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裁判年月日 平成24年 3月22日 裁判所名 東京地裁 裁判区分 判決
事件番号 平22(ワ)30952号
事件名 請負代金請求事件
裁判結果 認容 文献番号 2012WLJPCA03228006
要旨
◆被告から書籍の制作及び出版を請け負った原告が、被告に対し、請負代金の支払を請求したところ、被告が、原告において本件書籍の広告掲載等を行うことが本件契約の内容となっており原告にはその不履行がある、仮に、広告の実施が本件契約の内容に含まれていないとした場合には、錯誤により契約が無効であると主張して争った事案において、原告による広告掲載の実施が本件契約の内容に含まれていたとは認められず、また、広告が実施されることは被告が契約を締結する動機に過ぎないところ、これが原告側に表明された事実は認められないなどとして、被告の主張をいずれも排斥し、請求を認容した事例
出典
参照条文
民法95条
裁判年月日 平成24年 3月22日 裁判所名 東京地裁 裁判区分 判決
事件番号 平22(ワ)30952号
事件名 請負代金請求事件
裁判結果 認容 文献番号 2012WLJPCA03228006
東京都渋谷区〈以下省略〉
原告 株式会社幻冬舎メディアコンサルティング
同代表者代表取締役 A
同訴訟代理人弁護士 芹澤繁
同 海老沼英次
東京都目黒区〈以下省略〉
被告 株式会社ジャスマックプロパティマネジメント
同代表者代表清算人 B
同訴訟代理人弁護士 佐瀬正俊
同 河野達朗
主文
1 被告は,原告に対し,630万円及びこれに対する平成22年7月9日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 この判決は,1項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 請求
主文同旨
第2 事案の概要
本件は,被告から書籍の制作及び出版を請け負った原告が,被告に対し,請負代金及び履行期より後の日である平成22年7月9日(原告が被告に代金支払を催告した際に定めた支払期限の翌日)から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求めている事案である。
1 前提事実(当事者間に争いがないか,掲記の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実。なお,書証番号については,枝番号を省略する。)
(1) 原告は書籍の制作及び出版等を業とする株式会社である。被告は商業ビル・商業施設の開発・賃貸借・運営管理等を業とする株式会社であり,B(以下「B」という。)は被告の代表清算人(被告の解散決議がされた平成23年10月31日までは代表取締役)である。
(2) 原告と被告は,平成22年2月1日,被告を注文主とし,原告が書籍の制作及び出版を請け負う旨の契約(以下「本件契約」という。)を締結した。同契約に係る契約書(以下「本件契約書」という。)には以下の内容が含まれている。(甲1)
ア 原告は同年4月9日までにBを著作者とする書籍(「年利6% 貯蓄型不動産投資術」。ただし,書名は後に確定したものである。以下「本件書籍」という。)1万部を制作・出版して全国の書店に流通させ,うち1000部を被告に引き渡す。
イ 原告は,本件書籍発行後4か月以内に,5段組5分の1枠程度の本件書籍の広告を全国紙朝刊に6回掲載する。
ウ 被告は,原告に対し,平成22年3月26日までに630万円,同年4月9日までに630万円,合計1260万円の制作費(請負代金)を支払う。
(3) 原告と被告は,平成22年2月19日,上記(2)ウのうちの1回目の支払期限を同年3月31日に変更することを合意し,さらに,同年4月5日,上記(2)アの引渡し等の期限を同月末日に変更し,被告の用意する原稿を修正するためにライターを起用し,その代わりに,同イの広告の掲載回数を3回に減らすことを合意した(甲2,3,被告代表者)。
(4) 被告は,平成22年3月31日までに,原告に対し,上記(2)ウの制作費のうち630万円を支払った。
(5) 原告は,平成22年4月23日までに,本件書籍1万部の印刷・製本を行い,うち1000部を被告に引き渡し,9000部を全国の書店に配本した。
(6) 原告は,平成22年4月29日発行の日本経済新聞,産経新聞及び毎日新聞の各朝刊に,本件書籍に係る下5段組5分の1スペースの広告を掲載した(甲6,10,11)。
2 本件の争点及びこれに関する当事者の主張
本件の争点は,① 日本経済新聞に本件書籍に係る5段組全スペースの広告を掲載することその他のプロモーション活動を行うことが本件契約の内容となっており,その債務につき原告に不履行があったか,② 仮に上記広告掲載が契約内容に含まれていないとした場合,被告にその点についての錯誤があり,本件契約が無効となるかである。これらの点について摘示すべき当事者の主張は,下記のとおりである。
(1) 被告の主張
ア 原告の債務不履行
(ア) 原告は,本件契約締結時,被告に対し,被告が別途300万円の費用を支払えば日本経済新聞の5段組全スペースに本件書籍の広告を掲載することが可能である旨説明し,被告がその申込みをすれば,原告が上記広告を実施することを合意しているから,原告は被告の申込みに従って上記広告を実施する義務を負っている。
しかし,原告は,被告が平成22年4月までに上記広告掲載の実施を申し入れたにもかかわらず,これを履行していない。掲載媒体が他社発行の新聞であることを勘案しても,原告は少なくとも媒体の発行者である株式会社日本経済新聞社(以下「日本経済新聞社」という。)に対しその働き掛けを行うなどの義務を負っていたと解すべきところ,そうした活動も行っていない。
(イ) 被告は,原告から担当ライターとしてC(以下「C」という。)の紹介を受けたものの,その後Cと連絡が取れなくなったため,原稿の修正についての要望を伝えることもできず,必要な作業も行われないまま,ライターのない状態で本件書籍が出版されている。
(ウ) 原告は,本件契約締結時,被告に対し,新聞広告実施後にメディア展開を充実させることが宣伝活動として重要であり,マスメディアに本件書籍の情報を提供し記事・書評等で取り上げられるようパブリシティ活動を行っていくこと,書店に対しても店頭で使用するPOP広告(店頭で使用する販売促進用の広告媒体)を制作して提供し,本件書籍を目立ちやすい場所に置くよう働き掛けることを約束したが,原告はこうしたプロモーション活動を行っていない。
(エ) 上記(ア)から(ウ)までの原告の債務は,本件書籍の出版に合わせて適切な時期に実施する必要があるところ,その出版から時日が経過した現時点にあっては,既に履行不能の状態に陥っている。このように,原告が請け負った作業が未完成である以上,その代金請求権も発生しない。
イ 錯誤無効
被告は,自身の事業の宣伝を目的として本件書籍の発行を計画したものであって,原告の行う宣伝活動の内容が充実していること,とりわけ日本経済新聞に5段組全スペース枠の広告掲載が実現できることが重要な要素を占めており,そのことを理由に本件契約の締結に至ったものである。仮にそうした広告掲載が契約内容となっておらず,実現されないというのであれば,被告が本件契約を締結することはなかったのであるから,本件契約に係る被告の意思表示には錯誤があり,本件契約も無効である。
(2) 原告の主張
ア 原告と被告との間で,原告が日本経済新聞の5段組全スペースに本件書籍の広告掲載を実施することは合意されていない。もっとも,原告は,被告の要請を受けて,日本経済新聞社に対し,上記広告掲載の可否を問い合わせ,掲載を働き掛けたが,同社の審査の結果,その掲載ができないとの回答を受けたものである。
イ 原告が被告に紹介した担当ライターはD(以下「D」という。)である。被告から原稿が作成済みでライターが不要であるとの申入れがあり,本件契約締結後,当初は編集プロダクション・株式会社アジアンバリューの取締役であるCが編集作業を行っていたが,Bから新たにライターを起用して原稿作成を行いたい旨の申入れがあり,ライターとしてDを紹介した。Dは,原告編集担当者とともにBとミーティングを行い,Bから希望を聴いた上で原稿の修正作業を行っており,初校,再校を被告に提出して,校了している。
ウ 原告が行うべきプロモーション活動は,原告が適当と判断する媒体に本件書籍のプレスリリース(マスメディア向けの紹介資料)を送付して記事掲載を依頼することや,書店に対して原告が適切と判断するプロモーション活動を行うことに限られている。被告が主張するPOP広告の制作や,書店にその設置を働き掛けることは本件契約の内容となっていないから,原告が債務を負うこともない。
原告は,雑誌・新聞等の媒体に本件書籍とプレスリリースを郵送するなど,書評や紹介記事の掲載に向けた活動を積極的に行っており,実際にも雑誌「○○」にその紹介記事が掲載されている。また,全国の主要書店に対し,新刊案内のリリース(紹介資料)をファックス送信するとともに,電話をしたり,書店を訪問したりして,顧客に目立つ場所に本件書籍を陳列するよう働き掛けている。
エ 以上のとおり,日本経済新聞の5段組全スペースの広告掲載やPOP広告の制作は本件契約の内容となっておらず,ライターを起用した作業や原告が行うべきプロモーション活動については,現実にこれを実施しているから,原告に債務不履行はない。また,上記広告掲載は契約書にも記載されておらず,本件契約においてそうした表示はされていないのであるから,契約の要素には当たらず,錯誤無効の主張にも理由がない。
第3 争点に対する判断
1 認定事実
前記前提事実(第2の1),甲41,42,乙9,10,証人E,同F,同G,被告代表者(ただし,乙9,被告代表者については,後記の採用できない部分を除く。),各項掲記の証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実を認めることができる。
(1) 原告の営業担当者E(以下「E」という。)は,平成22年1月22日,原告の社長及び副社長とともに被告事務所を訪れ,B及び被告の専務取締役であるG(以下「G」という。)と面談し,乙3の資料を示しながら,書籍の出版を請け負った場合に原告が行う広告・プロモーション活動の内容について説明を加えた。
上記資料には,「標準パッケージプランに含まれる広告・プロモーションプラン」と題して,① 広告計画,② パブリシティ計画,③ 書店プロモーションの各項目が記載されており,①として,「新聞広告(日経・産経・毎日)全国紙への6回の出稿(全5段1/5枠)」等の記載のほか,「別途オプション」と付記した上,以前に原告が発行した書籍について,5段組全スペースの広告掲載を行った事例を紹介する記載が,②として,「媒体へのプレスリリース」,「貴社の書籍と親和性の高い媒体に絞ってリリースを配信。書評や取材記事掲載を狙います。」等の記載が,③として「POP制作」,「店内POPを活用し販売を伸ばすための売場連動施策の実施」,「施策実施費用は弊社負担にて実施」等の記載のほか,「※基本的にPOP設置は書店主導となりますが,弊社から主要書店への積極的な営業を行います。」という記載があった。
(2) 出版部数1万部,代金1200万円とした場合に原告が結んでいた請負契約の標準的な内容は,5段組5分の1スペースの新聞広告を3回実施するというものであったところ,ある程度完成された原稿が準備されているので代金をもう少し下げてほしいというBからの要望があり,Eも原稿を確認してライターの起用が必要ないと考え,ライターを起用しない代わりに同じ代金で上記新聞広告を6回実施してはどうかと提案し,Bがこれを受け入れたことにより本件契約の締結に至った(前記前提事実(2),甲21)。
(3) 本件契約締結後,被告社員のF(以下「F」という。)が本件書籍の編集担当となり,編集プロダクションの担当者であるCとともに,Bと打合せを行いながら編集作業を進めていたところ,平成22年3月上旬,Bは,自身の文章に更に手を加えたいなどの理由から,ライターを起用することをFに申し入れ,Fは担当のライターとしてDを紹介した。DはF同席の下,1時間から2時間程度かけてBから作成原稿について希望の聴き取りを行い,その内容を踏まえて原稿の作成・修正作業に当たり,原告は同年4月8日にBから原稿の最終確認を得た上で印刷・製本作業に入った。また,原告と被告は,Dのライター起用を受けて,前記広告の実施回数を6回から3回に減じること等,本件契約の内容に変更を加える旨合意した。(前記前提事実(3),甲4,23から40まで)
(4) 本件書籍の引渡し・配本の実施後である平成22年4月30日,Bが日本経済新聞に5段組全スペースの広告掲載を行いたい旨申し入れてきたため,Eは,別途300万円の費用がかかることを説明した上,取次会社を通じて日本経済新聞社に掲載の可否を打診したところ,広告掲載は難しいとの回答が返ってきた。EはBに対して他の全国紙への掲載を提案したものの,Bが日本経済新聞への掲載を改めて求めたことから,Eにおいて再度交渉を試みたが,広告掲載の見通しが立たず,その結果をBに伝えた。
(5) Gは,平成22年5月21日,Eに対し,原告の販売戦略に納得がいかないなどとして,残代金の支払の延期をメールで申し入れ,同月26日に面会したEに対し,本件書籍の反響が少ないことに不満を抱いており,原告が今後のプロモーション活動を怠らないために支払を延期する旨伝え,併せて本件書籍9000部を実際に流通させた資料を交付するよう求めた。さらに,同年6月28日,Gは,Eに対し,依然として反響が少ないことに不満を述べ,残代金のうち300万円のみを支払う旨申し入れた。
(6) 原告は,本件書籍のリリース(紹介資料)を作成して本件書籍の現物とともに複数の雑誌編集部に送付しており(甲15から17まで),株式会社全国賃貸住宅新聞社が平成22年8月1日付けで発行した雑誌「○○」には,本件書籍の紹介記事が掲載された(甲18)。また,原告は,本件書籍を配本した全国の書店に「話題の新刊のご案内」と題する本件書籍のリリース(紹介資料)をファックスで送信した(甲19)。
2 債務不履行の主張について
(1) 被告は,原告との間で,被告がその申込みをすれば,原告が日本経済新聞5段組全スペースの広告を実施することが合意されており,そのことが本件契約の内容となっているから,原告がこれを実施しないことは債務不履行に当たる旨主張する。
しかし,上記広告掲載の点は本件契約書に記載がないほか,原告が被告への説明に用いた資料(乙3)においても「別途オプション」との記載があるにとどまる。B(乙9,被告代表者)は,原告担当者が説明時に上記広告の実施が可能であることを強調したなどと供述しており,確かに,上記「別途オプション」との記載からすれば,希望すれば上記広告の実施が可能であると期待することにも無理からぬ面もあるが,本件契約上,上記広告について原告がどのような義務を負うのかを被告側から原告側に確認した事実も見当たらないのであるから,被告が申込みをすれば原告が上記広告を実施することが本件契約の内容に含まれていたとみることはできない。したがって,原告が上記広告掲載を実施しなかったことをもって,本件契約上の債務不履行とみることはできない。
なお,被告は,出版業界においては,契約内容を逐一契約書に掲げないことも一般に行われており,契約書に書いてあることは当事者間の契約内容の一部にすぎず,それが全てではないと考えるのが自然であるなどと主張するが,そうした事実・慣行の存在を認めるに足りる証拠はなく,独自の見解であって採用できない。
(2) 被告は,ライターの起用を約束したにもかかわらず,紹介されたライターとの連絡が取れなくなり,必要な作業が行われないまま本件書籍が出版された旨主張している。しかし,原告はBの希望を入れて担当ライターとしてDを紹介し,Bもこれを受け入れ,Dが原稿の修正作業に当たり,これに合わせて本件契約の内容に変更を加えていることは前記1(3)で認定したとおりである(Bは,ライターの起用はFの提案に係るものであり,Dの紹介を受けた記憶がないなどと供述する(乙9,被告代表者)が,その位置付け・名称はともかく,DがBとの面会を経て原稿の修正作業に当たっていたことは,Fの供述(甲42)・証言や前記1(3)掲記の証拠に照らして明らかであり,Bの上記供述は採用できない。)。
なるほど,DがBと1回しか面談していないこと(証人F)や,原稿の修正作業に当たった期間が限定的であることからすれば,前記前提事実1(3)のとおり,新聞広告3回を減じることとライターの起用とを差し替えたことが対価的に見合ったものといえるか疑問を入れる余地はあるが,被告は原告と合意に基づいて本件契約に上記のような変更を加えたものであり,原告はその内容に沿った債務を履行したものであるから,原告にライター起用の点に係る債務不履行があるとはいえない。
(3) 被告は,原告が紹介記事・書評等で取り上げられるよう本件書籍に係るパブリシティ活動を行うことや書店向けのPOP広告の制作・提供,書店に対する働き掛けをしていないことが債務不履行に当たる旨主張する。しかし,原告が本件書籍の紹介資料を作成して雑誌編集部や各書店に送付しており,実際に雑誌に紹介記事が掲載されていることは前記1(6)で認定したとおりである。また,原告がPOP広告を制作し,書店に提供した事実がないことは被告主張のとおりであるとしても,POP広告の制作・提供に係る原告が履行すべき債務の具体的内容は本件契約書に掲げられておらず,原告の示した説明資料(乙3)にも摘示されていない(なお,証人Gの証言によれば,被告側から原告側に対して,本件書籍への反響が少ないことに不満を述べ,残代金の支払の延期やプロモーション活動を怠らないよう申し入れるに至った段階においても,POP広告の実施に関して具体的な指示や要望が原告側に伝えられた事実はない。)ことからすれば,被告主張のパブリシティ活動,POP広告の制作等を含めた書店への働き掛けについて原告の債務不履行を認めることもできない。
3 錯誤無効の主張について
被告は,日本経済新聞に本件書籍の5段組全スペースの広告が掲載されることが本件契約の重要な要素を占めており,仮にその掲載が契約内容になっていないのであれば,被告の意思表示には錯誤がある旨主張する。しかし,上記広告掲載が本件契約の内容となっていないことは前記2(1)で判断したとおりであり,上記広告掲載が実施されることは本件契約を被告が締結する動機にすぎないとみるべきところ,この点を動機として本件契約を結んだことが被告側から原告側に表明されたことを認めるに足りる証拠はない(Bは,原告担当者が上記広告の実施が可能であることを強調した説明をし,その点が本件契約を締結する大きな動機付けになったと供述するものの(乙9,被告代表者),その供述内容が原告担当者に伝えられ,原告側がこれを了承していた事実をうかがわせる証拠は見当たらない。)。そうすると,上記広告掲載の点は本件契約に係る意思表示の要素をなしていたとみることはできないのであって,被告の錯誤無効の主張にも理由がない。
4 結論
以上によれば,原告の被告に対する請求は理由があるので認容し,主文のとおり判決する。
(裁判官 吉田徹)
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