裁判年月日 平成23年 9月21日 裁判所名 東京地裁 裁判区分 判決
事件番号 平21(ワ)41701号
事件名 地位確認等請求事件 〔ジェイ・ウォルター・トンプソン・ジャパン事件〕
裁判結果 認容 上訴等 控訴 文献番号 2011WLJPCA09218004
要旨
◆被告会社のクリエイティブディレクターとして採用されクリエイターを統括するチームリーダーであった原告が、前訴において退職の合意があったとする被告の主張が排斥されて原告の地位確認及び賃金等支払が命じられていたところ、さらに被告会社が原告に退職勧奨などをして職場復帰に応じないままに解雇したことから、雇用契約上の地位確認、前訴以降の賃金等の支払を求めた事案において、普通解雇さらには整理解雇のいずれの点からも解雇の合理性を否定し、前訴判決後の原告に対する被告会社の対応が不法行為を構成するとして精神的損害も含めて原告の請求を全て認容した事例
出典
労判 1038号39頁
評釈
慶谷典之・労働法令通信 2263号22頁
高橋賢司・労働法学研究会報 2527号32頁
君和田伸仁・ジュリ増刊(実務に効く労働判例精選) 100頁
参照条文
労働契約法16条
民法709条
民法710条
裁判年月日 平成23年 9月21日 裁判所名 東京地裁 裁判区分 判決
事件番号 平21(ワ)41701号
事件名 地位確認等請求事件 〔ジェイ・ウォルター・トンプソン・ジャパン事件〕
裁判結果 認容 上訴等 控訴 文献番号 2011WLJPCA09218004
東京都町田市〈以下省略〉
原告 X
同訴訟代理人弁護士 水口洋介
東京都渋谷区〈以下省略〉
被告 Y株式会社
同代表者代表取締役 A
同訴訟代理人弁護士 岡田和樹
同 伊藤多嘉彦
同 小林貴
主文
1 原告が,被告との間で,労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。
2 被告は,原告に対し,平成21年11月25日以降本判決確定の日まで,毎月25日限り,90万3640円及びこれらに対する各支払日の翌日から支払済みまで年6%の割合による金員を支払え。
3 被告は,原告に対し,平成21年12月から本判決確定の日まで,毎年7月20日及び12月20日限り,各168万4000円及びこれらに対する各支払日の翌日から支払済みまで年6%の割合による金員を支払え。
4 被告は,原告に対し,30万円及びこれに対する平成21年10月15日から支払済みまで年5%の割合による金員を支払え。
5 訴訟費用は,被告の負担とする。
6 この判決は,第2項及び第3項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 請求
主文同旨
第2 事案の概要等
1 事案の概要
本件は,原告が,被告から解雇通知を受けたことから,被告に対し,① 雇用契約上の地位の確認,② 雇用契約に基づく平成21年11月分からの賃金(毎月90万3640円)とこれらに対する各支払期日の翌日から支払済みまで商事法定利率年6%の割合による遅延損害金,③ 雇用契約に基づく平成21年12月からの賞与(毎年7月20日及び12月20日限り各168万4000円)とこれらに対する各支払期日の翌日から支払済みまで商事法定利率年6%の割合による遅延損害金,④ 被告による退職強要や就労拒否等の行為によって,原告が精神的苦痛を被ったとして,不法行為に基づく慰謝料30万円とこれに対する本件解雇通知がなされた日である平成21年10月15日から支払済みまで民法所定の年5%の割合による遅延損害金の支払を求めている事案である。
2 前提事実(当事者間に争いがないか,括弧内掲記の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認定可能な事実)
(1) 原告採用の経緯等
ア 被告は,アメリカ合衆国を本拠とし,世界的に広告事業を展開するa社の日本法人であり,昭和33年4月に設立された外資系の広告会社である。
イ 原告は,平成16年4月15日,b社が保有するヘアケア用品のブランドの1つである「○○」を担当するクリエイティブディレクター(以下「CD」という。)として被告に採用された(甲1)。
ウ 原告の職務内容は,広告表現の企画と制作を担当するクリエイティブ部門において,言葉に関する表現全般を担当するコピーライター,ビジュアルに関する表現全般を担当するアート・ディレクター等のクリエイターを統括するチームリーダーである。
エ 採用時の原告の賃金は年収1400万円(その内訳は,月額分として基本給56万円,家族手当1万9000円,昼食手当3000円,管理職手当28万9000円,住宅手当1万5000円。7月20日及び12月20日に支給される賞与分として各168万4000円。)であったが,その後,EPF手当月額8680円が加わり,また,管理職手当が月額29万7960円に増額された結果,年収1421万1680円(合計月額分90万3640円,賞与分各168万4000円)となった(甲3,4)。
(2) 1度目の退職勧奨から労働審判に至る経緯
ア 被告は,平成18年3月7日,原告に対して,被告の業績悪化及び原告の勤務成績不良を理由として退職勧奨をし(以下「前件の退職勧奨」という。),同年7月ころからは原告を仕事から外した。
イ 原告は,平成18年11月28日,東京地方裁判所(以下「東京地裁」という。)に対し,被告を相手方として,退職勧奨の禁止及び原告の仕事を取り上げないことを求める労働審判(東京地裁平成18年(労)第215号)を申し立てたが,被告が,原告との間には退職合意が成立しており,もはや雇用契約は終了した旨を主張するなどしたため,原告は,話合いによる解決の余地がないと考え,別途,訴訟を起こすこととして,同労働審判の申立てを取り下げた(乙28)。
(3) 保全処分申立てに関する経緯
ア 被告は,平成19年2月14日,原告に対し,同年1月25日限りで雇用関係は終了したので被告社内に立ち入ることを禁じる旨の通知をし,同年2月分以降の給料の支払を停止した。
イ 原告は,東京地裁に対し,賃金仮払い等を求める旨の仮処分を申し立て(東京地裁平成19年(ヨ)第21026号),同年4月13日,被告に対し,平成19年4月から平成20年3月まで1か月48万円の仮払を命ずる仮処分決定を得た。
ウ その後,原告は,東京地裁に対して同様の申立てを行い(東京地裁平成19年(ヨ)第21137号),平成20年1月9日,原被告間において,被告が原告に対し,① 平成19年12月分の賞与の内金として49万7714円を,② 平成20年4月から本案訴訟の第1審判決言渡しまで1か月48万円をそれぞれ支払う旨の和解が成立した。
エ さらに,原告は,本案訴訟(後述の前件訴訟)の第1審判決後,東京地裁に対し,同様の申立てを行い(東京地裁平成20年(ヨ)第21086号),平成20年9月5日,被告に対し,本案訴訟の控訴審判決があるまで1か月48万円の仮払を命ずる仮処分決定を得た。
(4) 1度目の訴訟の経緯
ア 原告は,平成19年6月6日,東京地裁に対し,被告を相手方として,雇用契約上の地位確認,賃金・賞与の支払,慰謝料の支払を求める訴訟を提起した(東京地裁平成19年(ワ)第14207号事件。以下「前件訴訟」という。)。被告は,退職合意が成立していた等と主張してこれを争っていたが,東京地裁は,平成20年7月29日,慰謝料額を60万円の限度で認容(請求額は100万円)することとしたほかは,原告の請求を全て認める旨の判決をした(甲6)。
イ 被告は,この判決を不服として控訴したものの(東京高等裁判所平成20年(ネ)4130号),同裁判所は,平成21年4月23日,被告の控訴を棄却する旨の判決をした(甲7)。
ウ これに対し,被告は,上告受理申立てをした上で,原告との訴訟外での話し合いによる解決を図るべく交渉したが,解決に至らなかったことから判決を履行することとし,平成21年7月3日,上告受理申立てを取り下げ(甲8),同月10日,原告に対し,上記判決で命じられた金額から既払分を控除した額を遅延損害金とともに原告に支払った(甲9)。
(5) 2度目の退職勧奨及び2度目の訴訟に至る経緯
ア 被告は,平成21年7月16日付けで,原告に対し,企業年金・退職一時金,未消化の有給休暇の買上げ,特別退職金の合計1204万3402円(税込み)の支給を条件とする退職勧奨をした(以下「本件退職勧奨」という。甲9)。なお,これは,被告が平成21年2月から別途実施した希望退職募集(以下「別件希望退職募集」という。)の際に,被告が対象従業員に対して提示した条件と同じである。
イ 原告は,平成21年7月24日,被告に対し,職場復帰を求める通知を送付した(乙20)。これに対し,被告は,同年8月28日,原告と原告代理人に対し,面談をして退職勧奨の提案の経緯や理由を直接説明したが,原告は,退職勧奨には応じられない旨を回答した。
ウ 被告は,平成21年10月15日,原告に対し,同年11月15日をもって解雇する旨の通知(以下「本件解雇通知」という。)をした(以下,本件解雇通知に基づく解雇の意思表示を「本件解雇」という。甲5)。なお,被告は,原告に対し,同日までの月額分給与と被告規程に基づく通常の退職金については支払済みである。
エ 原告は,平成21年11月18日,東京地裁に対し,本件訴訟を提起した(以下「本件提訴」という。)。
3 本件の争点及びこれに対する当事者の主張
(1) 本件解雇の性質ないしいわゆる整理解雇法理の適否について
【被告の主張】
本件解雇は,原告が採用時に期待された能力を欠いていたことが重要な解雇理由となっている。これに加えて,被告の経営が危機的な状況にあったことも解雇理由となっている。解雇が有効とされるには,客観的に合理的な理由があり,社会通念上も相当といえなければならないが(労働契約法16条),原告が主張する「整理解雇の4要件」が充足されなければならないとする理由はない。特に,転々と会社を移ってキャリアアップを図ってきた原告のような労働者の場合は,「整理解雇の4要件(要素)」が前提とする「終身雇用」や「年功序列」とは無縁であり,また,本件では,原告の能力不足が重要な解雇理由とされているのであって「労働者に責任がない解雇」とはいえないから,「整理解雇の4要件(要素)」を適用する前提を欠くというべきである。
【原告の主張】
本件解雇は,労働者には何ら責任がないにもかかわらず,経営上の都合に基づいて行われる解雇であって,整理解雇であり,いわゆる「整理解雇の4要件」を具備している必要があるというべきである。
被告は,当初,原告が主張する4つの点を整理解雇の4「要件」と解すべき法律上の根拠は全くなく,「要素」と解すべきであるとしてその充足性を論じた上で,本件解雇は有効である旨を主張していたのであり,本件解雇通知においても,人員削減の必要性及び解雇対象者の選定基準を説明していたのであり,被告自身が作成した原告に係る雇用保険被保険者離職票にも,「会社業績悪化により退職勧奨を行ったが応じず解雇に至る」との記載があり,被告代表者も,要するに,経営悪化による人員削減の必要性があり,また整理解雇の必要性があったために,能力評価により原告を被解雇者として選定したと述べているのであって,整理解雇を前提としていたものと解される。
(2) 解雇事由としての原告の能力不足ないし整理解雇に関する人選の合理性
【被告の主張】
ア 「○○」について
原告は,高度の技術・能力を評価されて特定のポスト・職務のための即戦力として,被告の極めて重要な顧客であるb社のブランドである「○○」を担当するために,当時在籍していたCDの中で2番目に高額な年収1400万円という給与でCDとして採用された。ところが,原告が「○○」を担当するようになってから,同ブランドのマーケットシェアは5.14%から3.61%と右肩下がりに約3割も減少した。b社は,広告が売上増にどう結びつくかということに厳しい顧客であり,原告が,平成17年秋には「○○」の担当を外され,その後,復活の要請がなかったのは,b社が原告の仕事に強い不満を抱いていたためであることは明らかである。現に,被告のシンガポールのCDが「○○」を担当したのはワンプロジェクトで数か月ぐらいのことであり,現在は,以前,被告で「○○」を担当していたB・CD(以下「B」という。)が再び担当している。
イ 「c社」,「d社」について
原告が担当したクライアントの1つである「c社」については,クライアント側から,原告がリクエストを頑固に拒み,やってほしいことをなかなか実現してくれないという理由で,担当CDの変更を求められたため,被告は,原告をその担当から外した。
「d社」についても,同様の問題があった。当時の原告の上司でありエグゼクティブ・クリエイティブ・ディレクター(以下「ECD」という。)であったC(以下「C」という。)によれば,原告は,プレゼンテーションに説得力がなく,チームとなじんでいない印象であったとのことであり,結局,一度も新たな仕事を依頼されることがなかった。
ウ 「e社」について
被告は,平成18年1月から2月ころにかけて,D・CD(以下「D」という。)・Bのチーム(以下「D・Bチーム」という。)と,当時○○の担当を外れて時間的に余裕のあった原告のチームを指名して,e社社に関わる社内コンペを実施した。しかし,原告は,同社のビジネス上の課題を解決,またはビジネスの機会を拡大するようなアイディアを提示できなかったことから,当時のE社長(以下「E社長」という。)が激怒した。結局,同社長は,F(営業等を担当するアカウント・マネジメント部門のe社担当アカウント・ディレクター。以下「F」という。)らと相談の上,例えば“What if”(もし~だったらどうなるか)というテーマで考え直してみてはどうかと原告に提案し,さらに,Fが簡単な資料を作って原告にその意味を説明した。ところが,数日後に原告から出されたアイディアの1つは,1枚の紙に「へのへのもへじ」を書いたものであり,納得できる説明が全くなかったため,E社長が再び激怒し,これに対して原告は泣いて謝罪したのである。
エ 原告の年収と勤務成績について
結局,原告は,平成17年秋には○○の担当を外れ,それ以後は特に評価をされるような仕事をしておらず,1400万円の年収に見合った業績を上げることができなかったのであり,その勤務成績も,当時9名いたCDの中では最劣位にランクされていた。そして,平成21年の時点で,改めて原告に対する評価を見直したが,その評価は変わらなかった。
【原告の主張】
ア 「○○」について
「○○」のブランドシェアは,株式会社総合企画センター大阪が公表した資料によれば,ほぼ変動はなく,株式会社富士経済が公表した資料によれば,5.9%(平成15年)から6.6%(平成16年)と上がっており,その後,6.3%(平成17年),5.3%(平成18年)というように,むしろ,原告が担当を外れた平成18年以降にシェアが落ち込んでいる。また,原告は,平成17年からは,シャンプー/コンディショナーに加えて,ヘアスタイリングやカララントも担当する総合CDとなったが,ヘアスタイリング剤のシェアは,6.2%(平成16年)から6.5%(平成17年)へと伸ばしている。何よりも,原告が在籍中にシェアのことを指摘されたことは一度もない。原告が「○○」の担当を外れたのは,専らb社側の事情である。「○○」はb社の運営の中心をシンガポールに移したため,自動的に被告グループのシンガポール支社のCDが担当することになったのである。
イ 「c社」,「d社」について
「c社」は,原告がリーダーとなった競合プレゼンテーションで獲得した仕事であった。その後,原告が担当から外されたが,そのときは原告だけでなく営業担当者も全員外されており,原告に問題があったわけではない。コピーライターが残ったというが,結局,被告はこの「c社」から撤退しているのであるから,原告の仕事ぶりが評価されなかったということが原因ではないことは明白である。このようなことは,広告代理店のクリエイティブの仕事にはよくあることで,クリエイターの評価がいちいち下げられることはない。現に,G・CD(以下「G」という。),B,Dもクライアントをなくしている。
「d社」についても,「c社」と同様に外資系のクライアントであるが,原告は,社内的にも社外的にも,外資系企業のやり方について適合できなかったことは一切なかった。
ウ 「e社」について
「e社」は,もともと原告の担当ではなく,急遽,社内コンペに参加することになり,実質的には3週間程度の期間で行った仕事である。結果的に,E社長及び営業からは評価されなかったことは事実であるが,Cは「営業はああ言ったけど,俺はいいと思ったよ。」とも言っていた。そもそも,この短期間の単発の仕事が評価されなかったということだけでは,客観的で合理的な解雇の理由にならないことは論を待たないというべきである。現に,被告の他のCDも,社内コンペに参加し,選ばれなかったことがある旨を自認している。
エ 原告の年収と勤務成績について
原告は,前件の退職勧奨を受ける前までは,被告の人事評価(以下「コンパス」という。)上,5段階で上から2番目の4であった(平成16年度及び平成17年度)。4とは,会社の業績レベルでは,「期待以上」,「業績優秀,スターになる途中」と評価されている。原告が前件の退職勧奨を受けた後である平成18年度のコンパスは2であるが,これには原告の署名がなく,被告がすでに退職勧奨をしていた原告を強引に退職させようとしており,仕事を取り上げられ,故意に低評価をされたものであるから,これを人選の理由とするのは合理的でないというべきである。
(3) 解雇事由としての被告の経営悪化・整理解雇に関する人員削減の必要性
【被告の主張】
ア 被告の経営の急激な悪化
被告の売上高は年々減少を続けており,経常利益は,平成18年以降,赤字に転じるようになった。こうした被告の経営悪化にはさまざまな要因があるが,日本の多くの広告会社が直面した問題と同様,被告においても,マスメディアの地盤沈下による広告業界の構造変化,クライアントの媒体購入におけるセントラル・バイイングの採用,リーマン・ショックによるクライアントの広告費の削減といった問題に直面し,また,被告のクライアントの多くを占める外資系クライアントの中には,日本よりも成長の可能性が高い中国やインドといった新興国に投資をシフトさせたといった要因が,被告の売上高減少につながったものと考えられる。
こうして,被告は,平成21年1月末ころ,売上高の大きな改善を望めない以上,人件費を削減しなければ,会社として存立できないと判断するに至った。
イ 人員削減及び組織再編計画
人件費削減の方法としては,全従業員の給与を一律に削減するという方法も検討したが,それではかえって優秀な社員の流出を促しかねず,現実的でないとの判断が下された。
そこで,被告は,効率的な損益管理・効果的な仕事量の調整のために,その組織体制を,従来の機能別の部門から顧客タイプ別のチームに分類し直し,各チームに割り当てられた顧客ベースを元に平成21年の売上高を想定し,赤字を回避できる人数を割り出したところ,会社全体で120名程度の人員が適正であり,30人程度の人員削減が必要であるとのアウトラインが導き出された。こうして,被告は,平成21年2月中旬ころまでに,人員削減の対象者として32名の従業員を選定した。
また,対象者については,本人の能力と適正を基準として選定することとし,個人的な好悪の感情に左右されないよう,複数の者が意見を交換し,過去の勤務成績や将来性を考えた上で慎重に選定した。
ウ 別件希望退職募集等の経緯
被告は,平成21年2月25日,原告を含む被告の従業員らで組織するY社労働組合(以下「組合」という。)に対して希望退職の募集を行う旨の通知書を交付し,対象者32名に対し,説明書及び退職合意書を示して希望退職への応募を求め,通常の企業年金・退職一時金に加え,① 賞与を含む年収の12分の1に勤続年数(1か月以上の勤務を1年に切り上げるが,18年を上限とする)を乗じた特別退職金,② 未消化の有給休暇の買上げを含むパッケージを提案した。また,6回にわたる団体交渉を行い,毎年組合に開示してきたマネジメント・アカウントの損益計算書に加え,平成18年度から平成20年度の財務会計上の損益計算書を開示した。なお,原告については,前件訴訟が係属中であったため,この時点では対象者には入っていなかった。
こうした希望退職募集の結果,26名が任意退職に合意した。また,1名は,本人の精神状況を考慮し,組合の強い要望を踏まえて対象から外し,本人の同意を得て職種変更を行った。さらに,もう1名は,同じ秘書業務をしていた派遣社員との契約を解除したため,対象から外した。残る4名については,やむを得ず解雇し,うち3名から提訴があったが,最終的には,提訴しなかった対象者も含めて,全員との間で退職和解が成立した。
エ 原告の復職の検討
被告は,前件訴訟の判決確定を受けて,原告を職場に復帰させることが可能であるか否かを検討することにした。この点,CDについては,平成21年初めの人員削減で6名となっていたが,さらに1名を削減して5名体制となっており,被告の経営状況からして,1名増やすという選択肢はとり得なかった。そこで,被告は,原告を解雇するか,原告を復職させて,他の1名を退職させるかを検討することとし,原告と他のCDを比較した。
ところが,原告の能力については前記のとおりであり,前件の退職勧奨の際,当時在籍していたCD9名の中で最劣位の評価を受けていた。また,CDには,顧客のニーズに応え,自分のチームのメンバーのモチベーションを高め,チームをリードしていく力が求められるところ,原告には,そうした指導力,柔軟性や創造力が欠けていた。
そのため,被告は,在籍していた5名のCDのいずれかを解雇し,原告を復職させることはできないと判断し,原告を解雇することにした。
【原告の主張】
ア 財務会計上の赤字規模について
世界的な事業を展開している被告企業のグループにおいては,グローバルの会計基準を採用しており,これによることで日本法人の売上げに付け替える部分も発生し,実質的に被告の経営状況を表す指標とされている。これをマネジメント・アカウントと呼び,被告社内の労使交渉も実質的な数値であるこのマネジメント・アカウントの数値をもとに行われている。この数値によれば,営業赤字になったのは平成20年度が最初であって,被告の主張は経営悪化を誇張したものである。
イ 被告の人員削減の経過に対する疑問
被告は,以上のような財務状況を理由として,組合に対し,平成21年の組織再編計画により人員数を118名とすると説明した上で(平成20年は147名),30名程度の人員削減を含む大幅な組織再編を行うとし,実際,32名に対して退職勧奨を実施した。
ところが,実際には,26名が希望退職に応じ,4名が解雇後に和解によって退職した上,退職勧奨の対象者とは別に,平成21年4月末と6月末に合計2名が退職するに至っているのであって,結局,本件解雇予告前に,32名の退職が実現していた。結局,会社の人員体制も115名になり,118名体制の目標も実現していたことになる。
また,CDについて,被告は,5名体制とする判断をしたというが,平成21年9月には,H・CDが心臓発作で入院し,復職しないまま平成22年3月に病気退職し,4名体制となった。しかも,この5名とは別に,平成21年3月にIを特定クライアントの開拓用の契約社員のCDとして雇い入れ,後日,その特定クライアントを開拓できなかったにもかかわらず,その後も業務委託社員として雇用し続けている。
しかも,被告は,65歳の定年後の従業員を2人雇い続けていたのであり(もっとも,この2人は,平成21年12月末に退職となっている。),しかも,そのうちの1人であるJは平成21年10月時点ですでに68歳でありながら,定年前と同じ1700万円もの高額年収者であった。
さらに,被告は,平成21年10月以降,16名以上もの新たな従業員を雇い入れており,被告にとっては10年ぶりという新卒採用も開始しているのであって,118名体制という目標自体も客観的なものでなかったことは明らかである。
(4) 整理解雇に関する解雇回避措置の相当性
【被告の主張】
原告は,CDとしての高い能力を発揮することを前提に採用されたのであるから,被告には配置転換を行う義務はないというべきである上,被告は,本件解雇直前に約30名の人員削減を行っていたのであるから,実際に配置転換する余裕もなかったのであり,本件退職勧奨において,税引き後の年収を上回る約1200万円もの条件を提示したのであるから,事案に照らして相当と考えられる解雇回避義務を尽くしたというべきである。
【原告の主張】
人員削減の必要性について指摘したとおりの事情からすると,被告は,解雇回避措置をとる以前の問題として,原告について,あえて解雇を選択する必要性がなかったことは明らかである。被告が,本件訴訟の途中から本件解雇の性格は整理解雇ではないと主張し始めたのは,整理解雇の4要件(要素)のうち,解雇回避努力を尽くしていないことを自覚したからにほかならない。
(5) 解雇の相当性ないし整理解雇に関する手続的相当性
【原告の主張】
被告は,前件訴訟において最高裁に上告するまで争い,原告に対して4年間ものキャリアブランクを生じさせた。しかも,仕事を取り上げた措置については,前件訴訟において,裁判所が,違法な退職強要に該当するとして被告に損害賠償を命じている。それにもかかわらず,被告は,敗訴確定後も,原告を復職させず就労させないまま,一方的に能力不足だと非難して本件解雇に及んだのである。このような本件解雇は,違法行為を行った被告が,原告に対して,さらに解雇という過酷な措置を行ったものであり,このこと自体が,使用者としての信義則に反し,解雇権濫用になるというべきである。
また,原告に対する説明は,文書と双方代理人立会下での面談1回のみであった。しかし,その際には,人件費削減目標を質問しても具体的に回答せず,人員体制についての説明もなく,単に退職条件の割増金額の説明に終始したのであり,十分な説明や協議が行われたとは到底いえない。
結局,本件解雇は,長年にわたり,前件訴訟で勝訴した原告を何とか職場から放逐したいと考え,全体の人員整理を奇貨として行ったものにほかならず,解雇権の濫用として無効である。
【被告の主張】
前件訴訟の結果を受けて,被告は,原告を職場に復帰させることができるかどうかを検討したが,原告には,採用の際に前提とされていたCDとしての能力が欠けているという評価は変わらなかったこと,平成21年における被告の経営状況が平成18年当時よりさらに悪化していたことから,原告を職場に復帰させることはできないとの結論に達した。そこで,被告は,原告に対し,手厚い退職条件を提示して本件退職勧奨をしたが,原告がこれに応じなかったために,やむを得ず解雇したものであって,人員整理を利用して原告を恣意的に解雇したわけではなく,解雇権を濫用したものではない。
仮に,本件に整理解雇の判断基準をあてはめるとしても,被告は,原告に対し,本件退職勧奨時に人員削減の必要性や原告を選定した理由を十分に説明した書面を交付し,原告代理人同席の下,原告とも面談を行って直接説明をする機会も設けているのであり,原告が所属する労働組合に対しても,6回にわたる団体交渉の中で人員削減の必要性や選定の理由を十分説明し,協議を重ねてきたのであるから,手続の相当性もあることは明らかである。
(6) 慰謝料請求権の有無ないしその額
【原告の主張】
原告は,専業主婦の妻と幼い双子の児童(うち1人には障がいがある。)を抱え,長年にわたって被告から出勤を禁じられ,経済的にも苦境に陥り,家族も苦しんできた。被告は,前件訴訟を経て,原告を退職させようとする被告の主張が不当であることが明らかとなったにもかかわらず,なおも退職を迫り,本件解雇通知を発して本件解雇に及んだのであり,これらの行為は不法行為を構成する。これにより,原告は著しい精神的苦痛を被ったのであり,その精神的損害を金銭に換算すれば,少なくとも30万円は下らない。
【被告の主張】
原告には就労を請求する権利はないのであるから,被告が原告を就労させなかったり自宅待機を命じたとしても,原告に対する権利侵害は存在しない。したがって,原告の主張は,主張自体失当である。
また,クリエイティブ部門も含め,被告全体で大幅人員削減を行っている中で,CDとしての能力に問題がある原告を復職させることは困難であって,前件訴訟の判決確定後に原告を就労させなかったこと,解雇予告通知を行い,解雇予告期間が満了するまで自宅待機を命じたことは何ら違法ではない。
第3 当裁判所の判断
1 本件解雇の性質ないしいわゆる整理解雇法理の適否について
本件解雇につき,原告はこれを整理解雇に他ならないと指摘するが,被告は,あくまで,人的理由と経済的理由が競合した普通解雇であり,仮に,本件が整理解雇と呼ばれる類型に該当する事案であるとしても,いわゆる「整理解雇の4要件(要素)」を本件に適用するのは相当でないと主張している。
当裁判所としては,整理解雇とその他の普通解雇とでは,相当程度性質が異なり,その判断要素ないし判断基準も異なる以上,基本的には本件解雇の有効性を立証すべき責任を有する被告の主張の力点の置き方を尊重することとし,まずは一般的な普通解雇の成否を検討することとし,整理解雇については予備的な主張と位置づけるのが適切であると思料する。
なお,整理解雇の判断に及んだ場合の判断枠組みとしては,いわゆる要素説の観点から検討するのが相当であり,被告が指摘する事案の特殊性については,この判断枠組み自体を否定するほどの事情とはなりえず,あくまで諸要素の検討において考慮する余地があるにとどまるというべきである。
2 普通解雇事由としての原告の能力不足ないし整理解雇に関する人選の合理性
(1) 以上の見地から,まず,普通解雇の客観的で合理的な理由の1つとして被告が主張している原告の能力不足(整理解雇の判断要素としては,人選の合理性に相当するものと位置づけられている事由)について検討する。
(2) 証拠及び弁論の全趣旨によれば,次の事実を認めることができる。
ア 原告の職歴(入社したのはいずれも広告関連会社である。乙59)
昭和61年5月 株式会社クォーターバック 入社
(昭和62年8月まで,コピーライターとして勤務)
昭和62年12月 株式会社ウィズアール 入社
(平成2年3月まで,コピーライターとして勤務)
平成2年4月 フリー
(平成3年8月まで,コピーライターとして活動)
平成3年8月 株式会社日本経済社 入社
(平成3年11月まで,コピーライターとして勤務)
平成3年12月 株式会社大曾社 入社
(平成6年2月まで,コピーライターとして勤務)
平成6年3月 株式会社東急エージェンシー 入社
(平成15年9月まで,コピーライター及びCMプランナー,後にCD)
イ 原告の被告入社経緯や原告の年収(甲1,27,乙65)
原告は,被告の重要な顧客であるb社のブランドである「○○」をメインとして担当するため,平成16年4月15日,CDとして被告に採用された。1400万円という原告の年収は,平成18年3月当時在籍していた5名のCDの中で2番目に高額であり(最高額は約1460万円,最低額は1100万円),シニアCD(以下「SCD」という。)を含めても9名中5番目に高額であった(最高額は約1630万円,最低額は約1100万円)。
ウ 「○○」の担当者について(乙28,47,証人B)
原告は,平成16年4月15日の被告入社後,当時「○○」の担当者であったBから引継ぎを受け,当初はシャンプー/コンディショナーについて,その後全ての製品について,平成17年秋ころまでの間,同ブランドを担当した。なお,b社は,平成17年秋ころ,アジア・パシフィックを統括するリージョン・オフィス(地域本社)をシンガポールに設け,原告が「○○」の担当を外れた後に,被告のシンガポールオフィスのCDが同ブランドを担当したことがあったが,それは1つのプロジェクトのみであり,他の時期は,被告のK・ECDやL・ECDが同ブランドを担当し,平成21年12月ころからは,再びBが同ブランドを担当するようになった。
エ 株式会社富士経済,株式会社総合企画センター大阪による「○○」のブランドシェア(甲33ないし37)
(平成) 15年 16年 17年 18年
富士経済 中価格帯ヘアケアカテゴリー 5.9% 6.6% 6.3% 5.3%
ヘアケア・ヘアメイクカテゴリー3.2%3.6%3.5%3.3%
シャンプーカテゴリー4.6%4.5%4.2%4.0%
リンス・コンディショナーカテゴリー6.3%6.2%5.8%5.2%
ヘアスタイリング剤カテゴリー-6.2%6.5%6.4%
総合企画センター(ヘアケアカテゴリー) 3.3% 3.2% 3.3% -
オ 被告委託の調査会社による「○○」のマーケットシェア(乙61)
原告担当期間(平成16年4月ころから平成17年9月ころまで)におけるマーケットシェアの最高値と最低値は,次のとおりである。
平成16年 5.14%(最高値)から4.14%(最低値)
平成17年 4.42%(最高値)から3.61%(最低値)
カ 「c社」について(甲25,27,乙27ないし30,46,51,証人G)
これは,原告がリーダーとなった競合プレゼンテーションで獲得した仕事であり,原告も複数のテレビCM制作にかかわった。しかし,その後,クライアント側の要望により,コピーライター以外は,営業も含めて担当者を全て入れ替えることとなり,CDとしては,Gが担当することとなった。
キ 「d社」について(甲25,27,乙27ないし30,51)
これも,原告がリーダーとなった競合プレゼンテーションで獲得した仕事であった。しかし,1件の新聞広告を企画制作したのみで,その後の企画については,制作途中にクライアント側の事情により立ち消えとなった。
ク 「e社」の社内コンペについて(甲27,乙27ないし30,48,証人F,証人D)
被告は,平成18年1月から2月ころにかけて,e社社に関わる社内コンペを実施し,以前,e社社を担当したことのあったD・Bチームのほか,これまで同社を担当したことのなかった原告もこのコンペに参加するよう指名した。このコンペにおいて,原告は,E社長の面前で発表する機会が2度与えられたものの,いずれもその要求に見合った提案を実現することができず,同社長の叱責を買った。
ケ CDのコンパスについて(甲25ないし27,乙29,49ないし55)
CDのコンパスは,毎年,前年11月から当年10月までの期間について,まず被評価者である各CDが自己評価と報告を行い,評価者と合意を形成し,評価者と被評価者が署名をして成立するものとされており,平成18年3月当時に被告に在籍していたSCD,CD(肩書きはその当時)の平成16年から平成18年までの間のコンパスは次のとおりである。なお,平成18年3月7日に前件の退職勧奨がなされ,それまでの間の評価期間が約4か月しかなく,同年7月に被告から仕事を与えられなくなった原告の平成18年のコンパスは5段階評価で下から2番目の「2」であるが,同年のコンパスに原告の署名はなされていない。
平成16年 平成17年 平成18年 備考
M・SCD - 4 4
H・SCD 4 4 4
G・SCD 3 3 4
N・SCD 4 3 3 本件解雇時は在籍せず
B・CD 4 4 5
D・CD 4 4 5
O・CD 5 4 - 本件解雇時は在籍せず
原告CD 4 4 2
P・CD 4 4 4 本件解雇時は在籍せず
(3) 以上の事実によれば,原告が,被告において相当程度高額の賃金の支払を受けており,中途採用者として,入社当初からCDとしての成果が求められる立場にあったことが認められる。
そうした中,最重要の担当ブランドである「○○」については,特に躍進こそなかったものの,逆に急落してもいないのであって,調査の仕方や対象カテゴリーによっては,シェアの漸減傾向が窺われるともいうことができるし,一定のシェアを維持していたともいうことができる。
また,他方で,原告は,いくつかのクライアントの新規開拓という成果を挙げたこと,しかし,それらの中には,長くは続かないものもあったこと,「e社」に関する社内コンペにおいては,担当経験のない者としての新たな角度からの切り口が期待されていたと考えられる中,あくまで対内的なコンペではあったものの,芳しい成果を残すことができなかったことが認められる。
さらに,コンパスについては,平成17年までの評価はむしろ良好であり,逆に,平成18年の評価は必ずしも原告の業績の実態を正しく示したものと認められない。
3 普通解雇事由としての被告の経営悪化・整理解雇に関する人員削減の必要性
(1) 次に,普通解雇の客観的で合理的な理由として2つ目に被告が主張している被告の経営悪化(整理解雇の判断要素としては,人員削減の必要性に相当するものと位置づけられている事由)について検討する。
(2) 証拠(乙4,7,58,66,69)によれば,被告会社の平成16年度以降の売上げ,人件費,経常利益の状況は,次のとおり認定することができる(1000万円未満は四捨五入。M・Aは,マネジメント・アカウント。なお,被告の決算期日は毎年12月31日である。
(平成) 16年 17年 18年 19年 20年 21年 22年
売上高 49.1億 48.8億 39.4億 34.3億 30.7億 22.5億 18.2億
人件費 30.0億 29.8億 28.4億 25.2億 23.3億 20.4億 15.1億
経常利益 7.9億 5.6億 -0.5億 -1.5億 -1.6億 -6.5億 -4.0億
M・A 8.0億 6.6億 5.2億 3.9億 -0.9億 -5.0億 -2.7億
(3) 以上の事実からすると,被告の収益性は年々悪化しており,本件解雇当時の営業利益率は,すでにマイナスに転じていることが認められる。
もっとも,被告は,主に企業の収益性・成長性を分析するのに有益な損益計算書やマネジメント・アカウントを明らかにした書面を証拠として提出するのみで,企業の安全性の程度(倒産の懸念の程度)を分析するのに有益な貸借対照表や,企業の資金繰りの程度を分析するのに有益なキャッシュフロー計算書を書証として提出しておらず,したがって,各種の流動性比率や支払能力比率,総資産利益率等を検討することができず,被告が主張するような「会社として存立できない」状態にあったか否か,すなわち,被告が倒産の危機に瀕しているか否か,あるいは客観的に高度の経営危機下にあるか否かといった点を的確に分析することができない(さらに子細に分析すると,書証として提出された損益計算書も完全なものではなく,売上高や売上原価が記載されていないものがほとんどであることから,各種の収益性比率もほとんど算出することができず,また,役員報酬等に関する情報もないことから,労務費の分析も的確に行うことができない。)。
もっとも,被告側としては,訴訟代理人と協議検討の下,企業情報の過度の流出を防ぐことを優先させ,書証の提出を上記の限度にとどめたとも考えられるので,以上の限りにおいて被告の経営状況を把握分析するにとどめる。
なお,被告は,人員削減方法の検討や組織再編計画,希望退職の募集等についてもこの項目において主張するが,これは,本来的には,被告の経営悪化状況に関する主張というよりは,むしろ,整理解雇に関する解雇回避措置の相当性や人選の合理性に関する主張と位置づけるのが適切であるため,それらの箇所で検討することとする。
4 整理解雇に関する解雇回避措置の相当性
(1) 続いて,主に整理解雇に関する要素ではあるが,被告が,普通解雇の客観的で合理的な理由を補足する一事情としても主張しているものと考えられる解雇回避措置の相当性について検討する。
(2) 証拠及び弁論の全趣旨によれば,次の事実を認めることができる。
ア 組織体制の見直しと削減人数の確定(乙9,13,44,被告代表者)
被告は,効率的な損益管理・効果的な仕事量の調整のために,その組織体制を,従来の機能別の部門から顧客タイプ別のチームに分類し直して削減人員数を策定し,平成21年2月中旬ころまでに,人員削減の対象者として32名の従業員を選定した。
イ 希望退職者の募集(乙10ないし16)
被告は,平成21年2月25日,組合に対して希望退職の募集を行う旨の通知書を交付し,対象者32名に対し,説明書及び退職合意書を示して希望退職への応募を求め,通常の企業年金・退職一時金に加え,特別退職金,未消化の有給休暇の買上げを含むパッケージを提案した。また,6回にわたる団体交渉を行い,毎年組合に開示してきたマネジメント・アカウントの損益計算書に加え,平成18年度から平成20年度の財務会計上の損益計算書を開示した。
ウ 人員削減措置の結果(甲27,乙1,17,18,44,被告代表者)
こうした希望退職募集の結果,26名が任意退職に合意した。また,1名は,本人の精神状況を考慮し,組合の強い要望を踏まえて対象から外し,本人の同意を得て職種変更を行った。さらに,もう1名は,同じ秘書業務をしていた派遣社員との契約を解除したため,対象から外した。残る4名については,被告が解雇し,うち3名が被告を提訴したが,最終的には,提訴しなかった対象者も含めて,全員との間で退職和解が成立した。
また,別途退職者が出た結果,遅くとも,本件解雇通知から2か月と経たない平成21年の年末には,被告の人員体制は115名になった。
エ その後のCDの状況(甲27,乙1,17,18)
被告は,平成21年3月,Iを特定クライアントの開拓用の契約社員のCDとして雇い入れ,後日,その特定クライアントを開拓できなかったものの,その後も同人を業務委託社員として雇用し続けている。
一方,H・CDは,平成21年9月,心臓発作で入院し,復職しないまま平成22年3月に病気退職した。
オ 被告の従業員採用状況(甲12,27,乙67,68)
被告は,本件解雇時,65歳の定年後の従業員を2人雇い続けていた(もっとも,この2人は,平成21年12月末に退職ないし解雇となった。)。そのうちの1人で当時68歳であったJに対しては,定年前と同じく,月額合計112万7680円の諸手当込みの賃金と年2回の賞与が支給されていた。
また,被告は,平成21年10月以降,16名以上の新たな従業員を雇い入れたほか,平成23年度には,新卒者の採用募集をするに至っているが,これは被告にとって約10年ぶりのことである。
(3) 以上の事実によれば,被告は,一般的に解雇回避措置とされる施策のうち,相当な組織体制の見直しと削減目標の策定,対象者の選別を前提とした希望退職者の募集を実施したことが認められる。
もっとも,被告は,前件訴訟中であった原告は,上記の対象者には含まれていない旨を認めているところ,そうであるとすれば,厳密には,上記の施策は,本件解雇の回避を企図してなされた措置ではない。もちろん,解雇回避の可能性を高める措置としての意義は一定程度考えられるところであることから,その限りで評価するのが相当である。
また,被告は,原告に対し,前提事実において示したように,相当な退職条件を提示したことをもって,相当と考えられる解雇回避措置を尽くしたと主張するが,これも,厳密には,本件解雇を回避するためになされた措置ではなく,本件解雇による不利益の緩和措置を被告が提示したにとどまるのであって,その限りで評価するのが相当である。
他方,被告は,新規採用の募集を約10年ぶりに行い,16名以上の中途採用を実施し,一部に高額の賃金支払いを伴う再雇用を本件解雇時点でも続けていたことも認められるのであって,これらは解雇回避措置の相当性に疑問を生ぜしめる事情というべきである(なお,役員報酬の削減がどの程度なされたのかは証拠上不明であり,また,従業員全般に対する賞与の減額ないし不支給・昇給停止や賃金減額は,被告の主張からすると,特段なされてはいないようである。)。
5 普通解雇の相当性ないし整理解雇に関する手続的相当性
(1) 最後に,普通解雇の社会的相当性を判断するにあたって検討される事情ないし整理解雇に関する手続的相当性について検討する。
(2) この点については,前提事実,証拠及び弁論の全趣旨によれば,次の事実を認めることができる。
ア 本件退職勧奨に関する説明
被告側から原告側に対して,本件退職勧奨につき,書面や面談を通じて,その提案の経緯や理由の説明がなされたこと(前提事実)
イ 本件解雇に至るまでの紛争の経緯全般
前件退職勧奨から保全処分申立て,前件訴訟,その後の本件退職勧奨,本件解雇へと至る紛争の経緯全般(前提事実)
ウ 別件希望退職募集時の団体交渉
被告は,原告も所属していた組合との間で,6回にわたる団体交渉を行い,毎年組合に開示してきたマネジメント・アカウントの損益計算書に加え,平成18年度から平成20年度の財務会計上の損益計算書を開示した(乙4,7,10ないし16)。
エ 原告の年齢及び家族の状況
原告は,昭和35年○月生まれの男性であり,家族は専業主婦の妻と小学5年生の双子の児童がおり,うち1人は知的発達障がいのハンディキャップを有している(甲27,乙28,30,原告本人)。
(3) 以上の事実によれば,被告は,原告側に対し,被告の経営状況や本件退職勧奨の理由につき,一応の説明をしていることが認められるが,このうち,経営状況の説明については,本件訴訟において書証として提出された以上の説明はしていないものと推認される。また,被告は,前件訴訟により,原告に関する雇用契約上の地位確認等につきほぼ全部敗訴の判決が確定したにもかかわらず,その後も約2年間にわたって原告の出勤を許さず,したがって何ら成果を挙げる機会も与えられないまま,再び退職勧奨をするに至ったことが認められるのであり,これは,解雇の相当性に大きな疑問を生ぜしめる事情というべきである。
6 普通解雇の有効性に関する結論
(1) 以上を前提に,まず,普通解雇についてみると,原告の能力不足の主張に関する評価は前記2の(3)で示したとおりであって,被告の経営悪化の主張について認められる前記3の(3)のような事情を併せ考慮しても,本件解雇について,客観的で合理的な理由があるとまでは認められないというべきである。
(2) この点,被告は,たとえばマーケットシェアが5.14%(原告が「○○」を担当し始めた平成16年4月ころ)から3.61%(原告が同担当を外れた平成17年9月ころ)に下がるということは,売上げが約3割も減るということであり,広告が売上増にどう結びつくかについて厳しい顧客であるb社がこれに満足するはずがないとして,原告の能力不足は著しい旨を主張しているが,その要因としては,商品の訴求する方向性とマーケットのニーズとの不一致,他ブランドの新商品や新ラインの発売,リニューアル等の影響もあったと考えられるのであり(甲33ないし37),必ずしも広告戦略の不奏功がシェアの減少に直結したものと即断することはできないというべきである。
(3) また,被告は,「e社」に関する社内コンペの結果がひどいものであったことを強調するが,あくまで社内コンペであって,被告のCDの能力不足をクライアントに指摘されて実際に信用を失墜したというようなものではなかったのであり,現に,他のCDも,社内コンペで選ばれなかったり,他社との競合コンペで負ける等してクライアントを失ったりしているのであって(B証人,D証人,G証人),「e社」の社内コンペに関する原告の結果が直ちに本件解雇を合理性あるものとするには足りないというべきである。
(4) さらに,被告は,平成16年,平成17年の原告のコンパスが「4」であるのに対し,Gのコンパスが「3」となっているのは,Gの自己評価が厳しかったのに対し,原告の自己評価が甘かったことが原因であるかのようにも主張しているが,コンパスに関して評価者とのやり取りがなされるのは,評価者において,まさに,こうした自己評価のばらつきを正して客観的に正当な評価へと導くためであると考えられるのであって,所論には理由がない。
(5) 以上により,本件解雇は,普通解雇として有効であるとは認められない。
7 整理解雇の有効性に関する結論
(1) 一方,整理解雇についてみると,人選の合理性については,仮に,他のCDと比較の上で誰か1人を選ばざるをえないとすれば,前記2の(3)及び前記6で認定したとおり,その職位や賃金との対比においてさほど華々しい成果を挙げたとはいえなかった原告において,相対的に,一定程度の劣後性が認められる余地はあるものといえよう(もっとも,後述のように,前件判決の確定後,何ら成果を挙げる機会が与えられなかったことは,大いに考慮されてしかるべきである。)。
(2) しかし,人員削減の必要性については,前記3の(3)で認定したとおりであって,こうした事情からは,本件解雇が,企業の収益性を回復すべく,組織再編等に伴う企業の合理的運営上の必要性から実施された人員削減策であるということはできるが,それを超えて,被告の経営状況が客観的に高度の経営危機下にあることや,さらに被告が倒産の危機に瀕していることを認めるには足りない。
(3) また,解雇回避措置の相当性については,人員削減の必要性につき,企業の合理的運営上の必要性という程度にとどまるものと認定せざるを得ない以上,相当高度な解雇回避措置が実施されていなければならないと言うべきところ,本件で実施されたと評価できる解雇回避措置は,前記4の(3)で認定したとおり,希望退職者を募集したことに加えて,せいぜい不利益緩和措置としての退職条件の提示を行ったという程度であって,甚だ不十分といわざるを得ない。
(4) さらに,手続的相当性についても,前記5の(3)で認定したとおり必ずしも十分ではなく,また,本件解雇に至るまでの紛争の経緯については,本来,前件判決後に原告を実際に被告で勤務させるなどして,原被告間の関係を一旦は原状に戻すという手続を踏むことが求められていたというべきであり,広い意味においては,これも本件解雇に至る手続的相当性を揺るがす大きな事情と評価するのが相当である。
(5) 結局,以上の要素を総合考慮すると,本件解雇は,整理解雇としても有効であるとは認められない。
8 慰謝料請求権の有無ないしその額
前記認定のとおり,被告は,前件訴訟により,原告に関する雇用契約上の地位確認等につきほぼ全部敗訴の判決が確定したにもかかわらず,その後も約2年間にわたって原告の出勤を許さず,再び退職勧奨をし,前記認定のように無効というべき本件解雇に及んだのであり,これらの行為は不法行為を構成するというべきである。また,やはり前記認定のとおり,原告は,専業主婦の妻と幼い双子の児童(うち1人には障がいがある。)を抱えており,原告は,こうした被告の行為によって著しい精神的苦痛を被ったことが認められる。
そして,このような事案の内容,原告の地位その他一切の事情を考慮すると,その慰謝料は,少なくとも原告が請求する30万円を下らないことは明らかというべきであり,原告の精神的損害を慰謝するには,同金員の支払をもって相当と認める。
9 結論
以上によれば,原告の請求は全部理由がある。
(裁判官 吉川昌寛)
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