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裁判年月日 平成19年 3月 2日 裁判所名 東京地裁 裁判区分 判決
事件番号 平18(ワ)7527号
事件名 請負代金請求事件
裁判結果 一部認容 文献番号 2007WLJPCA03028015
要旨
◆被告からの雑誌の印刷、製本等を請け負った原告が請負代金の支払を求めたのに対し、被告が原告の制作した雑誌に瑕疵があると主張して争った事案において、中表紙の重複、表紙の発色が悪いこと、写真に不自然な切り込みがあること、頁の表示に誤植があること及び記事の訂正ミスという瑕疵があるが、これらの瑕疵はフリーペーパーとしての効用を失わせるほどのものではなく、実際に被告が雑誌を配布したことに照らすと、契約の目的を達成することができないとは認められないから、契約を解除することはできないとして、瑕疵修補に代わる損害賠償及び被告の信用毀損による損害賠償と請負代金とを対等額で相殺した残りの請負代金の支払を命じた事例
出典
参照条文
民法634条
民法635条
裁判年月日 平成19年 3月 2日 裁判所名 東京地裁 裁判区分 判決
事件番号 平18(ワ)7527号
事件名 請負代金請求事件
裁判結果 一部認容 文献番号 2007WLJPCA03028015
東京都渋谷区〈以下省略〉
原告 株式会社オーベン
同代表者代表取締役 A
同訴訟代理人弁護士 関谷巖
同 宗像雄
東京都豊島区〈以下省略〉
被告 有限会社デストロン
同代表者取締役 B
同訴訟代理人弁護士 田島正広
同 吉新拓世
同 清水香代
主文
1 被告は,原告に対し,803万2275円及びこれに対する平成18年3月1日から支払済みまで年6%の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用はこれを9分し,その8を被告の,その余を原告の負担とする。
4 この判決の第1項は仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 請求
被告は,原告に対し,928万1475円及びこれに対する平成18年3月1日から支払済みまで年6%の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
本件は,被告から雑誌の印刷,製本等を請け負った原告が請負代金の支払いを求めたのに対し,被告が原告の制作した雑誌に瑕疵があると主張して争う事案である。
1 争いのない事実(証拠等の記載のない事実は争いがない。)
(1) 原告は,出版物の企画,編集,制作その他を目的とする会社であり,旧商号株式会社アイ・シー・エフから,平成18年8月4日に現在の商号に変更した会社である。(甲1,記録中の平成18年10月11日付閉鎖事項全部証明書,同年9月28日付履歴事項全部証明書)
(2) 被告は,雑誌広告の企画及び雑誌の企画編集等を目的とする会社であり,被告代表者が編集人兼発行人,被告が発行元となって,雑誌「LIFE UP!」(以下「本件雑誌」という。)の平成17年3月号(以下「3月号」という。)及び同5月号(以下「5月号」という。)を発行した。
(3) 請負契約の成立
原告は被告との間で,平成17年2月頃及び同年4月頃,それぞれ本件雑誌の3月号(8万冊)及び5月号(9万冊)の校正,製版,印刷,製本(加工)及び運搬等を目的とする請負契約(以下「本件契約」という。)を締結した。
(4) 請負代金の請求
原告は被告に対し,本件契約に基づく請負代金として次の請求をした(消費税相当額を含む)。
3月号 453万5475円
5月号 474万6000円
被告は,原告が納品した本件雑誌に別紙欠陥主張整理表の「欠陥箇所」欄記載の瑕疵があると主張して原告が請求した請負代金を支払わなかった。
(5) 原告は被告に対し,平成18年2月23日に被告に到達した書面で,同月28日限り請負代金を一括して支払うよう催告した。
(6) 本件契約に基づく業務を実際に行ったのは,写真製版及び印刷等を目的とする訴外ジョイプロセス株式会社(以下「ジョイプロセス」という。)であり,被告はジョイプロセスに直接指示をしていた。
2 原告の主張
(1) 仕事の完成
原告は,本件契約に基づき,本件雑誌の3月号及び5月号について,それぞれ所定の業務を完了し,被告に対し,製本された本件雑誌を納品した。
(2) 被告が主張する瑕疵についての原告の反論は,別紙欠陥主張整理表の「原告の反論」欄記載のとおりである。
(3) 被告主張の損害を否認する。
(4) よって,原告は被告に対し,本件契約に基づく請負代金として928万1475円及びこれに対する平成18年3月1日から支払済みまで商事法定利率年6%の割合による遅延損害金の支払いを求める。
3 被告の認否及び主張
(1) 原告が仕事の完成をしたことは否認する。原告が納品した印刷物は,およそ通常の印刷工程を完了したとはいえない代物だった。
(2) 債務不履行解除
ア 原告の納品した本件雑誌には,別紙欠陥主張整理表の「欠陥箇所」欄記載の瑕疵があった。
イ 被告は,原告が債務の本旨に従った履行をしなかったこと及び民法635条に基づいて,平成18年6月30日の弁論準備手続期日において,本件契約の解除の意思表示をした。
(3) 瑕疵担保責任に基づく損害賠償請求権による相殺
ア 雑誌の本来の価値相当額の損害
原告が納入した3月号及び5月号は,その価値は零であるから,被告は原告が本訴で請求している請負代金相当の損害を被った。
イ 信用毀損による損害
原告が納入した本件雑誌に瑕疵が存在したことにより,クライアント(広告主)及び広告代理店等から被告に苦情が殺到した。
本件雑誌は,広告収入のみにより成立しているので,クライアントとの信頼関係及び雑誌としての信用が極めて重要であるにもかかわらず,原告(ジョイプロセス)が行った印刷がずさんなものであったため,被告はクライアントとの信頼関係を裏切った形となり,雑誌としての信用を失い,多大な損害を被った。被告が信用を失ったことにより被った損害は原告が請求する本訴請求額を下るものではない。
ウ 被告は,平成18年6月30日の弁論準備手続期日において,上記各損害賠償請求権をもって,本訴における原告の請求権と対当額で相殺する旨の意思表示をした。
4 主な争点
(1) 原告が請負った本件雑誌の製版,印刷等に瑕疵が認められるか。
(2) 被告の損害の有無及び額
第3 当裁判所の判断
1 証拠(甲5,6,8,乙1ないし9)によれば次の事実が認められる。
(1) 被告は,平成16年3月にフリーペーパー(広告収入を元に制作され,無料で配布される印刷物)である本件雑誌を創刊し,他の印刷会社と契約していたが,料金が高かったため,被告代表者の知人の紹介で,原告にDTP(被告が外注したレイアウトに被告が作成した原稿,写真及び画像等をパソコン上ではめ込む作業)と印刷等を発注する本件契約をした。
本件雑誌は,隔月刊で,3月号が創刊7号(vol.007),5月号が創刊8号(vol.008)にあたる。
被告は,本件契約の作業を実際に行うジョイプロセス(原告の下請け業者であると推認される。)の担当者Cと打ち合わせを行い,平成17年1月号(乙1)を渡して,同様の紙を使うよう指示した。
(2) 被告代表者が3月号のDTP作業の最終締切り日にジョイプロセスを訪れたところ,作業をするのがC1名であり,作業が完成していなかったため,被告関係者3名で手伝い何とか深夜に作業を終えた。(乙7)
(3) 被告は,できあがった3月号について,紙質が1月号と違い薄くなったとして,ジョイプロセスのCに抗議した。
被告は5月号の制作作業についてジョイプロセスのCとの間で打ち合わせをしたが,Cは被告の進行状況確認にも「大丈夫」と返答するのみで,適切な対応をせず,被告が希望した製版前の最終チェック(責了)にも応じなかった。
(4) 被告代表者が,できあがった5月号を見たところ,紙質も改善されておらず,表紙の発色が悪く,内容物の仕上げ,その他の印刷に瑕疵があるとして,3月号及び5月号の代金全額の支払いをしなかった。
(5) 被告は,5月号の表紙写真を撮影した写真家,表紙に載った芸能人所属事務所,広告代理店及びクライアントから苦情を受けた。また,東武百貨店は本件雑誌を配布するためのラックを撤去した。
(6) 原告は,被告に対し,3月号について平成17年4月7日付請求書(甲5には2000年4月7日との記載があるが,2005年4月7日の誤記と認められる。)により453万5475円,5月号について同年9月13日付請求書(甲6)により474万6000円の請求しており,この請負代金額については,当事者間に争いがないと認められる。
2 紙質について瑕疵が認められるか。
被告は,3月号及び5月号共通の瑕疵として,被告の指示に反して,1月号の用紙から,紙質を薄いものに変えた旨主張している。
被告が証拠として提出した本件雑誌の現物である乙1(1月号)と乙2(3月号)及び乙3(5月号)を見比べると,1月号に比べて3月号及び5月号の厚みが薄いことは感じられない(本件雑誌を手にする消費者も同様であろうと思われる)。
また乙9によれば,1月号の本文と3月号及び5月号の表紙・本文はいずれもトップコートS A/46.5kという用紙が使用されており同じであるが,1月号の表紙のみトップコートS A/57.5kという用紙が使用されている。
以上によれば,1月号と3月号及び5月号とは表紙のみ違う用紙が使用されていると認められるが,被告は雑誌全体の用紙が薄くなったことを問題として指摘していると解されるところ,そのような事実は認められない。
原告(ジョイプロセス)が使用した用紙に関して,3月号及び5月号に瑕疵があるとは認められない。
3 その他の瑕疵について
別紙欠陥主張整理表の5月号についての瑕疵(紙質を除く。)について検討する。
(1) 31頁の紙面が19頁の紙面と重複している点
31頁の紙面は「中表紙」といわれるもののようであるが,19頁と重複し,当該頁にはレストラン情報の紹介をする見出しが付いているのに,32頁以下の内容と合っていないので瑕疵があると認められる。
原告は,被告の入稿が遅れ,被告が「責了」プロセスを履行しなかったことが原因であるかのような主張をするが,上記認定のとおり,被告が最終チェックである責了プロセスを要請したのに対し,ジョイプロセスのCが「大丈夫」などと言って応じなかった(ジョイプロセスの作業が遅延していたためであろうと推測される。)と認められるから,原告の主張は採用できない。
(2) 表紙の写真の発色が悪い点
被告は,仕上がり具合を印画紙にプリントして確認したものと異なる発色であると指摘するのに対し,原告は,簡易校正であるから仕方がない旨反論している。
原告は,被告が校正段階で確認したものと発色が異なることを自認しているものと思われる。甲5,6(請求書)には,簡易校正との項目があるが,簡易校正ゆえに発色が異なってよいといえるか疑問である。また,5月号の表紙(乙3)の色合いが全体にくすんだ印象であることに照らすと,瑕疵があると認められる。
(3) 8頁の女性の写真の切り抜きがずさんである点
乙3によれば,8頁の左下の女性の写真の着物部分に不自然な切り込み部分があり瑕疵があると認められる。
原告は,被告の入稿が完全原稿で行われるべきであったのに写真原稿の加工が完了していない不完全な入稿であったと反論している。
乙7によれば,原告が請け負ったDTP作業は,レイアウトの空欄に原稿や写真・画像等をはめ込む作業であったと認められるところ,被告が主張する「写真の切り抜き」作業がこのはめ込み作業に該当するのか,証拠上必ずしも明確ではないが,被告の入稿した写真原稿が不完全であったとしても,民法636条ただし書の趣旨に照らすと,原告が瑕疵担保責任を免れないと考えられる。
(4) 8頁から16頁,32頁から39頁の右肩に誤植がある点
乙3によれば,10頁,12頁,16頁の右肩部分に「01 Beauty」と表示されるべきところが,「01 Feature」又は「02 Feauture」と印刷されており,32頁,34頁,36頁の右肩部分に「03 Job」と表示されるべきところが,「04 Job」と印刷されており,誤植がある。
ジョイプロセスの不注意による瑕疵であると認められる。
(5) 54頁及び55頁のミス
乙3によれば,54,55頁は映画の紹介頁で,上段に写真,下段に紹介文が掲載されているところ,上段に7の写真がないのに,下段に7の紹介記事がある。
乙8によれば,このようなことが生じた原因は,被告が7の紹介記事を削除した新しいデータをジョイプロセスに送ったが,ジョイプロセスが古いデータのまま修正しなかったことによるものであると認められる。
ジョイプロセスの不注意による瑕疵であると認められる。
4 被告の契約解除について
上記のとおり,本件雑誌の5月号について,仕事の目的物に瑕疵があると認められる。具体的には,中表紙の重複,表紙の発色が悪いこと,写真の一部に不自然な切り込みがあること,頁の右肩表示に誤植があること及び映画紹介記事の訂正ミスである。
しかし,これらは,本件雑誌のフリーペーパーとしての効用を失わせるほどのものではなく,実際に被告は本件雑誌を配布したことを自認していることに照らすと,契約の目的を達することができない(民法635条)とは認められないから,被告の契約解除の主張は採用できない。
5 被告の相殺の主張について
(1) 被告は瑕疵修補に代わる損害賠償請求権を主張していると解される。
被告は3月号と5月号の価値が零であると主張するが,上記瑕疵の内容及び程度に照らして,価値が零であるとの被告の主張は採用できない。
3月号については特に瑕疵が認められないから,損害賠償は認められない。
5月号について,本件瑕疵の内容及び程度に照らすと,5月号の請負代金額の2割に相当する94万9200円を瑕疵修補に代わる損害賠償として認めるのが相当である。
(2) 信用毀損による損害賠償請求について
上記認定のとおり,被告は,写真家,芸能事務所及び広告代理店等から抗議を受けたと認められ,何ほどか信用が毀損されたことは否定できない。しかし,5月号の瑕疵によって,実際に被告の営業に影響があったのかどうか,5月号以後の本件雑誌の配布数及び広告収入の減少等があったのかどうかについて被告は具体的な主張及び立証をしないのでその影響の程度は不明である。なお,東急百貨店の本件雑誌配布用のラックが撤去されたことが認められるが,本件雑誌の瑕疵と因果関係があるかどうかは不明である。
そうすると,被告の信用毀損による損害の程度は不明であるが,裁判所の裁量でその額を30万円と認める。
(3) 以上のとおり,本件雑誌の瑕疵による被告の損害賠償請求権の額は94万9200円と30万円との合計124万9200円であると認められる。原告の請負代金請求権合計928万1475円と対当額で相殺すると,請負代金残金は803万2275円である。
6 よって,原告の請求は,803万2275円及びこれに対する原告の本件雑誌の引渡し及び催告の後である平成18年3月1日から支払済みまで年6%の割合による遅延損害金を請求する限度で理由があるから,その限度で認容することとし,主文のとおり判決する。
(裁判官 野村高弘)
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