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裁判年月日 　平成27年 3月 4日　 裁判所名 　大阪地裁　 裁判区分 　判決

事件番号 　平２３（行ウ）１４６号

事件名 　遺族補償給付不支給処分取消請求事件

文献番号 　2015WLJPCA03048017

 

 

出典

 

 

 

 

裁判年月日 　平成27年 3月 4日　 裁判所名 　大阪地裁　 裁判区分 　判決

事件番号 　平２３（行ウ）１４６号

事件名 　遺族補償給付不支給処分取消請求事件

文献番号 　2015WLJPCA03048017

 

 

 

大阪府羽曳野市〈以下省略〉

原告 Ｘ１

同所

原告 Ｘ２

上記両名訴訟代理人弁護士 生越照幸

東京都千代田区〈以下省略〉

被告 国

同代表者法務大臣 Ａ

処分行政庁 柏労働基準監督署長　Ｂ

同指定代理人 Ｗ１

同 Ｗ２

同 Ｗ３

同 Ｗ４

同 Ｗ５

同 Ｗ６

同 Ｗ７

同 Ｗ８

 

 

 

主文

 

１ 　原告らの請求を棄却する。

２ 　訴訟費用は原告らの負担とする。

 

 

事実及び理由

 

第１ 　請求

柏労働基準監督署長が，平成２１年８月２８日付けで原告らに対してした労働者災害補償保険法による遺族補償給付を支給しない旨の処分を取り消す。

第２ 　事案の概要

本件は，ａ株式会社（以下「本件会社」という。）に勤務していた原告らの子である亡Ｃ（以下「亡Ｃ」という。）が，平成１７年１１月３日に自殺したのは本件会社の業務に起因するものであるとして，原告らが，柏労働基準監督署長（以下「処分行政庁」という。）に対し，労働者災害補償保険法（以下「労災保険法」という。）に基づく遺族補償給付の支給を請求したが，処分行政庁が支給しない旨の処分をしたため，同処分の取消しを求める事案である。

１ 　前提事実（証拠等の掲記のない事実は当事者間に争いがないか弁論の全趣旨により容易に認めることができる。）

(1) 　亡Ｃの経歴等

ア　亡Ｃ（昭和５３年○月○日生まれの男性）は，原告らの子である。亡Ｃは，ｂ大学経営学部を卒業後，平成１５年４月，ｃ生命保険相互会社（当時の名称。以下「ｃ生命」という。）に入社し，平成１７年４月１日，本件会社に出向した。

亡Ｃは，本件会社において，保険料収納グループ集金制・住所管理チームに所属していたが，平成１７年６月１３日，保険料収納グループ総務・住所管理チームに異動した（以下，この異動を「本件異動」という。）。

イ　亡Ｃは，ｃ生命に入社以降，ｃ生命ｄ独身寮（以下「ｄ寮」という。）に居住していた。ｄ寮は３階建てであり，約１００人が入寮しており，亡Ｃの先輩であるＤ（以下「Ｄ」という。）もｄ寮に居住していた（乙３６，６０）。

(2) 　本件会社

ア　本件会社は，平成１６年２月，ｃ生命とｅ株式会社の合弁会社として設立された会社であり，ｃ生命の保険業に係る事務の代行等を行う株式会社であり，平成１７年６月１日時点における従業員数は９３４名であった（乙１８）。

イ　亡Ｃが所属していた保険料収納グループの平成１７年６月１３日時点における従業員数は，入金管理チーム３５名，総務・住所管理チーム３３名，団体チーム１４名，団体収納室３１名，グループマネージャー１名の合計１１４名であった。また，亡Ｃ死亡時点（同年１１月）における従業員数は，入金管理チーム３４名，総務・住所管理チーム２６名，団体チーム１２名，団体収納室３８名，グループマネージャー１名の合計１１１名であった。

平成１７年６月１日時点及び同年１１月時点における総務・住所管理チームの総合職は，アシスタントマネージャーのＥ（以下「Ｅ」という。）及び亡Ｃのみであり，また，その余の職員（一般職，派遣社員及び定期職員）はいずれも女性であった。

（以上，乙１８ないし２０）

(3) 　亡Ｃの就労状況等

ア　亡Ｃは，本件異動後は，保険料収納グループのうち総務・住所管理チームの総務担当の総合職として勤務していた。

イ　亡Ｃが所属していた保険料収納グループの担当事務は，①２回後保険料収納事務に関する諸施策の立案・推進及びｃ生命営業部への連絡（個人保険サービス設計第１グループ所管のものを除く），②送金制扱契約及び口座振替扱契約の２回後保険料収納に関する事項，③集金制契約，団体扱契約及び集金代理店扱契約の２回後保険料収納に関する事項，④未入金契約の管理及び復活に関する事項，⑤契約者配当金の支払に関する事項（保全グループで取り扱うものを除く），⑥保険料自動振替貸付に関する事項，⑦特定の団体保険契約及び企業年金保険契約に関する料金事務の関係組織への取次ぎ，⑧２回後関係借受金の管理及び振替に関する事項（団体収納室が収納する職団契約・代理店契約に関する事項は団体収納室長が所管する），⑨団体及び集金代理店の開閉・昇降格に関する事項，⑩保険料取次金融機関に関する事項，⑪２回後保険料領収証に関する事項，⑫契約者住所の管理に関する事項，⑬ユニットの特定異動処理に関する事項，⑭ｃ生命顧客サービス係，集金サービス店，サービスアシスタントに関する事項，⑮主にｃ生命本社管理職団及び本社収納が適切と判断された職団契約・代理店扱契約の２回後保険料の収納並びに事務連絡（団体収納室長が所管する），⑯その他ｃ生命が定めｅ社が確認した事務とされており，総務・住所管理チームでは，総務担当が顧客の収納に関する業務全般の総務，庶務的な業務に従事し，住所管理担当が顧客の住所管理に関する業務に従事していた。

（乙２１，２２，４８）

ウ　本件会社においては，保険料収納グループのうち団体収納室が別のフロアに分かれており，仕事上の連繋がとりにくい状況であったため，両事務室を同一のフロアに移転することとなり，まず，平成１６年に，保険料収納グループ（約８０人）のレイアウト変更が行われた。次に，平成１７年８月頃から，団体収納室（約３０人）のレイアウト変更の準備が行われ，同年９月１７日，同月１８日に移転作業が行われた（以下，このレイアウト変更のうち団体収納室に関するものを「本件レイアウト変更」という。）。本件レイアウト変更の責任者はグループマネージャーであったＦであり，実質的な責任者はＥであった。

亡Ｃは，同年８月頃から始まった本件レイアウト変更の準備作業に従事するようになった。

（以上，乙２２，３９）

(4) 　亡Ｃの自殺

亡Ｃは，平成１７年１１月３日，ｄ寮付近の雑木林において，樹木にサーフィン用リーシュコード（サーフボードが流されないように足とサーフボードを結んでおく紐）を用いて自殺（縊死）した（以下「本件自殺」という。）。

(5) 　本件訴訟に至る経緯

ア　原告らは，亡Ｃが自殺したのは，本件会社で恒常的に長時間労働に従事したり，本件レイアウト変更業務を担当するなどした結果，平成１７年１０月中旬頃にはうつ病を発病したためであるとして，平成２０年１１月４日，処分行政庁に対し，遺族補償給付の請求を行った（乙１）。

イ　処分行政庁は，平成２１年８月２８日，「労働基準法施行規則第３５条別表第１の２第９号に定める疾病に該当しない」として，前記アの請求について支給しない旨の処分（以下「本件処分」という。）を行い，同月３０日，その旨を原告らに通知した（乙３，４）。

ウ　原告らは，平成２１年１０月８日，千葉労働者災害補償保険審査官（以下「審査官」という。）に対し，本件処分を不服として審査請求を行ったが，審査官は，平成２２年１月２９日付けで審査請求を棄却する決定をし，同決定は，同年２月１日，原告らに通知された（乙６，７）。

エ　原告らは，平成２２年２月２６日，労働保険審査会（以下「審査会」という。）に対し，再審査請求を行ったが，審査会は，平成２３年２月１６日付けで，再審査請求を棄却する決定をし，同決定は，同月１８日，原告らに通知された（乙９，１０）。

オ　原告らは，平成２３年８月１１日，本件訴えを提起した。

（当裁判所に顕著）。

(6) 　行政通達による精神障害の認定基準

ア　旧労働省（現厚生労働省）は，精神障害に係る労働災害の業務起因性に関して，専門家によって構成された「精神障害等の労災認定に係る専門検討会」から「精神障害等の労災認定に係る専門検討会報告書」（以下「１１年報告書」という。）の提出を受けて，平成１１年９月１４日，「心理的負荷による精神障害等に係る業務上外の判断指針」（基発第５４４号。以下「判断指針」という。）を発出した。（乙１１，１２）

イ　厚生労働省は，平成２１年４月６日，判断指針及びその別表１及び２を一部改正する内容の通達（基発第０４０６００１号）を発出した。（乙１４）

ウ　厚生労働省は，専門家によって構成された「精神障害の労災認定の基準に関する専門検討会」から，審査の迅速化や効率化を図るための労災認定の在り方に関して検討を行った結果である「精神障害の労災認定の基準に関する専門検討会報告書」の提出を受けて，平成２３年１２月２６日，「心理的負荷による精神障害の認定基準について」（基発第１２２６号第１号。以下「認定基準」という。）を発出し，判断指針を廃止した。

認定基準で対象とする疾病は，国際疾病分類第１０回修正版（ＩＣＤ－１０）第Ⅴ章「精神および行動の障害」に分類される精神障害であって，器質性のもの及び有害物質に起因するものを除くとされ，そのうち業務に関連して発病する可能性のある精神障害は，主としてＩＣＤ－１０のＦ２からＦ４に分類される精神障害である。

（以上，乙５０，５１）

(7) 　うつ病エピソードの診断ガイドライン

ＩＣＤ－１０の診断ガイドライン（以下「診断ガイドライン」という。）によれば，うつ病エピソードは，次のとおり説明される。（乙３２）

ア　総論

（ア）　軽症（Ｆ３２．０），中等症（Ｆ３２．１），重症（Ｆ３２．２とＦ３２．３）の全ての典型的な抑うつのエピソードでは，患者は，通常，①抑うつ気分，②興味と喜びの喪失，及び③活動性の減退による易疲労感の増大や活動性の減少（以下「定型症状」という。）に悩まされる。他の一般的な症状には，以下のものがある（以下「一般的症状」という。）。

④　集中力と注意力の減退

⑤　自己評価と自信の低下

⑥　罪責感と無価値観（軽症エピソードにもみられる）

⑦　将来に対する希望のない悲観的な見方

⑧　自傷あるいは自殺の観念や行為

⑨　睡眠障害

⑩　食欲不振

（イ）　うつ病エピソードは，重症度の如何に関係なく，少なくとも２週間の持続が必要とされている。

（ウ）　うつ病エピソードの身体的症候群は，普通は楽しいと感じる活動に喜びや興味を失うこと，普通は楽しむことができる状況や出来事に対して情動的な反応性を欠くこと，朝の目覚めが普段より２時間以上早いこと，午前中に抑うつが強いこと，明らかな精神運動制止あるいは焦燥が客観的に認められること（他人から気づかれたり報告されたりすること），明らかな食欲の減退，体重減少（過去１か月で５％以上），明らかな性欲の減退等の症状のうちおよそ４項目が明らかに認められる場合に，存在するとみなされる。

イ　軽症うつ病エピソード（Ｆ３２．０）

同エピソードは，定型症状のうちの少なくとも２個，さらに一般的症状のうちの少なくとも２個が存在しなければならない。いかなる症状も著しい程度であってはならない。

同エピソードの患者は，通常，症状に悩まされて日常の仕事や社会的活動を続けるのに幾分困難を感じるが，完全に機能できなくなるまでのことはない。身体性症候群を伴わないもの（Ｆ３２．００）と身体性症候群を伴うもの（Ｆ３２．０１）に分けられる。

ウ　中等症うつ病エピソード（Ｆ３２．１）

同エピソードは，定型症状のうちの少なくとも２個，さらに一般的症状のうちの少なくとも３個（４個が望ましい。）が存在しなければならない。

同エピソードの患者は，通常，社会的，職業的又は家庭的活動を続けていくのがかなり困難になる。身体性症候群を伴わないもの（Ｆ３２．１０）と身体性症候群を伴うもの（Ｆ３２．１１）に分けられる。

エ　重症うつ病エピソード（Ｆ３２．２，Ｆ３２．３）

同エピソードは，定型症状の全て，さらに一般的症状のうちの少なくとも４個が存在し，そのうちのいくつかが重症でなければならない。同エピソードでは，身体性症状がほとんど常に存在し，妄想，幻覚又はうつ病性昏迷等の精神病症状を伴わないもの（Ｆ３２．２）と伴うもの（Ｆ３２．３）とがある。

同エピソードの患者は，ごく限られた範囲のものを除いて，社会的，職業的又は家庭的な活動を続けることがほとんどできず，自尊心の喪失や無価値感や罪責感を持ちやすく，特に重症な症例では際立って自殺の危険が大きい。

２ 　争点

本件の主な争点は，本件自殺について業務起因性が認められるかである。

３ 　争点に関する当事者の主張

（原告らの主張）

(1)　亡Ｃが精神障害（うつ病エピソード）を発病していたことについて

亡Ｃの身体状況は，平成１７年１０月以降，診断ガイドラインによる典型的なうつ病エピソードの定型症状である①ないし③が認められ，かつ，一般的症状である④ないし⑩のうち二つが２週間以上継続していたと合理的に推定されることから，同月頃，うつ病エピソードを発病していたと取り扱うべきである。

ア　健康診断の際の申告について

亡Ｃは，平成１７年５月２６日の健康診断において，「眠れないで朝早く目覚めることがありますか」及び「事故やけがをしやすいですか」について「ときどき」と回答している。

かかる亡Ｃの身体症状は④及び⑨に該当すると合理的に推定される。

イ　平成１７年７月２７日の原告Ｘ２（以下「原告Ｘ２」という。）との電話について

原告Ｘ２が，その日に亡Ｃに電話をかけたところ，亡Ｃは，機嫌の悪い声で，「今帰ったところでごはんも食べてない。お母はん，何の用」と述べた。

かかる亡Ｃの身体状況は⑩に該当すると合理的に推定される。

ウ　平成１７年８月頃のＧ（以下「Ｇ」という。）との会話について

亡Ｃは，その頃，思い詰めている感じとなり，仕事の関係で一番親しかったＧに対して，「会社を辞めて大阪へ帰ろうかな」と述べた。

また，時期は不明であるが，Ｇは，亡Ｃに対し，「親より早く死ぬ事は一番の親不孝」などと諭したことがあったが，これは，亡Ｃが，希死念慮を有していたことを裏付けるものである。

かかる亡Ｃの身体状況は⑦及び⑧に該当すると合理的に推定される。

エ　平成１７年８月末頃のＨ（以下「Ｈ」という。）との会話について

亡Ｃは，その頃，一つ上の先輩であるＨに対し，電話の何気のない会話の中で，「何もかもどうでもよくなる時がある」，「信じられない。自分のことが嫌いになる」と述べた。

かかる亡Ｃの身体状況は⑦に該当する。

オ　コンビニに買物に行く格好について

亡Ｃは，夏の終わり頃，パジャマ姿でコンビニに買物に出かけた。

かかる亡Ｃの身体状況は④に該当すると合理的に推定される。

カ　平成１７年９月のサーフィンでの負傷について

亡Ｃは，サーフィンをしている際に負傷（顔面挫創）し，同月１９日及び同月２４日に，東邦鎌谷病院を受診した。

かかる亡Ｃの身体状況は④に該当すると合理的に推定される。

キ　部屋の電気をつけていなかったことについて

Ｇは，亡Ｃが，夜電気もつけず，暗い部屋でぼーっと何も映っていないパソコンの画面を見ているのを何度か目撃した。そこで，Ｇは，思い詰めているような状態となった亡Ｃを心配し，平成１７年９月３０日にｄ寮から退寮する際，Ｉ（以下「Ｉ」という。）に対し，「Ｃ君のことよろしく頼む」と述べた。

かかる亡Ｃの身体状況は①及び③に該当すると合理的に推定される。

ク　メール・電話の減少について

亡Ｃの携帯電話のメールの送信履歴をみると，平成１７年６月は４５件，同年７月は３０件，同年８月は４１件，同年９月は１１件，同年１０月は２件，同年１１月は０件となっており，同年９月以降，亡Ｃのメールの送信回数は激減していた。送信メールの内容をみても，同年８月頃までは飲み会や合コンのメールも存在したが，同年９月以降はかかるメールもなくなった。

次に，携帯電話の発信履歴をみると，平成１７年６月は１２件，同年７月は９件，同年８月は５件，同年９月は６件，同年１０月は３件，同年１１月は５件であったことから，減少傾向にあった。また，携帯電話の受信履歴をみると，同年１０月２２日以降，「不在」の回数が急激に増加した。

かかる亡Ｃの身体状況は②，③及び④に該当すると合理的に推定される。

ケ　平成１７年１０月頃にやせていたことについて

亡Ｃは，「ドヨン」としたときがあり，その頃には，Ｇからみても「ちょっとやせていた」状態となっていた。Ｊも，やせた亡Ｃがしゃべれずに座っているのを目撃していた。

かかる亡Ｃの身体状況は①，③，⑨及び⑩に該当すると合理的に推定される。

コ　人事異動に関する発言について

原告Ｘ２が平成１７年１０月８日に亡Ｃに電話をかけたところ，亡Ｃは，原告Ｘ２に対し，希望していた人事異動がなかったことについて，沈んだ元気のない声で，「僕は大手町に行きたかった」と述べた。

かかる亡Ｃの身体状況は①及び⑤に該当すると合理的に推定される。

サ　平成１７年１０月８日から１０日までの亡Ｃの様子について

亡Ｃの兄であるＫ（以下「Ｋ」という。）は，上記期間の亡Ｃの様子について，「日頃のＣの人格的脈絡からは理解できないほど攻撃的で目つきも違っているように感じられました」，「普段のＣからは考えられないくらいおどおどしている感じがあったり」，「普段なら二人で雑談をしたりするのにＣはパソコンに向かいっきりで私の話に乗ってくることもなくそのまま寝てしまいました。次の日，Ｃは私に，ひどく落ち込んだ様子で実は私の車のバイザーを壊したと言われました」と述べている。

かかる亡Ｃの身体状況は①，④及び⑥に該当する。

シ　平成１７年１０月のサーフィンでの負傷について

亡Ｃは，サーフィンをしている際に負傷（顔面挫創）し，同月２０日，柏新宿整形外科を受診した。

かかる亡Ｃの身体状況は④に該当すると合理的に推定される。

ス　Ｋに対する平成１７年１０月２３日の応対について

Ｋは，その日，亡Ｃのことが心配になったことから，電話をかけたが，電話は途中で切れ，その後，亡ＣがＫに対して電話を返すことはなかった。

また，Ｋは，亡Ｃに対し，「Ｃと同じ年齢の部下を持ってやっとわかりましたが貴君は非常に優秀です。乗り切られるはずです。自信をもって望んで下さい」と記載したメールを送信したが，亡ＣがＫに対してメールを返信することはなかった。

かかる亡Ｃの身体状況は③及び⑤に該当すると合理的に推定される。

セ　新聞の購読中止について

亡Ｃは，平成１７年１０月２５日，寮母であるＬに対し，普段から取っていた新聞の購読を止めると伝えた。

かかる亡Ｃの身体状況は②に該当すると合理的に推定される。

ソ　平成１７年１０月３０日の原告Ｘ２との電話について

原告Ｘ２が，その日の午前１１時頃に亡Ｃに電話をかけたところ，亡Ｃは，元気のない声で，「今忙しいから後でかける」と返答した。その後，原告Ｘ２が同日午後１０時頃に再び亡Ｃに電話をかけたところ，亡Ｃは，「僕，お墓参りに行きたい」，「お母さん孫ほしい？僕はないよ」と述べた。

かかる亡Ｃの身体状況は②及び⑦に該当すると合理的に推定される。

タ　規則違反のバイクの駐輪について

亡Ｃは，平成１７年１１月２日，バイクは駐車場に止める規則となっていたが，規則を破って駐輪場にバイクを停車していた。

かかる亡Ｃの身体状況は④に該当すると合理的に推定される。

チ　本件自殺直前の部屋の様子について

亡Ｃの部屋を何度も訪れたことがあるＧは，亡Ｃの部屋に関し，「清潔感のある部屋との印象」を持っていた。また，Ｇは，亡Ｃに関して，「Ｃはおしゃれにはいつも気を使っておりました」と述べている。しかし，本件自殺後の亡Ｃの部屋は，机の上にパソコン，コード，サランラップ等が雑然と置かれ，食器棚にシャツや洗い物が雑然と押し込まれているような状態であった。その他，新品で開けていない洋服がたくさんある，ランドリー室にたくさんの洗っていないシャツがかごいっぱい残っている，郵便受けに郵便物がたまっている，平成１７年８月末に新しく買ったままのパソコンのモニターが置いてあるなど，大阪で暮らしていたころの亡Ｃからは考えられない状況であった。

かかる亡Ｃの身体状況は②及び③に該当すると合理的に推定される。

ツ　亡Ｃの部屋にあった書籍について

亡Ｃの部屋には，死後の世界に関する本が置かれていた。

かかる亡Ｃの身体状況は⑧に該当すると合理的に推定される。

テ　Ｄのサーフボードに傷をつけたことについて

サーフボードの傷の小ささや修理のための交渉の経緯内容に鑑みると，その心理的負荷は小さかったといえる。

(2)　精神障害発病の原因について

ア　長時間労働について

（ア）　柏労働基準監督署の職員が，平成１７年１１月１１日，本件会社を訪れ，亡Ｃのパソコンを調査したことから，本件会社によって何らかの証拠隠滅が行われた可能性は否定できない。また，本件会社は，平成２０年１月１８日に実施された証拠保全手続において，検証を行った裁判官に対し，「システムログは存在しない」と回答していた。すると，柏労働基準監督署が入手した「ＰＣイベントビューア写」が，亡Ｃのパソコンのログであるのか否か，極めて疑わしいというべきである。

（イ）　仮に「ＰＣイベントビューア写」が亡Ｃのパソコンのシステムログであったと仮定しても，同資料が示す時間外労働時間数は最低限のものである。

亡Ｃは，平成１７年９月７日午後１１時４４分，Ｋに対して，「今仕事終わりました」と記載したメールを送信したが，同日の勤怠管理表の退勤時間は午後６時であり，最終のログは午後９時であった。

また，本件レイアウト変更に関する業務は，配置のための対人的な調整や部屋の実測の立会等，必ずしもパソコンでの作業が必要なものではないため，パソコンをシャットダウンしてからも従事していた蓋然性が高い。実際，亡Ｃは，本件レイアウト変更業務に関し，平成１７年９月１７日，メールを送信しているが，「ＰＣイベントビューア写」には履歴が存在しない。

亡Ｃは，平成１７年に実施されたと考えられる健康診断の問診票において，ＶＤＴ作業の作業時間を１日１２時間と回答している。亡Ｃは，ＶＤＴ作業のみを行っていたわけではないと考えられることから，１日１２時間以上の勤務を度々行っていたと推測される。

（ウ）　亡Ｃが長時間労働に従事していたことは，ｄ寮の管理人であったＭ（以下「寮長」という。）やＤの証言からも明らかである。

（エ）　亡Ｃは，本件会社の指示により，ＡＦＰ資格を取得するため，平成１７年５月に開講した「ファイナンシャルプランナー養成講座　ＡＦＰコース」を受講していた。ＡＦＰ資格取得のための受験勉強は３００時間から１０００時間とされていることから，仮に下限の３００時間だとしても，勉強を開始した平成１７年５月から試験が行われた平成１８年１月までの９か月間の１か月当たりの勉強時間数は３３時間となる。

また，亡Ｃは，「ＡＦＰ講座」の他に，「銀行業務検定法務３級」を取得するための勉強も行っていた。そして，銀行業務検定法務３級の受験勉強は６０時間とされている，とすれば，本件自殺の１か月前に３０時間，２か月前に３０時間の受験勉強を行ったと考えるべきである。

（オ）　以上より，亡Ｃは，少なくとも１か月当たり１００時間程度を超える長時間労働に従事していたといえる。

イ　総務・住所管理チームの業務について

（ア）　亡Ｃは，平成１５年４月の入社後，僅か２年という短い期間で，総務・住所管理チームへ異動となったことから，従来の従業員が身につけていた経験や幅広い知識もなく，総務の業務に従事しなければならなかったことから，実質的には新人社員と同視すべきである。

（イ）　亡Ｃは，本件異動によって，対外的な業務から対内的な業務へと大きく業務内容が変更した。

亡Ｃは，裁量のない総合職として，誰に聞いても一々みてくれるわけでもない状態の中，多数の従業員に対する調整業務のために気を使いつつ，入金管理チーム，総務・住所管理チーム，団体チーム及び団体収納室から出てくる案件をうまくまとめて保険料収納グループ全体としての方針を出し，かつ，最終判断を行う必要があった。その一方で，亡Ｃは，保険料収納グループの９０％以上が女性従業員という環境の中，大量の仕事を与えると退職してしまうことを考慮しつつ，実質的な中間管理職として，女性従業員に対して仕事を振り分ける役割を担っていた。

また，亡Ｃは，保険料収納グループ内部のみならず，全国の営業所に対する対応を求められていた。

加えて，亡Ｃは，突然問題が起こった際にも機転をきかせて手配をするなど常に緊張が必要な状態で勤務していたにもかかわらず，自分が忙しい状態であっても，他の従業員の仕事も断らずに引き受けるなどしていた。

（ウ）　女性従業員の多い職場は，男性である亡Ｃにとって，極めて居心地の悪い職場環境であったといえる。

また，亡Ｃは総合職であったが，女性従業員は一般職や派遣社員であったため，総務に関する経験はないものの総合職として給与体系が高く昇進がある程度約束された亡Ｃと，総務に関する経験を有しているものの給与体系が低く昇進が望めない女性従業員らとの間で，様々なあつれきが生じたことは想像に難くない。

なお，亡Ｃの前任者であるＧは配置転換を希望して他部署へ異動し，亡Ｃの死後，同人と同じポジションで総合職が配置されることはなかった。このことも，亡Ｃが置かれた職場環境の過酷さを裏付けるものである。

（エ）　亡Ｃは，平成１７年１０月の人事異動において，大手町への人事異動を希望していたが，認められなかったことから，その後も継続して総務の業務に就かなければならなかった。そのため，亡Ｃは，Ｇに対し，「今度の４月には僕も出ますわ」と述べ，平成１８年４月の人事異動によって，総務・住所管理チームから離脱することを強く望んでいた。かかる事実は，亡Ｃが，総務における業務から強い心理的負荷を受けていたことの証左であるといえる。

（オ）　亡Ｃは，保険料収納グループでの集金制・住所管理チームにおける業務について，仕事のプロセスは頑張ったものの，成果が出ず，本件会社に評価されなかったことについて悩んでいたことから，本件異動は，亡Ｃにとって納得のいく人事ではなかったと考えられる。

ウ　本件レイアウト変更業務について

（ア）　亡Ｃは，平成１７年８月頃から，本件レイアウト変更業務について全く経験を有していなかったにもかかわらず，レイアウト作成，スケジュール作成，業者指示，書類・机等移動計画策定等，ＰＣ等移動等申請・指示に加え，多数の従業員間の調整作業を担当することとなった。亡Ｃが担当したレイアウト作業は，４階のおよそ３０名分の机を２階に移動させ，２階のレイアウトを変更するものであった。本件レイアウト変更前と後の２階の状況を比較すると，席の配置と数，作業台の配置と数，キャビネットの有無などの点で大きな変更がなされている。亡Ｃが従事した本件レイアウト変更業務は，４階フロアの従業員のみならず，受入側の２階フロアの従業員を含め，全員の机やパソコン等のレイアウト変更と関係する従業員全員に対する調整作業が必要であったことから，「細かいスケジュールと綿密な計画」が必要であり，かつ，「かなり大規模」，「超大規模」であったことは明らかである。

（イ）　亡Ｃは，全員の希望を聞いた上で，プランを作り，わがままをいう従業員らに対し，「これで我慢してください」などと述べるなどして，全員に説得して回った。このような説得は，本来上司であるＥが行うべきであったが，亡Ｃに丸投げしたため，亡Ｃとチーム長との関係が悪化することもあった。

エ　決算業務について

亡Ｃは，本来経験のない総合職が処理することができない決算業務に従事し，本件自殺の前日には決算報告まで行った。

オ　「新商品発売記念，全従業員まず１件キャンペーン」（以下「ジョイナス運動」という。）について

亡Ｃは，平成１７年１０月２１日から同年１１月２１日まで実施されたジョイナス運動の推進担当者であった。ジョイナス運動には，所属やグループごとに指標，実績，達成率が定められていた。亡Ｃ自身も，グループ全体へのプレゼンテーションのほか，自ら契約を得るべく，亡Ｃの姉であるＮ（以下「Ｎ」という。）に対し，「契約者は僕でいいよ」などと述べ，入社後初めて家族に頼み事を行った。

カ　支援不足について

Ｅは，「うるさ型ではないものの部下に任せっきりにするタイプ」，「昼行灯みたいで頼りにならない」ような人物であった。亡Ｃの業務に対しても，「Ｃ君のおかげだよねえ」，「必要がなせるわざかなあ」などと悠長な態度をとり続け，積極的に亡Ｃの業務を支援しようとはしなかった。

（被告の主張）

(1)　亡Ｃが精神障害（うつ病エピソード）を発病していなかったことについて

診断ガイドラインによれば，うつ病の中で最も軽いとされる「軽症うつ病エピソード」であっても，定型症状のうち少なくとも２個，かつ，一般的症状のうちの少なくとも２個が存在しなければならないとされており，また，このエピソードは最低２週間にわたって持続しなければならないとされている。亡Ｃには，一般的症状である⑧を除いて，定型症状及び一般的症状は一切見当たらない。

亡Ｃの会社の上司，同僚及び独身寮の先輩の供述によれば，亡Ｃは，死亡に至るまで普段どおりの様子であったもので，自殺は，多くの者にとって予測できない事態であった。

ア　健康診断の際の申告について

問診票の記載は非常に抽象的で，その具体的症状は全く明らかではないく，問診票の記載は，亡Ｃがうつ病エピソードを発病したか否かを検討する際の資料としての価値は乏しい。

イ　平成１７年７月２７日の原告Ｘ２との電話について

甲第３３号証から判明するのは，亡Ｃが帰宅時に食事をしていないということだけで，その理由は明らかでない。そして，人が食事をしない理由は食欲不振に限られず，多忙で食事時間を捻出できなかったことも考えられるのであって，原告らの主張は論理が飛躍している。

ウ　平成１７年８月頃のＧとの会話について

原告Ｘ２の供述は伝聞にすぎず，その信用性に疑問がある上，Ｇの供述を精査しても，原告らが主張する事実に関する供述はない。そうすると，そもそもそのような事実が存在することすら認められないというべきである。

エ　平成１７年８月末頃のＨとの会話について

乙第３５号証５頁に「一つ上の先輩が，８月末頃一緒に焼肉に行った時に，なにもかもどうでもよくなる時があるって話を聞いて，その時はなんにも思わなかったけれど，何か悩んでいたのだろうかなぁと今は思うと言われてました」とあるように，これもＮによる伝聞供述にすぎず，その信用性に疑問があり，亡Ｃが何もかもどうでもよくなる旨の発言をしたことすら疑わしい。

加えて，原告Ｘ２がＨから聴取した内容をみても，甲第３４号証１頁をみると「信じられない」，「自分のことが嫌いになる」という記載はあるものの，いかなる状況で誰がかかる発言をしたのかは全く判然とせず，仮に，亡Ｃが言ったものであるとしても，その趣旨は全く不明というほかなく，およそ亡Ｃの精神状態を示したものとはいえない。

オ　コンビニに買物に行く格好について

Ｎがいう「寮の先輩」が誰か不明である上，亡Ｃがパジャマ姿でコンビニに買物に来たという供述は伝聞であり，その信用性に重大な疑義がある。

そのことを措くとしても，今日において休日に住居である寮の近くにあるコンビニにパジャマ姿で買物に行くこと自体稀有ではなく，仮に，そのような事実が存在したとしても，そのことにより亡Ｃに何らかの精神障害が発現していたとは認められず，原告らの主張は論理が飛躍している。

カ　平成１７年９月のサーフィンでの負傷について

亡Ｃのサーフィンにおけるけががそれ以前より増加したかどうかについては客観的な裏付けがなく，むしろ，問診票によれば，平成１５年１０月から平成１７年６月にかけてもけがをしていることは明らかであるから，かかる事実自体を認めることはできない。

また，その点を措くとしても，Ｏ医師の意見書（以下「Ｏ意見書」という。）が，「得られた資料をみるかぎり，亡Ｃのサーフィンのさいの怪我や過失によるサーフボードの損傷は，こうした自殺の危険因子としてあげられている事故傾性とは異なる性質のもののように思われる。また，かりに，Ｃのこれらの行動が，自殺の危険因子としての事故傾性に該当するエピソードであったとしても，そのことだけで，Ｃが精神障害に罹患していたと判断することはできないと考えられる」と述べるように，サーフィンの際のけがや事故から精神障害の発症を認めることはできないというべきである。

キ　部屋の電気をつけていなかったことについて

千葉労働局地方労災医員協議会の精神部会は，亡Ｃには「一見奇怪とも見て取れる行動が目撃されているが，いずれにしても，請求人が主張する「うつ病」とは２週間以上持続する抑うつ気分や活動性の低下，興味と喜びの喪失などを伴うものであるから，監督署の調査結果からは「うつ病」と判断するには根拠に欠けるものである」としている。

ク　メール・電話の減少について

確かに，甲第１３号証の３によれば，平成１７年１０月以降，携帯電話のメール送信は減少しているようであるが，亡Ｃによるものを含めてメールが削除された可能性や，亡ＣはＤとの連絡には社内メールを用いていたように，当該携帯電話機によるメール送受信以外の手段により連絡を取り合うことは十分にあり得ることからすれば，亡Ｃ自身のメール送信が激減したとの事実自体，必ずしも確からしい事実とは認められない。

また，それを措くとしても，Ｏ意見書において，「身の回りの管理と同様に，精神症状とは無関係に，単に仕事や趣味を含めて多忙であったことによる可能性，サーフボードをめぐる同僚とのトラブルによる心労による可能性も否定できない」とあるように，メール送信数の減少という事実をもって，精神障害の発病を認める根拠とすることはできないというべきである。

ケ　平成１７年１０月頃にやせていたことについて

客観的に体重減少の事実を認めるに足りる証拠はない。また，それを措くとしても，Ｏ意見書が「うつ病エピソード以外の精神疾病でも，あるいは悪性腫瘍などの身体疾患でも観察されることも多く，精神疾患以外の心労などでも生じうるものである」と述べるとおり，このことをもって亡Ｃの精神障害の発症を認めることはできないというべきである。

コ　人事異動に関する発言について

原告らの主張を前提としても，亡Ｃの気分が落ち込んでいたり，元気がなかったりしたのは，人事異動の希望がかなわなかったことが原因であって，それにもかかわらず，なぜうつ病エピソードの診断項目に該当するのか判然としない。

サ　平成１７年１０月８日から１０日までの亡Ｃの様子について

Ｋが，亡Ｃの死後に当時の様子を述懐したものであり，Ｋの主観的な受け止め方を述べたものにすぎないから，直ちにこれを信用することはできない。

また，その点を措くとしても，Ｏ意見書は，亡Ｃの様子の医学的評価について，社会内のストレスに対する正常な反応であると述べ，当時における「適応障害の可能性は否定できる」と述べているように，そのこと自体から精神障害の発症を根拠付けることはできないというべきである。

シ　平成１７年１０月のサーフィンでの負傷について

前記カと同じ

ス　Ｋに対する平成１７年１０月２３日の応対について

前記クと同じ

セ　新聞の購読中止について

仮に，亡Ｃが新聞の定期購読をやめたとしても，その理由は精神障害の発病に限定されるわけではなく，多忙のため新聞を読む時間を確保できなくなった，特定の新聞を定期購読するのではなくその日の気分で読みたい新聞を自由に買って読むようにしたいなどのいろいろな理由が考えられるのであって，原告らの主張は論理が飛躍している。

ソ　平成１７年１０月３０日の原告Ｘ２との電話について

その具体的状況は不明である上，亡Ｃは，Ｄから借りたサーフボードを平成１７年１０月２９日に破損させ，そのことをＩに相談しており，そのことを気にとめていた可能性を払拭できず，その心理的負荷からそのような事実が存在する可能性もあり，この事実から亡Ｃの精神状態が推認できるとしても，それは私的領域に属する出来事から生じた心理的負荷の可能性もあるというべきである。

タ　規則違反のバイクの駐輪について

亡Ｃがどの程度の時間，バイクを駐輪場に停車させていたのか定かではなく，一時的にバイクを駐輪場に停車させていた可能性を払拭できないし，バイクの駐輪場所に指定されている駐車場が何らかの事情で満車であったためバイクを駐輪場に停車させた可能性もあるのであって，いずれにせよ亡Ｃがバイクを駐輪場に停車させた事実から亡Ｃの精神状態を推測することは不可能であり，これを集中力と注意力の減退の表れであると主張する原告らの主張は論理の飛躍がある。

チ　本件自殺直前の部屋の様子について

Ｏ意見書は「自殺直前の亡Ｃの様子に関する会社の上司・同僚の陳述をみるかぎり，亡Ｃは，会社の仕事に関しては，普段と変わりなく行うことができていたと評価されるからである。もちろん，うつ病の症状の多くは，患者本人の主観に基づく症状であり，うつ病の症状がありながらも，亡Ｃがそのことを周囲には漏らさずに，普段どおりに勤務を続けていたという可能性を完全に否定することはできない。しかし，それを確かめることはすでに不可能なことである」と述べ，結論として，「提供された資料を精査したかぎりでは，亡Ｃが，精神障害に罹患していたと診断することはできない」と結論付けた。

ツ　亡Ｃの部屋にあった書籍について

前記ソと同じ

テ　Ｄのサーフボードに傷をつけたことについて

遺書の内容及び保存時刻及びその後のサーフボードを巡る事実経過に鑑みると，亡Ｃが自殺した直接的な原因として，Ｄとの間のサーフボードを巡るトラブルが大きな影響を与えたことは疑いようがない。

(2)　亡Ｃが精神障害を発病する要因がなかったことについて

ア　長時間労働について

（ア）　ログ量が５１２キロバイトに達すると，その日から７日経過後以降，古いものから順に上書きされ，消去されるルールになっていた。このような設定であったため，平成２０年１月１８日の時点では亡Ｃが使用していた期間である平成１７年４月１日から同年１１月２日までのシステムログは全て上書きされ，消去されていた。

平成１７年１１月１０日，柏労働基準監督署職員は，本件会社に立ち入り，調査を実施した。その際，亡Ｃが使用していたパソコンのシステムログを２部印刷し，１部を上記職員が持ち帰り，もう１部をｃ生命社員が持ち帰った。そのため「ＰＣイベントビューア写」は本件会社には存在しなかったものの，ｃ生命には平成１７年１１月１０日に柏労働基準監督署に交付されたものと同一のものが保管されていた。その後，平成２０年１１月１８日，処分行政庁が本件会社に対し，資料の提出を求めたところ，本件会社担当者がｃ生命に相談し，同社が保管していた「ＰＣイベントビューア写」が，本件会社を経由して処分行政庁に提出されたものであって，本件会社及びｃ生命によって改ざんされたおそれなどなく，信用できる。

（イ）　亡Ｃが平成１７年９月７日午後１１時４４分に送信したメールは，その前後の状況が不明であり，送信時刻まで亡Ｃが業務に従事していたとまでは認められない。

亡Ｃは，平成１７年９月１７日午後１１時２７分にメールを送信しているが，このメールは，亡Ｃが同日に従事した本件レイアウト変更の業務の結果を報告したものであり，そのことから直ちに同時刻まで亡Ｃがその業務に従事していたとは認められない。

なお，原告らは，亡Ｃがパソコンをシャットダウンさせた後も上記業務に従事していた可能性が高いと主張するが，具体的根拠を伴うものではないので，推測の域を出ない。

（ウ）　原告らが指摘する供述は，単に亡Ｃの帰宅時間が遅かったことを示すにとどまっており，パソコンをシャットダウンした後も，本件レイアウト変更業務をしていたことまで明らかにしたものとは認められない。

（エ）ａ（a）　ｃ生命は，社内の教育情報データベースにおいて，社員の資格取得状況を確認することができたが，ＡＦＰ講座修了時に行う補助金申請のための報告及び２級ＦＰ技能検定試験に合格しＦＰ協会加入時における補助金申請のための報告以外，社員に対し，その進捗状況について報告を求めることはなかった。

ｃ生命の総合職は，ＡＦＰ資格の取得が基幹候補職１級の昇級要件になっており，基幹候補職１級は，入社６年目に昇級するのが標準であることから，入社５年目までの取得が推奨されていた。もっともＡＦＰ資格を取得できなかったところで，基幹候補職１級に昇級できないだけであって，それ以外に業務等への影響はなかった。

したがって，ＡＦＰ資格の取得はｃ生命によって強制されたものとまではいえず，そのための勉強時間を労働時間として認めることはできない。

（b）　原告らの摘示する証拠のみでは，亡Ｃが，ＡＦＰ資格試験に合格できるほどの勉強を行っていたこと，そもそもＡＦＰ資格取得のための勉強をしていたことすら認め難い。

ｂ（a）　ｃ生命においては，資格昇級・昇号に必要な能力開発ポイントが設けられており，銀行検定法務３級の取得は，任意に選択できる資格の一つにすぎず，そのポイントも２ポイントにとどまる。累計ポイントをクリアできなかった場合，昇級・昇号が見送られること以外，勤務に影響はなかった。

ｃ生命は，銀行検定法務３級を８０点以上で合格した場合，報奨金として５０００円を支給することとなっていたため，報奨金申請時，会社において，その取得を把握することができる程度であった。

したがって，銀行検定法務３級取得のための勉強時間を労働時間として認めることはできない。

（b）　原告らも指摘しているように，Ｐ（以下「Ｐ」という。）の供述によれば，Ｐも亡Ｃも勉強不足であったことが認められる。それにもかかわらず，原告らは，亡Ｃが銀行検定法務３級の合格に必要な勉強を行っていたとして，その合格に達する程度の勉強時間としてインターネット上の記事に掲載された勉強時間を算定しようとしているが，その主張は全くもって意味不明であり，合理的根拠などなく，到底受け入れられない。

（オ）　同僚らからの聴取結果からすれば，亡Ｃは，勤務時間中に喫煙や買物等で離席することがあり，さらには本件レイアウト変更業務をしている間に友人にメールを送信しており，労働時間集計表（乙第２８号証）でまとめられた労働時間こそ亡Ｃの労働時間を原告らに最大限有利に認容したものというべきである。

イ　総務・住所管理チームの業務について

（ア）　亡Ｃについて，「過去に経験した業務と全く異なる質の業務に従事することとなったため，配置転換後の業務に対応するのに多大な労力を費やした」とか，「配置転換後の地位が，過去の経験からみて異例なほど重い責任が課されるものであった」，「左遷された」など，心理的負荷の強度を「強」と判断する具体的な事情は認められない。

（イ）　亡Ｃの総務担当への異動は，同じグループ内における異動にすぎず，業務内容の「大きな変化」があったとまでは認められず，仮に，大きな変化があったとしても，業務の困難度や責任の変化といった修正要素は認められない。

亡Ｃが行っていた全国の営業所に対する対応というのは，一時払いとオーバーローンの照会対応であるが，ｃ生命の照会回答及びＱ（以下「Ｑ」という。）の供述によれば，亡Ｃが常に忙しい状態であって，これら業務による心理的負荷が強いものであったなどとは到底認められない。

（ウ）　Ｅ及び同僚のＲ（以下「Ｒ」という。）の供述によれば，女性従業員への対応が亡Ｃに心理的負荷を与える出来事であるということはできない。

（エ）　亡Ｃが，大手町への異動を希望していたり，現在の所属から離れたがっていたこと，人事異動で希望がかなえられなかったことについて不満等を抱いていたことがうかがわれるものは見当たらない。

Ｇからの聴取結果についても，その前後の会話内容から，亡ＣがＧに対し，現在の部署から離れたいと漏らしたなどの事情は見当たらず，単に，亡Ｃが２年目の異動時期に前任者であるＧと同じように所属先から出る見込みを告げたにすぎない可能性もあり，亡Ｃが本件会社保険料収納グループ総務・住所管理チームを離れたいと思っていたと認めることはできない。

（オ）　成果が出ずに評価されなかったことと，本件異動が亡Ｃにとって納得のいくものでなかったことは次元の異なる事情であり，この二つの事情を何の説明もなく関連付けて，亡Ｃが納得のいかない人事査定という強いストレスにさらされていたとする原告らの主張は，論理が飛躍しているといわざるを得ない。

ウ　本件レイアウト変更業務について

Ｅ，Ｐ，Ｒ，Ｑ，Ｇの供述によれば，亡Ｃは，得意とするパソコンを用いてエクセル上でレイアウトを作成する作業に従事し，Ｅが必要な支援を行っていることは明らかであり，質的にも量的にも過重な業務ではない。

エ　決算業務について

（ア）　帳票等の年間事業費の決算については，Ｑが以前から担当しており，亡Ｃも勉強のためにサポートしながら，やり方を覚えるように指導されていたため，チャレンジシートの第２課題にも記載されていたが，取組実績としての申告がなかった。

（イ）　チャレンジシートの第２課題の「取組実績」欄に記載されているのは，会社全体の保険料が現在どれだけ収納されているか把握するための保険料の収納状況を管理する決算業務の一部に当たるものである。亡Ｃも，勉強の意味で一時期だけ同業務を担当したことがあり，報告を作成しているが，これらは，毎回報告に利用している様式にシステムから金額及び件数等を拾い出し，修正して報告するだけであるので，特に困難なものはなく，亡Ｃに心理的負荷を与えるものではなかった。

オ　ジョイナス運動について

Ｅ，Ｓ，Ｒ，Ｑ及びＧが述べているとおり，ノルマのあるキャンペーンではなく，人事考課にもつながらないから，質的に過重な業務とは認められず，心理的な負荷要因となるものではない。

カ　支援不足について

原告らが依拠するＱからの聴取結果は，Ｑが，Ｅが亡Ｃを回顧した際に発した言葉を伝えたにすぎず，その発言自体，Ｑからの伝聞であり，その信用性に疑義がある上，Ｅのこの発言のみをもって，Ｅが悠長な態度をとり続け，積極的に亡Ｃの業務を支援しようとしなかったと認めることはできない。

ＧやＲが供述するＥに関する人物評は原告らの主張とは正反対のものである。

第３ 　当裁判所の判断

１ 　認定事実

前提事実のほか，後掲の各証拠及び弁論の全趣旨によれば，以下の事実が認められる。なお，特記しない限り，日時は平成１７年を指す。

(1) 　亡Ｃは，５月２６日の健康診断の際に，平日の平均睡眠時間を６時間と申告し，「身体がだるく疲れやすいですか」，「最近気が沈んだり気が重くなることがありますか」，「朝のうちとくに無気力ですか」，「食事がすすまず，味がしないですか」，「息がつまって胸苦しくなることがありますか」，「のどの奥に物がつかえている感じがありますか」，「自分の人生がつまらなく感じますか」，「仕事の能率があがらず何をするのも億劫ですか」との質問に対し，いずれも「いいえ」と回答し，「音楽をきいて楽しいですか」，「議論に熱中できますか」との質問に対し，いずれも「つねに」と回答し，「テレビを見ていて楽しいですか」との質問に対し，「しばしば」と回答し，「眠れないで朝早く目覚めることがありますか」，「事故やけがをしやすいですか」との質問に対し，いずれも「ときどき」と回答した。亡Ｃを診察した医師は，「異常なし」と診断し，就労区分を「通常勤務」した。

（以上，乙２３の１・２）

(2) 　Ｅは，亡Ｃに係る「チャレンジシート（平成１７年度）上期」の第２課題（実行課題：事務品質の更なる向上に向け，担当業務を遂行する）の上司コメント欄に，「業務品質向上を意識して各業務課題に取組んだ。業務報告作成，拠点Ｑ＆Ａ管理，決算対応をはじめ，ＩＴ担当としても質の高い業務遂行状況であった。」と入力した（乙４２）。

(3) 　亡Ｃは，８月頃の休日，ｄ寮から徒歩１分程度の場所にあるコンビニにタンクトップとハーフパンツという服装で買物に行った。

（乙４７，４９）

(4) 　亡Ｃは，８月頃から始まった本件レイアウト変更の準備作業に従事するようになったところ，亡Ｃがパソコンを得意としていたため，エクセルを使用して，各チーム長から提出された案を元に，パソコンやプリンターの配置等，全体のレイアウトを作成する業務を担当した。

（以上，乙２２，３９）

(5) 　亡Ｃは，大学時代から始めたサーフィンに熱心で，Ｋが，７月頃に京都に転勤するまでは土日にＫと頻繁にサーフィンに出かけていた。

（甲１２，乙４０，５９，６７，証人Ｋ尋問調書２１，２２頁，原告Ｘ２尋問調書４頁）。

亡Ｃは，９月にサーフィンをしている際に負傷（顔面挫創）し，９月１９日及び２４日，東邦鎌谷病院に通院し，治療を受けた（甲３５）。

(6) 　亡Ｃは，９月２９日から１０月５日まで，約１週間タイに観光旅行に行った（乙２２，４１，証人Ｋ尋問調書２４頁）。

(7) 　Ｋは，１０月初旬頃，亡Ｃに対し，３連休に東京に行くので時間があればサーフィンに行かないかと誘った。亡Ｃは，Ｋの誘いを受けて，仕事に行くつもりであったが，仕事に行くのをやめて一緒にサーフィンに行くこととし，同月８日，Ｋとサーフィンに出かけた（乙４０，証人Ｋ尋問調書２３ないし２５頁）。

(8) 　亡Ｃは，１０月９日，Ｋ，Ｋの知人かつ亡Ｃの同級生の女性及び同女性が連れてきた別の女性の合計４名で居酒屋で飲食したが，突っかかっていくような発言をするなど，場の雰囲気を乱すような発言をしていた（乙４０，証人Ｋ尋問調書４，５，２６，２７頁）。

(9) 　亡Ｃは，１０月中旬頃，サーフィンに出かけたが，駐車場の路面にサーフボードを置いていたところ，第三者が運転する車にひかれてしまい，サーフボードが破損した（乙３４，５９）。

(10) 　亡Ｃは，サーフィンをしている際に負傷（顔面挫創）し，１０月２０日，柏新宿整形外科に通院した（甲３８）。

(11) 　本件会社では，１０月２１日から同年１１月２１日までの間，ジョイナス運動という保険加入キャンペーンが行われており，亡Ｃは，ジョイナス運動に関して，１０月末頃から，Ｒとともに，成果が上がった人の名前を記載した短冊を貼るなどの業務に従事していた。ジョイナス運動については，少なくとも，亡Ｃが所属していた総務部の職員にノルマが設定されることはなく，人事考課において考慮されることもなかった。

（以上，乙２２，３３，３８）

(12) 　亡Ｃは，前記(9)のとおり，自分のサーフボードが破損していたことから，１０月２９日朝，Ｄからサーフボード（以下「本件ボード」という。）を借りてＩとサーフィンに行った。亡Ｃは，リーシュコードを忘れたため，拾った紐で代用しようとしたがうまくいかず，本件ボードが流されてしまうことがあり，本件ボードに傷がついてしまった。

亡Ｃは，同日午後１２時過ぎにｄ寮に戻った際に，Ｉに対し，本件ボードに傷をつけてしまったがどうしたらよいか相談した。Ｉは，亡Ｃに対し，夜遅いので，朝一番にＤの部屋に謝罪に行き，修理が必要であれば修理してから返却すると申し入れてはどうかと提案した。

（以上，乙３４，５９ないし６１）

(13) 　Ｉは，１０月３０日夕方にＤと会った際，亡ＣがいまだＤに本件ボードを傷つけたことを話していないことを知った。Ｉは，Ｄ及びＰとファミリーレストランで食事をした際に，Ｄに対し，それまでにも些細な問題があったことから，今回は亡Ｃにきちんと謝罪してもらった方がよいと提案した。

（以上，乙３４，５９ないし６２）

(14) 　亡Ｃは，１１月１日，Ｄの部屋を訪れ，本件ボードの返却が遅くなったこと，本件ボードに傷をつけたことを謝罪したが，Ｄは，今頃来ても遅い旨の発言をした（乙６１，６２）。

(15) 　Ｄは，１１月２日午後１時９分，亡Ｃに対し，「明日板使うから持っておろしといて」とメールを送信した。これに対し，亡Ｃは，同日午後２時，「修理は今日中にしておいたほうがいいでしょうか？？」と返信し，また，同日午後２時３分に，「なお，修理は７時間程度で完了しますので，今晩修理すれば明日の海に間に合うかな，と思います（修理がなくても浸水はしない状態です）」と返信した。

Ｄは，同日午後２時２３分，亡Ｃに対し，「①修理は今日中にしておいたほうがいいでしょうか？？→誰が修理を依頼した？新品を買って交換してもらおうと考えているが？　②今晩修理すれば明日の海に間に合うかな，と思います。→これまで時間にルーズな奴の「かな」の言うことが信用できると思うか？ましてや対応の悪さに呆れているのに　例）「いやー修理したんですけど，間に合いませんでした」「修理しようと思ってたんですが，途中で眠ってしまいまして，，，」結論→Ｉに相談して対応を考えろ」とメールを送信した（なお，Ｉにもｃｃで送信している。）。これに対し，亡Ｃは，同日午後３時２３分，「Ｄ様におかれましては多大なご迷惑をおかけして申し訳ございません。対応方法を下記いたしますので，ご多忙の折，誠に恐縮ですがご一読くださるようお願い申し上げます。Ｉさんにご迷惑をおかけするわけにはいきません。直接やりとりさせていただきたく思います。何卒ご理解，ご了承のほど宜しくお願いいたします。【板修理の件】新品の件了解しました。同じ品を手に入れるのは不可能なため，６万円前後の板で至急手配させていただきたく思います。（欲しい板がございましたら，欲しい商品のＵＲＬを送ってくだされば対応いたします）【明日の板使用に関して】今日中にお渡しに行きます。（いらっしゃらない場合は部屋の前に置くことをご了承ください）【板交換の方法について】新品の板が届き次第ご連絡させていただきます。以上の点で，何かご不明，ご不満な点等ございましたらご遠慮なく申し付けくださいませ。」と返信した。

（以上，乙６３）

(16) 　亡Ｃは，１１月２日，Ｒとともに，談笑しながら和気あいあいとジョイナス運動をどのように盛り上げていくかについて，午後１１時頃まで，話しあったり，ポスターを作るなどの作業をしていた（乙２，３３）。

(17) 　ｄ寮ではバイクは駐車場に止めることとされていたところ，亡Ｃは，１１月２日に帰宅した際，バイクを駐輪場に止めた（乙３６）。

(18) 　亡Ｃは，１１月２日，仕事から帰宅した後，Ｄの部屋を訪れ，本件ボードを返却した。Ｄは，亡Ｃに対し，ウェットスーツを貸してほしいと頼み，ウェットスーツを借りた。（以上，乙６２）

(19) 　本件自殺に近接した時期の電話は以下のとおりである。

（乙５９，６２，６４）

ア　１１月２日

亡Ｃが，午後１１時３５分，Ｉに電話をかけたが，Ｉは携帯電話機を所持しておらず，電話に出ることができなかった。

イ　１１月３日

（ア）　Ｄが，午前１時２１分，亡Ｃに電話をかけたが不在着信であった。

（イ）　亡Ｃが，午前１時２２分，Ｄに電話をかけた。

（ウ）　Ｄが，午前１時３４分，亡Ｃに電話をかけた。

ウ　以上によれば，亡ＣとＤは，後記(20)の遺書を作成する前後に，電話で会話をしたことが推認できる。

(20) 　亡Ｃは，１１月３日午前１時３１分頃，自室のパソコンで「Ｄ死ね。彼に呪われた運命を。世界中の悪が彼に集まるように。それだけを望みに我が命贄に捧ぐ。兄さん，母さん，姉さん，父さん，ごめんなさい。」と入力したワード形式の文書ファイルを保存した（以下「本件遺書」という。）。また，亡Ｃは，三井住友銀行の封筒に６万円を入れていた。その上で，亡Ｃは，同日午前２時頃，本件自殺に及んだ。

（以上，乙２９，３１，５５，６７）

(21) 　Ｄ及びＩは，１１月３日午前９時ないし１０時頃，友人らと合計４人でサーフィンに出かけたが，その際，ｄ寮で，寮長から「今日はＣ君は？」と尋ねられたため，Ｉが「懲らしめるために連れて行かない」と答えた（乙３６，６０，６６）。

(22) 　亡Ｃは，１１月３日午後２時２０分頃，ｄ寮の前にある雑木林内において縊死しているのを発見された（乙３０）。

(23)ア 　柏労働基準監督署の職員は，１１月１０日，亡Ｃの親族の申出を受けて本件会社に赴き，調査を行った。

その際，亡Ｃが使用していたパソコンに係るシステムログを２部印刷し，１部を同職員が持ち帰り，もう１部はｃ生命の社員が持ち帰った。

（以上，乙７１，７２）

イ 　千葉地方裁判所松戸支部は，平成２０年１月１８日，本件会社に赴き，証拠保全を行った。

同証拠保全においては，亡Ｃが使用していたパソコンに係るシステムログも検証の対象となっていたが，本件会社においては，ログが５１２キロバイトに達すると，７日経過後，古いものから順に上書きされ，消去されることとなっていたため，同証拠保全の時点においては，対象期間のシステムログは全て上書きされ，消去されていた。

（以上，甲１１，４３，乙７１，７２）

ウ 　処分行政庁は，平成２０年１１月１８日，本件会社に対し，資料の提出を求めた。本件会社は，ｃ生命に連絡をとり，ｃ生命が前記アで持ち帰ったシステムログの交付を受け，処分行政庁に提出した。

（以上，乙７１，７２）

(24) 　原告らは，平成２０年１０月３０日，Ｄ及びＩのいじめにより亡Ｃが自殺したとして，同人らに対し，損害賠償を求める訴えを大阪地方裁判所堺支部に提起した（以下「別件訴訟」という。）。

別件訴訟については，平成２４年８月７日，Ｄ及びＩが，原告らに対し，連帯して解決金１１３万円を支払うことなどを内容とする訴訟上の和解が成立した。

（以上，乙５４，５７）

２ 　争点に対する判断

(1) 　自殺の業務起因性についての判断枠組み

労災保険法に基づく遺族補償給付は，労働基準法７９条所定の「労働者が業務上死亡した場合」に行われるものであるところ（労災保険法１２条の８第２項），労働者が故意に死亡又はその直接の原因となった事故を生じさせたときは，保険給付の対象から除外されているから（同法１２条の２の２第１項），労働者が自由な意思によって自殺した場合には，業務上死亡した場合と認められない。

他方，労働者が業務に起因して精神障害を発病し，その上で自殺した場合には，精神障害によって正常な認識や行為選択能力が著しく阻害され，又は自殺行為を思い止まる精神的な抑制力が著しく阻害されている状態で自殺が行われたものと推定し，原則として業務上死亡したものと認めるのが相当である。

そうすると，自殺が業務上死亡した場合に当たるというためには，自殺者が労働基準法施行規則別表第１の２第９号の「人の生命にかかわる事故への遭遇その他心理的に過度の負担を与える事象を伴う業務による精神及び行動の障害又はこれに付随する疾病」を発病していたことを要する（同施行規則３５条）。

(2) 　亡Ｃが精神障害を発病していたかについて

ア　うつ病エピソードの発病の有無

この点，原告は，亡Ｃが平成１７年１０月頃にうつ病エピソードを発病していたと主張するので，検討する。

（ア）　うつ病エピソードの症状の有無

亡Ｃの本件自殺前の行動についてみると，認定事実(6)のとおり，本件自殺の約１か月前に約１週間タイに観光旅行に出かけているところ，海外旅行は，言語・食生活・慣習等が異なる外国に出かけるものであるから，事前に準備をしたり，現地で発生した出来事に対応するなど，精神力，体力，行動力が必要となるものである。また，亡Ｃは，認定事実(7)，(9)，(12)のとおり，本件自殺の前月である平成１７年１０月にも，同月８日，同月中旬，同月２９日と３回サーフィンに出かけているところ，スポーツを行うにも，やはり精神力，体力，行動力が必要であり，Ｋにおいても，同年７月ぐらいまで土日に頻繁に一緒にサーフィンに行っており，同年９月に一緒にサーフィンに行ったときの様子もそれまでと変わらなかったと証言している（証人Ｋ尋問調書２３頁）。これらの亡Ｃの行動に鑑みれば，亡Ｃは，本件自殺の約１か月前から本件自殺の直前においても，積極的に海外旅行やスポーツを楽しんでいたことが明らかであり，特に，最後にサーフィンに出かけたのは本件自殺の僅か５日前である。そうすると，本件自殺前の亡Ｃの行動は，興味と喜びの喪失，活動の減退という，うつ病エピソードの典型的な症状と相容れない行為であるというほかなく，むしろ，亡Ｃが，本件自殺前においても，興味をもって積極的かつ活発に活動していたというべきである。

また，亡Ｃは，認定事実(16)のとおり，本件自殺の前日である平成１７年１１月２日に，Ｒとともに談笑しながら和気あいあいとジョイナス運動の準備を行っていたほか，亡Ｃが，本件自殺に近接する時期においても，欠勤・遅刻・早退が増加したり，日常の業務においてミスが増加するなど，本件会社における仕事について，思い悩んでいたことをうかがわせる事情も認められない。

そして，ほかに，亡Ｃの言動に，うつ病エピソードの定型症状や一般的症状が表れていたことあるいはそのような症状をうかがわせる事情があったことを認めるに足りる証拠もない。

（イ）　原告らの主張について

この点について，原告らは，亡Ｃがうつ病エピソードを発病していた根拠として，①健康診断の際の申告，②平成１７年７月２７日の原告Ｘ２との会話，③Ｇとの会話の内容，④Ｈとの会話の内容，⑤コンビニに買物に出かけた際の格好，⑥同年９月のサーフィンの際の負傷，⑦部屋の電気をつけていなかったこと，⑧メールや電話の数の減少，⑨同年１０月頃にやせていたこと，⑩人事異動に関する発言，⑪同年１０月８日から１０日までの亡Ｃの様子，⑫同年１０月のサーフィンの際の負傷，⑬Ｋに対する同年１０月２３日の応対，⑭新聞の購読中止，⑮同月３０日の原告Ｘ２との会話，⑯規則違反のバイクの駐輪，⑰本件自殺直前の部屋の様子，⑱亡Ｃの部屋にあった書籍などを指摘する。

しかし，次のａないｑのとおり，原告らの主張する事実は，認められないか，仮に一部認められる部分があるとしても，直ちにうつ病エピソードの症状として認めることはできないものであるといわざるを得ない。

ａ　①（健康診断の際の申告）について

問診票の記載は抽象的な記載にとどまっており，各症状がどの程度のものであったのか判然としないが，その点を措くとしても，朝早く目が覚める点については，睡眠前のアルコールやカフェインの摂取，睡眠環境，生活リズム等，睡眠が浅くなることについては様々な原因が考えられる。また，負傷については，亡Ｃはサーフィンをしていたところ，スポーツをすれば負傷することも珍しいことではない（特に，サーフィンは自然を相手とするスポーツであり，予期せぬ事態が発生することも容易に想定し得る。）。そして，亡Ｃが，問診票には「いいえ」，「ときどき」，「しばしば」，「つねに」の４段階の選択肢があるうち，下から２番目の「ときどき」に丸を付したにとどまっていることや，平均睡眠時間が６時間であると申告していることからすれば，亡Ｃ自身が，睡眠や負傷について，それほど深刻なものとして捉えていなかったこともうかがわれるのであって，前記（ア）で摘示した事実も併せ考慮すると，健康診断の際の申告をもって，睡眠障害や集中力と注意力の減退の症状があったということはできない。

ｂ　②（平成１７年７月２７日の原告Ｘ２との会話）について

仮に，原告らが主張するとおりの事実が認められるとしても，その日の亡Ｃの発言内容からうかがわれるのは，亡Ｃが，原告Ｘ２から電話があった際に帰宅直後であったこと，会社あるいは帰路において食事をしていなかったこと，帰宅直後であることからまだ食事の準備ができておらず，自宅でも食事をしていなかったことのみであり，前記（ア）で摘示した事実も併せ考慮すると，亡Ｃの上記発言をもって，直ちに食欲不振を訴えていたものと解することはできない。

ｃ　③（Ｇとの会話の内容）について

Ｇは，平成２４年１月２４日，千葉労働局の監察官による事情聴取を受けた際に，亡Ｃが，部屋の家電関係やパソコンを真っ赤にしていたことがあった，電気をつけていない暗い部屋でパソコンの画面を見ていることがあったなどと亡Ｃの行動に異常な点があった旨の供述をしており（乙４７・５５項ないし６１項），かかるＧの供述内容・態度に鑑みれば，Ｇは，亡Ｃに関する事実についてありのままに供述していることがうかがわれる。かかるＧの供述態度に鑑みれば，亡Ｃが，Ｇに対し，原告らが主張するように，仕事を辞めることあるいは死に関する言動をしていたのであれば，本件自殺の原因として思い当たる事実として，同聴取の際に言及があってしかるべきであるが，同聴取の際に作成された聴取書（乙４７）をみても，Ｇは，亡Ｃが，そのような発言をしていた旨の供述をしていない。

この点，原告Ｘ２も同主張に沿う供述等をするところ（甲１２，６１，原告Ｘ２本人尋問調書２頁），原告らが，亡Ｃの関係者との面談の内容を多数録音していることに照らせば，仮に，Ｇが，原告らが主張するような発言をしたのであれば，その発言を録音した記録が存在するはずであるが，そのようなものは提出されておらず，ほかに，亡ＣとＧとの間で原告らが主張するようなやり取りがあったことを裏付ける証拠もない。かえって，Ｇは，Ｎから，「何かＣはほかに悩んでることってありましたかねえ」と尋ねられたのに対し，亡Ｃが，仕事を辞めることあるいは死に関する言動をしていた旨の回答をしておらず（甲７・３頁），むしろ，「僕も結構たまに考えることがあるんですよ，やっぱりいまだに，Ｃのことはしょっちゅう思い出しますけど・・・苦しいことがあっても，ｃ生命を辞めて大阪へ帰ったら，もうそれで終わる話じゃないですか」，「それで何でああいうことしたのかなって考えたときに，思いつく理由がないのがやっぱり一番納得いかないんですよね」（甲７・７，８頁）などと，亡Ｃが自殺する原因に思い当たることがない旨述べている。

以上からすれば，原告Ｘ２の供述も採用することはできず，亡ＣとＧとの間で原告が指摘するようなやり取り（③）があったこと自体を認めることができない。

ｄ　④（Ｈとの会話の内容）について

確かに，証拠（甲３４の２・３）によれば，亡Ｃが，平成１７年８月末頃に，Ｈと電話で会話していた際に，何か自分の事がすごい嫌になって，たまに，もうどうでもいいわとなるときがある旨の発言をしたことがあることが認められるが，他方で，Ｈによれば，上記発言は何気なく言った言葉であったというのであって，亡Ｃが，どのような会話の流れでそのような発言をしたのか全く不明というほかなく，また，亡Ｃが上記のような発言をしたことが認められるのは上記の１回に限られること，それらに加えて前記（ア）で摘示した事実も併せ考慮すると，亡Ｃが，上記のような発言をしたことをもって，将来に対する希望のない悲観的な見方の症状があったということはできない。

ｅ　⑤（コンビニに買物に出かけた際の格好）について

認定事実(3)のとおり，亡Ｃが，コンビニに買物に行った格好は，タンクトップ及びハーフパンツというものであったのであったところ，亡Ｃに限らず，入寮者の多数がそのような格好をしていたこと（乙４９）やコンビニまでの距離が徒歩１分程度のものであったこと，それに加えて前記（ア）で摘示した事実も併せ考慮すると，亡Ｃが，上記のような格好でコンビニに買物にいった事実が認められるとしても，当該行動をもって，直ちに亡Ｃに集中力と注意力の減退の症状があったと評価することはできない。

ｆ　⑥（平成１７年９月のサーフィンの際の負傷）及び⑫（同年１０月のサーフィンの際の負傷）について

確かに，Ｏ意見書（乙６８・３２頁）においても，うつ病エピソードの症状である思考力や集中力の減退がみられた結果，不注意による怪我をする可能性があると指摘しているが，同時に，亡Ｃの場合は，サーフィンに関する場面に限られているから，うつ病エピソードの症状によるものと考えることは，精神医学的には妥当でないと述べている。しかも，サーフィンが，サーフボードを使用して波に乗るという自然を相手とするスポーツであることからすれば，顔面挫創程度の負傷をすることは珍しくないといえ，医療機関への通院も，１回ないし２回であること（認定事実(5)，(10)）からすれば，負傷の程度も軽度のものであったことがうかがわれる。それに加えて，前記（ア）で摘示した事実も併せ考慮すると，原告らが指摘する負傷の事実をもって，亡Ｃに，集中力と注意力の減退があったということはできない。

ｇ　⑦（部屋の電気をつけていなかったこと）について

証拠（乙４７，６０）によれば，亡Ｃが，本件自殺の約１年前から，部屋の電気をつけることなくパソコンの画面を見ていたり，パソコンの縁や冷蔵庫に赤いテープを貼るなど家電関係を真っ赤にしていたことがあることが認められるところ，確かに，亡Ｃの上記行動は特異な行動であるとはいえ，Ｏ意見書（乙６８・２９頁）においても，前者のエピソードが亡Ｃに抑うつ気分等の精神症状が存在していた可能性を示唆するものであると指摘している。

しかし，同意見書においても，かかるエピソードは，単発のもので，うつ病エピソードの診断に必要とされる２週間程度持続するようなものではなかったとされているし，それに加えて，前記（ア）で摘示した事実も併せ考慮すると，そのような行動をもって，直ちに，抑うつ気分の表れや活力の減少の表れであると断定することはできない。

また，証拠（乙４７）によれば，Ｇが，平成１７年９月にｄ寮を退寮する際に，Ｐらに対し，亡Ｃのことを頼んだことがあることが認められるところ，Ｇが，上記のような行動をとったのは，亡Ｃが，酒に酔って階段の壁に穴を開けるなど情緒不安定な面があったことや，交友関係が途絶えることを懸念したためなどである。そして，このような行動は，Ｇが，後輩に当たる亡Ｃと互いの部屋を訪れてファミコンをしたり，雑談をしたり，飲酒したりするなどしていたことからすれば，仲のよい後輩のことを気に掛ける先輩の行動として通常想定し得る行動であるということができ，Ｇが，それを超えて，亡Ｃの精神状態を危惧するなどしたためであるなど特段の事情があったことを認めるに足りる証拠もないこと，それに加えて，前記（ア）で摘示した事実も併せ考慮すると，Ｇが，Ｐらに対し，亡Ｃのことを頼んだことをもって，亡Ｃが精神障害を発病していたことの証左であると評価することはできない。

ｈ　⑧（メールや電話の数の減少）について

確かに，証拠（甲１３の１ないし３，２３，乙６４）を前提とすると，亡Ｃの携帯電話に保存されている送信メールの数は，平成１７年６月が４６通，同年７月が３０通，同年８月が４０通，同年９月１日から同月２２日の間が１１通，同年１０月８日から同月３０日の間が２通となり，送信メールの数が減少しているし，また，発信履歴も，同様に同年６月は１２件，同年７月は９件，同年８月は５件，同年９月は６件，同年１０月は３件，同年１１月は５件となり，同様に減少している。また，Ｏ意見書（乙６８・３１頁）においても，亡Ｃのメールの送信が減少していたことを前提に，その背景にはうつ病エピソードの定型症状が存在していた可能性を指摘している。

しかし，原告らの証拠説明書(2)によれば，甲第１３号証は亡Ｃの携帯電話の送受信メールの一覧であり，また，原告らの証拠説明書(5)によれば，甲第２３，２４号証は亡Ｃの携帯電話の送受信メールの一覧であるとされているところ，Ｋが平成１７年８月１日から同月２２日に受信したメール（甲２４・６９頁ないし８２頁左上），同年１０月２３日に送信したメール（甲２４・９５頁左下）などが甲第１３号証の１ないし３には記載されておらず，他方で，同年８月３１日午前１時３３分に受信したとするメール（甲１３の１），同年９月１７日午前８時３４分に受信したとするメール（甲１３の２）などが甲第２４号証では撮影されていないなど，本来，一致するはずのものが一致していない。

また，証拠（甲１３の２，３，２３，２４）を前提とすると，同年９月２３日から同月３０日の間及び同年１０月１日ないし７日の間にメールの送受信が１通もなかったことになるなど不自然な事態となるほか，保存されているとする送受信メールの内容をみても，同年９月１６日の送信メール（甲１３の２，２３・２９頁左下）のように，その文面及びタイトルに照らせば，明らかに受信メールが存在することがうかがわれるにもかかわらず対応する受信メールが証拠（甲１３の２，２４）には存在しない。

そもそも，原告Ｘ２自身が，本件において証拠として提出しているもの以外にも，原告Ｘ２と亡Ｃがやり取りをしたメール（少なくとも１週間に１通）を含めて提出していないメールが存在することや，１週間に１回は電話をかけていたことがあるが，亡Ｃが送受信したメール及び通話履歴の全てを提出していないことを自認している（原告Ｘ２本人尋問調書２８，３０，３１頁）。

そして，亡Ｃが送信したメールをみても，その内容が支離滅裂なものであったり，荒唐無稽なものであるなど，亡Ｃの精神状態が異常なものであったことをうかがわせるようなものは認められない。

なお，原告Ｘ２は，亡Ｃが，原告Ｘ２に対し，タイ旅行中に「ただ今生存中」と記載したメールを送信しており，異常なものである旨主張・陳述するところ（甲６１），仮に，亡Ｃが，上記のようなメールを送信した事実が認められるとしても，海外旅行中に母親からテロが発生している時期であるとして安否を気遣うメールが送信されてきた場合に対する返信のメールであれば，特段，異常な内容ではない。

以上からすると，原告らが，本件において証拠として提出しているもの以外にも，亡Ｃが送受信したメールや通話が存在することが明らかであるから，そもそも，亡Ｃのメールや電話の数が減少したという原告らの主張の前提となる事実自体が誤っている。その点を措くとしても，メールの内容についても，前記（ア）で摘示した事実を併せ考慮すると，亡Ｃが精神障害を発病していたことの証左であると評価することはできない。

ｉ　⑨（平成１７年１０月頃にやせていたこと）について

（a）　確かに，Ｏ意見書（乙６８・３１頁）に，体重減少がうつ病エピソードの身体症状として観察されることが多いとの記載が認められるものの，それはあくまでもその背景に食欲不振がある場合のことである。食欲不振がなくても一般的に体重が増減することは珍しくないのであるから，うつ病エピソードを発病していることをうかがわせる程度の体重の減少があったというのであれば，通常の体重の変動の範囲を超えた減少があることが必要なところ，原告らは，抽象的に亡Ｃの体重が減少していた旨主張するものの，具体的にどの程度減少したのかについては何ら主張していない。

なお，Ｋは，亡Ｃの体重が平成１７年６月には７０kgであったのが，同年１０月には６０kgしかなく，それについて亡Ｃが食欲がないと話をしていた旨証言するが（証人Ｋ尋問調書２５頁），同証言を裏付ける証拠はない。その点を措くとしても，亡Ｃの体重は，平成１５年２月３日が６０．８kg，平成１６年５月２０日が６６．７kg，平成１７年５月２６日の健康診断時が６６．１６kgであったところ（乙２３の１），原告らは，上記健康診断の際，既に亡Ｃに精神障害（うつ病エピソード）の一般的症状があったと主張しているにもかかわらず（前記①），Ｋの上記証言を前提とすれば，それ以降の同年６月に体重が増加していたことになり，原告らの主張とＫの証言が整合しないこととなるから，Ｋの上記証言は直ちには採用することができない。

仮に，亡Ｃの平成１７年１０月頃の体重が約６０kgであったとしても，その約２年前の入社直前の体重と同程度であることからすれば，病的な体重の減少ともいい難い。

（b）　また，原告らは，亡Ｃが「ドヨン」としていた旨も主張するが，証拠（甲７・８頁）によれば，Ｇは，Ｎから，「ドロっとしてたとか言ってはったじゃないですか」と尋ねられたのに対し，「それは確かにドヨンとしてたときあったですけど，ただ，それがそこまでだったのかなと思うと，わかんないんですよね」と答えていることが認められるのであって，かかるＧの発言からは，亡Ｃが精神的に沈んでいたことがあった旨供述しているものの，それが本件自殺につながるようなものであったとは認識していなかったことがうかがわれるほか，亡Ｃが異常にやせていたのであれば，Ｇも当然に認識していたはずであるが，Ｎから，「Ｇさんも，やせてたとか気づきはりました」と尋ねられたのに対しては，何ら体重減少をうかがわせるような回答をしておらず（甲７・８頁），かかるＧの応答からは，亡Ｃに通常の体重の減少を超えるような体重の減少があったとは認識していなかったことがうかがわれる。

（c）　さらに，証拠（甲３７）によれば，Ｊは，亡Ｃが，やせていたのを見た旨供述していることが認められるものの，同発言は，Ｋが，「１０月の初めに会った時にやせていた。頬もこけていて，ご飯を食べていないから，やせていた」との発言を受けたものであるほか，Ｊは，「４日朝に朝礼でＣ君が亡くなったことを聞き信じられない。サーフィンの事故に遭ったと思っていました」とも発言しているのであり，かかる発言からは，亡Ｃがやせていたとしても，自殺するような精神状態であることをうかがわせるような事情はなかったと認識していたことがうかがわれる。

（d）　以上に加えて，前記（ア）で摘示した事実も併せ考慮すると，⑨についても，亡Ｃがうつ病エピソードを発病していたことの証左であると評価することはできない。

ｊ　⑩（人事異動に関する発言）について

仮に，原告らが主張するとおり，亡Ｃが，原告Ｘ２に対し，沈んだ元気のない声で人事異動の希望がかなわなかったことを述べた事実が認められるとしても，それは，正に，人事異動の希望がかなわなかったことに起因するものであり，また，原告らが主張する亡Ｃの発言内容をみても，自己評価や自信の低下と評価すべきものはうかがわれないこと，そして，前記（ア）で摘示した事実も併せ考慮すると，同発言をもって，亡Ｃがうつ病エピソードを発病していたことの証左であると評価することはできない。

ｋ　⑪（平成１７年１０月８日から１０日までの亡Ｃの様子）について

Ｋの供述を前提とすると，亡Ｃが，Ｋが道順を指摘すると激怒したり，居酒屋で飲酒した際に，初対面のＫの友人に突っかかっていくような言動をとったということになるが，かかる態度からは，原告らが主張するような，抑うつ気分の表れ，集中力と注意力の減退，罪責感と無価値観がうかがわれず，むしろ攻撃的な精神状態であったことがうかがわれるというべきである。

また，Ｋの供述を前提とすれば，亡Ｃが，Ｋの所有する自動車のバイザーを壊したことを気に病んでいたことがうかがわれるところ，そのことが亡ＣのＫに対する態度が普段と異なっていた原因である可能性も否定できない。

そして，前記（ア）で摘示した事実も併せ考慮すると，Ｋの供述をもって，亡Ｃが精神障害を発病していた証左であると評価することはできない。

ｌ　⑬（Ｋに対する平成１７年１０月２３日の応対）について

仮に，原告らが主張するような出来事があったとしても，亡Ｃが，電話をかけ直さなかった理由は不明というほかなく，前記（ア）で摘示した事実も併せ考慮すると，それをもって，亡Ｃが精神障害を発病していた証左であると評価することはできない。

また，メールに応答がなかったとする点については前記ｈ説示のとおりである。

ｍ　⑭（新聞の購読中止）について

仮に，原告らが主張するとおり，亡Ｃが，新聞の定期購読を中止した事実が認められるとしても，新聞の定期購読を中止する理由には様々なものがある上，前記（ア）で摘示した事実も併せ考慮すると，そのことをもって興味と喜びの喪失の症状であるとまではいえず，うつ病エピソードを発病していた証左であるというのは困難である。

ｎ　⑮（平成１７年１０月３０日の原告Ｘ２との会話）について

原告Ｘ２が同主張に沿う陳述（甲６１）・供述をするが，他方で，原告Ｘ２が審査会に提出するために平成２３年１月３１日付けで作成した陳述書（甲１２）では，⑮のような事情は述べられていないほか，亡Ｃがそのような発言をしたことを客観的に裏付ける証拠もないことからすれば，原告Ｘ２の供述をもって，直ちに，亡Ｃが，そのような発言をしたことを認めることはできない。

また，その点を措くとしても，上記発言の内容自体が，興味と喜びの喪失あるいは将来に対する希望のない悲観的な見方に直ちに当たるものではなく，亡Ｃが，そのような発言に及んだ経緯も明らかでないこと，それらに加えて，前記（ア）で摘示した事実も併せ考慮すると，上記発言をもって，亡Ｃが，うつ病エピソードを発病していた証左であるということはできない。

ｏ　⑯（規則違反のバイクの駐輪）について

仮に，原告らが主張するとおり，亡Ｃが，規則に反して駐輪場にバイクを停車していた事実があるとしても，停車であれば一時的なものにすぎず，仮に，原告らが，駐車の意味で主張しているとしても，前記（ア）で摘示した事実も併せ考慮すると，そのような行為をもって，集中力と注意力の減退の表れであると評価することはできない。

ｐ　⑰（本件自殺直前の部屋の様子）について

証拠（甲３９の２ないし４）によれば，確かに，原告らが主張するとおり，衣服等が整頓されていないことが認められ，Ｏ意見書（乙６８・３０頁）においても，身の回りの管理ができなくなることは，亡Ｃにうつ病エピソードの定型症状である興味と喜びの喪失や活動性の減退による易疲労感の増大があったために生じていた可能性もあると指摘している。

しかし，一人暮らしの成人男性の部屋の状況として異常というべき程に散乱しているものではない。また，Ｏ意見書も同時に指摘しているとおり，身の回りの管理ができなくなることは，上記定型症状のみに生じるものではなく，亡Ｃについても，仕事や趣味を含めて多忙であった可能性やＤとの本件ボードをめぐるトラブルが影響している可能性も否定できないのであって，前記（ア）で摘示した事実も併せ考慮すると，前記の部屋の様子をもって，直ちに亡Ｃが精神障害を発病していたことの証左であると評価することはできない。

ｑ　⑱（亡Ｃの部屋にあった書籍）について

死後の世界に関する記載がある書籍は多数あるところ，原告らは，どのような書籍があったのかについて具体的な主張をしていないなど当該書籍の内容が不明である上，前記（ア）で摘示した事実も併せ考慮すると，仮に，原告らが主張するように，亡Ｃの部屋に死後の世界に関する書籍があったとしても，そのことをもって，亡Ｃに希死念慮があったことの証左であると評価することはできない。

（ウ）　以上述べてきたことに加えて，ｃ生命や本件会社の関係者（乙２２，３３，３４，３８，３９，４８，７５）も，亡Ｃに特段精神障害を発病しているのではないかと疑うに足りる言動の変化はなかった旨供述していることを併せ考慮すると，亡Ｃが，本件自殺の時点において精神障害（うつ病エピソード）を発病していたこと自体を認めることができない。

イ　その他の精神障害の発病の可能性と業務起因性

（ア）　なお，原告らは，上記のとおり，亡Ｃが業務上の強度の心理的負荷によりうつ病エピソードを発病した結果，本件自殺を遂行したと主張しているが，かえって，亡Ｃには，本件自殺の直前まで自殺念慮に関する言動を認めるに足りず，逆に約５日前には自己の趣味であるサーフィンに出かけるとともに，前日においても，約３時間前まで同僚と談笑しながら業務に従事していたにもかかわらず，直前約４０分ほどの間にＤと相互に電話をかけあい会話をした直後に本件自殺を遂行しているのであって，そのような本件自殺の直前における亡Ｃの言動の顕著な変化，それに加えて本件遺書の内容やそれに沿うＤとの本件ボードを巡るトラブルの一連の経緯等に鑑みれば，上記トラブルが，本件自殺の決定的な動機になったことがうかがわれる。

（イ）　この点について，原告らは，亡Ｃにとって，Ｄから借りたサーフボードに傷をつけてしまったことに関する心理的負荷は小さかった旨主張する。

しかし，本件遺書の内容が，「Ｄ死ね。彼に呪われた運命を。世界中の悪が彼に集るように。それだけを望みに我が命贄に捧ぐ」（認定事実(20)）と，Ｄ個人を名指しした上で極めて強い文言を用いてＤを攻撃した上で自殺することを宣言するものであることに鑑みれば，亡Ｃが，本件遺書を作成した時点において，Ｄに対して強い敵意を抱き，その情動が契機となり本件自殺に及んだことが容易にうかがわれる。

そして，その理由についても，亡ＣとＤが仕事上で接点があったとか，同人らの間で本件ボードの件以外にトラブルがあったと認めるに足りる証拠はない。むしろ，本件ボードをめぐる一連の経緯（認定事実(12)ないし(15)）をみると，確かに，亡Ｃの側にも，Ｄから好意で無償で貸してもらった本件ボードを傷つけてしまったにもかかわらず，そのことについて，速やかに報告し，謝罪しなかった点に責められるべき点は認められるものの，他方で，Ｄにおいても，それに乗じて，本件ボードの傷がそれほど目立つものではなく，通常使用するのには支障がないと思われる程度のものであるのに（乙５８，６２），修理ではなく新品の購入を求めたりするなどして過大な要求をしているのであって，それに加えて，本件自殺直前に，Ｄは，強要したか否かは必ずしも明らかではないものの，サーフィンに熱心であった亡Ｃのウェットスーツを借り受けており（認定事実(18)），亡Ｃにおいて当時同スーツを２着所持していたことを認めるに足りる証拠はないことや，その後，亡Ｃと電話で会話をしていること（認定事実(19)），本件自殺の発見後，柏警察署に赴いた際に，亡Ｃに合わせる顔がない旨の発言をして同人の遺体を確認しなかったこと（乙６２・１２頁），そして，Ｋにおいても，亡Ｃから，平成１７年５月より前から継続してＤとの関係がうまくいっていない旨の話を（乙４０，６７，証人Ｋ尋問調書１６，１７頁），同僚のＩも，亡ＣからＤに対する不満を（乙６０），それぞれ聞いており，ｄ寮に住んでいたＰも本件自殺の原因がＤとのトラブルが原因と思うと供述していること（乙３４），そして，原告らは，その後，Ｄらを相手として別件訴訟を提起し，亡ＣがＤの本件ボードに傷をつけたことを奇貨として，Ｄらが亡Ｃに対して執拗ないじめを行い，理不尽な謝罪や弁償を強要するなどしたため，亡Ｃを本件自殺に追い込んだ旨主張していることをも併せ考慮すると（認定事実(24)，乙５４），亡Ｃが，Ｄに対して強い敵意を抱いた原因は，本件ボードを巡るトラブルとそれに関するＤの自己に対する言動にあったことが推認でき，亡Ｃにとって，Ｄとの上記トラブルによる心理的負荷は，原告らが主張するように小さなものではなかったというべきである。

（ウ）　ただ，上記で認定した事実経過によれば，亡Ｃは，従前，自殺念慮等がなかったにもかかわらず，ｄ寮に帰宅後に自殺念慮が生じたと推認され，その後，３時間ほどで本件自殺を遂行していることからすれば，１１年報告書（４０，４１頁）の内容に照らすと，本件自殺は，精神障害が関与しないことが明らかな，いわゆる「覚悟の自殺」のようなものではなく，むしろ，Ｆ４（神経症性障害，ストレス関連障害及び身体表現性障害），特に，Ｆ４３重度ストレス反応（急性ストレス反応（Ｆ４３．０）と心的外傷後ストレス障害（Ｆ４３．１）の下で，精神機能全体の病的変化がなくても，強い絶望感，無力感，厭世観，虚無感，自責感等の激情に駆られて遂行されたものである可能性を完全には否定できず，Ｏ意見書（乙６８・３５頁）においても，亡Ｃが本件ボードを巡るトラブルが心理的なストレスとなり，適応障害（Ｆ４３．２）を発病した可能性を指摘している。

しかし，たとえ，亡Ｃが本件自殺の直前に適応障害を発病していたとしても，その原因は，上述したとおり，本件ボードを巡るトラブル以外には見当たらないから，それは業務に起因して発病したといえないことは明らかである。

(3) 　結論

本件自殺は，亡Ｃの精神障害（うつ病エピソード）に起因するものと認めることができないし，仮に当時他の何らかの精神障害を発病していたとしても，それは業務外の心理的負荷による蓋然性が高く，業務に起因したものとは認めるに足りない。

そうすると，亡Ｃは故意に死亡したものであることになるから，労災保険法１２条の２の２第１項により，その余について検討するまでもなく，原告らは，労災保険法に基づく給付を受けることができない。

第４ 　結論

以上の次第で，原告らの請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし，訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法７条，民事訴訟法６１条，６５条１項本文を適用して，主文のとおり判決する。

大阪地方裁判所第５民事部

（裁判長裁判官　中垣内健治　裁判官　冨田美奈　裁判官　佐々木隆憲）

 

 

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