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裁判年月日　令和 2年 3月17日　裁判所名　東京地裁　裁判区分　判決
事件番号　平３０（ワ）１０１４６号・平３０（ワ）２２５６７号
事件名　損害賠償請求本訴事件、報酬等請求反訴事件
裁判結果　請求棄却（本訴）、請求棄却（反訴）　文献番号　2020WLJPCA03178020

要旨
◆原告会社が、同社に吸収合併された本件会社の執行役員であった被告に対し、被告が執行役員就任前、従業員であったときに、本件会社の仕入先から自身の家族が経営する会社を経由して本件会社の許可なく不正に金銭を受け取っていたこと、虚偽の申告をして同社から不正に接待交際費を収受していたとして、不法行為又は債務不履行に基づく損害賠償を求めた（本訴）ところ、被告が、原告会社に対し、執行役員未払報酬及び執行役員在任中に支払った経費の支払のほか、社会保険料等の返還を求めた（反訴）事案において、被告が本件会社の仕入先からの本件各金員を受領していたものの、原告会社が損害を被ったとはいえないとし、また、被告が接待交際費を不正に受給したとも認められないとして、本訴請求を棄却する一方、被告が本件各金員を受領した行為は本件会社の従業員規則に違反し、懲戒解雇事由に該当するものであり、同社の取締役会が、同社の執行役員としてふさわしくないと認めて、取締役会決議により解任できるから、被告が受任者の責めに帰することができない事由により執行役員を解任されたと認めることはできず、また、本件会社と被告の執行役員の契約は委任契約であり、会社法３３９条２項の類推適用はできないとしたほか、被告による事務処理に係る支出及び原告会社の不当利得は認められないとして、反訴請求も棄却した事例

出典

参照条文
民法４１５条
民法６５０条
民法６５１条２項
民法７０３条
民法７０９条
会社法３３９条２項

平成３０年（ワ）第１０１４６号　損害賠償請求本訴事件
平成３０年（ワ）第２２５６７号　報酬等請求反訴事件

大阪市〈以下省略〉
本訴原告・反訴被告Ｘ株式会社（以下「原告」という。）
同代表者代表取締役Ａ
同訴訟代理人弁護士野村晋右
同岡島直也
同大西敦子
東京都杉並区〈以下省略〉
本訴被告・反訴原告Ｙ（以下「被告」という。）
同訴訟代理人弁護士池田竜郎
同髙田賢治

主文

１　原告の請求をいずれも棄却する。
２　被告の反訴請求をいずれも棄却する。
３　訴訟費用は，本訴反訴を通じて，これを４分し，その３を被告の負担し，その余を原告の負担とする。

事実及び理由

第１　請求
１　本訴
被告は，原告に対し，３１６０万０９９４円及びそのうち別表１「①＋①×１０％※原告の主張する損害合計額」欄記載の各金額については別表１「支払日」欄記載の各日の翌日から，別表２「支払金額＋弁護士費用相当額（損害賠償金額）」欄記載の各金員については別表２「支払日」欄記載の各日の翌日から，各支払済みまで年５分の割合による金員を支払え。
２　反訴
(1) 　原告は，被告に対し，４９万２７１０円及びこれに対する平成２８年７月２６日から支払済みまで年６分の割合による金員を支払え。
(2) 　原告は，被告に対し，９３２万６２９０円及び内金５９万８２９０円に対する平成２８年７月２６日から，内金１０９万１０００円に対する平成２８年８月２６日から，内金１０９万１０００円に対する平成２８年９月２４日から，内金１０９万１０００円に対する平成２８年１０月２６日から，内金１０９万１０００円に対する平成２８年１１月２６日から，内金１０９万１０００円に対する平成２８年１２月２３日から，内金１０９万１０００円に対する平成２９年１月２６日から，内金１０９万１０００円に対する平成２９年２月２５日から，内金１０９万１０００円に対する平成２９年３月２５日から，それぞれ支払済みまで年６分の割合による金員を支払え。
(3) 　原告は，被告に対し，８万５５２７円及びこれに対する平成２８年６月１０日から支払済みまで年６分の割合による金員を支払え。
(4) 　原告は，被告に対し，１３万９５９６円及びこれに対する平成２８年８月２日から支払済みまで年６分の割合による金員を支払え。
第２　事案の概要等
１　本件は，原告が，被告に対し，ａ株式会社（平成２９年４月１日付けで原告に吸収合併され，ａ株式会社の有していた権利義務は全て原告が承継した。）の執行役員であった被告が，執行役員就任前，従業員であったときに，①ａ株式会社の仕入先から自身の家族が取締役を務める会社を経由してａ株式会社の許可なく不正に金銭を受け取っていたこと，②同社に対し，虚偽の申告をして同社から不正に接待交際費を収受していたことが不法行為に当たることから，不法行為に基づく（予備的に雇用契約上の債務不履行に基づく）損害賠償及びこれに対する民法所定の年５分の割合による遅延損害金の支払を求め（本訴），被告が，原告に対し，執行役員未払報酬の支払，執行役員在任中に支払った経費の支払，社会保険料等の返還を求める（反訴）事案である。
２　前提事実
(1) 　原告
ア　ａ株式会社（以下「ａ社」という。）は，プラスチックの総合加工メーカーとして，仕入先企業から仕入れたプラスチック原材料や部品等を農業用資材や建築内装用資材等の各種プラスチック素材に加工等をした上，これらを企業向けに販売する等の事業を営む株式会社である（甲３の１，２）。なお，建築内装用資材とは，建築物内部の設備や装飾に使われる資材のことで，ａ社内部では，建築内装用資材のことを建装資材と呼称している。
イ　ｂ株式会社（以下「ｂ社」という。）は，ａ社の子会社である。
ウ　ａ社は，平成２９年４月１日，原告（当時の商号はｃ株式会社）に吸収合併され，ａ社の権利義務は，全て，原告に承継された（甲４）。
(2) 　被告
ア　被告は，昭和５５年１１月，ａ社に正社員として採用され，同社に勤務するようになった。
被告は，平成２７年４月以降，ａ社の執行役員を務め，平成２８年７月１４日付で執行役員の地位を解任された。
イ　有限会社ｄ（以下「ｄ社」という。）は，平成５年３月３１日，什器のデザインの企画設計，製作等を目的として設立され，Ｂが取締役を務めていた（甲６）。Ｂは，被告の妻である。
平成２１年７月１日，ｄ社の商号が変更され，移行したことにより株式会社ｅ（以下「ｅ社」という。）が設立され，Ｃが代表取締役に就任した（甲７）。Ｃは，被告の子である。
ｄ社，ｅ社の本店所在地，被告，Ｂ及びＣの住所地は，いずれも同じである（甲１６の２，３）。
(3) 　株式会社ｆ（以下「ｆ社」という。）は，各種プラスチックの加工等を目的とする株式会社であり，Ｄが代表取締役を務めていた（甲８）。
３　争点及びこれに対する当事者の主張
(1) 　被告のリベートの受領
（原告の主張）
ア　ｆ社は，リベートとして，別表１のとおり，平成１４年１０月（請求月は同年９月）から平成２２年９月（請求月は同年７月）までの間，ｄ社ないしｅ社に合計２５９２万４５００円（以下「本件各金員」という。）を振込送金し，被告は，ｄ社ないしｅ社を通じて，本件各金員を受領した。ｆ社は，ａ社との間の取引関係の維持・継続を目的として，長年にわたり多額の金銭を支出していたのであるから，かかる金銭がｆ社からａ社に対するリベートとしての性質を有していたのは明らか（多額の金銭を被告個人に対する謝礼金と支払っていたと考えることはできない。）であり，かかるリベートは，本来ａ社に帰属すべき金銭である。被告は，雇用契約上の誠実義務ないし企業秩序順守義務の一環として，地位を利用して私利を図らない義務を負っているところ，同義務に違反して，本件各金員を個人的に利得することは，不法行為法上，違法である。
イ　被告は，ａ社の担当者としての仕入先の選定や価格交渉に関与する以上，仕入先から支払われるリベートは，ａ社に帰属すべきものであり，自身が享受すべきものでないことは，誰しもが認識している事柄であるから，被告に損害発生につき故意があった。
ウ　ａ社の損害等
（ア）　本件各金員　２５９２万４５００円
本件各金員は，ｆ社からａ社に対するリベートとしての性質を有するのであるから，ａ社は，被告がｆ社から受領した金銭と同額の損害を被った。
（イ）　弁護士費用　２５９万２４５０円
エ　平成２９年４月１日，原告は，吸収合併によりａ社の権利義務を全て承継したことから，原告は，被告に対し，不法行為の損害賠償請求権（予備的にａ社と被告間の雇用契約上の債務不履行に基づく損害賠償請求権）に基づき，２８５１万６９５０円及び遅延損害金の支払を求める。
オ　消滅時効（被告の抗弁）
否認し争う。
（被告の主張）
ア　本件各金員は正当な対価であり，ａ社に損害も発生していない。
（ア）　ｆ社から受領した本件各金員は，被告が寸法図を作成した業務に対する正当な対価である。寸法図の作成とは，実際に図面を書くことではなく，ｇ株式会社等の意見・意向を現実化し得るためのアイディアを出し，それを寸法図として実現させることである。また，被告は，寸法図の作成に加え，ｆ社が業務を行うための加工業者の配置連携等の構築なども行っていた。このように，被告は，本来ａ社の従業員としてすべき業務を超えて，ｆ社のために業務を行い，これらを含めて対価が発生していた。
（イ）　ｄ社（ｅ社）が本件各金員を受領したからといって，ａ社とｆ社との契約金額が大きくなったという因果関係は存在しない。契約金額に不満があれば，ａ社は取引をしないという選択をすることもできたにもかかわらず，あえてその金額で取引をしたのであるから，その契約金額の決定との間に因果関係は存在せず，ａ社に損害が生じたものということもできない。
（ウ）　被告は，ｇ株式会社の資材課長であったＥより，同社からの助成物の受注に協力することを条件に金銭支払の要求があり，売上を維持するにはやむを得ない出費と思い，本件各金員を原資に金員を支払っていたのであるから，被告個人は利益を得ておらず，見返りとしてのａ社・ｂ社の売上拡大に寄与しているから，ａ社に損害は発生していない。
イ　消滅時効（抗弁）
（ア）　ａ社及びｂ社においては，ｆ社からｄ社（ｅ社）が本件各金員を受領し，ｇ社への支払及びその他費用の支払に充てていたのは広く知られており，少なくとも，当時の被告の上司であり建装事業部の部長であるＦやＧはそのことを認識していたことから，実際上の職務担当者が事情を知っていたといえる。
（イ）　被告が平成２２年にｆ社から最後に支払を受けたと原告は主張しているところ，その当時から，ｄ社（ｅ社）がｆ社から本件各金員を受け取っていたことは公知の事実となっていたから，３年は経過した。
（ウ）　被告は，上記消滅時効を援用する。
(2) 　被告の接待交際費の不正受給
（原告の主張）
ア　別表２の被告が平成１９年４月から平成２８年４月までの間に行った接待交際費の経費精算（１６９件，総額２８０万３６７３円）について，会食の同席者とされている人物から確認がとれず，被告から何らの釈明もなされないから，接待交際費は，被告がａ社から不正に受給したものである。被告のａ社に虚偽の申告をし，接待交際費を不正に受給する行為は，労働契約法ないし委任契約上の誠実義務ないし企業秩序順守義務に違反し，不法行為法上，違法である。
イ　原告の損害
（ア）　接待交際費　２８０万３６７３円
（イ）　弁護士費用　２８万０３７１円
（被告の主張）
別表３の被告の反論欄記載のとおり，被告は，実際に支出した経費に対して，経費請求をしているにすぎず，不法行為には該当しない。
(3) 　被告の原告に対する執行役員報酬支払請求
（被告の主張）
ア　解任前の執行役員報酬請求
（ア）　ａ社が被告を解任したことは正当な解任事由によるものではなく，受任者の責めに帰することができない事由による解任であることから，原告は，被告に対し，執行役員契約に基づき，解任までの報酬の支払義務を負う。すなわち，ａ社は，被告に対し，どの事実が解任事由になったのかさえ通知しておらず，適正手続きを欠き，被告の執行役員解任処分は無効である。また，被告の行為は，何ら不適切な行為ではない。執行役員規則（乙１２）第３条（忠実義務等）の規定が「執行役員等は」となっていることから，執行役員の忠実義務違反等は，執行役員としての業務執行を基準に判断されるべきであるところ，ａ社は，被告が従業員時代にｆ社から金銭を受領したことを理由に執行役員を解任したことになり，退職前の従業員時代の話を持ち出し，執行役員就任以前の事情を理由に忠実義務違反等とすることは許されない。
（イ）　解任までの報酬額　４９万２７１０円
被告の平成２８年７月１日から同月１４日までの報酬額は，４９万２７１０円（１０９万１０００円×１４日／３１日）である。本件では，報酬が支払われることは当然に執行役員契約の内容であり，被告の同意なく報酬を不支給とすることはできず，被告の執行役員報酬不支給決定がされた事実はない。
イ　解任以降の執行役員報酬請求
（ア）　被告は，委任期間途中の平成２８年７月１４日に執行役員を解任されていることから，不利な時期に委任の解除を受けたものとして，原告は，民法６５１条２項ないし会社法３３９条２項類推適用により，被告の損害の賠償をする責任を負う。ａ社の執行役員契約では，執行役員は，ａ社の取締役会において決議された業務をなすことを内容とし（執行役員契約書第１条），成果にかかわらず固定の月額報酬が支払われる（執行役員契約書第２条，執行役員規則２１条，「報酬額改訂通知の件」と題する書面。執行役員としての成果については，賞与及び退職金において，報酬として反映される。）。また，ａ社の執行役員契約は，契約期間を１年間とし（執行役員契約書第６条），１年間の契約期間終了後には新たに契約書が交わされている。これは，１年という定期契約期間が定められ，必要があれば期間の延長がされる定期期間任用契約である。以上のような執行役員委任契約の性質から考えると，契約の趣旨としては，１年という契約期間内は成果にかかわらず定額報酬の支払が当然に予定されているものといえる。したがって，本件の執行役員解任は，被告に不利な時期に委任の解除をしたときにあたり，原告は被告に対し，損害賠償義務を負う。
（イ）　解任後の報酬額　９３２万６２９０円
平成２８年７月１４日から同月３１日までの報酬額は，５９万８２９０円であり，平成２８年８月から契約期間である平成２９年３月までの８か月分の報酬額は，８７２万８０００円（１０９万１０００円×８ヶ月）である。
ウ　よって，被告は，原告に対し，委任契約に基づく報酬支払請求権により，４９万２７１０円及びこれに対する報酬支払日の翌日である平成２８年７月２６日から支払済みまで商事法定利率年６分の割合による金員の支払を求め，委任解除に基づく損害賠償請求権により，９３２万６２９０円及び各報酬支払日の翌日から支払済みまで商事法定利率年６分の割合による遅延損害金の支払を求める。
（原告の主張）
ア　ａ社は，被告がｆ社から本件各金員を受領していた事実やａ社の許可なくｄ社（ｅ社）を設立・運営していた事実だけでなく，これら事実をａ社に対して報告せず放置していた点も併せて考慮し，善管注意義務・忠実義務違反として執行役員規則に反する行為である（１２条①・３条）として，被告を執行役員としてふさわしくないとして解任したことは，正当な事由に基づくものであって，民法６４８条３項に定める「委任が受任者の責めに帰することができない事由によって履行の中途で終了したとき」に当たらないから，原告が被告に対して同条項に基づく報酬支払義務を負う理由はない。平成２８年度分の被告に対する報酬は不支給とすることが決定されたため，被告の報酬額が１０９万１０００円であったことを前提とする被告の主張も失当である。被告とａ社とは民法上の準委任契約（民法６５６条）の関係にあり，労働契約上の雇用関係にあるわけではないから，被告が問題としている執行役員解任も民法上の準委任契約の解除（民法６５６条，６５１条）に過ぎない。本件の執行役員解任通知に解任の具体的事実が記載されていないことが問題となる余地はない。
イ　民法６５１条２項本文に定める「不利な時期」とは，その委任の内容である事務処理自体に関して受任者が不利益を被るべき時期というのであり，事務処理に対する報酬を喪失することをもって「不利な時期」の解除に当たるとは解さない。本件の場合，執行役員解任をもって被告が執行役員としての業務遂行に関して特段の不利益を被るわけではないから，被告が原告に対して，同条項に基づいて損害賠償義務を負う理由はない。被告は会社法で定める「役員」ではなく，会社法３３９条２項を適用する前提を欠いている。
(4) 　委任事務処理費用償還請求
（被告の主張）
ア　被告は，別表４のとおり，合計８万５５２７円（交際費２万５２９７円，タクシー代２万２７９０円，新幹線代３万７４４０円）を委任事務処理について費用を支出した（乙１６）。
イ　よって，原告は，被告に対し，委任契約に基づく事務処理費用償還請求権として，８万５５２７円及びこれに対する費用支出の最終日である平成２８年６月１０日から支払済みまで商事法定利率年６分の割合による遅延損害金の支払を求める（民法６５０条１項）。
（原告の主張）
別表４の原告の主張欄記載のとおり，被告の請求は，いずれも当該費用の支出と業務の関連性の説明が不十分であり，委任事務処理費用に必要な費用であったとは認められない。
(5) 　社会保険料の返還請求
（被告の主張）
ア　被告は，平成２８年７月１５日，原告の総務部長であるＨ他１名とａ社近くの喫茶店で会い，その際，ａ社の請求に基づき，Ｈに６月分の社会保険料等の名目で１３万９５９６円を現金で支払った。しかし，被告は，平成２８年６月当時，ａ社の執行役員であったから，６月分の社会保険料等である１３万９５９６円は，ａ社で負担すべきであり，被告が負担すべきものではない。そうすると，被告が１３万９５９６円の金銭を支払ったことで損害が生じ，それと因果関係のある同金額の利得がａ社に生じ，ａ社の利得に法律上の原因がない。原告は被告に対し，利得金１３万９５９６円を支払う義務を負う。被告は，平成２８年８月１日，ａ社に対し，書面において支払を請求した。
イ　よって，原告は，被告に対し，不当利得返還請求権に基づき，不当利得金１３万９５９６円及びこれに対する履行の請求の日の翌日である平成２８年８月２日から支払済みまで商事法定利率年６分の割合による金員の支払を求める。
（原告の主張）
ア　ａ社は，被告から，通勤費精算として２万３６２０円，健康保険料（６月分）として５万２３２０円，介護保険料（６月分）として７６３０円，厚生年金保険料（６月分）として５万５２６６円，朝日生命グループ保険料として７６０円の合計１３万９５９６円の支払を受けた。
イ　健康保険料，介護保険料，厚生年金保険料は，いずれもこれら各社会保険料の平成２８年６月分の被用者負担分であり，被告に支払義務があるものである。通常であれば，毎月の各社会保険料の被用者負担分は翌月の報酬額から差し引かれる形で徴収されるが，被告に対する平成２８年７月分の報酬は支給されなかったため，別途，ａ社から被告に対して，平成２８年６月分の社会保険料の被用者負担分の支払を請求した。
ウ　通勤費精算は，ａ社から被告に対して支給済みの半年間分の通勤費の残期間分であって，解任以降は通勤する必要がない以上，被告がａ社に対して返還義務を負うものである。
第３　当裁判所の判断
１　証拠（甲２ないし甲２５，甲２８ないし甲４８，乙１ないし乙２５，乙２８，いずれも枝番を含む。証人Ｄ，証人Ｉ，証人Ｊ，証人Ｋ，被告本人）及び弁論の全趣旨によると，次の事実を認めることができる。
(1) 　ａ社とｇ株式会社の取引
ア　ａ社は，平成３年当時，ｇ株式会社向けのセルフ販売化粧品陳列棚（以下「ｇ社向け什器」という。）の仕入れ及び販売取引（以下「ｇ社向け什器販売取引」という。）を行い，その他，化粧品の新商品セールスプロモーション助成物（化粧品陳列棚に取り付け，人目を引くために飾り付ける物一切のもの）の仕入れ及び販売取引も行っていた。
セルフ販売用化粧品陳列棚（ｇ社向け什器）とは，ドラッグストア，コンビニ，化粧品専門店などに置かれている電飾付きの化粧品陳列棚のことである。
イ　被告は，平成３年ころ，ｇ社向け什器販売取引の担当を前任者から引き継ぎ，ｇ社向け什器販売取引，新商品セールスプロモーション助成物についての販売取引等を担当するようになり，ｇ社向け什器販売取引において，加工業者やｇ株式会社などとの価格交渉に関与していた。
ウ　ｆ社は，平成３年ころ，被告の選定により，ｇ社向け什器の部品であるプラスチック・トレー（化粧品の陳列台となる部分）について，ａ社の仕入先となった（乙２３・２０頁）。ｆ社は，ｇ社向け什器販売取引への関与を契機として大きく売上高を伸ばし，同社の売上高の８割から９割が，ｇ社向け什器販売取引によるものであった。
ｆ社は，ｈ株式会社（以下「ｈ社」という。）に対し，ｇ社向け什器の部品であるプラスチック・トレーの設計等を発注し，ｈ社は，ｆ社の下請業者として，プラスチック・トレーの設計等を行っていた。そのころ，被告は，ｈ社の市ヶ谷のオフィスに出入りしていた。
エ　ｇ社向け什器販売取引に関する事情
（ア）　ｇ株式会社の広告代理店である株式会社ｉ（以下「ｉ社」という。）ないし同社が外注したデザイナーが，ｇ社向け什器の売り場全体のイメージ（プロモーションイメージ）を作成する（乙１９参照）。ａ社やｂ社は，上記イメージを作成していなかった。
（イ）　上記（ア）のプロモーションイメージを基に什器のラフなデザイン図（甲３８）が作成され，その後，什器のデザイン図が作成される。ｉ社は，平成９年ころまで，ｇ社の要望を聞くなどして，什器のデザイン図を作成していた。
（ウ）　ｉ社は，ａ社に対し，上記（イ）のデザイン図に沿ったｇ社向け什器を発注し，ａ社がｇ社向け什器の寸法図（甲１１の２）を作成する。
（エ）　ａ社は，各仕入先に対し，寸法図に合う各部品，すなわち，株式会社ｊ（以下「ｊ社」という。）であれば板金（セルフ販売用化粧品陳列棚の骨組みとなる部分）・電飾部品（商品を明るく照らすための照明器具），ｆ社であればプラスチック・トレーの製作を指示し，その後，各仕入先において，試作を繰り返しながら，各部品の製作図を作成し，当該製作図に基づいて部品の製作を行う。本格的な製作図の作成には，デスク・ドラフター（製図版）・電話・打ち合わせスペースなど，デザインの作業が行える環境が必要となる。製作図作成の必須のドラフターは，当時，かなりの大きさであった。
（オ）　被告は，平成３年ころから平成７年ころまで，ａ社において，ｇ社向け什器の寸法図の作成を担当し，ｉ社や仕入先メーカーの意見を聞きながら，デザイン変更や材質の決定に関与していた。平成７年以降にｂ社に入社したＬやＭは，入社以降，ｇ社向け什器の寸法図の作成に関与するようになり，被告は，ｉ社や仕入先メーカーから意向や意見を聴取して，ＬやＭにフィードバックしていた。
オ　平成５年３月３１日，ｄ社が設立され，被告の妻であるＢが取締役に就任した（甲６）。
カ　ａ社は，平成５年１２月に東証第二部に上場し，平成７年９月に東証第一部に上場した。
(2) 　ｆ社からｄ社への送金
ア　被告は，平成１１年１０月，ａ社本社建装資材部の新規事業チーム長となり，ａ社東京支店建装資材部第三チーム長も兼ねていた。ａ社の従業員のＩ（以下「Ｉ」という。）は，平成１１年１０月から平成１３年９月まで，ａ社本社建装資材部新規事業チームに所属し，平成１３年９月以降，ａ社東京建装資材営業第二部に所属し，主に店舗什器の販売業務に従事し，平成１１年１０月から平成１７年７月までの間，被告の部下であった（甲４０）。
イ　ｄ社は，平成１４年９月から平成２１年６月までの間，別表１のとおり，ｆ社に宛てて，毎月請求書を送付し，翌月，ｆ社は，支払金額欄記載の各金員を，ｄ社名義の口座に振り込んだ（甲１３，甲１４）。
ウ　ｅ社は，平成２１年７月以降，別表１のとおり，ｆ社に宛てて，毎月請求書を送付し，翌月，ｆ社は，支払金額欄記載の各金員を，ｅ社名義の口座に振り込んだ（甲１３，甲１４）。
(3) 　ｇ社の粉飾等
ア　ｇ株式会社は，平成１６年ころ，破たんが噂されるようになり，産業再生機構からの支援が決定した。
イ　株式会社ｋは，平成１６年５月，ｇ株式会社から化粧品事業を承継し，そのころから，ａ社は，ｇ社向け什器販売取引を株式会社ｋと行うようになった。
ウ　平成１６年から平成１７年ころ，ｇ株式会社の粉飾決算が発覚したことを契機として，ｉ社の倒産が危惧され，与信の観点から，ｌ株式会社が，ｇ社向け什器販売取引の商流に介入するようになった。
エ　そのころから，ｇ社向け什器販売取引に関し，ｂ社が営業活動を行い，ｌ株式会社と株式会社ｋが，価格決定を行うようになった。
オ　Ｄは，平成１８年１２月６日，ｆ社の代表取締役に就任した（甲９）。Ｄは，平成１４年ころ，ｆ社に入社し，営業部長の職に就いていた（甲３９）。
カ　平成２１年７月１日，ｄ社を商号変更し，移行したことによりｅ社が設立され，Ｃが代表取締役に就任した（甲７）。ｅ社は，定款変更を行い，目的として，化成品の開発，仕入れ，販売，舞台美術の演出，製作を追加した（甲６，甲７）。
(4) 　平成２３年から平成２６年までの取引
ア　ａ社は，平成２３年１月，税務調査において，本来「交際費」として処理すべき金銭の支出を「会議費」として処理しているものとの指摘を受けた。同年２月から３月ころ，ａ社内において，過去３年間（第４８期から第５０期，具体的には平成２０年４月から平成２３年２月）に「会議費」として経理処理された項目を全て精査することとなり，全従業員に対し，当該従業員が過去３年間において行った経費精算のうち，人数を改ざんした上で精算をしたものがあれば，正直に申告するようにとの依頼をした（甲２８，甲２９）。被告は，平成２３年２月２３日，同年３月１５日，会議費として精算した内容の一部について，実際に飲食を行った人数と異なる人数を精算伝票に記入した，会議の実体がなく社内接待であるにも関わらず，会議費として処理した旨申告した（甲３０，甲３１）。
ａ社における調査の結果，過去３年分で総額約６００万円分が誤って「会議費」として処理されていたと認定され，ａ社は約１８００万円の追徴課税を受けた。
ａ社は，同年３月以降，従業員らに対し，経費精算に当たって人数の改ざんを行ってはならないとの注意喚起を行った（甲３２，甲４４，甲４５）。
イ　被告は，平成２３年４月，ａ社の子会社であるｂ社の執行役員に就いた。
ウ　平成２３年５月２７日，ｅ社が同年４月１日に休業した旨の異動届出書が杉並税務署に提出された（乙６）。Ｃは，同年７月１日，ｂ社に見習社員として採用され，建装海外営業部に配属された（甲１７）。同年１１月２６日，Ｃは，中華人民共和国に転居した。
エ　ａ社は，平成２３年ころまで，ｇ社向け什器販売取引において，プラスチック・トレーを，ｆ社のみから仕入れていたが，同年以降，４社から仕入れるようになった。
オ　ａ社は，平成２３年ころ，ｊ社に信用不安が生じたことなどから，板金・電飾部分の製造及び什器組立てについて，ｊ社以外の複数の業者にも依頼するようになった。
カ　被告は，平成２４年４月，ａ社の建装資材事業部長に就いた。
(5) 　平成２６年以降の取引等
ア　ａ社は，平成２６年ころまで，株式会社ｋとの間で，ｇ社向け什器販売取引を行っていたところ，同年ころから，ａ社の子会社であるｂ社が，株式会社ｋとの間で，ｇ社向け什器販売取引を行うようになり，ａ社は，ｇ社向け什器販売取引から外れた。
イ　Ｃは，平成２６年１月２３日，被告宅に戻った（甲１６の３）。同年８月３１日，Ｃは，ｂ社を依願退職した（甲１７）。同年１０月４日，Ｃは，中華人民共和国に転居した（甲１６の３）。
(6) 　原告とａ社との委任契約の締結等
ア　被告は，平成２７年３月３１日，ａ社との間で，次のような執行役員契約を締結した（乙７）。
（ア）　業務内容（執行役員契約書第１条）
ａ社の取締役会において決議された業務を行う。
（イ）　報酬（第２条）　別途定める。
（ウ）　契約期間（６条）
平成２７年４月１日から平成２８年３月３１日まで
イ　被告は，平成２７年３月３１日，ａ社の役員就任を退職事由として，ａ社を退職し，退職金を受領した（乙１３）。
ウ　被告は，平成２８年３月３１日，執行役員契約の期間満了に伴い，ａ社との間で，新たに契約期間を平成２８年４月１日から平成２９年３月３１日までとする執行役員契約を締結した。契約期間の他は，上記前年度執行役員契約と同内容の契約である（乙８）。
(7) 　本件訴訟に至る経緯等
ア　ａ社は，平成２８年５月１１日，被告による不正金銭受領の疑いが生じたとして，調査委員会を組織した。調査委員会の委員らは，ｆ社の代表取締役であるＤ，ａ社及びｂ社の従業員ら及び被告から事情聴取を行った。
イ　被告は，平成２８年６月１４日，ａ社から自宅待機を命ぜられた。
ウ　ａ社の取締役会は，平成２８年７月１４日，被告を解任する決議をし，被告は，同日，ａ社の執行役員の地位を解任された。ａ社は，同日，被告に対し，執行役員解任通知を送付した（乙１１）。同通知には，被告が，執行役員規則第３条及び第１２条①③に抵触することから，本日の取締役会にて審議の結果，執行役員解任の決議がなされましたのでここに通知する旨の記載がある（乙１１）。
執行役員規則３条には，「執行役員等はこの規則を遵守し，取締役会の決定に従い，代表取締役の指揮命令・監督の下に会社の業務の執行を行う。」「執行役員等は法令，定款及び会社が定める諸規程，諸規則等を遵守し，誠実かつ忠実に執行役員としての自覚と責任を持って業務を執行し，会社の発展に努めなければならない。」と規定され，同規則１２条には，「執行役員等が次の各号の一つに該当するときは，取締役会の決議により解任することができる。」「①この規則に違反したとき」「③その他執行役員としてふさわしくないと認めたとき」と規定されている（乙１２）。
エ　ａ社は，平成２９年４月１日，原告に吸収合併され，ａ社の権利義務は，全て，原告に承継された（甲４）。
２　争点(1)（被告のリベートの受領）
(1) 　原告は，ｆ社から被告が受領した本件各金員は，ｆ社がａ社との間の取引関係を維持・強化することを目的とした「リベート」の性質を有するものであり，本来ａ社に支払われるべきものであったと主張し，証人Ｄもそれに沿う証言等をする。
前記認定事実によると，ｆ社は，別表１のとおり，平成１４年１０月から平成２２年９月までの間，ｄ社ないしｅ社に合計２５９２万４５００円（本件各金員）を送金したこと，ｄ社は，平成５年３月３１日に設立された有限会社で，被告の妻が取締役を務め，ｅ社は，平成２１年７月１日，ｄ社を商号変更し，移行したことにより設立された株式会社であり，被告の子が代表取締役に就任したこと，平成３年当時，ａ社は，ｇ社向け什器販売取引を行っていたところ，ｆ社は，ｇ社向け什器の部品であるプラスチック・トレーの仕入先であり，ｇ社向け什器販売取引への関与を契機として大きく売上高を伸ばし，同社の売上高の８割から９割がｇ社向け什器販売取引によるものであったこと，被告は，平成３年以降，前任者を引き継ぎ，ｇ社向け什器販売取引に関与し，取引先の選定，価格交渉などに影響力を有していたことが認められる。これらの事情を総合考慮すると，ｆ社は，ａ社との間の取引関係を維持・強化することを目的として，本件各金員を支払っていたと推認することが可能である。
しかし，他方，ｆ社とａ社との間で，リベート，すなわち支払代金の一部を支払者に謝礼として与える金員，一度支払われた金員を，あとで支払者に戻す金員の支払に関しての合意はなく，ｆ社は，ｄ社ないしｅ社に支払うことで，ｇ社向け什器販売取引に影響力を有する被告との関係を維持・強化することができ，その結果，ａ社との間の取引関係を維持・強化につながるとして，本件各金員を支払い，被告は，ｄ社ないしｅ社を通じて，本件各金員を受領していたものであり，ａ社に支払われるべきものであったとまではいえない。また，ｆ社が，本件各金員を支払ったことで，原告が損害を被ったと認めるに足りる証拠はない。
(2) 　そうすると，原告の請求（予備的な債務不履行に基づく損害賠償請求権も含む。）は，その余の点を考慮することなく理由がない。
３　争点(2)（被告の接待交際費の不正受給）
(1) 　原告は，被告が平成１９年４月から平成２８年４月までの間の接待交際費の経費精算（１６９件，総額２８０万３６７３円）について，ａ社に虚偽の報告をし，不正に受給したと主張し，別表３の原告説明欄記載のとおりのａ社の従業員ら及びｆ社スの代表取締役であるＤの陳述書（甲２０の１ないし１０）を提出し，証人Ｄは，原告の主張に沿う証言をする。そして，証拠（甲３０，甲３１）及び弁論の全趣旨によると，被告が，別表２の会議日交際日欄記載の日時に，同表の場所欄記載の場所で飲食して，同表の精算金額欄記載の各金員を支払ったこと，被告が，ａ社に対し，接待交際費として，別表２の合計１６９件の経費精算を求め，ａ社は，被告に対し，別表２の支払日欄記載の日時に，同表の支払金額欄記載の金員を支払ったことが認められる。
(2) 　他方，被告は，実際の同席者でない人も申告したことがあるものの，ａ社の接待交際費として実際に利用して報告し，経費精算したものであり，別表３の被告の反論欄のとおりである旨供述する。
確かに，被告自身，覚えていない部分や，ａ社の従業員らの陳述書に対して，具体的に反論をしていない部分があるものの，年数が経っていることもあり，覚えていないことや具体的に反論ができないことも不自然ではない。また，Ｎの陳述書（甲２０の１）（別表２のNo.１，３，７，９，１１，１６，１７，１８，２２，２４，２６，３０，３３，３５，３９，４０，４４，４９，５０，５３，５８，５９，６３，６６，６７，６９，７１，７３，７５，７７，８０ないし８２，８４，８６，８９，９０，９２ないし９６，９９，１０３，１０４，１０７，１１２，１１３，１１９）について，被告は，Ｎがｂ社分室で行われていた販売活動の業務を担当していた部下であり，セクハラ事案の発覚により逆恨みされており，虚偽の供述がなされるおそれがあると供述している（乙２８）。Ｏの陳述書（甲２０の３）（別表２のNo.６８，８３，１０１，１０８）については，当時の手帳などは残っておらず，よく覚えていない旨の記載もある。Ｐ（甲２０の４）（別表２のNo.４７，６２），Ｑ（甲２０の６）（別表２のNo.８８，９７，１０６）については，内容の確認は記憶によるとの記載がある。Ｊの陳述書（甲２０の５）（別表２のNo.１３，２０，３８，４１，４６，５１，５７，６１，７６，７８，７９，８７，１０２，１４７，１５０，１５５，１５６，１６０，１６６）及び証言については，Ｊ自身，ほとんど記憶にたよって確認作業を行っている旨自認し，別表２のNo.１３，２０，６１について，この経費精算は事実である可能性が高いとの記載があり，会食に行った場合でも手帳に書いていないことがある，絶対に会食に行っていないと断言できるものはない旨証言している。Ｄの陳述書（甲２０の９）（別表２のNo.５，２１，２３，２６，４２，４５，７２，７５，８２，８５，８９，９０，１０５，１１０，１１５，１２０，１２３，１２６，１２９，１３４，１５９，１６２，１６５）及び証言については，ｆ社と原告の関連会社との間でｇ社向け什器販売取引が継続していることから，原告に有利な証言をする動機がないとはいえない。Ｈの陳述書（甲２０の１０）（別表２のNo.２，４，６，８，１０，１２，１４，１５，１８，１９，２４，２５，２７，２８，２９，３１ないし３７，４３，４４，４８，４９，５２，５４ないし５６，５９，６０，６４ないし６６，７０，７３，７４，７７，８１，８４，８６，９１，９２，１００，１０７，１０９，１１１，１１４，１１６ないし１１９，１２１，１２２，１２５，１２７，１２８，１３０ないし１３３，１３５ないし１４９，１５１，１５３，１５７，１５８，１６３，１６７ないし１６９）については，被告は，ｍ株式会社（以下「ｍ社」という。）のＳ社長から逆恨みされていた可能性がある旨を供述している（乙２８）。同陳述書は，原告の従業員のＨが，原告の従業員らやＤ及びｍ社の取締役であるＲから聴取した内容を記載しているもので，Ｒの陳述書は提出されておらず，Ｒからの聴取内容もｍ社の役員等からの伝聞内容となっている。これらの事情を考慮すると，甲２０の１ないし１０の各陳述書等から，被告が，別表２のとおりの接待交際費を不正に受給したことを推認するには足りず，他に，原告が主張する事実を認めるに足りる証拠はない。
(3) 　そうすると，原告の被告の接待交際費の不正受給に関する請求は，その余の点を考慮することなく，理由がない。
４　争点(3)（被告の原告に対する執行役員報酬請求）
(1) 　解任前の執行役員報酬請求
ア　被告は，受任者の責めに帰することができない事由により，ａ社の執行役員を解任された旨主張する。前記認定事実によると，被告は，平成２８年３月３１日，ａ社との間で，執行役員契約を締結していたところ，平成２８年７月１４日，ａ社の取締役会の決議により解任されたことが認められる。
ａ社の従業員規則には，従業員は，取引関係から贈与，供応，その他の利益を受けてはならない旨規定され（甲２４の１ないし６，職権乱用），従業員賞罰規則には，職務上の地位を利用して私利を得た者，又は得ようとした者は懲戒解雇とする旨規定され（甲２５の２，１６「懲戒基準２」１６．１４），執行役員規則には，執行役員としてふさわしくないと認めたときは，取締役会の決議により解任することができる旨規定されている（乙１２，１２条）ところ，前示３のとおり，取引先であるｆ社は，ｄ社ないしｅ社に支払うことで，ｇ社向け什器販売取引に影響力を有する被告との関係を維持・強化することができ，その結果，ａ社との間の取引関係を維持・強化につながるとして，本件各金員を支払い，被告は，ｄ社ないしｅ社を通じて，本件各金員を受領していたことが認められる。
そうすると，被告が本件各金員を受領した行為は，ａ社の従業員規則に違反し，懲戒解雇事由に該当するものであるといえ，ａ社の取締役会が，ａ社の執行役員としてふさわしくないと認めて，執行役員規則１２条３号に該当するとして，取締役会の決議により解任することができるものであると認めるのが相当である。
イ　この点，被告は，ｆ社から受領した本件各金員が，被告が，寸法図を作成したことに対する正当な対価である，実際に図面を書くことが寸法図を作成することはなく，ｇ社等の意見・意向を現実化し得るためのアイディアを出し，それを寸法図として実現させることが寸法図を作成することである，寸法図の作成に加え，ｆ社が業務を行うための加工業者の配置連携等の構築も行っており，これらを含めて対価が発生していたなどと主張し，それに沿う供述をする。
しかし，原告は，これを否認し，ｆ社の代表取締役であるＤは，被告（ｄ社，ｅ社）との間で，寸法図を作成する等の対価として本件各金員を支払ったものではない，実際，被告（ｄ社，ｅ社）から寸法図など納品されたことはないなどと証言し，被告自身も，ｄ社やｅ社作成の各請求書に記載されている図面を実際にｆ社に納品していない旨述べている（被告本人・３１頁）。そして，本件各金員に対応する業務の内容等について，被告の供述はあいまいであり，被告の主張を認めるに足りる客観的な証拠の提出もないことに照らすと，被告の供述はたやすく採用することはできない。そうすると，被告の主張は採用できない。
ウ　被告は，解任通知に解任の具体的事由を記載していないことから，適正な手続きを欠くなどと主張するが，解任通知に解任の具体的事由を記載しなければならないとする根拠はなく，解任通知に解任の具体的事由を記載していないことから直ちに受任者の責めに帰することができない事由による解任であるとはいえず，被告の主張は採用できない。
エ　以上によると，被告が，受任者の責めに帰することができない事由により執行役員を解任されたと認めることはできず，被告の報酬の請求は，その余の点を考慮することなく，理由がない。
(2) 　解任後の執行役員報酬請求
ア　被告は，不利な時期に委任の解約を受けたものとして，民法６５１条２項に基づき平成２８年８月から契約期間である平成２９年３月までの８ヶ月間の報酬を請求する。
民法６５１条２項の「不利な時期」とは，事務処理自体との関連において相手方に不利な時期をいうところ，被告が，執行役員の事務処理自体との関連において，不利な時期に解任されたと認めるに足りる証拠はない。
イ　この点，被告は，中途解約が，不利な時期の解約であると主張するが，民法６５１条２項にいう損害は，解約の時期の不当なことによる損害であるところ，報酬は解約の時期いかんにかかわらず，解約されれば常に当然失われるべきものであることから，被告の主張は採用できない。
ウ　被告は，会社法３３９条２項類推適用により執行役員解任後の報酬が支払われるべきである旨主張する。会社法３３９条２項は，取締役，会計参与及び監査役（会社法３２９条１項参照）を解任された者は，その解任について正当な理由がある場合を除き，株式会社に対し，解任によって生じた損害の賠償を請求することができると定めているところ，ａ社と被告との間の執行役員契約は委任契約であり，被告は，ａ社の取締役，会計参与及び監査役ではないことから，本件において，同項を類推適用できると解することはできず，被告の主張は採用できない。
エ　以上によると，被告の解任後の報酬請求は，その余の点を考慮することなく理由がない。
５　争点(4)（委任事務処理費用償還請求）
(1) 　被告は，別表４のとおり，合計８万５５２７円を執行役員の事務処理について費用を支出した旨主張し，それに沿う領収書を提出する。
(2) 　しかし，原告は，被告が，別表４について，執行役員の事務処理費用に必要な費用とは認められないと否認しており，領収書からは，執行役員の事務処理について費用を支出したと推認するには足りず，他に被告の主張を認めるに足りる証拠はない。
(3) 　そうすると，被告の委任事務処理費用償還請求は，その余の点を考慮することなく理由がない。
６　争点(5)（社会保険料の償還請求）
(1) 　被告は，ａ社が負担すべき社会保険料等合計１３万９５９６円を支払い，ａ社が不当に利得したなどと主張する。
証拠（乙１７）及び弁論の全趣旨によると，被告は，平成２８年７月１５日，ａ社に対し，通勤費精算として２万３６２０円，健康保険料（６月分）として５万２３２０円，介護保険料（６月分）として７６３０円，厚生年金保険料（６月分）として５万５２６６円，朝日生命グループ保険料として７６０円の合計１３万９５９６円を支払ったこと，上記健康保険料，介護保険料，厚生年金保険料は，いずれも平成２８年６月分の被用者負担分として被告が負担すべきであると認められる。そして，通勤費精算については，証拠（甲３６，３７）及び弁論の全趣旨によると，ａ社が，被告に対し，平成２８年５月から同年１０月分の半年分として５万４８７０円を支払い，被告解任後の同年８月から同年１０月分の返還分として２万３６２０円の返還を求めたこと，被告の通勤経路の各鉄道会社の通勤定期券代の払戻に関するルールが，定期運賃から，使用・未使用を問わず経過した期間を月単位で計算した定期運賃を差し引いた上，手数料２２０円を差し引いた金額が払い戻されることになっているところ，同ルールによると，被告の通勤経路の平成２８年８月から同年１０月分の返還分が２万３６２０円となること（京王線につき，６ヶ月分通勤定期代２万６９５０円－３ヶ月分の通勤定期代１万４２３０円－手数料２２０円＝１万２５００円，ＪＲにつき，６ヶ月分の通勤定期代２万７９２０円－３ヶ月分の通勤定期券代１万６５８０円－手数料２２０円＝１万１１２０円）が認められ，被告は，ａ社に対し，通勤費精算として２万３６２０円を返還すべき義務があるものと認められる。
(2) 　そうすると，被告がａ社に支払った金員について，原告が不当に利得したとは認められず，被告の請求は理由がない。
７　よって，主文のとおり判決することとする。
東京地方裁判所民事第１３部
（裁判官　西野光子）

〈以下省略〉

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