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裁判年月日 令和 2年 3月24日 裁判所名 横浜地裁 裁判区分 判決
事件番号 平３０（ワ）１２３１号
事件名 損害賠償等請求事件
裁判結果 一部認容 上訴等 控訴 文献番号 2020WLJPCA03246001
事案の概要
◇日本を代表する総合電機メーカーである被告会社において勤務している原告が、被告会社に対し、同社から違法な退職勧奨及びパワーハラスメント（パワハラ）を受けたと主張して、不法行為に基づき、慰謝料１００万円等の支払を求めるとともに、被告会社により原告に対する違法かつ無効な査定が行われ、賃金が減額されたと主張して、雇用契約に基づく賃金支払請求権又は不法行為に基づき、一部請求として、違法かつ無効な査定がなかった場合との差額の賃金合計１７２万円等の支払を求めた事案
出典
判時 2481号75頁
労働法律旬報 1963号67頁
評釈
慰謝料請求事件データファイル（労働関係）
田口靖晃・労政時報 4000号10頁
川岸卓哉・労働法律旬報 1963号42頁
井村真己・沖縄法学（沖縄国際大学） 49号183頁
参照条文
民法７０９条
民法７１０条
民法７１５条１項
裁判年月日 令和 2年 3月24日 裁判所名 横浜地裁 裁判区分 判決
事件番号 平３０（ワ）１２３１号
事件名 損害賠償等請求事件
裁判結果 一部認容 上訴等 控訴 文献番号 2020WLJPCA03246001
神奈川県平塚市〈以下省略〉
原告 Ｘ
同訴訟代理人弁護士 高橋宏
藤田温久
川岸卓哉
畑福生
東京都千代田区〈以下省略〉
被告 株式会社Ｙ
同代表者代表執行役 Ａ
同訴訟代理人弁護士 岩井國立
主文
１ 被告は，原告に対し，２０万円及びこれに対する平成３０年４月１９日から支払済みまで年５分の割合による金員を支払え。
２ 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
３ 訴訟費用は，これを２７分し，その２５を原告の負担とし，その余を被告の負担とする。
４ この判決は，第１項に限り，仮に執行することができる。
事実及び理由
第１ 請求
１ 被告は，原告に対し，１００万円及びこれに対する平成３０年４月１９日から支払済みまで年５パーセントの割合による金員を支払え。
２ 被告は，原告に対し，１１９万６０００円及びこれに対する平成３０年４月１９日から支払済みまで年６パーセントの割合による金員を支払え。
３ 被告は，原告に対し，５２万４０００円及びこれに対する令和元年６月２１日から支払済みまで年６パーセントの割合による金員を支払え。
第２ 事案の概要
本件は，総合電機メーカーである被告において勤務している原告が，被告に対し，①被告から違法な退職勧奨及びパワーハラスメント（以下「パワハラ」という。）を受けたと主張して，不法行為に基づき，慰謝料１００万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成３０年４月１９日から支払済みまで民法所定の年５分の割合による遅延損害金の支払を求め（請求の第１項），②被告により原告に対する違法かつ無効な査定が行われ，賃金が減額されたと主張して，雇用契約に基づく賃金支払請求権又は不法行為に基づき，一部請求として，違法かつ無効な査定がなかった場合との差額の賃金（給与（月俸）及び賞与（一時金））合計１７２万円（請求の第２項及び第３項の元金の合計額であり，その内訳については後記３(2)のとおりである。）及びうち１１９万６０００円（平成３０年３月支払分までの給与（月俸）差額６万６０００円と，平成２９年冬季までの一時金差額１１３万円との合計）に対する訴状送達の日の翌日である平成３０年４月１９日から，うち５２万４０００円（上記以外の部分）に対する令和元年６月２０日付け請求の拡張申立書送達の日の翌日である令和元年６月２１日から，それぞれ支払済みまで商事法定利率年６分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
１ 前提事実（当事者間に争いのない事実，又は，各項末尾の括弧内に摘示した証拠及び弁論の全趣旨によって容易に認定できる事実）
(1) 当事者等
ア 被告は，電気機械器具の製造及び販売等を目的とする株式会社であり，日本を代表する総合電機メーカーである。
イ 原告は，昭和６３年４月１日，被告と雇用契約を締結し，以降，現在に至るまでソフトウェア関連の業務に従事してきた。
(2) 原告の所属している部署
原告は，平成２４年４月から，被告におけるａ本部という部署の中の，ｂ部（後に「ｂ１部」，「ｂ２部」に順次名称が変更されたが，以下，名称変更の前後を問わず「ｂ部」という。）に所属し，平成２８年４月以降，業績管理業務を行うｂ部第１グループの課長と，プロモーション業務を行うｂ部第３グループの課長とを兼任して，業務に従事していた。被告において，課長は管理職として位置付けられている。
(3) 被告における「ＧＰＭ」制度の導入
海外も含めた被告のグループにおいては，平成２３年度まで，グループ各社・事業体別に独自の人事制度を持っていたが，平成２４年度以降，これらを統合・再編することとし，その一環として，被告は，平成２６年４月，グローバル・パフォーマンス・マネージメント（以下「ＧＰＭ」という。）と呼ばれる評価制度を導入した。
被告においては，基本的には，ＧＰＭの評価結果を従業員の処遇に反映する（賃金・賞与考課のベースとする）こととされているが，評価のためだけに実施するものではないとも説明されている。
このＧＰＭという評価制度においては，被告グループ全体の目標を個人の目標に反映させることを目的として，各従業員は，期初に個人目標及びコンピテンシーと呼ばれる行動目標を設定することとされ，上長が中間評価と最終評価を行うこととされている。
（乙３）
(4) 原告に対する個別面談の実施
ｂ部全体の部長であるＢ（以下「Ｂ部長」という。）は，原告との間で，平成２８年８月３０日，同年９月７日，同月２３日，同月２７日，同年１０月１１日，同年１１月１５日，同年１２月５日及び同月２７日，個別面談を実施した（乙７の２）。
(5) 原告に対する査定
ア 被告における従業員の平成２９年度夏季までの一時金査定は，以下の８段階評価である。
Ｓ 特に顕著な業績を上げた
Ｈ＋ 顕著な業績を上げた
Ｈ 高い業績を上げた
Ａ 期待される業績を上回った
Ｂ 概ね期待される業績を上げた（標準）
Ｃ 期待される業績をやや下回った
Ｃ－ 期待される業績を大きく下回った
Ｄ 期待される業績を著しく下回った
イ 被告における従業員の平成２９年度冬季以降の一時金査定は，以下の５段階評価である。
Ｏ（Outstanding） 高い業績を上げた
Ｅ（Exceed Expectations） 期待される業績を上回った
Ｍ（Meet Expectations） 概ね期待される業績を上げた（標準）
Ｉ（Inconsistent） 期待される業績を下回った
Ｕ（Unsatisfactory） 期待される業績を大幅に下回った
ウ 被告における従業員の給与査定は，以下の６段階評価である。
Ｖ１ 昇給大 非常に大きな向上が期待できる
Ｖ２ 昇給中 大きな向上が期待できる
Ｖ３ 昇給小 向上が期待できる
Ｖ４ 現状維持 同程度の貢献が期待できる
Ｖ５ 降給小 改善を要する
Ｖ６ 降給大 大幅な改善を要する
エ 原告の平成２７年度夏季から平成３０年度冬季までの一時金査定は，以下のとおりである。
平成２７年度夏 Ｂ
冬 Ｂ
平成２８年度夏 Ｂ
冬 Ｃ
平成２９年度夏 Ｃ－
冬 Ｕ
平成３０年度夏 Ｕ
冬 Ｉ
オ 原告の平成２８年度から平成３０年度までの給与査定は，以下のとおりである。
平成２８年度 Ｖ４
平成２９年度 Ｖ５
平成３０年度 Ｖ５
(6) 原告が労働組合に加盟したこと
原告は，平成２９年１月頃，個人加盟の労働組合であるｃユニオンに加入し，同月１９日，ｃユニオンは，原告に対する個人面談は退職強要であるとして，これを中止することなどを求める団体交渉を被告に申し入れるとともに，神奈川労働局への要請，記者会見等を行った。
２ 争点
(1) 原告に対する違法な退職勧奨・パワハラの有無及び慰謝料額（争点①）
(2) 原告に対する査定の違法性（争点②）
３ 争点に関する当事者の主張
(1) 争点①（原告に対する違法な退職勧奨・パワハラの有無及び慰謝料額）に関する主張
（原告）
ア 被告は，Ｂ部長の面談等により，原告を退職させる旨の確固たる意志を持って，無理難題の要求を行い，被告における従前の評価をあえて無視し，具体的根拠を示さず，抽象的に原告が無能である旨の不当な低評価を行い，給料の低下を示唆し，仕事を与えず，退職以外に選択肢がないことを示し，これらを原告の意思に反し繰り返し行うことによって不当な心理的圧力を加え，原告が無能である旨の侮辱及びパワハラを行うことによって，不当に原告の名誉感情を侵害したものであり，退職強要として違法である。
イ 本件は，被告による組織的なリストラの一環であり，そのことは，平成２８年１２月２７日の面談におけるＢ部長の「君がこういう面談をやっているということをすべての勤労が知っているから。すべて情報は共有されているから。」との発言にも表れている。
ウ 原告が加盟したｃユニオンの団体交渉の申入れにより，Ｂ部長による退職強要の面談自体は止まったが，これに代わり，Ｂ部長は，執拗に原告の業務内容についてあげつらうパワハラを行うようになった。
例えば，平成２９年６月２２日，原告が司会を務めた会議について，Ｂ部長は，議事運営を批判する目的で，あえて，会議参加者約３０名全てに一斉送信したメールで，原告の会議運営上の課題について，８項目を挙げて公然と原告を非難するなど，原告の名誉を損なう形で指導を行った。
また，平成２９年７月２６日には，原告がＢ部長の指示に従って作成したＷＢＳ（ワーク・ブレークダウン・ストラクチャー）シートについて，Ｂ部長は，原告に対し，原告の仕事のやり方等を侮辱するようなメールを送信したほか，Ｂ部長から指示を受けて改めて報告した内容に対してもアドバイスをせず，会議の席上で公然と原告に対する非難を伝えた。
さらに，平成２９年１１月４日には，原告の作成した資料について，Ｂ部長は，原告に対し，不当に低い評価をするメールを送信した。
これは，パワハラ自体として違法であるにとどまらず，個人面談から形を変えた退職強要としても違法である。
エ 加えて，後記(2)の違法な査定も，パワハラに該当し，違法である。
オ 被告における原告に対する違法な退職強要・パワハラによって，原告が被った精神的苦痛に対する慰謝料額は，１００万円を下らない。
（被告）
ア Ｂ部長は，原告が仕事を通じて成果を出せるようにするためには，原告のキャリア形成に沿った仕事のアサインが必要だと考え，面談を通して原告にキャリア形成の考えを整理してもらおうとしたものの，考えてもらえない状況であったため，結果的に他の者より面談回数が多くなったのである。原告との間で行われた面談には，ＧＰＭ面談，本人からの申入れによる面談，業務アサインの相談が含まれており，Ｂ部長から原告に申し入れたキャリア面談は，平成２８年９月７日，同月２３日及び同年１２月５日の３回のみであって，Ｂ部長は，執拗に面談を繰り返したわけではない。
イ Ｂ部長は，平成２８年９月７日の第１回キャリア面談で，原告に対し，被告のグループ会社又は社外転身の選択肢を提示したが，同月２３日の第２回キャリア面談で，原告からグループ会社への異動，社外転身はしないとの意思が示されたことを受け止め，被告社内でのキャリア形成についての面談を行ったのであり，実際に，同年１０月１２日，原告に対し，被告の「プラットフォームＳＥ」という他の業務のアサインを打診している。Ｂ部長と原告との面談が退職を強要するためのものであれば，このような他の業務のアサインの相談をするわけがない。
ウ 原告がパワハラであると主張するメールについては，通常の会議であれば，必ず会議の最後に出席者全員で次回の会議に向けた課題等が確認されるが，それを原告が行わなかったため，Ｂ部長は，やむを得ず次回の課題等を確認する目的でメールを送信したものであり，パワハラを行うつもりでメールを送信したわけではないし，Ｂ部長が指摘した内容は，原告が会議の主催元の管理職として果たすべき役割であり，以前から継続して指導してきた内容でもあったから，違法性はない。
エ 被告が組織的なリストラを行っている旨の主張は，否認する。
(2) 争点②（原告に対する査定の違法性）に関する主張
（原告）
ア 使用者である被告は，労働者である原告に対し，公正な評価を行う義務を負い，これを履行したことを立証する責任を負うところ，被告において採用されているＧＰＭ評価制度は，相対評価であり必ず一定の低評価者を生み出す制度である上，評価の対象となる目標設定が抽象的で，評価自体も上長の「期待」という主観的要素を基準としており，評価者が上長１名のみであり複数名による多面的評価を経てこれが是正される機会がないなど，評価の客観性が担保されておらず，上長の恣意的判断の余地を許す不公正な制度であり，制度自体が違法なものである。
イ 原告に対する査定は，退職強要を受ける前である平成２８年夏季賞与に係る評価（平成２７年度の最終評価）までは継続して標準的な評価であったのに，被告が原告に対する退職強要を開始した平成２８年度の最終評価からは，異常なほどの低評価が継続している。面談におけるＢ部長の発言からは，原告を退職に追い込むため，低査定を継続し，賃金を下げ続ける意図が示されていること，被告が４年以上にわたり最低評価を与えながらもあえて原告を課長職に配置し続けていることからすれば，被告による原告の低査定は，退職強要を目的とした違法なものである。
ウ（ア） 原告は，平成２８年度当初，４つの個人目標を設定していたが，退職強要面談が開始された同年８月以降，これらの個人目標に関する業務からほとんど外されていくことになった。違法な退職強要の一環として，個人目標の成果を上げるための業務が与えられておらず，成果を上げる前提を欠いていたにもかかわらず，低評価をするのは違法である。なお，原告の平成２８年度上期の中間評価の自己評価が低いのは，Ｂ部長による退職強要の面談により，原告の精神状態が追い込まれていたからであり，同年度の最終自己評価は，当初は「評価対象外」と記載して提出したものの，被告の指示により「期待を下回る」と書き直したものであるから，原告の自己評価が低いことは，被告が公正な評価を実施したことを示すものではない。
（イ） それぞれの個人目標に対する評価についてみると，Ｂ部長は，原告が「チャレンジ１１００会議」に出席しても何も貢献しなかったと評価するが，上記のとおり，原告は，本来の業務からも外されており，同会議における報告及び発言の対象となる業務がなかったのであって，意見を述べなかったことに何ら問題はない。また，Ｂ部長は，平成２９年２月の業績検討会議における原告の業績報告について，トレンドの見通しの検証ができないまま報告したと評価しているが，これは，Ｂ部長の行ってきたトレンドの見通しがずれていたため，見通しの立て直しとその原因を分析する作業が必要になったことが原因であり，Ｂ部長の分析が甘かったことを原告に責任転嫁するものにすぎない。
原告が担当した情報管理基盤（情報管理ソフトウェア）に関する作業について，Ｂ部長は，担当者の退職後の原告の引継ぎが不十分で，利用者が困る状況になるまで放置したと評価しているが，上記のとおり，原告は仕事を取り上げられていたので，上記作業の引継ぎはＢ部長が行うことになっていたのである。
原告が担当したコンテンツ制作効率化のための新スキーム確立（マニュアル連携）につき，Ｂ部長は，同人に対する報告も含めて，実質的な取りまとめ作業を関連子会社（ｄ社）に任せ，原告の貢献度は低いと評価しているが，確かに実作業は関連子会社が担当したものの，原告がアドバイザーとして会議で意見を述べ，問題なく作業ができるようにしていた点を全く評価していない。
原告が担当した社内ウェブサイトにおけるデジタルマーケティング手法の確立及び情報発信内容へのフィードバックについて，Ｂ部長は，実施するための仕組みは作ったが，これを運用に載せることができなかったと評価するが，原告は，平成２８年度上期に当該業務から外されたからこそ，仕組み作りにとどまったのであって，運用は引継ぎ先の担当者が行うことになったものであるから，原告が低評価を受けるいわれはない。
以上のとおり，原告に対する評価の理由はいずれも不合理である。
エ 平成２９年度以降，団体交渉により，被告は，公然には，仕事外しと執拗な面談による退職強要は行えなくなった。しかし，以後，被告は，ＧＰＭ制度を利用し，原告に対して一貫して低査定を行うことによって，賞与及び賃金を切り下げていく方法により，原告を退職に追い込む意図を明らかにしている。
平成２９年度以降の査定の特徴として，原告の業績管理業務のうち，会議運営方法という客観的評価指標のないことについて，難癖をつけて最低評価をしていること，原告が個人目標に対する成果を上げたときは，成果自体は否定しないものの，受動的業務であるとか，貢献がないなどと，組織において到底あり得ない理由をつけて，一切評価せず，最低評価としていることが挙げられる。このようなＢ部長の極めて不合理な評価は，結局のところ，原告に最低評価を与え続け，退職に追い込むという結論ありきの姿勢の現れというほかなく，違法である。
オ 以上のような違法な査定により，原告の一時金のうち個人業績反映分は，平成２８年夏季一時金と比較して，同年冬季一時金が２５万円，平成２９年夏季一時金が５０万円，同年冬季一時金が３８万円の減額となり，減額の合計は１１３万円（①）である。
また，原告の給与（月俸）額は，平成２９年度には，平成２８年度以前と比較して月額６０００円減額され，平成２９年４月締め分から平成３０年３月支払分までの１１か月分に相当する６万６０００円（②）の減額が生じ（賃金の締日及び支払日は記録上明らかでないところ，原告の「２０１７年度より，月額６０００円の減給となり，２０１８年３月分現在で６万６０００円の損害となっている」との主張（訴状１３頁）を矛盾のないように理解するとすれば，上記のようになるものと解される。），平成３０年度からは更に月額６０００円（平成２８年度以前と比較すると月額１万２０００円）減額され，平成３０年４月分から平成３１年３月分までの１２か月分に相当する１４万４０００円（③）の減額が生じた。
したがって，被告の違法な査定という不法行為により，原告には，合計１７２万円の給与（月俸）及び一時金が減額するとの損害が生じた（なお，上記①，②及び③の合計は１３４万円であるが，原告は，訴状において平成２９年冬季一時金の減額分である３８万円を損害に計上していたにもかかわらず，令和元年６月２０日付け請求の拡張申立書においては「１７年冬季一時金（２０１７年度中間評価に対応）３８万円」の「請求を拡張する」と主張しており，上記３８万円が重複して計上されたことにより，合計額が１７２万円となっている。）。あるいは，被告の査定は無効でもあるから，原告は，被告に対し，同額の未払賃金請求権を有することになる。
（被告）
ア 被告のＧＰＭ制度においては，目標設定時及び評価時に，上長と本人が面談をして認識をすり合わせていること，評価は，上長の期待ではなく，当該グレードに期待されるレベルを基準に評価すること，課長職である原告に対する部長の評価は，当該部署に在籍する部長職全員による評価内容のレビュー・確認を行った上で，当該部署が属する本部の本部長と正部長及び人事部門がレビュー・確認を行っていることから，ＧＰＭ制度が公正かつ客観的な制度ではないという原告の主張は失当である。ＧＰＭ制度は，各人のポジションに期待される職責及び目標の達成度を絶対評価で把握するものであって，ＧＰＭ評価の分布規制は実施されていないから，これが相対評価であるとの原告の主張は，前提を欠くものである。
イ 原告は，平成２８年８月から同年１２月にかけて実施されたＢ部長による個別面談を境に，評価者はＢ部長のまま変わっていないにもかかわらず，原告に対する評価が明らかに大きく下がっていると主張するが，平成２７年度に引き続き，平成２８年度の原告に対するＧＰＭ評価は，原告のレポートライン上長であるＣ部長（以下「Ｃ部長」という。）が行っており，平成２８年度は，Ｂ部長は原告の評価をしていない。
ウ 原告は，被告が退職強要のために原告に仕事を与えておらず，能力発揮のための環境整備がないにもかかわらず，それを無視し，成果を上げていないとして低評価をしていると主張するが，被告は，原告を業績検討会議の資料作成の仕事からは外したものの，原告は，売上予算達成に向けた施策推進会議には毎回出席しており，上記以外の仕事からも外されていたという事実はなく，拡販活動推進の課題の対策を行う業務及び部下の業務管理については引き続き担当していたのであるから，被告が原告に仕事を与えていなかったというのは事実に反する。
エ 原告は，平成２９年度の評価について，会議運営という正解のないことについて難癖をつけて低評価としていると主張するが，被告は，会議の事前準備が不十分であったという事実と，自分で会議運営もできない状況であったという事実を踏まえて評価しており，難癖をつけて低評価をしたわけではない。また，原告が個人目標に対する成果を上げても，受動的業務であるなどとの理由をつけて，一切評価していないと主張するが，原告が説明した成果は，個人目標とは結びつかない成果であり，当該目標の成果として評価することはできない。
第３ 争点に対する判断
１ 認定事実
証拠（掲記したもの）及び弁論の全趣旨によれば，以下の事実が認められる。
(1) ｂ部の担当業務及び内部グループについて
ｂ部は，ソフトウェア製品の中でも，コンピュータシステムの設計・構築に必要となる共通のソフトウェア製品の売上を上げていくことを目的とする部門であり，直接顧客に対し製品の提供を行うといったフロント業務を担当する第１グループ，新事業立上げ業務を担当する第２グループ，フロント業務のサポート等を担当する第３グループの３つの部署に分かれている（乙２，乙７の１〔３ないし５頁〕，証人Ｂ部長〔７，８頁〕）。
(2) 平成２８年度上期に原告が担当した業務等
ア 原告は，平成２７年度までは，ｂ部の第３グループの課長として勤務していたが，平成２８年４月１日から，第１グループと第３グループの課長を兼務することとなり，フロント業務全体を統括するＣ部長の下で，第１グループの業務である業績管理業務を担当することになった（乙７の１〔７頁〕）。
イ 原告は，平成２８年５月から９月までの５回，業績検討会議の資料作成を担当したが，原告が作成した資料は，Ｃ部長やＢ部長から見て完成度が低かったので，何度もやり直しをすることになり，結果的に全ての回において資料提出期限に準備が間に合わない状況となった（乙７の１〔９頁〕，証人Ｂ部長〔９，１０頁〕）。
また，同年８月の業績検討会議において，原告が担当した売上見通しの分析に問題があり，同年９月の業績検討会議において，大幅な下方修正をすることとなった（乙７の１〔１０頁〕，証人Ｂ部長〔１０，１１頁〕）。
(3) 平成２８年８月３０日の個別面談
Ｂ部長は，平成２８年８月３０日，原告との間で個別面談を実施した。
同日行われた個別面談において，Ｂ部長は，原告に対し，顧客への価値を提供する仕事の中で活躍することを期待していることを述べる一方，現在，業績管理の仕事を，Ｃ部長に相当な指導をしてもらいながら担当してもらっているが，仕事のアウトプットが雑過ぎ（質が低い），期限を守れない，部下の仕事のマネジメントをせず，分担しているという状況で，内部の仕事でもこのような状況だとすると，顧客フロントでの仕事は，一人で行うわけではなくプロジェクトとして進めないといけないことを考えると，難しいのではないかと思うこと，原告のキャリアプランは，「今の業績管理の仕事をより良く出来るようにする。」ことしか考えられていないが，これをきっかけにして，今の自分の能力を冷静に振り返り，自分が，どのような仕事で活躍するか，これからのキャリアを真剣に考えてほしいことなどを述べた。
（乙７の２〔４頁〕）
(4) 平成２８年９月７日の個別面談
Ｂ部長は，平成２８年９月７日，原告との間で個別面談を実施した。この面談は，被告においては「キャリア面談」として位置付けられている。この「キャリア面談」は，当時，ｂ部に在籍していた７名の部長が分担して，課長相当職以下，一般職も含めた全ての職員６４名に対して行われた。この時期における「キャリア面談」の後，ｂ部から１名の職員が退職した。
同日行われた個別面談において，原告がＢ部長に，「フロントの仕事をすると腹をくくるしかないかと考えている。」と述べたのに対し，Ｂ部長は，「仕事のアウトプットが雑過ぎ，期限を守れない，部下の仕事のマネジメントが出来ないということだと，いくら腹をくくったとしても現実的に，それが仕事として出来るわけではないだろう。」と述べ，原告が今後取り得る選択肢として，①Ｙ社グループ内異動と②社外転職支援プログラムを挙げ，①のＹ社グループ内異動については，「ソフトウェア技術者としての専門能力やプロジェクトマネージャのような経験者でないと難しい。」と説明し，「むしろ，社外の方が，選択肢も広くキャリアを生かす仕事も探しやすいのではないかと思う。」と述べた。
これに対し原告は，「社外に出るとは考えたことは無かった。」，「客観的に見て，自分に価値があるのか？ 具体的に仕事が見つかるのか心配。」などと述べ，Ｂ部長は，「キャリアの支援制度について，もう少し詳細に知りたい場合は言ってもらえれば，次回の面談に，人事部門の担当者に同席してもらい説明する。」と述べた。
（乙７の２〔５頁〕，証人Ｂ部長〔１３，１４，４７，４８頁〕）
(5) 平成２８年９月２３日の個別面談等
ア Ｂ部長は，平成２８年９月２３日，原告との間で個別面談を実施した。
同日行われた個別面談において，原告がＢ部長に対し，過去の顧客対応やトラブル対応についての自分の実績を述べ，ｂ部でも顧客の求めるものを形にすることをやってきた自負があると述べたのに対し，Ｂ部長は，「過去は活躍したのかもしれないが，今期の業績改善フォローアップの仕事はひどい。」，「自分自身で資料を完成させられず」，「部下の仕事の指導をしないばかりか，アウトプットをチェックもせず上司としての仕事も出来ていない。」，「業績報告であるので，数値の扱いは慎重であるべきなのに間違いだらけ。」，「資料を完成させようという責任感も無い。」，「このやり方で顧客とのフロントに立ったとしても絶対に仕事にはならない。」，「自分の収入は，今の自分の成果に見合っていると思うか？」などと述べ，原告は，「収入が維持できるかわからない他社に転職することは想像ついていない。」，「Ｙ社でキャリアをここまで積んできているので，これを生かせるＹ社の仕事に就きたい。」と述べた。
（乙７の２〔６頁〕）
イ Ｂ部長は，前記(2)イの状況を踏まえ，平成２８年度下期の業績検討会議の資料作成は自分が担当することとし，同日，原告に対し，平成２８年度下期は業績検討会議の資料作成は担当しなくてよい旨伝えた（乙７の１〔１０頁〕，証人Ｂ部長〔１１，１２頁〕）。
(6) 平成２８年９月２７日の個別面談
平成２８年９月２７日の個別面談は，前回の面談で伝えきれなかったことがあるということで，原告から申し入れて実現された。
原告は，Ｂ部長に対し，再び，自分の取り組んできた実績と，自分の強みについて伝えて，「こうした強みを生かせる仕事は，Ｙ社の中に必ずあるはず。」と述べた。
Ｂ部長は，「原告の能力が無いとは全く言っていない。」，「Ｙ社のポートフォリオ転換で目指している会社の中では活躍するのが難しいと言っているだけ。」，「社外も含めて多くの会社では，原告の強みを生かせる会社はあると思う。」，「先日紹介した社外のキャリア相談に行ってみてはどうか？」と述べたのに対し，原告は，「Ｙ社を辞めるつもりは無い。」と回答した。
Ｂ部長は，「給料が下がったら，社外転身を考えるのか？」，「自分の将来のキャリアをどのようにつくっていくのか考えられていないようなので，もう少し考えて欲しい。改めて面談をしましょう。」と述べて面談を終了した。
（乙７の２〔７頁〕）
(7) 原告に被告内部での異動が打診されたこと
Ｂ部長は，他の部署から，被告において顧客に提案中の案件において「プラットフォーム担当ＳＥ」を探しているという相談を受けて，平成２８年１０月１１日，原告に対し，この「プラットフォーム担当ＳＥ」という仕事を担当しないかと打診したところ，原告は，この仕事を引き受ける旨の回答をした（乙７の１〔１４，１５頁〕，乙７の２〔８，９頁〕，証人Ｂ部長〔１４，１５頁〕，原告本人〔５頁〕）。
しかし，提案中の案件は失注する可能性が高くなってきたため，Ｂ部長は，同年１１月９日，原告に対し，そのことをメールで伝え，同月１５日の面談でも伝えた（乙７の１〔１５，１６頁〕，乙７の２〔１０頁〕）。
その後，提案中の案件は同月２９日に完全に失注し，Ｂ部長は，同日，その旨原告にメールで伝え，同年１２月５日に面談をすることを依頼した（乙７の１〔１６頁〕，乙７の２〔１１頁〕）。
(8) 原告の兼務が解かれたこと
原告は，平成２８年１２月１日付けで，ｂ部第３グループの兼務を解かれた（原告本人〔６頁〕）。
(9) 平成２８年１２月５日の個別面談
前記(7)の案件が失注したことを踏まえ，平成２８年１２月５日，Ｂ部長と原告との間で，個人面談が行われた。
この日の面談において，原告が，「これまで，仕事は与えられてきた。与えられた仕事は何でもやってきたが，仕事が与えられず，自分で仕事を探すようなことは，これまで経験したことが無く困っている。」などと述べたのに対し，Ｂ部長は，「自分のやりたい仕事が具体的にあるなら，自分に仕事が来るようにスキルアップを図るとか，やるべきことがあるのではないか？」，「何もしないで，仕事を与えられるのを待つというのは，随分甘い考え方だと思う」などと述べた。
さらに，Ｂ部長は，原告が「データベーススペシャリストの道で人生を歩みたい」と発言したことを踏まえ，資格取得を薦め，原告に他の案件のＳＥを担当させることについては，継続して検討を進めることにし，最後に，原告に対し，Ｙ社の成長事業に自分が寄与できる仕事を定義するよう依頼し，年明けに面談することを打診した。
（乙７の２〔１１頁〕）
(10) 平成２８年１２月２７日の個別面談
原告からＢ部長に対し，平成２８年１２月１６日に，「自分の仕事について定義した内容をお話させて頂きたい。」ということで，メールにより年内の面談の申入れがあり，同月２７日に面談が実施された（乙７の２〔１２頁〕）。
同日の面談において，原告が，第３グループでの仕事を原告に戻してほしい旨の希望を述べたのに対し，Ｂ部長は，原告が第３グループでの仕事を行うためには，既に２名いる課長職のどちらかのポジションを奪う必要があるが，どちらを外に出すのかと尋ね，その２名よりも原告が優秀であるということを示すよう求めた上，「会社に残りたいということをずっと主張されるんだけど，僕は君の能力を活かせる仕事はないとずっと言い続けているけど，ずっと平行線のままじゃない。」と述べた。
原告が，「じゃあ結局私の仕事は？」と尋ねたのに対し，Ｂ部長は，「自分で見つけてっていってるじゃない。社内にどうしても残るというのなら。社外なら色々あるよっていっているじゃない。社外に出ろとはいっていないよ。でも社外って形まで目を広げれば色々選択肢があるじゃないですか？」と述べ，原告が，「あると思えない。」と答えたのに対し，「どうして？ 探した？ あると思えないというのはどういう意味？ 求人情報ってすごくいっぱいあるよ。」と述べた上，転職した他の職員のことについて述べた。
さらに，Ｂ部長は，「本当にＹ社でずっと仕事をしたいなら。」，「僕もあまり可能性があるか聞いてないけど，Ｓ５ＴやＳ６に落ちるという手はあるかもしれない。」と述べ，原告の仕事ぶりについて，「課長職がやる仕事ではない。はっきり言って。」，「課長職でなくても十分やれる仕事。課長のポジションにこだわっているの？そういうポジションが用意できるのかどうか僕にはなんともいえないけど，僕の感覚からすると，君の仕事ぶりはだいたいＳ６とかＳ７くらい。正直言うと。」と述べた上，「課長職にこだわっているとかＹ社にこだわっているとか，その割に自分のできることがないというか，ものすごく自分に課している制約条件が強すぎて，自分の選択肢をすごく狭めているとしか思えない。」，「色々会議には出てくれているけど，会議には出る必要性はないし。今日の業検の会議にも出ていたけど，君はこの会議に出る必要なんて全然ない。そんな会議に出るくらいなら，自分の将来のことを一生懸命その時間使って考えたほうがいいんじゃない？」，他の部署が原告を「受け入れてくれる可能性は極めて低いと思うよ。なぜだと思う？君がこういう面談をやっているということをすべての勤労が知っているから。全ての情報は共有されているから。」，「制約条件の何かを外してほしい。いくつかある制約条件の中で。そうしないと先開けないよ。」などと述べた。
このほか，Ｂ部長は，原告に対し，「Ｙ社の魅力って何なんだろうね。何がＹ社の魅力なの？ Ｘさんにとって。そこがずっとわからない。能力がなくても高い給料払ってくれるというのが魅力的ですというならそう言ってほしい。」，「会社で成果の出る仕事がなくても，今の状態で，高い課長職としての給料をもらい続けているということに対しても，何も思わないわけね。」，「課長職として仕事がないのに，できないのに高い給料だけもらっているって，おかしいよね？ 自分がもらっている給料って正当な対価としてもらっていると思っている？」，「自分の仕事に対するプライドとか誇りというのはないのか？ないんだな。残念ながら。」などと述べた。
（甲１８の１及び２，乙６）
(11) 原告に業績検討会議の資料作成業務が指示されたこと
原告は，平成２８年度下期は業績検討会議の資料作成業務からは外れていたが，Ｂ部長が平成２９年１月に発生したトラブルの対応により業績検討会議の資料作成ができなくなったため，同年２月８日，Ｃ部長の指導の下で，同月の業績検討会議の資料作成業務を行うことを指示された（乙７の１〔２１頁〕，証人Ｂ部長〔１７，１８頁〕）。
(12) ｂ部の組織改編
平成２９年４月，被告において組織改編があり，ｂ部は，他の部門と統合されｂ１部という以前より大きな組織となり，原告の直接の上長は，Ｃ部長からＢ部長に変わった（乙７の１〔２２，２３頁〕）。
(13) 平成２９年上期に原告が担当した業務等
原告は，平成２９年度，①ｂ１部が担当するミドルウェア製品の売上見通しについて，設計部門と不整合にならないような管理プロセスを確立するための会議を主催し運営する業務，②ミドルウェア製品の売上予算達成を目的とした拡販施策推進会議を主催し運営する業務，③部門内の案件管理システムの更改に向けた提言をまとめる業務を担当した（乙７の１〔２３，２４頁〕）。
(14) Ｂ部長が原告に関するメールを送信したこと
ア Ｂ部長は，平成２９年６月２２日，原告に対し，その日に原告が司会を務めた会議について，「次回に向けてのアクションについて何も決めずに，シラッと終了させてしまいましたが，次回に向けて私がお願いしたかったことを伝えておきます。」として，８項目にわたって，次回の会議までの原告の「宿題」を依頼する内容のメールを送信したが，そのメールは，会議参加者約３０名にも一斉送信された（甲４の２，乙１の１）。
その後，原告は，Ｂ部長のメールに対する返信という形で，Ｂ部長も含めた会議参加者約３０名に，次回会議における懸案事項の一覧表を送信したところ，その内容は，Ｂ部長から「宿題」として依頼を受けたものを含む６つの事項について，「指摘事項」，「対応者」及び「期限」等を一覧化したものであった。そうしたところ，Ｂ部長は，原告に宛てて，「懸案事項一覧表を拝見しましたが，タダの指摘事項一覧表で驚きました。私がメールでお願いした内容について，私が何が課題だと考えているのか（Ｘ）Ｋには理解できるだろうと考えていたのですが，理解されていないようなので懸案事項一覧表自体を作り直しました。ご査収ください。」などと記載した上で，「課題」の内容のほか，「課題解決に向けたアクション」，「重要度（優先度設定）」，「発生日」，「解決予定日」等も入力した「懸案事項」一覧表を添付したメールを送信し，これを会議参加者約３０名にも一斉送信した。（甲４の５及び６，乙１の１）
イ 原告は，平成２９年７月２５日，Ｂ部長から，基盤ミドル施策推進会議に向けた準備のＷＢＳを見せるよう求められたことから，Ｂ部長に対し，これを送付したところ，Ｂ部長は，同月２６日，原告に対し，「もしかして，初めてＷＢＳを書きましたか？ ＷＢＳとは何なのか知っていますか？自分の作業のために役に立つＷＢＳになっているのでしょうか？」，「ＷＢＳ＝Ｗｏｒｋ Ｂｒｅａｋｄｏｗｎ Ｓｔｒｕｃｔｕｒｅということくらい知っていると思いますが，成果を出すために必要な作業を，見積りが可能なレベルまで細かくブレークダウンして，効率的に作業を組み立てる設計図になっているはずです。」，「作業がアウトプット単位にしか出来ていなくて（中略）肝心の資料作成作業のブレークダウンが全く無い。」，「資料作成のブレークダウンをするには，論点がはっきりして，論点を議論するために必要な情報が何なのかが整理されて，その情報を資料にまとめるには，具体的に誰が何をしないといけないのか考えるといったことが頭に描けていないとできないものですが，そこがはっきりしていないように思います。」，「フォーマットには作業量の見積り欄はあるものの何も書いていないし，これで，金曜日までに準備が完了できるのか不明です。これでは何もアドバイスもできません。」などと記載したメールを送信した。
また，Ｂ部長は，平成２９年７月２６日，原告に対し，完成した資料を見せること，同資料を使って議論する論点を明確にする時期を知らせることを指示し，原告がＢ部長に資料を送付したところ，Ｂ部長は，原告に対し，「進捗を報告してくださいと言ったつもりですが，ＷＢＳを送って理解してくださいというのは，余りにも手抜きではないですか？ 今日一日の作業進捗と，現在の進捗が予定に対して進んでいるのか・遅れているのか問題が発生しているのか，会議までに資料の準備は終わる見込みかどうか，といったことは最低限報告するべきではないですか？」，「（Ｘ）Ｋには，こういう基本的な仕事のやり方から指導しないといけないのでしょうか？（Ｘ）Ｋが仕事のやり方を改善してくれないと，私の無駄なオーバヘッドばかりかかるので本当に困ります。」などと記載したメールを送信した。
さらに，原告が，平成２９年７月２７日，Ｂ部長に対し，前日の作業の進捗，当日の作業予定等を伝えるメールを送信したところ，Ｂ部長は，同月２８日，原告に対し，「私のアドバイスは，見通し達成に向けた施策推進課題の議論をすることくらいは聞いてもらったようですが，それ以外はＷＢＳもブレークダウンしないので，自分がやると言ったこともやっていないように見えるし，殆ど無視して準備を進めたような印象で，申し訳ないですがこれからアドバイスをしても無駄になると判断しました。会議の席上で質問をしますので，そこで答えてもらいます。そうは言っても，会議の場で論点が的外れと言われたら困るでしょうから，一点だけ事前に伝えておきます。」，「売上を上げていくために活動している施策の問題点を対策せず放置したら結果的に売上は下がっていくのではないでしょうか？現場で起きている問題を本質的に解決していく会議運営をすることがＰＤＣＡを回して売上予算を達成するということだと私は思います。」などと記載したメールを送信した。（甲４の２１ないし３４，乙１の３）
なお，上記のＰＤＣＡとは，Ｐｌａｎ（計画）－Ｄｏ（実行）－Ｃｈｅｃｋ（評価）－Ａｃｔ（改善）の略である。
ウ 原告は，平成２９年１１月２日，Ｂ部長に対し，売上推進会議の運用に関する資料を送信したところ，Ｂ部長は，同月４日，原告に対し，「一つだけ指摘しておくと，最も重要なメリット・デメリット比較評価の観点が少なすぎて全く評価になっていないです。途中版だからあえて言うと，研修員論文のレベルにも達していません。以前からしつこく言っていますが，低質な資料を送りつけて，指摘されたことだけ修正して資料を完成させるという仕事のやり方は止めて頂きたいと思います。」，「しつこく言っても改めないようなのでもう少し言っておくと，例えば，途中版なら，相談ポイントを明確にしてもらって，該当部分は，あえて空欄にした上で，『空欄部分の纏め方として，Ａ案，Ｂ案，Ｃ案が考えられるが，自分としては，こういう理由でＢ案で行こうと思っているが，意見が欲しい。』といった展開をするなら，皆からのポジティブなフィードバックをもらえる可能性があると思いますが，今のような展開方法だと，フィードバックを得るのも困難だと思います。」，「完成版では質が向上していることを期待します。」などと記載したメールを送信した（甲４の３５ないし３６，乙１の４）。
(15) ＧＰＭ評価について
被告におけるＧＰＭ評価においては，職員と上長が面談を行い，組織の目標と個人の目標が整合しているかどうかを話し合うことによって，個人目標を定めることとされ，個人目標を達成したかどうかを図る指標として，ＫＰＩ（キー・パフォーマンス・インディケーター）が設定される。
そして，ＧＰＭの評価は，評価対象者のポジションに与えられた職責に応じた目標の達成度によって決定されるところ，まずは直属の上長が評価を行い，その後，上位上長及び人事部門を入れた処遇会議において，上長が評価の理由について説明し，上位上長及び人事部門が承認をすることにより最終的に決定されることになっている。
（証人Ｂ部長〔５，６頁〕）
(16) 平成２８年度の原告に対するＧＰＭ評価
平成２８年度における原告のＧＰＭ個人目標及びコンピテンシーについて，被告の評価及び考課は，以下のとおりである（甲１３の１）。
ア（ア） この年度の原告の個人目標は，①「業務予算の達成のための施策推進プロセスの改善」（重み付け６０パーセント），②「顧客提案活動の効率化につながる情報管理基盤をベースとした支援の推進」（重み付け１０パーセント），③「コンテンツ制作効率化のための新スキーム確立（マニュアル連携）」（重み付け１５パーセント）及び④「社内サイトにおけるデジタルマーケティング手法の確立と，情報発信内容へのフィードバック」（重み付け１５パーセント）の４つであった。
（イ） 中間上長評価
個人目標①及び②については，いずれも「期待を大幅に下回る」であり，個人目標③及び④については，いずれも「期待をやや下回る」であった。
（ウ） 最終考課
個人目標①及び②については，いずれも「期待を大幅に下回る」であり，個人目標③及び④については，いずれも「期待をやや下回る」であった。
それぞれの考課の理由として，個人目標①については，「平成２８年度上期の仕事ぶりを鑑みて業績検討会議の資料作成の仕事は外したが，施策のＰＤＣＡを回すという本来の仕事ができる状況にあったにもかかわらず，「チャレンジ１１００会議」に出席していながら意見を述べることなく何も貢献しなかった。平成２９年２月の業績検討会議においても，「トレンド見通し」の検証ができない状況のまま報告することになった。」ことが，個人目標②については，「作業の引継ぎが不十分で情報管理基盤の利用者が困る状況になるまで放置した。その結果，作業者を（ｄ社）の外注に変更せざるを得なくなった。」ことが，個人目標③については，「部長報告も含めて実質的な取りまとめ作業を（ｄ社）にやらせて，本人の貢献度は低かった。平成２８年度上期で作業は完了しており，平成２８年度の評価としては，平成２８年度上期と同様に期待をやや下回った。」ことが，個人目標④については，「社内サイトにおけるデジタルマーケティング活動を実施するための仕組みは作ったが，実際に作った仕組みを運用に乗せることができなかった。」ことが，それぞれ挙げられている。
イ コンピテンシー
（ア） この年度の個人目標は，「①顧客のニーズを踏まえた商品の提案を行えるよう，提案資料作成や施策推進をリードし，顧客に価値ある提案の実現をできるようにする，②ｂ部のビジョン，ミッション，バリューを体現するために，顧客への提案活動や拡販施策をリードしていく，③業績達成のために立てた施策の推進に関して，問題点を明確にし，阻害要因を排除し，施策を強力に推進できるようリードしていく。」というものであった。
（イ） 上長評価は，いずれも「期待を大幅に下回る」であった。
その理由として，「提案資料作成をリードする姿は一切見ることがなかった。拡販施策のリードについては，「施策ＰＤＣＡ」を回すどころか，進捗フォローすら行わず，進捗状況を記載するフォーマットを作成し記入を要請しただけであった。施策推進状況から真の問題点を特定し，阻害要因払拭に向けた解決策の提案と実行の支援等を行うこともなかった。」ことが挙げられている。
(17) 平成２９年度上期の原告に対するＧＰＭ評価
平成２９年度における原告のＧＰＭ個人目標及びコンピテンシーについて，被告による評価は，以下のとおりである（甲１３の２，乙４）。
ア（ア） この年度の原告の個人目標は，①「売上予算達成に向けた業績管理の実現」（重み付け４０パーセント），②「売上拡大施策の推進状況・課題把握と早期対策（施策ＰＤＣＡ）の推進による売上予算達成支援」（重み付け５０パーセント），③「精度高い見通し策定のための案件可視化の推進（案件情報集約の仕掛け確立）」（重み付け１０パーセント）の３つであった。
（イ） 中間上長評価
原告の個人目標①から③については，いずれも「期待を大幅に下回る」であった。
それぞれの評価の理由として，個人目標①については，「売上見通しの刷り合わせ会議について，どういう会議を行うかを全く考えずに関係者の招集依頼を出し，会議の論点も考えずに会議に臨もうとしたため，結局，Ｂ部長が論点をまとめて，会議の議論もＢ部長がリードすることになった。一度やり方が確立したら同じことを繰り返すことはできるようだが，新しい会議運営をすることの計画を立てることができていない。会議に人を招集して，何を議論するのかをはっきりさせることなく資料を準備している。集計作業の効率化とチェック作業の強化についても，７月１９日の夜にミスを連発しながらシラっと帰宅し，他の課長に迷惑をかけており，ミスの軽減を図ることができたとは評価できない。」ことが，個人目標②については，「拡販施策の提案３件は，いずれも他の部長，課長から分析を頼まれてやった仕事であって，自分で課題を把握して対策を進める中で提案したものではない。言われたことをやっているだけの仕事は，主任技師レベルの仕事とはいえない。原告に期待されていることは，実際に現場で起こっている課題を自ら把握して，業種チームと対策を検討して進めるようにすることである。」ことが，個人目標③については，「次期システムの業績管理を考える上で，現状システムの課題や次期システムに向けて何を対策していく必要があるのか提案をまとめていくのは，原告がやるべきなのであって，本来原告のやるべき業務を他の課長が担当することになったので，現状業務の引継ぎをしただけ。」であることが挙げられている。
イ コンピテンシー
（ア） この年度の個人目標は，「①顧客にとっての新たな価値を生み出すため，広く顧客，パートナー，自社のメンバーとの間を，また技術をつなぐ，②顧客・社会から評価される卓越したサービス・プロダクト（イノベーション）を提供し，マーケットインで顧客や社会の課題を解決する，③スピード感を持って決断し，計画を実行して，事業や顧客にとって最も価値のある業務を優先する。」というものであった。
（イ） 中間上長評価は，いずれも「期待を大幅に下回る」であった。
その理由として，「①拡販施策推進の阻害要因を見極めながら顧客価値を高める商品に変えていくよう，設計部門にフィードバックして商品改善を進めるようにしていくところが非常に重要なポイントであるのに，会議を通じて設計とチャネル部門をつないでいるという評価をしていること自体，ポイントがずれている，②施策推進会議の運営を通じて，解決すべき顧客課題を把握して対策できるように，製品開発部隊に変革を促すところが期待されるポイントだと思うが，原告の視点では何もできていなくて，他の課長に頼まれて分析したところしかできていない，③業績情報の展開は，シ基ソ時代は毎週実施していたことから比べるとスピードは遅くなっている。」ことが挙げられている。
２ 争点①（原告に対する違法な退職勧奨・パワハラの有無及び慰謝料額）について
(1) 退職勧奨について
ア 上記認定事実によれば，Ｂ部長は，原告に対し，個人面談において，平成２８年８月３０日，現在の業績管理業務とは別の業務への転身を示唆し（前記１(3)），同年９月７日，Ｙ社グループ内異動と社外転職支援プログラムの選択肢を提示し，前者については専門能力や経験がなければ難しいため，後者を薦める旨の発言をしたところ（前記１(4)），同月２３日，原告は，Ｂ部長に対し，転職は想定しておらず，被告の社内にとどまりたい旨の意向を明らかにしているから（前記１(5)），遅くともこの時点において，原告は，Ｂ部長が退職勧奨をしていることを認識し，これを拒否する意向を明確にしたものと認められる。その上で，Ｂ部長は，同月２７日，再度，原告に対し，社外転身を薦めており，これに対しても原告は「Ｙ社を辞めるつもりは無い。」とはっきりと断っている（前記１(6)）。そして，同年１２月２７日，Ｂ部長は，原告に対し，被告の社内には原告の能力を生かすことのできる仕事がない旨の発言をした上で，社外への転身の選択肢を示し，原告がその選択肢があるとは思えないと答えた後に至っても，転職の話題を続け，被告の課長職に固執する旨の制約条件を外さなければ先が開けないなどとして，原告が退職を拒否していることを考え直すよう要求している（前記１(10)）。Ｂ部長は，上記各面談を通じ一貫して，原告に対し，原告の業務の質が低い旨や，被告の社内で活躍するのは難しい旨の発言を続けてきたところ，同日の面談に至っては，原告の仕事ぶりが若手の平従業員並みである旨の発言もしていることに加えて，原告が希望する業務を行うためには現任の課長のポジションを奪う必要があるとか，自分で仕事を見付けてくる必要があるなどと迫り，他の部署にも退職勧奨の情報が共有されている旨を述べて受入れの可能性が低いことをほのめかし，能力がなく成果の出る仕事もしていないのに高額の賃金の支払を受けているのはおかしいなどとの発言にまで及んでいる（前記１(3)ないし(6)，(10)）。
ところで，退職勧奨は，その事柄の性質上，多かれ少なかれ，従業員が退職の意思表示をすることに向けられた説得の要素を伴うものであって，一旦退職に応じない旨を示した従業員に対しても説得を続けること自体は直ちに禁止されるものではなく，その際，使用者から見た当該従業員の能力に対する評価や，引き続き在職した場合の処遇の見通し等について言及することは，それが当該従業員にとって好ましくないものであったとしても，直ちには退職勧奨の違法性を基礎付けるものではない。しかし，Ｂ部長による退職の勧奨は，上記のとおり，原告が明確に退職を拒否した後も，複数回の面談の場で行われており，各面談における勧奨の態様自体も相当程度執拗である上，本件全証拠上，確たる裏付けがあるとはうかがわれないのに，他の部署による受入れの可能性が低いことをほのめかしたり，原告の希望する業務に従事して被告の社内に残るためには他の従業員のポジションを奪う必要があるなどと，殊更に原告を困惑させる発言をしたりすることで，原告に対し，退職以外の選択肢についていわば八方塞がりの状況にあるかのような印象を，現実以上に抱かせるものであったというべきである。また，Ｂ部長は，原告に対し，単に業務の水準が劣る旨を指摘したにとどまらず，執拗にその旨の発言を繰り返した上，能力がないのに高額の賃金の支払を受けているなどと，原告の自尊心を殊更傷付け困惑させる言動に及んでいる。以上の事情を総合考慮すれば，上記面談におけるＢ部長による退職勧奨は，労働者である原告の意思を不当に抑圧して精神的苦痛を与えるものといわざるを得ず，社会通念上相当と認められる範囲を逸脱した違法な退職勧奨であると認めるのが相当であり，不法行為が成立する。そして，Ｂ部長の同不法行為は，被告の業務執行に関してなされたものといえるから，被告は，この点について使用者責任を負う。
イ なお，原告は，原告に対する退職勧奨が，被告による組織的なリストラの一環である旨主張するが，これを推認させるような的確な証拠はなく，かえって，平成２８年度に，ｂ部において，課長相当職以下，一般職も含めた全ての職員６４名に対して行われたキャリア面談の後に退職をしたのは１名だけである上（前記１(4)），原告に対しては，実現はされなかったものの，被告内部における「プラットフォーム担当ＳＥ」の仕事も打診されていることからすれば（前記１(7)），Ｂ部長による上記不法行為が，被告において組織的なリストラの一環として行われた，故意の不法行為であるとは認められない。なお，平成２８年１２月２７日の個人面談において，Ｂ部長が原告に対し，「君がこういう面談をやっているということをすべての勤労が知っているから。全ての情報は共有されているから。」などと発言しているものの（前記１(10)），そのことだけでは，被告において組織的なリストラが行われていたことまでを推認することはできないから，上記事実の存在は前記認定を左右しない。
また，原告は，原告に対する査定が低く抑えられていることが違法な退職勧奨である旨主張するが，争点②において判断するとおり，原告に対する評価について，退職勧奨のために理由もなく低い査定をしたとは認められないのであるから，この点に関する原告の主張は理由がない。
(2) パワハラについて
ア 原告は，Ｂ部長の面談等により，原告が無能である旨の侮辱を受けたことが，原告の名誉感情を侵害するものであり，パワハラとして違法である旨主張する。
そこで検討するに，Ｂ部長による個別面談における原告に対する発言は，平成２８年１２月２７日の発言内容について，前記(1)アのとおり，非常に辛辣な表現を用いて原告の心情を傷付けるものが含まれているところであるが，Ｂ部長の発言は，従前の面談から継続してきた一連の退職勧奨の過程の中で，退職意思の形成に向けて働き掛ける目的で，原告の能力について自らの認識するところを告げたものと認められるから，前記(1)の違法な退職勧奨に包括して評価するのが相当である。
イ また，原告は，Ｂ部長が，平成２９年６月２２日，原告の会議運営について課題と問題点を指摘する内容のメールを会議参加者約３０名に一斉送信し，原告がこれに返信すると，その返信内容にさらに指摘を加える内容のメールを，再度会議参加者約３０名に一斉送信したこと（前記１(14)ア）について，パワハラであり不法行為が成立する旨主張する。
しかし，前記１(14)アで認定したとおり，Ｂ部長が会議参加者約３０名に一斉送信した２通のメールのうち，１通目のメールは，次回の会議に向けた準備事項を指摘したものであり，２通目のメールは，Ｂ部長が，次回会議に向けた課題の設定方法として，原告の作成した「懸案事項一覧表」を修正したものを再送信したものであって，いずれも，次回の会議にも出席することが予定される会議参加者に対して一斉送信することが殊更不必要な内容であったとまではいえない。確かに，１通目のメールの「次回に向けてのアクションについて何も決めずに，シラッと終了させてしまいましたが」との文言や，２通目のメールの「懸案事項一覧表を拝見しましたが，タダの指摘事項一覧表で驚きました。」との文言は，原告の心情を害するものであり，Ｂ部長が，上記各文言が記載されたメールを会議参加者に一斉送信することは，部下を多数人の面前で叱責することにも類し，部下に対する指導に際しての冷静さや配慮が十分でないというべきである。しかし，その文言が上記の限度にとどまることや，Ｂ部長がメールを一斉送信する形で原告に対する叱責をしたのは，平成２９年６月２２日の会議の後の一回の出来事のみであることを踏まえると，この事実だけで，原告に対する慰謝料の支払を要するほどの精神的苦痛が生じたとまでは認められない。
ウ さらに，原告は，原告の作成した資料等について，Ｂ部長が平成２９年７月２６日及び同年１１月４日に送信したメールの内容が，パワハラであり不法行為に該当すると主張する。
しかし，前記１(14)イで認定したところによれば，平成２９年７月２６日のメールについては，その全体の趣旨としては，基盤ミドル施策推進会議に向けた原告の準備について，ＷＢＳに資料作成作業のブレークダウンがなく，作業量の見積りも記載されていないといった不備があること，作業の進捗を報告する際に遅れや問題の発生の有無を伝えなかったことなどの具体的な問題点を示して，指導を行うものであり，アドバイスはしない旨の表現こそ伴うものの，他方で，資料の内容，進捗報告の方法，会議の論点設定等に関し，少なくとも改善の方向性は示されているものであるから，原告に対する皮肉めいた表現も見られることを考慮しても，業務の適正な範囲を超えた言動であったとまでは評価することができず，原告に対する不法行為を構成するものではない。なお，同月２８日のメールには，「会議の席上で質問をしますので，そこで答えてもらいます。」との文言があるが，上記で判示したところに加えて，直後に会議の論点設定に対する助言をしていることなども踏まえると，会議の席上で公然と原告を非難することの予告であったとは評価し難い。
また，前記１(14)ウで認定したところによれば，平成２９年１１月４日のメールは，その全体の趣旨としては，原告の作成した売上推進会議の運用に関する資料について，メリットとデメリットを比較評価する観点が少ないとの指摘をするものであり，他の従業員からのフィードバックを得るためには，相談ポイントを明確にすべきであるとの指導をしたものであって，資料がＢ部長の期待する水準に達していないことに対する辛辣な表現は伴うものの，少なくともＢ部長は，前記ア及びイのとおり原告に対する指導を重ねていたことも踏まえれば，業務の適正な範囲を超えた言動であったとまでは評価することができず，原告に対する不法行為を構成するものではない。
なお，以上で判示した上記各メールの趣旨に照らすと，これが個人面談から形を変えた退職強要であったとの評価も是認し難く，いずれにせよ，上記各メールの送信について不法行為が成立するものとは認められない。
エ なお，後記３のとおり，原告に対する査定は違法であるとは認められず，これがパワハラであり不法行為に該当するということはできない。
(3) 慰謝料額
以上によれば，被告は，Ｂ部長が平成２８年８月から同年１２月にかけて行った個人面談における違法な退職勧奨行為につき，原告に対し，慰謝料の支払義務を負うところ，その慰謝料額としては，本件に現れた一切の事情を考慮して，２０万円が相当と認められる。
３ 争点②（原告に対する査定の違法性）について
(1) ＧＰＭ評価制度が不公正な制度であるとの主張について
原告は，ＧＰＭ評価制度が相対評価であること，評価自体が上長の「期待」という主観的要素を基準としていること，評価者が上長１名のみであり複数の評価者による客観的評価が担保されていないことなどから，ＧＰＭ評価制度が不公正な制度であり，制度自体が違法なものであると主張する。
しかし，人事評価において，相対評価を採用することが，およそ直ちに違法となるか自体疑問があるところではあるが，その点を措くとしても，そもそも被告は，ＧＰＭ制度が相対評価であることを否認しているところ，ＧＰＭ制度が相対評価であると認めるに足りる的確な証拠はない。また，少なくとも，原告に対する評価は他の従業員と比較してされているわけではないから，原告に対する人事評価が相対評価であるから違法であるとの原告の主張は，その前提を誤るものであって採用できない。さらに，従業員が従事する業務の内容及び性質によっては，客観的に算出することができる数値等のみによってその業務の正当な評価を行うことができない場合があることは明らかであり，評価基準に主観的な要素が含まれているからといって，直ちにこれを不公正で違法なものということはできない上，そもそも被告のＧＭＰ評価における「期待」というのは，上長の純粋に個人的・主観的な期待を意味するものではなく，その役職に対して一般的・客観的に期待されるレベルを意味するものと解するのが相当である。これに加えて，被告のＧＰＭ制度においては，まずは直属の上長が評価を行い，その後，上位上長及び人事部門を入れた処遇会議において，上長が評価の理由について説明し，上位上長及び人事部門が承認をすることにより，最終的な評価が決定されるのであるから（前記１(15)），上長１名のみによる恣意的な評価を許容するものであるとも認められない。したがって，ＧＰＭ評価制度そのものを不公正かつ違法な制度であるということはできない。
(2) 平成２８年度のＧＰＭ評価について
平成２８年度のＧＰＭ評価について，原告は，平成２８年８月以降，個人目標の成果を上げるための業務が与えられておらず，成果を上げる前提を欠いていたにもかかわらず低い評価をすることは違法である旨主張する。しかし，原告は，業績検討会議の資料作成から外され，同年１２月１日付けでｂ部第３グループの課長職を解かれてはいるものの，これを超えて，「チャレンジ１１００会議」で意見を述べることが免除されていたとか，原告ではなくＢ部長が情報管理基盤に関する作業の引継ぎを担当することになったことを認めるに足りる証拠はない。
そして，前記１(16)のとおり，被告による最終考課は，「チャレンジ１１００会議」に出席した際に意見を述べなかったこと，業績検討会議における報告内容が検証不足であったこと，情報管理基盤に関する作業の引継ぎが不十分であったこと，マニュアル連携業務の実質的な取りまとめ作業を部長報告も含めて関連子会社に任せたこと，社内サイトにおけるデジタルマーケティング活動を実施するための仕組みを運用に乗せることができなかったことなどをその理由とするものであり，原告が外されたと主張する業務を行わなかったことや，原告の担当した業務量が少なかったことを理由とするものとは認められない（なお，デジタルマーケティング活動を実施するための仕組みについては，当初想定していた情報提供の枠組が利用できず，新たな規則とルールの確立を実施する必要が生じたという経緯があったのであり，被告の最終考課は，必ずしも，原告が担当から外れた時期以降に当該業務をしなかったことを理由としているものとは解されない。）から，成果を上げる前提を欠いていたのに低い評価をされたという原告の主張は当たらないというべきである。
また，原告が平成２９年２月の業績検討会議において業績報告をすることになった経緯が，仮にＢ部長によるトレンドの見通しがずれたことに起因するものであったとしても，これを前提とした業績報告に向けた原告の準備の状況を評価の対象とすること自体は何ら妨げられないことであるし，マニュアル連携業務についても，被告は，実質的な取りまとめ作業や部長に対する報告を関連子会社に委ねたことを評価の根拠としているのであって，原告がアドバイザーとして会議で意見を述べたからといって，原告の業務に直ちに問題がなかったということにはならない。
以上によれば，原告の主張するところを踏まえても，平成２８年度のＧＰＭ評価は，人事評価に関する使用者の裁量を逸脱濫用したものとは認められない。
(3) 平成２９年度上期のＧＰＭ評価について
原告は，平成２９年度の原告に対する査定が違法であることの理由として，原告の業績管理業務のうち，会議運営方法という客観的評価指標のないことについて，難癖をつけて最低評価をしているとか，原告が個人目標に対する成果を上げたときは，成果自体は否定しないものの，受動的業務であるとか，貢献がないなどと，組織において到底あり得ない理由をつけて，一切評価せず，最低評価としていると主張する。
しかし，上記認定事実によれば，Ｂ部長は，原告の会議運営については，事前に会議の論点を考えていなかった，何を議論するのかをはっきりさせることなく資料を準備している，結局，会議の議論をＢ部長がリードすることになったなどと事実を示した上で評価しており（前記１(17)ア（イ）），その評価が事実的基礎を欠くことをうかがわせる事情も認められないのであるから，理由もなく不当に低い評価をしたということはできない。また，Ｂ部長は，原告としては，拡販施策推進における解決すべき顧客課題を自ら把握して，阻害要因を見極めながら対策を進め，設計部門に働きかけて商品改善を進めることが重要であるのに，原告は他の部長ないし課長から頼まれた分析しかできていないとの認識に基づいて，成果としては評価できない旨説明している（前記１(17)ア（イ），イ（イ））ところ，原告が担当した分析業務の内容としてＢ部長が述べるところ自体が事実関係として誤っていることをうかがわせる事情はなく，原告が管理職である課長の職位にあることも踏まえると，個人目標に対する成果として評価できないと判断することが明らかに合理性を欠くものとまではいい難い。
(4) 争点②についての結論
以上のとおり検討したところによれば，原告に対するＧＰＭ評価について，被告の裁量権を逸脱した違法な点は見当たらず，基本的にこのＧＰＭ評価に基づいてなされたものと考えられる原告に対する査定にも，違法性を認めることはできない。なお，原告は，被告が原告に対する退職強要を目的として，低査定をしたものとも主張するが，これを認めるに足りる的確な証拠はなく，かえって，上記(2)及び(3)で認定説示したとおり，被告の原告に対するＧＰＭ評価に相応の理由があることからしても，被告が，退職強要目的といった他事考慮により，ＧＰＭ評価で低評価をしたとも認められない。
したがって，被告による原告に対する査定は，不法行為に該当せず，また人事評価権の濫用により無効になるともいえないから，賃金差額相当額の支払を求める原告の請求は，雇用契約と不法行為のいずれに基づくものについても，理由がないというべきである。
第４ 結論
以上によれば，原告の請求は，主文の限度で理由があるからこれを認容することとし，主文のとおり判決する。
横浜地方裁判所第７民事部
（裁判長裁判官 新谷晋司 裁判官 酒井智之 裁判官 柳澤諭）
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