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裁判年月日 平成14年11月11日 裁判所名 東京地裁 裁判区分 判決
事件番号 平13(ワ)8904号
事件名 不当利得返還請求事件
裁判結果 請求棄却 文献番号 2002WLJPCA11119004
要旨
◆Yとの間で、Yが、Xに対し、マスカラ等本件契約所定のアイテム(商品)に、商標「THESUPERMODEL」(本件商標)を付して販売することを許諾し、Xは、Yに対し、所定のロイヤリティー(使用料)を支払う、という内容の契約を締結したXが、Yに対し、主位的に、Yが、本件商標の商標権ないし専用使用権等、本件商標の使用をXに許諾する権利を全く有していなかったのに、これを有しているかのように偽り、Yの許諾がなければ本件商標を使用できないとXに誤信させて、本件契約を締結させたとして、錯誤無効又は詐欺取消しが成立すると主張し、本件契約に基づきXがYに支払ったロイヤリティー等を不当利得として返還することを求め、予備的に、Yが、本件商標の独占的使用許諾をXに与えたにもかかわらず、第三者に本件商標の使用を許諾し、その結果、Xの売上げが減少したとして、債務不履行に基づく損害を賠償することを求めた事案において、主位的請求に対し、本件商標がYの登録商標であることは、本件契約の内容にも前提にもなっていないこと、Yは、本件契約締結以前から、本件商標の専用使用権を有しており、Xが本件商標を使用するについて、第三者から差止請求がなされないよう措置を講じていることを認定した上、錯誤無効も詐欺取消しも成立しない、とし、予備的主張に対しては、本件商標に係る独占的使用許諾は与えられていない、として、Xの請求をすべて棄却した事例
裁判経過
控訴審 平成15年 4月24日 東京高裁 判決 平14(ネ)6267号 不当利得返還請求控訴事件
出典
裁判所ウェブサイト
参照条文
民法95条
民法96条
裁判年月日 平成14年11月11日 裁判所名 東京地裁 裁判区分 判決
事件番号 平13(ワ)8904号
事件名 不当利得返還請求事件
裁判結果 請求棄却 文献番号 2002WLJPCA11119004
原告 株式会社アイデープロジェクト
同訴訟代理人弁護士 早崎卓三
被告 株式会社吉武
同訴訟代理人弁護士 遠藤直哉
同 岩崎政孝
同 弘中絵里
同 田中秀一
主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は,原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
1 主位的請求
被告は,原告に対し,金3285万8500円及びこれに対する平成13年5月15日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 予備的請求
被告は,原告に対し,金1765万0376円及びこれに対する平成13年10月17日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
(主位的請求)
原告は被告に対して,原告と被告との間で締結したライセンス契約には,意思表示の瑕疵(錯誤,詐欺)があるとして,原告が被告に対して同ライセンス契約に基づいて支払ったロイヤリティー等の合計3285万8500円について,不当利得の返還を求めた。
(予備的請求)
原告は被告に対して,上記ライセンス契約について被告の債務不履行により1765万0376円の損害を被ったとして,同額の損害賠償を求めた。
1 争いのない事実
(1) 原告と被告は,平成9年8月1日,被告のライセンス事業である「THESUPERMODEL PROJECT」(以下「本件プロジェクト」という。)に関する覚書(甲1,以下「本件覚書」という。)を締結した。
(2) 原告と被告は,平成10年3月8日,原告が本件プロジェクトへ参加することなどを内容とする契約(甲2,以下「本件契約」という。)を締結した。
本件契約において,被告は原告に対し,商標「THE SUPERMODEL」(以下「本件商標」という。)を別紙契約目録A項「アイテム」欄記載のアイテム(以下「本件対象商品」という場合がある。)に同目録B項「期間」欄記載の期間(以下「本件契約期間」という場合がある。),国内において,原告の使用を許諾し,原告は被告に対し,その対価として,本件対象商品の販売価格の6%のロイヤリティー又は年間ミニマムロイヤリティーのいずれか高い額を支払うことを約した。
(3) 平成12年2月23日,被告のライセンス事業である本件プロジェクト事業部門が分離独立され,株式会社ザ・スーパーモデルプロジェクト(以下「SP社」という。)が設立され,本件プロジェクト事業は,同社により引き継がれた(なお,SP社は,その後,株式会社グローバルアーティストに商号変更した。)。
(4) SP社と株式会社スーパーモデルコスメティックス(以下「スーパーモデルコスメテイックス」という。)は,平成12年8月ころ,スーパーモデルコスメティックスが本件プロジェクトに参加する旨の契約を締結し,SP社はスーパーモデルコスメティックスに対し,本件商標を本件対象商品と同一の商品に使用することを許諾した。
(5) 本件商標については,株式会社ミロヴィーナス(以下「ミロヴィーナス社」という。)により,平成10年5月13日に商標登録出願され,平成11年6月25日に設定登録され,次いで,同年10月19日に被告を専用使用権者とする専用使用権が設定登録された。
2 争点
(主位的請求について)
(1) 本件契約を締結する旨の原告の意思表示は,要素の錯誤により無効か,そうでないとしても,被告の詐欺により取り消し得べきものであるか。
(2) 原告が本件覚書又は本件契約に基づき被告に支払った金額はいくらか。
(予備的請求について)
(3) SP社が前記1(4)の契約を締結し,本件商標について,第三者に対して使用許諾をしたことが,本件契約に基づく被告の債務の不履行に当たるか。
(4) 原告の損害額はいくらか。
(主位的請求及び予備的請求について)
(5) 相殺の成否
第3 争点に関する当事者の主張
1 争点(1)(錯誤無効又は詐欺取消の成否)について
(原告の主張)
(1) 本件覚書の内容は,被告が原告に対し,本件商標を原告の製造販売する化粧品に使用することを許諾し,原告がこれに対するロイヤリティーを支払うことを約するとともに,できる限り早期に「本件契約」を締結することを約したものである(甲1)。そして,本件契約において,被告は原告に対し,本件商標を別紙契約目録A項「アイテム」欄記載のアイテムに同目録B項「期間」欄記載の期間,国内において,同一商品について原告1社にのみ使用を許諾するとの特約の下で使用を許諾し,原告は被告に対し,その対価として,本件対象アイテムの販売価格の6%のロイヤリティー又は年間ミニマムロイヤリティーのいずれか高い額を支払うことを約した(甲2)。
(2) しかし,本件覚書を締結した平成9年8月1日及び本件契約を締結した平成10年3月8日(契約期間 同年2月1日から3年間)の時点では,被告は本件商標について,商標権,専用使用権その他いかなる権利も有しておらず,原告に対し本件商標の使用を許諾する権利は全くなかった(甲3)。すなわち,本件商標は,ミロヴィーナス社が平成10年5月13日,指定商品を化粧品として登録出願し,平成11年6月25日,商標登録されたもので,ミロヴィーナス社が商標権を有していた。被告は,平成11年10月1日,ミロヴィーナス社から本件商標につき専用使用権の設定を受け,同月19日,その設定登録がされた。このように,被告は,本件契約締結時から平成11年10月1日までの約1年6か月間,本件商標について何らの権利も有していなかった(甲3)。
(3) しかるに,被告は,原告に対し,一貫して本件商標が被告の登録商標であって,被告が本件商標を独占的に使用する権利を有し,被告の許諾を得なければ,原告が本件商標を合法的に使用できない旨の説明をして,その旨誤信した原告をして本件覚書と本件契約を締結させた。原告はこの事実を全く知らされておらず,平成13年4月6日に初めて知った。被告が本件商標を登録商標であると説明していたことは,被告が作成したスーパーモデルの肖像のネガフィルム及び宣伝用パンフレットにおいて,商標「THE SUPERMODEL」に の表示をして登録商標であるかのごとく表示していたことからも明らかである。
(4) ライセンスとは権利の実施許諾を意味するのであり,本件商標が登録商標でない単なる標章にすぎないとすれば,被告が本件商標につき第三者に通常使用を許諾してロイヤリティーを徴収するということは,一般的にあり得ない。そうすると,被告が本件商標について権利を有しなかったとすれば,原告が本件覚書及び本件契約の締結の意思表示をしなかったことは確実であり,かつ,一般取引の通念に照らして妥当である。したがって,本件覚書及び本件契約を締結する旨の原告の意思表示は,本件覚書及び本件契約の要素に関する錯誤に基づくものであり,無効である。
(5) 被告は,本件商標が登録商標でないのに,登録商標であるかのごとく説明して,その旨誤信した原告をして本件覚書及び本件契約を締結させた。よって,原告の本件覚書及び本件契約を締結する旨の意思表示は被告の詐欺によるものであるから,原告は,平成13年7月19日の弁論準備期日において,上記意思表示を取り消す旨の意思表示をした。
(被告の反論)
(1) 被告が企画・立案する本件プロジェクトは,本件商標をシンボルマークとし,スーパーモデルのカジュアルライフや女性たちの自由な気分を表現するブランドとして,スーパーモデルからイメージされる「美しさ」,「健康」,「高品質」等を共同コンセプトとすることにより,様々なアイテムの商品・サービスの統一的なブランド化を目指すものである(乙1)。
したがって,本件プロジェクトへの参加契約は,参加者が指定のアイテムにつき本件商標を使用し,また,本件プロジェクトの契約モデルの肖像を使用するなどの特典を利用して,統一的なブランドイメージを活用できることが,中心的な内容である。以上のとおり,本件契約は,被告が原告に対し,本件プロジェクトへの参加を認め,本件プロジェクトのシンボルマークである本件商標の通常使用を許諾するものである。
(2) しかし,本件商標が被告の登録商標であることは,本件契約の内容とされていないし,本件契約の前提とされてもいない。
もっとも,本件プロジェクトの主宰者である被告は,本件プロジェクトにおける統一的なブランドイメージを維持するため,本件商標の使用が第三者から不当に侵害されないように,適宜,各指定商品・役務毎に商標権の登録や商標使用権を取得するなどの保全措置を講じていた。
そして,原告に対する使用許諾の対象商品である化粧品については,ミロヴィーナス社が,平成7年7月14日,指定商品を化粧品として商標「スーパーモデル/SUPERMODEL」の登録出願をしていた(その後,平成9年8月15日,商標登録された。)。被告は,ミロヴィーナス社との間で,平成9年2月,上記商標について被告のため専用使用権を設定する旨合意し,同年11月19日,被告のための専用使用権の設定登録がされた(ただし,指定商品のうち,化粧水,ジェル状の痩身用化粧品及びパック用化粧品は除く。これらの商品は本件契約における被告の原告に対する指定アイテムからも除かれている。)。
その後,被告は,ミロヴィーナス社に対し,指定商品を化粧品とする本件商標の登録出願を依頼し,当初から被告が本件商標の専用使用権を得る目的で,ミロヴィーナス社の上記登録出願を主導した(乙3)。
(3) 上記のとおり,本件契約においては,そもそも,本件商標につき被告が商標登録を有することが契約の内容とはなっていないから,原告の錯誤は成立しない。
また,原告は,本件契約によって被告の本件プロジェクトに参加し,本件商標を通常使用する権利を得たのであるが,上記のとおり,被告は,本件契約締結以前から,指定商品を化粧品とする登録商標「スーパーモデル/SUPER MODEL」につき専用使用権を有しており,このため,原告が本件商標を使用するに当たり,商標権者その他の第三者から使用の差止めを受けない地位は,契約当初から確保されていた。
したがって,この点からも本件契約の要素に関する錯誤は存在しないから,原告の錯誤無効は成立しない。なお,同様の理由により,被告が,原告の詐欺により,本件契約を締結する旨の意思表示をしたということはない。
2 争点(2)(本件契約に基づく支払金額)について
(原告の主張)
(1) 原告は,被告に対し,本件覚書(別紙一覧表記載1の支払につき)及び本件契約(別紙一覧表記載2ないし9につき)に基づき,別紙一覧表のとおりロイヤリティー等として合計3285万8500円を支払った。
(被告の認否)
(1) 原告が被告に対し,本件契約に基づき,別紙一覧表記載2,3,6ないし9の支払金を支払ったことは認める。ただし,同表記載2の支払金額は,262万5000円である。また,同表記載9の支払年月日は,平成12年11月30日である。
(2) 原告が被告に対し,別紙一覧表記載1,4,5の支払金を支払ったことは認める。
しかし,以下のとおり,各支払が本件覚書又は本件契約に基づくとの支払原因は否認する。同表1,4記載の支払金は,原告が本件契約により本件プロジェクトに参加した結果として,原告・被告間の別途合意により,原告が,本件プロジェクト契約モデルの肖像を利用したことの対価として支払われた。また,同表5記載の支払金は,本件プロジェクトに参加した特典として,被告が本件プロジェクト参加者に「MODEL TV」という番組のスポンサーの斡旋をした際に,原告がこれを希望したので,その対価として支払われた。
3 争点(3)(債務不履行の有無)について
(原告の主張)
(1) 被告は,原告に対し,本件契約により,本件契約期間中,本件対象商品について本件商標の独占的使用を許諾した。したがって,被告は,原告以外の第三者に対して,本件対象商品と同一の商品につき本件商標の使用を許諾してはならない義務を負っていた。
本件契約により,被告が原告に対し,本件商標につき独占的な使用許諾をしたことは,次の事実からも明らかである。
ア 本件契約は,その予約としての本件覚書に基づいて締結された。ところで,本件覚書には,原告に独占的に許諾する旨の条項(甲1の「6その他(3)項」)が存在するから,本件契約において,被告が原告に本件商標の独占的使用を許諾する旨の合意があったことは明白である。
イ 被告のライセンス事業部長であったYは,平成9年11月28日に行なわれた原告の「THE SUPERMODEL」化粧品の発表会において,「国内におきましては株式会社アイデープロジェクト様が化粧品分野にてライセンス契約を結ばれ,今回の化粧品販売になりました。」との挨拶文を寄せた(甲24の2頁目)。「化粧品分野にてライセンス契約を結んだ」との挨拶文の記載は,独占的許諾をしたことを推認させる。
ウ 「THE SUPERMODEL」の宣伝文書(甲8)中のライセンシーリストによれば,同一商品について1社に対してのみ使用許諾がされ,同一商品(商品)について重複してライセンスが許諾された例はない。平成11年版の宣伝文書(甲31)中のライセンシーリスト(平成11年4月現在)においても同様である。また,化粧品だけでなく,その他の商品についても1社に対してのみ許諾が与えられている。これらの事実に照らすと,本件契約は,独占的な使用許諾がされたと解されるべきである。
エ 本件契約の契約書(甲2,以下「本件契約書」という。)2条2項は,「乙(原告を指す。)は,甲(被告を指す。)自ら,SP(セールス・プロモーション)又は広告宣伝の目的で,本マークを本商品に使用すること,又は第三者に許諾することに,異議がない。」と定めている。同条項は,あくまでも例外的に,本件商標のセールス・プロモーション又は宣伝の目的で,甲(被告)が自ら本件商標を本商品に使用すること,又は第三者にこれを許諾できることを規定したものであるから,セールス・プロモーション又は広告宣伝の目的以外の場合,例えば,化粧品の製造販売目的の場合には,被告は第三者に対し,本件商標を使用許諾することができないことを規定したものと解釈される。
(2) 被告は,平成12年2月23日,本件プロジェクトのライセンスビジネス部門を分社化し,SP社を設立した。なお,SP社の代表者には,被告代表者の長男であるYが就任し,かつ,その本店所在地は,被告本店所在地にあった。
(3) 被告は,その子会社であるSP社をして,平成12年8月ころ,スーパーモデルコスメティックスと本件プロジェクト参加契約を締結し,同社に対し,本件商標を本件対象商品と同一の商品に使用することを許諾した。
被告の上記行為は,前記(1)で述べた,被告が原告以外の第三者に対して,本件対象商品と同一の商品につき本件商標の使用を許諾してはならない義務に違反するから,本件契約に基づく債務の不履行に当たる。
(被告の反論)
本件契約は,原告に対し,本件商標の独占的な使用を許諾したものではない(甲2の1条2項)。被告は,当初,事実上の取扱いとして,各商品についてのプロジェクト・フィーの多寡や商品の販売状況その他に鑑みながら,各商品について,種類の一部が重なり合うことはあったものの,ほぼ1商品について1業者に対して,本件プロジェクトのライセンス事業を展開していたが,そのような事情があるからといって,本件契約により,独占的な許諾を合意したと解することはできない。
4 争点(4)(損害額)について
(原告の主張)
(1) スーパーモデルコスメティックスは,本件商標の化粧品の製造販売を専門的に行なう目的で平成12年8月7日に設立された会社である。スーパーモデルコスメティックスは,大手化粧品・医薬品小売業者である株式会社コクミン(本店大阪市,小売で首位)と提携して,本件商標の化粧品の販売を平成12年秋ころから開始することを企画し,平成12年8月下旬ころより本格的な営業活動を開始した。そして,同年11月ころより店頭において本件商標を使用した同一商品の化粧品を多数販売し始めた。
(2) このため,原告の本件商標の化粧品の純売上高は,平成12年9月ころから急激に低下した。原告の本件商標の化粧品の平成11年2月から平成12年1月までの各月の総売上,返品,純売上,売上原価と売上総利益は,別紙「化粧品売上高など一覧表(1999年2月~2001年1月)」記載のとおりである。
上記一覧表によれば,平成12年度(2月~1月)の純売上高は1350万3646円(平成11年度純売上高比マイナス38%)も激減しているが,これは,平成12年9月以降の総売上が減少したことと返品が急増したことによる。また,平成12年度の売上総利益は,平成11年度の黒字1340万2039円より一転して802万0271円の損失(赤字)となった。これは,売上高の急激な落ち込みによる在庫品について,旧製品として大幅な原価割れの価格(定価10%)でない限り販売できなかったため,平成12年12月及び平成13年1月に処分したからである。
仮に,被告がスーパーモデルコスメテイックスとの二重契約をしなければ,原告の化粧品売上高は少なくとも平成11年度の売上と同一程度の売上を期待でき,原価割れの価格による処分をする必要はなかったから,少なくとも平成12年9月から平成13年1月までの間に平成11年度の同期間の純売上及び売上総利益を期待できた。
したがって,原告の損害額は,459万0433円(平成11年度9月ないし1月の売上総利益)+1305万9943円(平成12年度9月ないし1月の売上高損失)=1765万0376円となる。
(被告の認否)
原告の主張を争う。
本件商標の化粧品について,原告の売上高及び売上総利益が減少したり,返品が増加したのは,原告の営業努力の欠如及び経営判断の誤りによるものであって,これらとスーパーモデルコスメティックスへ本件商標の使用許諾との間には,何ら因果関係はない。
5 争点(5)(相殺の成否)について
(被告の主張)
(1) 原告は,被告に対し,本件契約に基づき,プロジェクト・フィーの支払義務を負っており,その契約第3年度(平成12年2月1日~平成13年1月31日)の年間ミニマム・プロジェクト・フィーの額は650万円(消費税別途)であった(本件契約書4条2項)。
原告は,被告に対し,平成12年9月末に上記契約第3年度のミニマム・プロジェクト・フィーのうち,上半期分341万2500円(消費税込み)を支払ったが,平成13年1月末が支払期限である下半期分341万2500円(消費税込み)を支払わない。
(2) 被告は,原告に対し,平成14年2月27日の弁論準備期日において,上記ロイヤリティー支払請求権をもって,原告の本訴債権とその対当額において相殺する旨の意思表示をした。
(原告の認否)
被告の主張を争う。
第4 当裁判所の判断
1 事実認定
前記争いのない事実に証拠(甲3の1,2,乙2の1,2,乙3)及び弁論の全趣旨を総合すると,以下の事実が認められ,これを覆すに足りる証拠はない。
(1) 被告は,平成9年春から,スーパーモデルと呼ばれる世界で活躍するトップモデルをキャラクターとし,スーパーモデルのライフスタイルをイメージした「ザ・スーパーモデル」と称するブランドのライセンス事業(本件プロジェクト)を開始した。本件プロジェクトは,標章「THE SUPERMODEL」をシンボルマークとし,スーパーモデルからイメージされる「美しさ」,「健康」,「高品質」等を共同コンセプトとして,様々な商品やサービスの統一的なブランド化を目指すものであった。(乙1,5の1,2,乙6)
(2) 原告は,被告の展開する本件プロジェクトに,化粧品の分野で参加することを決め,平成9年8月1日,被告との間で本件覚書を締結した。本件覚書は,原告と被告との間で,原告が本件プロジェクトに参加するための本契約締結を早期に協議することを合意するものであり,本契約の対象商品,契約期間,ロイヤリティーなどの基本的な内容についても定めていた。(甲1)
(3) 原告は,平成9年11月28日,池袋メトロポリタンホテルにおいて,原告の販売する「THE SUPERMODEL」化粧品の発表会をした。被告の取締役のYは,本件プロジェクトのライセンス部門責任者であった(乙6)が,Yが上記発表会に寄せた挨拶文の中には,「国内におきましては株式会社アイデープロジェクト様が化粧品分野にてライセンス契約を結ばれ,今回の化粧品発売になりました。」との一文があった。(甲24)
(4) 原告は,平成10年1月30日から「THE SUPERMODEL」ブランドの化粧品の発売を開始した。(甲21の7項)
(5) 原告と被告は,平成10年3月8日,本件契約を締結した。本件契約は,原告が本件プロジェクトに参加すること,原告は,本件商標を日本国内で平成10年2月1日から3年間,別紙契約目録A項「アイテム」欄記載の化粧品について使用することができること,原告は被告に対してプロジェクト・フィーを支払うことなどを内容とするものであるが,原告の本件商標の使用については,本件契約書において,「甲(被告を指す。)は,標章”THE SUPERMODEL”及び甲指定のプロジェクト・シンボルマーク(以下総称して「本マーク」という)につき,次条以下の規定の範囲及び条件で乙(原告を指す。)が使用することに対し,異議を唱えない。」(1条2項)と定められていた。(甲2)
(6) 原告は,被告に対し,本件契約に定められたプロジェクト・フィーを第3年度上半期分(平成12年9月末支払)まで支払ったが,第3年度下半期分341万2500円(支払期限は平成13年1月末)を支払わなかった。
(7) 本件商標について,被告は,以下の経緯により,専用使用権を取得した。すなわち,ミロヴィーナス社は,平成7年7月14日,化粧品を指定商品として商標「スーパーモデル/SUPER MODEL」を商標登録出願し,平成9年3月5日の出願公告を経て,平成9年8月15日,商標権の設定登録を受けた。被告は,平成10年1月26日,ミロヴィーナス社の上記登録商標「スーパーモデル/SUPER MODEL」について専用使用権の設定登録を受けた(専用使用権の内容は,化粧水,ジェル状の痩身用化粧品及びパック用化粧品を除く指定商品(化粧品)全部)。次いで,被告とミロヴィーナス社は,ミロヴィーナス社が指定商品を化粧品として本件商標を商標登録出願し,これが登録された後,被告が専用使用権の設定を受けることなどを内容とする合意をし,この合意に基づき,ミロヴィーナス社は,平成10年5月13日,化粧品を指定商品として本件商標を商標登録出願し,平成11年6月25日,本件商標につき商標権の設定登録を受け,被告は,同年10月19日,専用使用権の設定登録を受けた。
(8) 原告が被告から本件商標についての使用許諾を受けた対象商品は,別紙契約目録A項「アイテム」欄記載のとおりであり,本件商標の指定商品と類似し,また,本件商標が上記登録商標「スーパーモデル/SUPER MODEL」に類似する。したがって,仮に,原告が,被告の許諾を受けることなく本件対象商品について本件商標を使用すれば,上記登録商標「スーパーモデル/SUPER MODEL」について被告が有する専用使用権を侵害することになる。
2 争点(1)(錯誤無効又は詐欺取消の成否)について
(1) 原告は,前記第3,1のとおり,①本件商標は被告の登録商標であると誤信したこと,②被告の許諾を得なければ,原告が本件商標を適法に使用できないと誤信したことを理由として,「本件覚書」及び「本件契約」を締結する旨の原告の意思表示は要素の錯誤により無効であると主張する。そして,I(原告の取締役)の陳述書には,同主張に沿った記載がある(甲21,41)。
(2) しかし,この点に関する原告の主張は,以下のとおり理由がない。
ア まず,本件契約は,企業同士のライセンス事業に関連する契約であり,後日の紛争の発生を防止するため,詳細な本件契約書(甲2)が作成されているのであるから,本件契約の内容は,本件契約書の記載に従って理解すべきであり,また,特段の事情のない限り,契約の当事者も,契約書の記載どおり認識したものと解するのが相当である。ところで,本件契約書においては,本件商標が被告の登録商標であることやこれを前提とするような条項は全く存在しないから,本件商標が被告の登録商標であることは,本件契約の内容又は前提とされていないものと認められる。また,上記特段の事情を認めるに足りる証拠はない。
以上のとおりであるから,本件契約を締結するに際して,原告に錯誤はない。
イ のみならず,前記のとおり,被告は,平成10年1月26日,ミロヴィーナス社の上記登録商標「スーパーモデル/SUPER MODEL」について,化粧水,ジェル状の痩身用化粧品及びパック用化粧品を除く指定商品(化粧品)全部として,また,翌年10月19日,本件商標について,化粧品を指定商品として,専用使用権の各設定登録を受けたこと,及び,仮に,原告が,被告の許諾を受けることなく本件対象商品について本件商標を使用すれば,上記登録商標「スーパーモデル/SUPER MODEL」について被告が有する専用使用権を侵害することが認められる。そうすると,被告の専用使用権取得により,原告が本件商標を使用するに当たって第三者から差止めを求められることのないような措置が講じられていたということができる。したがって,被告が本件契約を締結するに際して,本件商標につき被告が登録商標権者であったと誤信したしても,その点の誤信をもって,要素の錯誤ということはできない。
よって,原告の上記錯誤の主張は理由がない。
(3) 上記のとおり,原告は,本件商標が被告の登録商標であるなどと誤信して本件契約を締結したとは認められないから,被告の欺罔行為によりその旨誤信したことを前提とする詐欺取消に係る原告の主張も,理由がない。また,前記1(2)認定のとおり,本件覚書は,原告が本件プロジェクトに参加するための本契約締結を早期に協議することなどを内容とする合意であるところ,本件覚書に関する書面(甲1)には,本件商標が被告の登録商標であるとか又はこれを前提とするような条項は全く存在しないから,本件契約について述べたのと同様の理由により,本件覚書に関する錯誤及び詐欺取消の主張も,理由がない。
以上のとおりであるから,原告の本件覚書及び本件契約を締結する旨の意思表示が錯誤により無効であるとは認められず,また,被告の詐欺により取り消し得るとも認められない。
3 争点(3)(債務不履行の有無)について
(1) 原告は,被告が本件契約により,原告に対して,本件商標の独占的使用を許諾したと主張する。そして,前記陳述書(甲21,41)にはこれに沿う記載がある。
(2) しかし,この点に関する原告の主張は,以下のとおり理由がない。
本件は,企業同士のライセンス事業に関する取決めであること,本件プロジェクトにおいて,プロジェクト・シンボルとなる本件商標のライセンシーに対する使用許諾が独占的なものであるか否かは,極めて重要な事項であって,仮に,独占的な使用許諾を合意するのであれば,契約書においてその旨を明示するのが通常であるというべきであることからすれば,契約書において明示的に独占的使用を許諾する旨規定していない以上は,独占的な使用許諾があったと認めるべきでないと解するのが相当である
ところで,本件契約書において,原告の本件商標の使用態様について定めた条項としては1条2項があるが,同項には,「甲(被告を指す。)は,標章”THE SUPERMODEL”及び甲指定のプロジェクト・シンボルマーク(以下総称して「本マーク」という)につき,次条以下の規定の範囲及び条件で乙(原告を指す。)が使用することに対し,異議を唱えない。」と記載されている。同条項は,単に,被告が一定の範囲及び条件で原告の本件商標の使用に異議を唱えないと規定しているにすぎないから,同条項によって,被告が原告に対し,本件商標の独占的使用を許諾したと解釈する余地はない。その他,本件契約書において,本件商標の原告に対する使用許諾が独占的である旨明示した条項は存在しない(なお,独占的使用許諾を示唆する事情があったか否かについては,後記判断するとおりである。)
そうすると,本件契約における本件商標の使用許諾は,非独占的なものと解すべきであるから,原告の上記主張は理由がない。
(3) これに対して,原告は,前記第3,3(1)アないしエを根拠として,被告の原告に対する本件商標の使用許諾は独占的なものであると主張するので,この点につき補足して判断する。
ア 前記第3,3(1)ア(本件覚書の条項)について
前記1(2)認定のとおり,本件覚書は,原告が本件プロジェクトに参加するための本契約締結を早期に協議することなどを内容とする合意にすぎず,本件契約の内容は,本件契約書に基づいて定めるべきであるから,本件覚書の条項に基づいて本件契約の内容を定めることはできない。のみならず,本件覚書において,本件商標の原告に対する使用許諾が独占的である旨明示した条項も存在しない
イ 前記第3,3(1)イ(Yの挨拶文)について
前記1(3)認定のとおり,平成9年11月28日,池袋メトロポリタンホテルにおいて行われた原告の販売する「THE SUPERMODEL」化粧品の発表会に寄せたYの挨拶文の中に,「国内におきましては株式会社アイデープロジェクト様が化粧品分野にてライセンス契約を結ばれ,今回の化粧品発売になりました。」との一文があるが,上記の「化粧品分野にてライセンス契約を結ばれ」との記載があったからといって,これをもって,独占的許諾がされたことを推認することは到底できない。
ウ 前記第3,3(1)ウ(甲8)について
証拠(甲8)によれば,「THE SUPERMODEL」の宣伝広告用文書中の平成10年4月現在のライセンシーリストにおいては,同一商品についてのライセンシーは各1社であったことが認められる。しかし,1商品について,ライセンシーを1社としてライセンス事業を展開することは,主として営業政策上の理由から採られることもあり得るのであるから,上記の事情があったからといって,被告の原告に対する本件商標の使用許諾が独占的であると認定することはできない。
エ 前記第3,3(1)エ(本件契約書2条2項)について
本件契約書2条2項は,「乙(原告を指す。)は,甲(被告を指す。)自ら,SP(セールス・プロモーション)又は広告宣伝の目的で,本マークを本商品に使用すること,又は第三者に許諾することに,異議がない。」と定めている(甲2)。
原告は,同条項の反対解釈として,セールス・プロモーション又は広告宣伝の目的でない場合には,例えば,化粧品の製造販売を目的とする場合には,被告は,第三者に対して本件商標を使用許諾することができないものと解釈することができる旨主張する。
しかし,前記のとおり,本件契約書において,原告の本件商標の使用態様については1条2項が定めているのであるから,原告の使用が独占的であるか否かは,同項によって解釈するのが合理的であるところ,同項が,独占的な使用許諾を定めたものと解されないことは前示のとおりである。上記2条2項は,被告が特定の目的で,第三者に対し,本件商標の使用を許諾した場合には,原告との間で,無用の誤解や混乱が生ずることを避ける目的で注意的に規定したものと理解することができるから,前記のような解釈に影響を与えるものではない。
したがって,原告の上記主張は採用できない。
(4) 以上のとおりであるから,平成12年8月ころ,被告の事業を承継したSP社がスーパーモデルコスメティックスとの間で同社が本件プロジェクトに参加する旨の契約を締結したことが,被告が原告に対して本件商標の独占的使用を許諾した趣旨に反するので債務不履行を構成するとの原告の主張は,その前提を欠き,理由がないことになる。
4 結論
よって,原告の主位的請求及び予備的請求はいずれも理由がないからこれらを棄却することとし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 飯村敏明 裁判官 榎戸道也 裁判官 佐野信)
別紙
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