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裁判年月日 平成23年12月 6日 裁判所名 大阪高裁 裁判区分 判決
事件番号 平２３（ネ）２２９９号
事件名 損害賠償請求控訴事件
文献番号 2011WLJPCA12066007
裁判経過
上告審 平成24年 4月24日 最高裁第三小法廷 決定 平２４（オ）３７５号・平２４（受）４５０号
第一審 平成23年 7月 4日 京都地裁 判決 平２２（ワ）１５５７号 損害賠償請求事件
出典
裁判年月日 平成23年12月 6日 裁判所名 大阪高裁 裁判区分 判決
事件番号 平２３（ネ）２２９９号
事件名 損害賠償請求控訴事件
文献番号 2011WLJPCA12066007
東京都港区〈以下省略〉
控訴人 株式会社Ｙ
同代表者代表取締役 Ｅ
同訴訟代理人弁護士 宮道佳男
同 稲垣智彦
京都市〈以下省略〉
被控訴人 Ｘ
同訴訟代理人弁護士 塩見卓也
主文
１ 本件控訴を棄却する。
２ 控訴費用は，控訴人の負担とする。
事実及び理由
第１ 控訴の趣旨
１ 原判決を取り消す。
２ 被控訴人の請求を棄却する。
３ 訴訟費用は，第１，２審を通じ，被控訴人の負担とする。
第２ 事案の概要
１ 本件は，控訴人の従業員であった被控訴人が，控訴人に対し，控訴人が労働契約に反して被控訴人の自宅を事務所として勤務するよう命じ，被控訴人の就業場所を確保しなかったという，控訴人の故意又は過失によって生じたやむを得ない事由により，被控訴人による労働契約の解約を余儀なくされたと主張して，民法６２８条に基づく損害賠償として，上記解約による労働契約終了の日の翌日である平成２２年２月１日から労働契約の本来の終期であった同年９月３０日までの賃金相当額である２３６万３８７２円及びこれに対する請求の日（平成２１年１２月２９日）より後の日である平成２２年２月１日から支払済みまで商事法定利率年６分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
原審は，上記解約が控訴人の故意又は過失によるやむを得ない事由によるものであるとして被控訴人の請求を認容したため，控訴人がこれを不服として控訴を申し立てた。
２ 前提事実及び争点（当事者の主張を含む。）は，次のとおり改め，当審における当事者の主張を後記３に付加するほかは，原判決「事実及び理由」中の第２の１及び２（原判決２頁１３行目から８頁１１行目まで）に記載のとおりであるから，これを引用する。
(1) 原判決３頁１８行目の「新たな契約である本件労働契約を締結した。」を「新たな労働契約を締結した（以下，この労働契約を「本件労働契約」という。）。」に改める。
(2) 原判決４頁４行目から５行目にかけての「Ｄは，」を「Ｄを通じて，」に改める。
(3) 原判決４頁６行目から７行目にかけての「在宅勤務とする自宅事務所勤務命令を伝えた。」を「在宅勤務とすることを通告した（以下，この命令を「自宅事務所勤務命令」という。）。」に改める。
(4) 原判決４頁１０行目から１１行目にかけての「本件解約告知をする」を「解約告知をする（以下「本件解約告知」という。）」に改める。
(5) 原判決４頁１４行目及び１９行目の各「故意過失」をそれぞれ「故意又は過失」に改める。
(6) 原判決５頁１行目の「その旨」を「勤務地を大阪事務所とする旨」に改める。
(7) 原判決６頁９行目の「故意過失」を「控訴人の故意又は過失」に改める。
(8) 原判決７頁１５行目の「被告は，」の次に「被控訴人が自宅事務所勤務命令に対して当初反対する様子がなかったため，提案しなかったものの，」を加える。
３ 当審における当事者の主張
（控訴人）
自宅事務所勤務命令はやむを得ないものであるから，本件解約告知にはやむを得ない事由がない。
(1) 自宅事務所勤務命令は，控訴人の経営合理化を図りつつ，被控訴人に対する解雇回避努力義務を果たした結果である。
ア 控訴人内部では，Ｂの退職後，当初は，大阪支社は廃止し，妻子と共に京都在住で，東京の本社に転勤させるのが困難である被控訴人については解雇もやむを得ないと考えられていた。これは，Ｂの退職後，ａクリニック及びその関連会社の業務の大部分を本社で引き受けたため，大阪支社に一人残った被控訴人が担当する業務はわずかなものにすぎず，支社単体では経費すら賄えない状況であったこと，被控訴人の顧客である株式会社ｊの経営破綻により６０６万９０００円の不良債権が発生していたこと，大阪の広告業務は本社で進めることも可能であることによる。
しかし，控訴人の当時の代表者であるＧは，被控訴人を失業させることに強く反対した。そのため，大阪事務所は維持し，被控訴人の雇用も維持するが，可能な限り経費を抑える方法を模索することとしたが，新事務所を借りるのは採算に合わなかったことから，自宅勤務との方針となったものである。
控訴人には資産もあり，優良会社と評価し得るが，平成１６年と平成２１年とを比べると，売上高が３５．５パーセント減，経常利益が６０パーセント減，純利益が６５パーセント減となっており，このような傾向が同じペースで続けば，近い将来赤字に転落し，会社資産を食いつぶしていくことが必定である。したがって，相当大幅な経営合理化策を打ち出す必要に迫られていた。
イ 本件は，整理解雇を行った場合には有効とも評価し得る事案である。整理解雇が検討されるような状況においては，仮に勤務地を限定する合意があったとしても，その合意に拘束されるとすることは妥当でなく，配転を命じることにやむを得ない理由がある。
勤務地を限定する合意があった場合には，解雇を回避するための配転を要しないとすれば，勤務地を限定する合意がない場合には，配転等の検討が解雇回避努力義務との関係で重視されることと比べて著しい不均衡が生じ，妥当でない。
ウ 労働条件通知書には，就業場所を大阪事務所とする旨記載されているが，大阪市内とは記載されておらず，そのように解する必然性もない。被控訴人の自宅は，大阪の△△まで１時間かからない立地であり，大阪の郊外に事務所を設けるよりも，はるかに合理的といえる。
(2) 自宅事務所勤務命令による被控訴人の不利益は大きなものではない。
ア 被控訴人の収入に与える変化は大きなものではない。
広告・出版業界の不況を受け，被控訴人の給与において能率手当の占める割合は低く，しかも，明らかな減少傾向にあった。したがって，仮に自宅勤務となることを原因として売上げが減少するとしても，その割合は相対的に小さいと考えられ，整理解雇になった場合と比べると，固定給を受け取ることのできるメリットは極めて大きい。しかも，支給されている給与額は，年間５００万円近くで，被控訴人が大卒で３０代半ばないし後半の男性であることを考慮しても，不相当に低いとはいえない。
イ 被控訴人の顧客対応に関する負担増は受忍限度を超えるものではない。
小規模の事業体において，取引の維持に重要な影響をもたらすのは，個々の担当者間のつながりであり，また，取引の量がそれほどでないことからしても，大阪の顧客の仕事をするのに，必ずしも大阪市内に事務所を設ける必要はない。控訴人は，被控訴人の業務内容及び売上げ状況を常時把握した上で，事務所を借りる必要性はないと判断している。
ウ 被控訴人の私生活への影響は受忍限度を超えるものではない。
被控訴人の顧客は３社程度で，常時業務があるわけでもない。被控訴人の業務は他にほとんどなく，顧客の新規開拓も禁止されている。したがって，書類の分別等の負担はほとんど生じない。また，常時在宅を命じるものでも，顧客の事務所，喫茶店等での打合せ等を禁止するものでもない。携帯電話や電子メールの利用も考慮すると，私生活への影響は小さい。
（被控訴人）
(1) 自宅事務所勤務命令が解雇回避努力義務を果たした結果であるとの控訴人主張について
ア 本件労働契約は，自宅での勤務を命じることのできない契約であったから，仮に被控訴人が自宅での勤務を受け入れないなら整理解雇しかないという状況だったのであれば，その旨の説明を行った上で，改めて，自宅での勤務についての合意を得るための努力を行うべきであった。それにもかかわらず，控訴人は，上記の説明をしていないから，整理解雇を回避するのにやむを得なかったといえる余地はない。
イ 控訴人は，完全無借金経営，毎年度黒字決算で，株主への配当を毎年度２０００万円行ってもなお，利益剰余金が２億３６００万円まで積み上がっている。
控訴人の大阪支社についても，主にａクリニック及びその関連会社から発注を受けた業務を行うことにより，十分な利益が出ていた。控訴人は，Ｂの退職後，その業務の大部分を本社で引き受けたと主張するが，実際には，Ｂが設立した，大阪市所在の株式会社ｋに，従前の控訴人大阪支社と同じ業務を行わせている。これは，当該業務は引き続き大阪で行う必要があったことを示すものであり，従前どおり控訴人大阪支社が当該業務を行っていれば，大阪支社は間違いなく黒字になっていたといえる。
したがって，控訴人には，人員削減の必要性はなかった。
ウ 控訴人は，株主のＥ一族への配当や役員報酬の削減も検討せず，労働者にのみ不利益を強いる自宅事務所勤務命令を行ったのであり，自宅事務所勤務命令は，解雇回避努力義務を果たした結果とはいえない。
エ 被控訴人の京都の自宅は「大阪事務所」といえるとの控訴人主張は，常識に反する。
(2) 自宅事務所勤務命令による被控訴人の不利益に関する控訴人主張について
自宅での勤務は，給与全体に占める能率手当の割合の高低にかかわらず，確実に能率手当収入を減少させる要因となるものである。
その他被控訴人の不利益の程度が大きくないとして控訴人が主張する点は，いずれも本件労働契約の拘束力にかかわらず，被控訴人が自宅での勤務を受け入れなければならない理由となるものではない。
第３ 当裁判所の判断
１ 争点(1)（本件解約告知が，控訴人の故意又は過失によるやむを得ない事由によるものであったか否か）について
(1) 前記前提事実(2)及び弁論の全趣旨によれば，控訴人の大阪事務所は，その前身である大阪支社が平成１４年に開設されて以来，大阪市ｈ区に事務所を有し，被控訴人も，平成１６年の入社以来，一貫してその事務所に勤務してきたことが認められる。また，証拠（甲１８，乙１，被控訴人本人（人証については，原審のものである。以下同じ。））によれば，その間の被控訴人の業務内容は，ａクリニック関連の広告全般の管理のほか，その他の企業から雑誌広告の発注を受けるべく営業活動を行うというもので，被控訴人は，控訴人の事務所と，そこから徒歩５分程度の場所にあるａクリニック大阪院とを行き来するほか，商談や打合せを，主に大阪市内にある顧客や広告の制作会社の事務所のほか，控訴人の事務所近くの喫茶店や，控訴人の事務所で行っていたことが認められる。
そのような経緯がある中で，本件労働契約は，前記前提事実(4)のとおり，控訴人の大阪事務所につき，平成２２年１月末日で現事務所を退去し，同年２月以降は，別の事務所を賃借してそこを大阪事務所とするとの説明がＤからなされた上で締結されている。本件労働契約に係る労働条件通知書（甲３）及び雇用契約書（甲４）には，前記前提事実(5)のとおり，被控訴人の就業場所ないし勤務地を大阪事務所とすることが明記されている一方，自宅を事務所として勤務することを念頭に置いていると解される記載は見当たらない。また，そのような記載は，就業規則（甲２）や，控訴人入社当時の雇入通知書（甲１）にも見当たらない。
そもそも，労働者は，特段の事情がない限り，私生活の場である自宅を，勤務先の事務所に代わる就業場所として提供すべき義務を負うことはないと解されるところ，本件においては，以上にみた点のほか，本件全証拠に照らしても，そのような特段の事情を見出すことはできない。
就業規則によれば，控訴人は，同９条に基づき，配転命令権を有しているものと認められるが，以上の検討からすれば，本件労働契約上，自宅を事務所として勤務させることは予定されておらず，配転命令権の行使としても，被控訴人の就業場所と定められた大阪事務所を被控訴人の自宅とすることはできないというべきである。
(2) 控訴人は，自宅事務所勤務命令は，整理解雇を回避するためになしたものである旨主張する。しかし，控訴人も自社を優良会社であると自認するように，本件全証拠によっても，控訴人が整理解雇を要する経営状況にあったとは認め難い。控訴人の大阪事務所単体について検討してみても，本件労働契約は，前記前提事実(4)のとおり，従業員が被控訴人１人で，平成２２年以降も新たなに小さな事務所を賃借して大阪事務所を運営していくことを前提に締結されたものといえるところ，本件労働契約が締結された平成２１年９月から，その後自宅事務所勤務命令がなされた同年１２月までの間に，経営環境等においてどのような事情変更があったのかにつき，合理的な説明はされていないというほかない。控訴人は，新事務所を借りるのは採算に合わなかった旨主張するが，被控訴人から賃借物件に関する資料を一度送付させた（甲５）以外に具体的に調査・検討をした形跡がなく，事情変更の説明としては十分なものといい難い。したがって，控訴人の上記主張は採用できない。
(3) 控訴人は，自宅を事務所とすることによる被控訴人の不利益は大きなものではない旨主張する。しかし，前記(1)のとおり，被控訴人は，控訴人の事務所に代わる就業場所として自宅を提供すべき義務を負わないというべきであるから，控訴人の上記主張は失当である。
(4) 以上のとおり，自宅事務所勤務命令は本件労働契約上命じることができないものと解される上，その内容は，労働条件の重大な改変といえる。また，自宅事務所勤務命令がなされた平成２１年１２月２５日の時点で，当時の大阪事務所の賃借期間の満了まであと１か月余りしかなく，年末年始の休業期間も併せ考えれば，本件解約告知は，平成２２年２月以降の就業場所が確保されていない状況において余儀なくされたものであり，これは，やむを得ない事由によるものというべきである。
(5) なお，控訴人は，自宅事務所勤務命令につき，被控訴人には当初反対する様子がなかった旨主張し，Ｄの証言には，これに沿う部分がある。しかし，証拠（甲１６，１７の１ないし１７の６，被控訴人本人）によれば，被控訴人は，自身が在宅勤務になる可能性があるとのうわさを聞き，在宅勤務を命じられた場合にはそれを受諾できないと考え，平成２１年１１月１１日ころ以降，その場合の対応につき弁護士に相談していたことが認められ，上記認定事実によれば，被控訴人が自宅事務所勤務命令につき当初反対する様子がなかった旨の控訴人の主張は採用できない。
(6) そして，上記判示したところによれば，控訴人は，平成２１年１０月以降の大阪事務所の態勢につき，いったんは，従業員が被控訴人１人で，小さな事務所を賃借して大阪事務所を運営していくことを前提として本件労働契約を締結しておきながら，そのわずか約３か月後に本件労働契約に反する自宅事務所勤務命令をなしたものである上，就業規則上，自宅を事務所として勤務することを念頭に置いていると解される規定は一切なく，ほかにも自宅事務所勤務命令が本件労働契約に違反しないと判断することにつき合理的理由は見出し難い。そうすると，本件解約告知は，控訴人の少なくとも過失によるやむを得ない事由によるものであったというべきである。
２ 争点(2)（損害の有無及び額）について
(1) 被控訴人は，上記判示のとおり，本件解約告知を余儀なくされたことから，これにより，本件労働契約に基づく賃金請求権を喪失したというべきであり，本件に表れた諸般の事情を総合考慮すれば，同告知による労働契約終了日の翌日である平成２２年２月１日から本件労働契約の本来の終期であった同年９月３０日までの８か月分の賃金相当額を，本件解約告知を余儀なくされたことと相当因果関係のある損害として認めるのが相当である。
そして，証拠（甲８）によれば，被控訴人の退職前１年間の交通費込みの賃金は月額平均３２万７０５４円であったこと，被控訴人に支給されていた交通費の額は月額３万１５７０円であったことがそれぞれ認められる。そこで，上記３２万７０５４円から交通費分を差し引くと，２９万５４８４円となる。
そうすると，被控訴人には，本件解約告知を余儀なくされたことにより，月額２９万５４８４円の８か月分である２３６万３８７２円の損害が生じたというべきである。
(2) 控訴人は，上記期間中被控訴人が労務提供をしていない旨指摘する。しかし，本件は，賃金を請求するものではなく，労働契約の解約を余儀なくされたことによる損害賠償を請求するものであるところ，被控訴人の逸失利益として賃金相当額の損害が認められるのであるから，控訴人が指摘する点は，上記判断を覆すものではない。
(3) 控訴人は，被控訴人が他社に勤務していると主張し，次の仕事場を確保している旨記載した，被控訴人のＤ宛電子メール（乙４）を証拠として提出する。これに対し，被控訴人は，その本人尋問において，実際には平成２２年９月末まで仕事は決まっていなかった旨供述しており，他に被控訴人が平成２２年９月末までに就労していたことを認めるに足りる証拠はないから，抽象的な内容にとどまる上記電子メールに基づき，控訴人の上記主張を採用することはできない。
３ 結論
以上の次第で，被控訴人の請求は理由があるから，これを認容した原判決は相当である。
よって，本件控訴を棄却することとし，主文のとおり判決する。
大阪高等裁判所第１２民事部
（裁判長裁判官 安原清藏 裁判官 中尾彰 裁判官 和田健）
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