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裁判年月日　平成24年 7月17日　裁判所名　東京地裁　裁判区分　判決
事件番号　平２２（ワ）３１３６２号
事件名　地位確認等請求事件　〔コアズ事件〕
裁判結果　一部却下、一部認容、一部棄却　上訴等　控訴　文献番号　2012WLJPCA07178002

要旨
◆被告の営業開発部長として就労していたものの、降給処分を受け降格された後、解雇された原告が、本件降給、降格及び解雇の無効を主張して、被告に対し、営業開発部長としての雇用契約上の地位確認、減額分の差額賃金及び差額賞与の支払、解雇後の賃金及び賞与の支払を求めた事案において、恣意的な人事が行われている状況が窺われるなどの本件事情からすれば、被告の主張する原告の帰責事由はいずれも多額の給与減額の根拠とはなり得ないなどとして、給与減額を無効とし、また、本件降格についても、それが降格と認められないものであるか、裁量権を濫用したものであるとして、これを無効とし、減額、降格が無効である以上、より重い処分である解雇も無効であるとして、地位確認請求を認容し、差額金請求を一部認容したが、解雇後の賃金請求の訴えのうち判決確定後の履行期到来部分については、将来給付の訴えの利益を欠き不適法であるとして、却下した事例

出典
労判 1057号38頁

評釈
土岐将仁・ジュリ 1465号115頁
中野真・Libra 13巻5号42頁
慶谷典之・労働法令通信 2294号22頁

参照条文
労働契約法６条
労働契約法９条
労働契約法１６条

東京都世田谷区〈以下省略〉
原告Ｘ１
訴訟代理人弁護士君和田伸仁
同本田伊孝
東京都千代田区〈以下省略〉
Ｘ１訴訟承継人
原告破産者Ｘ１破産管財人弁護士Ｘ２
名古屋市〈以下省略〉
被告株式会社Ｙ
代表者代表取締役Ａ
訴訟代理人弁護士武田彩香
同荒井太一
同荒井正児
同山岸良太

主文

１　本件訴えのうち，原告Ｘ１が本判決確定の後の賃金及び賞与の各支払を請求した部分を却下する。
２　原告Ｘ１が，被告に対し，被告の営業開発部長として，雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認する。
３　被告は，原告Ｘ１に対し，以下の金員を支払え。
(1) 　平成２２年８月から平成２４年３月まで，毎月２７日限り３３万円及び各金員に対する各支払日の翌日から支払済みまで年６％の割合による金員
(2) 　平成２４年４月から本判決確定の日まで，毎月２７日限り８０万円及び各金員に対する各支払日の翌日から支払済みまで年６％の割合による金員
４　被告は，Ｘ１訴訟承継人原告破産者Ｘ１破産管財人弁護士Ｘ２に対し，以下の金員を支払え。
(1) 　５８０万４９８７円及び別紙差額賃金一覧表の各「認容額（請求額）」欄記載の各金員に対する同一覧表の各「遅延損害金起算日」欄記載の各日からそれぞれ支払済みまで年６％の割合による金員
(2) 　平成２２年８月から平成２４年３月まで，毎月２７日限り４７万円及び各金員に対する各支払日の翌日から支払済みまで年６％の割合による金員
５　原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
６　訴訟費用は，これを２０分し，その１７を被告の負担とし，その２をＸ１訴訟承継人原告破産者Ｘ１破産管財人弁護士Ｘ２の負担とし，その余を原告Ｘ１の負担とする。
７　この判決は，第３項及び第４項に限り，仮に執行することができる。

事実及び理由

第１　請求
（原告Ｘ１〔以下「原告Ｘ１」という。〕関係）
１　主文第２項，第３項(1)と同旨
２　被告は，原告Ｘ１に対し，以下の金員を支払え。
(1) 　平成２４年４月から毎月２７日限り８３万２９６０円及びこれに対する各支払日の翌日から支払済みまで年６％の割合による金員
(2) 　平成２２年１２月から平成２４年３月まで，毎年６月及び１２月の各末日限り３３万円及び各金員に対する各支払日の翌日から支払済みまで年６％の割合による金員
(3) 　平成２４年４月から，毎年６月及び１２月の各末日限り８０万円及び各金員に対する各支払日の翌日から支払済みまで年６％の割合による金員
（Ｘ１訴訟承継人原告破産者Ｘ１破産管財人弁護士Ｘ２〔以下，単に「原告破産管財人」という。〕について）
３　主文第４項(1)と同旨
４　被告は，原告破産管財人に対し，以下の金員を支払え。
(1) 　平成２２年８月から平成２４年３月まで，毎月２７日限り５０万２９６０円及び各金員に対する各支払日の翌日から支払済みまで年６％の割合による金員を支払え。
(2) 　１２０万円並びにうち２０万円に対する平成２１年１月１日から，うち３０万円に対する平成２１年７月１日から，うち３０万円に対する平成２２年１月１日から及びうち４０万円に対する平成２２年７月１日から，各支払済みまで年６％の割合による金員
(3) 　平成２２年１２月から平成２４年３月まで，毎年６月及び１２月の各末日限り４７万円及び各金員に対する各支払日の翌日から支払済みまで年６％の割合による金員
第２　事案の概要
原告Ｘ１は，営業開発部長として被告との間で雇用契約を締結し，就労してきたが，降給処分を受け，営業開発部長から降格された後，解雇された。本件は，原告Ｘ１が，上記降給，降格の各処分及び解雇がいずれも無効であると主張して，被告に対し，営業開発部長としての雇用契約上の地位確認を求めるとともに，減額分の差額賃金及び差額賞与の支払並びに解雇後の賃金及び賞与の支払いを請求して提起した訴訟である。その後，本件訴訟係属中に，原告Ｘ１が東京地方裁判所に破産手続開始の申立てを行い，同開始決定とともに破産管財人が選任され，その後上記賃金，賞与請求の一部が原告破産管財人に受継された。
１　前提となる事実（当事者間に争いのない事実及び後掲各証拠等により容易に認めることができる事実。証拠等の掲記のない事実は，当事者間に争いがない。）
(1) 　当事者及び雇用契約の締結
ア　被告は，警備業務一般，警備・防犯・防災用器具・機械の研究開発と販売，ビル管理及び清掃業務等を業とする会社である。被告の創業者であり初代の代表取締役社長はＡであったが，その後娘であるＢが代表取締役社長に就いている（以下「Ｂ社長」という。）。
イ　原告Ｘ１は，昭和２９年○月○日生の男性であるところ，昭和５２年から平成１６年までの間，ｅ株式会社で勤務し，その後ｆ株式会社，ｇ株式会社に勤務し，平成１９年５月に同社を退職した。
ウ　原告Ｘ１は，平成２０年２月ころ，被告との間で期間の定めのない雇用契約を締結した（以下「本件雇用契約」という。）。
同契約に基づき，原告Ｘ１に対する給与として，同年３月以降平成２１年２月までの間，月額８０万円（内訳は，基本給３８万１０００円，勤務給１万円，役職手当４０万円，精務手当３０００円，家族手当６０００円。ただし，別途支給される交通費は除く。）が支払われた（若干，内訳等が異なる月もある。甲３の１，３ないし６，８ないし１２）。ただし，同年４月及び同年９月には７８万３５１８円（内訳は，基本給３７万４５０６円，勤務給９８３０円，役職手当３９万３１８２円，家族手当６０００円）が支払われている（甲３の２，７）。なお，被告においては，従業員に対する給与が毎月２０日締め，当月２７日で支払われるものとされていた。
(2) 　原告Ｘ１の職責等
原告Ｘ１は，被告入社後，東京営業本部の営業開発部長とされた。営業開発部の業務は，新規顧客の開拓，既存顧客の維持，拡大を図るものとされ，原告Ｘ１の下には２名の部下が配属されていた。また，平成２０年８月ころ，Ｃが東京事業本部長として就任して以降，原告Ｘ１は，同本部長の部下として業務に従事することになった。
(3) 　就業規則，給与規程の規定
ア　被告の就業規則１９条２号は，解雇事由の一つとして，「業務の遂行能力が著しく劣っており，発達の見込みがないと認められたとき」を掲げている。
イ　また，被告の給与規程２０条には，以下の規定がある。
（ア）　昇給は，原則として年１回４月に会社の業績，本人の勤務成績等によって行う（１項）。
（イ）　会社の業績，経営状況を総合的に勘案し，雇用を守るためやむを得ない場合には，休業を命じ，または給与を減額改定することがある（２項）。
（ウ）　勤務評価，人事査定の結果，現職にふさわしくないと判断された者は，あらかじめ予告して，降格，職種の変更または給与の減額改定を行うことがある（３項）。
(4) 　原告に対する給与減額
ア　被告は，平成２１年３月から，原告Ｘ１に対する給与を５０万円に減額した（交通費を除けば４６万７０４０円。内訳は，基本給２４万８０４０円，勤務給１万円，役職手当２０万円，精務手当３０００円，家族手当６０００円，交通費３万２９６０円である。以下「本件給与減額１」という。）。
イ　さらに，被告は，平成２２年６月から，原告Ｘ１に対する給与を交通費込みで４８万円（交通費を除けば４４万７０４０円）に減額した（以下「本件給与減額２」という。）。
(5) 　原告Ｘ１に対する降格処分
被告は，平成２２年４月，原告Ｘ１を部下がいない営業担当部長（「独任官」と称されていた。）の職に降格した。
(6) 　平成２２年７月１５日の面談
Ｂ社長は，平成２２年７月１５日夕刻，原告Ｘ１と面談し，同面談においては，原告Ｘ１の退職に関し協議がなされた（ここで原告Ｘ１と被告との間で，退職合意がなされたか否かについては当事者間に争いがある。）。翌日以降，原告Ｘ１は，被告において勤務していない。
(7) 　原告Ｘ１の破産手続開始
ア　原告Ｘ１は，本件訴訟係属中の平成２４年３月ころ，東京地方裁判所に破産手続の開始を申し立てたところ，同裁判所は，同月２８日，原告Ｘ１について破産手続開始決定をするとともに，Ｘ２弁護士をその破産管財人に選任した。
イ　上記破産管財人は，平成２４年５月１６日，当裁判所に対し，前記「第１　請求」３，４のとおり訴訟手続を受継する旨の申立てを行い，これを受継した。また，同受継に伴い，原告Ｘ１は，前記「第１　請求」１，２のとおり，請求を減縮した（当裁判所に顕著な事実）。
２　争点及び当事者の主張
(1) 　本件各給与減額の有効性（争点１）
（被告の主張）
ア　本件雇用契約締結時における特命事項の合意
被告は，平成１９年１２月に日本経済新聞に広告を掲出し，「求む，専務」との表題で人材を募集した。これは，被告の現況が従業員数５８００人，年商１８０億円に上る企業に成長したことから，この現況を更に飛躍的に成長させるために行ったもので，求める職種として，専務，常務，総務部長，営業部長，事業本部長に適する人材であり，資格は社会人歴２０年以上とされた。これは要するに，経営に携わる者や高級幹部社員を募集したのであって，原告Ｘ１は，この募集に応じ，営業開発部長として採用されたものであった。
本件雇用契約に当たり，被告は，原告Ｘ１に対し，特命事項として，次のような，営業開発部長として最低限果たすべき業務を課した。すなわち，原告Ｘ１は，平成２０年８月末日までに，東京事業本部における営業の体制を強化するため，優秀な営業部員を１０名採用し，かつその体制の強化を図ることとされた。そして，原告Ｘ１は，上記期限までに本件特命事項を達成できなかったときには任意に退職することを了解した（以下，この合意を「本件特命事項」という。）。
原告Ｘ１に対する給与は，原告Ｘ１から前職と同程度とするよう希望が述べられたことがあり，平成２０年８月末までは前職と同様の月額８０万円と定められたが，それ以後は営業開発部長としての勤務実績をみて，給与が減額改定されることもあると定められた（被告においては，毎年４月に給与の増減額改定が全社的になされることも伝えてある。）。
イ　原告Ｘ１の本件特命事項の不履行
しかるに，原告Ｘ１は平成２０年８月末日までに本件特命業務を履行することができなかった。原告Ｘ１は，平成２０年春ころ，自己の知り合いの人材紹介会社から履歴書を入手してこれをＢ社長に示し，採用を求めたことはあったが，履歴書を一見しただけで適任と思われる人材ではなかったので，面接をするまでもなく採用しないこととした。Ｂ社長は，このとき，原告Ｘ１に対し，人材紹介会社に頼るのではなく，新聞広告を実施したり，ハローワークにおいて人材を募集するなど多様な方法で優秀な営業部員を集めるよう求めたが，原告Ｘ１は，これ以降何らこの業務を遂行した形跡がなかった。
また，営業体制を強化する方策はこのような人的要素だけではなく，それ以外にも体制の強化，充実のために各種の提案があってしかるべきであるが，原告Ｘ１はまったくこのような提案を行わなかった。
ウ　原告Ｘ１に対する退職勧奨と給与減額の経緯
（ア）　上記のとおり，原告Ｘ１が本件特命事項を達成できなかったことから，原告Ｘ１の上司であるＣ東京事業本部長（以下「Ｃ本部長」という。）は，平成２０年９月になって，原告Ｘ１に対し，口頭で退職を勧奨するとともに給与の減額に応じるよう求めたが，原告Ｘ１はこれを拒んだ。
原告Ｘ１は，Ｃ本部長の下で一営業部長として業務を行うことになり，新規顧客の開拓及び既存顧客の維持・拡大を図る職責を負うことになったが，全くこのような職責を果たすことはなかった。取引先との個別案件についての原告Ｘ１の勤務状況は，別紙個別案件主張対照表の「被告の主張」欄記載のとおりであって，そもそも十分なものとはいえないが，このように，原告Ｘ１は個別の取引先との関係で一営業部員としての行動を主張するのみであり，営業部長としての職責に応じた内容を一切主張していないもので，かかる事実こそが，原告Ｘ１が自らの職責を認識すらしていなかったことの証左である。また，別紙個別案件主張対照表の「被告の主張」欄記載の内容からも明らかなように，原告Ｘ１は新規開拓を一切行っておらず，既存の取引先との関係を強固にしたという事実も特にない。さらに，責任感がなく他人任せで自ら率先して行動する態度もなく，現場の人間を見下した態度をとるなど，その勤務態度が悪く，職場におけるコミュニケーションも十分にとれていなかった。
（イ）　前記のとおり，原告Ｘ１については，「求ム，専務」という広告に基づいて採用され，そのためにそれにふさわしい高額な給与を支払ってきたが，前記（ア）のとおり，原告Ｘ１は，営業体制の強化はもとより，営業部のトップとしての営業開発部長としてはおろか，一般の営業部員としても十分な業務を行っていたとは到底いえない状況にあり，賃金とこれに対応する労務内容との間に，明らかなギャップが生じていた。このため，原告Ｘ１には解雇事由は生じていたものの，それにもかかわらず雇用関係を維持するのであれば，その能力と業務実績に相応した給与額に減額する必要があった。
しかし，原告Ｘ１は，自らがその立場に応じた実績を果たしていないにもかかわらず，退職勧奨，給与減額いずれも受け入れられないとして拒絶し，その後もＣ本部長の申し入れを拒み続けた。
（ウ）　このような経緯があったことから，被告は，やむなく平成２１年３月分の給与から原告Ｘ１の給与を減額したものである。
（原告らの主張）
以下のとおり，本件各給与減額はいずれも無効である。
ア　雇用契約においては，個別合意や就業規則により，使用者に契約内容の変更権限が留保されていることがあるが，本件雇用契約ではそのような合意はなされていない。また，被告の就業規則は周知されておらず，この点でも拘束力はない。
イ　原告Ｘ１は，Ｂ社長から，平成２０年８月までに営業部員を１０名に増やすよう指示を受けたことはあるが，それが営業部長として最低限果たすべき義務であると伝えられたことはないし，特命事項であると伝えられたこともない。まして，営業部員を１０名に増やすことができなければ賃金を減額するとか，原告Ｘ１を解雇するなどという合意は，一切されていない（原告Ｘ１は，他社から被告よりも高待遇で採用内定を得ていたのであって，わずか半年で退職を強いられるリスクを背負ってまで，あえて被告に入社する理由はなかったことからも，この点は裏付けられる。）。
原告Ｘ１は，同社長の指示を受けて，新たな営業部員を採用すべく，募集に応じてきた者のうち１４名の履歴書を同社長に渡し採用を具申したが，同社長は，「全員ダメ。」との反応を示し，不採用とした。なぜ不採用とされたのかについて何の説明もなく，どのような人材を集めるかについて何の指示もなかった。営業部員を１０名に増やすことができなかった原因は，原告Ｘ１にはなく，同社長にある。
ウ　仮に，被告主張にかかる就業規則（給与規程）上の規定（給与規程２０条３項）に何らかの拘束力があるとしても，同規定に基づく給与減額が有効と認められるためには，その前提となる勤務評価，人事査定が，合理的である必要がある。すなわち，賃金減額が有効と認められるためには，評価基準，賃金の変動幅があらかじめ定められるのみならず，査定方法の客観性が担保されるべく労働者の意向が反映される仕組みや２人以上の評価者により評価がなされる仕組みが整備されるべきであり，このような仕組みが整備されない状況でなされた査定は合理的ではなく，無効というべきである。
また，①評価手続の違反がある場合，②目標設定に基づく査定制度において設定される目標が妥当かつ公平でなかった場合，査定に基づき考慮すべき要素を適正に反映していない場合，③本来考慮すべきでない要素（組合活動，思想信条等）を考慮している場合，④査定結果との均衡を欠く減額がなされた場合など，実際になされた査定が合理性を欠く場合にも，それに基づく賃金減額は無効となると解すべきである。
しかるところ，被告における人事評価，勤務評定がどのようなものであるかは全く不明であり，それに基づく賃金の変動幅も全く定められておらず，査定方法の定めもない。このような実情にかんがみれば，給与規程２０条３項は，労働条件を規律する規範として効力を持ち得ないことは明らかである。
また，平成２１年３月の本件給与減額１は，実に３３万２９６０円もの減額であり，その率は，実に全体の４１．６２％にも及ぶが，この減額がどのような基準に基づくものかは全く不明であり，恣意的な減額としか言いようがないものである。
エ　取引先との個別案件に関する原告Ｘ１の勤務状況は，別紙個別案件主張対照表の「原告らの主張」欄記載のとおりであり，その勤務成績は不良ではなく，かつその勤務態度が悪かったということもない。
(2) 　本件各降格処分の有無及び有効性（争点２）
（被告の主張）
ア　前提となる事実(5)のとおり，被告は，平成２２年４月，原告Ｘ１を営業担当部長に降格したが，それ以前の平成２１年１１月にも原告Ｘ１を営業部のトップである営業開発部長から営業責任者の下に位置付けられる３つの営業部のうちの最も大きな営業部の長としての「第一営業部部長」に降格している（以下平成２１年１１月の降格を「本件降格処分１」といい，平成２２年４月の降格を「本件降格処分２」といい，両者を「本件各降格処分」と総称する。）。
イ　前記(1)のとおり，原告Ｘ１の勤務状況，勤務態度は劣悪であって，被告においては，原告Ｘ１をそのまま営業部のトップとしての営業開発部長の地位につけておくことは，他の従業員の志気に関わると判断し，本件各降格処分を行ったもので，もとよりいずれも有効である。
（原告らの主張）
ア　本件降格処分１について
まず，平成２１年１１月に，形式的に営業統括部長が設置されてＤ取締役が就任し，原告Ｘ１は第一営業部長に就任したものであるが，警備に関する営業の実質的なトップは原告Ｘ１のままであったものであり，原告Ｘ１の勤務状況が芳しくないから降格されたものではない。すなわち，被告は，平成２１年４月に３つの関連会社（ａ株式会社，ｂ株式会社，ｃ株式会社）を合併し，以降，これらの会社の事業，組織は被告内の各事業部（ａ事業部，ｂ事業部，ｃ事業部）とされた。また，被告が従来行っていた警備業務は，警備事業部とされていた。
そうしたところ，平成２１年１１月，Ａ代表の指令により営業部の組織改編が行われ，３つの事業部（警備事業部，ａ事業部，ｂ事業部）内の各営業部が，１つの新営業組織に統合された。これにより，警備事業部内の営業部（営業開発部）を「第一営業部」，ａ事業部内の営業部を「第二営業部」，ｂ事業部内の営業部を「第三営業部」と称するようになり，上記の３つの営業部の統括責任者を「営業統括部長」として，Ｄ取締役がこれに就任したものであった。ただし，Ｄ取締役は，警備については全くの素人で，また，自ら警備を勉強したり現場を知ろうとする意欲もなかったため，警備に関する営業のトップは原告Ｘ１のままであったのが実情である。
このように，平成２１年１１月に原告Ｘ１が降格された（本件降格処分１）という事実はない。
イ　本件降格処分２について
平成２２年２月にＡ代表が，東京事業本部の全社員を前にＢ社長を（それまで居住していた名古屋から）東京に転居させ今後は真面目に仕事に取り組ませると挨拶したが，その発表と時を同じくして，それまで原告Ｘ１と良好な関係にあったＣ本部長は，原告Ｘ１の作成した積算書の取るに足らない箇所を指摘し，他の従業員がいる場所でしばしば原告Ｘ１を罵倒するようになった。
このような状況の中で同年４月に，何の説明もないまま，それまで原告Ｘ１の下に配置されていた３名の部下が第二営業部のＥ部長の下に移され，Ｃ本部長が称するところの「独任官」となり，原告Ｘ１は降格された。
原告Ｘ１に対する本件降格処分２が合理的な根拠を有しないものであることは，以上の経過からも明らかである。
(3) 　退職合意の成否（争点３）
（被告の主張）
Ｂ社長は，平成２２年７月１５日，東京事業本部の組織再編を行うべく，東京事業本部に所属する幹部社員全員と面接を行った。このころには，原告Ｘ１はもはや完全に東京事業本部になじめないことが明らかになっており，しかも上記面談における各社員の原告Ｘ１に対する発言からは，もはや原告Ｘ１を東京事業本部の一営業部長としておくことは難しいと判断した。そこで，同社長は，新しい営業部長の下で月給３０万円で営業部員として勤務するか，又は現場で警備業務に就くかを決めてほしいと述べたが，これに対し，原告Ｘ１は，真面目に勤務する気がないと思われるような返事しかせず，「社長が決めて下さい。」などと言っていたが，結局自主退職することを選択した。その後，原告Ｘ１とＢ社長は，退職を前提として退職金に関する交渉を行っていたところ，金銭面で折り合いがつかなくなったが，同社長が原告Ｘ１の勤続年数に比して破格な退職金（９６０万円）の額を呈示したにもかかわらず，原告Ｘ１が税金，社会保険料等の控除に対し不満を述べたことにより話し合いが決裂したにすぎない。
また，原告Ｘ１は，同社長から解雇を告げられても特に反論せず，後日，退職を前提として私物を受け取りに来たり，Ｆ取締役に自ら電話をかけ，有給休暇や退職金額についても説明を受け，そのときにも退職に関し何ら異論を差し挟まなかったことからも明らかである。
以上のように，原告Ｘ１は，平成２２年７月１５日の面接において退職の意思を表示し，原被告間で退職合意が成立しており，これにより，本件雇用契約は終了したというべきである。
（原告らの主張）
平成２２年７月１５日に，一定の金銭（９６０万円）の支払を条件として原告Ｘ１が被告を退職する話が出たのは事実であるが，税金や社会保険料を控除するか否かをめぐって見解が対立し，結局協議がまとまらなかったものである。そして，その直後に，Ｂ社長は，原告Ｘ１に対する解雇を通告しているのであるから，退職合意が成立していないことは明らかである。
(4) 　本件解雇の効力（争点４）
（被告の主張）
仮に，前記(3)の退職合意が認められないとしても，被告は，平成２２年７月１５日，原告Ｘ１に対し解雇を通告したところ，同解雇は以下のとおり有効である。
ア　本件解雇の経緯
前記のとおり，平成２２年７月１５日に，Ｂ社長と原告Ｘ１は面談し，原告Ｘ１は退職の意向を示し，同社長から９６０万円という破格な退職金額を示されたにもかかわらず，原告Ｘ１が税金，社会保険料等の控除に対し不満を述べたことにより決裂した。原告Ｘ１は，退出間際に「これは解雇ということですね。」と述べたことから，同社長は，「解雇ということで結構です。」と明言した（以下「本件解雇」という。）。
イ　本件解雇の有効性
（ア）　一般に中途採用者，特殊な専門職，高ランクの解雇の場合は，いわゆる新卒採用者とは異なり，幅広い解雇権の行使が認められている。
原告Ｘ１も，世界的な一流企業での長年の経験，部下の育成，組織のマネジメント力について幅広い知見や人脈を有する営業開発部長としての職責を担うことができる即戦力として中途採用され，一部の役員の報酬をも超える月額８０万円という破格の待遇により採用されたもので，このような原告Ｘ１につき，具体的な成果が出なければ退職とせざるを得ないのは，両当事者が合意していたことであった。
（イ）　前記(1)のとおり，原告Ｘ１は，平成２０年８月末までに本件特命事項を履行することができなかった上，一営業部長としての職責を果たすこともなく，その勤務態度も劣悪で，職場におけるコミュニケーションも十分取れなかったもので，一般の営業部員としても十分な業務を行っていたとはいえない状況にあり，相応の給与での別の職務の提案にも応じなかったのであるから，本件解雇は，就業規則１９条１号及び２号に基づくものとして有効である。
（原告らの主張）
前記(1)イのとおり，原被告間において，営業部員を１０名に増やすことができなければ原告Ｘ１を解雇するというような合意（本件特命事項）がされた事実はないから，これを理由とする解雇が有効となることはあり得ない。
また，前記(1)エのとおり，原告Ｘ１の勤務成績及び勤務態度が不良というわけではなく，この点からも本件解雇が有効であるということはできない。
(5) 　原告らの賃金請求権の有無（争点５）
（原告らの主張）
前記のとおり，本件給与減額１及び２はいずれも無効であるから，原告Ｘ１は，被告に対し，交通費を除いて８０万円の賃金請求権を有することとなる。原告に対する未払賃金額としては，以下のとおりとなる。
ア　平成２１年３月分から平成２２年５月分まで　各３３万２９６０円
（ただし，平成２１年１２月を除く。）
被告は，上記期間中の原告Ｘ１に対する給与として，各４６万７０４０円しか支払っていない。
８００，０００－４６７，０４０＝３３２，９６０
イ　平成２１年１２月分　３９万８６６７円
被告は，原告Ｘ１に対し，当月分として４０万１３３３円しか支払っていない。なお，被告は，原告Ｘ１が所定就業日のうち，３日間欠勤したものであって，欠勤控除したものであると主張するが，被告の給与規程２３条によれば，月給制の者に対しては欠勤控除がされないものと解される。
８００，０００－４０１，３３３＝３９８，６６７
ウ　平成２２年６月分　３５万２９６０円
被告は，原告Ｘ１に対し，本件給与減額２に基づき，同月分として４４万７０４０円しか支払っていない。
８００，０００－４４７，０４０＝３５２，９６０
エ　平成２２年７月分　３９万１９２０円
被告は，同月分として，交通費を含まない額として４４万１０４０円しか支払っていない。
８００，０００＋３２，９６０－４４１，０４０＝３９１，９２０
オ　本件解雇後の賃金　各８３万２９６０円
前記のとおり，本件解雇は無効であるから，原告らは，被告に対し，同解雇後の賃金請求権として，月額８３万２９６０円の支払請求権を有する。
（被告の主張）
前記のとおり，本件各給与減額及び本件解雇はいずれも有効であるから，原告らの賃金請求権はいずれも存在しない。
なお，平成２１年１２月分の賃金について，原告Ｘ１は所定就業日のうち３日間について出勤せず，有給休暇の申請もなかったのであるから，３日間の欠勤控除がなされたものである。
(6) 　原告らの賞与請求権の有無（争点６）
（原告らの主張）
本件雇用契約において，賞与の額について明示的に取り決めはされなかったが，Ｂ社長は，原告Ｘ１に対し，「年収は前の会社（ｇ社）と同額を約束する。」と述べたことから，年間で３か月分が支給されると考えていた（賞与が３か月分支給されることにより，年収は１２００万円〔８０万円×１５か月分〕となる。）。
しかるに，被告の賞与支給実績は，平成２０年１２月分が６０万円，平成２１年６月分が５０万円，平成２１年１２月分が５０万円，平成２２年６月分が４０万円であるが，どのような根拠に基づきこのような額とされているのかまったく不明である。
原告Ｘ１に対する賞与の額としては，どんなに低くても毎年６月及び１２月それぞれについて，賃金額１か月分相当額（８０万円）が支払われるべきである。
（被告の主張）
原告Ｘ１との間で，年俸１２００万円を保障することや，賞与を年間で月額給与３か月分支給することなどを約した事実はない。
そもそも，給与規程２５条において「賞与は，社員の勤務成績及び業務遂行度合を勘案して，６月及び１２月に支給する。但し，会社業績，経営状況から勘案し支給が困難な場合はこの限りでない。」と定められているのであって，支給される月は定められているものの，金額についての定めはない。したがって，原告Ｘ１に対し支給された各給与は，上記規定に従って判断された結果であって，これに対し差額を請求する権利は存しない。
第３　当裁判所の判断
１　認定事実
前提となる事実，証拠（原告Ｘ１，Ｃ及びＢの各陳述書〔甲４８，乙１５，１６〕，証人Ｃの証言並びに原告Ｘ１本人尋問の結果のほか，後掲のもの。ただし，必要に応じ，上記各証拠も掲記することがある。）及び弁論の全趣旨によれば，以下の事実を認めることができる。
(1) 　本件雇用契約締結の経緯
ア　被告では，役員レベルの職に就いて即戦力として活動できる人材を求めており，平成１９年１２月１６日，日本経済新聞に「求ム，専務」という表題の募集広告を掲出した。同広告には，募集する職種として，「専務，常務，総務部長，営業部長，事業本部長（東京・名古屋・大阪・九州の各拠点）ほか」とされ，資格として「社会人歴２０年以上」とされた（乙２の２）。
イ　原告Ｘ１は，平成１９年５月にｇ社をリストラにより退職した後，就職活動を行っていたが，上記募集広告を受けて，被告の上記募集に応募した。原告Ｘ１は，平成２０年１月９日に被告の採用面接（Ｂ社長とＡ代表と面談）を受けた。この面接の中で，Ｂ社長は，原告Ｘ１に対し，新人の営業部員１０名を採用することを命じ，原告Ｘ１はこれを了承した。
ウ　原告Ｘ１は，平成２０年２月５日ころ，被告から内定通知を受けた。なお，原告Ｘ１は，このころ，同じく求人に応募していたｈ株式会社との間でも３回の面接を経て，最終面接の段階にまで至っていたが，被告への採用が内定したことから，こちらについては断った（甲２６の１，２）。
(2) 　原告Ｘ１の業務遂行状況及び被告の状況等
ア　平成２０年８月１日，被告の東京事業本部長として，Ｃ（以下「Ｃ本部長」という。）が入社し，原告Ｘ１の上司となった（甲３１）。
イ　原告Ｘ１は，同年６月中旬ころ，Ａ代表の了承を得て，営業部員候補として４０代の男性６名を推薦したが，Ｂ社長は，面接することなく不採用であると述べた（乙６）。
ウ　平成２０年９月，Ｂ社長は，前記(1)ウの新人営業社員１０名を採用するという約束を果たしていないとして，Ｃ本部長を介して原告Ｘ１を解雇する意向を示した。
原告Ｘ１は，これに対し，平成２０年１０月２２日付けでＣ本部長に対して書面を提出し，雇用の継続と給与額の維持を訴えた。同書面中で，原告Ｘ１は，①本件雇用契約締結時に平成２０年８月までに営業開発部員を１０名にすること，②既存の顧客，新規の顧客に十分足を運ぶことを申しつかったが，①については，採用候補者について社長室に連絡した後に不採用とされることも相当数あったし，②についても解約の危機にあったコンラッド，ヒルトン等に通いつめ，危機を回避したと述べている。また，次期の計画策定作業に関わらなかった事情として，警務部部長や次長から「Ｘ１さんは初めてで難しいから今回は作業しなくて結構です。」と言われたからであるが，今後は，Ｃ本部長の下，十分に参画するなどと述べている。なお，原告Ｘ１は，自らに課せられた職責として「営業部長としての職責」であると述べ，同書面に前記(1)アの新聞広告を添付している（乙２の１，２）。
結局，このときは，Ｃ本部長がとりなしたこともあって，従前の条件で原告Ｘ１の雇用が継続されることとなった。
エ　原告Ｘ１は，同年９月に営業部員候補として５名と面接を行い，同月１６日，そのうちの２名とＣ本部長が面接を行った。原告Ｘ１は，同日Ｂ社長に対してメールを送信し，これら２名について氏名，人柄等を記載して紹介するとともに，Ｃ本部長も是非採用したいとの意向を示している旨を伝えた（甲６の１，２）。しかし，Ｂ社長は，面接等を行うことなく，これら２名について，採用不可とした。
オ　その後，Ｃ本部長を含む他の社員が，前記(1)イの営業社員を１０名採用するという業務を引き継ぎ，実現された形跡はない（証人Ｃの証言）。
カ　平成２１年４月１日，被告は，関連会社であるｄ社，ａ社，ｂ社の３社を合併した（甲４７）。東京事業本部においては，Ｃ事業本部長の下に，警備事業部，ａ事業部，ｃ事業部，ｂ事業部が置かれることとなった（甲２９）。
そして，Ａ代表の意向により，平成２１年１１月，営業部の組織改編が行われ，３つの事業部（警備事業部，ａ事業部，ｂ事業部）内の各営業部が，１つの新営業組織に統合された。これにより，警備事業部内の営業部（営業開発部）が「第一営業部」，ａ事業部内の営業部を「第二営業部」，ｂ事業部内の営業部を「第三営業部」と称するようになり，上記の３つの営業部の統括責任者を「営業統括部長」として，Ｄ取締役がこれに就任したものであった。原告Ｘ１は，この組織再編により，第一営業部の営業部長となった（甲４８）。
キ　平成２１年３月２７日支給分から，原告Ｘ１の給与は，４６万７０４０円と交通費３万２９６０円に減額された（本件給与減額１）。
ク　従前，Ｂ社長は，大阪に在住しており，原告Ｘ１らが勤務する東京事業本部に顔を出すことは少なかったが，平成２１年１２月に同社長が婚姻したことを機に，平成２２年２月ころ，Ａ代表は，東京事業本部の全社員に対し，Ｂ社長を大阪から東京に転居させ，今後，東京で仕事に取り組ませる旨述べた。
ただし，Ｂ社長が，実際に東京事業本部で勤務に就いたのは，同年７月上旬のことであった。
ケ　同年４月，それまで原告Ｘ１の下に配置されていた３名の部下が，第二営業部に移された。原告Ｘ１は，Ｃ本部長から第一営業部長の職から「独任官」と称する地位に降格する旨告げられた（本件降格処分２）。
コ　さらに，同年６月２７日からは，原告Ｘ１の給与は，４４万７０４０円と交通費３万２９６０円に減額された（本件給与減額２）。
(3) 　平成２２年７月１５日の面談及びその後の状況
ア　Ｂ社長は，同年７月１５日，東京事業本部の組織再編を行うべく，同本部所属の幹部社員全員と面接を行った。同社長は，原告Ｘ１との面談の中で，まず，このままの状態で雇用継続はできない旨述べた上で，原告Ｘ１に対し，退職するか，新しい営業部長（Ｇ）の下で月給３０万円で一営業部員として勤務するか，国立国会図書館で警備業務に就くかを決めてほしいと述べた。これに対し，原告Ｘ１は，辞めさせられたり降格される理由はない旨述べて，抵抗したところ，Ｂ社長は，「どうしたいのか。どの処遇を選ぶのか。」と問い質してきたので，原告Ｘ１は，「社長はどうしたいのですか。」と問い返した。
すると，同社長は，合計９６０万円を分割して支払うから退職するようにと退職勧奨を行ったところ，原告Ｘ１も上記金額を１年間の分割で支払われるならば了承する旨述べ，同社長は，その旨を記載した念書を作成し，同社長個人名義で押印し，原告Ｘ１もいったんはこれに署名した。しかし，同社長が，税金や社会保険料等の控除が発生するかも知れない旨述べたのに対し，原告Ｘ１はそれでは９６０万円満額の支給にならない旨述べて反発したことから，同社長は，それならばその話はなかったことにすると言い，原告Ｘ１は，上記念書をその場で破棄した。そして，原告Ｘ１は，部屋を退出する際，同社長に，これは解雇ということでいいのかと問うたところ，同社長は，それで結構である旨回答した。
イ　原告Ｘ１は，上記面談の約１か月後である平成２２年８月１７日に，当裁判所に，本件訴訟を提起した。
(4) 　個々の取引先との関係について
ア　ソフトバンク案件について
被告は，平成１５年ころから継続してソフトバンクの警備業務を請け負っていたが，平成２２年度から，それまで総務部所管の請負事業を購買部の所管に移し，コスト削減を実施することとし，警備業務についても公開入札の方式によることとなった。
警備事業についての入札は，平成２２年３月２４日に行われることになったが，同月中旬ころ，ソフトバンク購買部の担当者から原告Ｘ１に対し，事前に連絡があり，入札で優位の他社がいれば必ず連絡を入れるなど現在警備業務を請け負っている被告の立場には配慮すると述べ，従前の警備業務には問題はないが価格は少し下げてほしいなどと要請した。
同月２４日，入札が実施され，１時間当たりの単価で入札されたところ，被告は，従前の単価から１００円低い１時間当たり１７０９円で応札したが，競合他社は１４００円台や１１００円台の入札もあったが，同年４月６日，原告Ｘ１，Ｆ取締役ほか１名がソフトバンクを訪問し，同社と交渉した結果，１時間当たり１５８０円という条件で被告が引き続き警備業務を請け負うこととなった。（以上，甲８の１ないし１３の２，乙３の１，２）
なお，その後も，都内数か所のデータセンターで他社が警備中の案件に関し，原告Ｘ１の下に契約の引き合いがあった。もっとも，この件について，被告は契約締結には至らなかった（甲１４の１，２）。
イ　日本航空案件について
原告Ｘ１は，平成２０年４月２４日，大阪（伊丹）空港の警備案件で大阪事業本部のＨ事業本部長，Ｉ課長に同道して，日本航空インターナショナル（以下，単に「日本航空」という。）空港運営企画部保安グループのグループ長であるＪ（以下「Ｊグループ長」という。）に面会に行ったことがあった（乙４）。
原告Ｘ１は，その後も，Ｊグループ長に対し，羽田，成田両空港の保安警備業務受注に関し営業活動を行っていたが，平成２０年１０月ころ，日本航空に勤務しており，Ｊグループ長と旧知の仲であった原告Ｘ１の義兄に仲介を依頼するなどして，営業活動を続けた（甲１６の１，２）。
被告は，羽田空港及び成田空港の警備実績はなかったが，入札参加資格を得ることができ，平成２２年に，上記両空港の保安・警備業務を受注することができた。
ウ　イオンレイクタウン案件について
埼玉県越谷市のイオンレイクタウンの警備業務については，平成２０年８月ころ，イオン株式会社がイオンディライト株式会社に対し施設常駐警備を発注し，その下請けとして被告が警備業務を受注した。
この受注価格の決定に当たっては，既に平成２０年８月２０日ころ，イオンディライトからイオンに対し警備報酬月額に関する見積書（乙２８）が提出されていたことから，この見積価格を前提として，Ｂ社長とイオンディライト担当者との間で価格交渉が行われ，イオンディライトが提示した単価である施設警備１３００円，交通警備１５００円という条件を，被告が承諾することにより受注が決定した。
原告Ｘ１も，この案件に関与していたが，同年９月３日，イオンディライトの担当者から最終見積書の提出要請を受けたことから，Ｇ次長に対しＢ社長に依頼するよう求めるメールを送信したが，Ｇ次長から，営業部長として責任を持つようにと，逆に叱責されるような内容のメールを受けている（乙２０）。また，原告Ｘ１は，積算書等（甲３６の１ないし５）の作成に若干関与しているが，上記の経過からしても，実質的な価格折衝に関与したものではなかった。
エ　河田町コンフォート案件について
ＵＲ都市整備機構が運営する施設である河田町コンフォートの警備業務については，平成２２年３月１０日，一般競争入札が行われ，被告も入札したが落札できなかった。
Ｃ本部長は，前日９日から行き先を告げることなく出張したことから，原告Ｘ１は，入札当日の朝，Ｃ本部長に対し入札額の決裁を受けようとし，携帯メールでその旨を伝えようとしたが，Ｃ本部長と連絡が取れなかったということがあった（甲１７の１，２）。
オ　平成２２年度の官公庁入札について
平成２１年１１月以降，被告においては３つの事業部（警備事業部，ａ事業部，ｂ事業部）が１つの営業組織に統合され，さらに第一営業部から第三営業部の３部制となったところ，原告Ｘ１は第一営業部の営業部長となった。官公庁の入札は，第三営業部が担当していたが，平成２２年度の入札に関し，少数の案件にしか対応できていなかった。Ｃ本部長は，このような状況を憂慮し，平成２２年２月ころ，原告Ｘ１に何とか第三営業部を助けてもらえないかと相談したことから，原告Ｘ１は，休日出勤してこれに対応したことがあった（甲１８の１，２）。
カ　有名企業役員との面談
原告Ｘ１は，平成２０年から平成２１年にかけて，親類のつてを利用するなどして，東京海上日動火災保険株式会社，三井住友カード株式会社，日本空港ビルディングといった企業の役員との面談を実現した（日本空港ビルディングの役員との面談については，Ｃ本部長も同席した。）。平成２０年１２月の東京海上日動火災保険株式会社の役員との面談については，原告Ｘ１は，Ｂ社長にも同席を依頼するメールを送信したが，同社長は返事をせず，結局原告Ｘ１，１人で面談することとなった（甲２０の１ないし２２の２）。
キ　その他の案件について
（ア）　平成２２年３月ころに実施された東京国際空港の保安警備業務については，原告Ｘ１が１億７５００万円での入札を打診したところ，Ｃ本部長はこれに反対し，結局，その意見により１億７８８０万円で入札したものの，落札できなかった。落札した国際警備株式会社は，１億８１９２万円で入札しており，被告との差は僅か３１２万円であった（証人Ｃの証言）。
（イ）　また，羽田空港における警備業務（スカイビルサービス）案件については，平成２１年４月から業務を開始したところ，当初の契約条件では人件費で月額１００万円の赤字であり，本部経費でみれば月額１５０万円の赤字であった。原告Ｘ１は，スカイビルサービスでの被告の警備業務遂行状況が良好であると把握し，一定額の代金増額を承諾すると予測しており，Ｃ本部長に対し，平成２２年４月の同契約更新に当たり強い態度で臨むべきと契約条件の改定を進言したが（甲４４の１，２），Ｃ本部長は，これが契約の打ち切りにつながると考え，消極的な態度をとり，結局，実際の交渉でもスカイサービス側に押し切られてしまい，契約代金の増額はならなかった。
(5) 　その他の関連事情について
被告において，大阪事業本部の営業開発部長は，平成２０年２月から平成２２年７月までの間に，５回も交替しており，このうち３名は交替に伴い退職している。
２　争点１（本件各給与減額の有効性）について
(1) 　前提となる事実(4)アのとおり，被告は，原告Ｘ１に対し，平成２１年３月分給与から従前の８０万円（ただし，交通費を除く。）から４６万７０４０円（ただし，交通費を除く。）に減額したところ（本件給与減額１），被告は，この理由として，原告Ｘ１は，被告が経営に携わる者や高級幹部職員を募集したのに応じて営業開発部長として採用され，Ｂ社長から，営業開発部長として最低限果たすべき業務として，優秀な営業社員１０名を採用すること（本件特命事項）を課したにもかかわらず，原告Ｘ１が同業務を遂行せず，その他にも営業体制強化のための提案等をまったく行わなかったことから，給与規程２０条３項に基づき，その給与の減額を行ったものであると主張する。
(2) 　しかしながら，賃金が，労働者にとって最も重要な権利ないし労働条件の１つであることからすれば，上記給与規程の定めが存するとはいえ，その変更を，使用者の自由裁量で行うことが許容されていると解することはできず，そのような賃金の減額が許容されるのは，労働者側に生じる不利益を正当化するだけの合理的な事情が必要であり，そのような事情が認められない以上，同賃金減額は無効になると解するのが相当である。そして，そのような賃金減額の合理性の判断に当たっては，減額によって労働者が被る不利益の程度，労働者の勤務状況等その帰責性の有無及び程度，人事評価が適切になされているかという点など，その他両当事者の折衝の事情を総合考慮して判断されるべきであると解される。
(3)ア　これを本件についてみるに，そもそも，原告Ｘ１とＢ社長との間で，本件雇用契約締結に当たり，営業社員１０名を採用することを原告Ｘ１の業務の１つとして命じ，同原告がこれを了承した事実があることは認められるものの，それを実現できなかった場合に，降格，減給ないし解雇という形で不利益処分がされることまで，原告Ｘ１が認識していたとは認め難い。また，被告は，上記業務を課すことにより，原告Ｘ１に営業開発部長として最低限の能力があるか否かを見極めるという目的があったと主張するが，上記業務がそこまで重要な位置付けであるならば，雇用契約締結の段階でそれなりに書面上の合意が交わされてしかるべきであるところ，そのような書面も存在しない。さらに，原告Ｘ１が平成２０年６月に４０歳代の男性職員６名を営業部員候補として推薦しているにもかかわらず，Ｂ社長がいずれも面接することもなく不採用としたこと（Ｂ社長の陳述書〔乙１６〕においては，新卒から３０歳程度の新鮮な感覚で営業を始められる若い人間をターゲットにするよう指示したとされているが，何故に４０歳代の者では駄目なのか，その理由は不明である上，原告Ｘ１が推薦した人物がどのような人物なのかまったく見定めようともしない点は，不可解といわざるを得ない。），その後，同年９月には原告Ｘ１及びＣ本部長が面談した上で２名の営業部員候補を選抜し，Ｂ社長に推薦したものの，このときも同社長は，面接等を行うことなく直ちに採用不可としていること，さらに，その後Ｃ本部長が原告Ｘ１からこの営業部員１０名の採用業務を引き継ぐこともなかったことに照らすと，この営業部員１０名の採用という課題が，当時被告にとってどの程度切実な課題であったのかは疑問というべきであり，Ｂ社長が，どの程度真摯な動機により，同業務を原告Ｘ１に命じたのかも疑われるところである。
イ　また，被告は，原告Ｘ１が個別の取引先との関係で一営業部員としての行動を主張するのみで，新規開拓を一切行っておらず，既存の取引先との関係を強固にしたこともないなど営業部長としての職責を果たしていなかった旨主張する。しかしながら，新規開拓はともかくとしても，前記認定事実（特に(4)の個々の取引先との関係について）のとおり，原告Ｘ１は，証拠上認められる限りでも，個々の取引先との関係で営業部長として意味のある活動をしていることが認められるのであって，少なくとも，大幅な給与減額を相当とするような勤務状況であったとは認められない（確かに，イオンレイクタウン案件〔(4)ウ〕に関しては，原告Ｘ１は主導的な関わりをしたとはいえず，Ｇ次長から叱責されるかのような内容のメールを送られているが，これは，入社から約半年の平成２０年９月ころのことであることからすれば，ある程度やむを得ない面がないわけではないし，この一事で原告Ｘ１の勤務状況のすべてを推し量ることはできないというべきである。さらに，被告は，同案件に関し，原告Ｘ１が，警備業務の営業を行う上で最低限必要な労働基準法の知識不足を解消しようとせず，積算書，時程表等の積算関係書類を作成できなかったと主張するが，仮にそうであるとしても，上記のとおり，これらの出来事は，原告Ｘ１が入社してから約半年後のことであるところ，その後もそのような状態が継続していたと直ちに推認することはできない。）。なお，前記１(4)アないしキで認定した案件以外の案件に関しても原被告間で主張，反論がされているが，これらについては，証拠上詳細な事実関係を認めることができない。
ウ　その他，被告は，原告Ｘ１の勤務能力，態度が低劣であったと主張し，それに沿う内容の各従業員の陳述書（乙１４の１ないし８）を提出するが，いずれも，どの程度客観的な視点に基づき記載されているかは不明なものであって，その信用性を過大に評価することはできないというべきである。
エ　むしろ，被告において，人事評価がどのような基準に基づいて行われているのかは証拠上明らかではなく，原告Ｘ１に対しどのような具体的に人事評価がなされていたのか，また，その結果が同原告にフィードバックされていたのか，されていたとして，どのような形でされていたのかについても，証拠上何ら明らかではない（本件における被告の証拠の提出の経緯等の訴訟追行態度をみても，被告において，人事評価関係書類として情報が集積されておらず，本件訴訟提起後，各案件ごとの書類を収集してきた状況が窺われる。このような点からすれば，仮に原告Ｘ１の業務遂行能力に問題があったとしても，被告において，当時から，社内でそれがどの程度深刻な問題として認識されていたのか，疑問があるというべきである。）。このような点からすれば，被告が，本件訴訟において，原告の勤務成績，勤務態度の著しい不良を主張しても，その主張の客観性が担保されているとはいえない。
さらにいえば，既にみたように，被告が，原告Ｘ１に対し，１０名の営業職員の採用という，何故にそれが重要なのかすら明らかでない事項を実現できなかったという理由により大幅な給与減額を行おうとする点や，平成２２年７月１５日の面談においても，Ｂ社長が原告Ｘ１に対し月給３０万円に減額すると述べるなど，安易に大幅な給与減額をほのめかす態度などからも，被告において恣意的な人事が行われている実態が窺われる（詳細な事情は証拠上定かではないが，大阪事業本部の営業部長が約２年５か月の間に５回も交替していることは，尋常なことではなく，この点も上記のような実態を推認させる一事情であるということができる。）。
オ　以上を総合するに，まず，本件給与減額１については，その減額幅は３０万円を超えるもので著しく大きく，これにより原告Ｘ１の受ける不利益には甚大なものがあるといわざるを得ない。他方，原告Ｘ１の帰責性という点に関し，被告主張にかかる１０名の営業部員の採用という業務については，それが実現されなかった場合に給与減額等につながることが合意されていたとはいえない上，実質的にも，被告において，当時それがどの程度切実な課題であったのか不明であることなどからすれば，それをもって，給与減額の理由とすることは明らかに不合理である。また，原告の勤務状況，勤務態度等についてみても，被告主張の客観性が担保されているとはいえない状況であるのみならず，恣意的な人事が行われている状況も窺われることからすれば，いずれも，かような多額の給与減額の根拠とはなり得ないものである。
なお，被告は，原告Ｘ１が本件給与減額１の後，約１年以上も明確に異議を申し立てていないことを挙げて，同原告が同給与減額に同意していた旨主張する。仮に，かような原告Ｘ１の態度をもって同意と評価することができるにしても，同給与減額が大幅な減額である以上，それなりの合理的な事情に基づくのでなければ，真意に基づく同意があるとは推認し難いところ，前記のとおり，そのような合理的な事情は認められないのであるから，これを真意に基づく同意であると認めることはできない。
これらの事情によれば，本件給与減額１は無効と認めるのが相当である。
(4) 　また，本件給与減額２について，その減額幅は，月額２万円と，本件給与減額１ほどではないにしても小さいものではないし，前記１で認定した内容からも，本件給与減額１の後，給与減額に値するような確たる事情は窺われないことなどからすれば，これについても無効といわざるを得ない。
３　争点２（本件各降格処分の有無及び有効性）について
(1) 　被告は，平成２１年１１月，原告Ｘ１を営業開発部長から第一営業部部長に降格した旨主張するところ（本件降格処分１），原告らは，それが降格処分であることを否認する。
前記１(2)カ認定のとおり，被告は，平成２１年４月に関連会社３社を合併したところ，同年１１月，これらの各営業部が１つの新しい営業組織に統合され，さらに，事業ごとに第一営業部ないし第三営業部の３つの営業部に分けた上で，原告Ｘ１を警備事業関係の営業部である第一営業部長に据えたものである。このように，原告Ｘ１の肩書が変わったのは，被告の関連会社の経営統合に伴う営業部の再編に伴うものにすぎず，何らの降格辞令等の不利益処分であることの徴表が認められないことに照らすと，原告Ｘ１の地位はいわば平行異動したにすぎないというべきであって，それを職位の降下としての降格であると認めることはできない（原告の職位を降下する目的で，上記のような全社的な営業部の再編を行うとは到底考えられない。）。なるほど，上記第一営業部ないし第三営業部を統括する立場として，原告Ｘ１の上司としてＤ取締役が営業統括部長というポストに就任しているが，この点は上記説示に影響を及ぼさない。
(2) 　続いて，本件降格処分２の有効性について検討する。
職位の引下げとしての降格について，使用者は，人事権の行使として，広範な裁量権を有するが，その人事権行使も，裁量権の逸脱，濫用に当たる場合には無効になると解される。
これを本件についてみるに，原告Ｘ１は，平成２２年４月に，Ｃ本部長が「独任官」と称する部下のいない地位に降格されているが，被告が特命事項と称する１０名の営業部員の採用を実現できなかったことが降格の理由となり得ないことは，前記２で説示した内容から明らかであるし，原告Ｘ１の勤務状況は，被告が主張するほどに劣悪であったとは認められず，降格に値するような確たる非違行為があったわけでもないこと，被告において恣意的な人事が行われている実態が窺われることなどに照らすと，原告Ｘ１に対する本件降格処分２については裁量権の濫用があるというべきであって，これを無効と認めるのが相当である。
４　争点３（退職合意の成否）について
平成２２年７月１５日の原告Ｘ１とＢ社長との面談におけるやりとりは，前記１(3)アで認定したとおりであるところ，これによると，同日，両者の間では退職金を９６０万円としていったん念書を作成する段階にまで至ったことが認められるが，その後，税金等の控除をめぐって対立し，結局，いったん署名等した念書を同日破棄するに至ったものである上，原告Ｘ１は，その後約１か月後には本件訴訟を提起している。このような点からして，原被告間で退職合意が成立していないことは明らかである。
被告は，９６０万円という金額が被告の退職金規程等に照らし破格の金額であることや，その後も，原告Ｘ１が被告社内に残置した私物を受領し，また，有給休暇等について説明を受けた際，退職に関し何ら異論を唱えなかったことを主張するが，この点が上記認定に何ら影響を及ぼすものではない。
５　争点４（本件解雇の効力）について
以上にみたとおり，原告Ｘ１の本件特命事項の不履行，同原告の勤務成績，勤務状況の低劣さといった主張により，降給処分及び降格処分の有効性を基礎付けることはできないことからすれば，いわんやそれよりも重い処分である解雇の有効性を基礎付けることはできないのは明らかである。
したがって，本件解雇は無効である。
６　争点５（原告らの賃金請求権の有無）について
(1) 　以上のとおり，本件各給与減額はいずれも無効であるから，被告は，原告らに対し，別紙差額賃金一覧表の各「認容額（請求額）」欄記載の各金員を支払うべき義務を負う（甲３の１ないし２９）。
この点に関し，被告は，平成２１年１２月分給与については，３日分の所定労働日について欠勤控除がなされたもので，同控除は有効であると主張する。しかしながら，被告の給与規程２３条においては，１項で日割計算とする場合として，月の途中での入社，退職，休職，復職，出勤停止の場合を限定列挙し，３項で，日給月給制対象者について，月の所定労働時間を勤務しなかった場合には，不足時間を欠勤控除する旨定めているところ，原告Ｘ１が月給制対象者であることは同規程上明らかであることからすれば（４条２項において，正社員のうち，役職者と営業職の者は月給制とする旨定められており，原告Ｘ１がこれに当たることは明らかである。），上記２３条１項の限定列挙事由に該当する場合以外に，原告Ｘ１について日割計算による欠勤控除を行う規程上の根拠はないと解される。もっとも，上記２３条２項には，月給者について，原則として休職前１か月の期間においては欠勤控除を行わない旨を定めており，月給制対象者についてもノーワーク・ノーペイの原則が適用されることを前提とする趣旨のようにも理解できないではないが，上記給与規程２３条を全体としてみれば，同条２項の規定は，月単位での欠勤控除について定めるもので，月給制対象者について日割計算がされるのは同条１項の場合に限定される趣旨と解される。したがって，被告の前記主張を採用することはできない。
(2) 　また，前記５のとおり，本件解雇も無効であるから，被告は，原告らに対し，同解雇後の賃金として月額８０万円の支払義務を負う。
原告らは，本件解雇後の賃金として，交通費をも含め月額８３万２９６０円を請求するが，被告の給与規程１９条が「通勤手当は，最も経済的かつ合理的な経路により，住居と勤務先との間を往復するための手当であって，免税限度月額まではその全額を支給する。」と定めるとおり（乙１），交通費は実費補償としての性質を有すると解すべきであるから，現実の勤務がない以上，交通費部分についての原告らの請求は理由がないというべきである。
７　争点６（原告らの賞与請求権の有無）について
原告らは，原告Ｘ１に対する賞与の額として，少なくとも毎年６月及び１２月に賃金額１か月分相当額（８０万円）が支払われるとの合意があった旨主張する。しかしながら，原告らの上記主張を裏付けるに足りる的確な証拠はなく，むしろ，給与規程（乙１）２５条には，「賞与は，社員の勤務成績及び業務遂行度合を勘案して，６月及び１２月に支給する。但し，会社業績，経営状況から勘案し支給が困難な場合はこの限りでない。」との定めがあり，これによれば，被告において，賞与の具体的金額については個別の人事査定を経て具体的請求権となる性質のものと解される。原告Ｘ１も，賞与については個別の査定がされていたことを認めている（甲４８〔５８頁〕）。
したがって，平成２０年１２月分から平成２２年６月分にかけて現に原告Ｘ１に支払われた賞与はいずれも被告による査定に基づいて支払われたものと解されるから，差額賞与請求権が発生する根拠はないというべきである。また，本件解雇後についても，具体的な査定が存在しない以上，賞与請求権が発生する余地はないと解される。
８　本件解雇後の賃金請求の終期について
原告Ｘ１は，本件解雇後の賃金及び賞与についてその終期を定めることなく請求する（原告破産管財人は，同解雇後の賃金及び賞与については平成２４年３月分までの範囲で請求している。）。しかし，同賃金，賞与請求のうち判決確定後に履行期が到来する部分については，地位確認判決の確定後もなお支払がされない特段の事情のない限り，あらかじめその請求をする必要があるとはいえないと解されるところ，本件ではそのような特段の事情は存しない。したがって，本件訴えのうち上記部分については，将来給付の訴えの利益を欠くものであって，不適法である。
第４　結論
以上のとおり，原告Ｘ１の請求は主文第２，３項掲記の限度で，原告破産管財人の請求は，主文第４項掲記の限度でそれぞれ理由があるから認容し，本件訴えのうち原告Ｘ１が本判決確定後の賃金及び賞与の請求をした部分は，不適法であるからこれを却下することとし，その余の原告らの請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとして，主文のとおり判決する。
（裁判官　西村康一郎）

〈以下省略〉

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