裁判年月日 平成27年 1月29日 裁判所名 東京地裁 裁判区分 判決
事件番号 平25(ワ)8146号
事件名 損害賠償請求事件
裁判結果 一部認容 文献番号 2015WLJPCA01299009
要旨
◆原告が、被告に対し、被告は、原告が著作権を有するイラストを無断で利用したポスター等のプロダクトを自ら製作し、又は第三者に製作させて、原告のイラストの著作権(複製権又は翻案権)及び著作者人格権(同一性保持権)を侵害して原告に損害を与えた、被告は、プロダクトを原告に優先的に発注するとの合意に違反し、第三者に発注して原告に損害を与えたと主張して、主位的に著作権及び著作者人格権侵害による損害賠償請求権に基づき、予備的に債務不履行による損害賠償請求権に基づき、損害賠償金等の支払を求めた事案において、本件諸イラストの著作権者は原告であるところ、被告が本件マウスパッド、本件クリアファイル、本件タオル、本件ポスターを製作するに当たり、本件各イラストを複製又は翻案することについて原告から許諾を得ていたとは認められないなどとして、被告による著作権侵害(複製権又は翻案権)及び著作者人格権(同一性保持権)侵害を認め、また、被告につき本件契約上の債務不履行を認めるなどして、請求を一部認容した事例
出典
裁判所ウェブサイト
評釈
IP研究会・特許ニュース 14158号1頁
参照条文
著作権法15条1項
著作権法20条1項
著作権法21条
著作権法27条
民法415条
民法709条
裁判年月日 平成27年 1月29日 裁判所名 東京地裁 裁判区分 判決
事件番号 平25(ワ)8146号
事件名 損害賠償請求事件
裁判結果 一部認容 文献番号 2015WLJPCA01299009
東京都新宿区<以下略>
原告 株式会社エスアイ
同訴訟代理人弁護士 福岡清
大橋正典
小嶋陽太
大阪府守口市<以下略>
被告 パナソニック健康保険組合
同訴訟代理人弁護士 平野惠稔
田中宏岳
佐藤恵二
主文
1 被告は,原告に対し,84万2584円及びこれに対する平成23年8月31日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は,これを40分し,その39を原告の負担とし,その余を被告の負担とする。
4 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 請求
被告は,原告に対し,3355万円及びこれに対する平成23年8月31日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
本件は,原告が,被告に対し,被告は,原告が著作権を有するイラストを無断で利用したポスター等のプロダクトを自ら製作し,又は第三者に製作させて,原告のイラストの著作権(複製権又は翻案権)及び著作者人格権(同一性保持権)を侵害して原告に損害を与えた,被告は,プロダクトを原告に優先的に発注するとの合意に違反し,第三者に発注して原告に損害を与えたと主張して,主位的に著作権及び著作者人格権侵害による損害賠償請求権に基づき,予備的に債務不履行による損害賠償請求権に基づき,損害賠償金合計3355万円及びこれに対する不法行為の後である平成23年8月31日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
1 前提事実(当事者間に争いがないか,後掲の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認めることができる事実)
(1) 原告は,社会保険,健康管理図書出版,健康保険組合,企業年金基金の広報制作等を営む株式会社であり,被告は,パナソニックグループの従業員等を被保険者とする健康保険組合である。
(2) 原告は,平成14年8月22日,被告との間で,被告のキャンペーン「健康松下21」のイメージキャラクターの使用に関する契約(以下「旧契約」という。)を締結した。これにつき作成された契約書(甲3。以下「旧契約書」という。)には,被告を甲,原告を乙として,次の定めがある。
「1.項目 松下電器健康保険組合「健康松下21」のイメージキャラクターの使用に関する取決めについて
① イメージキャラクターの使用については,甲より発行される「健康松下21」活動にかかわる媒体内のみとする。
② 現在までに制作されたキャラクターについては,平成14年9月1日より1年間に限り,繰り返し使用しても新たな費用は発生しない。また,別パターンのキャラクターを制作するにあたっては,年間使用料内とする。ただし1年間経過以降は,あらためて年間使用契約を結び直すものとする。
③ 乙に許可を得ることなく,キャラクターを改変して使用することはこれを禁ずる。
2.費用
1年間使用料 300,000円 ※消費税別途
3.略
4.略」
(3) 原告は,平成15年9月1日頃,被告との間で,前記キャンペーンで使用するイメージキャラクターに関する契約(以下「本件契約」という。)を締結した。これにつき作成された契約書(甲1。以下「本件契約書」という。)には,被告を甲,原告を乙として,次の定めがある。
「項目:健康松下21で使用するキャラクターに関する取り決めについて
① キャラクターの所有権は乙にあるものとし,甲は使用権を有するものとします。
② 甲は健康松下21の活動にかかわる媒体内において自由にキャラクターを使用することができます。
③ キャラクターの制作は乙が行い,甲は乙以外の制作会社にキャラクターの改変・新規作成を依頼することはできません。
ただし,甲が内部文書に自らの手で模写することを制限するものではありません。
④ 契約に関する費用は,キャラクター使用のための基本料金と,制作費とに分け,基本料金は年間費用とし,制作費は関連プロダクトの制作の都度見積書を乙から甲に提示するものとします。
関連プロダクトとは,ポスター,小冊子,ツール等のことです。
⑤ 基本料金は使用権のみを対象とし,月額2,000円の12回分である24,000円を年間使用料と定めます。
⑥ 年間使用料と制作費を分離し甲のコストを削減するための条件として,乙は関連プロダクト制作の第一優先権を甲より得るものとします。
ただし,距離,制作コスト等の合理的理由により,乙以外の制作会社でそのプロダクトを制作した方が甲にとってメリットがある場合は,甲は乙にその理由を明示し,双方合意のうえ,乙はそのプロダクトで使用するキャラクターのみを受注制作することとし,プロダクト自体の制作は甲が指定した別の制作会社で行うことを可能とします。
⑦ 今回の契約の対象期間は,内容合意のうえ,2003年9月1日の時点までさかのぼり,その時点からの2年間とします。尚,特に変動要因のない場合は,2年毎に自動更新されるものとします。
⑧ 甲はキャラクターを使用した関連プロダクトについては,その成果物を乙に見本として必ず提供するものとします。
⑨ 略
⑩ 略
付則
年間使用料と制作費を分離することに対する暫定措置として,2003年9月1日から2004年8月31日までに発生する甲の内部文書用のキャラクター制作に関して,乙は無償で対応するものとします。」
(4) 原告は,平成14年8月22日頃から平成23年5月31日頃までの間に,別紙イラスト目録(以下「本件目録」という。)記載の各イラスト(以下「本件諸イラスト」という。)を原告名義で被告に納品した。
(5)ア 被告は,平成15年3月頃,株式会社京阪百貨店に依頼して,本件目録①-5「1.gif」及び「2.gif」の各イラストを利用したマウスパッド(甲6。以下「本件マウスパッド」という。)を製作した。被告が利用したイラスト及びその利用態様は,別紙「被告の利用態様」記載1のとおりである。
(甲6,乙7)
イ 被告は,平成20年4月頃,株式会社東京法規出版に依頼して,本件目録③-4「34/ここがポイント」,④-8「ウエスト測定 1.男の子」,「女の子」,①-3「swimming_72.gif」,⑤-1「1.歩数計を持っている」,③-2「11.ウォーキング(はちまきがない版)」,①-1「sports_9.gif」,⑤-5「28.子供と遊んでいる」,③-2「12.ストレッチ」,⑤-3「16.腹八分目」,「15.規則正しい食事」,①-2「ocya_45.gif」,③-1「2/魚料理」,④-1「6.塩分とりすぎ」,「1.ビール1本でやめる(適量飲酒)」の各イラストデータを利用したクリアファイル(甲7。以下「本件クリアファイル」という。)を製作し,その頃,ユニチカリネンサプライ株式会社に依頼して,本件目録④-8「ウエスト測定1.男の子」のイラストを利用したタオル(甲8。以下「本件タオル」という。)を製作した。被告が利用したイラスト及びその利用態様は,本件クリアファイルが別紙「被告の利用態様」記載2のとおりであり,本件タオルが同記載3のとおりである。
(甲7及び8の各1及び2,乙8,9)
ウ 被告は,平成23年3月頃,株式会社高速オフセットに依頼して,本件目録M⑤「クリーンな空気」及び⑩の各イラストを利用したポスター(甲4。以下「本件ポスター1」という。)並びに本件目録M⑭「聞く」,M①右列上から3つ目,M⑬「話し合い」,M①左列上から5つ目,M⑪「腹八分目2」及びM⑨「健康診断」の各イラストを利用したポスター(甲5。以下「本件ポスター2」といい,本件マウスパッド,本件クリアファイル,本件タオル及び本件ポスター1と併せて「本件各プロダクト」という。また,本件各プロダクトに用いられた各イラストを総称して「本件各イラスト」という。)を製作した。被告が利用したイラスト及びその利用態様は,本件ポスター1が別紙「被告の利用態様」記載4のとおりであり,本件ポスター2が同記載5のとおりである。
(甲4,5,乙6)
(6) 本件契約は,平成23年8月31日に終了した。
2 争点
(1) 主位的主張
ア 本件諸イラストが著作物であるか否か(争点1)
イ 原告が本件諸イラストの著作権者であるか否か(争点2)
ウ 本件諸イラストを利用した関連プロダクト(以下「本件諸プロダクト」という。)が本件各プロダクト以外にも存在したか否か(争点3)
エ 被告が本件諸プロダクトを製作するに当たり原告から本件諸イラストの利用許諾を受けていたか否か(争点4)
オ 被告が原告の同一性保持権を侵害したか否か(争点5)
(2) 予備的主張
被告に本件契約の債務不履行があるか否か(争点6)
(3) 原告の損害(争点7)
3 争点に関する当事者の主張
(1) 争点1(本件諸イラストが著作物であるか否か)について
(原告)
本件諸イラストは,頭部,胴体を1つの楕円と鋭角的な頭頂部で表現し,線で表現された腕,丸で表現された手,下肢を省略して胴体から直接生えた足等のユーモラスかつ親しみやすい形態,印象を共通の特徴とし,男性は緑や青の縁取りに頭頂部には丸が用いられ,女性は赤系統の縁取りに頭頂部には星が用いられて,まつげが追加されるなど,一見してどのような性別,年齢,職業,体調,行動等を表現しているのかが分かるよう工夫が凝らしたものであり,制作者の思想又は感情を創作的に表現した著作物である。
(被告)
本件諸イラストは,頂上が鋭角となった円形の中に点と線によって目と口を描くことで,該円形を顔に見せかけ,これに単純な手足を接ぐことによって描かれたキャラクターを中心とする種々のイラストであるが,これらのキャラクターは,極めてシンプルな構造により成り立っており,物体を擬人化するというアイデアの範疇を超えて,制作者の何らかの個性が表現されたものとはいい難く,創作的な表現はどこにも存在していないから,著作物ではない。
(2) 争点2(原告が本件諸イラストの著作権者であるか否か)について
(原告)
本件諸イラストの制作者は,別紙「イラスト制作者等一覧表」の「制作者」欄のとおりであり,被告への納品時期は,「原告から被告への納品時期」欄に記載のとおりである。
このうち,原告従業員のA(以下「A」という。),B(以下「B」という。)及びC(以下「C」といい,A及びBと併せて「原告従業員ら」という。)が制作したイラスト(以下「原告制作イラスト」という。)は,原告代表者が発意し,イラスト制作等のデザイン業務を行うデザイナーとして原告に雇用された原告従業員らが職務上作成したものであり,名義を公表する場合には原告の著作の名義でされるものであったから,職務著作として,原告が著作者となる。仮に原告制作イラストが職務著作に当たらないとしても,原告のようなデザイン,編集会社においては,従業員が職務として,その機材を利用して作成したイラスト等の著作権は勤務先に譲渡する旨の暗黙の合意があるのが一般であり,原告が健康保険組合機関誌や各種企業・団体広報誌の作成を中心的な業務とし,原告従業員らはイラスト制作等を主たる職務として,これにより給与の支払を受けていたこと,原告制作イラストの著作権を原告が保有することが依頼者とのその後の取引の継続のために重要であること,Aは原告退職時に著作権を原告に置いていくと原告代表者に述べ,BとCも原告退職後何ら著作権に基づく主張をしていないことからすれば,原告は,原告従業員らから,原告制作イラストの著作権を譲り受けたものである。
また,本件諸イラストのうち,D(以下「D」という。)が制作したイラスト(以下「外注イラスト」という。)は,原告がDからその著作権を譲り受けた。
(被告)
原告制作イラストが原告の職務著作となることの証拠はないし,そもそも原告従業員らがこれを制作したことの証拠もない。Dが外注イラストを制作したとしても,原告がその著作権を譲り受けたことの証拠はない。
(3) 争点3(本件諸プロダクトが本件各プロダクト以外にも存在したか否か)について
(原告)
被告作成の「購入・施工伺」(乙7)には,「健康カードキャラクターグッズ」と記載されているから,本件マウスパッドとともに記載されたマグカップ,クリアブック及び図書カードにも本件諸イラストが用いられており,被告担当者が平成23年4月5日に原告代表者に対して枕や歯ブラシといったグッズの企画もしているとの電子メール(甲26)を送信したことからしても,本件各プロダクト以外の本件諸プロダクトが存在したことは明らかである。
(被告)
乙7に原告主張の記載があるからといって,マグカップ等に本件諸イラストが利用されていたということはできず,本件各プロダクト以外の本件諸プロダクトが存在したとはいえない。
(4) 争点4(被告が本件諸プロダクトを製作するに当たり,原告から本件諸イラストの利用許諾を受けていたか否か)について
(被告)
ア 本件契約書2条において,被告が自由にキャラクターのイラストデータを使用することができる「媒体」に,「健康松下21の活動にかかわる」という以外の限定は付されていないから,被告は,健康松下21の事業において,本件契約に基づき,原告から納品された本件諸イラストのイラストデータを自由に使用することができた。関連プロダクト制作の際にイラストデータを使用すれば,当該イラストを複製することになるから,こうした複製行為も,媒体内のイラストデータの使用行為として当然に許諾されていた。このことは,原告が,本件諸イラストを,転用可能なデータの形式で電子メール等により納品してきたことからも明らかである。
イ 本件契約書3条は,原告が既に納品したキャラクターのイラストと,ポージングや衣装等の点で異なる新しいキャラクターである新規キャラクター(旧契約にいう「別パターンのキャラクター」)についてのイラストデータ(以下「新規イラストデータ」という。)の制作を禁じる趣旨であり,本件諸イラストのイラストデータの使用を禁じる趣旨ではないし,6条は,被告が新規イラストデータを用いた関連プロダクトを製作する際に,原告が被告から受注する蓋然性のある場合に限り,優先的に原告への発注を検討するという意味でしかない。このことは,旧契約において,30万円の年間使用料は既存のイラストデータの自由使用と新規イラストデータの制作の対価としての性格を有していたが,不要な新規イラストデータの制作費を負担する点で被告にとってコスト高となっていたため,本件契約において,年間使用料を既に納品されたイラストデータの自由使用の対価に限定して年間2万4000円と低額に抑える代わりに,新規イラストデータを制作する場合には,別途「制作費」を支払うものとして,既存のイラストデータの自由使用と新規イラストデータ制作の各対価を分離することにしたことからも明らかである。
そして,本件ポスター1及び2は,原告製作単価が他業者に比して著しく高額であるから,原告がこれらを受注した蓋然性はないし,原告は本件クリアファイル及び本件タオルについても自社製作が不可能なら,原告への発注はコスト高となるから,原告がこれらを受注した蓋然性はない。
(原告)
ア 被告が本件契約に基づき本件諸イラストを利用することができるのは,「媒体内」においてのみであるが,ここで「媒体」とは,すなわち機関誌及びウェブサイトのような,被告から組合員に対して健康保険に関する情報を告知する媒体を指す。むしろ,本件契約書6条で原告に関連プロダクト製作の第一優先権が付与されている以上,被告が原告の承諾なしに「関連プロダクト」である「ポスター,小冊子,ツール等」を製作することは,禁止されている。
イ 被告の新規イラストデータなる概念を用いた主張は,被告が原告から納品されたイラストデータをしばらく寝かせておけば,新規イラストデータも「既に原告から納品を受けていたイラストデータ」となり,これを被告が自由に利用して関連プロダクトを製作することができることになってしまうから,本件契約書6条を死文化させる不合理なものである。また,原告が被告に納品したイラストは,全てそれまでに納品したものとはポージングや衣装等が異なるから,被告主張によっても,被告の行為は同条に違反する。
(5) 争点5(被告が原告の同一性保持権を侵害したか否か)について
(原告)
被告は,本件マウスパッドを製作するに当たり,本件目録1-⑤「1.gif」について,影を削除し,色を紺一色とし,「M」の屈曲部に丸みを付け,同「2.gif」について,キャラクターの頬の色を削除し,影を削除し,カラーを紺一色にし,「M」の屈曲部に丸みを付けた。
また,被告は,本件ポスター1を製作するに当たり,本件目録M⑤「クリーンな空気」について,吸っている空気を示す3本の線の色を黒から緑に変え,透明ケースのてかりの色を白から水色に変え,煙の色を紫からブルーグレーに変えるとともに形を変え,煙の中に筋を3本追加し,灰皿右下部にてかりを追加し,たばこの吸い口の色を白から灰色に変え,透明ケースの底の色を白からベージュに変えた。
原告は,上記各イラストの著作者であるところ,被告は,故意又は過失により,原告の同一性保持権を侵害した。
(被告)
被告が本件各プロダクトを製作するに当たって行ったイラストデータの変更は,些細なものであり,変更した部分には何ら創作性が認められないから,原告の人格的利益を害するものでなく,著作権法20条1項の「改変」に当たらない。
(6) 争点6(被告に本件契約の債務不履行があるか否か)について
(原告)
被告は,本件契約書6条により,本件諸イラストを利用した関連プロダクトを製作する場合は,同条ただし書の場合を除き,原告にこれを発注しなければならないとされていたが,平成23年8月31日までに,同条ただし書に定める手続を履践することもなく,第三者に対して密かに本件諸プロダクトを発注した債務不履行がある。このような本件諸プロダクトは,本件各プロダクトに限られず,他にも存する。
(被告)
被告は,本件諸イラストを自由に使用して本件諸プロダクトを製作することができた。
(7) 争点7(原告の損害)について
(原告)
ア 著作権侵害及び債務不履行による損害について
(ア)a 被告は,被保険者数17万1241人,被扶養者数20万5913人の大規模な健康保険組合であり,被告が本件諸イラストを利用して自ら製作し,又は第三者に製作させた本件諸プロダクトの年間の発注高は500万円を下らないはずであるから,本件契約期間8年間のその発注総額は4000万円を下らない。そして,原告が本件諸プロダクトの製造を受注した場合,原告の人件費等はこれにより増加せずに,原価たる外注費のみが増加するから,受注代金額から外注費を控除した粗利益額が原告の利得となるところ,原告が被告からポスターを受注した際の粗利率は平均で77.348%であったから,原告の粗利率は,少なくとも75%を下らない。
そうすると,被告の著作権侵害又は債務不履行による原告の損害額は,原告が本件諸プロダクトを製作すれば得られたはずの逸失利益相当額3000万円(=4000万円×75%)となる。
なお,原告は,マウスパッド及びタオルについては製作の経験を有しないが,外注することは可能であるから,受注能力はある。
b 本件各プロダクトと,本件マウスパッドとともに発注されたマグカップ,クリアブック及び図書カードとに限っても,被告が他の業者に対して実際に発注した額は,本件マウスパッド等が260万2300円,本件クリアファイルが82万4000円,本件タオルが1033万2000円,本件ポスター1が14万7000円,本件ポスター2が17万8500円であるから,原告の損害は,これらに粗利率75%を乗じた1056万2850円を下らない。
c 原告が本件クリアファイルを製作した場合,原価は24万7800円となるから,粗利率は,被告の実際の発注額である70%(=(82万4000-24万7800円)/82万4000円)を下らない。
(イ) 本件諸イラストを利用した本件諸プロダクトが本件各プロダクトに限られるものではないことは明らかであり,これらが専ら被告内部で頒布されるものであること等からすれば,原告にその探知は極めて困難であるから,著作権法114条の5に従い,3000万円を相当な損害額と認定すべきである。
イ 同一性保持権侵害について
被告が,原告の同一性保持権を侵害したことにより,原告は,金銭に換算すると50万円を下らない損害を受けた。
ウ 弁護士費用について
原告が要する弁護士費用は305万円を下らない。
(被告)
ア 著作権侵害及び債務不履行に基づく損害について
原告主張の逸失利益と著作権侵害の不法行為との因果関係は不明というほかない。原告にポスター等紙媒体以外のプロダクトを自社で製作する能力はなく,原告は,これらについてはイラストデータ部分しか受注することができないはずである。
また,「小企業の経営指標 2011」(乙1)によれば,印刷・同関連業の売上高総利益率(粗利率)の平均は41.9%であるから,原告の主張する粗利率は,不自然に高率である。
さらに,原告が本件各プロダクトを受注した蓋然性はなく,とりわけ本件マウスパッドは本件契約期間外に被告が発注したものであって,原告に受注の第一優先権はないから,損害額算定の基礎とならない。
イ 同一性保持権侵害について
被告による改変の程度は些少であるから,これにより原告に50万円もの損害が生ずることはない。
ウ 弁護士費用について
原告主張の逸失利益は認められないから,弁護士費用を損害と認める余地もない。
第3 当裁判所の判断
1 争点1(本件諸イラストが著作物であるか否か)について
本件目録記載の本件諸イラストは,いずれも,オリジナルのキャラクターを使用して,日常生活の様々な状況等を,年齢や性別等が分かるように書き分けて表現したものであるから,創作性があり,著作物であると認められる。
被告は,物体を擬人化するというアイデアの範疇を超えないとの主張をするが,本件諸イラストには上記のような工夫が凝らされており,本件諸イラストに用いられているのと類似のキャラクターが存在するという証拠もないから,被告の主張を採用することはできない。
2 争点2(原告が本件諸イラストの著作権者であるか否か)について
証拠(甲2,19の1・2・3の1及び2・4の1及び2・5・6・7,20の1ないし3,21)並びに弁論の全趣旨によれば,本件諸イラストは,別紙「イラスト制作者等一覧表」の「制作者」欄記載の者が,「原告から被告への納品時期」欄記載の年月日頃に制作し,原告が被告に納品したこと,原告制作イラスト(本件目録番号①-1ないし5,⑥-2,⑦-1ないし3,⑨-1ないし4,⑪ないし㉓及びM①ないし⑰)は,原告代表者が,原告と雇用契約を締結した原告従業員らに指示して本件諸イラストを制作させたものであり,被告に対して原告名義で納品され,原告従業員らがイラストに関する権利を主張したことはないこと,外注イラスト(本件目録番号②-1ないし3,③の1ないし6,④-1ないし9,⑤-1ないし6,⑥-1,⑦-4,⑧及び⑩)の著作権は,Dが,原告が同人の請求書に基づき支払を了した頃に,原告にこれを譲渡したことが認められる。
上記認定の事実によれば,原告制作イラストは,原告の発意に基づき原告の従業員がその職務上作成したものであり,仮に公表する場合には原告従業員らの名義ではなく原告が自己の著作の名義の下に公表するものであるから,その著作者は原告であり,また,外注イラストは,原告がDから著作権を譲り受けたものであるから,本件諸イラストの著作権者は,原告である。
3 争点3(本件諸プロダクトが本件各プロダクト以外にも存在したか否か)について
原告は,「購入・施工伺」(乙7)や被告担当者が原告代表者に送信した電子メール(甲26)を根拠に,本件各プロダクト以外の本件諸プロダクトが存在したと主張する。
しかしながら,乙7からは,マグカップ等の形態等が何ら明らかとならず,本件諸イラストの利用の有無は判然としないし,甲26の電子メールは,被告担当者が,平成23年4月5日に原告との間でキャラクターの使用に関する取決めを締結し直す話が出ていた際に,今後枕や歯ブラシの製作を考えている旨述べるものに過ぎず,実際にこれらが製作されたとも窺われない。そして,他に本件各プロダクト以外に本件諸プロダクトが存在したことを認めるに足りる証拠はない。原告の上記主張は,採用することができない。
4 争点4(被告が本件諸プロダクトを製作するに当たり,原告から本件諸イラストの利用許諾を受けていたか否か)について
(1) 本件マウスパッドについて
原告は,本件契約締結前の平成15年3月頃,株式会社京阪百貨店に依頼して,別紙「被告の利用態様」記載1のとおりの改変を加えた同所記載のイラストを利用した本件マウスパッドを製作したものであり,これらのイラストを複製又は翻案したものである。
そして,前記前提事実(2)によれば,旧契約書1条③には,原告に許可を得ずにキャラクターを改変して使用することを禁ずる旨が定められているところ,被告がかかる改変について原告から許可を得たことを認めるに足りる証拠はないから,仮に被告が旧契約書1条①及び②を根拠に許諾を受けたと主張するのであるとしても,かかる許諾があったと認めることはできず,他に原告が上記の態様でのイラストの利用を許諾したと認めるに足りる証拠はない。
(2) 本件クリアファイル,本件タオル,本件ポスター1及び2について
被告は,平成20年4月頃,株式会社東京法規出版に依頼して,別紙「被告の利用態様」記載2のとおりの改変を加えるなどした同所記載のイラストを利用した本件クリアファイルを製作し,その頃,ユニチカリネンサプライ株式会社に依頼して,同別紙記載3のとおり改変を加えずに同所記載のイラストを利用した本件タオルを製作し,平成23年3月頃,別紙「被告の利用態様」記載4のとおりの改変を加えた同所記載のイラストを利用して,本件ポスター1を製作し,その頃,株式会社高速オフセットに依頼して,同記載5のとおりの改変を加えるなどした同所記載のイラストを利用した本件ポスター2を製作したものであり,これらのイラストを複製又は翻案したものである。
被告は,本件契約書2条に基づき,健康松下21の事業において本件諸イラストのイラストデータを自由に使用することができるから,上記複製又は翻案について,原告から許諾されていたと主張する。
前記前提事実に弁論の全趣旨を総合すれば,本件契約における「キャラクター」とは,原告が被告に納品するイラストないしそのデータを意味すると認められるところ,本件契約書3条は,被告が原告以外の制作会社に「キャラクター」の改変や新規作成を依頼することができない旨を定めているのであり,本件クリアファイル,本件ポスター1及び2において原告のイラストの改変を行ったのは原告以外の業者であるから,1条及び2条を根拠として,こうした改変をした上での利用の許諾がされていたと解することは,困難である。
また,被告が,本件クリアファイル及び本件タオルにおいて原告のイラストをそのまま利用したことについても,実際に複製行為を行ったのは被告ではなく別の業者である。本件契約書にいう関連プロダクトの意義については,4条において関連プロダクトがポスター,小冊子,ツール等のことである旨が記載され,6条において関連プロダクトは被告が原告を含む外部の業者に発注するものであることが前提とされているから,被告が外部の業者に発注して製作するポスターやグッズ類等のことを指し,本件クリアファイル,本件タオル,本件ポスター1及び2は,いずれも関連プロダクトに該当すると認められるところ,4条ないし6条及び8条は,年間使用料と制作費とを分離し,前者を年間2万4000円と定め,後者については,関連プロダクトの製作の都度原告が被告に見積書を提示するものとし,原告が関連プロダクト製作の第一優先権を得るが,原告以外の制作会社で当該関連プロダクトを製作した方が被告にメリットがある場合には,原告と被告とが合意の上で,原告は当該関連プロダクトで使用するイラストのみを受注制作し,当該関連プロダクト自体は別の制作会社に製作させることができる旨や,被告が原告のイラストを使用した関連プロダクトの見本を必ず原告に提供すべき旨を定めており,このように,被告が他に依頼して関連プロダクトを製作する際に原告がイラストの制作代金を確実に回収することができるようにする趣旨の定めがされていることからすると,1条及び2条があるからといって,被告が,関連プロダクトを製作するに当たり,原告に無断で原告以外の業者に依頼して本件各イラストを複製又は翻案することの許諾も受けていたとは認め難い。なお,このように解しても,被告は,関連プロダクトを製作しない限りは,そのウェブページや内部文書等において原告から納品されたイラストを自由に使用し得たことになるから,1条及び2条が空文化することにはならないし,むしろ上記のような解釈は,年間使用料が2万4000円と非常に低額である反面,原告がDに外注イラストを発注する際,1点当たり1800円ないし5000円程度を支払っていたのに(甲19の1・2・3の1及び2・4の1及び2・5・6・7),原告が被告からイラストの制作費を受領した証拠がないことにも沿うというべきである。
(3) 被告は,本件契約書は,被告が既存のイラストデータを自由に使用することができることを定める一方,新規のイラストデータを発注する場合には別途制作費を支払うこととし,新規のイラストデータの発注に伴って当該イラストデータを用いた関連プロダクトを製作する際には原告に第一優先権を付与したものであるなどと主張するが,そもそもいつの時点を基準として新規と既存とを区別するのかが不明であるし,4条,6条及び8条においても単に「関連プロダクト」とされているのみで,新規のイラストデータを使用するものに限定せず,本件契約書上,新規と既存の各イラストデータを区別した定めがされているとは認め難いことからして,被告の主張は,採用することができない。
(4) したがって,被告が本件マウスパッド,本件クリアファイル,本件タオル,本件ポスター1及び2を製作するに当たり,本件各イラストを複製又は翻案することについて原告から許諾を得ていたとは認められない。
5 争点5(被告が原告の同一性保持権を侵害したか否か)について
被告は,本件マウスパッドを製作するに当たり,本件目録①-5「1.gif」及び「2.gif」について,別紙「被告の利用態様」記載4のとおりの改変を加え,本件ポスター1を製作するに当たり,本件目録M⑤「クリーンな空気」について,同別紙記載4のとおりの改変を加えているところ,被告が原告からこうした改変について許諾を得ていたとは認められないし,旧契約及び本件契約の内容に弁論の全趣旨を総合すれば,被告がこのような改変をすることは,原告の意思に反するものであると認められる。
したがって,被告は,原告の上記各イラストについての同一性保持権を侵害したものと認められる。
6 争点6(被告に本件契約の債務不履行があるか否か)について
本件マウスパッドについては,被告は,これを,本件契約締結前の平成15年3月頃に製作したのであるから,本件契約の債務不履行があったとは認められない。
本件タオルについては,本件契約書6条ただし書が,原被告間の合意の上で,他の業者による関連プロダクトの製作の余地を残しているところ,原告が,タオル製作の経験がないことを自認していることに弁論の全趣旨を総合すれば,原告が本件タオルの製作を被告から受注し得たとは認め難く,被告が,これを原告に発注しなければならなかったとは認められない。
本件クリアファイルと本件ポスター1及び2については,証拠(甲12の1ないし6)及び弁論の全趣旨によれば,原告は,クリアファイルやポスターの製作経験を有し,後者については被告から受注もしていることが認められ,本件契約書6条本文で原告が関連プロダクト製作の第一優先権を有するとされていることからすれば,被告は,本来これらを原告に発注すべきものであったと認められる。
したがって,被告が,これらを原告に発注しなかったことは,本件契約上の債務不履行を構成する。
本件各プロダクト以外の本件諸プロダクトについては,その存在が認められないから,被告にこれに関する債務不履行があったと認めることはできない。
7 争点7(原告の損害)について
(1) 著作権侵害の不法行為による損害について
ア 被告は,原告との間で旧契約及び本件契約を締結していたから,原告の複製権又は翻案権を侵害したことについて,少なくとも過失があると認められる。
イ そこで,本件各プロダクトについてみる。
(ア) 本件マウスパッド及び本件タオル
本件マウスパッドについては,被告が本件契約締結前の平成15年3月頃にこれを製作しているから,原告が受注する見込みがあったとはいえない。また,本件タオルについては,原告がその製作を被告から受注し得たとは認め難い。
そうであるから,これらについて,損害の発生は認められない。
(イ) 本件クリアファイル並びに本件ポスター1及び2
本件クリアファイルや本件ポスター1及び2については,被告が本来これらを原告に発注すべきものであり,証拠(乙6,8)によれば,被告が実際に他の業者にこれらを発注した金額は,本件クリアファイルが82万4000円(単価103円,数量8000個),本件ポスター1が14万7000円(単価70円,数量2000枚),本件ポスター2が17万8500円(単価85円,数量2000枚)であることが認められる。
このうち,本件クリアファイルについては,証拠(甲25)によれば,原告は,同じ数量のものを24万7800円で外注することができたと認められるから,57万6200円(=82万4000円-24万7800円)の粗利益を得られたと認められる。
本件ポスター1及び2については,原告は,平成13年10月から平成17年9月までの間に被告から受注したポスターに係る粗利益率の平均が77.348%であることから粗利益率は75%を下らないと主張するが,証拠(甲12の1ないし6)によれば,これらの単価は約213円から392円であって,本件ポスター1及び2の単価に比して非常に高額であり,被告が本件クリアファイルや本件ポスター1及び2を発注した時期が,原告の上記ポスターの受注時期よりもかなり後であることや本件契約書6条ただし書の内容に照らすと,原告が以前受注した際のような金額で被告から受注し得たとはたやすく断じ難いし,原告主張の粗利益率は,日本政策金融公庫が平成22年4月から12月までの期間に融資を行った従業者数50人未満の企業を対象とする調査(乙1の1ないし3)において,印刷・同関連業(調査対象数1417社)の売上高総利益率の平均値が41.9%とされているのと比べてかなりの乖離が見られることからすれば,原告主張の粗利益率を用いるのは相当でなく,他に的確な証拠がないことに照らすと,上記平均値である41.9%を用いることもやむを得ない。これによれば,原告の逸失利益額は,本件ポスター1が6万1593円(=14万7000円×0.419),本件ポスター2が7万4791円(=17万8500円×0.419。円未満切捨て)となる。
そうすると,原告の逸失利益額は,合計71万2584円(=57万6200円+6万1593円+7万4791円)となる。
ウ 原告は,著作権法115条の5に従い相当な損害額を認定すべきであるとの主張もするが,本件各プロダクト以外の本件諸プロダクトが存在したとは認められないから,これによる損害が生じたとは認められないし,著作権侵害については,上記イのとおり損害額を算定することができるのであるから,原告の上記主張は,採用することができない。
(2) 著作者人格権侵害による損害について
著作者人格権の侵害についても,被告に過失があるところ,被告が,本件マウスパッドや本件ポスター1を製作するに当たり行ったイラスト改変の程度がさほど大きくないこと,原告は被告のためのキャラクターとして本件諸イラストを納品していたことなど,本件に現れた諸事情を総合考慮すると,原告が被告の同一性保持権侵害により受けた無形的損害の額は,5万円と認めるのが相当である。
(3) 債務不履行による損害について
被告の債務不履行は,本件クリアファイル並びに本件ポスター1及び2についてのみ認められるところ,原告の主張に照らすと,これによる損害額が著作権侵害による損害額を上回ることはない。
(4) 弁護士費用について
本件事案の難易,請求額及び認容額等の諸般の事情を考慮すると,被告の侵害行為と相当因果関係に立つ弁護士費用相当損害金は,8万円と認めるのが相当である。
8 以上の次第であるから,原告の請求は,84万2584円及びこれに対する不法行為の後である平成23年8月31日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるが,その余は理由がない。
よって,上記の限度で原告の請求を認容し,その余は失当としてこれを棄却することとして,主文のとおり判決する。
(裁判官 三井大有 裁判官 宇野遥子)
裁判長裁判官 高野輝久は,転補につき署名押印することができない。裁判官 三井大有
別紙1
別紙2
コメント