約を解除することができる（本件契約１４条）ことを内容とするものである。ネーミングライツが財産的価値のあるものである以上，被告が負う当該義務が「負担」（地自法９６条１項９号）に該当することは明らかであり，本件契約の締結は「負担付きの寄附又は贈与を受けること」に該当するから，議会による議決が必要といえる。それにもかかわらず，被告は，議会による議決を経ずに本件契約を締結しており，地自法９６条１項９号に違反した違法がある。
(2) 　被告は，本件契約締結時にｂ社にネーミングライツの付与の承認をしているから，解除条件が既成条件となっているから無条件になる（民法１３１条２項）と主張するが，独自の見解であり採用できない。
３　争点１－２（地自法２３４条２項の趣旨違反の有無）について
(1) 　地自法２３４条１項は「売買，貸借，請負その他の契約は，一般競争入札，指名競争入札，随意契約又はせり売りの方法により締結するものとする。」とし，同条２項は「前項の指名競争入札，随意契約又はせり売りは，政令で定める場合に該当するときに限り，これによることができる。」としているが，これは，地自法が，普通地方公共団体の締結する契約については，機会均等の理念に最も適合して公正であり，かつ，価格の有利性を確保し得るという観点から，一般競争入札の方法によるべきことを原則とし，それ以外の方法を例外的なものとして位置付けているものと解することができる。そして，そのような例外的な方法の一つである随意契約によるときは，手続が簡略で経費の負担が少なくてすみ，しかも，契約の目的，内容に照らしそれに相応する資力，信用，技術，経験等を有する相手方を選定できるという長所がある反面，契約の相手方が固定化し，契約の締結が情実に左右されるなど公正を妨げる事態を生じるおそれがあるという短所も指摘され得ることから，地自法施行令１６７条の２第１項は前記地自法の趣旨を受けて同項に掲げる一定の場合に限定して随意契約の方法による契約の締結を許容することとしたものと解することができる。ところで，地自法施行令１６７条の２第１項２号に掲げる「その性質又は目的が競争入札に適しないものをするとき」とは，不動産の買入れ又は借入れに関する契約のように当該契約の目的物の性質から契約の相手方がおのずから特定の者に限定されてしまう場合や契約の締結を秘密にすることが当該契約の目的を達成する上で必要とされる場合など当該契約の性質又は目的に照らして競争入札の方法による契約の締結が不可能又は著しく困難というべき場合がこれに該当することは疑いがないが，必ずしもこのような場合に限定されるものではない。すなわち，競争入札の方法によること自体が不可能又は著しく困難とはいえないが，不特定多数の者の参加を求め競争原理に基づいて契約の相手方を決定することが必ずしも適当ではなく，当該契約自体では多少とも価格の有利性を犠牲にする結果になるとしても，普通地方公共団体において当該契約の目的，内容に照らしそれに相応する資力，信用，技術，経験等を有する相手方を選定しその者との間で契約の締結をするという方法をとることが当該契約の性質に照らし又はその目的を究極的に達成する上でより妥当であり，ひいては当該普通地方公共団体の利益の増進につながると合理的に判断される場合も同項２号に掲げる場合に該当するものと解すべきである。そして，このような場合に該当するか否かは，契約の公正及び価格の有利性を図ることを目的として普通地方公共団体の契約締結の方法に制限を加えている前記法及び令の趣旨を勘案し，個々具体的な契約ごとに，当該契約の種類，内容，性質，目的等諸般の事情を考慮して当該普通地方公共団体の契約担当者の合理的な裁量判断により決定されるべきものと解するのが相当である（最高裁昭和５７年（行ツ）７４号昭和６２年３月２０日第二小法廷判決・民集４１巻２号１８９頁）。
(2) 　被告は，一般競争入札や指名競争入札の方法によって本件契約を締結していないことから，本件契約は随意契約の方法により締結されたと評価するほかない。なお，被告は，本件契約が「契約」（地自法２３４条１項）に該当しないと主張するが，本件契約が「契約」に該当することは明らかであり，被告の当該主張は採用することができない。
本件契約の締結を競争入札の方法によること自体が不可能又は著しく困難であるとは認められず（被告が渋谷公会堂等のネーミングライツを導入するに当たっては公募を行っていることについては前記１(3)オで認定したとおりである。），また，本件契約の目的，内容に照らしｂ社を選定しｂ社との間で本件契約の締結をするという方法をとるのが本件契約の性質に照らし又はその目的を究極的に達成する上でより妥当であり，ひいては被告の利益の増進につながると合理的に判断されるともいえない。そうすると，本件契約は，随意契約の方法によることができないにもかかわらず，随意契約の方法により締結されたものとして，地自法２３４条２項に違反した違法があると認められる。
４　争点１－３（地自法２３８条の４違反の有無）について
(1) 　原告は，ネーミングライツをｂ社に付与することはａ公園の本来の行政目的が阻害されるため「私権の設定」（地自法２３８条の４第１項）に該当すると主張し，その具体的理由として，①ａ公園という公共空間が特定私企業の広告塔としての役割を果たす結果となること，②これまで無料でａ公園の効用を享受してきた利用者が排除されることを主張する。
(2) 　しかし，ネーミングライツは，ｂ社が申し入れ被告が承認した通称名をａ公園の名称とする権利をその内容とするものであり（本件契約４条），ａ公園の名称が通称名となることによって，ａ公園がｂ社の広告塔としての役割を果たすこととなった（前記①）としても，直ちにレクリエーションや表現等の場としての公園の本来の行政目的が阻害されるということはできない。また，本件契約によってａ公園の一部施設の利用が有料となる（前記②）が，これはネーミングライツを付与すること自体により生じた制約であるとはいえない。以上からすれば，ネーミングライツの付与が「私権の設定」には当たるとはいえず，地自法２３８条の４違反に関する原告の主張は理由がない。
５　争点２（原告Ｘ１の退去に関する違法性）について
(1) 　前記１(6)で認定した事実からすれば，Ｌは，原告Ｘ１に対して，退去を促したり立入禁止区域であると伝える等しているが，これは，渋谷区条例１１条１項に基づく退去命令に当たると解することができる。しかし，その後被告は，原告Ｘ１の意に反し，原告Ｘ１を無理やり担ぎ上げてａ公園から退去させており，これは退去命令を直接強制したと評価するほかなく，国家賠償法上違法であると認められる。
(2) 　これに対し被告は，退去命令に付随する行為として正当化されると主張するので検討する。
確かに，退去命令に伴い，それに付随する行為が一切許されないわけではなく，当該場所から退去させるという目的の範囲で，被退去者の身体に危険が少なく，上記目的達成に適切であり，その方法をとることが緊急やむを得ない場合で，かつ，その態様が相当な範囲にとどまる場合には，上記行為も許されるものと解すべきである。本件でいえば，原告Ｘ１に対し，退去を促し，原告Ｘ１を退去場所に案内するためにその肩等に軽く手をかけて誘導する程度の行為は退去命令に付随する行為として許されるということができる。しかし，本件では，緊急やむを得ない事情の存否が明らかでない上，原告Ｘ１が退去に執拗な抵抗をしていたことを考慮しても，原告Ｘ１に対し，一時的にではあれその身体の自由を制限する形で，担ぎ上げて，その意思に反して移動させたものであり，その態様において相当性の範囲を逸脱しているといわざるを得ず，国家賠償法上違法との評価を免れない。
また，被告は，原告Ｘ１はａ公園を不法占拠する等していたのだから正当防衛行為（民法７２０条１項）として違法性が阻却されると主張する。しかし，原告Ｘ１が都公法６条に違反してａ公園を占用等していたことに対して退去命令を直接強制することが，やむを得ない行為であるとはいえず，正当防衛として違法性が阻却されるとはいえない。被告の主張は採用することができない。
６　争点３－１（本件除去命令等の違法性）について
(1) 　前記１で認定した事実に加え，以下の事実が認められる。
ア　原告Ｘ３会は，平成２０年８月１１日以降，本件計画に反対する旨の申し入れ書等を被告に対して送付していた。これらの書面には原告Ｘ３会の連絡先として東京都渋谷区〈以下省略〉（以下「本件所在地」という。）が記載されていた（甲９０，９２，９３。なお，甲９２では東京都渋谷区〈以下省略〉と記載されている。）。
イ　原告Ｘ２連合は，平成２１年３月２３日以降，野宿者に対して生活保護を支給するよう要求する書面等を被告に対して送付していた。これらの書面には原告Ｘ２連合の連絡先として本件所在地が記載されていた（甲９２，９４，９５）。
ウ　原告Ｘ３会は，被告に対し，平成２１年７月３０日及び同年８月５日，都市公園許可申請書を提出した。同書には，原告Ｘ３会の住所として本件所在地が記載されている（乙１５の１，１６の１，１７の１）
エ　原告Ｘ１が，被告に対して平成２２年９月１５日に交付した引取証（乙３３）では，ａ公園内にあった原告Ｘ１が所有するテント内の荷物の一部については同日に引き取ったと記載されている。
オ　被告が，原告Ｘ２連合及び原告Ｘ３会に対して，平成２２年９月１８日に交付した戒告書（甲４，５）には，原告Ｘ２連合及び原告Ｘ３会の所在地として本件所在地が記載されている。
カ　以上の事実を前提に，以下，本件除去命令等の違法性について検討する。
(2) 　本件除去公告の違法性について
ア　原告Ｘ１は，被告に対し，本件除去公告を行う前日である平成２２年９月１５日に，ａ公園内の荷物の一部を受け取ったと記載された引取証を交付していることから，被告は，ａ公園内に原告Ｘ１所有の荷物が残っていることを認識していたと認められる。そうすると，被告としては，ａ公園内の残置されている所有者不明の物件について，原告Ｘ１の所有物であるか否かにつき調査すべきであったといえ，被告が過失なくして都公法２７条１項に基づく措置を命ずべき者を確知することができなかったとは認められない。本件除去公告は，原告Ｘ１との関係では，都公法２７条３項の要件を満たさない違法なものであると認められる。
イ　被告が，原告Ｘ４団体を確知していたことを認めるに足る証拠はない。原告らは，被告が原告Ｘ４団体を確知し得たことを基礎づける事情につき具体的には主張立証しておらず，原告Ｘ４団体の団体としての活動実態が不明瞭であること等を考慮すると，被告に過失はなかったと評価することができる。よって，原告Ｘ４団体との関係で本件除去公告が都公法２７条３項に違反するとはいえない。
(3) 　手続上の違法性（弁明の機会の付与の有無）について
ア　原告らは，本件除去命令等は不利益処分（行手法２条４号）であり弁明の機会を付与する必要があるにもかかわらず，被告は，原告らに対して弁明の機会を与えなかったと主張するので検討する。
イ　本件除去公告に関する弁明の機会の付与について
行手法に基づく弁明の機会の付与は，特定の者を名宛人とした処分を行う場合に要求されるものであると解されるところ，都公法２７条３項は，都公法２７条１項に基づく措置を命ぜられるべき者が確知できない場合に自らが工作物の除去等を行えるとするものであり，特定の者を名宛人とした処分とはいえない以上，都公法２７条３項に基づいて工作物の除去等を行うに当たって，行手法に基づく弁明の機会を付与する必要があるとはいえない。原告Ｘ１及び原告Ｘ４団体に対して行手法に基づいた弁明の機会が付与されていないとの原告らの主張は採用することができない。
ウ　本件除去命令に関する弁明の機会の付与について
（ア）　弁明の機会の付与の通知は，原則として不利益処分の名宛人となるべき者に対して書面により通知する必要があるが（行手法３０条），名宛人の所在が判明しない場合には，弁明書の提出先等を記載した書面をいつでもその者に交付する旨を行政庁の事務所の掲示場に掲示することによって行う事ができる（同法３１条，１５条３項）。
前記(1)で認定した事実からすれば，原告Ｘ２連合及び原告Ｘ３会については，被告は，本件弁明公告がされる以前から本件所在地を認識しており，所在が判明していない場合に当たるとはいえない。そうすると，本件弁明公告によって原告Ｘ２連合及び原告Ｘ３会に対して弁明の機会が与えられたということはできず，他に同人らに弁明の機会を付与したことを認めるに足る証拠はない。よって，原告Ｘ２連合及び原告Ｘ３会に対しては，弁明の機会が付与されていないという手続上の違法があるといえる。
（イ）　もっとも，当該手続上の違法があるからといって，直ちに本件除去命令が違法ないし無効になるものではなく，手続規定の趣旨・目的，瑕疵の程度・内容を勘案し，手続の瑕疵が，処分の内容いかんにかかわらず処分を違法としなければならない程のものか否かを判断すべきである。行手法１３条が弁明の機会を付与しているのは，不利益処分を行う前に，同処分の名宛人に対して防御権の行使を保障し，不意打ちを防止する趣旨であると解され，同手続が履践されていない場合，特段の事情がない限り，その後にされた処分も違法になると解される。
本件では，原告Ｘ２連合及び原告Ｘ３会に対して全く弁明の機会が通知されていないわけではなく，本件公告により一定程度弁明の機会が付与されていると認めることができる。また，公園内にテントを放置等することは都公法６条１項及び渋谷区条例６条１項に違反すると記載された警告札がａ公園内に２箇所掲示されており，違反となる事実及びその根拠につき原告Ｘ２連合及び原告Ｘ３会は認識する機会が一定程度与えられていたということができる。特に，原告Ｘ３会の投函箱には前記警告札と同内容の書面が投函されており，その後原告Ｘ３会の代表者が被告を訪れていることからして，原告Ｘ３会は違反となる事実及びその根拠を認識していたといえる。以上に加え，原告Ｘ２連合及び原告Ｘ３会は，被告の許可を受けることなくａ公園内にテント等を設置して公園を占用していることを認識しており，当該行為が都公法６条１項に違反していることは明らかであることに照らせば，上記特段の事情があると認められ，本件除去命令が違法であるとは認められない。
(4) 　以上より，本件除去命令等は，原告Ｘ１との関係では都公法２７条３項に反した違法があると認められるが，その余の原告との関係では違法であるとは認められない。
７　争点３－２（本件代執行の違法性）について
(1) 　原告Ｘ１との関係について
前記６で説示したとおり，原告Ｘ１との関係で本件除去公告は違法であると認められるものの，原告Ｘ１は，本件代執行が行われる以前にａ公園内に残置された原告Ｘ１所有の物件に関する所有権を放棄しているから（前記１(6)ウ），本件代執行が原告Ｘ１との関係で違法となるとは認められない。
以下，原告Ｘ１以外との関係で本件代執行が違法であるか否かにつき検討する。
(2) 　行代法２条違反について
ア　行代法２条は，代執行の要件として，「法律に基づき行政庁により命ぜられた行為について義務者がこれを履行しない場合」であること（要件①），「他の手段によってその履行を確保することが困難であ」ること（要件②），「その不履行を放置することが著しく公益に反すると認められる」こと（要件③）を規定している。以下各要件につき検討する。
イ　要件①について
原告らは，本件除去命令等は違法無効であるから，「法律に基づき行政庁により命ぜられた行為について義務者がこれを履行しない場合」に該当しないと主張する。しかし，前記６で説示したとおり，原告Ｘ１以外の原告らとの関係で，本件除去命令等が違法無効であるとは認められないから，原告らの主張は採用することができない。
ウ　要件②について
被告は，本件弁明公告に加え，度重なる通知や公告等を行ったにもかかわらず，原告らは，ａ公園内の物件を除去しなかったことから，原告らによる任意の履行は期待できない状況であったといえる。よって，「他の手段によってその履行を確保することが困難」であったと認められる。
原告らは，債務名義を得た上で，民事執行によりａ公園内の物件を排除できるのであるから，「他の手段によってその履行を確保することが困難」であるとはいえない旨主張する。しかし，被告が民事訴訟による場合，都公法に基づく除去命令とは全く異なる要件につき裁判所で審理する必要があり，債務名義が得られるか否かは不明確といわざるを得ず，これによって原告らが負う除去義務の履行を確保できるとは認められない。原告らの主張は採用できない。
エ　要件③について
原告らは，被告の許可を得ることなくａ公園内にテントを設置する等して違法に公園を占用しており，被告からの度重なる通知等にもかかわらず当該物件は除去されることなく，原告らはａ公園を違法に占用し続けていた。また，ａ公園内に不法占用されていた物件等に火がつく事故が発生し，近隣住民から早期除去の要望等が出される等しており，原告らの物件をａ公園内に不法に占用させ続けることは「著しく公益に反する」と認められる。
原告らは，著しく公益に反する本件計画を遂行するために行われた本件代執行は「その不履行を放置することが著しく公益に反する」とは認められないと主張するが，同事実によって本件物件による不法占拠が正当化されるわけではないし，本件計画の違法性は後述のとおり本件代執行に承継されないのであるから，原告らの主張は採用できない。
オ　以上より，本件代執行が，行代法２条に違反するとは認められない。
(3) 　行代法３条１項違反について
ア　被告は，平成２２年９月１８日に本件戒告をし，履行期限を同月２１日正午までとしている。「相当の履行期限」とは，社会通念上，義務者が債務を履行するに十分な期限をいうと解されるところ，原告らがａ公園内に残置していた物件は，簡易テントやブルーシート等容易に除去できるものであると認められるから，前記履行期限は「相当の履行期限」であると認められる。
イ　原告は，平成２２年９月１８日から同月２０日はいずれも休日であり，区役所も裁判所も開庁しておらず，司法的な対抗手段や被告への抗議・弾劾行動が十分にできないため「相当の履行期限」が定められていない旨主張するが，上記のとおり，当該期限は，義務者が債務を履行するに十分な期限をいうのであり，被告への抗議等を行うための期限ではない以上，原告らの主張は採用できない。
ウ　以上より，本件代執行が，行代法３条１項に違反するとは認められない。
(4) 　戒告の名宛人について
原告らは，原告Ｘ２連合及び原告Ｘ３会は権利能力なき社団であり，権利能力なき社団それ自体が権利・義務の主体とはならないことから，被告が，原告Ｘ２連合及び原告Ｘ３会の構成員が所有する物件につき，団体に対してのみ本件戒告を行った点には手続上の瑕疵があると主張する。しかし，戒告は，行政処分により義務を課せられた者が当該義務を履行しない場合に，行政代執行を行う前に任意の履行を促すべく行われるものであるから，その名宛人は行政処分の名宛人と同一の者と解すべきである。よって，被告が本件除去命令の名宛人である原告Ｘ２連合及び原告Ｘ３会に対して戒告したことが違法であるとは認められず，原告らの主張は採用することができない。
(5) 　裁量権の逸脱，濫用について
原告らは，本件代執行により原告Ｘ１の生活の拠点が奪われ，原告Ｘ２連合，原告Ｘ３会及び原告Ｘ４団体の活動の拠点が奪われたため，原告らが被る不利益が極めて重大であると主張する。しかし，原告Ｘ１は，平成２２年５月頃から同年７月下旬までａ公園に住み，その後飯場で生活した後，同年９月初旬にａ公園に戻ってきたにすぎず，ａ公園に住んでいた期間はさほど長くなく，生活の拠点であったとまでは言い難い。そもそも，原告Ｘ１は被告の許可を得ることなくａ公園内に簡易テントを張る等してその一部を占用していたのであり，ａ公園に居住する権利等を有していない。原告Ｘ２連合，原告Ｘ３会，原告Ｘ４団体についても，被告の許可を得ることなくａ公園内に活動のための物件を占用していたにすぎない。以上からすれば，本件代執行により原告らが受ける不利益が極めて重大であるとは認められず，本件代執行を行ったことが，被告に与えられた裁量権を逸脱，濫用したものであるとは認められない。
(6) 　違法性の承継
争点１で判断したとおり，本件契約には，地自法９６条１項９号及び同法２３４条２項に反した違法があると認められるところ，原告らは，当該違法性が本件代執行に承継されると主張していると解される。しかし，違法性の承継は，複数の行政処分がある場合に問題となるところ，本件契約は行政処分でない上，そもそも本件契約と本件代執行の目的が法的に同一であるとは認められないから，これらの違法が本件代執行に承継されるとは認められない。その他，原告らは本件計画の違法性等につき縷々主張しているが，これらの違法性についても本件代執行に承継されるとは認められないから，原告らの主張は採用することができない。
(7) 　以上より，本件代執行が違法であるとは認められない。
８　争点４（被告の行為は憲法２５条等に反するといえるか）について
(1) 　原告らは，被告が本件代執行等を行ったことにより，憲法２５条等により保障された公園における居住権を侵害されたと主張する。しかし，憲法２５条等が公園における居住権を保障しているとは認められない上，前記７(5)で説示したとおり，原告Ｘ１がａ公園を生活の拠点としていたとまではいい難く，その余の原告らについてはａ公園で居住していないから，被告が本件代執行等を行ったことが憲法２５条等に違反するとは認められない。
(2) 　原告らは，被告が本件代執行等を行ったことにより，原告Ｘ４団体の表現の自由を侵害されたと主張する。しかし，本件代執行等により，原告Ｘ４団体がａ公園内にて表現活動を行うことができなくなったわけではなく，一部施設の利用が有料となったことをもって原告Ｘ４団体の表現の自由が侵害され不法行為を構成するとは認められない。
(3) 　その他原告らは縷々主張するが，被告の行為が憲法２５条等に違反するとは認められず，原告らの主張は採用することができない。
９　小括
以上検討したことからすれば，被告が原告Ｘ１をａ公園から退去させた行為は国家賠償法上違法といえるが（争点２），その余の原告との関係で被告の行為が国家賠償法上違法であるとは認められない。よって，以下では原告Ｘ１に生じた損害について検討する。
１０　争点５（原告らに生じた損害及びその額）について
(1) 　物件撤去による損害
被告が原告Ｘ１をａ公園から退去させた行為と，原告Ｘ１の物件を撤去したことにより生じた損害との間には因果関係があるとは認められない。そもそも，原告Ｘ１はａ公園内の物件を任意に引き取っており，なお残置する物については全て所有権を放棄しているのだから，原告Ｘ１に物的損害が生じているとは認められない。
(2) 　慰謝料
争点２で検討したとおり，被告が原告Ｘ１をａ公園から退去させるに当たって直接強制をしたことは違法であり，これにより原告Ｘ１は精神的苦痛を被ったと認められる。原告Ｘ１は警備員４名に担ぎ上げられて強制的に退去させられたものの，その時間は短く，原告Ｘ１が傷害を負ったとも認められないこと，原告Ｘ１はａ公園内を不法に占用し続けていたこと，その他本件の一切の事情を考慮すると，原告Ｘ１の精神的苦痛を慰謝する金員は１０万円が相当であると認められる。
(3) 　弁護士費用
被告の不法行為と相当因果関係のある弁護士費用は１万円が相当であると認められる。
(4) 　以上より，原告Ｘ１に生じた損害は合計１１万円であると認められる。
１１　以上の次第で，原告Ｘ１の請求は主文第１項の限度で理由があるからその範囲で認容し，原告Ｘ１のその余の請求及びその余の原告らの請求は理由がないからこれらをいずれも棄却することとして，主文のとおり判決する。
（裁判長裁判官　澤野芳夫　裁判官　國分隆文　裁判官　中村雅人）

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