裁判年月日 平成17年 9月20日 裁判所名 知財高裁 裁判区分 判決
事件番号 平17(行ケ)10364号
事件名 審決取消請求事件 〔ケーブルテレビネットワークを用いた伝送装置事件〕
裁判結果 請求棄却 文献番号 2005WLJPCA09200004
要旨
◆本件発明(ケーブルテレビネットワークを用いた伝送装置)について、引用例記載の発明には、「ケーブルテレビネットワークにより構成されるブロードバンドLANに接続されTCP/IPプロトコルに従ってブロードキャスト用の宛先アドレスのIPパケットを用いてコンテンツ情報をブロードキャスト送信することもできる」ことが開示されているのであるから、「情報」を「コンテンツ情報」のみに特定することは、当業者であれば容易に着想することができたものといえると判示して、これと同様の判断をした審決を維持した事例
関連審決・命令
特許庁 不服2002-23331 平成16年11月30日
出典
裁判所ウェブサイト
参照条文
特許法29条2項
特許法53条1項
裁判年月日 平成17年 9月20日 裁判所名 知財高裁 裁判区分 判決
事件番号 平17(行ケ)10364号
事件名 審決取消請求事件 〔ケーブルテレビネットワークを用いた伝送装置事件〕
裁判結果 請求棄却 文献番号 2005WLJPCA09200004
原告 有限会社エルエスネット
訴訟代理人弁理士 澤田俊夫
被告 特許庁長官 中嶋誠
指定代理人 原光明
高瀬勤
小曳満昭
井出英一郎
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 原告の求めた裁判
「特許庁が不服2002-23331号事件について平成16年11月30日にした審決を取り消す。」との判決。
第2 事案の概要
本件は,拒絶査定に対する不服審判請求を不成立とした審決の取消しを求める事案である。
1 特許庁における手続の経緯
(1) 原告は,平成12年1月6日,発明の名称を「ケーブルテレビネットワークを用いた伝送装置」とする特許出願をした。
(2) 原告は,平成14年11月1日付けの拒絶査定を受けたので,同年12月4日,拒絶査定に対する審判を請求し(不服2002-23331号事件として係属),さらに,同月24日,特許請求の範囲について補正(以下「本件補正」という。)をした。
(3) 特許庁は,平成16年11月30日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,同年12月14日,その謄本を原告に送達した。
2 請求項10の発明の要旨
(1) 本件補正前のもの
「【請求項10】 ケーブルテレビネットワークにより構成されるブロードバンドLANに接続されTCP/IPプロトコルに従ってコンテンツ情報をブロードキャスト送信するホスト装置を有することを特徴とする,ケーブルテレビネットワークを用いた伝送装置。」
(2) 本件補正後のもの(下線部が補正箇所である。)
「【請求項10】 ケーブルテレビネットワークにより構成されるブロードバンドLANに接続されTCP/IPプロトコルに従ってブロードキャスト用の宛先アドレスのIPパケットを用いてコンテンツ情報をブロードキャスト送信するホスト装置を有することを特徴とする,ケーブルテレビネットワークを用いた伝送装置。」
3 審決の理由の要旨
審決の理由は,以下のとおりであるが,要するに,本件補正は,特許法159条1項で準用する特許法53条1項の規定により却下されるべきものであり,補正前の請求項10に係る発明は刊行物及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明できたものであり,特許法29条2項の規定により,特許を受けることができない,というものである。
(1) 本件補正についての補正却下の決定
[補正却下の決定の結論]
平成14年12月24日付けの手続補正を却下する。
[理由]
ア 補正後の本願発明
本件補正は,請求項10に記載した発明を特定するために必要な事項である「コンテンツ情報をブロードキャスト送信するホスト装置」について「ブロードキャスト用の宛先アドレスのIPパケットを用いて」との限定を付加するものであって,特許法17条の2第4項2号の特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。
そこで,本件補正後の前記請求項10に記載された発明(以下「本願補正発明」という。)が特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるか(特許法17条の2第5項において準用する同法126条4項の規定に適合するか)について以下に検討する。
イ 刊行物
拒絶理由で引用された,本願の出願日前である平成11年4月30日に頒布された「特開平11-122302号公報」(本訴甲3,以下「刊行物」という。)には次の事項が記載されている。
(ア) 「この発明は,CATV(ケーブルテレビ)網を利用してデータ通信サービスを行うシステムに適用されるケーブルモデム終端システム及びケーブルモデムに関するものである。(中略)LANのネットワークシステムの構成が示されている。ネットワークA’は,端末機器(EN:エンドノート)41~43を,それぞれ10Mイーサネット(中略)5を用いてLANスイッチ44に集線して構成したものである。(中略)上記のネットワークシステムにおいては,ネットワークを,例えば,IP(Internet Protocol)レベルで異なるネットワークアドレスを使用する論理ネットワークであるネットワークA’,ネットワークB’(中略)で独立したLANスイッチ44,72を用い,ルータ50の異なる通信ポートに接続を行っている。」(3頁段落0001ないし0005)
(イ) 「近年においては,従来から利用されているCATV用の伝送路を用いてコンピュータ間通信,所謂データ通信を行うサービスの実施が開始されている。」(3頁段落0007)
(ウ) 「CATV伝送路は,ブロードバンド方式を採用し,同一の物理伝送媒体について異なる周波数の搬送波を用いて複数のチャネルを作り出し,それらを異なる端末機器の上り通信チャネルに割り当てデータ伝送速度が比較的低速・小容量である欠点を補っている。すなわち,CATV網では,高速・大容量の下り通信チャネル1本と,低速・小容量の上りの通信チャネル複数本とにより伝送路を構成して,全体として高速なデータ通信を可能にしている。(中略)上記のCATV網において,一般的なネットワークと同様に論理ネットワークを設定して,ブロードキャスト・ドメインを分割しようとしても,下りの通信チャネルが1本であり複数の加入者が共用しているため,この複数の加入者全てにブロードキャストパケットが配信され,ブロードキャスト・ドメインを分割することが行えなかった。」(3頁段落0008ないし0010)
(エ) 「ケーブルモデム終端システム(中略)1より左側がHE(ヘッド・エンド)やDH(ディストリビューション・ハブ)等と称されるCATV局側であり,ケーブルモデム終端システム1に接続されるデータネットワーク61,このデータネットワーク61に接続されるローカルサーバ6及びゲートウエイ7等により構成されている。更に,上記ゲートウエイ7には,HEやDHと称されるCATV局に接続される広域網62を介してインターネット63が接続されている。(中略)ケーブルモデム終端システム1はファイバ/同軸混成伝送路4を介して加入者宅の端末機器(中略)につながるケーブルモデム2-1~2-4へ接続されている。ファイバ/同軸混成伝送路(中略)4には,ケーブルモデム2-1~2-4からCATV局側へ向かう上り方向へフレームを送信するための上りチャネルが個別に設けられていると共に,CATV局側からケーブルモデム2-1~2-4へ向かう下り方向へフレームを送信するための共通の下りチャネルが設けられている。上記ケーブルモデム終端システム1には,ネットワーク61側から到来するフレームに対しては,当該フレーム中の宛先アドレスに対応して,ケーブルモデム2-1~2-4が識別する宛先アドレスを付加しカプセル化して下りチャネルへ送出する下りフレーム処理手段15と,ケーブルモデム2-1~2-4から到来するカプセル化フレームに対しては,当該カプセル化フレームの宛先アドレスに対応して,ネットワーク61へ送出するか下りチャネルに折り返して送出するかを判定し,ネットワーク61へ送出する場合には,当該カプセル化フレーム中のネットワーク61において用いられるフレーム部分を取り出して送出する一方,下りチャネルに折り返して送出する場合には,ケーブルモデム2-1~2-4が識別する宛先アドレスを付加しカプセル化して下りチャネルへ送出する上りフレーム処理手段16とが備えられている。」(5頁段落0021ないし0023,図1)
(オ) 「IPパケットの場合にも,宛先アドレスに対応する出力ポート番号が割り当てられている。例えば,ブロードキャストの場合には,出力ポートとしてP3,P1が割り当てられている。」(6頁段落0030)
(カ) 「このテーブルには,宛先アドレスがブロードキャストアドレスであるか否かにより区分されている。ブローキャストアドレスを持つフレームのときには,発信元アドレスとして設定されている入力ポート番号に対応してケーブルモデムグループの識別情報が記憶されている。」(7頁段落0037)
ウ 対比・判断
(ア) 本願補正発明と刊行物に記載された発明(以下「刊行物発明」という。)との対比
本願補正発明と刊行物発明を対比すると,
a 上記イ(ア),(ウ)によれば,刊行物発明は,CATV(ケーブルテレビ)網を利用してデータ通信サービスを行うシステムであって,LANのネットワークシステムであり,CATV伝送路はブロードバンド方式を採用しているので,刊行物発明と本願補正発明とは,「ケーブルテレビネットワークにより構成されるブロードバンドLAN」である点,「ケーブルテレビネットワークを用いた伝送装置」である点で一致している。
また,上記イ(ア)ないし(カ)によれば,刊行物発明は,ブロードキャスト・ドメインを分けるためにIP(Internet Protocol)レベルでのネットワークを有するものであり,上記IPは,TCP/IPといえることは技術常識であるので,結局TCT/IPに従っているものといえ,さらに,ブロードキャストのIPパケットの場合には出力ポートとしてP3,P1が割り当てられており,宛先アドレスがブロードキャストアドレスをもつフレームのときには,発信元のアドレスとして設定されている入力ポート番号に対応してケーブルモデムグループの識別情報が記憶されており,それによりブロードキャスト・ドメインを分けているものであるから,ブロードキャスト用の宛先アドレスのIPパケットを用いているものといえ,また,ケーブルモデム終端システムには,ローカルサーバが接続されているデータネットワークが接続され,一方,同システムには伝送路を介して加入者宅の端末機器につながるケーブルモデムが接続されており,そして,それらの間で,ブロードキャストアドレスを含む宛先アドレスが付加されたフレーム(情報)が下り方向に伝送されているものといえるから,ブロードキャスト用の宛先アドレスのIPパケットにより上記ローカルサーバ(本願補正発明のホスト装置に相当する)からフレーム(情報)が各端末機器にブロードキャスト送信されるものといえる。
してみると,刊行物発明と本願補正発明とは,「LANに接続されTCP/IPプロトコルに従ってブロードキャスト用の宛先アドレスのIPパケットを用いて情報をブロードキャスト送信するホスト装置を有する」点で一致している。
b したがって,両者は「ケーブルテレビネットワークにより構成されるブロードバンドLANに接続されTCP/IPプロトコルに従ってブロードキャスト用の宛先アドレスのIPパケットを用いて情報をブロードキャスト送信するホスト装置を有することを特徴とする,ケーブルテレビネットワークを用いた伝送装置。」である点で一致し,ブロードキャスト送信する情報が,本願補正発明は,「コンテンツ情報」であるのに対し,刊行物発明は,フレームではあるもののコンテンツ情報かどうか明確でない点で相違しているものと認められる。
(イ) 相違点についての検討
「コンテンツ情報」自体は周知であり,CATVネットワークに(コンテンツ)情報をブロードキャスト(放送)することも周知(必要であれば,「NEC:グローバルスタンダード方式の開発めざして」コンピュータ&ネットワークLAN,16巻5号,オーム社,1998.5,pp.10-15(本訴甲4)参照)であり,してみれば,コンテンツ情報をCATVネットワークにてブロードキャスト(放送)するようにすることは当業者にとって容易に推考できたものであり,また,上記相違点に基づく本願補正発明の効果も当然に予測される程度のものにすぎず,格別顕著なものがあるともいえない。
したがって,本願補正発明は,引用例に記載された発明及び周知技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許出願の際独立して特許を受けることができないものである。
エ むすび
以上のとおり,本件補正は,特許法17条の2第5項で準用する同法126条4項の規定に違反するものであり,特許法159条1項で準用する特許法53条1項の規定により却下されるべきものである。
(2) 本願発明について
ア 刊行物
拒絶の理由に引用された刊行物及びその記載事項は,前記(1)イに記載したとおりである。
イ 対比・判断
本願の請求項10に係る発明(以下「本願発明」という。)は,前記(1)で検討した本願補正発明から「コンテンツ情報をブロードキャスト送信するホスト装置」の限定事項である「ブロードキャスト用の宛先アドレスのIPパケットを用いて」との構成を省いたものである。
そうすると,本願発明の構成要件を全て含み,さらに他の構成要件を付加したものに相当する本願補正発明が,前記(1)ウに記載したとおり,刊行物及び周知技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,本願発明も,同様の理由により,刊行物及び周知技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものである。
ウ むすび
したがって,本願発明は,刊行物に記載された発明及び周知技術に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるので,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。
第3 当事者の主張の要点
1 原告主張の審決取消事由
審決は,本願補正発明と刊行物発明との相違点について,「「コンテンツ情報」自体は周知であり,CATVネットワークに(コンテンツ)情報をブロードキャスト(放送)することも周知(・・・)であり,してみれば,コンテンツ情報をCATVネットワークにてブロードキャスト(放送)するようにすることは当業者にとって容易に推考できたものであ」ると判断した。
(1) 刊行物発明は,通常のケーブルテレビネットワークの放送サービスをも行うから,コンテンツ情報は放送信号により伝達されるのであり,ネットワーク管理用の制御情報が「ブロードキャスト用の宛先アドレスのIPパケットを用いて」伝達される。これに対し,本願補正発明は,「ケーブルテレビネットワークにより構成されるブロードバンドLANに接続されたTCP/IPプロトコルに従ってブロードキャスト用の宛先アドレスのIPパケットを用いてコンテンツ情報をブロードキャスト送信する」ものである。
そうであれば,刊行物発明がコンテンツ情報を「ブロードキャストすなわち放送」するものであるとしても,ブロードキャスト用の宛先アドレスのIPパケットを用いて情報(制御情報)をブロードキャスト送信するという刊行物発明から,ブロードキャスト用の宛先アドレスのIPパケットを用いてコンテンツ情報をブロードキャスト送信するようにすることが容易に推考できたと判断する合理的な理由はないというべきである。
(2) 本願補正発明は,視聴者が限定され,本来の放送サービスの番組制作コストや番組配信コストでは採算が合わないような番組,例えば,地域に密着した情報の提供を目的とする番組等を簡易かつ低コストで実現できるようにしたいという,全く新しい課題の下に,上記第2の2(2)に記載の構成を採用したのであるが,刊行物には,このような課題について記載も,示唆もない。
(3) したがって,審決の判断は誤りである。
2 被告の反論
審決が説示するように,「コンテンツ情報」自体が周知であり,CATVネットワークに(コンテンツ)情報をブロードキャスト(放送)することも周知であるという事実にかんがみれば,刊行物発明から,「ケーブルテレビネットワークにより構成されるブロードバンドLANに接続されTCP/IPプロトコルに従ってブロードキャスト用の宛先アドレスのIPパケットを用いてコンテンツ情報をブロードキャスト送信する」ようにすることが容易に推考できたことは明らかであり,審決の判断には誤りがない。
第4 当裁判所の判断
1 上記第2の3(1)ウの審決の説示によれば,審決は,「ケーブルテレビネットワークにより構成されるブロードバンドLANに接続されTCP/IPプロトコルに従ってブロードキャスト用の宛先アドレスのIPパケットを用いて情報をブロードキャスト送信する」ことを本願補正発明と刊行物発明との一致点とし,本願補正発明における情報が「コンテンツ情報」であることを相違点としているから,一致点における「情報」,すなわち,「ケーブルテレビネットワークにより構成されるブロードバンドLANに接続されTCP/IPプロトコルに従ってブロードキャスト用の宛先アドレスのIPパケットを用いて,ブロードキャスト送信される情報」は,「コンテンツ情報」や「制御情報」を含む広い意味での一般の「情報」として用いられている。
刊行物には,情報(フレーム)が制御情報に限定される旨の記載はないから,刊行物発明の「情報」は,これがコンテンツ情報であるかどうかが明確でないとしても,制御情報に限定されるわけではなく,「コンテンツ情報」や「制御情報」を含む広い意味での一般の「情報」であるということができる。そして,審決が説示するように,一般の「情報」の一種としての「コンテンツ情報」自体は周知であり,また,少なくとも,コンテンツ情報をCATVネットワークに「ブロードキャストすなわち放送」することも周知である(このことは,原告も争わない。)から,刊行物発明における「情報」を「コンテンツ情報」のみに特定して,「ケーブルテレビネットワークにより構成されるブロードバンドLANに接続されたTCP/IPプロトコルに従ってブロードキャスト用の宛先アドレスのIPパケットを用いてコンテンツ情報をブロードキャスト送信する」ようにすることに,格別の困難はないというべきである。
そうであれば,「ケーブルテレビネットワークにより構成されるブロードバンドLANに接続されたTCP/IPプロトコルに従ってブロードキャスト用の宛先アドレスのIPパケットを用いてコンテンツ情報をブロードキャスト送信する」ようにすることは当業者にとって容易に推考できたということができる。
2 なお,当業者にとって容易に推考できたということは,以下の点に照らしても明らかである。
(1) 1998年(平成10年)5月1日発行の「NEC:グローバルスタンダード方式の開発めざして」コンピュータ&ネットワークLAN16巻5号(甲4)について
ア 甲4には,次の記載がある
「ケーブル・テレビ網は上り狭帯域(10MHz~55MHz),下り広帯域(90MHz~750MHz)の非対称メディアであるが,利用者が比較的簡単なリクエスト・メッセージを発して画像を含む応答を素早く得るインタラクティブ・サービスの実現には,非対称ケーブル・モデムの利用が非常に適している。
ケーブル・モデム・システムの基本構成を図1に示す。ケーブル・テレビ局には,ケーブル・モデム(CM)を終端するヘッドエンド・モデム(HM)を設置し,バックボーン・ネットワーク側のルータや各種サーバ,運用管理及びネットワーク管理を行うNMS(Network Management Server)と10/100BASE-Tで接続する。加入者宅内にはCMを設置し,パソコンと10BASE-Tで接続する。ケーブル・モデムの機能ブロック図を図2に示し,主な特徴を以下に述べる。」(10頁右欄下から1行ないし11頁左欄15行)
「ケーブル・モデム・システム(図1)は,バックボーン・ネットワークと加入者宅内パソコン間のIP(Internet Protocol)をトランスペアレントに伝達する,いわゆるIP over Cableである。以下に,ケーブル・モデムの機能概要を述べる。
(1) プロトコル・スタック
MCNS仕様のプロトコル構成を図3に示す。CMとHMはIPのホストとして動作し,DIX(Ethernet Protocol Version2.0)上でIPとARP(Address Resolution Protocol)をサポートし,LLC(Logical Link Control)ホストとしても動作する。また,SNMP(Simple Network Management Protocol)によるネットワーク管理,DHCP(Dynamic Host Configuration Protocol)によるIP関連のコンフィグレーションやTFTP(Trivial File-Transfer Protocol)によるコンフィグレーション設定のダウンロードを行うため,UDP(User Datagram Protocol)とその上位レイヤをサポートする。」(12頁右欄2行ないし13頁左欄8行)
「(6) IPブロードキャスト/マルチキャスト機能
ブロードキャスト/マルチキャストのIPアドレスを登録することにより,全加入一斉同報及び特定グループ同報メッセージの受信が可能である。」(14頁左欄10ないし13行)
「地域の放送メディアとして長年にわたり発展を遂げてきたケーブル・テレビは,その広帯域性と双方向性が注目され,近年インターネット利用を含むマルチメディアの新しい担い手として多くの期待を集めるに至っている。ケーブル・テレビ網を通してインターネット接続サービスを提供するなど,ケーブル・テレビ事業者の通信事業への参入は20社を超えている。」(15頁4ないし11行)
イ 上記の記載によれば,甲4には,ケーブル・テレビ網を用いたケーブル・モデム・システムに関するものであること,ケーブル・モデム・システムは,IP,ARP,SNMP,DHCP,TFTP,UDPからなるプロトコル構成を有すること,ブロードキャスト用のIPアドレスにより,全加入一斉同報,すなわちブロードキャスト送信をすること,ケーブル・テレビ網を通したインターネット接続サービスにより,マルチメディアを実現することが記載されているということができる。そして,ARP等からなるプロトコル構成は,原告が主張するように,TCP/IPを前提としているものであり(平成17年5月16日付け原告第2準備書面7頁),また,マルチメディアは,一般に「ネットワークで提供される動画・音声・テキストなどの情報」を取り扱うものであって,当然に,コンテンツ情報をも取り扱っているものである。さらに,ケーブルテレビは,そもそもブロードバンドLANであって,IPアドレスにより送信を行うから,IPパケットを用いていることも明らかである。
そうであれば,甲4には,ケーブルテレビネットワークにより構成されるブロードバンドLANに接続されTCP/IPプロトコルに従ってブロードキャスト用の宛先アドレスのIPパケットを用いてコンテンツ情報をブロードキャスト送信することが開示されているのである。
(2) 平成11年5月24日発行の「基礎から分かるTCP/IPコンピューティング入門」(乙1)について
ア 乙1には,次の記載がある。
(ア) 「また,非常に多くのアプリケーションがTCP/IPに対応しています。たとえば,ホームページを作って情報発信をするWorld Wide Webや,遠くの人と手紙をやり取りする電子メール,ネットワーク中継でビデオ画像を表示するアプリケーションなどがあります。」(17頁4ないし7行)
(イ) 「ネットワークにおけるハードウェアの例を具体的に挙げると,物体としてのコンピュータ,電話回線やケーブルテレビのアンテナ線,Ethernetなどがあります。これに対し,コンピュータで動作させるプログラム,電話を使ったサービス,ケーブルテレビの番組,Ethernetを使ったデータ転送などがソフトウェアにあたります。つまり,TCP/IPは「いろいろなハードウェアを利用できるように設計されたソフトウェア」なので,ネットワークにおけるさまざまなハードウェアを利用することができ,その結果通信方式を選ばない,ということになります。」(17頁下から8ないし1行)
(ウ) 「パケット交換方式でも小包と同じように,送信データには,送信先を表す荷札が貼り付けられます。この荷札に相当するのが「ヘッダ」です。ネットワークは,この荷札をもとにして,パケットの配送作業をします。ネットワークでは,ヘッダとデータが合わさったものをパケットと呼びます。特に,TCP/IPネットワークで配送されるパケットのことを,IPパケット,または,IPデータグラム(IP datagram)と呼びます。IPとはInternet Protocolの頭文字をとったもので,「インターネットの通信規約」というような意味になります。」(35頁下から8行ないし36頁1行)
(エ) 「ブロードキャストは,すべてのコンピュータに対しての通信です。ただしすべてのコンピュータといっても,世界中のすべてのコンピュータにパケットを届けることはできません。そのようなことを可能にすると,世界中のネットワークがパンク状態になってしまいます。ブロードキャストは,物理的に区切られた特定のネットができてしまうと(ネッ)トワーク内の通信に限られます。範囲を超えるブロードキャストは,ほかのネットワークに迷惑をかけるので禁止されています。」(76頁下から3行ないし77頁4行)
(オ) 「IPアドレスのホスト部のビットをすべて1にしたものをブロードキャストアドレス(broadcast address)といいます。ブロードキャストアドレスは,同一のEthernetに接続されているすべてのコンピュータにデータを送りたいときに使われます。」(120頁下から4ないし1行)
(カ) 「IPデータグラムは,図4.8のような構造をしています。IPデータグラムには,20オクテット長のIPヘッダが付けられます。ヘッダの送信先IPアドレスの部分に送信先のIPアドレスが格納されます。ホストやルータは,この部分を調べてパケットの配送処理をします。」(123頁1ないし4行)
イ 上記ア(ア)及び(イ)の記載によれば,ケーブルテレビのアンテナ線は,ネットワークにおけるハードウェアの一例であり,TCP/IPは,ネットワークにおける様々なハードウェアを利用するソフトウェアであって,これに対応したアプリケーションとして,ネットワーク中継でビデオ画像を表示するものがある,というのであるから,乙1には,ケーブルテレビのアンテナ線からなるネットワークを介し,TCP/IPに対応したビデオ画像を表示するアプリケーションが開示されているということができる。また,上記ア(ウ)ないし(カ)の記載によれば,TCP/IPネットワークで配送されるIPパケットは,送信先IPアドレスを含むヘッダを有し,また,IPアドレスとして,ブロードキャスト送信をするためのブロードキャストアドレスが存在する,というのであるから,乙1には,TCP/IPネットワークで配送されるIPパケットの送信先IPアドレスをブロードキャストアドレスに設定し,ブロードキャスト送信をすることが開示されているということができる。そして,ケーブルテレビは,ブロードバンドLANであり,ビデオ画像は,コンテンツ情報の一種である。
そうであれば,乙1にも,ケーブルテレビネットワークにより構成されるブロードバンドLANに接続されTCP/IPプロトコルに従ってブロードキャスト用の宛先アドレスのIPパケットを用いてコンテンツ情報をブロードキャスト送信することが開示されているのである。
(3) このように,甲4及び乙1には,ケーブルテレビネットワークにより構成されるブロードバンドLANに接続されTCP/IPプロトコルに従ってブロードキャスト用の宛先アドレスのIPパケットを用いてコンテンツ情報をブロードキャスト送信することもできることが開示されているのであるから,刊行物発明における「情報」を「コンテンツ情報」のみに特定して,「ケーブルテレビネットワークにより構成されるブロードバンドLANに接続されたTCP/IPプロトコルに従ってブロードキャスト用の宛先アドレスのIPパケットを用いてコンテンツ情報をブロードキャスト送信する」ようにすることは当業者にとって容易に推考できたといわなければならない。
(4) 原告は,本願補正発明は,本来の放送サービスの場合と異なり,地域密着型の情報の提供を目的とするなど,全く新しい課題の下に,上記のような構成を採用したのであるが,刊行物にはこのような課題について記載も,示唆もないと主張する。確かに,発明の詳細な説明のところで,原告の主張するような事項が記載されていることが認められるが,原告主張のような程度の事項では,本願補正発明の目的・意義や社会的作用等について理解するのに有用なものではあるものの,本願補正発明についてした上述の容易推考の判断を左右するものではない。原告の主張は,採用することができない。
3 したがって,審決の判断に誤りはないから,原告主張の審決取消事由は理由がない。
第5 結論
以上のとおりであって,原告の主張する審決取消事由は理由がないから,原告の請求は棄却されるべきである。
(裁判長裁判官 塚原朋一 裁判官 髙野輝久 裁判官 佐藤達文)
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