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裁判年月日 平成31年 3月 5日 裁判所名 札幌地裁 裁判区分 判決
事件番号 平28(ワ)1063号
事件名 損害賠償請求事件
裁判結果 棄却 文献番号 2019WLJPCA03059005
要旨
◆本件公園において、参加人の運転する自転車が原告に衝突し、原告が負傷した事故(本件事故)について、原告が、本件公園には自転車の乗り入れを防止するための十分な措置が講じられていないという瑕疵があり、これにより本件事故が発生したものであると主張して、被告らに対し、連帯して1684万7581円の損害賠償等を求めた事案につき、本件公園は、自転車による人身事故発生の危険性が高いとはいえず、かつ、相応の自転車乗り入れ防止措置が講じられていたとみるのが相当であるとして、原告の請求を棄却した事例
出典
裁判所ウェブサイト
裁判年月日 平成31年 3月 5日 裁判所名 札幌地裁 裁判区分 判決
事件番号 平28(ワ)1063号
事件名 損害賠償請求事件
裁判結果 棄却 文献番号 2019WLJPCA03059005
主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は,補助参加によって生じた費用を含め,原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
被告らは,原告に対し,連帯して1684万7581円及びこれに対する平成25年5月31日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要等
1 事案の概要
本件は,札幌市中央区大通西1丁目から西12丁目までに位置する都市公園「大通公園」(以下「本件公園」という。)において,参加人の運転する自転車が原告に衝突し,原告が負傷した事故(以下「本件事故」という。)について,原告が,本件公園には自転車の乗り入れを防止するための十分な措置が講じられていないという瑕疵があり,これにより本件事故が発生したものであると主張して,本件公園の管理者である被告市に対しては国家賠償法(以下「国賠法」という。)2条1項に基づき,本件公園の指定管理者である被告協会に対しては民法717条1項に基づき,連帯して1684万7581円の損害賠償金及びこれに対する本件事故の発生した日である平成25年5月31日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
2 関係法令等
⑴ 都市公園法
都市公園法は,都市公園の設置及び管理に関する基準等を定めた法律である(同法1条)。同法2条の3は,地方公共団体の設置に係る都市公園(同法2条1項1号)の管理は,当該地方公共団体が行う旨規定している。
⑵ 地方自治法及び本件条例
地方自治法244条の2第3項は,普通地方公共団体は,公の施設の設置の目的を効果的に達成するため必要があると認めるときは,条例が定めるところにより,指定管理者に当該公の施設の管理を行わせることができる旨規定している。これを受けた札幌市都市公園条例(昭和32年札幌市条例第3号。甲1。以下「本件条例」という。)29条1項は,札幌市長は,都市公園の管理運営上必要があると認めるときは,指定管理者に当該都市公園の管理を行わせることができる旨規定している。
本件条例6条7号は,都市公園内において,指定した場所以外の場所に車両(自転車を含む。)を乗り入れることを禁止しており,本件条例26条2号は,これに違反した者に対して,5万円以下の過料を科する旨規定している。
⑶ 道路法及び道路交通法
ア 道路法2条1項は,一般交通の用に供する道で同法3条各号に掲げるものを「道路」と定義している。そして,同条1号は,道路の種類として「市町村道」を掲げている。
イ 道路交通法2条1項1号は,道路法2条1項に規定する道路等を「道路」と定義している。
ウ 道路法16条1項は,市町村道の管理は,その路線の存する市町村が行う旨規定している。また,同法45条1項は,道路管理者に対し,道路の構造を保全し,又は交通の安全と円滑を図るため,必要な場所に道路標識を設置することを義務付けており,同条2項は,道路標識に関し必要な事項は,内閣府令・国土交通省令で定める旨規定している。これを受けた道路標識,区画線及び道路標示に関する命令(以下「本件命令」という。)2条,別表第一は,「車両通行止め」の道路標識(道路法46条1項の規定に基づき,又は道路交通法8条1項の道路標識により,車両の通行を禁止することを表示する標識)の設置場所を,車両の通行を禁止する区域,道路の区間若しくは場所の前面又は区域,道路の区間若しくは場所内の必要な地点における道路の中央又は左側の路端と規定している。
⑷ 自転車法
自転車の安全利用の促進及び自転車等の駐車対策の総合的推進に関する法律(以下「自転車法」という。)は,自転車に係る道路交通環境の整備及び交通安全活動の推進,自転車の安全性の確保,自転車等の駐車対策の総合的推進等に関し必要な措置を定め,もって自転車の交通に係る事故の防止と交通の円滑化並びに駅前広場等の良好な環境の確保及びその機能の低下の防止を図り,併せて自転車等の利用者の利便の増進に資することを目的とした法律である(同法1条)。
自転車法3条は,上記目的を達成するため,国及び地方公共団体に対し,自転車の安全利用の促進及び自転車等の駐車対策の総合的推進に関する全般的な施策が有効かつ適切に実施されるよう必要な配慮をしなければならない旨規定している。また,同法11条は,国及び地方公共団体は,関係機関及び関係団体の協力の下に,自転車の安全な利用の方法に関する交通安全教育の充実を図るとともに,自転車の利用者に対する交通安全思想の普及に努めるものとする旨規定している。
⑸ ポイ捨て等防止条例
札幌市たばこの吸い殻及び空き缶等の散乱の防止等に関する条例(平成16年札幌市条例第44号。甲12。以下「ポイ捨て等防止条例」という。)7条は,たばこの吸い殻や空き缶等の投げ捨てを禁止しており,同条例18条1号は,美化推進重点区域においてこれに違反した者に対して,3万円以下の過料に処する旨規定している。
3 前提事実
以下の事実は,当事者間に争いがないか,後掲各証拠及び弁論の全趣旨によって,容易に認められる事実である。
⑴ 本件公園
ア 本件公園は,札幌市中央区大通西1丁目から西12丁目までに位置する公園であり,南北に走る10本の道路により11の区画に分かれている(以下,本件事故が発生した西6丁目の区画を「本件区画」,その余の区画をその位置に従い「西1丁目区画」などという。)。(甲34,乙12,13,弁論の全趣旨)
イ 本件公園は,被告市が昭和55年6月6日付けで設置した都市公園法2条1項1号に規定する都市公園(特殊公園)であるとともに,被告市が市道として設置した道路であり,道路法及び道路交通法にいう「道路」に該当する。(甲34,弁論の全趣旨)
ウ 札幌市長は,本件条例29条1項に基づき,被告協会を本件公園の指定管理者として指定し,本件公園の管理を行わせている。(争いのない事実)
エ 本件公園は,本件条例6条7号により,自転車を含む車両の乗り入れが禁止されている。(争いのない事実)
⑵ 本件事故の発生
ア 以下の事故(本件事故)が発生した。(甲2,乙14の6,丙5,弁論の全趣旨)
(ア) 発生日時 平成25年5月31日午後7時頃
(イ) 発生場所 本件区画内の南西側出入口(以下「本件出入口」という。)から東に約30mの地点(以下「本件現場」という。)
(ウ) 事故態様 本件区画内の園路を東側から西側に向けて歩行していた原告と,本件出入口から本件区画に進入し上記園路を西側から東側に向けて走行していた参加人運転の自転車とが,別紙1の⊗地点において衝突した。
イ 原告は,本件事故により,頚椎捻挫,腰背部打撲傷,左肩関節打撲傷及び左上腕打撲傷の傷害を負った。(甲3)
4 争点
⑴ 国賠法2条1項及び民法717条1項にいう「瑕疵」の有無
⑵ 因果関係
⑶ 損害
5 当事者の主張
⑴ 争点⑴(国賠法2条1項及び民法717条1項にいう「瑕疵」の有無)について
(原告の主張)
ア 本件現場の危険性
(ア) 地理的特性
本件公園は,札幌市の中心部に位置しており,周辺は,歩行者・自転車共に交通量が非常に多いが,本件公園を南北で挟んでいる道路には自転車専用通路がなく,自転車が通行する環境は整備されていない。そのため,本件公園周辺は,自転車と歩行者との接触事故の危険性に注意が必要な地域である。
(イ) 用途
本件公園にはベンチ等が設置された広場があり,散歩や憩いの場として多くの者に利用されている。また,本件公園は,被告市が市道として設置した道路でもあり,かつ,札幌市の経済的文化的な中心に位置するため,移動のために利用されることも多い。
また,本件公園では,1年を通じて様々なイベントが開催されており,多数の観光客が本件公園を訪れる。
このように,本件公園は,公園であると同時に,道路でもあり,イベント会場としても使用されるという意味において,全国的にも類を見ないほど多用途な公園であるという特殊性を有しており,老若男女を問わず,また健常者だけでなく精神的肉体的に障害のある者も利用する。したがって,本件公園の歩行者の中には,回避動作が上手くとれない者も含まれており,本件公園には,そうした歩行者が自転車との衝突を避けられない危険性が内在している。
(ウ) 交通量
本件公園では,本件事故当時,自転車の乗り入れが禁止され,各出入口には4本又は5本の車止めポールが設置されていたにもかかわらず,自転車の乗り入れは常態化しており,自転車と歩行者の接触事故の危険性は高かった。
(エ) 構造
a 本件公園の園路の幅員は約5~5.5mであり,園路に設置されたベンチに座る者がいる場合,幅員は更に狭くなる。また,本件事故当時,本件現場付近では,YOSAKOIソーラン祭りのために小屋が設置されており,周辺の園路は通常よりも狭くなっていた。本件現場が元々人通りの多い場所であることに加え,上記のとおり,園路の幅員が狭くなっていたことによって,本件事故当時,本件現場では,歩行者と自転車との接触事故が発生する危険性が高かった。
b 本件公園は南北を道路に挟まれた構造であり,本件公園に自転車が乗り入れる際には,基本的に交差点を通って入ってくることになる。また,自転車が本件公園内を東西に向けて走行する場合は,本件公園を東西に分けて南北を結ぶ道路を,横断歩道を渡って横断する構造となっている。かかる構造上,本件公園へ向けて入ろうとする複数の自転車が赤信号により停まっていた場合,青信号になった際に,ほぼ同時に自転車が同じ方向へ走行することになる。そうすると,大抵の場合は縦一列で自転車が本件公園に入ることはなく,それぞれ不規則に本件公園内に進入することになる。加えて,本件公園内の園路の幅からして自転車は速度を出しやすい。
c 本件事故当時は,日没時刻になっており,本件現場付近は周囲が暗かった。よって,日中に比べて視認状況が悪く,歩行者と自転車との接触事故の危険性は更に増大していた。
(オ) 小括
以上の本件現場の地理的特性,用途,交通量,構造等に照らすと,本件事故当時,本件現場付近の歩行者と自転車との接触事故の危険性は高かった。
イ 瑕疵の存在
上記のように,本件公園への自転車の乗り入れが常態化しており,自転車の乗り入れを防止する要請が高かったこと,本件公園が道路法及び道路交通法上の「道路」であること,自転車法により本件公園への自転車の乗り入れ禁止を実効的なものとするために必要な配慮をする義務を被告市が負っていたことなどからすれば,被告らは,本件事故当時,下記のような措置を講じる義務を負っていたが,被告らはこれを怠った。
(ア) 物理的に自転車の乗り入れを防止する措置
a 横浜市の新横浜駅前公園を始め,国内の他の公園の中には,本件公園に設置されている車止めとは異なり,車椅子やベビーカーを押している人が公園に入るのを阻害されずに自転車の乗り入れだけを効果的に防止する車止めを設置している公園がある。
また,本件公園の西7丁目区画に設置されていた黄色の看板(甲8の6。以下「本件黄色看板」という。)を車止めポールの間に設置すれば,低予算でも,自転車の乗り入れを物理的に防止することは可能である。
さらに,自転車に乗車したままの乗り入れを防止できる一式6万8000円の車止めと,一式30万円の回転式車いす用ゲートを組み合わせる方法でも,車椅子やベビーカーの通行を妨げずに自転車の乗り入れを防止することが可能である。実際にこのような組合せで自転車の乗り入れを防ぐ取組を行っている箇所も全国に複数ある。
したがって,本件公園についても,上記のような措置を講じることにより,物理的に本件公園への自転車の乗り入れを防止すべきであった。
b しかし,被告らは,上記のような措置を講じておらず,各出入口に設置されていた車止めポールは,自転車に乗ったまま通行できる幅があったため,自転車の物理的な進入を阻止する意味をなしていなかった。
(イ) 自転車の乗り入れが禁止されていることの周知,注意喚起をするための措置
a 札幌市内の創成川公園においては,ポールに「自転車乗り入れ禁止」と書かれたステッカーが貼り付けられているほか,出入口付近には自転車進入禁止マーク及び「自転車乗り入れ禁止」の文字が記載された看板が設置され,路面にも看板と同様の標示がされている。このようなステッカーの貼付や看板の設置には,多額の費用が必要となるものではない。
また,札幌市内の狸小路商店街に設置されている看板には,「歩行者専用」,「防犯カメラ作動中」,「中央警察署」と,それぞれ大きな文字,分かりやすい言葉で記載されている。かかる内容の看板を設置することも,容易かつ低予算で可能である。
さらに,ポイ捨て等防止条例違反者には過料の制裁が科されるところ,本件公園では,路上ペイント等により,同条例違反について過料の制裁が科されることが十分に周知されている。
したがって,本件公園についても,上記のような措置を講じることにより,本件公園への自転車の乗り入れが禁止されていることの周知,注意喚起をすべきであった。
b 本件事故当時,被告らは,本件公園内の東西の各出入口に4本又は5本の車止めポールを設置し,その片面に「自転車は押して通行して下さい。」と記載されたステッカー(以下「本件ステッカー」という。)を貼っていたが,本件出入口には5本のポールのうち,1本にしか貼られていなかった。また,本件公園への自転車の乗り入れが禁止されていることを「禁止」といった表現で周知することはされておらず,本件条例違反として過料の制裁が科されることも全く周知されていなかった。本件ステッカーは,自転車に乗っている者からは見えづらく,しかも,本件事故当時は片面にしか貼られていなかったため,自転車に乗っている者に対する注意喚起としては,ほとんど意味をなしていなかった。
さらに,本件公園の公式ホームページには,「園内は自転車は押して通行してください。」と書かれていたが,自転車走行による危険性や,本件条例で本件公園への自転車の乗り入れが禁止されていることの記載がなく,全く動機付けがされていなかった。
(ウ) 本件条例違反に対する取締りの強化
a 被告市は,ポイ捨て等防止条例を制定し,本件公園においても,被告市の職員である指導員が指導,取締りを行い,違反者には過料を科している。自転車の乗り入れの取締りは,ポイ捨て等の取締りに比べてその必要性が高く,また,本件公園は,道路交通法上の「道路」であり,一般の公園以上に歩行者の往来の安全を確保する必要性が高いのであるから,本件公園への自転車の乗り入れについても,過料を科するなどして取締りを強化すべきであった。
b しかし,被告らは,人的措置として,被告らの職員が,本件公園の状況確認の際に,可能な範囲で,本件公園内への自転車の乗り入れを発見した場合に注意をするのみで,注意を振り切って自転車走行を続ける者も多く存在する状況であったにもかかわらず,更なる人的措置を講じることはなかった。そして,現在に至るまで,自転車乗り入れに対する呼び掛け等の組織的な取締りも行われていない。
(エ) 道路標識の設置
a 本件公園は,被告市が市道として設置した道路であり,被告市は,本件公園の道路管理者である。道路管理者は,道路法45条1項に基づき,道路の構造を保全し,又は交通の安全と円滑を図るため必要な場所に道路標識を設けなければならないところ,被告市は,本件条例6条7号により,本件公園への車両の乗り入れを禁止した以上,本件命令別表第一に規定する場所に車両通行止めの道路標識を設置する義務がある。
b しかし,本件現場付近の本件公園内には,車両通行止めの道路標識が設置されていなかった。
ウ 小括
以上によれば,本件事故当時,本件公園は,通常有すべき安全性を欠いており,国賠法2条1項及び民法717条1項にいう「瑕疵」が認められる。
(被告らの主張)
ア 本件公園に自転車事故発生の危険性がないこと
本件公園の園路の内側は芝生等の広場として整備されており,園路は全て直線であるため本件公園内は非常に見通しが良い。また,園路は幅6m以上で整備されている上,内側は芝生等の広場になっていることからすると,自転車運転者及び歩行者が事故を回避するための十分なスペースがある。加えて,本件公園が11の区画に分断されており,区画間には信号機が,各出入口には車止めポールが設置されていることや,各区画の長さはそれほど長いものではないこと,本件公園内には歩行者がいることからすれば,本件公園はその構造上,園路を自転車が高速で走行することが極めて困難である。以上によれば,本件公園は,その構造上,自転車事故の発生の危険性が高い公園であるとはいえない。
イ 瑕疵が存在しないこと
被告らは,本件事故当時,観光地としての本件公園の景観に与える影響を可能な限り抑えつつ,市民や観光客等の歩行に支障が生じないように,①車止めポールへの本件ステッカーの貼付,②「自転車走行禁止」と記載された本件黄色看板の西7丁目区画への設置,③本件公園のホームページでの自転車の乗り入れ禁止に関する注意書きの掲載,④被告らの職員による巡回時の指導及び注意といった措置を講じていた。
本件公園が自転車事故の発生の危険性が高い公園であるとはいえないことに加え,本件公園に自転車が乗り入れる場合,車止めポールに注意を払いながら乗り入れるので,自転車運転者は本件ステッカーを認識することができるといえる。
自転車の乗り入れを物理的に防止するための措置は,自転車のみならず,歩行者等の円滑な通行を制限してしまうため,出入口付近の混雑による利用者の接触や転倒等の原因となり,かえって人身事故が増加するという本末転倒な結果になることが容易に予想されることから,本件公園における自転車乗り入れ防止措置として適当ではない。
したがって,本件事故当時に被告らが行っていた自転車乗り入れ防止措置は,相当の合理性を有している。
ウ 小括
以上によれば,本件事故当時,本件公園が,通常有すべき安全性を欠いており,国賠法2条1項及び民法717条1項にいう「瑕疵」があったとはいえない。
⑵ 争点⑵(因果関係)について
(原告の主張)
被告らによる自転車乗り入れ防止措置が機能していれば,本件公園内において自転車の乗り入れが常態化するということはなく,参加人が自転車を本件公園内に安易に乗り入れるということはなかった。したがって,「瑕疵」と本件事故との間には因果関係が存在する。
(被告らの主張)
本件事故当時,参加人は,本件公園内への自転車の乗り入れが禁止されていることを認識していたのであるから,原告が主張する自転車の乗り入れ禁止に関する周知方法の不備と本件事故との間には因果関係が存在しない。
⑶ 争点⑶(損害)について
(原告の主張)
本件事故により,原告には,以下の損害が生じた。
ア 治療費 2万3730円
原告は,平成25年5月31日から平成26年7月30日まで,426日(実通院日数22日)にわたってY病院で通院治療を受け,同日に症状固定した。
上記通院に係る原告の治療費の自己負担部分は,2万3730円である。
イ 交通費 18万4330円
原告は,本件事故により腰背部に損傷を受け,歩行が困難となり,タクシーを使用して通院せざるを得なかった。したがって,タクシーで通院することについても相当性が認められる。
ウ 眼鏡代等 4万9350円
エ 下肢装具代 1万4780円
原告は,本件事故により,荷重機能障害の後遺障害が残存し,常時コルセット装用が必要と診断された。
オ 休業損害 429万5295円
原告は,本件事故当時,就労していなかったものの,亡くなった夫の三回忌も終わり,札幌を離れ,関東で働き出そうとしていた。しかし,原告は,本件事故で負傷したため,働くことができない状態となった。
原告は,ケアマネージャー等の国家資格を複数持ち,過去にはX社会福祉協議会でケアマネージャーとして働くなどして,手取り月25万円程度の収入を得ていた。高齢化社会の影響から,福祉業界は引く手あまたの状態であり,本件事故がなければ,原告は,働いて収入を上げることが十分に可能な状態であった。
以上からすれば,原告には,労働能力及び労働意欲があり,就労の蓋然性が認められる。平成25年女性学歴計55~59歳の年収は,368万8900円であり,休業損害の額は429万5295円(368万8900円×約1.2年)となる。
カ 逸失利益 612万8296円
原告には,本件事故により,胸腰椎部の運動障害,荷重機能障害,末梢神経障害という,自動車損害賠償保障法施行令別表第2の併合11級相当の後遺障害が残存した。したがって,労働能力喪失率は20%とするのが相当である。また,原告の症状固定時の年齢は56歳である。
以上によれば,逸失利益の額は,612万8296円である(368万8900円×20%×8.3064)。
キ 入通院慰謝料 201万円
原告は,症状固定までの約1年2か月もの期間,通院を余儀なくされた。本件事故によって原告が被った精神的苦痛に対する慰謝料は201万円が相当である。
ク 後遺障害慰謝料 420万円
ケ 既払金 -4万7310円
コ Y病院への支払 -1万0890円
サ 差引損害額 1684万7581円
(被告らの主張)
ア 治療費及び交通費
本件事故の態様は軽微なものであり,原告が1か月を超える通院を要する傷害を負ったとは考えられない。よって,治療費及び交通費については,受傷後1か月以内のものに限り,本件事故と相当因果関係を有する損害というべきである。
イ 下肢装具代
原告が下肢装具を着用するに至ったのは本件事故の翌々月のことであり,本件事故とは相当因果関係がない。
ウ 休業損害
原告は単身者であり,本件事故当時無職であったから,休業損害は生じない。
エ 逸失利益及び後遺障害慰謝料
原告の主張する後遺障害は,客観的な評価及び画像上の裏付けが不可能であり,症状が残存するに至る医学的機序についても説明のできないものである。したがって,原告の主張する症状が残存しているとしても,本件事故と相当因果関係のある後遺障害と認めることはできない。
オ その余の損害については不知。
(参加人の主張)
原告が主張する損害のうち,眼鏡代等,下肢装具代,既払金,Y病院への支払については認め,その余は否認する。
ア 治療費及び入通院慰謝料
本件事故は軽度の接触事故であり,相当な通院期間は1か月を超えることはない。
イ 交通費
原告の症状には何ら他覚的所見が認められないのだから,タクシー利用が相当であると判断すべき根拠が全くない。
ウ 休業損害
原告は本件事故当時就労していなかったのであるから,休業損害は発生の余地がない。
エ 逸失利益及び後遺障害慰謝料
原告の症状は自覚症状のみであり,他覚的所見が認められないから,後遺障害は認められない。
第3 当裁判所の判断
1 認定事実
前記前提事実のほか,後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる(なお,〔 〕内の頁数は速記録の頁数である。)。
⑴ 本件公園及びその周辺の概要
ア 本件公園は,札幌市の中心部に位置し,大通西1丁目から西12丁目までの長さ約1.5km,面積約7.8haの都市公園である。(前提事実⑴ア,甲34)
本件公園は,別紙2のとおり,南北を大通北線及び大通南線に挟まれており,南北に走る10本の道路(西2~8丁目線,西10丁目線,国道230号線,西12丁目線)により11の区画に分かれている。本件公園内には,北側と南側にそれぞれ幅6.0mの平坦な直線の園路が設けられており,進行方向の見通しは良好である。各園路に挟まれた部分は広場等として整備されている。各区画には,西1丁目区画を除き,園路に接続して東西に2箇所ずつ出入口が設けられている。上記道路には,各区画の出入口に挟まれるように,歩行者用信号機が設けられた横断歩道が設置されている。(甲8の1~3,甲20,24,27,42,47,49,59,乙13,14の1~13,乙15の1,弁論の全趣旨)
イ 本件公園の各区画の東西出入口には,冬期間を除き,それぞれ,高さ約73cm,直径約11cmの金属製車止めポールが4本又は5本設置されている。上記各ポールの間には,走行する自転車がポール間を通り抜けて本件公園に進入することが可能な程度の広さがある。(甲8の6,甲42,58,59,乙1の1,2,弁論の全趣旨)
ウ 本件公園では,植栽,花壇,芝生,噴水等の修景施設が整備されている上,年間を通して,「雪まつり」,「ライラックまつり」,「YOSAKOIソーラン祭り」,「オータムフェスト」などのイベントが開催されており,本件公園は,札幌市を代表する観光名所として,多くの観光客や市民に親しまれている。(甲34,44,45,乙12,弁論の全趣旨)
平成25年における上記各イベントの観客数は,次のとおりである(ただし,オータムフェストは平成24年の数字である。また,下記の数字は,オータムフェストを除き,本件公園以外の会場における観客数も含まれている。)。(甲44)
雪まつり 約236万7000人
ライラックまつり 約39万8000人
YOSAKOIソーラン祭り 約206万3000人
オータムフェスト 約155万8000人
⑵ 本件現場周辺の状況
ア 本件区画は,東西の辺長が約109.3m,南北の辺長が約65.5mである。(乙14の6)
イ 本件事故当時の本件現場周辺の状況は,別紙1のとおりであり,本件出入口から本件現場までを結ぶ園路の南端にはベンチが複数台設置されていたほか,本件現場の北東方向には,平成25年6月5日から開催予定の「YOSAKOIソーラン祭り」で使用される小屋が一時的に設置されていた。(甲2,23の1,甲49,乙14の6)
⑶ 被告市の自転車利用に関する施策
ア 被告市が設置した「自転車利用のあり方検討会議」は,平成22年4月,被告市の自転車施策に関し,自転車利用のルールやマナーの周知・啓発活動等を推進すべきであるなどとする提言を行った。(甲5,9,38,39)
イ 被告市は,平成23年5月,上記提言を踏まえ,「札幌市自転車利用総合計画」を策定した。同計画では,札幌市の自転車利用の現況として,①自転車利用者の多くが歩道を走行していること,②都心部や駅周辺で自転車利用者数が増加傾向であること,③自転車対歩行者事故の死傷者数が増加しており,自転車が関係する事故の割合も増加傾向であることなどが指摘されている。(甲5)
ウ 被告市は,平成23年10月,良好な自転車交通秩序の実現を図るため,自転車に係る総合対策を新たに打ち出した。同対策においては,①自転車は「車両」であるということを全ての者に徹底すること,②自転車本来の走行性能の発揮を求める自転車利用者には歩道以外の場所を通行するよう促進することなどが基本的な考え方とされた。(甲6)
⑷ 本件公園における自転車の乗り入れの実態
ア 被告協会は,年度ごとに,本件公園の管理業務等の検証結果を記載した「指定管理者評価シート」を作成している。同シートには次のとおりの記載があるが,自転車事故に関する記載はない。(甲4の1~4,甲22)
(ア) 平成23年度
「園内の自転車走行禁止の周知について,注意看板のステッカーを車止めの片面に貼り付け,園内での接触事故防止を図った。」
「園内での自転車走行について,車止めの片面のみに貼り付けている走行禁止ステッカーを両面に貼り付け,自転車に乗られている方が確認し易いよう対応する。」
(イ) 平成24年度
「園内の自転車走行禁止については看板が見づらいこともあり,効果が上がっていない。」
「園内の自転車走行禁止の周知方法についても検討していく。」
(ウ) 平成25年度
「自転車走行禁止の看板は既に設置しているが,小さく見づらい意見もあることから,大きめの看板を試験的に設置した。」
(エ) 平成26年度
「自転車走行が多くみられ,利用指導,注意看板設置など引き続き対応していきたい。」
(オ) 平成27年度
「自転車走行においては通行目的の方が大半であり,有効な看板の整備について検討したい。」
「園内の自転車走行のルールについては,市民の認知度が低く,乗車して園内走行する方が多い。」
イ 原告代理人は,平成28年7月1日,本件区画において,午前8時頃から午前9時頃までの1時間の自転車の走行台数を調査した。同調査では,本件区画の南側の園路を通過した自転車の台数は32台,北側の園路を通過した自転車の台数は42台であった。(甲20)
⑸ 本件事故当時の本件公園における自転車乗り入れ防止措置
ア 本件事故当時,本件公園においては,次のような自転車乗り入れ防止措置が講じられていた。
(ア) 被告協会は,各区画の東西出入口に設置された4本又は5本の車止めポールのうち,1本又は2本の片面に,「自転車は押して通行して下さい。」と記載されたステッカー(本件ステッカー)を貼っていた(ただし,西1~4丁目区画の各出入口については,2本のポールの両面に本件ステッカーが貼られていた。)。本件ステッカーの大きさは,縦約50cm,横約7cmである。(甲8の6,甲32,42,乙6,15の1,2,弁論の全趣旨)
(イ) 被告協会は,本件公園の西7丁目区画に,「大通公園内(1~12丁目)自転車走行禁止」と記載された黄色の看板(本件黄色看板)を2つ設置していた。本件黄色看板のうち,上記記載のある部分の大きさは,縦約30cm,横約41cmである。(甲8の6,甲32)
(ウ) 被告協会は,本件公園のホームページに,「園内は自転車を押して通行してください。駐輪所以外の駐輪は禁止しております。」との注意書きを掲載していた。(甲14)
(エ) 被告市及び被告協会の各職員は,本件公園を巡回中に自転車運転者を発見した際は,同人に対し,注意及び指導を行っていた。(弁論の全趣旨)
イ 一方,被告らは,本件事故当時,本件条例6条7号に違反して本件公園内に自転車を乗り入れると過料を科せられることがある旨の周知を積極的にはしておらず,実際に過料を科せられた者は,本件事故後も含め,存在しない。(弁論の全趣旨)
⑹ 他の公園等の自転車乗り入れ防止措置
ア 被告市は,平成29年6月28日,東京都及び政令指定都市11市(仙台市,千葉市,横浜市,川崎市,名古屋市,京都市,大阪市,神戸市,広島市,北九州市及び福岡市)に対し,自転車乗り入れ対策に関する照会調査を行った。同調査は,本件公園の面積と同等の面積を有する公園を対象とし,総合公園,運動公園,広域公園及び特殊公園のうち,①街の中心にあり,入口が複数ある開放的な公園であること,②年間を通してイベントが開催されていること,③公園利用者に加え,通勤・通学で利用する者が多いことのいずれかの特徴を一つでも持つ公園について,自転車乗り入れ対策の実情を照会するものであった。同調査の結果は,別紙3のとおりである(なお,千葉市及び川崎市には上記の条件を満たす公園が存在しなかった。)。(乙8,10の1,2,4,6~12)
イ 原告代理人は,平成29年8月10日,弁護士法23条の2に基づき,神奈川県立都市公園及び新潟県立都市公園における自転車乗り入れ防止措置の実情について神奈川県及び新潟県にそれぞれ回答を求める照会の申出をし,神奈川県からは同年9月12日付けで,新潟県からは同月6日付けで,それぞれ回答がされた。上記各回答によれば,上記各公園における自転車走行禁止を示す注意看板,ステッカー及び路面標示の設置数は,別紙4のとおりである。(甲30の1,2,甲31の1,2)
ウ 札幌市内の創成川公園では,園路に立てられたポールに「自転車乗り入れ禁止」と記載されたステッカーが貼られ,路上には「自転車乗り入れ禁止」と表示されたペイントがされている。(甲8の4)
エ 札幌市内の狸小路商店街には,「歩行者専用」と記載された看板が設置されている。(甲8の5)
オ 東京都の武蔵野の森公園や大阪市の中之島遊歩道,横浜市の新横浜駅前公園には,車椅子やベビーカーの通行を妨げずに自転車の乗り入れを防止できる車止めが設置されている。(甲10の1,2,甲11の1,2,甲29の2)
⑺ 本件事故の態様
参加人は,平成25年5月31日午後7時頃,本件出入口から本件区画内に自転車を乗り入れ,園路を西側から東側に向かって直進した。参加人は,上記園路を東側から西側に向けて歩行していた原告を前方に確認したが,互いの進行方向からしてぎりぎり擦れ違うことができると思い,そのまま直進したところ,原告が参加人の予想とは異なった方向に歩行したため,原告と接触した(本件事故)。(前提事実⑵ア,甲2,丙5,7,証人A〔2,3頁〕,弁論の全趣旨)
2 争点⑴(国賠法2条1項及び民法717条1項にいう「瑕疵」の有無)について
⑴ 国賠法2条1項にいう営造物の設置又は管理の瑕疵,民法717条1項にいう土地の工作物の設置又は保存の瑕疵とは,当該工作物又は営造物が通常有すべき安全性を欠いていることをいい,営造物又は工作物に瑕疵があったとみられるかどうかは,当該営造物又は工作物の構造,用法,場所的環境及び利用状況等諸般の事情を総合考慮して具体的個別的に判断すべきものである(国賠法2条1項につき,最高裁昭和45年8月20日第一小法廷判決・民集24巻9号1268頁,最高裁昭和53年7月4日第三小法廷判決・民集32巻5号809頁参照)。
そこで,以下,本件事故当時,本件公園に国賠法2条1項及び民法717条1項にいう「瑕疵」があったといえるか否かを検討する。
⑵ 前記認定事実のとおり,被告協会が,平成23年度から平成27年度まで,毎年,「指定管理者評価シート」において,園内の自転車走行について言及していること(認定事実⑷ア),本件事故から約3年後の調査ではあるが,原告代理人による調査によれば,本件公園内を走行する自転車が散見されていたこと(認定事実⑷イ)からすれば,本件事故当時においても,本件公園には,ある程度の台数の自転車が園内を走行する実態があったものと推認される。また,前記認定事実⑶によれば,被告市においては,本件事故以前から,本件公園に限らず自転車利用のルールやマナーの徹底等を推進することが必要であると認識されていたことが認められる。
しかし,原告代理人による上記調査によっても,本件区画における1時間当たりの自転車通行量は園路1本につき30~40台前後であって(認定事実⑷イ),1分当たり1台にも満たない。そして,本件事故当時の自転車通行量が上記調査の結果よりも多かったと認めるに足りる証拠はない。
また,本件公園の園路は,西1丁目から西12丁目まで平坦な直線となっており,見通しは良好である(認定事実⑴ア)。そして,本件公園の園路の幅は6.0mであるから(認定事実⑴ア),南端にベンチが設置されていたことによって若干園路の幅が狭まる部分があることを考慮しても,十分な広さを有していたということができる。
加えて,本件公園は,園路が平坦であることからすれば,自転車が高速度で進行する危険性が特に高い場所であるとはいえない。また,本件公園は南北に走る道路によって11の区画に分かれており,1つの区画の東西の辺長はおおむね100m程度にすぎない(認定事実⑵ア,乙14の1~13)。しかも,上記道路には,各区画の出入口の間に信号機が設けられた横断歩道があるのであるから(認定事実⑴ア),自転車が赤信号で停止を余儀なくされることも少なくないと考えられる。さらに,各区画の各出入口には車止めポールが4~5本設置されているところ(認定事実⑴イ),上記ポールは,自転車の通り抜けを阻止することはできないものの,自転車にとっては進路上の障害物になることからすれば,運転者が速度を出すことを心理的に抑制する効果はあると考えられる。こうした本件公園の構造等に照らすと,自転車の運転者が本件公園内を高速度で進行しようとしても,自ずと限度があると考えられる。
そうすると,本件事故当時,本件公園の自転車通行量はもともと多いとはいえない上,仮に本件公園を自転車が走行したとしても,自転車が歩行者に衝突して歩行者が負傷するような事故が発生する危険性は高いものではなく,通常は,自転車の運転者が適切な運転操作を行うことにより,歩行者との接触事故を回避することを期待できる状況にあったというべきである。このことは,本件事故を除き,本件公園において自転車による人身事故が発生したことを認めるに足りる証拠がなく,前記認定事実⑷アのとおり,平成23年度から平成27年度までの5年間,「指定管理者評価シート」に自転車事故に関する記載が一切ないことからも明らかである。本件事故についてみても,前記認定事実⑺のとおり,参加人は,徒歩で近づいてくる原告を前方に確認したのであるから,自転車の運転を中止し,あるいは原告との間に十分な間隔を取って進行すべき注意義務があったにもかかわらず,これを怠り,漫然と進行した過失により本件事故を発生させたものである。そうすると,本件事故が本件公園の有する危険性が現実化したことにより発生したものとはいえない。
一方,前記前提事実⑴エのとおり,被告市は,本件条例を制定して本件公園への自転車の乗り入れを禁止した上,違反者には過料の制裁を科することとして,本件公園への自転車の乗り入れを抑止しようとしている。また,前記認定事実⑸のとおり,本件事故当時,本件公園においては,①車止めポールへの本件ステッカーの貼付,②本件黄色看板の設置,③ホームページでの注意喚起,④被告市及び被告協会の各職員による注意及び指導が行われていたのであって,自転車の乗り入れを防止するための複数の措置が講じられていた。
以上の事情に照らすと,本件公園は,自転車による人身事故発生の危険性が高いとはいえず,かつ,相応の自転車乗り入れ防止措置が講じられていたとみるのが相当である。したがって,本件事故当時,本件公園が通常有すべき安全性を欠いていたということはできない。
⑶ これに対し,原告は,次のとおり主張するが,いずれも採用することはできない。
ア 原告は,①本件公園が札幌市の中心部に位置し,周辺地域は歩行者・自転車共に交通量が非常に多いこと,②本件公園の利用者には回避動作を上手くとれない者も含まれていること,③本件事故当時,本件現場付近に小屋が設置されていたため,園路が狭くなっていたこと,④本件公園は構造上,ほぼ同時に自転車が同じ方向へ走行することになること,⑤本件事故当時,本件現場付近は暗く,視認状況が悪かったことなどからすると,本件現場における歩行者と自転車の接触事故の危険性は高かったと主張する。
しかし,本件現場周辺の状況は別紙1のとおりであり,本件出入口から本件現場までの間には小屋は設置されていなかったのであるから,小屋によって園路が狭くなっていたとは認められない。そして,原告が主張するその余の事情を考慮しても,本件現場において,上記⑵の乗り入れ防止措置では不十分といえるほど自転車と歩行者との接触事故が発生する危険性が高かったとはいえない。
イ 原告は,本件公園が道路法及び道路交通法上の「道路」でもあることから,一般の公園よりも高い水準で歩行者の安全を確保するための具体的な安全対策が要求されると主張する。
しかし,道路法及び道路交通法が,道路について,公園など道路以外の場所と比較して,より高度な安全対策を要求しているとはいえないから,原告の上記主張は,その前提を欠くものである。
ウ 原告は,自転車法3条及び11条により,被告市は,本件公園内の自転車走行禁止を実効的なものとするために必要な配慮をする法的義務を負っていたと主張する。
しかし,自転車法3条は,国及び地方公共団体の抽象的な責務を定めた規定にすぎず,同法11条も,交通安全教育の充実と交通安全思想の普及に関する国及び地方公共団体の努力義務を定めた規定にすぎないと解されるから,被告市が,自転車法3条及び11条により,原告が主張する措置を講じる法的義務を負っていたとはいえない。
エ 原告は,国内の他の公園で採用されているような自転車の乗り入れを物理的に阻止することができる車止めを本件公園の出入口に設置すべきであったと主張する。
しかし,全国の幾つかの公園において,自転車の乗り入れを物理的に阻止することができる車止めが設置されていたとしても,そのような車止めが全国の公園において標準的な設備として広く設置されていると認めるに足りる証拠はない(かえって,前記認定事実⑹ア(別紙3)のとおり,他の地方公共団体の大型公園では,車止めの設置はほとんど行われていないことが認められる。)。また,前記前提事実⑴イ及び前記認定事実⑴ウのとおり,本件公園は,通常の公園とは異なり,道路法及び道路交通法上の「道路」であるとともに,年間を通じて様々なイベントが開催され,多数の観光客が訪れる観光名所であるという,全国的にも類を見ない公園であるところ,そのような本件公園に自転車の乗り入れを物理的に阻止する車止めを設置した場合,歩行者が自転車を押して歩くことすら困難となりかねないのであって,観光客等の円滑な交通に支障が生じる可能性も否定することができない。
そうすると,他の公園等において自転車の乗り入れを物理的に阻止する車止めが設置されている例があるとしても,前記⑵のとおり,本件公園が自転車による人身事故発生の危険性の高い公園とはいえないことも併せ考慮すると,そのような車止めが本件公園の出入口に設置されていなかったとしても,そのことをもって本件公園が通常有すべき安全性を欠いていたとはいえない。
オ 原告は,①本件ステッカーの「自転車は押して通行して下さい。」との記載は要望の表現であり,禁止まではされていないと受け取る者が少なくないため,不十分な表現である,②本件ステッカーは,右折又は左折で本件出入口から本件公園に進入する自転車運転者からは見ることができず,直進して進入する自転車運転者も,本件出入口に貼られていた本件ステッカーが1枚であり,文字も小さいことから,本件ステッカーの記載を判読することは事実上不可能であったと主張する。
確かに,本件ステッカーの文言は,自転車の通行が禁止されていることを明示的に示すものとはなっていないから,そのようなものと比較して,自転車運転者に与える注意喚起の効果がやや弱いものであることは否定できない。
しかし,本件ステッカーの文言によっても,本件公園内で自転車の運転が禁止されていると読み取ることは可能である。また,たとえ自転車の通行が禁止されていることを明示的に示す文言が用いられていたとしても,これを意に介さない自転車運転者もいると考えられるから,これによって直ちに自転車の乗り入れを実効的に防止できるとは限らない。現に,参加人も,本件公園内の自転車走行が禁止されていることを認識しながら走行していたと認められるのであって(乙5,丙7,証人A〔8頁〕),同様の自転車運転者も少なくないものと推察される。
また,本件公園の各区画の出入口には車止めポールが4~5本設置されており,そのうち1~2本の片面には本件ステッカーが貼られていたものである(認定事実⑴イ,(5)ア(ア))。自転車運転者は,各出入口から本件公園に乗り入れる際,車止めポールに衝突しないよう,同ポールに注意を向けるのが通常であるから,本件ステッカーは,自転車運転者に対する注意喚起の効果を一定程度有していると考えられる(現に,参加人も,本件事故当時,本件公園に自転車の乗り入れを禁止する金属のバーが設置されていることは気付いていたと供述している(乙5,丙7,証人A〔8頁〕)。)。
そうすると,前記⑵のとおり,本件公園が自転車による人身事故発生の危険性の高い公園とはいえないことも併せ考慮すると,原告が主張する本件事故当時の本件ステッカーの貼付状況をもって,本件公園が通常有すべき安全性を欠いていたということはできない。
カ 原告は,自転車の乗り入れが禁止されていることについて,国内の他の公園等で採用されている周知,注意喚起の措置を挙げ,本件公園についても,それらと同様に,自転車運転者の目に留まるような周知,注意喚起の措置を講じるべきであったと主張する。
しかし,他の地方公共団体の公園における対策の内容をみても,前記認定事実⑹(別紙3,4)のとおり,特段の対策が講じられていない公園も少なくないし,周知,注意喚起措置が講じられている公園についても,公園ごとにその内容は千差万別であることが認められる。そして,本件公園については,前記認定事実⑸のとおり,本件事故当時,自転車の乗り入れが禁止されていることについての周知,注意喚起の措置が複数講じられていたものである。こうした措置を超えて,更に目立つような看板等を設置すれば,種々の修景施設が整備され,札幌市を代表する観光地でもある本件公園(認定事実⑴ウ参照)の景観を損ねたり,通行に支障が生じたりするおそれも否定できない。
そうすると,前記⑵のとおり,本件公園が自転車による人身事故発生の危険性の高い公園とはいえないことも併せ考慮すると,これらの措置に加えて,更に周知,注意喚起の措置が講じられていなかったからといって,本件公園が通常有すべき安全性を欠いていたとはいえない。
キ 原告は,ポイ捨て等防止条例違反については,過料が科されることを十分に周知し,違反者に対して過料を科しているのであるから,本件条例6条7号違反についても,過料が科されることを周知し,違反者に対しては過料を科するなどの取締りを強化すべきであったと主張する。
しかし,ポイ捨て等防止条例違反について原告が主張するような措置が講じられているとしても,それは従前マナーの問題にすぎないと認識され,ややもすれば社会的に黙認されがちであったたばこ等のポイ捨てについて,条例によって,特定の地域においてこれを禁止し,違反者には過料の制裁を科するという大きな政策転換をし,これに沿った施策を円滑に遂行するという政策判断に基づくものであると考えられる。したがって,たばこ等のポイ捨てについて厳格な措置が講じられているからといって,そのことから直ちに,本件公園への自転車の乗り入れについても同様の措置を講じるべき法的義務が被告らにあったとはいえない。そして,前記⑵のとおり,本件公園が自転車による人身事故発生の危険性の高い公園とはいえないこと,万一自転車の運転によって人身事故が発生した場合には,運転者には民事上及び刑事上の責任が課せられるのであって(民法709条,刑法209条,210条等参照),これによって本件公園においても危険な自転車走行が相当程度抑止されていると考えられることも併せ考慮すると,前記認定事実⑸イのとおり,本件事故当時,本件条例6条7号違反について過料が科されることが積極的には周知されておらず,違反者が過料を科せられた事例がなかったとしても,そのことをもって本件公園が通常有すべき安全性を欠いていたとはいえない。
ク 原告は,本件公園が道路法上の道路であり,本件条例6条7号により,本件公園への車両の乗り入れが禁止されている以上,被告市は車両通行止めの道路標識を設置する義務があったと主張する。
しかし,車両通行止めの道路標識は,道路法46条1項の規定に基づき,又は道路交通法8条1項の道路標識により,道路における車両の通行につき一定の方向にする通行が禁止される道路において,車両がその禁止される方向に向かって進入することを禁止する旨を表示するものであるところ,本件公園は,道路法46条1項の規定又は道路交通法8条1項の道路標識により車両の通行が禁止される道路ではないから,被告市に,車両通行止めの道路標識を設置する義務があったとはいえない。
⑷ 以上のとおり,本件事故当時,本件公園が通常有すべき安全性を欠いていたということはできないから,本件公園に国賠法2条1項及び民法717条1項にいう「瑕疵」があったとはいえない。
第4 結論
したがって,その余の点について判断するまでもなく,原告の請求はいずれも理由がないから棄却することとして,主文のとおり判決する。
札幌地方裁判所民事第1部
(裁判長裁判官 武藤貴明 裁判官 宮崎雅子 裁判官 岩竹遼)
(別紙添付省略)
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