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裁判年月日 平成18年12月25日 裁判所名 東京地裁 裁判区分 判決
事件番号 平１７（ワ）１９７５２号・平１７（ワ）２０１１８号
事件名 債務不存在確認等請求、損害賠償請求事件
裁判結果 第１事件認容、第２事件一部認容 文献番号 2006WLJPCA12250008
要旨
◆芸能人等の養成、有料職業紹介等を業とする被告と歌手として専属契約を締結していた原告が被告との当該契約が終了したときに芸能活動に制約を付した契約条項の無効を理由とする当該制約を受ける債務の不存在の確認を請求したところ（第一事件）、当該契約条項が憲法二二条の職業選択の自由を制約する限りにおいては契約としての拘束力を有しないとして原告の請求を認容した事例
◆上記被告が原告に対して上記契約条項に基づき同人を養成等するために要した費用の補償を求めたところ（第二事件）、同条項を限定解釈した上で被告の出捐を補償するのに必要な限度で有効であるとして、被告の請求の一部を認容した事例
出典
新日本法規提供
参照条文
日本国憲法２２条
民法９０条
労働基準法１６条
裁判年月日 平成18年12月25日 裁判所名 東京地裁 裁判区分 判決
事件番号 平１７（ワ）１９７５２号・平１７（ワ）２０１１８号
事件名 債務不存在確認等請求、損害賠償請求事件
裁判結果 第１事件認容、第２事件一部認容 文献番号 2006WLJPCA12250008
平成１７年（ワ）第１９７５２号 債務不存在確認等請求事件（第１事件）
平成１７年（ワ）第２０１１８号 損害賠償請求事件（第２事件）
東京都狛江市〈以下省略〉
第１事件原告・第２事件被告（以下，「原告」という。） Ｘ
同訴訟代理人弁護士 渡邉淳夫
高石育子
第１事件被告・第２事件原告（以下，「被告」という。） 株式会社Ｙ
同代表者代表取締役 Ａ
同訴訟代理人弁護士 美村貞直
若林茂行
主文
１ 原告の被告に対する別紙１記載の債務が存在しないことを確認する。
２ 原告は，被告に対し，４３６万９９４９円及びこれに対する平成１７年１０月２９日から支払済まで年５分の割合による金員を支払え。
３ 被告のその余の請求を棄却する。
４ 訴訟費用はこれを２分し，その１を原告の，その余を被告の負担とする。
５ この判決の第２項は仮に執行することができる。
事実及び理由
第１ 請求
（第１事件）
主文１項同旨
（第２事件）
原告は，被告に対し，７９４万２０８７円及びこれに対する平成１７年１０月２９日（第２事件訴状送達の日の翌日）から支払済まで年５分の割合による金員を支払え。
第２ 事案の概要
本件は，芸能人等の養成，有料職業紹介等を主たる業とする被告との間で，歌手として２年間の専属契約を締結した原告が，同契約が終了した場合被告の損失を補償しない限り２年間の芸能活動を制約する旨の契約条項を援用する被告に対し，当該条項の無効等により，原告の芸能活動に制約を受ける債務がないことの確認を求めた（第１事件）のに対し，被告が，原告に対し，上記条項に基づき，原告を養成等するために要した費用の補償を求めた（第２事件）事案である。
１ 前提事実
(1)被告は，芸能人等の養成，有料職業紹介等を主たる業とする会社であり，原告は，平成１６年９月１日，被告との間で，歌手として２年間の専属契約（以下，「本件専属契約」という。）を締結した者である。
(2)本件専属契約の要旨は，次のとおりである。
「第１条 原告は，被告の専属芸術家として，この契約期間中，被告の指示に従って映画・演劇・音楽会・ラジオ・ＣＭ・レコーディングその他の催事等へ出演することを承諾する。
第２条 被告は，原告の宣伝プロモートのため，原告の氏名・芸名・肖像・筆跡・経歴等を無償で使用することができる。また，被告が原告の宣伝プロモートのために指定，許可した者も同様である。原告は，被告の許可なしに，その氏名・芸名・肖像・筆跡・経歴等を他者に使用させることはできない。
第３条 本専属契約にともない，被告が原告に支払う報酬は，次のとおりとする。取引先より入金された報酬から，その仕事に該当する経費を差し引いた金額を，被告：原告＝５：５（折半）とする。
原告への支払方法は，入金された日時より２か月以内に原告の指定する口座（三井住友銀行喜多見支店・○○○○○○○）に振り込むものとする。
第４条 （前略）原告は，被告の専属芸術家として，他者の指示する映画・演劇・音楽会・ラジオ・ＣＭ・レコーディング・催事その他，これに準ずるものには出演しない。ただし，原告は，やむを得ない事由がある場合は，被告の書面による承諾を得て出演することができる。
第５条 （略）
第６条 （略）
第７条 原告は，本契約が終了した場合といえども，被告が原告の宣伝プロモートのために費やした多大な時間・労力・資金・努力に鑑み，その損失を補償しない限り，その後，２年間内に他の芸能人の紹介斡旋をする事業体に所属することや個人で芸能活動を行うことはできない。やむを得ない事由がある場合は，その都度，被告の書面による承諾を必要とする。
第８条 本契約の期間は，契約締結の日より満２年間とする。ただし，被告又は原告のいずれか一方が，本契約の期間満了となる３か月前までに，相手方に対し，書面をもって別段の意思表示をしない限り，本契約は，自動的に同一条件をもって継続延長され，以後も同様とする。
第９条 （略）」
(3)被告は，原告の芸能活動の拡大，発展のため，テレビ，ラジオ等への売り込み活動を行うとともに，原告に個性，特色を与えるべく，原告に浪曲を習わせるなどした。
(4)原告は，被告に対し，平成１７年２月１０日到達の内容証明郵便で，被告の債務不履行を理由として，本件専属契約を解除する旨の意思表示（以下，「本件解除」という。）をした。
(5)原告は，平成１７年６月７日，福井ワシントンホテル・カラオケディナーショーに出演するなど，被告を介さずに芸能活動を始めた。
２ 原告の主張
(1)被告には，次のとおり，本件専属契約上の債務不履行がある。
① 被告は，原告に対し，一方的に本件専属契約３条に定める報酬を不当に減額して支払った。これは，本件専属契約３条に違反する債務不履行である。不当減額分は，別紙２「原告主張金額」欄中「差額」欄記載のとおり，合計９万１７４２円であるが，このうち５万円の請求権を主張する。
② 本件専属契約に際し，原告は，被告に対し，本件専属契約に基づく報酬とは別に，毎月１０万円の生活費を支給してもらうことが本件専属契約締結の前提条件であることを申し入れ，被告代表者は，これを承諾した。したがって，被告が毎月１０万円を支払うことは，本件専属契約の内容となったというべきである。しかるに，被告は，原告に対し，上記１０万円の支払をしなかった。これは，本件専属契約に違反する債務不履行というべきである。
③ 被告は，別紙３「出演報酬未払分一覧」記載の合計５９万３３３０円を支払っていない。このうち５０万円の未払報酬の請求権を主張する。
(2)上記各債務不履行により，原告は，本件解除の意思表示をしたものである。
(3)本件専属契約７条は，労働基準法１６条に反するものとして，無効である。
① 本件専属契約においては，原告は，被告の指示に従って映画等に出演することとされ（１条），原告は，被告以外の者の指示する映画等に出演することはできず，出演する場合には，被告の事前の承諾が必要とされ（４条），原告は，被告に専属する関係に立つこととされている。また，原告が著作する著作物の著作権は，優先的に被告に帰属し，作品の著作権に関する一切の交渉を被告に委ね，他者と直接交渉することはできないとされ（５条），自らの活動による著作物の権利も原告自身に認められておらず，その利益は，被告が独占しており，報酬も，被告に入金され，そこから経費を控除して，原被告間で折半することとされている（３条）。
② 以上の点からすると，原告は，被告の一定の指揮下において，被告に対し，アーティスト活動という労務を提供し，これに対して対価を得るという側面があるから，原被告間の法律関係は，雇用契約の側面もあるというべきであり，原告は，労働基準法上の労働者に該当するというべきである。
③ したがって，本件専属契約７条は，労働基準法１６条に反して無効であると解すべきである。
(4)本件専属契約７条は，公序良俗に反するものとして，民法９０条により，無効である。
① 本件専属契約は，雇用契約の性質をも有する契約であるが，雇用契約において，従業員の退職後の競業避止義務を定める特約は，これによって守られるべき使用者の利益，これによって生ずる従業員の不利益の各内容，程度，代償措置の有無，その内容等を総合考慮して，その制限が必要かつ合理的な範囲を超える場合には，公序良俗に反して無効であると解すべきである。
② 本件専属契約７条によって守られるべき被告の利益は，専ら，被告が費やした経済的支出の回収にある。しかし，被告は，契約期間中も，経費は全額差し引いて報酬を支払うにすぎない（第３条）し，報酬の２分の１相当の収入を得ており（同条），さらに，原告のＣＤ等の売上によって相当の利益を得ているものであり，これ以上に守られるべき被告の利益はない。これに対し，上記特約によって原告に生ずる不利益は，芸能活動を業として行っている原告にとって，２年間もの間，芸能活動を禁止されるというものであり，実質的に今後の芸能活動を不可能ならしめるものであり，原告の職業選択の自由を著しく制約するものである。
③ したがって，本件専属契約７条は，必要かつ合理的な範囲を超えるものとして，公序良俗に反して無効であると解すべきである。
(5)仮に，本件専属契約７条自体が無効であるといえないとしても，約定の損害賠償額が不当に過大であるから，賠償額は相当な範囲に限定されるべきである。
① 本件専属契約７条は，本件専属契約が終了した場合の損害賠償の範囲について定めた規定とも解されるから，民法４２０条の賠償額の予定としての側面も有する。
② 賠償額の予定に関しては，予定される賠償額が不当に過大であり，当事者にとって著しく苛酷である場合には，公序良俗に反するものとして，無効であり，仮に，無効とまではいえないときであっても，賠償額は相当な範囲に限定されるべきである。
(6)仮に，本件専属契約７条が有効であるとしても，同条は，本件には適用されない。
① 本件専属契約は，委任契約，雇用又は請負契約の性質が混合した無名契約というべきである。
すなわち，本件専属契約は，被告が，原告に対し，アーティストとして活動する場を供給する点で委任契約としての性質を有しており，原告が被告の指揮下で，アーティストとしての労務を提供し，そのこと自体又は完成した仕事に対して，被告から対価を得る点で，雇用又は請負契約の性質を有している。
② 被告は，本件専属契約期間中，正当な報酬額を全額支払うことなく，減額して支払をし，平成１６年１１月以降は，報酬の支払をしなかった。これは，本件専属契約上の被告の基本的債務である報酬支払債務の不履行であり，契約の基礎となるべき信頼関係を著しく破壊するものというべきである。
③ したがって，原告は，民法６５１条，６２８条の趣旨に照らし，何らの損害賠償をすることなく，本件専属契約を解除することができるというべきであり，本件専属契約７条は，本件には適用されないと解すべきである。
④ また，本件専属契約７条は，本件専属契約の終了原因が被告の債務不履行による解除である場合には適用されない。被告は，原告に対して支払うべき報酬金額を不当に減額して支払い，また，支払うべき報酬を支払わなかった。そのため，原告は，本件専属契約を被告の債務不履行に基づき解除したのであるから，本件専属契約７条は，本件には適用されない。
(7)以上のとおり，被告が第２事件請求の根拠とする本件専属契約は，本件解除により，無効となったというべきであり，また，本件専属契約７条は民法９０条等により無効であり，あるいは，本件には適用されないと解すべきであるから，同条項に基づく請求は理由がないというべきである。
(8)仮に，原告に被告に対する損害賠償義務があるとしても，原告は，被告に対し，報酬の不当減額分９万１７４２円，未払報酬額５９万３３３０円の合計６８万５０７２円の報酬請求権を有するところ，同報酬請求権中５５万円をもって，被告の原告に対する損害賠償請求権と対当額で相殺する。
３ 被告の主張
(1)被告は，原告の「歌手になりたい」，原告の父親の「歌手になりたいという娘の希望を実現させてやりたい」という強い要望に基づき，原告との間で，本件専属契約を締結した。
(2)しかるに，原告は，本件専属契約４条に違反し，被告の承諾を得ることなく，有限会社ａに所属したと称し，平成１７年６月７日，福井ワシントンホテル・カラオケディナーショーに出演するなど，被告を除外した芸能活動を始め，その後も，継続して，被告との本件専属契約に違反した状態を続けている。
(3)被告が原告に支払った報酬額の計算につき間違いがあったことは認めるが，業界の慣習上よく行われる個人的謝礼と勘違いしたことや当初の合意が変更されたことが原因であり，かつ，額も少額であって，原告による本件解除の原因となるものとはいえない。また，被告は，原告に対し，本件専属契約に基づく報酬のほかに１０万円を支払うことを約束したことはないし，さらに，報酬の未払は，原被告間に紛争が生じたため，支払を留保したものであって，相当な理由があるから，原告による本件解除の原因となるものではない。
(4)被告は，原告の芸能活動の拡大，発展のため，テレビ，ラジオ等に対する売り込み活動を行うとともに，原告に個性，特色を与えるべく，浪曲を習わせ，被告の子会社である株式会社ｂ名義で，浪曲師としての芸名を取得し，原告に使用させるなど，原告の芸能活動の拡大，発展のために多大な努力と資金を払った。
(5)被告が支出した資金は，次のとおり，少なくとも，８３６万９３６４円となる。
番号 月日 項目 説明 金額
1. 14.3.14 「おまえさん」カラオケデモアレンジ代 被告受注のＣＭ企画に，曲と詞と原告がＣＭに合うかをスポンサーが判断するための材料として，ピアノ，シンセサイザーにより，譜面を演奏して音を作った。編曲料を含む。 30,000
2. 14.4.30 「おまえさん」カラオケインペグ代・アレンジ代 スポンサーの了解を得て，２０～３０人のオーケストラによりカラオケを制作した。編曲料を含む。 573,987
3. 14.4.30 「おまえさん」カラオケスタジオ代 上記スタジオ代 77,543
4. 14.8.30 「海鳴り列車」アレンジ代 前記同様 77,777
5. 14.8.12 「海鳴り列車」カラオケインペグ代 前記同様 358,636
6. 14.9.18 「海鳴り列車」カラオケミキサー代 前記同様 52,499
7. 14.8.31 「海鳴り列車」写譜代 オーケストラ団員用の写譜代 27,993
8. 14.8.15 「海鳴り列車」スタジオ代 前記同様 77,450
9. 16.11.29 「人生勝負待ったなし」ジャケット印刷代 発売するＣＤ，カセットのカバーの印刷代 254,320
10. 16.11.29 「人生勝負待ったなし」プレス代 市販するＣＤ，カセットの作成代 256,200
11. 16.11.29 「人生勝負待ったなし」デザイン代 上記デザイン代 90,000
12. 16.11.29 「人生勝負待ったなし」写真撮影 上記宣伝用写真の撮影代 93,500
13. 16.11.29 「人生勝負待ったなし」ヘアメイク 上記写真撮影用ヘアメイク代 52,500
14. 16.11.29 「人生勝負待ったなし」カラオケ制作代 音源許諾料 600,000
15. 16.11.29 「越前太鼓」カラオケ制作代 音源許諾料 600,000
16. 16.11.29 「人生勝負待ったなし」レコーディングミキサー代 前記同様 118,000
17. 16.11.29 「人生勝負待ったなし」レコーディングスタジオ代 前記同様 243,626
18. 16.11.29 「人生勝負待ったなし」Ａ４チラシ 宣伝用チラシ代 74,928
19. 16.11.29 「人生勝負待ったなし」ポスター 宣伝用ポスター代 147,000
20. 16.11.29 浪曲関係ＨＰ 宣伝用ホームページ制作代 300,000
21. 16.7～ 三味線代金（稽古・レコーディング） 浪曲の稽古・レコーディング代 170,000
22. 16.7～ お稽古場所代（１３日間） 浪曲の稽古の場所代 104,000
23. 16.10.20 着物一式タイアップ料 浪曲師として必要な着物のタイアップ代 150,000
24. 16.10.20 着物直し 着物のサイズを原告に合うように直した 52,500
25. 16.10.20 袴代 浪曲師としての袴代 23,600
26. 16.10.20 浪曲用演台 浪曲師としての演台 50,000
27. 16.10.20 ＰＡ・諸経費（御礼・お車代） 新曲発表会経費。ＰＡは音響装置代 160,250
28. 17.3.31 商品在庫 市販用に制作したＣＤ，カセットの在庫 1,958,400
29. 16.6～2 Ｂ給料月額１５万円×９か月 マネージャーの給料 1,350,000
30. 16.6～2 Ｂ交通費（定期代含む。） マネージャーの交通費 274,655
合計 8,399,364
(6)別紙４「支払明細票」記載の金額のほか次のものが報酬として未払である。
年月日 支払金額
別紙４「支払明細票」記載の金額 616,627
16.9 春日神社秋祭り分不足額 14,100
16.12.20 １６．１０分支払済額 －180,000
同支払不足額（192,500－180,000） 12,500
合計 463,227
(7)以上のとおり，(5)の合計額から(6)の合計額を控除すると，次表のとおり，残額は，７９３万６１３７円となる。
(5)の合計額 8,399,364
(6)の合計額 463,227
差引残額 7,936,137
(8)よって，被告は，原告に対し，本件専属契約７条に基づき，上記損害の賠償として，７９４万２０８７円及びこれに対する第２事件訴状送達の日の翌日である平成１７年１０月２９日から支払済まで年５分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(9)本件専属契約は，７条を含め，タレント，歌手等の専属契約として一般的な内容のものであり，民法９０条等に違反するものではない。
(10)原告主張の予備的相殺に関し，報酬減額分として５万円，未払報酬分として５０万円，計５５万円の限度で，原告が被告に対する報酬請求権を有することは認める。
４ 被告の支出に関する原告の認否・反論
被告の主張(5)の支出については，次の点を争う。
番号 項目 原告が争う点
1. 「おまえさん」カラオケデモアレンジ代 本件専属契約締結前の支出であるから，全額争う。本件専属契約締結前に原告が被告に対し音楽，芸能活動について委任していた関係については，被告の請求等により，合計５５万円を支払って精算したから，今さら請求することはできない。
2. 「おまえさん」カラオケインペグ代・アレンジ代 同上
3. 「おまえさん」カラオケスタジオ代 同上
4. 「海鳴り列車」アレンジ代 同上
5. 「海鳴り列車」カラオケインペグ代 同上
6. 「海鳴り列車」カラオケミキサー代 同上
7. 「海鳴り列車」写譜代 同上
8. 「海鳴り列車」スタジオ代 同上。なお，仮に請求し得るとしても，乙第８号証は，Ｃと２人分の請求書であるから，２分の１を超える額は争う。
9. 「人生勝負待ったなし」ジャケット印刷代
10. 「人生勝負待ったなし」プレス代
11. 「人生勝負待ったなし」デザイン代
12. 「人生勝負待ったなし」写真撮影 Ｄとの２人分であるから，半分を超える額は争う。
13. 「人生勝負待ったなし」ヘアメイク Ｄとの２人分であるから，半分を超える額は争う。
14. 「人生勝負待ったなし」カラオケ制作代 音源使用権は被告に属するから，被告は音源使用許諾料を支払ってはいないので，全額争う。
15. 「越前太鼓」カラオケ制作代 音源使用権は被告に属するから，被告は音源使用許諾料を支払ってはいないので，全額争う。
16. 「人生勝負待ったなし」レコーディングミキサー代
17. 「人生勝負待ったなし」レコーディングスタジオ代
18. 「人生勝負待ったなし」Ａ４チラシ
19. 「人生勝負待ったなし」ポスター
20. 浪曲関係ＨＰ 浪曲関係ＨＰは，実際には作成されていないから，支出自体がないはずである。仮に支出があったとしても，被告所属の浪曲関係のアーティストは３名いたのであるから，３分の１を超える分は争う。
21. 三味線代金（稽古・レコーディング） 三味線の稽古費用として原告が５万円支払っており，乙第１９号証は走り書きのメモにすぎず，代金に関する領収証等もないから支出自体を争う。仮に支出があったとしても，常にＤとともに稽古していたから，２分の１を超える分は争う。
22. お稽古場所代（１３日間） 乙第２０号証は走り書きのメモにすぎず，代金に関する領収証等もないから支出自体を争う。仮に支出があったとしても，常にＤとともに稽古していたから，２分の１を超える分は争う。
23. 着物一式タイアップ料 領収証もなく，支出自体を争う。
24. 着物直し
25. 袴代
26. 浪曲用演台 原告とＤに１台ずつ製作されたものであるから，２分の１を超える分は争う。
27. ＰＡ・諸経費（御礼・お車代） 乙第２４号証の１，２は，同一の支出の請求書，納品書であるから，支出額は８万４０００円のはずである。さらに，Ｄと２人であったから，２分の１を超える分は争う。
28. 商品在庫 １９５万８４００円の限度で認める。
29. Ｂ給料月額１５万円×９か月 Ｂは，被告の従業員として，原告のマネージャーを務めるとともに，Ｄのマネージャーでもあり，また，被告の他の業務（コンサートの制作，他のアーティストのプロモーション等）を行っており，その給料や交通費を原告が負担すべき理由はない。
30. Ｂ交通費（定期代含む。） 同上
第３ 当裁判所の判断
１ 本件専属契約７条の規定内容は前提事実記載のとおりであり，同条の規定は，文言上，本件専属契約が終了した後２年間は，原告について，やむを得ない事由がある場合にその都度被告の書面による承諾を得るのでなければ，芸能人の紹介斡旋をする他の事業体に所属することや個人で芸能活動を行うことを禁ずる趣旨に解されるが，芸能人の芸能活動について当該契約解消後２年間もの長期にわたって禁止することは，実質的に芸能活動の途を閉ざすに等しく，憲法２２条の趣旨に照らし，契約としての拘束力を有しないというべきである。しかし，他方において，原告本人尋問，被告代表者尋問の各結果，弁論の全趣旨を総合すると，被告が原告との間においてこのような内容を含む本件専属契約を締結した背景には，被告が原告の養成，宣伝プロモートのために時間，労力，努力，なかんずく資金を費やすことに鑑み，原告の芸能活動が上記資金を上回る利益を被告にもたらさないうちに本件専属契約が終了した場合には，原告が被告に対して，被告が原告のために支出した出捐を補填することを約す趣旨を包含し，被告は，原告に対し，上記趣旨に適する限度で，被告の出捐を補償する義務を承認したものと解するのが相当である。
原告は，本件専属契約７条が労働基準法１６条に反して無効であると主張するが，証人Ｅの証言，原告本人，被告代表者の各尋問の結果，弁論の全趣旨によれば，原告は，被告に対して単なる労務を提供する労働者ではないことが明らかであるから，原告と被告との法律関係に労働基準法の適用はないというべきである。また，原告は，本件専属契約７条が民法９０条に違反して無効であるとも主張するが，原告と被告は競業関係にあるわけではないことはもちろんであり，原告が被告との法律関係を一定期間継続したことによって，被告の営業に関するノウハウ等を得，そのことが被告の今後の営業上支障を生ずるおそれがある関係となるわけではなく，本件専属契約７条が合意された趣旨は，被告が原告の養成や宣伝プロモートのために時間，労力，努力，資金を投じ，これが成功すれば，被告に利益をもたらす関係にあることから，被告の出捐について，原告に補償を約させるところにあると解されるのであり，芸能人の売出しには，これらの出捐が必須であることは公知の事実というべく，これを専ら被告の負担とすることは，現在の社会情勢，公序との関係で相当とはいいがたく，本件専属契約７条が全面的に無効であると解するのは失当であり，前示の限度で意味があるものとして，限定的に解釈するのが相当である。さらに，原告は，民法６５１条，６２８条を援用するが，原告と被告との法律関係は，直ちに委任契約，雇用契約に関する規定によって律すべきものと解することはできず，原告の上記主張は採用しない。なお，原告は，本件専属契約を被告の債務不履行により解除したとして，本件専属契約７条が無効に帰したから，解除後に本件専属契約７条の適用を主張することはできないはずである旨主張するようであるが，原被告間の法律関係は，継続的なものであって，解除の効力は，将来に向かって本件専属契約に基づく債務の存続を否定するものにすぎず，本件専属契約７条のように契約終了時の精算を目的とする規定の効力を失わしめるものとはいえない。
２ 上記見地から，本件における被告主張の出捐内容を検討するに，下表各項記載の書証及び原告本人，被告代表者の各尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すると，次のとおり認められる。
番号 月日 項目 当裁判所の判断 認定金額
1. 14.3.14 「おまえさん」カラオケデモアレンジ代 本件専属契約締結前の支出であるから，本件専属契約に基づく補填の対象とはならない。
2. 14.4.30 「おまえさん」カラオケインペグ代・アレンジ代 同上
3. 14.4.30 「おまえさん」カラオケスタジオ代 同上
4. 14.8.30 「海鳴り列車」アレンジ代 同上
5. 14.8.12 「海鳴り列車」カラオケインペグ代 同上
6. 14.9.18 「海鳴り列車」カラオケミキサー代 同上
7. 14.8.31 「海鳴り列車」写譜代 同上
8. 14.8.15 「海鳴り列車」スタジオ代 同上
9. 16.11.29 「人生勝負待ったなし」ジャケット印刷代 乙第９号証，弁論の全趣旨によれば，原告のＣＤ，カセット「人生勝負待ったなし」のカバーの印刷代（消費税込）として，２５万４３２０円を要したことが認められる。 254,320
10. 16.11.29 「人生勝負待ったなし」プレス代 乙第１０号証の１ないし４，弁論の全趣旨によれば，原告のＣＤ，カセット「人生勝負待ったなし」の作成費用として，２５万６２００円を要したことが認められる。 256,200
11. 16.11.29 「人生勝負待ったなし」デザイン代 乙第１１号証，弁論の全趣旨によると，上記デザイン代として，９万円を要したことが認められる。 90,000
12. 16.11.29 「人生勝負待ったなし」写真撮影 乙第１２号証，弁論の全趣旨によれば，原告とＤと２人で撮影した上記宣伝用写真の撮影代として，９万３５００円を要したことが認められるが，原告のために要した費用として，原告が本件専属契約７条に基づき補填すべき金額は，その２分の１と認めるのが相当である。 46,750
13. 16.11.29 「人生勝負待ったなし」ヘアメイク 乙第１３号証，弁論の全趣旨によれば，上記写真撮影用ヘアメイク代として，Ｄとの２人分で５万２５００円を要したことが認められるが，原告のために要した費用として，原告が本件専属契約７条に基づき補填すべき金額は，その２分の１と認めるのが相当である。 26,250
14. 16.11.29 「人生勝負待ったなし」カラオケ制作代 乙第１４号証，弁論の全趣旨によれば，「人生勝負待ったなし」の音源使用許諾料として，６０万円を要したことが認められる。 600,000
15. 16.11.29 「越前太鼓」カラオケ制作代 乙第１５号証，弁論の全趣旨によれば，「越前太鼓」の音源使用許諾料として，６０万円を要したことが認められる。 600,000
16. 16.11.29 「人生勝負待ったなし」レコーディングミキサー代 乙第１６号証，弁論の全趣旨によれば，原告とＤと２人のＣＤの三味線及びヴォーカルのダビング料金の半額として２万６０００円，原告のヴォーカル録音，トラックダウン料金として６万４０００円，原告分のマスタリング料金として２万円，原告とＤと２人の編集作業料金の半額として８０００円，以上合計１１万８０００円を要したことが認められる。 118,000
17. 16.11.29 「人生勝負待ったなし」レコーディングスタジオ代 乙第１７号証，弁論の全趣旨によると，原告とＤと２人のダビング作業のためのスタジオ使用料金の半額７万２０００円，原告のヴォーカル録音とトラックダウンのためのスタジオ使用料金１４万４０００円，原告とＤと２人のトラックダウン用のテープ料金の半額として１万４７００円と１３２５円，以上合計２３万２０２５円に消費税５％を加算した２４万３６２６円を要したことが認められる。 243,626
18. 16.11.29 「人生勝負待ったなし」Ａ４チラシ 乙第１８号証，弁論の全趣旨によると，原告の「人生勝負待ったなし」の宣伝用チラシ代として，７万１３６０円に消費税５％を加算した７万４９２８円を要したことが認められる。 74,928
19. 16.11.29 「人生勝負待ったなし」ポスター 乙第１８号証，弁論の全趣旨によると，原告の「人生勝負待ったなし」の宣伝用ポスター代として，１４万円に消費税５％を加算した１４万７０００円を要したことが認められる。 147,000
20. 16.11.29 浪曲関係ＨＰ 被告は，宣伝用ホームページ制作代として３０万円を要したと主張するけれども，これを認めるに足りる証拠はない。
21. 16.7～ 三味線代金（稽古・レコーディング） 乙第１９号証，被告代表者尋問の結果，弁論の全趣旨によると，浪曲の稽古・レコーディング代として，計１７万円を要したことが認められるが，他方，弁論の全趣旨によると，原告は，Ｄと２人で稽古を受けていたことが窺われるから，２分の１を超えるについては，原告のために要した費用として，原告が本件専属契約７条に基づき補填すべき金額と認めることはできない。 85,000
22. 16.7～ お稽古場所代（１３日間） 乙第２０号証，被告代表者尋問の結果，弁論の全趣旨によると，浪曲の稽古の場所代として，計１０万４０００円を要したことが認められるが，弁論の全趣旨によると，原告は，Ｄと２人で稽古を受けていたことが窺われるから，２分の１を超えるについては，原告のために要した費用として，原告が本件専属契約７条に基づき補填すべき金額と認めることはできない。 52,000
23. 16.10.20 着物一式タイアップ料 原告本人尋問の結果，弁論の全趣旨によれば，浪曲師として必要な着物のタイアップ代として，１５万円を要したことが認められる。 150,000
24. 16.10.20 着物直し 乙第２１号証，弁論の全趣旨によれば，原告とＤと２人の着物の仕立代として１０万５０００円を要したこと，その半額が５万２５００円であることが認められる。 52,500
25. 16.10.20 袴代 乙第２２号証の１ないし４，弁論の全趣旨によると，浪曲師としての袴代として，原告とＤと２人で２万６０００円，１万８０００円，１７００円，１５００円の計４万７２００円を要したこと，その半額が２万３６００円であることが認められる。 23,600
26. 16.10.20 浪曲用演台 乙第２３号証，弁論の全趣旨によると，浪曲師としての演台料金として，５万円を要したことが認められるが，弁論の全趣旨によると，原告とＤに１台ずつ製作されたものと認められるから，原告のために要した費用として，原告が本件専属契約７条に基づき補填すべき金額は，その２分の１と認めるのが相当である。 25,000
27. 16.10.20 ＰＡ・諸経費（御礼・お車代） 乙第２４号証の１，２，弁論の全趣旨によると，Ｆ襲名記者会見に際し，音響費として８万４０００円を要したこと，三味線の先生等への謝礼や交通費として１４万５０００円，のし袋等諸経費として３７５０円の計２３万２７５０円を要したこと，その半額は，１１万６３７５円であることが認められる。 116,375
28. 17.3.31 商品在庫 弁論の全趣旨によれば，市販用に制作したＣＤ，カセットの在庫が１９５万８４００円あることが認められる。本件審理経過の中で，上記在庫を被告が原告に引き渡すことを前提として，原告が，上記限度で在庫評価を認めたことは当裁判所に顕著であり，上記在庫は，被告から原告に引き渡されることを前提として，原告が補填すべき金額と認める。 1,958,400
29. 16.6～2 Ｂ給料月額１５万円×９か月 弁論の全趣旨によれば，Ｂは，被告の従業員として，原告のマネージャーを務めるとともに，Ｄのマネージャーでもあり，また，被告の他の業務（コンサートの制作，他のアーティストのプロモーション等）を行っていたことが認められるから，その給料や交通費を原告が補填すべき理由があると認めることはできない。
30. 16.6～2 Ｂ交通費（定期代含む。） 同上
合計 4,919,949
３ 以上のとおりであるから，原告が被告に対し，本件専属契約７条に基づいて補填すべき金額は，４９１万９９４９円となるところ，原告の相殺により，残額は４３６万９９４９円となる。
４ よって，原告の請求は理由があり，被告の請求も主文の限度で理由がある。
（裁判官 松本光一郎）
〈以下省略〉
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