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裁判年月日 平成23年 5月18日 裁判所名 東京高裁 裁判区分 判決
事件番号 平22(行ケ)30号
事件名 裁決取消等請求事件
裁判結果 一部却下、一部棄却 上訴等 確定 文献番号 2011WLJPCA05189002
要旨
〔判示事項〕
◆区議会議員補欠選挙と同時に行われた、都の特別区の区長選挙につき、同区長選挙の手続が選挙の規定に違反しており、その違反が選挙の結果に異動を及ぼすおそれがあるとしてした、都選挙管理委員会による同区長選挙の効力に関する審査の申立てを棄却する旨の裁決の取消し及び同区長選挙の無効を求める請求が、いずれも棄却された事例
〔裁判要旨〕
◆区議会議員補欠選挙と同時に行われた、都の特別区の区長選挙につき、同区長選挙の手続が選挙の規定に違反しており、その違反が選挙の結果に異動を及ぼすおそれがあるとしてした、都選挙管理委員会による同区長選挙の効力に関する審査の申立てを棄却する旨の裁決の取消し及び同区長選挙の無効を求める請求について、選挙制度に関する法令の定めや日程の都合から、複数の選挙を同時に執行する場合において、複数の投票用紙を交付した上、複数の選挙に係る候補者名の記載や投票箱への投函を一度に行わせることにすると、投票用紙や投票箱を取り違えたり、他の選挙の候補者名を誤って記載したりするなどの過誤が起こりやすいことは否定できないから、選挙人には、まず一つの選挙に係る投票用紙のみを交付し、その選挙の候補者名の記載と投票箱への投函を終えた後に、次の選挙に係る投票用紙を交付するという手順で進めていくのが望ましいといえるものの、投票所に物理的、場所的な制約等がある場合には、選挙人の過誤防止のために必要な措置を講じた上で、複数の投票用紙を同時に交付し、一括して候補者名の記載と投票箱への投函を行わせることも許容されていると見るべきであり、2枚の投票用紙を同時に交付したとの一事から選挙の自由公正の原則が著しく阻害されるときに当たるとはいえないとした上で、前記選挙においては、区長選挙と区議会議員補欠選挙の投票用紙2枚を同時に交付し、候補者名の記載と投票箱への投函を二つの選挙について一括して行うという方法をとっているが、一部投票所の投票記載台の設置場所に制約があったことから、前記のような投票方法を採用したというのであるし、投票用紙、候補者名の掲示物、投票箱の表示には、各選挙名が明記された上、それぞれ4色に色分けして各選挙ごとにその色を統一し、選挙ごとに投票用紙を交付する従事者を配置して選挙名を告知するなどしており、通常の注意を払って投票を行えば、投票用紙や投票箱の取違え、他の選挙の候補者の誤記入は回避できるものと考えられ、区選挙管理委員会は過誤防止のために必要な措置を講じていたと見ることができるなどとして、前記区長選挙に選挙の基本理念である選挙の自由公正の原則が著しく阻害されるときに当たるとまでいうべき事情は見当たらず、選挙の規定に違反しているとはいえないとして、前記請求をいずれも棄却した事例
出典
裁判所ウェブサイト
判時 2128号26頁
評釈
山本敬生・商経論叢(鹿児島県立短期大学) 64号83頁
参照条文
公職選挙法205条1項
裁判年月日 平成23年 5月18日 裁判所名 東京高裁 裁判区分 判決
事件番号 平22(行ケ)30号
事件名 裁決取消等請求事件
裁判結果 一部却下、一部棄却 上訴等 確定 文献番号 2011WLJPCA05189002
主文
1 本件訴えのうち,杉並区議会議員補欠選挙に係る裁決の取消しを求める訴え及び同選挙を無効とすることを求める訴えをいずれも却下する。
2 原告らのその余の訴えに係る請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第1 請求
1 原告らがした平成22年7月11日執行の杉並区長選挙及び同区議会議員補欠選挙に係る選挙の効力に関する審査の申立てについて,被告が同年10月27日付けでした申立てを棄却する旨の裁決(○選選第○号)を取り消す。
2 平成22年7月11日執行の杉並区長選挙及び同区議会議員補欠選挙を無効とする。
第2 事案の概要
本件は,東京都杉並区内に住所を有する原告らが,平成22年7月11日執行の杉並区長選挙(以下「区長選」という。)及び杉並区議会議員補欠選挙(以下「区議補選」といい,区長選と併せて「本件選挙」という。)の手続が選挙の規定に違反しており,その違反が選挙の結果に異動を及ぼす虞があるとして,杉並区選挙管理委員会(以下「区選管」という。)に選挙の効力に関する異議申出をしたところ,区選管が異議申出を棄却し,さらに,原告らが,同棄却決定を不服として,東京都選挙管理委員会(被告)に,本件選挙の効力に関する審査申立てを行ったところ,同選挙管理委員会が審査申立てを棄却する裁決をしたことから,原告らが,同裁決の取消しを求めるとともに,本件選挙を無効とすることを求めた事案である。
1 前提事実(争いがないか,掲記の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)
(1) 平成22年7月11日,杉並区において,本件選挙と参議院の選挙区選出議員選挙(以下「選挙区選挙」という。)及び比例代表選出議員選挙(以下「比例代表選挙」といい,選挙区選挙と併せて「本件参院選」という。)が執行された。
(2)ア 区長選の候補者は5名であり,全投票数は25万8494票,当選者の得票数は10万2990票,次点者の得票数は8万4498票であった。また,無効票は2万4947票(全投票数に占める割合9.65%),このうち,白紙投票は1万6025票(同6.20%),候補者でない者又は候補者となることができない者の氏名を記載したもの(以下「候補者でない者等への投票」という。)は5442票(同2.11%)であった。
イ 区議補選の候補者は8名,当選者は2名であり,全投票数は25万8455票,第2位当選者の得票数は3万7835票,次点者の得票数は3万3024票であった。また,無効票は2万3823票(全投票数に占める割合9.22%),このうち,白紙投票は1万5067票(同5.83%),候補者でない者等への投票は4218票(同1.63%)であった。
ウ 杉並区内における選挙区選挙の全投票数26万7937票のうち,無効票は1万0791票(全投票数に占める割合4.03%),このうち,白紙投票は3821票(同1.43%),候補者でない者等への投票は4632票(同1.73%)であった。
杉並区内における比例代表選挙の全投票数26万7933票のうち,無効票は2万0210票(全投票数に占める割合7.54%),このうち,白紙投票は4423票(同1.65%),参議院名簿登載者でない者,公職の候補者となることができない参議院名簿登載者の氏名を記載したもの又は参議院名簿届出政党等以外の政党その他の政治団体の名称若しくは略称を記載したもの(以下「名簿登載者でない者等への投票」という。)は1万4507票(同5.41%)であった。
(3)ア 本件選挙の期日前投票の期間は平成22年7月5日から同月10日までとされ,本件参院選のそれは同年6月25日から同年7月10日までとされた。
イ 区長選の期日前投票は4万8980票(全投票数に占める割合18.95%),区議補選の期日前投票は4万8978票(同18.95%),杉並区内における選挙区選挙の期日前投票は5万6424票(同21.06%),杉並区内における比例代表選挙の期日前投票は5万6420票(同21.06%)であった(甲16)。
(4) 杉並区内に住所を有する原告らは,平成22年7月26日,区選管に対し,本件選挙の効力に関する異議申出をしたところ,区選管は,同年8月25日,原告らの異議申出を棄却する旨の決定をした。
(5) 原告らは,上記(4)の決定を不服として,平成22年9月2日,東京都選挙管理委員会(被告)に対し,本件選挙の効力に関する審査申立てをしたところ,同選挙管理委員会は,同年10月27日,原告らの審査申立てを棄却する裁決をした。
(6) 原告らは,上記(5)の裁決を不服として,平成22年11月25日,本件訴えを提起した。
(7) 区議補選で選出された杉並区議会議員の任期は平成23年4月30日までである。
2 本件の争点とこれに関する当事者の主張
(1) 本件の争点は,本件選挙の手続が選挙の規定に違反しているか,その違反が選挙の結果に異動を及ぼす虞があるかという点にある。これらの点に関する当事者の主張は以下のとおりである。
(2) 本件選挙の手続が選挙の規定に違反しているか
(原告らの主張)
ア 本件選挙は本件参院選と同日に執行され,一箇所で4枚の投票用紙を使用して投票を行うことになるため,選挙人が投票用紙を取り違えて別の選挙の候補者名を記載してしまう虞が大きい。こうした取違え投票を避けるために,区選管は事前に十分な検討を加えて管理執行体制を調える必要があった。具体的には,取違え投票を防ぐため,選挙人には1回に投票用紙1枚のみを交付し,その投票が終わってから,次の投票用紙を交付するという手順を採るべきであった。しかし,実際には,区長選と区議補選の2枚の投票用紙が同時に交付され,1台の投票記載台で2つの投票用紙に記載しなければならず,その際,適切な注意喚起も行われなかったため,選挙人を著しく混乱させ,多数の取違え投票や白紙投票を招いた。
イ 投票所での円滑な投票が行えるよう,投票所には選挙人の数に応じた投票記載台を設置する必要があるが,杉並区内の各投票所には,管内の選挙人の数にかかわらず一律に同数の投票記載台が設置された。このため投票所によっては投票待ちの長い列ができ,白紙投票や取違え投票の発生を誘発し,投票を断念した者も生じた。
なお,被告は,投票記載台の増設を実施した投票所があると主張するが,管内の選挙人の多寡に応じた増設をしておらず,適切な対応をしたとはいえない。
ウ 本件選挙に際し,選挙人には本件参院選と併せて1通の「投票のお知らせ」(投票所入場券。以下「入場券」という。)が送付されており,平成22年6月25日から7月4日までの間に本件参院選の期日前投票をした選挙人からは,本件選挙の投票を行っていないにもかかわらず,入場券が回収された。このため,上記期間中に期日前投票をした者の中には,本件選挙の投票の方法が分からず,選挙権行使の機会を失った者も少なくないと考えられる。
エ 上記の各事実は,いずれも選挙の公正を著しく阻害するものであり,これらが重なった結果,本件選挙においては過去に例をみない多数の無効票が生じ,また,多数の投票断念者を生じさせたものである。よって,本件選挙は選挙の規定に違反したものである。
(被告の主張)
ア 区選管では,投票所の構造・設備等の物理的理由により,本件選挙と本件参院選の合計4枚の投票用紙を選挙人に個別に交付する方法を採ることが困難であったことから,各選挙の投票用紙を色分けするとともに,各選挙の掲示物をこれと同じ色のものとし,注意喚起のポスターを掲示し,選挙ごとに投票用紙を交付する従事者を配置するなどの方策を立てた上,投票用紙の交付場所を2箇所に設け,それぞれで本件参院選の投票用紙2枚と本件選挙の投票用紙2枚を交付する方法を採用した。また,各投票所責任者に対しては説明会を開催し資料に基づいて注意事項を周知させた。
イ 杉並区内の投票所に設置した投票記載台の台数は各投票所一律ではなく,4箇所の投票所ではあらかじめ他の投票所の設置台数(2人用投票記載台4台を2組設置)よりも増設して対応した。また,8箇所の投票所では選挙当日に投票記載台を増設した。
ウ 区選管では,本件選挙と本件参院選の期日前投票期間が異なることについて,広報誌に掲載したり,入場券,入場券送付用の封筒及び同封のチラシに記載したり,期日前投票所出入口に掲示したりするなどして周知させている。また,平成22年6月25日から同年7月4日までの間,期日前投票所において「7月5日以降に本件選挙の期日前投票をする場合,期日前投票所備え置きの「請求書」に記入することで投票が可能である」旨の表示をし,かつ,その間本件参院選の期日前投票をした選挙人一人一人に対し,係員から同じ内容を説明している。
エ 以上の区選管が講じた措置に照らせば,本件選挙の手続は適正に行われていたというべきである。
(3) 上記(2)の事実が選挙の結果に異動を及ぼす虞があるか
(原告らの主張)
ア 区議補選における第2位当選者と次点者との得票数の差は4811票であるのに対し,区長選における取違え投票の数は5442票であり,これらの投票が区議補選の次点者に投票されたと仮定すると当落は入れ替わるのであるから,選挙の結果に異動を及ぼす虞がある。取違え投票のほか,白紙投票も本来であれば有効に投票された票であるから,白紙投票も考慮すると当落が入れ替わる可能性は更に高まることになる。
イ 区長選における当選者と次点者との得票数の差は1万8492票であるのに対し,区議補選における取違え投票の数は4218票であり,これと区長選における白紙投票1万6025票との合計2万0243票が区長選の次点者に投票されたと仮定すると当落は入れ替わるのであるから,選挙の結果に異動を及ぼす虞がある。
(被告の主張)
ア 区議補選の候補者は8名であるところ,最下位当選者の得票数は3万7835票,次点者の得票数は3万3024票,最少得票者の得票数は1万3665票である。このような得票数の分布に鑑みれば,区長選における候補者でない者等への投票5442票全てが区議補選の次点者へ投票されたものと仮定することは合理的でなく,選挙の結果に異動を及ぼす虞があるとはいえない。
イ 区長選については,たとえ区議補選における候補者でない者等への投票4218票全てが区長選の次点者へ投票されたものと仮定しても順位の変動はないのであるから,選挙の結果に異動を及ぼす虞があるとはいえない。
第3 争点に対する判断
1 「選挙の規定に違反することがあるとき」の意味と本件における争点
公職選挙法205条1項は,「選挙の規定に違反することがあるとき」で,「選挙の結果に異動を及ぼす虞がある場合」に限り,選挙の全部又は一部を無効とすべきものと定めている。ここでいう「選挙の規定に違反することがあるとき」とは,選挙管理の任にある機関が選挙の管理執行の手続に関する明文の規定に違反することがあるとき,又は直接そのような明文の規定は存在しないが,選挙の基本理念である選挙の自由公正の原則が著しく阻害されるときのいずれかを指すものと解される(最高裁判所昭和27年12月4日第一小法廷判決・民集6巻11号1103頁,同裁判所昭和51年9月30日第一小法廷判決・民集30巻8号838頁参照)。
本件選挙においては,区選管が選挙の管理執行の手続に関する明文の規定に違反することがあったと認めるに足りる証拠はなく,原告らもその旨の主張はしていないから,選挙の基本理念である自由公正の原則が著しく阻害されるときに当たるか否かが専ら問題となる。そこで,このような評価の基礎となる本件選挙の執行状況に係る事実についてみることにする。
2 認定事実
証拠(甲3,19,乙3から5まで,検証の結果),弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
(1) 投票方法の決定とその実施状況
ア 区選管は,平成22年5月26日,杉並区議会議長から杉並区長が退職の申出をした旨通知を受けた。公職選挙法34条1項及び4項5号の規定によれば,上記通知から50日以内(同年7月15日まで)に選挙を執行しなければならず,同法113条3項の規定によれば,区長の選挙時に区議会議員の欠員がある場合は同時にその補欠選挙を行わなければならないことから,区選管は,区長選と区議補選を同日に執行することとした。選挙期日の決定に当たっては,一定の準備期間を確保する必要から,日曜日である同年7月4日及び同月11日が候補日として検討されたが,同月11日には本件参院選の執行が見込まれており,同月4日はその選挙運動期間中となるため,同月4日に本件選挙を執行すると,選挙人の混乱や管理執行上の問題が想定されるとして,本件選挙を同月11日に本件参院選と併せて執行することとした。
イ 杉並区内には66箇所の投票所があり,選挙を実施する際の投票記載台は2人分を4個組み合わせた8人分を1組として使用していたところ,小中学校等の体育館を使用する投票所以外の投票所18箇所については,設置場所の関係で上記投票記載台を4組設けることが困難な状況にあった。区選管では,設置場所に余裕のある投票所に限って,上記投票記載台を4組設けた上,投票用紙を1回に1枚のみ交付し,その記載・投票を終えた者に次の選挙の投票用紙1枚を交付し,順次これを繰り返す方法を実施することが検討されたが,投票所によって投票方法が異なるのは公平性に問題があるとして採用されるに至らず,結局,全ての投票所に上記投票記載台を2組設け,投票用紙の交付場所を2箇所に分けた上,まず,本件参院選の投票用紙2枚を交付し,本件参院選用の投票記載台上で投票用紙への記載を行わせ,その投票を終えた者に対して,本件選挙の投票用紙2枚を交付し,本件選挙用の投票記載台上で投票用紙への記載を行わせ,その投票を行わせるという手順を採ることにした。こうした投票方法によった場合,過誤の発生も予想されることから,区選管では,投票用紙を交付する従事者を4つの選挙それぞれに配置し,選挙人に対する案内・説明等を行うこと,投票用紙を各選挙ごとに色分けし,選挙の掲示物も投票用紙と同一の色を用いること,投票所内に注意書きのポスターを掲示すること等の方策を講ずることにした。
ウ 本件参院選と本件選挙の各投票用紙には,それぞれ右側に選挙名(区長選は「杉並区長選挙投票」,区議補選は「杉並区議会議員補欠選挙投票」)が記載されており,選挙区選挙については薄い黄色,比例代表選挙については白色,区長選についてはうぐいす色,区議補選についてはピンク色の用紙が用いられた。区長選の投票用紙を交付する際には,自動交付機から選挙名がアナウンスされ,区議補選の投票用紙を交付する際には,従事者から選挙名の説明が行われるものとされた。また,選挙候補者氏名等掲示票には上記各投票用紙と同じ色の用紙を用いて,これをプラスチック製のパスケースに入れ,区長選及び区議補選に係るものについては本件選挙用の投票記載台に,選挙区選挙及び比例代表選挙に係るものについては本件参院選用の投票記載台に,それぞれ備え置き,さらに,投票箱には上記各投票用紙と同じ色の用紙を用いたビラを貼付して選挙名を表示した。
エ 期日前投票の期間は前記前提事実(第2の1)(3)アのとおり定められたが,平成22年6月25日から同年7月4日までの間は,本件参院選の期日前投票のみが行われたため,この間,期日前投票所には,期日前投票をした者は期日前投票所備え置きの請求書に記入することによって同年7月5日以降に本件選挙の期日前投票ができる旨を記載した貼り紙が掲示された。また,上記期間中に本件参院選の期日前投票をした選挙人一人一人に対し,期日前投票所の係員から本件選挙について期日前投票ができるのは同年7月5日以降である旨を説明した。
オ 投票記載台については,前記イのとおり,各投票所に8人分のものを本件選挙用と本件参院選用に各1組設置したが,4箇所の投票所では,あらかじめ2人用の投票記載台合計13台を増設しており,このうち本件選挙用に使用されたものは5台であった。また,選挙当日,投票所によっては選挙人の待ち時間が30分を超えているという報告を受けて,区選管は,昼頃に8箇所の投票所に2人用投票記載台合計15台,3人用投票記載台1台の増設を行った。選挙当日に増設されたこれらの投票記載台は,主に本件参院選用に使用されたが,投票所の判断で本件選挙用に使用されたものもあった。
(2) 過去の選挙等における無効票の発生状況
ア 杉並区長選挙及び同区議会議員選挙は,昭和58年4月24日以降,本件選挙を除いて平成19年4月22日までに各7回執行されているが,この間,杉並区長選挙における無効票の割合は,5.55%,5.54%,5.31%,8.83%,4.51%,2.78%,2.96%と推移しており,このうち白紙投票は最も多いときで9255票(平成7年4月23日執行選挙),最も少ないときで2876票(平成15年4月27日執行選挙),候補者等でない者への投票は最も多いときで1253票(昭和58年4月24日執行選挙),最も少ないときで381票(平成19年4月22日執行選挙)であった。また,同区議会議員選挙における無効票の割合は,1.52%,1.74%,1.67%,2.28%,2.64%,3.97%,3.33%と推移しており,このうち白紙投票は最も多いときで4380票(平成15年4月27日執行選挙),最も少ないときで1078票(昭和58年4月24日執行選挙),候補者等でない者への投票は最も多いときで1035票(昭和58年4月24日執行選挙),最も少ないときで506票(平成19年4月22日執行選挙)であった。
イ 本件参院選の比例代表選挙の無効票の割合は,全国で2.98%,東京都で2.63%であった。
3 投票用紙2枚を同時に交付したことの適否について
(1) 選挙制度に関する法令の定めや日程の都合から,複数の選挙を同日に執行する場合において,複数の投票用紙を交付した上,複数の選挙に係る候補者名の記載や投票箱への投函を一度に行わせることにすると,投票用紙や投票箱を取り違えたり,他の選挙の候補者名を誤って記載したりするなどの過誤が起こりやすいことは否定できないから,選挙人には,まず一つの選挙に係る投票用紙のみを交付し,その選挙の候補者名の記載と投票箱への投函を終えた後に,次の選挙に係る投票用紙を交付するという手順で進めていくのが望ましいといえる。
このことは,昭和21年12月25日付け内務省地方局長通牒が,同時選挙を実施する投票所の設備に関し,候補者の氏名の混記を防ぐため,施設の許す限り,一の選挙の投票用紙を入れさせた後,他の選挙の投票用紙を交付するように,投票所内の施設を格別にすることを求めていること(甲4)や,平成17年8月18日付け,平成19年5月23日付け及び平成22年5月13日付けの各総務省自治行政局選挙部管理課長通知が,参議院議員選挙の選挙区選挙と比例代表選挙,衆議院議員選挙の小選挙区選挙と比例代表選挙について,それぞれの間で投票用紙の交付に誤りのないよう別々に交付するなど適切な措置を講じるよう求めていること(甲22から24まで)からも,裏付けられているということができる。
(2) もっとも,上記通牒が施設の制約について言及していること,上記各通知でも投票用紙の個別交付は適切な措置の一つとして例示されているにすぎないことからも明らかなとおり,投票所に物理的・場所的な制約等がある場合には,選挙人の過誤防止のために必要な措置を講じた上で,複数の投票用紙を同時に交付し,一括して候補者名の記載と投票箱への投函を行わせることも許容されているとみるべきであり,2枚の投票用紙を同時に交付したとの一事から選挙の自由公正の原則が著しく阻害されるときに当たると結論づけるのは相当でない。
本件選挙においては,区長選と区議補選の投票用紙2枚を同時に交付し(区長選の投票用紙は自動交付機から,区議補選の投票用紙は従事者から順次,各別に交付された。),候補者名の記載と投票箱への投函を二つの選挙について一括して行うという方法を採っているが,一部投票所の投票記載台の設置場所に制約があったことから,上記のような投票方法を採用したというのであり,投票用紙,候補者名の掲示物,投票箱の表示には,各選挙名が明記された上,それぞれ4色に色分けして各選挙ごとにその色を統一し,選挙ごとに投票用紙を交付する従事者を配置して選挙名を告知するなどしていること(前記2(1)イ,ウ)からすると,通常の注意を払って投票を行えば,投票表紙や投票箱の取違え,他の選挙の候補者の誤記入は回避できるものと考えられ,少なくとも区選管がそのように判断したことには合理的な根拠があるといえるから,区選管は過誤防止のために必要な措置を講じていたとみることができる(原告らは投票所の照明の具合等から投票用紙の色による識別が困難であったと主張し,これに沿う証拠(甲45)もあるが,検証の結果によれば,少なくとも同時に交付された2枚の投票用紙(選挙区選挙用と比例代表選挙用,区長選用と区議補選用)同士の識別が困難であったとは認め難い。)。
なるほど,本件選挙の無効票の各割合(前記前提事実(2)ア,イ)は過去の杉並区長選挙,杉並区議会議員選挙のそれ(前記2(2)ア)を相当程度上回っていること,本件選挙と同様の投票方法が採られた杉並区内における本件参院選の比例代表選挙の無効票の割合(前記前提事実(2)ウ)が東京都及び全国の比例代表選挙のそれ(前記2(2)イ)を相当程度上回っていることに照らすと,2枚の投票用紙を同時に交付する投票方法を採ったことが,本件選挙における無効票,とりわけ,候補者でない者等への投票の発生の原因の一つとなったことは否定できない。
しかし,無効票が生ずる原因は投票方法の異同のみに求められるものではなく,執行する選挙の種類・性格,候補者・選挙人の属性や当該選挙への一般の関心・投票率等,様々な要素もその原因になり得るものと考えられる。2枚の投票用紙を同時に交付したことが原因となって生ずる過誤としては,投票用紙を取り違えることや,他選挙の候補者を誤って記載することが最も懸念されるが,本件選挙,杉並区内における本件参院選の各無効票の内訳をみても,区長選,区議補選及び選挙区選挙における候補者でない者等への投票の各割合に大きな差は認められないのに対し,比例代表選挙における名簿登載者でない者等への投票の割合はこれらを大きく上回っており(前記前提事実(2)),投票方法以外の要素も無効票,候補者でない者等への投票(名簿登載者でない者等への投票)の発生に影響を与えているものと考えられる。また,過去の杉並区長選では無効票の割合が8.83%と本件選挙のそれと大差のない割合に達したこと(平成7年4月23日執行分)もある(前記2(2)ア)。さらに,本件選挙は,本件参院選と同日に施行されたこともあり投票率が前回選挙に比し大幅に上昇した(区長選については約15%の増加。甲7,42)ものの,白紙投票の割合は,本件選挙のそれ(区長選6.19%,区議補選5.83%)が,本件参院選のそれ(選挙区選挙1.43%,比例代表選挙1.65パーセント)を大きく上回っていることに照らすと,本件参院選と本件選挙に対する選挙人の関心の違いが本件選挙における白紙投票の増加に結び付いた可能性も高い。
このようにみてくると,過去の選挙における無効票や候補者でない者等への投票の各割合との比較のみから,本件選挙の投票方法の適否を論じるのは相当でないというべきである。
(3) 原告らは,2枚の投票用紙を同時に交付したことが不公正であったことを基礎付ける事情として,投票所の従事者が投票用紙の色と選挙の対応関係について口頭での説明をしなかったこと,大津市では,杉並区同様,平成22年7月11日に本件参院選と県知事選挙及び県議会議員補欠選挙の4選挙が執行されたが,1投票所に設ける1選挙用の投票記載台の数を減らすことで投票用紙の個別交付を実現しており,結果として無効票の割合は全国の平均レベルに収まっていること,区選管も,今後の方針として,4選挙を同日に執行する場合には,1選挙用の投票記載台の数を減らし,投票用紙の個別交付を行うことを表明していることを指摘している。
しかし,投票用紙等を色分けし選挙ごとに統一した色を用いるなどの方法によって,必要な過誤防止の措置を講じていたと評価できることは上記(2)でみたとおりであり,投票用紙の色と選挙の対応関係について口頭での説明がなかったことから投票方法が不公正であったとまではいえない。また,大津市で4枚の投票用紙を個別に交付していたことについては,本件選挙でもそうした方法を採ることが不可能であったとはいえないにせよ,過誤防止の措置を講じた上で複数の投票用紙を同時に交付したときに実際に無効票がどの程度生じるかは予測が困難なところがあること,区選管が今後の方針として投票用紙の個別交付を実施するとしていることについても,無効票が相当数生じた本件選挙の結果を踏まえて,過誤の発生原因をより縮小するという観点から更なる是正措置を講ずるものとみることができることからすると,原告ら主張の事情から本件選挙における投票方法の選択やその執行状況が不公正なものであったとすることはできないというべきである。
4 原告らのその余の主張について
ア 原告らは,本件選挙の手続が不公正であった点として,設置した投票記載台の数が不十分であったことを指摘している。確かに,投票するまでの待ち時間が長くなれば投票を断念する者が生じる可能性があるから,待ち時間を可能な限り少なくして円滑な投票が行えるよう,投票所には管内の選挙人の数に応じた必要な数の投票記載台を設置することが要請されているといえる。そして,本件選挙においては,投票所・時間帯によって待ち時間が30分以上に達した場合があった(前記2(1)オ)というのであるから,各投票所に設置された投票記載台の数が必ずしも十分なものではなかったとみる余地もある。
しかし,投票記載台の不足や待ち時間が長かったことが無効票や投票を断念する者の発生・増加にどの程度の影響を与えたかは明らかではなく,また,投票記載台の設置台数は投票所の物理的・場所的な制約を受けること,事前及び選挙当日に行う投票記載台の増設についても,上記制約を踏まえつつ実際に生じた待ち時間の状況に応じて柔軟に実施すべきものであることからすると,上記のように待ち時間が生じたことや投票記載台の設置台数及び増設の状況(前記2(1)イ,オ)から手続に不公正なところがあったとみることはできない。
イ 原告らは,平成22年6月25日から同年7月4日までの間に本件参院選の期日前投票を行った者に対し,その後本件選挙の期日前投票を行う方法の告知が行われていないとして,期日前投票の方法も不公正であったと主張している。
しかし,区選管は,広報誌に掲載したり,選挙人に送付する入場券等に記載したりするなどして,本件選挙と本件参院選とで期日前投票の期間が異なることを周知させるための措置を講じた上,上記期間中,各期日前投票所において,備え置きの請求書に記入すれば,後日本件選挙について期日前投票ができる旨を掲示し,係員から同年7月5日以降本件選挙の期日前投票が行える旨が説明されていた(前記2(1)エ)というのであるから,期日前投票の方法にも不備があったとは認め難い。
確かに,期日前投票の数・全投票数に占める割合を比較すると,本件選挙が本件参院選をいずれも下回っている事実が認められる(前記前提事実(3)イ)が,期日前投票を行う者の数がどれだけに達するかも,無効票が生ずる原因についてみたところ(前記3(2))と同様,様々な要素が作用するものと考えられ,本件参院選についてのみ期日前投票が可能である期間に,それを認識して投票をした者の大多数は,本件選挙についても期日前投票が可能である期間には投票ができないか,その意思がなかったものと考えられるし,期日前投票の期間自体,本件選挙の方が短く設定されていたのであるから,期日前投票の数・全投票数に占める割合が本件参院選のそれをある程度下回ったとしても,やむを得ない結果とみるべきであって,その方法に不備があったことに起因するものと認めることはできない(選挙の種類ごとに定められた公職選挙法の公示の時期に関する定め(同法32条3項,33条5項,34条6項,266条1項)に鑑みれば,本件選挙の期日前投票の期間自体が不相当に短いものとはいえず,本件参院選の期日前投票の期間よりも短く設定したことを不相当な措置とみることもできない。)。
この点について,原告らは,前記3(3)のとおり,平成22年7月1日に本件参院選と県知事選挙・県議会議員補欠選挙が執行された大津市では,本件参院選の期日前投票をした者から入場券を回収することはせず,投票済みを示すスタンプを押すことで再度期日前投票を行う者の便宜を図っていたこと,平成23年4月9日に執行された東京都知事選挙及び同議会議員補欠選挙では,先に開始される東京都知事選挙の期日前投票を行った場合でも,入場券を選挙人に返還する方式を採るものとしていることを指摘し,こうした方法を採らなかった期日前投票の手続は不公正なものであったとも主張する。
本件選挙で採られた方法によると,請求書を記載しない者が一定数生じることは避けられないところであり,入場券を回収せず選挙人の手元に残す方法を採った方が後日期日前投票期間が始まる選挙に係る期日前投票の促進に寄与する面があるといえる。とはいえ,既にみたとおり,本件選挙において,平成22年6月25日から同年7月4日までの間に本件参院選の期日前投票を行った者への情報提供に不備があったとはいえず,その方法に特段煩瑣なところがあったともいい難いから,本件選挙の期日前選挙の方法が不公正なものであったとまではいえない。
5 無効事由の有無と区議補選に係る訴えの適否について
ア 以上判断したところによれば,区選管は,本件選挙において多数の無効票が生じた事実を踏まえて,今後の選挙のより合理的な施行・運営に努めるべきであるが,本件選挙に選挙の基本理念である選挙の自由公正の原則が著しく阻害されるときに当たるとまでいうべき事情は見当たらないから,その余の点について判断するまでもなく,本件選挙を無効とする理由はないし,原告らの審査申立てを棄却した被告の裁決も適法というべきである。
イ ところで,区議補選によって選出された杉並区議会議員の任期は平成23年4月30日までであって(前記前提事実(7)),本件判決言渡日である同年5月18日にはその任期が終了しており,そのことを前提にして同区議会議員選挙が同年4月24日に執行された事実は当裁判所に顕著である。そうすると,たとえ区議補選が無効とされても,再選挙を実施した場合に選出された議員の任期が残されていないことになるから,区議補選に係る選挙の効力を争う訴えは,本件判決言渡しの時点では訴えの利益が失われた不適法なものというべきである。
第4 結論
よって,本件訴えのうち,区議補選に係る選挙の効力に関する審査の申立てを棄却する旨の裁決の取消しを求める訴え及び同選挙を無効とすることを求める訴えはいずれも不適法であるから却下し,その余の訴えに係る請求はいずれも理由がないから棄却することとして,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 鈴木健太 裁判官 小宮山茂樹 裁判官 吉田徹)
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