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裁判年月日　平成28年 8月 9日　裁判所名　東京地裁　裁判区分　判決
事件番号　平２７（ワ）３７３４号
事件名　建物明渡請求事件
裁判結果　一部認容　文献番号　2016WLJPCA08098010

要旨
◆本件貸室及び本件駐車場（本件不動産）の賃貸人である原告会社が、本件不動産の賃借人である被告会社に対し、賃料債務の不履行を理由に本件貸室に係る賃貸借契約ないし本件駐車場に係る無名契約を解除した上で、賃貸借契約ないし無名契約終了に基づく目的物返還請求権としての本件不動産の明渡し並びに賃料相当損害金の支払を求めるとともに、被告会社に対しては賃貸借契約に基づき、被告Ｙ１に対しては連帯保証契約に基づき、本件貸室の未払賃料及び水道代の合計金額並びに約定遅延損害金の支払を求めたほか、被告会社に対し、無名契約に基づく本件駐車場の未払駐車料合計及び遅延損害金の支払を求めた事案において、本件貸室につき、民法６１１条１項の類推適用に基づく賃料減額請求は認められないとしたが、原告会社には本件貸室の修繕義務違反が認められるなどとして、同義務の不履行に基づく被告会社の損害賠償請求権は認める一方、不法行為に基づく損害賠償請求権は認められないとして、本件貸室の賃料につき相殺の抗弁を一部認めるなどして、本件貸室及び本件駐車場の各未払賃料額を認定し、また、被告会社に背信性があったとは認められないから、原告会社による無催告解除は認められず、解除を前提とした明渡義務の履行遅滞に基づく損害賠償請求は認められないとして、請求を一部認容した事例

出典

評釈
借地借家紛争事例データファイル（借家）
借地借家紛争事例データファイル（借家）
借地借家紛争事例データファイル（借家）
借地借家紛争事例データファイル（借家）

参照条文
民法４１５条
民法４３６条
民法４４６条
民法４５７条
民法５４１条
民法６０６条１項
民法６１１条１項
民法７０３条
民法７０９条
民法７１０条

埼玉県川口市〈以下省略〉
原告有限会社細井
同代表者取締役Ａ
同訴訟代理人弁護士大久保朝猛
同訴訟復代理人弁護士池田辰也
同田島寛明
同福田慎也
東京都渋谷区〈以下省略〉
被告有限会社アイズクリエイティブ＆モデルス（以下「被告会社」という。）
同代表者代表取締役Ｙ１
東京都渋谷区〈以下省略〉
被告Ｙ１（以下，「被告Ｙ１」といい，被告会社及び被告Ｙ１を併せて「被告ら」という。）
被告ら訴訟代理人弁護士佐藤康則
同池本優子
同堤高志
同田代康城

主文

１　被告らは，原告に対し，連帯して，１３３万９３３８円並びに内２０万７１８０円に対する平成２６年１０月１日から，内３４万９３９９円に対する平成２６年１１月１日から，内３２万円に対する平成２６年１２月１日から，内３４万８４７３円に対する平成２７年１月１日から及び１１万４２８６円に対する平成２７年２月１日からそれぞれ支払済みまで年１４．６パーセントの割合による金員を支払え。
２　被告会社は，原告に対し，２１万１７５７円及び【別紙２】別表２記載の割合による金員を支払え。
３　原告のその余の請求を棄却する。
４　訴訟費用はこれを２分し，その１を原告の負担とし，その余を被告らの負担とする。

事実及び理由

第１　請求
１　被告会社は，原告に対し，【別紙１】物件目録１記載の建物を明け渡せ。
２　被告らは，原告に対し，連帯して，１４５万２１５８円及び【別紙２】別表１記載の割合による金員並びに平成２７年２月１１日から前項の建物明渡済みまで１か月３２万円の割合による金員を支払え。
３　被告会社は，原告に対し，【別紙１】物件目録２記載の建物を明け渡せ。
４　被告会社は，原告に対し，２１万１７５７円及び【別紙２】別表２記載の割合による金員並びに平成２７年２月１１日から支払済みまで１か月４万８６００円の割合による金員を支払え。
第２　事案の概要等
１　事案の概要
本件は，【別紙１】物件目録１記載の建物（ａマンション７０２号室，以下「本件貸室」という。）及び同２記載の建物（ａマンション１階の駐車場の１区画，以下「本件駐車場」という。）の賃貸人である原告が，①本件貸室及び本件駐車場（以下，両者を併せて「本件不動産」といい，本件不動産を含むビル「ａマンション」全体について「本件建物」という。）の賃借人である被告会社に対し，賃料債務の不履行を理由に賃貸借契約（本件貸室）ないし無名契約（本件駐車場）を解除した上で，賃貸借契約ないし駐車場を使用収益させる旨の無名契約終了に基づく目的物返還請求権としての本件不動産の明渡（請求の趣旨第１項及び第３項）及び明渡義務の履行遅滞に基づく損害賠償として解除の日の翌日である平成２７年２月１１日から本件不動産明渡済までの賃料相当損害金の支払（請求の趣旨第２項及び第４項参照）を求めるとともに，②被告会社に対しては賃貸借契約に基づき，被告Ｙ１に対しては連帯保証契約に基づき本件貸室の未払賃料及び水道代合計１４５万２１８５円並びに各債務の履行遅滞に基づく損害賠償として，各債務の弁済期の翌日から支払済まで，約定利率の年１４．６パーセントの割合による遅延損害金の支払を求め（請求の趣旨第２項参照），③被告会社に対して無名契約に基づく本件駐車場の未払駐車料金合計２１万１７５７円及び各駐車料金債務の履行遅滞に基づく損害賠償として，各駐車料金債務の弁済期の翌日から支払済まで商事法定利率の年６パーセントの割合による遅延損害金の支払を求める（請求の趣旨第４項参照）事案である。
これに対し，被告らは，本件貸室の天井からの雨漏りによって本件貸室の一部が使用収益できなかったとして，民法６１１条１項の類推適用により賃料減額を請求できることから，賃料の一部が不発生であることに加えて，④既払賃料の不当利得返還請求権が発生しており，また，⑤原告の修繕義務の不履行に基づく損害賠償請求権及び⑥不法行為に基づく損害賠償請求権が発生しているとして，賃料債権と④⑤⑥の請求権とを対当額で相殺する旨の意思表示をし，相殺により，被告らの自働債権は３１万８８３４円残存するも，賃料債権は存在しないと主張し，予備的に，本件不動産の明渡請求について，被告らに背信性を基礎づける事情が存在しないため，原告の賃貸借契約解除は認められないとのを主張している。
２　前提事実
以下の事実は，当事者間に争いがないか，後掲各証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実である。
(1) 　当事者等
ア　原告は，不動産の管理，賃貸，売買及びこれらの仲介並びに保有，運用等を目的とする有限会社であり，平成２４年１２月１４日，アーク証券株式会社（以下「アーク証券」という。）から，売買により，本件建物及びその敷地の一部を取得し，本件不動産の賃貸人等たる地位を取得した（甲１ないし甲３，弁論の全趣旨）。
株式会社オリジネーター（以下「オリジネーター」という。）は，原告から依頼を受けた本件建物のプロパティ・マネジメント業者であり，折地ネーターの社員であるＢ（以下「Ｂ」という。）は，本件建物の維持管理業務を担当しており，Ｃ（以下「Ｃ」という。）は，オリジネーターの代表者である。
二幸産業株式会社（以下「二幸産業」という。）は，オリジネーターから依頼を受けた本件建物のビルマネジメント業者である。
イ　被告会社は，有料職業紹介業，モデルの育成及び斡旋，カメラマンの斡旋等を業とする有限会社であり，原告との間で，本件不動産につき，賃貸借契約を締結している賃借人である（弁論の全趣旨）。
被告Ｙ１は，被告会社の代表取締役で，上記賃貸借契約にかかる連帯保証人であり，本件貸室には，妻であり被告会社の取締役であるＤ（以下「Ｄ」という。）及び子４人（本件口頭弁論終結時において１７歳，１１歳，１０歳，７歳）とともに居住している（弁論の全趣旨）。
(2) 　賃貸借契約の成立等
ア　アーク証券は，平成２３年１０月３１日，被告会社に対し，アーク証券所有に係る本件貸室を次のとおりの約定で賃貸し，平成２３年１２月１日，これを引き渡した（甲１）。なお，本件貸室は，本件建物の最上階にあり，その平面図は，【別紙３】図面のとおりであり，床面積は９６．０５平方メートルである。
（ア）　賃貸期間　平成２３年１２月１日から平成２５年１１月３０日まで（２条(1)）
（イ）　賃料　１か月３２万円（非課税）（４条）
（ウ）　賃料支払方法　毎月月末までに翌月分を支払う。（４条）
（エ）　遅延損害金　被告会社は，賃料その他の債務の支払を遅滞したときは，被告会社は年１４．６パーセントの割合による遅延損害金を支払う（１９条）。
（オ）　無催告解除特約　第４条の賃料又は第５条の管理費等について，所定の期日から１ヶ月以上の間，支払いを遅延又は不足させたときに，賃貸人は賃借人に対し，一切の通知催告を要しないで直ちに本契約を解除することが出来るものとし賃借人はこれについて一切の異議を申し立てないものとする（１５条４項ホ）。
（カ）　損害賠償　賃貸人は，火災・風水害・盗難・その他設備の故障による賃借人の損害，若しくは本件居室を居住不可能とするような非常事態の発生による賃借人の損害について責任を負わない（１２条）。
イ　被告Ｙ１は，平成２３年１０月３１日，アーク証券との間で，前記アの賃貸借契約について，被告会社が負う「この契約から生じる一切の債務」について，連帯保証する旨の契約を締結し，その意思表示を賃貸借契約書で示した（甲１，１７条）。
ウ　アーク証券は，平成２３年１１月２４日，被告会社に対し，アーク証券所有に係る本件駐車場を使用させることとし，平成２３年１２月１日，これを引き渡した（甲９，なお，本件契約の名称ないし性質については争いがあり，原告は，「自動車を駐車することを承諾する契約」と主張している。）。
（ア）　期間　平成２３年１２月１日から平成２４年１１月３０日まで
（４条）
（イ）　料金　１か月４万７５００円（７条）
（ウ）　支払方法　毎月月末までに翌月分を支払う（７条）。
（エ）　無催告解除特約　料金の納期限後２か月以上経過しても支払がないとき，何等の催告を要せずこの契約を直ちに解約することができる（１１条①）。
エ　原告は，平成２４年１１月１日，アーク証券から，本件建物及びその敷地の一部を買い受け，同年１２月１３日，これらの引渡しを受けた（甲２）。
オ　前記ウにより，原告は，アーク証券から本件不動産に係る賃貸人たる地位を承継し，平成２４年１２月１３日，本件貸室につき，従前の契約条件が引き継がれることを，原告及び被告会社間で相互に確認し，本件駐車場について，賃貸人等契約の当事者たる地位の移転を被告会社に通知し，被告会社は承諾した（甲３，以下，原告被告会社間の本件貸室に係る賃貸借契約を「本件賃貸借契約」といい，本件駐車場に係る契約を「本件駐車場契約」という。）。
カ　本件賃貸借契約は平成２５年５月３１日までに，本件駐車場契約は平成２４年５月３１日以降毎年，契約終了の通知も更新拒絶の通知もなかったために更新され，同年１２月１日には，従前と同一条件で本件賃貸借契約及び本件駐車場契約を更新することを合意していた（甲４，甲９）。
(3) 　雨漏りの発生と修繕の経緯
ア　平成２６年６月６日，本件貸室のダイニングルーム及びクローゼットルームの天井より，雨漏りが発生した（以下「雨漏り①」という。甲１４）。
イ　平成２６年６月７日，再び，本件貸室のダイニングルーム及びクローゼットルームの天井より雨漏りが発生した（以下「雨漏り②」という。甲１５）。
ウ　平成２６年６月１１日，二幸産業は，本件建物屋上の笠木（【別紙４】添付２の「ア」）付近にビニールで養生を実施した（甲１６）。
エ　平成２６年７月２７日，二幸産業は，本件建物屋上の笠木部分及び鳩小屋と冷媒管の接合部分（【別紙４】添付１「い」参照）等の補修工事（以下「７月工事」という。）を実施した（甲３０）。
オ　平成２６年９月７日，本件貸室のダイニングルーム天井より，雨漏りが発生した（以下「雨漏り③」という。甲１８）。
カ　平成２６年１０月２０日から２９日，二幸産業は，本件建物の屋上の全面防水工事（以下「１０月工事」という。）を実施した（甲２０）。
キ　平成２６年１２月３日，二幸産業は，屋上防水工事後の散水テストを実施した（甲３６）。
(4) 　本件訴訟に至る経緯
ア　被告会社は，平成２６年１０月分（９月末支払日）から平成２７年４月分（３月末支払日）の本件貸室の賃料，水道料金（別途原告から被告に請求をしているもの）及び駐車場料金を支払っていない（ただし，被告は，遅くとも平成２６年１２月以降，原告に対し，賃料債権と被告に対する損害賠償請求権等とを相殺する旨の書面を送付している。）。
イ　原告は，平成２７年２月９日，未払賃料及び駐車場料金を被保全権利として，被告らの預金債権を仮に差し押さえ（当庁平成２７年（ヨ）第２９９号，同第３００号，以下併せて「本件仮差押決定」という。），翌１０日，被告らに対し，本件賃貸借契約及び本件駐車場契約を解除する旨の通知を発した（甲２９の１，甲３３，甲３４）。
ウ　原告は，平成２７年２月１２日，本訴訟を提起した。
エ　原告と被告は，平成２７年５月２１日，本件仮差押決定に対する保全異議事件（当庁平成２７年（モ）第５０６２７号，同第５０６２８号，以下併せて「本件保全異議事件」という。）において，本訴訟確定までの間，原告が被告会社に対し，本件貸室の漏水対策を実施することを約束すること，原告及び被告は，保全異議事件における和解が，本訴訟に何らの影響を及ぼすものでないことを相互に確認することなどを内容とする和解が成立した（甲３８）。
(5) 　相殺の意思表示
被告会社は，原告に対し，平成２７年５月２１日，第２回口頭弁論期日において，被告ら第１準備書面（同月１９日付）をもって，原告の賃料債権等について，過払賃料の不当利得返還請求権，修繕義務の債務不履行に基づく損害賠償請求権及び不法行為に基づく損害賠償請求権のうち対当額において相殺する旨の意思表示をした。
３　本件の争点
(1) 　賃料請求権につき，以下のア（ア），イ及びウの請求権との相殺が認められるか。
また，以下のア（イ）の賃料が不発生と言えるか。（被告らによる主位的主張）
ア　賃料減額請求を前提に
（ア）　平成２６年６月から９月分につき，過払賃料返還請求権（４８万円）
（イ）　平成２６年１０月分につき，賃料の不発生（１２万円）
イ　修繕義務の不履行に基づく損害賠償請求権
（ア）　修繕義務違反の有無
（イ）　損害の発生及び因果関係
ウ　不法行為に基づく損害賠償請求権（慰謝料）
（ア）　不法行為の有無（修繕義務とおおむね同じ）
（イ）　損害の発生及び因果関係
(2) 　無催告解除の可否
（被告らによる予備的主張。ただし，本件不動産明渡請求に関するもの。）
４　本件の争点に対する当事者の主張
(1)ア　賃料減額請求について
【被告らの主張】
賃借物件の使用収益が一部使用不能に陥っている場合には，一部不能の場合に準じるため，民法６１１条１項が類推適用され，賃借人が賃料減額請求権を有すると解すべきである。そして，被告らは，平成２６年９月８日に既に賃料の支払を拒絶しており（被告らは遅くとも同年１２月２６日付「相殺通知書」によって，減額請求の意思を明らかにしている。）減額に関する権利行使の意思を明確にしている。仮にかかる意思表示が認められない場合であっても，本件保全異議事件において主張済みであるし，第２回口頭弁論期日において，減額の意思表示を行う。そして，民法６１１条１項に基づく減額請求は遡及効をもつ形成権であるから，下記のとおり，雨漏りの発生した平成２６年６月分から同年１０月分までの賃料は減額されることとなる。
本件においては，平成２６年６月に雨漏り①が発生してから，屋上の防水工事が完了したとされる同年１０月末日ころまでの間，降雨時には頻回なバケツ交換を要し，雨漏り箇所も，ダイニングルーム，クローゼットルーム，子供部屋と複数部屋の複数個所に及び，本件貸室の居住空間としての効用が著しく減殺されていた。
雨漏りのために使用できなかった面積は，【別紙５】（【別紙３】のうち，被告らが使用収益できなかったと主張する面積を赤線で囲んだもの。）の赤線部分であり，合計３４．２平方メートルとなり，本件居室全体の面積（９６．０５平方メートル）に占める割合は，３５．６パーセント（３４．２平方メートル÷９６．０５平方メートル×１００）となる。以上の面積比に照らすと，賃料を月額１１万３９２０円（月額３２万円×３５．６パーセント）分減額すべきことになる上，これらの部屋が生活において主要な使用場所であることに鑑み，若干増額した１２万円をもって適正な減額分と見るべきである。
そうすると，被告会社が既に支払った平成２６年６月分から同年９月分まで４か月分の賃料のうち，４８万円分の賃料は過払となって不当利得返還請求権が発生し，同年１０月分の１２万円分については賃料が発生していない。
【原告の主張】
賃貸借の目的物の修繕が可能な限りは，賃貸人の修繕義務により改善されるべき事柄であって，賃料の帰趨には影響を及ぼさない。使用収益に何らかの支障が生じたとしても，修繕が可能である以上は，賃料が減額されることにはならない。したがって，修繕が不可能なために使用収益が一部不能な場合に初めて，民法６０６条１項の賃料減額請求が問題とされることになる。
本件では，本件貸室の一部が使用不能となり，修繕不能の状態となったわけではなく，現に原告が修繕義務を履行したことは，(1)イで後に述べるとおりであるから，賃料減額請求に関する民法６１１条１項は適用されない。
また，本件貸室に何らかの用益上の支障が生じていたとしても，これはごく限られた範囲内のものにすぎず，その支障の程度は，もとより修繕が不可能な使用不能状態には当たらないことが明らかである。被告らは，雨漏りが発生したダイニングルーム，クローゼットルーム及び子供部屋について，それぞれの部屋の全面積が効用を害されたものとして賃料減額の計算をしているが，居室全体が効用を害され使用収益が不能となった事実はないから，かかる計算にも根拠がない。
(1)イ　修繕義務の不履行に基づく損害賠償請求権について
【被告らの主張】
（ア）　債務不履行
原告は，専門業者による雨漏りの原因調査をする義務があったのに，雨漏りの発生から約１年を経過しようとしている現在までこれを行っていないこと自体で，その履行遅滞は明らかである。
また，平成２６年６月１１日に屋上の笠木部分を雨漏りの原因として一応推定した後，本来，直ちに笠木部分の工事を実施すべきであるのに，約１か月半もこれを放置した。そして，工事を実施した旨を被告らに報告すらせず，被告Ｙ１またはＤからは，引き続き雨漏りが発生している旨，オリジネーターを通じて報告を受けているにもかかわらず，これを放置し，同年１０月末に至るまで全面的な防水工事を実施しなかった。加えて，１０月工事後も雨漏りは発生しており，原告の行った修繕義務が不完全であったことは明らかである。
本物件では，平成２６年６月６日に居室内の複数個所において雨漏り①が発生し，被告会社が管理会社であるオリジネーターに雨漏り①を報告し，二幸産業の作業員が養生措置をとったが，漏水は止まず，漏水個所ごとにバケツで水受けをしなければならなかった。同月７日に雨漏り②が発生したが，管理会社は漏水個所を確認しただけで，ビニールの設置すら行わなかった。被告会社は，オリジネーターに本件貸室の修繕を行うことなどを申し入れたが，オリジネーターは，約３か月以上もの間，被告らに工事の実施予定も知らせず，工事の報告もしなかった。
平成２６年９月に入り，オリジネーターから被告会社に対し，ようやく補修工事完了の連絡があったものの，同月７日には再び大規模な雨漏り③が発生するなど，依然として修繕義務が果たされない状況であった。その後，オリジネーターから被告会社に対しては，同年１０月末日までに屋上の全面防水工事を実施した旨の報告があったが，現在においても雨漏りが発生しており，屋上の全面防水工事は不完全である。
原告は，原告が修繕義務を果たしたと主張するが，原告は，雨漏り①及び雨漏り②の後，ビルマネジメント担当の二幸産業によって「緊急」と判断された案件であるのだから，直ちに同社ではない専門業者による原因調査を行い，適正な改修を実施すべき義務があったにもかかわらず，専門業者による原因調査を行わず，平成２６年６月１１日に二幸産業による屋上の笠木部分の養生をするにとどまっている。また同年７月２７日の７月工事については，被告らには何らの報告を受けていなかった上，仮に，同日に７月工事が実施されたとしても，雨漏り①及び雨漏り②の原因が笠木部分と一応推定されてから，梅雨時期であるにもかかわらず，約１か月半も経過した後のことであり，対応が極めて遅い。さらに，平成２６年９月に入り，何らかの修繕工事が完了したとの報告を受けてから，数日後には大規模な雨漏りが発生している。被告らは，３か月以上，雨漏り①及び雨漏り②の際につけられた養生用ビニールを外すこともできなかった。
（イ）　損害
以上のような原告の修繕義務の履行遅滞，不完全履行等により，被告らには以下の損害が発生した。
ａ　物品損害　２９万８５０６円
本件雨漏りにより，【別紙６】①被告らの主張記載のとおり，被告ら所有の物品が汚損ないし破損した。これらの時価総額として，被告会社から原告に対し，少なくとも２９万８５０６円の損害賠償請求権が発生した。なお，各物品の使用予定年数と汚損された時点の残使用年数を算出し，今後の残使用期間に応じた残存価値を算定することが合理的である。
この点，原告は，物品損害については，雨漏りの原因が本件賃貸借契約の契約書第１２条後段における「風水害」に類するものとして，同条の被告会社の「損害について責任を負わない」との規定に基づき損害賠償債務を負わないと主張するが，同条後段「風水害」とは，契約上想定できないほど異常な天候を前提としていると解すべきであり，本件のような通常の雨の場合を含まない。
ｂ　内装工事費　１０５万８４００円
雨漏りにより汚損ないし破損したクロス，絨毯，窓枠の取換等に要する内装工事費は，二幸産業が他社に依頼して作成した見積書（乙１）記載のとおり，少なくとも１０５万８４００円である。そして，被告らは，内装工事費請求権を債務不履行に基づく損害賠償請求権と構成しているため，必要費償還請求権のように実際の出費を要せず，債権（自働債権）が発生する。
原告は，本件居宅の内装工事について口頭の提供を行ったと主張するが，弁済の提供は債務の本旨に従ったものでなければ効果を生じないところ，本件において，原告は，当然配慮してしかるべき内装工事中の生活空間の確保について何ら具体的な提案を行っておらず，居住の確保という債務の本旨に従った提供はなかったため，弁済の提供があったとは到底言えない。
【原告の主張】
（ア）　債務不履行
原告には，修繕義務の不履行はない。
すなわち，まず，そもそも，雨漏り①及び雨漏り②の他に漏水が発生したことがあったとしても，せいぜい雨漏り③から平成２６年１０月２０日又は２９日までの間に限られるというべきであり，その余の期間について継続した雨漏りが発生していたことを認めるべき的確な証拠はない。
そして，漏水個所の特定は極めて困難であって，発生後ただちに一回的終局的解決策を講じることが技術的に困難な場合があり，本件建物の漏水もそれに該当することから，雨漏りに関する賃貸人の修繕義務の履行は，発生した事象に対してその都度遅滞なくとり得る応急措置を施し，しかるべき手段で原因を推定し，推定された原因に対して現実的に可能な対策を講じ，この対策の効果を見極めるという方法で行わざるを得ない。
本件において，原告は，雨漏り①及び雨漏り②の後に，屋上笠木部分及び冷媒配管貫通部分を原因箇所と推定し，平成２６年６月１１日に両箇所を保護したところ，漏水が収まったことからここを原因と推定した上で，同年７月２７日に補修（７月工事）を行い，以後は漏水が収まったから改善されたと考えていたところ，同年９月７日に雨漏り③が発生したものであって，原告は，雨漏り防止の必要が生じた際に，必要な調査等を行った上で，技術的，物理的に可能な修繕措置を尽くしたものであって，工期の遅延があったと認めるべき事情もないから，修繕義務の不履行はない。
また，１０月工事において，工事の不備が疑われるような事情はないので，これをもって修繕に不完全な点があったと疑念をさしはさむ余地はない。
（イ）　損害
ａ　物品損害
雨漏りによって，被告ら所有の物品について汚損等の被害が発生したことは認め，その各細目及び金額は否認ないし争う。少なくとも，番号７（衣類）については，実質上無価値であり，番号８（ベッド）について，腐食した様子は見受けられず，汚損と雨漏りの因果関係も不明であるし，その余の損害については，国税庁の耐用年数を基準とする限り，【別紙６】②原告の主張のとおり，１１万２８２０円相当にしかならない。
また，本件賃貸借契約の契約書第１２条後段には，「火災・風水害・盗難・その他設備の故障による乙の損害，もしくは本物件の居住不可能とするような非常事態の発生による乙の損害」について，貸主が責任を負わないと規定しており，本件の損害は，いずれも，「風水害」あるいは「その他設備の故障」による賃借人の損害にほかならず，原告はその賠償義務を負わないことが明らかである。
ｂ　内装工事費
原告は，既にその履行に不可欠の行為につき，口頭の提供を行ったが，被告らがその実施に協力せず，受領を拒んだものであって，被告らが原告の履行遅滞を理由とする損害賠償を請求することはできない。本件において，原告は，本件貸室の内装工事については，原告の負担で行うべく，既に平成２６年１０月２４日付で見積もりを取得していたが，内装工事を実施するためには被告ら側の協力が不可欠であるところ，被告からは，散水テストの日程に関する回答がないまま，賃料の支払を拒絶するとの通知がされるほか，内装工事の日程確保について金銭賠償を先行させるべき旨を頑強に主張して工事日程を確保できずに一方的に話を打ち切って席を立っている。このように，原告としては，被告らの室内立ち入り許可等の協力行為を要する内装工事すなわち修繕義務について，賃貸人の修繕義務という債務の本旨に従い，工事を現に実施するための具体的方策を告げて協力を求めたのに，被告らが拒んだのであって，少なくとも内装工事に関する限り，原告は債務不履行の責任を負わない。
また，本件貸室の内装工事は未だ実施されておらず，損害は発生していないし，内装工事費の見積額（乙１，９８万円）は，当初の見積もり（甲２１，５９万４０００円）から大幅な変更しているなど，結局内装工事が実施されない限り損害額の算定は困難である。
(1)ウ　不法行為に基づく損害賠償請求権（慰謝料）について
【被告らの主張】
被告Ｙ１は，原告らが原因調査及び工事実施の報告もすることなく放置したため，雨漏りのためにバケツ交換作業を強いられ，被告Ｙ１の子供らは睡眠も十分にとることができず，長期間にわたる雨漏り放置のため，傷みが進行した内装工事についても，原告から積極的な申し出はなく，極めて不誠実な対応を取られてきた。原告は，何らの合理的な理由もなく，内装工事の履行を拒絶し，話し合いにすら応じないなど到底許されない対応をとっており，これにより，被告Ｙ１は，多大な精神的損害を被り，その慰謝料相当額は被告Ｙ１のみであっても１００万円をくだらない。
よって，被告Ｙ１は，原告に対し，不法行為に基づき損害賠償を請求できる。
被告Ｙ１は，本件賃貸借契約の連帯保証人として，当然に相殺することができ，その相殺の効果は主債務者である被告会社に及ぶ（民法４５７条，同法４３６条）。
【原告の主張】
生活環境の悪化について慰謝料が認められる余地があるのは，生活環境の悪化が受忍限度を超えるような場合に限られるところ，本件において，雨漏りは，生活空間を広範囲にわたり使用不能とする程度のものではなく，期間も限定的であるから，社会生活上，受忍すべき限度を超えるほどの精神的苦痛が生じたとは到底考えられない。
(2) 　無催告解除の可否について
【原告の主張】
ア　本件賃貸借契約上，無催告解除特約が定められているところ，無催告解除特約は，催告をしなくともあながち不合理とは認められないような事情が存する場合には，催告なしで解除権を行使することが許される旨を定めたものとして有効である。そして，無催告解除特約に基づく解除の効力を検討するにあたっても，賃料不払の回数，期間が考慮要素となり，信頼関係破壊の有無という総合的判断ではなく，履行遅滞の状態がどのような状態であるかという外形的判断によって，無催告解除の拒否を決するべきである。
これを本件についてみると，被告は，解除の時点において，平成２６年１０月分から平成２７年２月分まで合計５か月分の本件貸室の賃料のみならず，同期間の水道料金及び本件駐車場についても支払義務を遅滞しており，その不払金額は元本合計で１４５万２１５８円に及んでいる。本件賃貸借契約の期間が２年間であり，そのうち５か月分もの賃料が遅滞に陥っていることに照らせば，無催告解除特約が有効であることは明らかである。
また，被告らの賃料不払の態様は，１０月工事により雨漏りが停止した後も賃料不払を続け，本件貸室とは別個独立の債務である駐車場料金及び水道料金実費についても同期間にわたり支払わなかったのであり，不払の態様も背信的である。さらに，原告による解除通知に至る経緯においても，被告らは，法的根拠に欠ける高額の反対債権の存在を主張して未払賃料債務を対当額で消滅させる旨を強弁するものである。したがって，被告らにこれまで賃料の不払がなく，雨漏りの発生を契機に賃料不払が生じたとしても，催告せずに解除したとして不合理とは認められない十分な事情が存在し，解除から相当期間が経過した後１か月分の賃料相当損害金の支払があったからといって，解除の有効性に支障をきたすものではない。
イ　本件駐車場契約は，名目こそ駐車場賃貸借契約とされているが，その内容は，原告が被告に「自動車を駐車することを承諾」し，「その使用時間は全日（２４時間）」とするものであり，その法的性質は原告が一定空間を駐車場として利用することを承諾し，被告会社がこれに対して駐車料金を支払うという無名契約であり，建物の一部を目的物とする賃貸借契約とは異なることから，賃借人保護のために背信性を要求する信頼関係破壊理論が妥当しない事は明らかである。
【被告らの主張】
ア　最高裁昭和４３年１１月２１日判決によっても，無催告解除特約の効力を認め得る場合でも，解除を有効とするためには信頼関係破壊の状態に至っていることが必要である（最高裁判解昭和４３年度１２２頁以下参照）。
賃料不払に基づく解除に関する裁判実務においては，一般的に契約関係の維持を困難にするかどうかという見地から，賃料不払の程度の他，不払に至った事情，過去の延滞の有無，賃貸人による催告の有無や催告に対する賃借人の対応，賃借人の支払意思と能力の有無，解除の意思表示後の賃料支払状況そのほかの事情を相当考慮して判断している。
これを本件についてみると，賃料減額及び債務不履行に基づく損害賠償請求権等との相殺により，賃料の不払は存在しないか極めて少額にとどまること，被告会社が本件不動産の賃料を支払わなくなったのは，本件貸室に雨漏りが発生していたにも関わらず，原告が迅速かつ誠実な対応を怠り，賃貸人として最も基本的な義務を履行しなかったことにあるのであって，やむを得ない事情があり，被告会社において，相殺によって賃料全額が消滅していると考えても無理からぬことであったこと，本件雨漏りが発生するまで，被告会社が賃料を滞納したことはないこと，被告会社は，代理人を通じて，賃貸人である原告が当然行うべき建物修繕義務の履行を求め，話し合いを求め，その結果によって，直ちに賃料を支払う用意があることを明確に原告に伝えていたにもかかわらず，賃料の催告を一切せず，無催告解除を通知しており，被告らにおいて賃料支払のための交渉の機会を奪われたこと，被告会社には賃料の支払意思と支払能力が十分にあること，原告が解除の意思表示をした後，被告会社は，賃料の支払を継続していること，被告Ｙ１ら家族が，他の住居を探すことは困難であることに照らすと，信頼関係が破壊されたと認めるに足りない事情があり，原告の解除の意思表示は効力を有しない。
イ　本件駐車場契約は，明らかに，物の使用収益，賃料の支払を合意内容とする不動産の賃貸借契約である。また，仮に無名契約と解しても，類似する民法の有名契約の規定が適用されることになるので，賃貸借契約に関する法的規制がそのまま及ぶ。したがって，本件駐車場契約について，無催告解除特約を認め得る場合でも，解除を有効とするためには信頼関係破壊の状態に至っていることが必要であり，それは，アで述べたとおりである。
第３　当裁判所の判断
１　前提事実に，証拠（甲５，甲１２ないし甲２３，甲２７，甲２９，甲３０，甲３２，甲３３，甲３６，甲４０，甲４２ないし甲４５，乙１，乙３，乙１７，乙１９ないし乙２２，乙２４ないし乙２７，乙２９ないし乙３１，乙３３，乙３５，乙３６，証人Ｄ，証人Ｂ）及び弁論の全趣旨によれば，以下の事実が認められる。
(1) 　雨漏り①②発生等
ア　平成２６年６月６日，東京では１日当たりの降水量が１００ミリメートルを超える雨量を観測していたところ，本件貸室のダイニングルームの窓付近天井より雨漏りが発生した。報告を受けたオリジネーターと二幸産業が本件貸室内の状況を確認したところ，天井の壁紙に水が溜まってたわんでいることを発見して，二幸産業において壁紙に穴を開けて排水を実施したが，排水後も漏水は止まらず，バケツで受けるなどの措置をとることとなった。二幸産業は，オリジネーターに対し，雨漏り①について，原因予測を「外壁等の防水劣化と推測されますが原因の特定には至りませんでした。」とし，改善案を「業者による調査改修要します。」とし，緊急度を「緊急」と報告した。（甲１４，甲４２，甲４３，乙１７の１，証人Ｄ，証人Ｂ）
その後，Ｄが，本件貸室のクローゼットルーム天井より雨漏りが発生していたことを発見し，Ｂに報告したが，二幸産業には連絡せず，様子をみることとなった。（甲４４，証人Ｄ，証人Ｂ）
イ　翌平成２６年６月７日，東京では１日当たり５０ミリメートルを超える降水量を観測していたところ，再び，本件貸室のダイニングルーム天井及びクローゼットルーム天井より，雨漏りが発生し，被告Ｙ１又はＤがＢに連絡をした。そこで，再度，二幸産業による確認が行われた後，応急的に養生（天井の雨漏り箇所からビニールを這わせて，バケツで受けるようにするなどの処置）を実施し，屋上部ドレン清掃を実施した。二幸産業は，雨漏り②の原因予測については，雨漏り①と同様に原因は特定できず，改善案として業者による調査改修を要するとして，緊急度を「緊急」と報告した。（甲１５，証人Ｄ，証人Ｂ）
ウ　また，平成２６年６月，本件貸室の子供部屋においても，窓付近から雨漏りが発生し，被告Ｙ１及びＤにおいて，自ら養生をするなどした。（乙３，証人Ｄ，弁論の全趣旨）
(2) 　雨漏り②の後の経緯
ア　二幸産業は，平成２６年６月１１日，雨漏り①及び雨漏り②への対応として，本件建物の屋上の笠木付近が雨漏りの原因と考えて，同付近に，ビニールで養生を実施した。
イ　オリジネーターは，平成２６年６月２７日付で二幸産業から，本件建物の７月工事（屋上のシール工事（部分補修））に関する見積書を受領した。（甲１６，甲１７）
ウ　二幸産業は，平成２６年７月２７日，漏水箇所と考えられる本件建物の屋上部分の笠木部分を一部防水補修するとともに，屋上のハト小屋（【別紙４】添付２のイ参照）につながっている冷媒管（エアコンの室内機と室外機の間で冷媒をやり取りするための配管）等の防水補修を行う７月工事を実施した（甲３０）。
エ　なお，本件雨漏りの後，７月工事を実施するまでの間に，平成２６年６月１４日から同月２１日まで，同年７月１２日から同月１７日まで，同月２１日から２３日まで，同月２５日及び同月２６日には，東京都では降水量は観測されておらず，７月工事が実施された同月２７日には雨が降っていた。（乙１７の１・２）
オ　７月工事の後，オリジネーターは，本件貸室の雨漏りが止んだかどうかを確認する散水テストなどは実施しておらず，また，雨漏り②の後，雨漏り③までの間，オリジネーターの社員が本件貸室の状況を，実際に見て確認することはなく，ビニールの養生や水を受けるためのバケツを撤去しても良いなどと伝えることもなかった。（証人Ｂ）
（事実認定の補足説明）なお，原告は，本件建物の１階エントランスホールに，平成２６年７月１日の設備・保守点検と併せて，同月２８日の７月工事の実施を通知する書面（甲３２）について，掲示した旨主張し，Ｂもそれに沿う供述をするところ，当時，かかる書面を掲示していたことを裏付ける証拠はなく，７月工事の実施をオリジネーターが被告Ｙ１又はＤに伝えていたとは認められない。
カ　７月工事の後も，本件貸室に雨漏りが生じることもあった。
（事実認定の補足説明）この点，原告は，７月工事後には雨漏りは発生していない旨主張する。しかしながら，雨漏り③で現場に赴いた二幸産業の担当者が，３か月前の養生が残っていたと報告しているところ，雨漏りがまったく発生していないのに数か月の間，生活空間にビニール養生を放置したままにしているとは考えにくく，一定程度の雨漏りがあったと認められる。他方で，被告らは，毎日何度もバケツを交換する必要があった旨主張するが，被告らが主張するほどの雨漏りがあったのだとすれば，９月の雨漏り③まで，被告らにおいてオリジネーターに対し，書面を送付する，メールを送信するなどの交渉を一切しないままでいるとは考えにくく，被告らの主張も採用できない。結局，上記の限度においてのみ認定できる。
(3) 　雨漏り③の発生と当日の経緯
ア　平成２６年９月上旬，Ｂは，被告Ｙ１又はＤに対し，補修工事が終了しがところ〈原文ママ〉，本件貸室の雨漏りによる汚損等を修繕する内装工事を実施するため，見積もりを取りたいので入室させてほしいとの連絡をした。（甲２２，証人Ｂ，証人Ｄ）
イ　しかしながら，その回答がなされる前である平成２６年９月７日，東京の１日当たりの降水量が約８０ミリメートルの雨量を観測していたところ，本件貸室のダイニングルームにおいて雨漏り③が発生した。
連絡を受けた二幸産業において調査したところ，一時対応として「現着時３か月前の養生が残っておりました。天井確認したところ冷媒管が濡れておりました。雨水が冷媒管を伝って侵入したと考えられます。屋上を確認したところ冷媒管の笠部分，外壁分，外壁側及び側面のシール劣化等が見られました。」と報告し，原因予測については，「屋上部分の冷媒管笠部分の防水劣化等及び屋上防水劣化が推測されます。」とあり，改善案については，「業者による調査改修」を要するとされ，緊急度も「緊急」と判断され，当日はリビング内の養生のみ行った。（甲１８，甲４５，証人Ｂ，証人Ｄ）
ウ　被告Ｙ１又はＤから連絡を受けたＢは，菓子折りを持って被告Ｙ１らに謝りに行ったが，被告Ｙ１らは受け取らず，翌日話し合うこととなった。（甲４５，証人Ｂ）
(4) 　雨漏り③発生後の経緯（賃料未払の経緯）
ア　平成２６年９月８日，Ｂは，被告会社事務所に赴き，被告Ｙ１と話を，原因は判明していない旨説明した。（証人Ｂ）
イ　オリジネーターは，二幸産業に調査を依頼し，平成２６年９月２５日付で，同社から屋上防水工事として３６７万２０００円かかるとの見積書を受け取り，それを受けて，同月３０日，被告会社事務所において，Ｂ，二幸産業のＥ，被告Ｙ１は，今後の屋上防水工事等の内容やスケジュールについて話し合いをした。
Ｅからは，内部のアスファルト防水に何らかの原因で切れている箇所などがあり，屋上の保護コンクリートにできたクラック又は貫通部分から浸透した雨水が，アスファルトの防水の切れている箇所から漏れている可能性が高いが，原因が特定できないので，屋上の全面的な防水工事（ウレタン樹脂による塗付防水）を行うことを考えている旨説明した。被告Ｙ１の希望に基づき，屋上防水工事の実施を前倒しすることとなった。また，被告Ｙ１において，納得ある説明がない限り，家賃の支払をストップする旨，Ｂに伝えた。（甲１９，甲２２，甲２７，証人Ｂ）
ウ　平成２６年１０月２０日，二幸産業において，屋上全面工事を実施した。また，二幸産業は，同月２４日付で，オリジネーターに対し，本件貸室の復旧工事に要する費用として，５９万４０００円かかる旨の見積書を提出した。（甲２１）
エ　Ｂは，被告会社に対し，防水工事完了のめどがたったので，散水テスト（屋上に水を撒いて，本件貸室に雨漏りが発生しないのかを確認するもの）の日程調整の連絡をするよう求める書面を，平成２６年１０月２９日付で，被告会社の郵便受けに投函した。（甲２０，甲４０）
オ　平成２６年１２月３日，二幸産業は，約１時間にわたり，防水工事後の散水テストを実施したところ，漏水が確認されなかったとオリジネーターに報告した。（甲３６）
(5) 　賃料の支払状況等
ア　被告らは，本件賃貸借契約後，本件各雨漏りが発生するまで，本件貸室の賃料及び駐車場料金について，原告に支払わないことはなかったが，平成２６年１０月分（同年９月末支払日）から平成２７年４月分（３月末支払日）の賃料等を支払っていない。
イ　オリジネーターは，平成２６年１０月２８日付で，本件貸室の賃料及び本件駐車場料金を支払うよう求める通知書を，被告会社の郵便受けに投函した。（甲５の２）
ウ　これに対し，平成２６年１１月１２日，ＤはＢに対し，説明責任を果たさなければ家賃を支払うことはできないと述べて，家賃の支払をストップしたというこれまでの経緯を記載した上，オリジネーターからの家賃の支払の求めに対しては，居住家族全員の精神的損害賠償請求（慰謝料）３６０万円，家財の弁償請求，今後雨漏りした際の保証取り決めを求めるとともに，「私共への損害賠償への一切は家賃との相殺が相当と考えます。」と記載したメールを送信した。（甲２２）
エ　同月１８日，ＢはＤに対し，今後について，「１．散水テストによる雨漏りがしない事の確認，２．室内の改修工事および，今回の雨漏りによるＹ１家の被害状況の確認，３．被害状況が確認しだい，それらに関します補修費のお支払い」を予定しているという内容を伝え，改めて散水テストなどの日程調整を依頼するメールを送信した。（甲２３）
オ　平成２６年１０月２８日付で，オリジネーターは被告会社に対し，同年１０月分から１２月分の賃料を請求した。（甲５の３）
カ　平成２６年１２月３日に，散水テストを実施した後，同月９日，本件貸室の内装工事の方法等について，オリジネーター事務所において打合せを実施し，同月１３日には，二幸産業から被告会社に対し，株式会社企画アーバンが作成した内装工事の見積書（見積金額１０５万８４００円）をＦＡＸ送信した。（乙１）
キ　平成２６年１２月２２日付で，オリジネーターから被告会社に対し，同年１０月分から平成２７年１月分の賃料を請求したのに対し，被告会社の代理人は，同２６年１２月２６日付で，原告に対し，オリジネーターからの請求については，不当利得返還請求権及び債務不履行に基づく損害賠償請求権を有していると主張し，請求されている賃料等合計１５３万２２７２円については，家賃の返還請求権及び債務不履行に基づく損害賠償内金の合計２９０万８９３３円と対当額をもって相殺する旨の通知書を送付した。（甲５の４，甲１２）
ク　平成２７年１月２２日には，再び，オリジネーターが被告会社に対し，平成２６年１０月分から平成２７年２月分の賃料を請求したのに対し，同月２日付で，被告会社の代理人は，既に平成２７年１月分までの賃料は相殺済みであると主張するとともに，同年２月分の賃料等については，被告会社の有している請求権の残金をもって相殺すること，内装工事の実施について，オリジネーターから回答予定の期限を過ぎているが連絡がない旨記載した相殺通知書(2)を原告に送付した。（甲５の５，甲１３）
ケ　これに対し，原告は，特段の対応をしないまま，平成２７年２月９日，本件仮差押決定を得た上，翌１０日，本件賃貸借契約を解除する旨の通知をした。（甲２９の１，甲３３）
コ　被告会社は，原告に対し，平成２７年４月末（４月分）以降，本件口頭弁論終結時に至るまで，本件貸室の賃料及び駐車場料金につき，賃料等相当額を原告に支払っている。（乙１９ないし乙２２，乙２４ないし乙２７，乙２９ないし乙３１，乙３３，乙３５，乙３６）
２　相殺の抗弁及び賃料の不発生について＜争点(1)＞
(1) 　賃料減額請求について＜争点(1)ア＞
ア　まず，被告らは，賃借物件が一部使用不能に陥っている場合には，一部不能の場合に準じて民法６１１条１項が類推適用され，賃料減額請求権を有すると主張している。
この点，賃料は利用の対価であることから，修繕義務の不履行によって使用収益ができなくなっていれば，賃料債権は生じないと解され，本来は危険負担（民法５３６条１項）の原則から，賃借物の滅失部分に応じて当然に賃料が減額されるところ，賃借人の請求をまって賃料の減額を生じさせるものとするのが民法６１１条の趣旨である。
そうすると，賃貸借の目的物が賃借人の過失なくして一部滅失しているような場合にはもちろん，賃借人の過失なくして使用収益に不便が生じているような場合には，民法６１１条１項の類推適用により，使用収益が妨げられた割合に応じて，賃料の減額を請求できると解するのが相当であり，修繕が不可能な場合に限定されるものではない。
イ　この点，被告らは，【別紙５】の斜線部分について，平成２６年６月の雨漏り①から１０月工事が終了するまでの間，使用収益が不可能であったと主張する。
（ア）　そこで検討するに，前記認定事実(1)のとおり，平成２６年６月に雨漏り①及び雨漏り②が発生し，雨漏りの発生個所がダイニングルーム，クローゼットルーム及び子供部屋であったことが認められる。
（イ）　次に，各部屋について，被告らが使用収益できなかったと主張する時期及び範囲についてみると，被告らは，雨漏りした際の養生の状況を再現した状況として，写真撮影報告書（乙６）を提出し，その養生範囲を前提に，使用収益できなかった範囲が合計３４．２平方メートルであった旨計算し（乙７），証人Ｄも，同様の趣旨の供述をする。
この点，前記認定事実(3)のとおり，９月７日に発生した雨漏り③の直後において，ダイニングルームについては，６月に発生した雨漏り①及び雨漏り②の際の養生がまだ現着していたのであり，その間養生を外したとの事情も認められないことから，平成２６年６月６日ころから同年１０月末（１０月工事の終了時期）において，少なくともダイニングルームでは一定の範囲で使用収益が害されていたものと認められる。
しかしながら，雨漏り①及び雨漏り②の直後に二幸産業が作成した報告書（甲１４，甲１５）によっても，各雨漏りが発生した当時には，被告らが主張するほどの広範囲で養生がされていたものと認めることはできない。確かに，居住者である被告Ｙ１及びＤにおいて，雨漏りの広がりによる家財道具などへの浸水を懸念して，二幸産業が実施した養生だけでなく，広範囲に養生を実施することは十分考えられるものの，雨漏り③が発生した平成２６年９月７日の時点における養生の状況（甲１８）は，ダイニングルームにおいては，窓のカーテンレール付近の天井のみであり，被告らが主張するように，天井の開口部分付近に養生をしていたものと認めることもできない。
これらの事情に照らすと，写真撮影報告書（乙６）を前提とした被告の主張をにわかに採用することはできない。
（ウ）　そうすると，本件においては，平成２６年６月６日の雨漏りから，同年１０月末に実施された１０月工事が終了されるまでの間，雨漏りを受けるために，本件貸室のダイニングルーム，クローゼットルーム及び子供部屋につき，一定の範囲で養生がされており，使用収益に何らかの支障を来す状態にあったことは認められるものの，被告が主張するほどの広範囲で使用収益を害されていたものと認めることはできず，その範囲の特定は困難であることから，一部滅失している場合に準じて，民法６１１条１項の類推適用に基づく賃料減額請求を認めることはできず，それを前提とした不当利得返還請求権も認めることができない。
ウ　以上によれば，賃料１２万円分の減額請求ができることを前提に，賃料４８万円分が過払で不当利得返還請求権が発生しており，１２万円分の賃料が発生していないとの被告らの主張を採用することはできない。
(2) 　修繕義務の不履行に基づく損害賠償請求権について＜争点(1)イ＞
ア　修繕義務の不履行
（ア）　賃貸人は，賃貸物の使用及び収益に必要な修繕をする義務を負う（民法６０６条１項）ところ，賃借人において，義務違反によって損害が発生したと認められる場合には，賃貸人が損害賠償責任を負う。そこで，まず，本件において，原告が修繕義務に違反したと認められるかを検討する。
（イ）　前記認定事実(1)(2)のとおり，本件建物の管理会社であるオリジネーターは，平成２６年６月の雨漏り①及び雨漏り②の発生直後に現場に赴き，オリジネーターから依頼を受けたビルメンテナンス会社である二幸産業において，本件貸室内の雨漏り箇所に養生措置を施したこと，オリジネーターにおいて，雨漏りの原因を屋上の笠木部分と考え，６月１１日には，二幸産業において笠木部分などに養生措置を施し，７月２７日には，笠木部分を防水するための７月工事を実施したことが認められ，一定の修繕義務が果たされているようにも思われる。
（ウ）　しかし，前記認定事実(2)のとおり，こうした７月工事の実施にもかかわらず，結局，９月には雨漏り③が発生しており，７月工事では不十分であったものである。加えて，前記認定事実(1)(2)のとおり，原告は，６月１１日の養生措置の後も，７月工事の後も，本件貸室の状況について何ら確認をしていないところ，原告は，被告らから何も言われていない以上，問題はないと考えた旨主張するが，天井の壁紙に水がたまる程度にまで雨漏りが発生したのであるから，雨漏りが継続していないかどうかを確認する必要性は高く，管理会社の対応として十分とは言い難い。また，一般に，雨漏りの原因特定は難しいことが多いとは言え，前記認定事実(1)(2)のとおり，居住スペースにおける雨漏りの発生から工事まで１か月以上も経過するのであれば，本件建物内で雨漏りが唯一発生している本件貸室の居住者に対して，工事実施時期について丁寧に説明すべきである。さらに，雨が降っていない日を選んだために７月末に工事を実施したという原告の主張も，前記認定事実(2)エに照らすと，根拠として薄弱である。
（エ）　これらの事情に照らせば，原告においては，雨漏り①及び雨漏り②が発生した後，適切な修繕義務を尽くしていなかったものと認められる。
イ　損害の発生と因果関係
（ア）　物品損害
被告らは，【別紙６】①被告らの主張記載の損害が発生したと主張し，乙８号証ないし１６号証を提出する。
しかしながら，番号７の衣料品については，新品ではなく，実際に購入した年月日は不明であることから，価値あるものと認めることはできない。また，番号８のベッドについては，被告が因果関係を否認しているところ，本件全証拠によっても因果関係ある損害と認めることはできない。その他の物品についても，故障時期などを確定するのは困難であることから，結局，原告が主張している限度で損害額及び因果関係を認めるのが相当であって，その金額は，１１万２８２０円と認められる。
（イ）　物品損害の免責規定
これに対し，原告は，本件賃貸借契約においては，物品損害の修繕義務が免責されている旨主張する。確かに，前記前提事実(2)アのとおり，本件賃貸借契約において，賃貸人は，「火災・風水害・盗難・その他設備の故障による」賃借人の損害，若しくは「本物件を居住不可能とするような非常事態の発生による」賃借人の損害について責任を負わない旨の免責規定が定められている。
しかしながら，「風水害」は，「火災」や「盗難」と同列に論じられ，「非常事態の発生による」損害と記載されているなどの同条項の文言に加えて，本来，賃貸人は，不可抗力で修繕が生じた場合にも民法６０６条１項に基づき修繕義務を負うものとされていることにも照らせば，本件賃貸借契約１２条後段は，火災などの不可抗力に類するような事由によって，賃借人に損害が発生した場合について，損害賠償を負わない旨を合意した規定であると解するのが相当である。
そして，本件は，前記認定事実(1)のとおり，１日当たりの降雨量は１００ミリメートルを超えているものの，災害等が発生している状況にはなかったのであるから，「火災・風水害・盗難・その他設備の故障」を原因とした雨漏りであると認めることはできない。また，そもそも，被告らは，雨漏り①が発生した後に，原告が修繕義務を果たさなかったと主張して損害賠償を請求しており，雨漏り①以前の設備の不具合を理由にしているわけではないことから，風水害等によって免責規定が適用されるという原告の主張は採用できない。
（ウ）　内装工事費
内装工事については，本件建物自体の老朽化による雨漏りによって本件貸室の内装工事を要するようになっている以上，原告に，同工事をする義務が存するところ，原告は修繕をしていない。この点，原告は，内装工事については，弁済の提供をしている以上，修繕義務を免れるものではないと主張するが，前記認定事実(4)のとおり原告は，当然配慮してしかるべき内装工事中の生活空間の確保について何ら具体的な提案を行っておらず，居住の確保という債務の本旨に従った提供はなかったため，弁済の提供があったとは認められない。
そうすると，内装工事費用については，一定の範囲で賠償が認められ得るものである。しかしながら，被告らは，現時点で自ら工事を実施しているものではなく，内装工事の修繕義務の履行遅滞によって，内装工事代金の損害額が発生したものと認めることはできない。
(3) 　不法行為に基づく損害賠償請求権（慰謝料）＜争点(1)ウ＞
前記(2)のとおり，原告会社には，修繕義務違反が認められ，同義務違反によって，被告Ｙ１に慰謝料を発生させるような事情が認められれば，不法行為に基づく損害賠償が認められるものと解される。
この点，前記認定事実(1)(2)のとおり，梅雨や台風シーズン前に雨漏り①及び雨漏り②が発生し，その後，管理会社からは，工事が完了したとの明確な連絡がないままであったところ，居住者である被告Ｙ１においては，居住スペースに雨漏りが発生し雨漏りが発生するかどうかという不安を抱えていたものと認められるが，社会通念上相当の範囲を超えるものとして，慰謝料が発生される程度のものとまで認めることはできない。結局，本件で現れたすべての事情を考慮しても，不法行為に基づく損害賠償請求権を認めることはできない
(4) 　争点(1)の小括
賃料減額請求権に基づく賃料の不発生及び過払賃料の請求は，認められない。次に，修繕義務の不履行は認められるものの，損害賠償は，物品損害１１万２８２０円の限度で認められ，内装工事は損害とは認められず，結局修繕義務の不履行に基づく損害賠償請求としては，１１万２８２０円の請求権が認められる。また，不法行為に基づく損害賠償請求は認められない。
そうすると，結局，被告会社は原告に対し，１１万２８２０円の請求権を有しているところ被告会社の有する請求権と対等額で相殺が認められるから，本件貸室の賃料については，上記合計額１１万２８２０円を対等額での相殺の意思表示が認められ，未払賃料については，本件貸室について１３３万９３３８円，本件駐車場について２１万１７５７円となる。
他方で，前記の通り，賃料債権が遅滞に陥っている以上，賃料が発生していないことを前提に，明渡義務を拒むとの被告らの主張は採用できないことから，次に，被告らの予備的主張について検討する。
３　無催告解除の可否について（争点(2)）
(1) 　本件賃貸借契約及び駐車場契約については，無催告解除特約が付されており，原告は，催告することなく本件賃貸借契約及び駐車場契約を解除する旨の意思表示をしているところ，賃貸借契約が当事者間の信頼関係を基礎にした契約であることに照らすと，賃料不払があったという一定の期間の経過や賃料の支払時期の経過のみならず，契約を解除するに当たり，催告をしなくても不合理とは認められない事情，つまり賃借人の背信性がある場合に，賃貸人による無催告解除が認められると解するのが相当である。
なお，原告は，本件駐車場契約については，賃貸借契約ではなく，信頼関係破壊の法理は適用されない旨主張する。しかしながら，本件駐車場の利用に関する合意は，前記前提事実のとおり，駐車場という場所の使用収益，賃料の支払を合意内容とするものであって，不動産賃貸借契約と解するのが相当である。仮に無名契約と解しても，その内容に照らすと不動産賃貸借の規定が適用されるのであって，結局は，賃貸借契約と同様に，背信性があったと認められることが必要と解するのが相当である。よって，この点に関する原告の主張も採用できない。
(2) 　そこで，本件において，賃借人の背信性の有無について検討すると，前記認定事実のとおり，雨漏りの状況としては，平成２５年６月６日及び同月７日に，雨漏り①及び雨漏り②が発生し，当日には，室内については，応急的に養生の措置を，屋上については，同月１１日に，笠木付近に養生を実施し，同年７月２７日に，漏水個所の屋上の笠木一部防水工事を実施しているが，オリジネーターにおいて，雨漏りが発生した本件貸室の雨漏りが止んだのか，７月工事が奏功したのかなどを確認することもなく，工事の完了については，平成２６年９月に至るまで，被告Ｙ１及びＤに明確に伝えていなかったものである。
そして，被告Ｙ１及びＤらにおいて，雨漏りが発生するかもしれないという不安を抱いていた状況の中，ようやく工事が終わったと聞いて間をおかずに，３か月前と同じ場所から雨漏りが発生しているものである。このような状況に照らすと，平成２６年９月の時点で，被告会社が，原告に対して説明義務を果たすよう求めるのは当然であって，雨漏りの修繕が実施されるまで賃料を支払わない，賃料の支払を拒むと考えることにも一定の理由があったものである。
また，前記認定事実(3)(4)のとおり，全面防水工事が実施されたのは，１０月後半になってからであり，散水テストによって，漏水していないことが確認できたのも，１２月になってからと，漏水への対策が確認できたのも最初の雨漏り①から半年以上も経過している。雨漏りの原因を調査するのは難しいものであることを考慮しても，原告における雨漏り対策が遅いことは否めず，その間に，実際に居住している被告Ｙ１及びＤに対する説明が丁寧になされていたとは言い難い。
さらに，前記認定事実(4)(5)のとおり，その交渉経緯についてみると，被告代理人から，相殺の通知書を送付して，相殺を主張している中で，催告することなく，被告会社及び被告Ｙ１の預金を仮差押えして，解除を通知している。雨漏りに対する修理としては一定の完了をしているものの，本件貸室の内部については修繕が終了していない段階から，このような対応に出ることが相当とはいいがたく，原告の対応は性急に過ぎるものと認められる。
他方で，前記認定事実(5)のとおり，被告会社は，これまで，賃料等の支払を滞納したことはなく，平成２７年４月分以降は継続して賃料及び駐車場料金を支払い続けており，支払能力及び意欲は十分にあるものと認められる。加えて，被告Ｙ１及びＤらは，７歳から１７歳までの子供４人と同居しており，同じく千駄ヶ谷にある被告Ｙ１の職場と近接している場所で，同様の住居を見つけることは難しく，本件貸室での居住を強く希望していることから，支払意思は強いものである。
(3) 　以上によれば，確かに，被告会社から原告に対し，明示的に相殺の主張をする以前から賃料を支払わなかったこと，前記２のとおり，相殺の抗弁が認められる金額は１１万２８２０円であり，被告会社において支払わなければならない賃料は相当高額に及んでいることが認められるものの，交渉段階ではどの程度認めらうるか判明しないことに照らせば，必ずしもこれらの事情により，無催告解除が肯定されるものではない。
以上のような賃料未払に至る経緯，今後の賃料支払の可能性，被告会社における占有状況などに照らすと，被告会社において，背信性があったと認めることはできず，原告による被告に対する無催告解除は認められないものと解するのが相当である。したがって，解除を前提とした明渡義務の履行遅滞に基づく損害賠償請求も認められない。
第４　結論
以上のとおり，原告の本件請求は，主文掲記の限度において理由があるから認容し，その余の請求については理由がないから棄却し，訴訟費用の負担につき民訴法６５条，６４条本文，６１条を適用して，主文のとおり判決する。なお，仮執行宣言は相当ではないからこれを付さない。
東京地方裁判所民事第３３部
（裁判官　髙橋祐子）

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