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裁判年月日 令和 3年 7月20日 裁判所名 東京地裁 裁判区分 判決
事件番号 令3(ワ)5459号
事件名 発信者情報開示請求事件
文献番号 2021WLJPCA07206003
出典
裁判年月日 令和 3年 7月20日 裁判所名 東京地裁 裁判区分 判決
事件番号 令3(ワ)5459号
事件名 発信者情報開示請求事件
文献番号 2021WLJPCA07206003
住所〈省略〉
原告 甲山X
同訴訟代理人弁護士 平野敬
福井市〈以下省略〉
被告 株式会社Y
同代表者代表取締役 A
同訴訟代理人弁護士 神田知宏
主文
1 被告は,原告に対し,別紙投稿記事目録記載1の投稿記事の投稿に用いられたアイ・ピー・アドレスをその投稿日時頃に使用した者の氏名又は名称及び住所を開示せよ。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は,これを4分し,その1を被告の負担とし,その余を原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
被告は,原告に対し,別紙発信者情報目録記載の各発信者情報を開示せよ。
第2 事案の概要
1 事案の要旨
本件は,インターネット掲示板への投稿により名誉権及び名誉感情を侵害されたとする原告が,当該投稿をした者に対する不法行為に基づく損害賠償請求権等を行使するため,当該投稿者が投稿を発信した際に利用したインターネット接続サービスを提供した経由プロバイダである被告に対し,特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律(以下「法」という。)4条1項に基づき,当該投稿に係る発信者情報の開示を求める事案である。
2 前提事実
以下の事実は,当事者間に争いがないか,後掲の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認めることができる。
(1) 原告は,「こうやまX」の筆名により執筆活動を行っている漫画家である(甲1,15)。
被告は,電気通信事業等を目的とする株式会社である。なお,被告は,仮想移動体通信事業者(MVNO)である。
(2) 氏名不詳者(一人であることを認めるに足りる証拠はない。以下「本件投稿者」と総称する。)は,被告がa株式会社から買い受け,同社がb株式会社から提供されたインターネットサービスを経由して,フィリピン法人cが運営するインターネット匿名掲示板「5ちゃんねる」(以下「本件掲示板」という。)の「○○」と題するスレッド(以下「本件スレッド」という。)に,別紙投稿記事目録記載の各「投稿日時」欄記載の日時に各「投稿内容」欄記載の各投稿(以下,同目録記載「#」欄1の投稿を「本件投稿1」などといい,併せて「本件各投稿」と総称する。)をした(甲6,10から13まで)。
3 争点及び争点に関する当事者の主張
(1) 被告が法4条1項の開示関係役務提供者に当たるか。
(原告の主張)
MVNOである被告は,移動通信サービスに係る無線局を自ら開設しておらず,かつ,運用をしていない電気通信事業者であって,他社から提供された通信回線を用いて消費者に通信サービスを提供しているところ,本件投稿者は,特定電気通信役務提供者である被告がa社を介してb社から提供された特定電気通信設備を介して本件投稿を行っており,被告がその発信者情報を保有している旨自認していることに照らすと,被告が開示関係役務提供者に当たることは明らかである。
(被告の主張)
被告が,本件投稿者の発信者情報を保有していることは認め,主張は争う。
(2) 本件各投稿における原告の同定可能性の有無
(原告の主張)
原告は複数の著書を有する漫画家であり,アニメ・映画などマルチメディア展開の盛んな話題性の高い作品にも関与している。本件スレッドにおいて,主な攻撃対象とされている者は「△△一覧」として列挙されているところ,その中に「甲山x ◇◇」と原告と同姓で名の同音異字の者が含まれていること,本件各投稿においても,原告がツイッター上に漫画を公開したり発信者情報開示請求を検討している旨発信したりしていることが批判されている上,プロ漫画家であることが揶揄されていることに照らすと,本件各投稿が原告を対象とするものであることは明らかである。
(被告の主張)
本件各投稿に記載されている「甲山」などが「甲山X」という実名又はペンネームを使用している有名人や,同人が使用しているツイッターアカウントまでは結び付くが,実在する原告本人に結び付いているとはいえない。
(3) 本件各投稿による権利侵害の明白性の有無
(原告の主張)
ア 本件投稿1は,原告が漫画「d」の二次創作として令和2年3月12日にウェブサイト上に公開した漫画(以下「本件漫画」という。)について言及した直前の投稿(レス)を受けて,本件漫画が気持ち悪いものであること,また,悪質な誹謗中傷に対して発信者情報開示請求をもって臨むという原告の意向表明は虚勢を張って調子に乗っているにすぎず,ダサいから界隈から消えてくれなどの呪詛を並べ立てるものであり,社会通念上相当とされる限度を超えて原告の人身攻撃を行い,その名誉感情を著しく害するものであることは明らかである。
イ 本件投稿2及び本件投稿3は,原告が本件スレッドにおいて匿名により自己弁護を行っているという前提の下,「甲山の話すると〔自己弁護が〕湧いてくる」,「甲山の名前だしたら出現すんのかな」と述べるものであるところ,原告はこのような自己弁護を行ってはいない。通常人の感性を前提としてこれらの投稿を読むと,あたかも原告が匿名掲示板において第三者のふりをして自己弁護を図るという卑劣な人物であるかのような印象を抱くことになり,原告の社会的評価を低下させることは明らかである。
ウ 本件投稿4は,「d」を出版する株式会社eを含め,新型コロナウイルス感染症の被害者が多数いる中,原告が本件漫画において同感染症や患者を笑いものにしたと非難する趣旨であると解される。
しかし,原告はそのような行動をとっておらず,本件漫画はそのような趣旨と解することはできない。本件投稿4が虚偽の事実を摘示して,原告の社会的評価を低下させ,名誉を著しく毀損するものであることは明らかである。
また,本件投稿4は,匿名掲示板においてされた陰湿かつ無責任な陰口であり,その論評対象も原告の人格や品性に向けられたものであって,漫画家として発表した作品に対する批評ではなく,また,本件投稿者の身元が不明である以上,原告が対抗言論により本件投稿者を批判し返すこともできないことに照らすと,本件投稿4は原告の名誉感情を違法に侵害するものというべきである。
エ 原告は漫画家であるが,公職とは関係ない一私人にすぎない。匿名掲示板において口汚く原告を罵るという本件各投稿の投稿態様に照らしても,本件各投稿について公益目的や公共利害関係性を見いだすことはできない。また,本件各投稿は真実に反する虚偽に基づくものであって,真実性や真実相当性を認めることもできない。よって,本件各投稿について違法性阻却事由は存在しない。
(被告の主張)
ア 本件投稿1の「イキってた」,「だっさい」,「……一緒に消えてくれ」といった表現は,あくまで投稿者の感想を普通の言葉で述べたものにすぎず,誰であっても名誉感情を害されることになるような,看過し難い明確かつ程度の甚だしい違法な名誉感情侵害とはいえない。
イ 本件投稿2は,一般の閲覧者の普通の注意と閲覧の仕方を基準にすると,「甲山の話をすると,投稿者が湧くように増えてきて笑える」とまでしか読めず,原告が投稿してくるとまでは読めない。仮に,次文の発信者情報開示に関する言及と併せて,本件投稿2が原告について言及しているものとみたとしても,自己弁護の投稿をすることが原告の社会的評価を低下させることにはならない。企業が匿名で自己弁護をすれば,いわゆるステルスマーケティングなどと批判され,不当景品類及び不当表示防止法違反などに問われるおそれがあるが,個人である原告においては,そのような問題は生じない。
ウ 本件投稿3については,誰が出現するのかが読み取れないし,仮に原告と読み取れるとしたとしても,前記イと同様,原告の名誉を侵害するものとはいえない。
エ 本件投稿4は,原告が新型コロナウイルスをテーマにした漫画を描いたことに対して不謹慎であると意見を述べたものであり,一般人において,本件投稿4は,原告が本件漫画において新型コロナウイルス感染症や患者を笑いものにした内容であると読むことはできない。
第3 当裁判所の判断
1 争点(1)(被告の開示関係役務提供者該当性)について
前提事実(1),(2)のほか,証拠(甲10から14まで)及び弁論の全趣旨によれば,被告は,MVNO(後述のMNOの提供する移動通信サービスを利用して,又はMNOと接続して,移動通信サービスを提供する電気通信事業者であって,当該移動通信サービスに係る無線局を自ら開設しておらず,かつ,運用をしていない者)として,a社を通じてMNO(電気通信役務としての移動通信サービスを提供する電気通信事業を営む者であって,当該移動通信サービスに係る無線局を自ら開設又は運用している者)であるb社の提供する移動通信サービスを利用し,又はこれと接続することにより,本件投稿者に対し,本件各投稿が行われた電気通信に係る移動通信サービスを提供していたこと,被告の契約者に係る情報は,被告のみが保有していることが認められる。
以上の事実関係に照らすと,被告は,b社が保有又は管理する電気通信設備を用いて本件各投稿の発信に関する特定電気通信を媒介し,又はその用に供しているものと認めるのが相当である。
したがって,被告は,法2条3号の特定電気通信役務提供者に当たり,本件各投稿との関係で,法4条1項の開示関係役務提供者に当たるというべきである。
2 争点(2)(同定可能性)について
前提事実(1)のほか,証拠(甲4の1から3まで,甲6)及び弁論の全趣旨によれば,本件各投稿を含む本件スレッド上で「甲山」(本件投稿1から本件投稿3まで)又は「コウヤマ」(本件投稿4)と称されている者は,本件スレッドのレス番号6の一覧で掲げられている「甲山x」(原告と姓及び名の読み方が同じである。)と同一人物を指し,原告と同様プロの漫画家であるとされていること,本件スレッド上で「甲山」を揶揄する投稿の中には,原告のツイッター上の投稿をリンク先として表示している者がいることが認められる。
以上のとおり,姓及び名の読み方が原告と同一で,想定されている職業も,原告と同様,プロの漫画家と同一であることに加えて,原告のツイッター上の投稿とも関連付けられていることに照らすと,本件各投稿における「甲山」又は「コウヤマ」は,原告を指すものと認めるのが相当である。
3 争点(3)(本件各投稿による権利侵害の明白性)について
(1) 本件投稿1について
本件投稿1は,本件漫画が気持ち悪いなどと記載した投稿(甲6のレス563)の直後に,「気持ち悪いからみないけど甲山のじゃなく?」と原告の描いた本件漫画が気持ち悪くて見るに堪えないという趣旨を述べるとともに,原告が発信者情報開示請求をする意向を有している旨のツイッターの投稿(甲4の2,甲6のレス472でリンク表示)を受けて,原告の上記の意向は「イキってただけ」すなわち虚勢を張って調子に乗っていただけである(甲7)と揶揄し,早々に「界隈から消えてくれ」と恫喝ないし非難するものである。
前提事実(2)のとおり,本件投稿1は本件掲示板という誰でも即時に閲覧可能な環境に掲載されているものであるところ,上記のとおり,本件投稿1の内容は,好悪の感情の表現としてはかなり強い「気持ち悪い」と表現して本件漫画を非難した上で,原告を揶揄するとともに,「消えてくれ」と恫喝ないし非難するものであって,執拗に原告を非難したり嘲弄したりするなどしているものであることに照らすと,本件投稿1は,社会通念上許される限度を超えた侮辱行為として,原告の名誉感情を違法に侵害するものであることが明らかというべきである。
(2) 本件投稿2について
原告は,本件投稿2の趣旨は,原告が本件スレッドにおいて匿名により自己弁護を行っているという前提の下,「甲山の話すると〔自己弁護が〕湧いてくる」と述べるものであるから,本件投稿2が,原告が匿名掲示板において第三者のふりをして自己弁護を図る卑劣な人物であるかのような印象を与えるものであって,原告の社会的評価を低下させ,その名誉を毀損するものである旨主張する。
しかし,本件投稿2において,「湧いてくる」者が原告であるとは記載されていない。また,本件スレッド中の本件投稿2の前の投稿(甲6のレス592)が,本件漫画とそれに「いいね」をした者の話題になることについて言及していることに照らすと,本件投稿2で「湧いてくる」とされるのは,原告自身というよりも原告のファンを含む者を広く指すものと理解するのが自然である。本件投稿2の末尾に,情報開示請求に言及する部分があり,この部分と原告が発信者情報開示請求をする意向を表明したツイッターの投稿(甲4の2)とを関連付けて,本件投稿2が原告を対象としたものであるとみることもあり得ないではないが,上記ツイッターの投稿が本件スレッドにリンク先として表示されていたこと(甲6のレス472)を受けて,「湧いてくる」とされる者を揶揄したり煽ったりする趣旨にすぎず,原告を対象とする趣旨であるかは判然としないといわざるを得ない。
以上に照らすと,一般人の通常の注意と読み方を基準としたときに,本件投稿2を原告主張のような趣旨と読み取ることは困難であって,本件投稿2が原告の権利(名誉権)を侵害することが明白であるということはできない。
(3) 本件投稿3について
原告は,本件投稿3の趣旨は,本件投稿2と同様,原告が匿名掲示板において第三者のふりをして自己弁護を図る卑劣な人物であるかのような印象を与えるものであって,原告の社会的評価を低下させ,その名誉を毀損するものである旨主張する。
しかし,本件投稿2と同様,本件投稿3において,「甲山の名前だしたら出現す」るのが原告であるとは記載されていない。そして,前記(2)で説示するところと同様,ここで「出現す」るとされるのは,原告よりもむしろ原告のファンを含む者を広く指すものと理解するのが自然である。そうすると,一般人の通常の注意と読み方を基準としたときに,本件投稿2を原告主張のような趣旨と読み取ることは困難であって,本件投稿3が原告の権利(名誉権)を侵害することが明白であるということはできない。
(4) 本件投稿4について
原告は,本件投稿4が,原告が本件漫画において,新型コロナウイルス感染症やその患者を笑いものにしたと非難する趣旨であることを前提に,原告は,そのような趣旨で本件漫画を描いたものではないから,本件投稿4は,原告の社会的評価を低下させ,その名誉を毀損するものである旨主張する。
しかし,本件投稿4の前後の投稿(甲6のレス570,606,635)に照らすと,一般人の通常の注意と読み方を基準とすれば,本件投稿4は,「d」の出版元であるe社でも新型コロナウイルスに感染した者が現れた状況の下,本件漫画において,新型コロナウイルスを話題にしたことが不謹慎であると非難する趣旨であると読むのが自然であって,原告が,新型コロナウイルス感染症やその患者を笑いものにしたと非難する趣旨であると解することはできない。そうすると,本件投稿4が原告の社会的評価を低下させる名誉毀損であるとの主張は,その前提を欠く。
そして,本件投稿4が上記の趣旨であることに鑑みると,本件投稿4が誰でも閲覧可能な本件掲示板に掲載されていることや,その表現ぶりを考慮しても,社会通念上許される限度を超えた侮辱行為とはいえず,原告の名誉感情を違法に侵害するものということはできない。
第4 結論
以上の次第で,原告の本件請求は,本件投稿1に係る発信者情報の開示を求める限度で理由があるからこれを認容し,その余の請求は理由がないから棄却することとして,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第12部
(裁判官 成田晋司)
〈以下省略〉
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