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裁判年月日 平成27年 3月20日 裁判所名 東京地裁 裁判区分 判決
事件番号 平２４（ワ）３３０８５号
事件名 損害賠償請求事件
裁判結果 請求棄却 上訴等 控訴 文献番号 2015WLJPCA03208009
要旨
◆日用雑貨の小売業を全国展開している原告が、原発事故のため被災地にある直営店の撤退を余儀なくされたとして、電力会社である被告に対し、原賠法に基づく損害賠償を求めた事案において、本件事故前後の本件各店舗の状況、撤退経緯、本件事故後の状況等によれば、本件各店舗の周辺地域における人手不足によるパート従業員確保の困難が、原告において本件各店舗の撤退決定に影響を与えたことはうかがえるものの、それが本件各店舗の営業の継続及び再開を社会通念上客観的に不可能とする程度に達したため原告が本件各店舗撤退を余儀なくされたとまではいえないから、本件事故と本件各店舗の撤退との間に相当因果関係は認められないとして、請求を棄却した事例
裁判経過
控訴審 平成27年 8月 6日 東京高裁 判決 平２７（ネ）２３０１号 損害賠償請求控訴事件
出典
判時 2268号77頁
参照条文
原子力損害の賠償に関する法律３条１項
裁判年月日 平成27年 3月20日 裁判所名 東京地裁 裁判区分 判決
事件番号 平２４（ワ）３３０８５号
事件名 損害賠償請求事件
裁判結果 請求棄却 上訴等 控訴 文献番号 2015WLJPCA03208009
広島県東広島市〈以下省略〉
原告 株式会社大創産業
同代表者代表取締役 Ａ
同訴訟代理人弁護士 植松悟
同 佐瀬充洋
同 伊藤定幸
東京都千代田区〈以下省略〉
被告 東京電力株式会社
同代表者代表執行役 Ｂ
同訴訟代理人弁護士 棚村友博
同 並河宏郷
同 川島郁
主文
１ 原告の請求を棄却する。
２ 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第１ 請求
被告は，原告に対し，１億４９１９万９１７８円及びこれに対する平成２３年３月１１日から支払済みまで年５分の割合による金員を支払え。
第２ 事案の概要
本件は，小売店舗をチェーン展開している原告が，被告に対し，その運転する福島第一原子力発電所における事故のために，福島県南相馬市内で営業していた２つの店舗の撤退を余儀なくされたことによる損害として，原子力損害の賠償に関する法律（以下「原子力損害賠償法」という。）３条１項本文に基づき，返還を受けられなくなった各店舗の賃貸借契約にかかる敷金及び保証金，無価値になった商品の価値及び廃棄費用，無価値になった建築付属設備の価値，什器等の撤去費用，各店舗の原状回復費用並びに本件の弁護士費用の各相当額の賠償並びにこれに対する上記事故の発生日である平成２３年３月１１日から支払済みまで民法所定年５分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
なお，原告は，本件においては，上記事故を原因として発生した営業休止等による減収分を内容とする営業損害の賠償は請求していない。
１ 前提事実
以下の事実は当事者間に争いがなく，又は各項掲記の証拠及び弁論の全趣旨から認められる。
(1) 当事者ら
ア 原告
原告は，日用雑貨の小売業等を目的とし，いわゆる百円ショップである「ザ・ダイソー」をチェーン展開する株式会社である。原告は，平成２３年３月１１日当時，福島県南相馬市〈以下省略〉において「ザ・ダイソーａ店」（以下「ａ店」という。）を，同市〈以下省略〉において「ザ・ダイソーｂ店」（以下「ｂ店」といい，ａ店と併せて「本件各店舗」という。）を，それぞれ直営店として経営していた。
イ 被告
被告は，電気事業等を目的とする株式会社である。被告は，平成２３年３月１１日当時，福島第一原子力発電所（以下「第一原発」という。）を運転しており，原子力損害賠償法２条３項１号の原子力事業者に該当する。
なお，本件各店舗は，いずれも，第一原発を中心とする半径２０キロメートルから３０キロメートルまでの圏内に位置している。
(2) 第一原発における事故の発生とその後の経緯
第一原発においては，平成２３年３月１１日に発生した東北地方太平洋沖地震（以下「本件地震」という。）による津波等により，複数の原子炉が核燃料の冷却機能を喪失し，これによって，核燃料が溶融して圧力容器が損傷し，また，水素爆発によって原子炉建屋が大破するなどの事故（以下「本件事故」という。）が発生した。本件事故により，第一原発の原子炉内から大量の放射性物質が大気中に放出されることとなった。
本件事故後，第一原発の周辺の住民には，区域ごとに，内閣総理大臣等から，避難指示又は屋内退避指示等が相次いで発出された。このうち，本件各店舗の所在地を含む区域（第一原発から半径２０キロメートルから３０キロメートルに位置する南相馬市原町区の区域のことを指す。以下，同じ。）の住民に対しては，平成２３年３月１５日午前１１時００分，内閣総理大臣により屋内退避が指示された。この屋内退避指示は，同年４月２２日に解除されたが，同日，原子力災害対策本部長により，本件各店舗の所在地を含む区域は緊急時避難準備区域に指定され，同区域の居住者等は，常に緊急時に避難のための立退き又は屋内への退避が可能な準備を行うことや，引き続き自主的避難をし，特に子供，妊婦，要介護者，入院患者等は，同区域内に入らないようにすること等を指示された（乙１）。この緊急時避難準備区域の指定は，同年９月３０日に解除され（乙３），それ以降，本件各店舗の所在地を含む区域には，避難又は屋内退避等の指示はなされていない。
(3) 本件各店舗の休業と撤退
本件各店舗は，本件地震が発生した直後から，いずれも営業を停止していた。原告は，平成２３年５月，ｂ店の営業を再開させ，営業停止前は午前１０時から午後８時までであった営業時間を午前１０時から午後５時までに短縮した上で，同年１２月３１日までは営業を継続したが，ａ店については，営業が再開されることはなかった。
原告は，平成２３年１２月上旬，同月３１日をもって本件各店舗を撤退することを決定した。
２ 争点
(1) 本件事故と本件各店舗の撤退との間の相当因果関係の存否
ア 原告の主張
原告は，本件事故の影響による本件各店舗周辺の住民の避難や交通網の寸断により，商圏が縮小しただけでなく，本件各店舗のパート従業員が，多数，休職又は退職し，かつ，周辺の人口の減少とこれによる有効求人倍率の上昇により，慢性的な人手不足となって，新たなパート従業員の採用も困難になったために，営業再開又は継続のために必要な数のパート従業員を確保することができず，撤退せざるを得ない状況に陥ったものであるから，本件事故と本件各店舗の撤退との間には相当因果関係が認められる。
なお，パート従業員を確保するために賃金の引上げ（たとえば時給１５００円）を行うと，正社員の初任給（月給２１万円）を超えることになって，賃金体系の均衡を失するし，全国のパート従業員の時給に影響する。
仮に，本件各店舗の撤退の原因の全てが本件事故にあるとまではいえないとしても，本件事故以前と同等の売上げを期待することができず，原告が十分なパート従業員が確保できなくなったことの一因は本件事故にあるのであるから，本件事故が本件各店舗の撤退に対してどの程度寄与したかについて検討し評価した上で，割合的に相当因果関係を認めるべきである。
イ 被告の主張
本件各店舗の所在地は，一度も避難指示が出されたことがなく，平成２３年９月３０日に緊急時避難準備区域の指定を解除されるに至った以降は政府による指示の対象となっていない。本件事故後，本件各店舗の周辺では，平成２４年８月までに，様々な商業施設がその営業を再開していることや，原告が本件各店舗の撤退を判断した同年１２月においても本件各店舗周辺の有効求人倍率が１倍を下回っていたことなどに鑑みれば，原告が必要とするパート従業員を確保することができない状態に至っていたとは認められない。原告が本件各店舗を撤退することを決めたのは，幅広い要素を勘案した総合的な経営判断に過ぎないから，本件事故と撤退との相当因果関係は認められない。
また，仮に，本件各店舗においてパート従業員の確保が困難となり，その結果として，廃業・撤退したという事情が存在したとしても，かかる事情によって生じた損害は，本件事故による避難者を第一次被害者とし，原告をその第二次被害者とする，いわゆる間接損害であり，原則として相当因果関係が否定されるべきであるし，本件では，代替性，経済的一体性において相当因果関係を肯定すべき特段の事情もない。
(2) 損害額
ア 原告の主張
原告は，本件各店舗を撤退したことにより，以下の合計１億４９１９万９１７８円の損害を被った。
（ア） 敷金及び保証金の不返還
本件各店舗はいずれも賃借物件であり，原告と賃貸人との間で，賃貸借契約を期間途中で解約した場合，本来賃貸人から全額返還されるべき敷金及び保証金の返還を受けられないことが約されていた。原告は，撤退に伴い本件各店舗にかかる賃貸借契約をいずれも中途解約したことにより，ａ店については，別紙不返還額計算書（ａ店）記載のとおり２３３３万円，ｂ店については，別紙不返還額計算書（ｂ店）記載のとおり３０４８万７５００円の敷金及び保証金の返還を受けられず，同額の損害が生じた。
（イ） 商品についての損害
本件事故により，本件各店舗内の商品は全て無価値となり，その仕入原価相当額（売価の６０％）として，ａ店については１８７７万７２６５円の，ｂ店については２２２８万６１２７円の損害が生じた。
これに加え，これらの商品の廃棄費用相当額として，ａ店については，別紙廃棄費用内訳書（ａ店）記載のとおり２８９万０８２０円の，ｂ店については，別紙廃棄費用内訳書（ｂ店）記載のとおり３４９万８７２８円の損害が生じた。
（ウ） 建築付属設備についての損害
本件事故により，本件各店舗に設置された建築付属設備が無価値となり，その簿価相当額として，ａ店については１２０９万７３１５円，ｂ店については２６３万７９０２円の損害が生じた。
（エ） 什器等撤去費用
原告は，本件事故により，本件各店舗内の什器等を撤去せねばならず，撤去費用相当額として，ａ店については２１４万４６２５円，ｂ店については２３５万５１５０円の損害が生じた。
（オ） 原状回復費用
原告は，本件各店舗からの撤退に際し，各賃貸人との間で店舗内装の原状回復義務を負い，原状回復費用相当額として，ａ店については７９９万０１８５円，ｂ店については７１４万円の損害が生じた。
（カ） 弁護士費用
本件の損害賠償請求のための弁護士費用のうち，上記合計額の１割に相当する１３５６万３５６１円を損害とするべきである。
イ 被告の主張
（ア） 敷金及び保証金の不返還
本件各店舗にかかる賃貸借契約は，本件事故がなくとも中途解約されていた可能性があるから，敷金及び保証金の返還を受けられなかったことと本件事故との間に因果関係はない。
（イ） 商品及び建築付属設備についての損害
本件各店舗内の放射線量に鑑みれば，商品及び建築付属設備はいずれも無価値とはなっていない。また，それゆえ，これらを廃棄したのは原告の自主的判断に基づくものであり，その廃棄費用も被告が賠償すべき原子力損害には該当しない。
（ウ） 什器等撤去費用
争う。
（エ） 原状回復費用
本件事故がなくても，いずれ賃貸借契約が終了した際には原状回復費用を負担する義務を負っていたのであるから，因果関係が認められない。
（オ） 弁護士費用
争う。
第３ 当裁判所の判断
１ 認定事実
甲４８，４９，証人Ｃ，同Ｄ及び各項掲記の証拠並びに弁論の全趣旨によると，以下の事実が認められる。
(1) 本件事故以前の状況
ア 原告における店舗運営の特徴
原告は，国内外に多数の店舗を有しているが（平成２５年１０月現在において，国内に２７５０店舗，海外２５か国に７００店舗），その正社員（本件事故当時において，２２４人）は，それらの店舗のいずれかに常駐するわけではなく，自らが担当する複数の店舗の運営を総合的に見る立場に位置付けられており，店舗の運営そのものにかかる業務は原則として行っていなかった。代わって，各店舗の運営は，商品の注文，棚卸，販売，金銭管理及び売上管理を含め，全てパート従業員（同，全国で約２万６４５０人）によって担われていた。
原告の運営する各店舗では，上記のとおり金銭管理を含めた広範な業務をパート従業員が担当するため，本件各店舗においては，少なくとも，常時七，八名が必要であり，これを下回るパート従業員では運営が困難であった。
イ 本件各店舗の状況
本件事故当時，原告は，東北地区に，直営店として本件各店舗を含め１５３店舗を有していたが，同地区を担当する正社員は６人のみであった。本件各店舗は同一の正社員が担当していたが，同人は，同時に，福島県内の３５店舗及び茨城県内の約８０店舗も担当している状態にあった。
本件事故当時の本件各店舗の店長はいずれもＤ（以下「Ｄ」という。）であった。同人は，原告のパート従業員であり，形式的にはａ店に所属していたものの，エリアスーパーバイザーという肩書を有し，本件各店舗を含む福島県内の７店舗の店長職に就いていたほか，それ以外にも６店舗で各店の店長への指導等を行い，それぞれの運営状況について並行して監督する立場にあり，ａ店に常駐しているわけではなかった。
本件事故当時，ａ店には，８人のパート従業員が所属していたが，前述のとおり，そのうちの１人である店長のＤは同店に常駐していないため，同店の平常の運営は実質的には７人のパート従業員によって行われていた。また，ｂ店にも，８人のパート従業員が所属しており，同店の平常の運営は同人らによって行われていた（甲２９，３０）。
(2) 本件各店舗の撤退に至る経緯
ア 本件各店舗の休業とｂ店の再開
前記第２の１前提事実(3)のとおり，本件各店舗はいずれも，本件地震の発生直後から休業していた。原告は，その直後から従業員の安否確認を行い，同地震発生の翌日である平成２３年３月１２日には，本件各店舗所属の従業員全員の安全が確認された。
原告は，平成２３年４月から，本件各店舗の再開についての検討を開始し，本件各店舗所属の従業員に対して出勤可能性の調査を行ったところ，ａ店所属の従業員のうち４人及びｂ店所属の従業員のうち５人は，避難中であるため勤務が不可能である旨回答したが，ａ店所属の従業員のうち２人及びｂ店所属の従業員のうち３人は平成２３年５月から，ａ店所属の従業員のうち１人は同年６月から，それぞれ出勤可能である旨回答した。
そこで，原告は，店長であるＤ及び平成２３年５月から出勤可能である旨回答した５人の従業員を，いずれもｂ店に集中させて，同店のみの営業を再開した。ただし，再開に当たっては，休業前より少ない従業員で運営するため，前記第２の１前提事実(3)のとおり，営業停止前は午前１０時から午後８時までであった営業時間は，午前１０時から午後５時までに短縮された。
イ 再開後のｂ店の従業員数の推移
上記のとおり，再開の時点でｂ店の従業員は６人であったが，Ｄはエリアスーパーバイザーとして同店以外の店舗も担当していたため，同店に常駐する従業員は５人であり，同人らに加えて，原告の運営する相馬黒木店から応援として派遣された従業員によって営業が担われることとなった。
平成２３年６月には，予定どおり，休業前にはａ店に所属していた従業員の１人が勤務に復帰したほか，新たに２人を採用し，同店に常駐する従業員は８人となった。しかしながら，新たに採用された２人は，それぞれ同年６月２９日及び同年８月２３日にいずれも退職したほか，再開の時点での従業員のうち１人も，同年７月３１日に退職した。さらに，同店では，同年１２月にも，新たに１人を採用しており，同月末に同店が撤退した時点で，同店に所属する従業員はＤを除けば６人であった（甲２９，３０）。
ウ 原告における求人活動
原告は，ｂ店を再開した後，店舗にパート従業員募集のポスターを常時掲示し，ハローワークへ求人を出したほか，平成２３年６月２６日及び同年９月１１日にそれぞれ２万２９００部及び２万５０００部の新聞折込みによる求人広告の配布を行った（甲１の１，２。なお，その時給は，勤務時間帯により，７００円から８００円までの範囲で設定されていた。）。
これらの求人活動の結果，ｂ店を再開した平成２３年５月から同店が撤退した同年１２月までの間に，１６人の応募があったが，このうち，採用に至ったのは，前記イの３人のみであった（甲３２）。なお，本件事故前である平成２２年７月から同年１２月までの間に，本件各店舗の合計で，３６人の応募があり，そのうち採用に至ったのは９人である（甲３３）。
(3) 本件事故後の本件各店舗をとりまく状況
ア 本件各店舗周辺の地域における求人市場の状況
本件事故の発生以降，本件各店舗の所在する南相馬市や，同市を含む福島県相双地区（ハローワーク相双，相馬，富岡管内）では，本件事故を含む東日本大震災の影響により多くの住民が市外や県外に避難したこと（甲２，１８，４７）や，復興需要の高まり（甲４７）などから，従業員の採用に苦労する状況が見られるようになった（甲３８，６７）。平成２５年には，人手不足が慢性化していることや，同年に同市内で開催された就職説明会においても来場した求職者が少なかったことなどが報道された（甲３６，４６）。
福島県相双地区の全職業の有効求人倍率（以下「全職業倍率」という。）は，平成２２年４月から本件事故が発生した平成２３年３月まではおおむね０．５倍前後であったが，同年４月及び５月に０．４４倍と低下した後，徐々に上昇を続け，平成２４年６月に１倍を上回り，同年１２月には２．４２倍に至った。ｂ店が営業を再開した平成２３年５月から撤退した同年１２月までは，緩やかな上昇が続いている時期にあったが，その期間を通じて，１倍を下回っていた（甲１９の１ないし２３）。また，同地区における商品販売の職業の有効求人倍率（以下「商品販売業倍率」という。）は，平成２３年１１月には，全体で１．５２倍，そのうちパートに限った有効求人倍率（以下「商品販売業パート倍率」という。）は３．４２倍であったが，同年１２月には，商品販売業倍率が０．６７倍，同パート倍率が１．１３倍となり，平成２４年１月には，商品販売業倍率が０．６３倍，同パート倍率が１．０２倍まで低下した後，徐々に上昇を続け，同年１１月には商品販売業倍率が２倍，同パート倍率が３倍をそれぞれ上回り，同年１２月には商品販売業倍率も３倍，同パート倍率は４倍をそれぞれ上回り，平成２５年１月には商品販売業倍率が２．９３倍，同パート倍率４．７２倍に至った（甲１９の８ないし２３）。
イ 本件各店舗の近隣における小売店舗の営業再開
本件各店舗の所在する福島県南相馬市原町区内には，原告のフランチャイジーが経営する「ザ・ダイソージャスト原町店」があり，同店は，本件事故後に営業を再開し，少なくとも平成２６年６月１８日時点では営業を行っている（乙２６の１，２）。
また，ａ店と同一のショッピングモール内にテナントとして入っていたショッピングセンターであるイオンスーパーセンター南相馬店は，平成２３年５月６日に営業を再開した（乙１７）。
それ以外にも，本件各店舗の所在する南相馬市内のコンビニエンスストア，スーパーマーケット等の小売店舗や，ファミリーレストラン等の飲食店の多くが本件事故後営業を休止していたが，平成２３年３月中旬から徐々にそれらの営業が再開され，平成２４年７月までには，多数の小売店舗が営業を再開するに至り（乙１６），平成２５年４月頃には，本件各店舗の直近でも，多数の商業店舗が営業を行っていた（乙２１）。
なお，本件各店舗内の空間線量率は，平成２５年３月２５日時点において，環境省が除染後の追加被ばく線量の目標値として掲げる１ミリシーベルト／年（空間線量率換算０．２３マイクロシーベルト／時間）という基準値（乙２４，２５）を，いずれも上回らない値であることがうかがえる（甲４２）。
ウ 福島県南相馬市の居住者数の推移等
南相馬市の平成２３年３月１１日時点での人口は，７万１５６１人であったところ（甲１８），本件事故による南相馬市の緊急時避難準備区域の指定（平成２３年４月２２日）及び同解除（同年９月３０日）を経て，その後，南相馬市の市内居住者数は，次のとおり推移している。南相馬市の市内居住者数は，本件事故前の人口の約７割程度まで回復し，南相馬市原町区に限っても居住者数の推移は同様である。
平成２４年１１月２２日 ４万８８７２人（乙８）
平成２５年４月１１日 ４万９８１３人（甲１８）
平成２５年６月２０日 ５万０６６０人（乙２０）
エ 中間指針の公表等
平成２３年８月５日，原子力損害賠償紛争審査会により，「東京電力株式会社福島第一，第二原子力発電所事故による原子力損害の範囲の判定等に関する中間指針」が策定，公表され（乙４），これを踏まえて，同年９月２１日，被告は，法人の営業損害の賠償を行う旨公表し（乙２２の１），本件各店舗の所在地を含む避難等対象区域内において事業を営む法人・個人事業主の営業損害として逸失利益及び追加費用の賠償を行う旨や営業損害の算定方法を公表した（乙２２の２）。
(4) 本件各店舗の営業収支等
ア 原告は，本件訴訟において，本件事故を原因として発生した営業休止等による減収分を内容とする営業損害の賠償を請求していないところ，被告の求釈明にもかかわらず，本件各店舗における本件事故以前の営業収支，営業損益を裏付ける証拠及びｂ店の営業再開後の営業収支，営業損益を裏付ける証拠をいずれも提出しないから，その内容は明らかではない。
イ 甲５によれば，ａ店の平成２３年３月１日から同月１０日までの間の売上高は合計２６１万３５８９円（１日平均２６万１３５９円）であることがうかがえる。また，甲１２によれば，ｂ店の営業再開後，撤退直前である平成２３年１２月１日から同月３１日まで間の売上高は，合計８６５万３３３８円（１日平均２７万９１４０円）であることがうかがえる。
なお，甲３１によれば，平成２５年５月頃の本件各店舗と同規模店舗における平均日販額は，約２５万円から２６万円程度であることがうかがえる。
２ 本件事故と本件各店舗の撤退との間の相当因果関係の存否
(1) 本件各店舗の撤退の決定への影響
前記第２の１前提事実及び前記１認定事実のとおり，本件各店舗は，本件事故発生後，パート従業員の過半数が退職し，ｂ店にパート従業員を集約させて営業を再開した後も，新規採用によるパート従業員の補充が十分に進まなかったこと，本件事故直後に一旦低下した全職業倍率が，原告がｂ店の営業を再開した頃から上昇し続けていたこと，特に，商品販売業パート倍率は，原告が本件各店舗の撤退を決定する直前である平成２３年１１月及び１２月にはいずれも１倍を超える水準にあったことからすると，原告が，ｂ店の営業継続及びａ店の営業再開に必要なパート従業員を確保することには相当の困難があったことがうかがわれ，そのことが，原告において本件各店舗の撤退を決定するに際し影響を及ぼしたことがうかがわれる。
(2) 有効求人倍率の推移
しかしながら，前記１(3)アのとおり，本件事故の発生から原告が本件各店舗の撤退を決定するまで，全職業倍率は一貫して１倍を下回っていた。
また，商品販売業パート倍率は，平成２３年１１月には，３．４２倍と著しく高くなっているものの，原告が本件各店舗の撤退を決定した同年１２月には１．１３倍と急落し，平成２４年１月に１．０１倍となって以降は，再度上昇を続けたものの，同年１１月までは３倍を上回っていないことや，全職業倍率が平成２３年４月から平成２４年末に至るまで緩やかな上昇傾向にあったことに鑑みれば，平成２３年１１月に上記のとおり高い倍率となっているのは一時的なものであったことがうかがわれ，ｂ店の営業再開期間中のうち，商品販売業パート倍率が証拠上明らかでない平成２３年５月から同年１０月までの間，同年１１月と同程度に高い水準の倍率が続いていたとまで認めることはできない。
(3) 他の店舗での営業再開
原告は，本件事故後，本件各店舗の周辺地域が慢性的に人手不足となっていた旨主張するところ，前記１(3)アのとおり，それ自体は十分にうかがえる。
しかしながら，人手不足を裏付ける証拠の多くが，本件各店舗の撤退が決定されてから１年以上が経過した後の求人状況等に関するものに過ぎず，他方，前記１(3)イのとおり，実際に，本件事故後営業を休止していた多くの店舗が，その後営業を再開していることなどを考慮すると，原告が本件各店舗の撤退を決定した時点で，その営業の継続及び再開を不可能ならしめるほどの深刻な人手不足が生じていたとまで認めることはできない。
(4) パート従業員確保のための措置
原告は，前記１(2)ウのとおり，２回の新聞折込み広告により求人を呼び掛けたほか，ハローワークへの求人登録や店舗での求人広告の掲示など，求人に向けた努力を行っていることが認められるものの，賃金の引上げを検討した形跡はうかがえない。この点に関して，証人Ｃは，賃金の引上げを行っても人が集まらないと判断した旨供述するが，賃金の引上げを行えば新規採用への応募が増えることが通常期待できると考えられるところ，ｂ店の営業再開期間中一度としてこれを検討しなかった合理的理由をうかがわせる証拠はない。また，原告は，賃金の引上げを行うと正社員の賃金（初任給）を上回り均衡が失われる旨主張するが，それはパート従業員の賃金を従前の７００円ないし８００円から約２倍の１５００円に引き上げることを前提とするものであるところ，大幅な引上げでなくても新規採用への応募の増加が期待できないものではないと考えられるから，上記主張も採用し難い。
さらに，前記１(2)ウのとおり，ｂ店の営業再開期間中，同店の求人に対し１６人の応募があったが，そのうち採用に至ったのは３人にとどまるところ，本件各店舗では，平成２２年７月から同年１２月までの間に，合計３６人の応募者のうち９人が採用に至っていることと比べても低い割合となっている。この点に関して，証人Ｄは，採用の基準はある程度緩和したが，応募者の質が本件事故前と比べて低下しており，レベルに達しない者については他の従業員に負担がかかるので採用できなかった旨供述するところ，具体的な採用基準の緩和の内容等は十分には明らかではないし，また，同証人は，原告のパート従業員としては，挨拶，身だしなみといった接客の適性のほか，小学校の算数程度の計算技能や，現金を管理する責任感が要求されるに過ぎず，特に専門的な知識又は経験を要求されるものではない旨供述することに鑑みると，採用基準を工夫する余地があったこともうかがえる。
そして，前記(2)のとおり，ｂ店の営業再開期間中を通じて，相双地区の全職業倍率が１倍を下回っていたこと，商品販売職業パート倍率についても高い水準の倍率が続いていたとまでは認められないこと，前記ウのとおり，本件各店舗の周辺で多くの店舗が営業を再開していることなどからすれば，原告において，パート従業員確保のための措置が十分に尽くされたとまでは認め難い。
(5) 経営上の判断の可能性
前記１(4)のとおり，原告が本件各店舗における本件事故以前の営業収支，営業損益を裏付ける証拠及びｂ店の営業再開後の営業収支，営業損益を裏付ける証拠をいずれも提出，開示しない理由について，証人Ｃは，店舗毎の収支及び損益の詳細は高度の営業秘密であり，これまでも外部に開示したことはなく，他の店舗の賃料交渉等において本件各店舗の利益率が外部に漏れることによる不利益が予想される旨供述する。
しかしながら，上記供述部分は必ずしも合理的なものとは認め難く，前記１(4)のとおり，ｂ店の営業再開後の売上高の水準自体は同規模店舗における平均日販額と同程度であったこと，前記(4)のとおり，原告において，パート従業員確保のための措置が十分に尽くされたとまでは認め難いことなどを合わせ考慮すると，本件各店舗の撤退の決定は，本件各店舗の営業収支，営業損益の状況等を踏まえた経営上の判断によるものである可能性があることがうかがえるといわざるを得ない。
(6) 小括
以上のとおり，本件各店舗の周辺地域における人手不足によるパート従業員確保の困難が，原告において本件各店舗の撤退の決定に影響を与えたことはうかがわれるものの，それが，本件各店舗の営業の継続及び再開を，社会通念上，客観的に不可能とする程度に達しており，これによって原告が本件各店舗を撤退することを余儀なくされたものとまで認めることはできない。したがって，本件事故と本件各店舗の撤退との間に相当因果関係を認めることはできない。
なお，原告は，本件事故が本件各店舗の撤退に対してどの程度寄与したかについて検討し評価した上で，割合的に相当因果関係を認めるべきである旨主張する。しかしながら，相当因果関係が認められる場合には，これを前提に，損害の公平な分担を図る趣旨から，過失相殺（民法７２２条２項）又はその規定の類推適用によって損害賠償額を寄与度割合に応じて減額することは可能と考えられるところ，本件においては，上記のとおり，本件事故と本件各店舗の撤退との間に相当因果関係を認めることはできないのであるから，原告の上記主張はその前提を欠くというべきであり，採用できない。
３ 結論
以上によれば，原告の請求は，その余の点について検討するまでもなく，理由がないから棄却することとし，訴訟費用の負担につき民事訴訟法６１条を適用して，主文のとおり判決する。
（裁判長裁判官 青木晋 裁判官 澤井真一 裁判官 佐藤貴大）
〈以下省略〉
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