裁判年月日 平成23年 4月15日 裁判所名 東京地裁 裁判区分 判決
事件番号 平21(ワ)47700号
事件名 損害賠償請求事件
裁判結果 一部認容 文献番号 2011WLJPCA04158004
要旨
◆被告から訴外会社の全株式を譲り受けた原告が、その際に同社について被告がした開示に表明保証違反があったとして、株式譲受契約の補償条項に基づき、被告に補償請求をした事案において、契約上、被告は訴外会社が締結している契約の存在や内容等の概要を開示する義務を負うと解されるところ、訴外会社の追加納品代金支払債務について取引の存在さえも開示されていたとは認められず、被告が存在を開示した売掛金債権は実際に存在しなかったとして、被告の表明保証違反を認め、請求を一部認容した事例
出典
評釈
宮下央=田中健太郎・金法 2021号71頁
参照条文
民法415条
裁判年月日 平成23年 4月15日 裁判所名 東京地裁 裁判区分 判決
事件番号 平21(ワ)47700号
事件名 損害賠償請求事件
裁判結果 一部認容 文献番号 2011WLJPCA04158004
東京都渋谷区〈以下省略〉
原告 株式会社シーエー・モバイル
同代表者代表取締役 A
同訴訟代理人弁護士 近澤諒
同 田中浩之
同 林浩美
同 飯田耕一郎
東京都中央区〈以下省略〉
被告 ALITO株式会社
同代表者代表取締役 B
同訴訟代理人弁護士 平野正弥
同 大島正照
同 上野一英
主文
1 被告は,原告に対し,623万円及びこれに対する平成22年1月21日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は,これを10分し,その1を被告の負担とし,その余を原告の負担とする。
4 この判決は,1項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 請求
被告は,原告に対し,5879万5688円及びこれに対する平成21年3月7日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
本件は,被告から,株式会社コミュニティ・スクエアの全株式を譲り受けた原告が,その際に同社について被告のした開示に表明保証違反があったとして,上記株式譲受契約上の補償条項に基づき,被告に対し,5879万5688円及びこれに対する請求日の翌日である平成21年3月7日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
1 前提事実(争いのない事実並びに括弧内に掲げた証拠及び弁論の全趣旨により認められる事実)
(1) 当事者等
ア 原告は,携帯電話利用者のためのコンテンツ制作事業,広告事業,サイト運営事業等を営む株式会社である。
イ 被告は,インターネット等のネットワークを利用した商品の売買システムの設計等を営む株式会社であり,平成20年7月当時,後述する株式会社コミュニティ・スクエアの全株式を保有していた。
ウ 株式会社コミュニティ・スクエア(以下「CS社」という。)は,デジタルコンテンツの制作及び販売並びに広告事業等を営む株式会社であり,平成20年7月1日,当時完全子会社であった株式会社ビーピーアイ(以下「BPI社」という。)を吸収合併し,その権利義務を包括承継した。
(2) CS社株式譲渡までの経緯
ア 原告と被告は,同月31日ころ,被告が保有していたCS社株式の売却についての交渉を開始した。
イ 原告担当者は,被告に対し,同日から同年9月3日ころまでの間,メール及び電話でCS社の概要やビジネスモデル,財務状況,法務労務などに関する質問や情報の開示請求を行い,被告からの情報や資料の開示を受けた(このような株式譲渡にあたり,株式譲渡契約を締結することの是非やその条件等を決定するために譲渡対象となる会社の法的瑕疵や財務状況を調査することを目的として,当該会社に対する監査を行うことをデューディリジェンス(以下「DD」という。)と,また,上記期間における一連のやりとりのことを「プレDD」という。)。
ウ 原告は,被告に対し,同年8月27日,被告からのCS社株式譲り受けについての原告としての基本方針を示した(甲4)。
エ 原告は,本DD(買主候補者が買収に向けた積極的な意思表明を行った後のDDをいう。以下,同じ。)として,株式会社コーポレート・アドバイザーズ・アカウンティング(以下「CAA社」という。)に対し,同年9月ころ,CS社の財務調査及び株式価値の評価を依頼した。
オ 原告は,同月3日から同月19日にかけて本DDを行い,うち同月11日及び同月12日には,CS社において,CAA社の公認会計士C(以下「C会計士」という。)及び同D(以下,C会計士と総称して「C会計士ら」という。)と,被告及びCS社の取締役を当時兼務していたE(以下「E取締役」という。)との間で,質疑応答を行った(以下,同月11日及び同月12日の財務関係のDDのことを「オンサイトDD」という。)。
(3) 株式譲渡契約の締結及び実行
ア 原告と被告は,平成20年9月29日,次の株式譲渡契約を締結した(以下「本件株式譲渡契約」という。)。
(ア) 内容(1条,2条,6条)
被告は,原告に対し,同月30日(以下「クロージング日」という。),その保有するCS社の全株式(譲渡実行までの間に新株予約権の行使等により被告が取得する株式を含む。)を,代金1億4300万円(以下「本件譲渡価格」という。)で譲り渡す。
(イ) 表明保証(5条)
被告は,原告に対し,本件株式譲渡契約締結日(但し,特定の日が明示されている場合には,かかる日)において,次の事項が真実かつ正確であることを表明し,保証する。
a 重要な契約(10項)
原告が本件株式譲渡契約締結日までの間に開示を受けたものを除き,CS社の年間支出額が100万円を超える可能性を有する契約は,書面によるものと口頭によるものとを問わず,存在しないこと。CS社がその事業に関して締結している契約等のうち,その事業を従前通り継続するために必要なもの又はCS社の事業に重要な影響を与えうるもの(以下「重要契約等」という。)は,適法かつ有効に締結されており,かつ,その条項に従い各契約当事者に対して法的拘束力を有し,執行可能であること。重要契約等について,CS社又は重要契約等の相手方による債務不履行事由等,訴訟等,クレーム等,司法・行政機関の判断等は一切生じておらず,その虞もないこと。被告による本件株式譲渡契約の締結及び履行は,重要契約等に係るCS社の債務不履行事由等に該当しないこと。
b 財務諸表(12項)
CS社又は被告から原告に対して提出されたCS社の平成19年12月末期の貸借対照表,損益計算書,利益処分計算書,及び附属明細書(以下,総称して「財務諸表」という。)は日本において一般に公正妥当と認められている会計基準及びCS社の会計帳簿に従って正確に作成されていること。CS社は,それぞれこれらの貸借対照表又はそれらの注記に記載されていない債務(隠れた債務,年金に係る債務,保証債務,偶発債務,その他不法行為責任から生ずる債務を含むがこれらに限られない。)を負っていないこと。財務諸表の作成基準日以降,CS社の財政状態,経営成績,キャッシュフロー,事業,資産,負債又は将来の収益計画に悪影響を及ぼし,又はその虞のある事由若しくは事象は発生していないこと。CS社の株式会社CELL(以下「CELL社」という。)に対する売掛金315万円を除き,履行遅滞となる債権は存在しないこと。また,CELL社に対する売掛金については平成20年9月末日までにCS社に支払われる予定であること。CS社の株式会社コンクエストに対する売掛金315万円について,クロージング日までに,貸倒処理を行うこと。
c 情報開示(16項)
本件株式譲渡契約書添付のDD関連質問事項の回答その他被告又はCS社が原告又はその代理人に開示した本件株式又はCS社若しくは被告に関する一切の情報は,いずれも真実かつ正確であり,被告には,被告が認識しているCS社に関する事実でCS社の事業に悪影響を与える事実についての秘匿はないこと。
(ウ) 補償(8条)
被告は,クロージング日から1年3か月以内に,本件株式譲渡契約に基づく被告若しくはCS社の義務の違反又は上記(イ)に定める被告の表明及び保証の違反に起因して,原告が損害,損失又は費用(第三者からの請求の結果として生じるものか否かを問わない。また,逸失利益及び弁護士費用も含む。以下本条において「損害等」という。)を被った場合,かかる義務違反又は表明保証違反と相当因果関係のある損害等を賠償又は補償する。なお,当該損害等の賠償額は,本件譲渡価格の総額を上限とする。
イ 原告は,被告に対し,平成20年9月30日,本件譲渡価格全額を支払い,被告からCS社の全株式を譲り受けた。
(4) 債務の存在等
ア シートップ社に対するレベニューシェア支払債務
BPI社は,株式会社シートップモバイル(以下「シートップ社」という。)との間で,平成19年12月ころ,BPI社がシートップ社に携帯電話向けFLASHゲーム(以下「本件コンテンツ」という。)の開発を委託する一方,本件コンテンツの販売によりBPI社が得た収入の分配割合を,BPI社及びシートップ社について各1の割合とし,BPI社は,本件コンテンツの購入者から代金の支払があった場合,シートップ社に対し,当月末締め翌月末払でこれを支払うことを内容とした業務委託契約を締結した(以下,この契約を「本件共同開発契約」と,この分配額のことを「レベニューシェア」という。)。
そして,BPI社及びこれを吸収合併したCS社は,同月から平成20年8月末日までの間,本件コンテンツ販売により,合計2340万4480円の収入を得たが,シートップ社に対するレベニューシェアの支払を行っていなかったことから,本件株式譲渡契約の締結日時点において,シートップ社に対し,合計1228万7352円(上記収入の半額1170万2240円及びこれに対する消費税等相当額58万5112円の合計額)の支払義務を負っていた(以下「本件レベニューシェア支払債務」という。)ところ,同年10月31日及び平成21年1月30日,この債務を履行した。
イ シートップ社に対する追加納品代金支払債務
CS社は,シートップ社との間で,平成20年7月ころ,本件コンテンツを通常よりも短い期間で追加納品すること,本件コンテンツの追加納品1本につき4万円(消費税別)の追加納品代金を上記アにみたレベニューシェアとは別にシートップ社に対し支払うことを合意した(以下「本件追加納品契約」という。)。
シートップ社は,本件追加納品契約に基づき,CS社に対し,同年9月22日までの間に,本件コンテンツ60本を追加納品した。
したがって,CS社は,シートップ社に対し,同日時点において,合計252万円(追加納品代金240万円及びこれに対する消費税相当額12万円の合計額)の支払義務を負っていた(以下「本件追加納品代金支払債務」という。)ところ,同年10月22日,この債務を履行した。
ウ G&M社に対する広告掲載料支払債務
CS社は,有限会社G&M(以下「G&M社」という。)との間で,平成20年6月ころまでに,G&M社が発行する媒体の広告枠にCS社の広告を掲載し,1か月あたり50万円の広告掲載料を支払う旨を合意した(以下「本件広告業務委託契約」という。)。なお,この広告業務は,G&M社が,広告主であるCS社のバナーを制作することをも内容としたものであった(証人E)。
そして,G&M社は,本件広告業務委託契約に基づき,同月から9月までの間,広告を掲載した。
したがって,CS社は,G&M社に対し,本件株式譲渡契約の締結日時点において,合計210万円(広告掲載料200万円及びこれに対する消費税相当額10万円の合計額)の支払義務を負っていた(以下「本件広告掲載料支払債務」という。)ところ,同年11月5日,この債務をシステム業務委託費用名目で履行した(甲12,乙2)。
エ CELL社に対する売掛金債権
被告は,原告に対し,CELL社に対する売掛金315万円(消費税15万円を含む。以下「本件CELL社売掛債権」という。)を資産として計上したCS社の平成20年7月31日時点の残高試算表を開示した。
2 争点
(1) 表明保証違反
(原告の主張)
ア 本件レベニューシェア支払債務及び本件追加納品代金支払債務について
(ア) E取締役は,プレDD及び本DDを通じ,原告に対し,本件レベニューシェア支払債務及び本件追加納品代金支払債務を開示せず,特に,平成20年9月11日のインタビューの際には,C会計士から,レベニューシェアによる取引の存否及び取引規模を尋ねられたが,「管理していないから分からない。」と回答したのみで,その他の事実について何ら開示しなかった。
したがって,被告は,原告に対し,本件株式譲渡契約の締結日までに,本件レベニューシェア支払債務及び本件追加納品代金支払債務の存在を開示しなかったといえる。
(イ) そして,前提事実(3)ア(イ)aにみた表明保証10項(以下「本件表明保証10項」という。)は,CS社の年間支出額が100万円を超える可能性を有する契約を原告が全て正確に摘出,判別し,仕分けすることが困難であることから,その存在について,特に原告が本件株式譲渡契約締結日までの間に開示を受けたものを除き,被告にリスクを移転させる趣旨の定めであるから,被告が,特定の契約を原告に対して開示することにより本件表明保証10項の対象から外すためには本件表明保証10項の対象となる契約であること,すなわち,年間支出額が100万円を超える可能性を有する契約であることを示して開示する必要がある。
また,前提事実(3)ア(イ)bにみた表明保証12項(以下「本件表明保証12項」という。)第3文の「事由若しくは事象」は,上記に述べた本件表明保証10項と同じ趣旨で,開示された財務諸表の作成基準日(平成19年12月31日)以降に生じたため,財務諸表に反映されていない事項についてのリスクを被告に移転させる趣旨の定めであるから,CS社の債務で,作成基準日以降に発生したため財務諸表に計上されておらず,CS社の財政状態等に悪影響を及ぼすおそれのあるものは,発生原因となる契約が基準日前に成立していたか否かにかかわらず,本件表明保証12項第3文の「事由若しくは事象」に含まれる。
前提事実(3)ア(イ)cにみた表明保証16項(以下「本件表明保証16項」という。)後段は,上記に述べた本件表明保証10項及び12項と同じ趣旨で,本件株式譲渡契約の締結時に被告が認識している事実で,CS社の事業に悪影響を与えるものの存在について,原告が特に開示を受けたものを除き,被告にリスクを移転させる趣旨の定めであるから,被告が,特定の事実を原告に対して開示することにより本件表明保証16項の対象から外すためには,本件表明保証16項の対象となる事実であること,すなわち,CS社の事業に悪影響を与えるものであることを積極的に示して開示する必要がある。
(ウ) 以上からすると,本件レベニューシェア支払債務及び本件追加納品代金支払債務は,いずれも,年間の支出額が100万円を超える可能性を有し,CS社の財政状態,経営成績,キャッシュフロー,事業,資産,負債又は将来の収益計画に悪影響を及ぼし,又はその虞のある事由若しくは事象であり,CS社の事業に悪影響を与える事実であることになる。
したがって,被告が,上記各債務の存在を開示しなかったことは,本件表明保証10項,12項及び16項に違反する。
イ 本件広告掲載料支払債務について
(ア) E取締役は,プレDD及び本DDを通じ,原告に対し,本件広告掲載料支払債務について開示をせず,特に,C会計士から,平成20年9月11日のインタビューの際,G&M社との取引について尋ねられたのに対し,GoogleのAdwards広告販売に関する説明のみを行い,その他の事実について何ら開示しなかった。
したがって,被告は,原告に対し,本件株式譲渡契約の締結日までに,本件広告掲載料支払債務の存在を開示しなかったといえる。
(イ) 以上の事実及び前記ア(イ)にみた本件表明保証の規定の解釈からすると,本件広告掲載料支払債務は,年間の支出額が100万円を超える可能性を有し,CS社の財政状態,経営成績,キャッシュフロー,事業,資産,負債又は将来の収益計画に悪影響を及ぼし,又はその虞のある事由若しくは事象であり,CS社の事業に悪影響を与える事実である。
したがって,被告が,本件広告掲載料支払債務の存在を開示しなかったことは,本件表明保証10項,12項及び16項に違反する。
ウ 本件CELL社売掛金債権について
(ア) 被告が開示した本件CELL社売掛金債権は,CS社とCELL社との間でその発生原因となる売買契約が実際には成立していなかったから,本件株式譲渡契約締結時点において,存在していなかった。
この点,被告は,本件CELL社売掛金債権が存在したと主張するが,CS社がCELL社からデコレーションメール(以下「デコメ」という。)素材の使用許諾に関する発注を受けたのかどうかも明らかではなく,また,これを裏付ける発注書又は契約書も存在しないから,上記売掛金債権の存在を立証できていない。
(イ) そして,被告は,本件表明保証12項において,CS社の本件CELL社売掛金債権を除き,履行遅滞となる債権は存在しないこと(第4文)及び本件CELL社売掛金債権については9月末日までにCS社により支払われる予定であること(第5文)を表明保証したものであり,また,本件CELL社売掛金債権の不存在は,CS社の事業に悪影響を与える事実にあたる。
したがって,被告が,本件CELL社売掛金債権の存在を開示しながら,同債権が存在しなかったことは,本件表明保証12項及び16項に違反する。
(被告の主張)
否認ないし争う。
ア 本件レベニューシェア支払債務及び本件追加納品代金支払債務について
(ア) E取締役は,C会計士らに対し,平成20年9月11日,オンサイトDDにおけるインタビューの中で,同日時点において既に開示済みの情報や対象会社の総勘定元帳及び月次の収支決算書類の資料を元に,FLASH系ゲームの仕入先は,シートップ社の1社のみであり,同社との間には,レベニューシェアの分配比率を50パーセントと設定した業務委託契約が締結されていること,レベニューシェア算定の基礎となる売上金額等の情報を口頭で開示し,また,C会計士からのCS社のシートップ社に対するレベニューシェアの支払や計上はないかとの質問に対して,CS社が作成し,シートップ社に送付した契約書が返送されず,加えて,シートップ社から請求書の交付を受けていないため,支払をしておらず,請求書を受領次第支払予定であると述べ,CS社がシートップ社に対してFLASH系ゲーム等のコンテンツを発注する際,短い納期を設定する場合には,追加料金を支払うことになり得ることを説明した。
(イ) そして,本件表明保証10項第1文は,文言から明らかなように,契約が存在するか否かに関する規定であるから,被告に,年間支出額が100万円を超える可能性を有する契約の条件の開示義務を課すものではなく,また,原告から要請された資料や情報の開示を超えて,ことさら開示要請のない事実を積極的に開示する義務を課したものでもない。
また,本件表明保証12項第3文にいう「事由若しくは事象」の発生とは,本件レベニューシェア支払債務の存在ではなく,本件レベニューシェア支払債務の発生原因事実である本件共同開発契約締結の事実をいう。
このほか,本件表明保証16項は,重要な点において事実の省略がないことを表明保証させる規定ではないことから,被告が,原告に対し,原告が積極的に質問した事項以外の事項について,積極的に開示する義務はない。
(ウ) 前提事実(2)イにいうプレDDでの開示内容及び以上の事実からすると,被告は,原告に対し,本件レベニューシェア支払債務及び本件追加納品代金支払債務にかかる契約の存在を開示したものであり,情報の秘匿は何らしてない。
また,仮に上記(イ)にいう「事由若しくは事象」を本件レベニューシェア支払債務及び本件追加納品代金支払債務自体であるととらえるとしても,被告は,原告に対し,これらの債務の存在にかかる十分な情報を提供し,原告は同債務の影響を十分予見し得た。
しかも,CS社は,本件株式譲渡契約当時,約2580万円の現金又は預金を保有していたから,本件レベニューシェア支払債務及び本件追加納品代金支払債務は本件表明保証12項第3文に該当しない。
したがって,被告は,本件レベニューシェア支払債務及び本件追加納品代金支払債務について,本件表明保証10項,12項及び16項に違反しない。
イ 本件広告掲載料支払債務について
(ア) E取締役は,C会計士らに対し,平成20年9月11日,オンサイトDDにおけるインタビューの中で,CS社からG&M社に対して発注した取引については,本件広告掲載料支払債務を含め,CS社のG&M社に対する債務に関し,まだG&M社から請求書を受領していないことなどを口頭で開示した。
(イ) 前提事実(2)イにみたプレDDでの開示内容及び以上の事実からすると,被告は,原告に対し,本件広告掲載料支払債務にかかる契約の存在を認識し得るに足る十分な情報を開示したものであり,情報の秘匿は何らしていない。
また,CS社が本件株式譲渡契約当時に保有していた約2580万円の現金又は預金からすれば,本件広告掲載料支払債務が本件表明保証12項第3文に該当しないことは上記アの各債務と同様である。
したがって,上記ア(イ)にみた本件表明保証の規定の解釈にも照らし,被告は,本件広告掲載料支払債務について,本件表明保証10項,12項及び16項に違反しない。
ウ 本件CELL社売掛金債権について
(ア) CS社は,CELL社に対し,平成20年7月10日,携帯電話端末用コンテンツ制作業務の見積書を送付し,そのころ,同業務を受託した。そして,CS社は,同月17日及び18日に,同業務に基づき,デコメ用素材800点及び追加のデコメ用素材300点をそれぞれ納品し,CELL社従業員F(以下「F」という。)もこれを受領しその内容を確認した旨メールで述べた。
したがって,本件CELL社売掛金債権は,同月31日時点で存在しており,同年9月末日までに支払われる予定であった。
(イ) したがって,被告は,本件CELL社売掛金債権について,本件表明保証12項及び16項に違反しない。
なお,本件表明保証12項第4文は,履行遅滞となる債権が存在するか否かを表明保証の対象としたものであり,CS社がCELL社に対して売掛金315万円を有することを表明保証の対象としたものではないから,本件CELL社売掛金債権の不存在をもって同文に違反するとの原告主張は失当である。
(2) 損害
(原告の主張)
ア 主位的主張
(ア) 原告は,前記(1)にみた被告の表明保証違反行為(以下「本件表明保証違反」という。)により,後記(イ)以下にみたところの本件譲渡価格と被告の表明保証違反がなかったと仮定した場合にDCF法に基づき算定されていたはずの株式譲渡価格との差額及びその請求にかかる弁護士費用の合計相当額の損害を被った。
(イ) 本件譲渡価格の算定方法
原告は,本件譲渡価格の適正性の判断にあたり,CAA社がDCF法に基づいてCS社の企業価値を算定した価値分析報告書(以下「CAA算定書」という。)を重要な意思決定要素としたところ,このDCF法に基づくCS社の企業価値の算定方法は,次のとおりであった。
まず,CS社の将来のフリーキャッシュフロー(以下「FCF」という。)の割引現在価値(以下「NPV」という。なお,割引率は25パーセントとする。)については,次表のとおり(単位は千円),平成20年7月31日時点の財務諸表(以下「本件基準日財務諸表」という。)記載の財務数値及び原告がCAA社に提出した将来のCS社の営業利益計画から2億5550万8000円(次表最下段のNPVの合計値)と算定した。
平成20年
8月,9月
平成21年
9月期
平成22年
9月期
平成23年
9月期
残余価値
税引前営業利益 8,000 84,396 93,157 92,001
法人税等 33,758 37,263 36,800
税引後営業利益 8,000 50,638 55,894 55,201
減価償却費 300 1,800 1,800 1,800
FCF 8,300 52,438 57,694 57,001 220,803
現価係数
(割引25パーセント)
1.000000.894430.715540.572430.57243
NPV 8,300 46,902 41,282 32,629 126,395
次に,CS社の株主価値については,上記NPV2億5550万8000円に,本件基準日財務諸表記載の現金866万1526円及び新株予約権行使による払込予定額500万円を加える一方,本件基準日財務諸表記載の銀行からの借入金,被告からの借入金及び決済が滞っている未払費用合計9378万7000円を控除することにより,1億7538万2337円と算定した。
そして,DCF法に基づくCS社の企業価値は,上記株主価値から,非流動性ディスカウントとしてその30パーセントを控除し,1億2276万7636円(1株あたり3508円)となる。
以上の算定結果及び被告との交渉も踏まえ,原告と被告は,上記企業価値に16.5パーセント相当分を加えて,本件譲渡価格を1億4300万円とした。
(ウ) 本件表明保証違反がなかった場合の株式譲渡価格の算定
本件表明保証違反により,本件譲渡価格の算定にあたり,次の修正を要した。
すなわち,CS社は,シートップ社との間の本件追加納品契約に基づき,レベニューシェア支払債務を将来にわたって継続的に負担することとなり,その額は,本件株式譲渡契約締結当時,既に発生していた本件レベニューシェア支払債務(9か月で1228万7352円)を,12か月分に引き直して計算すると1638万3136円(1か月あたり136万5261円)となるから,同額を各期の当初の営業利益計画からそれぞれ控除することを要する。
また,本件CELL社売掛金債権は,平成20年9月末日までにCS社に支払われ,営業利益となることが予定されていたから,同債権が不存在であったことにより,CS社の平成20年8月,9月の営業利益計画から同債権相当額315万円を控除することを要する。
そして,営業利益計画に関するここまでの修正事項を踏まえたCS社のNPV(割引率25パーセント)は,次表(単位は千円)のとおり,合計2億0703万1983円(次表最下段のNPVの合計値)となる。
平成20年
8月,9月
平成21年
9月期
平成22年
9月期
平成23年
9月期
残余価値
税引前営業利益 3,485 68,013 76,773 75,618
法人税等 27,205 30,709 30,247
税引後営業利益 3,485 41,208 46,064 45,371
減価償却費 300 1,800 1,800 1,800
FCF 3,785 42,608 47,864 47,171 181,483
現価係数
(割引25パーセント)
1.000000.894430.715540.572430.57243
NPV 3,785 38,109 34,249 27,002 103,887
また,本件レベニューシェア支払債務,本件追加納品代金支払債務及び本件広告掲載料支払債務は,本件において上記(イ)の借入金等に含めて控除すべきである。そうすると,CS社の株主価値は,上記NPV2億0703万1983円に,上記(イ)の現金866万1526円及び新株予約権行使による払込予定額500万円を加える一方,上記(イ)の借入金等9378万7000円及び上記レベニューシェア支払債務等1690万7352円の合計1億1069万4352円を控除した1億0999万9157円とするべきであったこととなる。
そして,DCF法に基づくCS社の企業価値は,上記株主価値から,非流動性ディスカウントとしてその30パーセントを控除し,7699万9410円(1株あたり2200円)と算定することができる。
加えて,上記(イ)にみたとおり,本件譲渡価格は,CAA算定書におけるDCF法に基づく株式評価額に対し16.5パーセント相当分を加えて決定された金額であったから,表明保証違反がなかった場合のあるべき株式譲渡価格は,8970万4312円とすべきであったこととなる。
(エ) 結論
したがって,本件譲渡価格と被告の表明保証違反がなかったと仮定した場合にDCF法に基づき算定されていたはずの株式譲渡価格との差額は,5329万5688円となる。
また,本件請求の紛争内容や専門性等に鑑み,原告は,本訴請求を行うための弁護士費用として,550万円を要した。
したがって,本件において原告は,これらを合算した5879万5688円の損害を被った。
イ 予備的主張
原告は,本件表明保証違反により,CS社の損失相当額の損害を被り,その額は,本件レベニューシェア支払債務1228万7352円,本件追加納品代金支払債務252万円,本件広告掲載料支払債務210万円,本件CELL社売掛債権315万円相当額及び本件株式譲渡契約締結後,CS社がシートップ社に対し,本件共同開発契約に基づき支払った250万4250円(内消費税相当額11万9250円)の合計2256万1602円である。
また,本訴請求に要した弁護士費用相当額は,前記ア(エ)と同様550万円である。
したがって,原告は,これらを合算した2806万1602円の損害を被った。
(被告の主張)
ア 主位的主張
否認ないし争う。
原告は,本件譲渡価格の決定にあたり,DCF法のみに依拠したわけではなく,DCF法とマルチプル法の加重平均を株価算定方式(加重平均法)として採用した。この方法に基づきCS社の価値を計算すると,その額は,1億7464万7197円となり,本件譲渡価格を上回るから,原告に損害は発生していない。
なお,原告は損害額の算定にあたり,売上を税抜き,費用を税込みで計算しており,その算定の基礎となる数値のみをみても不適切である。
イ 予備的主張
否認ないし争う。
第3 当裁判所の判断
1 争点(1)(表明保証違反)について
(1) 本件レベニューシェア支払債務,本件追加納品代金支払債務及び本件広告掲載料支払債務について
ア 事実経過
(ア) 前提事実(2),括弧内に記載した証拠及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
a 被告は,平成20年8月10日,原告から平成20年度月次案件管理表及びクリエイタネットワークへの登録クリエイタの総数等や契約形態が複数ある場合には契約形態ごとのクリエイタ数推移の開示を求められたことから,原告に対し,同月12日,BPI社の事業を配信許諾,製作受託,広告,広告(リスティング),その他の5つに分類して,同年1月から7月までの事業別取引実績を記載した「2008年度 案件別月次管理表(旧ビーピーアイ事業)」と題する資料及び被告がFLASH系コンテンツの制作をレベニューシェアでの業務委託との形態により委託している法人数は1であり,同社にFLASHゲームの制作を委託していること等を記載した「クリエイタネットワークへの登録クリエイタの総数」と題する資料を開示し,その際,「案件名に関してはクライアント情報も含まれておりますので,事前資料として事業別までとさせて頂ければと思います。DDの際には,クライアント名も含めて会計データを開示させていただきます。」と説明した(甲5の2,乙15,乙16)。なお,BPI社が,上記FLASH系制作コンテンツをレベニューシェアでの業務委託の形態で委託している法人は,シートップ社であった(証人E)。
b 被告は,同年8月13日,上記aで開示した「クリエイタネットワークへの登録クリエイタの総数」と題する資料に関し,原告からデコメ系及びFLASH系それぞれの登録法人名,デコメ系及びFLASH系それぞれの契約形態についての売上金額,原価金額及び案件内容の開示を求められたのに対し,原告に対し,クリエイタネットワークへの登録クリエイタについてはDDで開示する旨,受託案件の場合の発注は販売価格を考慮しているが,複数案件を発注しており,原価管理は行っていない旨及びレベニューシェアの割合は50パーセントである旨を開示した(甲5の2)。
c 被告は,原告に対し,同年9月8日,取引先のうちCS社とBPI社を合算した売上上位10社を記載した「取引先(売上)上位10社(CSとBPIの合算)」と題する資料を開示したが,この書面には,5位にG&M社,6位にシートップ社が,それぞれの売上金額とともに記載されていた(乙18)。
d 被告は,同月10日,原告から,開示情報リストを通じて,シートップ社及びG&M社との契約書の有無及び取引の詳細を開示するよう求められたことから,原告に対し,シートップ社に関し,当該時点において契約書は締結できていない旨及び取引としてはコンテンツの納入やFLASHゲームの一部共同開発を行っている旨,G&M社に関し,当該時点において,契約書は締結できていないものの取引としては,CS社側が有するGoogle Adwards枠にG&M社が出稿するものである旨を回答した(甲5の2)。
e C会計士らは,原告から,CS社の業界ではレベニューシェアという取引がよく行われており,金額が大きくなる可能性があることから気をつけてほしいとの指示を予め受けていたところ,E取締役に対し,同月11日のオンサイトDDにおいて,レベニューシェアの取引の有無や取引規模について尋ねた(甲19,甲21,証人C)。
f C会計士らは,同月22日,オンサイトDDの結果をも踏まえて,CS社についての財務調査報告書をとりまとめたが,この報告書には,同社の広告事業の今後の事業展開について,現状,グーグルのアドアーズ及びDeNAのポケットアフィリエイトに対する売上のみであり,売上高は年間も,八百万円程度であって,今後も当該事業の拡大は考えていないとのことであり,上記売上案件に関する制作業務については,元従業員の経営するG&M社等に委託しているとのことである旨の,また,未払買掛金,未払金及び未払費用について,未計上の債務の存在について確認したところ,同年6月まで会計事務所に経理処理を依頼しており,会社での十分なチェックが行われていなかったことから債務の計上漏れの可能性があり,現状,社内調査を進めており,大きな未計上債務はないとの認識をもっているとのことであったが,E取締役より基準日(同年7月末日時点)で未計上の債務が後日請求された場合,被告で支払を行う旨の条項を入れてもかまわないとのことであり,現状の会社の管理状況を勘案すると,当該条項は必須のものと思われる旨の記載がある一方,シートップ社との間の本件追加納品契約に関わる記載及びオンサイトDD当時には,予め被告に提供を求めていた資料が準備されておらず,被告側は,財務関係資料の大部分が未だ会計事務所から返って来ていないといった説明やレベニューシェアによる取引の存否及び規模については管理をしていないため分からないとの説明をしていた旨の記載はない(甲21,証人C)。
なお,CS社のオンサイトDDは延べ3,4時間で行われたものであるところ,これを行ったC会計士は,プレDDには関与せず,また,同会計士は,プレDDの内容に関し原告側から渡された甲5の1別紙6と同内容が印字されたリストについて,これが複数の枠について,一部切れて表示されたものであり,その枠外非表示部分にレベニューシェアの割合が50パーセントである旨の記載があることを認識せず,枠内の文字全てが表示された状態のリストを求めることもせず,このリストに表題名が記載されていた資料も一部しか見ないまま,原告担当者と2時間程度の打ち合わせを1回行って上記DDに臨んだ(甲5の1及び2,証人C)。
g なお,原告は,平成21年4月9日,被告との間で本訴請求に係る表明保証条項違反の事実関係,解決方法などについて打ち合わせを行っていた際,被告に対し,G&Mの件に関し,平成20年11月5日に計上されている200万円の内訳として,6月,7月,8月,9月に各50万円(計200万円)の発注があったという説明を受けていた,しかし,原告としては小さくない金額であると認識しており,開示されていないと考えていると発言した(乙3)。
(イ) そして,レベニューシェア支払債務について,E取締役の陳述書(乙30,乙31)及び証言の中には,同人は,C会計士らに対し,平成20年9月11日のオンサイトDDにおいて,既に開示済みの情報やCS社の総勘定元帳及び月次の収支決算書類の資料,FLASHゲームに関する請求書等をもとに,FLASH系ゲームの仕入先は,シートップ社1社のみであり,同社との間の業務委託契約で定めたレベニューシェアの分配比率が50パーセントであることやレベニューシェア算定の基礎となる売上金額等の情報を開示するとともに,その支払や計上については,シートップ社から請求書の交付を受けていないため,支払をしていないが,請求書を受領次第支払予定である旨を説明したとする部分があるところ,上記(ア)aないしdの事実にみたとおり,被告は,原告に対し,プレDDの際から,FLASH系制作コンテンツをレベニューシェアの業務委託の形態で1法人に委託していること,そのレベニューシェアの割合,シートップ社との間でFLASHゲームの一部共同開発を行っていること,本DDにおいて法人名等を明らかにすること等を説明していたものであって,そのような中,シートップ社との間の本件共同開発契約の内容を秘匿したとは窺えない以上,信用できる。一方,C会計士の陳述書(甲19,甲22)や供述の中には,E取締役がレベニューシェアによる取引の存否及び取引規模について管理していないから分からないといって何ら開示しなかったとする部分があるものの,上記(ア)fにみたとおり,そのような説明や財務関係資料の大部分が未だ会計事務所から返ってきていないとする説明がなされたことやオンサイトDD時に予め求めていた資料の準備がなかったことに関わる記載は同人らがとりまとめた財務調査報告書には存しないところである。そして,DD業務に従事し,しかも公認会計士の資格を有するC会計士らにおいて,聴取した取引規模の大きさについての判断を誤ったというのであればともかくとして(なお,E取締役側がその規模を過小に説明したことを示す証拠はない。),顧客が警戒する類型の取引の存否についてさえ相手方の回答が曖昧であり,かつ,求めていた資料の準備もなされず,そもそも財務関係資料の大部分も直ちに提示しえないといった不審,かつ,顧客に不測の損害を与えかねない状況を体験しながら,DD業務をそのまま続行する一方,調査報告書にその経過を記載しないということは信じ難いところであって(なお,上記(ア)fにみた財務調査報告書にある,E取締役から,未計上債務が請求された場合,これを被告が支払う旨の条文を入れてもかまわないとの提案を受けた旨の記載にしても,E取締役の陳述書(乙31)には,その対象からは,DDにおいて開示したものは除外される旨の記載があって,その対象が定かではない上,一般に事後的な救済である補償・損害賠償では解決に時間がかかり,損害の立証が困難であること,また,請求時には売主が無資力となっている可能性や,そもそも事後的な金銭賠償では償えないような損害を受ける可能性があること等の理由から十分な表明保証をもってしてもDDを省略する理由にはならないと理解されているところであるから,上記記載にしても,DD業務をそのまま続行し,C会計士が述べるような経過そのものを調査報告書に記載しない根拠とは考えられない。),そのようにいうC会計士の上記供述等は採用しえない。
(ウ) 次に,G&M社に対する広告掲載料支払債務について,E取締役の陳述書(乙30,乙31)や証言の中には,C会計士らに対し,平成20年9月11日のオンサイトDDにおいて,CS社からG&M社に発注した広告掲載取引を含む取引の経緯やこれに関わる広告掲載料支払債務について,まだG&M社から請求書を受領していない旨を説明したとする部分がある。そして,本件広告業務委託契約の他に,CS社がG&M社に広告制作業務を委託していたことについては,これを窺わせる証拠はない。一方,前提事実(4)ウ及び上記(ア)fにみたとおり,上記広告業務は,G&M社に対する広告バナーの制作委託及びその配信の委託を内容としたものであり,また,債務の支払も名目をシステム業務委託費用としてなされたものであること,E取締役の側において,上記G&M社に対する広告業務発注取引につき,制作委託を説明しながら,配信委託を秘匿すべき事情は窺えないこと,さらに,上記(ア)fにみたとおり,C会計士らの行ったオンサイトDDはリストの確認さえ不十分なものであることからすると,上記(ア)fにみたC会計士らのまとめた財務調査報告書にあるG&M社等に対する広告事業に関わる制作業務委託の記載は,C会計士らがG&M社との取引に関しE取締役の述べる委託内容の理解が不十分なまま一面的な把握に基づいてした記載と解しうるところであって,上記E証言等の裏付けとなるから,E取締役の上記証言等は信用でき,この認定に反するC会計士の陳述書(甲19,甲22)や供述の中のオンサイトDDの時点において,CS社とG&M社との取引の存在やCS社がG&M社に対し債務を負っていたことを聞いたわけではなく,CS社がG&M社に対し,広告発注業務を委託しているケースがあることを聞いたため,参考情報としてその旨を記載したとする部分は,採用できない。
(エ) 他方,追加納品代金支払債務については,E取締役の陳述書(乙30,乙31)や供述の中には,C会計士らに対し,平成20年9月11日のオンサイトDDにおいて,CS社がシートップ社に対しFLASH系ゲーム等のコンテンツを発注する際,短い納期を設定する場合には追加料金を支払うことになり得る旨や,難易度の高いものについては別料金が発生する旨を説明したが,C会計士らはこの説明に納得したのか,それ以降この点について質問することはなかったとする部分がある。しかしながら,この点を裏付ける証拠はなく,E取締役の上記供述等は容易に採用し難いところ,被告主張の説明がなされたことを証するに足りる証拠は他にもない。
イ 判断
以上に認定した事実によれば,被告は,原告に対し,CS社がシートップ社との間でレベニューシェアの形態でFLASH系ゲームの共同開発契約を締結しており,その分配比率が50パーセントであることやその債務算定の基礎となる売上金額及び広告事業の経緯やCS社がG&M社に広告掲載料支払債務を負う等の情報を開示したものと認められる。そして,買主側の関心も様々であり,また,DDにおいては,相当の注意ないし努力(due diligence)をもって調査し,その事業を評価することが予定されている一方,本件表明保証10項及び16項は,開示の内容や方法について特段の規定をしていないものであるから,一次的には,CS社が締結している契約の存在及びその内容等の概要を開示すれば足りるのであって,その際に,当該契約についてCS社の年間支出額が100万円を超える可能性ないしCS社の事業に与える悪影響の内容や度合いなどといった評価的な事項についてまでも一律に明示すること,さらには,書面による開示であることまでもが求められていたとは解されない。
また,本件表明保証12項第3文の趣旨にしても,開示された財務諸表の作成基準日以降に生じ,財務諸表に反映されていないため,原告が知り得ない,CS社の財政状態等に悪影響を及ぼし,またはそのおそれのある事由若しくは事象についての危険を被告が負担することにあると解され,財務諸表の作成基準日以降に何らかの債務が発生すれば直ちに同文違反となると解されるものではないから,同文にいう「事由若しくは事象」とは,原告が認識し得ないものに限られると解される。
そして,被告は,上記平成20年9月11日の説明により,本件レベニューシェア支払債務及び本件広告掲載料支払債務等に関する情報を開示したことになるから,本件レベニューシェア支払債務及び本件広告掲載料支払債務について,本件表明保証10項,12項又は16項違反が成立するとの原告の主張は採用できない。
他方,本件追加納品代金支払債務については,当該債務の発生原因となるべき取引の存在さえも開示されていたとは認められない上,本件表明保証10項にいうCS社が支出する債務額が年間100万円を超える取引であったということになるから,被告は,これに違反したことになる。
(2) 本件CELL社売掛債権について
ア 括弧内に記載した証拠及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
(ア) BPI社取締役でもある被告代表者は,CELL社従業員F(以下「F」という。)から,平成20年7月2日,同社が携帯電話端末の製造・販売業者であるLG Electronics Japan(以下「LG社」という。)より新発売携帯電話端末搭載用として提供依頼を受けたデコメ用のコンテンツ(以下「デコメ素材」という。)として,BPI社が保有する既存のデコメ素材のうちLG社の要望に添うものをサンプルとして送付してもらいたい旨の依頼を受けた(甲20,証人F,被告代表者)。
(イ) そこで,被告代表者は,Fに対し,同日,デコメ素材サンプル6種類120点をメールで送付したところ,Fは,お礼とともに,イメージにあうコンテンツや一押しのコンテンツがあればサンプルを送ってもらいたいと返信した(甲20,乙29)。
(ウ) Fは,被告代表者に対し,同月3日,公序良俗にかかるものは外して,別サンプルを前回と同様のボリュームで送ってもらいたいと依頼し,被告代表者は,同月4日,デコメ素材サンプル8種類160点をメールで送付し,Fは,お礼とともに,こちらのサンプルから選択し発注するようすすめる,オリジナルの制作依頼が必要な場合は別途連絡すると返信した(乙29)。
(エ) 被告代表者は,Fに対し,同月10日ころ,デコメ素材一式(配信許諾),配信期間無制限,単価5000円,製作数600点,315万円(税込み),同月末日締め同年8月末日支払とした見積書を送付した(甲20,甲23,乙25,証人F)。
(オ) Fは,被告代表者に対し,同年7月13日ころ,LG社がBPI社提供のサンプルに満足しておらず,追加で別のサンプルを送ってもらいたいと依頼したところ,被告代表者は,Fにさらに追加サンプル140点を送信した(甲20,甲23,被告代表者)。
(カ) Fは,被告代表者に対し,同月14日,絵文字250個を依頼するとともに,今までに送ってもらったサンプル数が見積数量の600点より少ないため,上記絵文字を送ってもらえるかを質問したところ,被告代表者は,一旦できあがっているデコメ素材をお送りさせていただいた,CELL社側での検品チェックなどの時間を効率的,短縮できるかと思ったのでまずは納品させていただいた,トータルで納品させて頂く数量は800点を予定している旨などを返信した(乙26)。
(キ) 被告代表者は,Fに対し,同月17日,依頼いただいていたデコメ素材に関し納品準備が完了したとして,800点のデコメ素材を送信したところ,Fから,さらに絵文字を追加してもらいたいと依頼されたため,同月18日,さらに300点の絵文字を追加で送信した(甲20,甲23,乙26,被告代表者)。
(ク) BPI社を吸収合併したCS社は,CELL社に対し,同月31日,デコメ素材一式(配信許諾),配信期間無制限,単価5000円,製作数600点,315万円(税込み),同年8月29日支払とした同年7月31日付請求書を送付した(乙27)。
(ケ) LG社は,CELL社に対し,同年8月7日,デコメ素材は検討の結果今回の採用を見送るとのメールを送信した(甲20)。
イ そこで,平成20年9月29日時点までに,CS社(本項においてBPI社を含む。)とCELL社との間でデコメ素材配信許諾や代金支払に関わる合意がなされたかについて検討すると,上記デコメ素材配信許諾に関する契約書は存在せず,また配信許諾の対象となる目的物,すなわちCS社の提出した見積書に対応する納品がどれであるかさえも特定できないところである。そして,被告代表者は,3回目のサンプル送付後,Fから,まず600点を平成20年7月17日までに納品してもらいたいと依頼されたと供述するが,この点に関する裏付けはなく,仮にそのような依頼があったとしても,サンプルの納品を求める以上の意味を有する発言とは認められない。また,被告代表者は,CELL社に配信許諾をした時期は平成20年7月中旬であった,明確には伝えていないがお互いの合意もあって進めたとも供述するが,配信許諾の代金を平成20年9月末日限り支払うとFから聞いたことはないとも供述しているところである。さらに,被告代表者は,同年7月17日及び同月18日に送信したデコメ素材には,それまでに送信したデコメ素材と重複するものがあったとも供述するが,被告代表者の主観を超えて,CELL社との間でのデコメ素材配信許諾に関する契約の成立を認めるに足りるものではないところ,他にもこれを認めるに足りる証拠はない。
したがって,被告が存在を開示した本件CELL社売掛金債権は,実際には存在しなかったことになるところ,このことは,本件表明保証12項及び16項に違反する。
2 争点(2)(損害)について
(1) 主位的主張
ア 証拠(甲13,甲15)及び弁論の全趣旨によれば,CAA社は,原告の依頼を受けて,平成20年9月22日,CS社の株主価値を,DCF法によって1株3508円(持分100パーセント(3万5000株)相当額1億2278万円),類似会社法によって1株9955円(持分100パーセント(3万5000株)相当額3億4842万5000円)と算定したこと,CAA社は,上記算定結果を価値分析報告書にまとめ,同報告書に,上記算定金額は一定の前提条件下で計算された参考数値であり対象事業またはそれに関係する試算等の最終的な評価金額は原告の独自の判断で決定されるものであると記載する一方,上記DCF法及び類似会社法による算定結果のいずれが妥当か及び算定結果に対する割増についての意見を記載しなかったこと,原告は,同年9月29日,本件株式譲渡の内部資料である「CS株価計算書(DCF法)」と題する書面に,上記DCF法による算定結果である3508円に,16.5パーセントの割増を加えた額である1株4085円(持分100パーセント(3万5000株)相当額1億4297万5000円)と記載したことが認められる。
イ 前提事実(3),上記認定事実及び弁論の全趣旨からすると,本件株式譲渡契約における本件譲渡価格は,CAA社によるCS社のDCF法による株価算定結果を参考として,原被告間の交渉等を踏まえて合意に至った金額であると認められる一方,原被告が,DCF法による算定を所与の前提とし,DCF法による算定結果の差異が論理必然的に株式譲渡価格に影響を与える関係とする旨を合意したとの事実を証すべき証拠はない。しかも,DCF法による算定は,将来予測を含むものであることからすると,本件譲渡価格と,本件追加納品代金支払債務の存在及び本件CELL社売掛金債権の不存在を考慮してDCF法により算出したあるべき株式譲渡価格との差額が,原告が被った損害となるとの関係は,これを認めるに足りない。
(2) 予備的主張
前提事実(3)及び(4)イないしエ並びに前記1(2)にみたとおり,被告には,CS社の本件追加納品代金支払債務252万円の存在並びに本件CELL社売掛金債権315万円の不存在について,表明保証違反が認められ,CS社は,252万円の債務の履行を要した一方,315万円の債権の実現が得られなかったものであるから,表明保証を前提として,CS社の全株式を取得した原告としては,これらの差額合計567万円に相当する損害を被ったものと認められる。
また,前提事実(3)ア(ウ)にみた補償条項は,被告が補償すべき損害等として弁護士費用も含めて規定しているところ,本件訴訟の経緯及び結論からすると,上記損害と相当因果関係のある弁護士費用については,56万円と認められる。
したがって,原告は,被告の上記表明保証条項違反により,623万円の損害を被ったと認められる。
なお,原告は,上記金員の請求日を平成21年3月6日と主張するところ,証拠(乙1の1)及び弁論の全趣旨によれば,原告が被告に対し,買収価格からの一部返金交渉を行ったとの事実が認められるものの,同日,上記金員の支払請求を行ったとの事実については,これを認めるに足りる証拠がない。
3 結論
以上の次第で,被告は,表明保証条項に基づき,原告に対し623万円の支払義務を負うところ,訴状送達日が平成22年1月20日であることは本件記録上明らかであるから,原告の請求は,被告に対し623万円及びこれに対する訴状送達日の翌日である同月21日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があることになる。
よって,原告の請求を上記の限度で認容し,訴訟費用の負担につき民訴法64条本文,61条を,仮執行の宣言につき同法259条1項をそれぞれ適用して,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 松井英隆 裁判官 鈴木秀孝 裁判官 菅洋輝)
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