裁判年月日 昭和58年12月 9日 裁判所名 横浜地裁 裁判区分 判決
事件番号 昭56(ワ)2100号
事件名 営業表示使用差止等請求事件 〔勝烈庵事件〕
裁判結果 一部認容 文献番号 1983WLJPCA12090001
要旨
◆とんかつ料理店を営む原告の営業表示「勝烈庵」が、横浜市を中心とする周辺地域において周知性を有していたとされ、鎌倉市大船所在の被告Aについては、距離的近接、生活圏としての一体性から、その周知性の及ぶ範囲にあり、その営業表示「かつれつ庵」の使用が、営業主体混同行為に当たるとして差止請求が認容され、静岡県富士市所在の被告Bについては、くちコミによる方法及びマスメディアによる方法の両者の効果を併せても、その周知性の及ぶ範囲にはないとされ、その営業表示「かつれつあん」の使用差止請求が棄却された事例
◆「かつれつ庵」という表示は、カツレツ料理を提供する料理店を一般的に意味する普通名称として慣用されるものとはいえないとされた事例
出典
無体集 15巻3号802頁
判タ 514号259頁
評釈
君嶋祐子・ジュリ別冊 188号136頁(商標・意匠・不正競争判例百選)
参照条文
不正競争防止法1条
不正競争防止法2条1項2号
裁判年月日 昭和58年12月 9日 裁判所名 横浜地裁 裁判区分 判決
事件番号 昭56(ワ)2100号
事件名 営業表示使用差止等請求事件 〔勝烈庵事件〕
裁判結果 一部認容 文献番号 1983WLJPCA12090001
原告 株式会社勝烈庵
右訴訟代理人 光石士郎
外二名
被告 株式会社孔雀苑
右訴訟代理人 小林嗣政
光石忠敬
光石俊郎
被告 株式会社孔雀苑
右訴訟代理人 小林嗣政
村田恒夫
藤村耕造
被告 佐野三郎
右訴訟代理人 根本稠
主文
一1 被告株式会社孔雀苑は、飲食店営業上の施設及び活動について「かつれつ庵」の表示を使用してはならない。
2 被告株式会社孔雀苑は、看板・パンフレット、広告物その他の営業表示物件から「かつれつ庵」の表示を抹消せよ。
二 原告の被告株式会社孔雀苑に対するその余の請求及び被告佐野三郎に対する請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は、原告に生じた費用の三分の一及び被告株式会社孔雀苑に生じた費用の三分の二は同被告の負担とし、その余は原告の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告株式会社孔雀苑に対し
(一) 被告株式会社孔雀苑は、飲食店営業上の施設及び活動について、「かつれつ庵」の表示を使用してはならない。
(二) 被告株式会社孔雀苑は、看板、パンフレット、広告物その他営業表示物件から、前項記載の表示を抹消せよ。
(三) 被告株式会社孔雀苑は、原告に対し、金二〇〇万円及びこれに対する訴状送達の翌日である昭和五六年九月二九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 被告佐野三郎に対し
(一) 主位的請求
(1) 原告佐野三郎は、飲食店営業の営業上の施設及び活動について、「かつれつあん」の表示を使用してはならない。
(2) 被告佐野三郎は、看板、パンフレット、広告物その他営業表示物件から、前項記載の表示を抹消せよ。
(3) 被告佐野三郎は、原告に対し、金一〇〇万円及びこれに対する訴状送達の翌日である昭和五六年九月二七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
(二) 予備的請求
仮に前記主位的請求が認められないときは、被告佐野三郎は、飲食店営業の営業上の施設及び活動について、「佐野かつれつあん」なる文字の付加又は混同を防止するに適当なその他の表示をせよ。
3 訴訟費用は被告らの負担とする。
4 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する被告らの答弁
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 原告は、昭和三二年四月二五日に「有限会社勝烈庵」の商号により料理飲食店の経営等を目的とする有限会社として設立され、昭和四九年七月一六日に「株式会社勝烈庵」の商号による資本金二、〇〇〇万円の株式会社に組織変更されたものであつて、「勝烈庵」の表示を使用してとんかつ料理店営業を行なつている。
現在資本金五、〇〇〇万円、年商約一一億六、〇〇〇万円、本店の他に一四店舗があり、従業員約一六〇名、箱根町小涌谷に保養所、横浜市豆口台に独身寮を有し、年間来客数は一四〇万人を越える。
2 「勝烈庵」が原告の営業上の施設又は活動を表示するものであることは、遅くとも昭和四三年一月当時にはすでに日本国内ないしは少なくとも関東・東海地方において、仮にこれがいずれも認められないときは遅くとも昭和五二年一月当時に日本国内において広く認識されていた。その沿革を述べると以下のとおりである。
(一) 訴外小沢竹蔵は、昭和二年から横浜市中区真砂町において、「勝烈庵」の表示を使用してとんかつ料理店営業を行い、これらの表示は、横浜市を中心に関東一円に知れ渡つた。
その後、小沢竹蔵の妻である訴外小沢テイが、右営業を承継した。
昭和三一年六月ころ、原告会社代表者本多マサオは、小沢テイから料理飲食店「勝烈庵」に関する営業を譲り受け、その後、原告会社が設立されるとともに、本多マサオはその営業を原告会社に譲渡した。
そして、原告が着実に営業活動及び宣伝活動を重ねていつた結果、「勝烈庵」の表示は原告の営業上の施設又は活動を示すものとして、以前にもまして認識されるに至り、関東東海地方は言うに及ばず広く日本全土に知れ渡つた。その情況を詳述すれば次のとおりである。
(1) 原告の営業するとんかつ料理店は、昭和二年に開業された老舗であるうえ、独自の調理法を用いたとんかつ料理を客に提供している。つまり、特定業者より一定水準以上のヒレ肉、ロース肉を仕入れてこれらを使い、特製のとき卵、油、生パン粉にまぶし、特注の鍋を用いて揚げ、箸で食べられるように切り分けたうえ、小沢竹蔵秘伝の特製ソースをかけ、「あきのこない味」を特長としている。そのうえ横浜がこの種の料理の伝来地であつたこともあずかつて、後述するように原告の営業は拡張し、前記営業表示も周知になつていつた。
(2) 原告は、肩書地所在の本店店舗の他に、横浜駅名品街(昭和三一年六月以降昭和三四年まで)、相鉄ジョイナス店(昭和三三年九月以降)、横浜高島屋お好み食堂店(昭和三四年一〇月以降)、同食品部(昭和三六年一〇月以降)、横浜駅ビルお好み大食堂(昭和三七年一一月以降)、新宿京王百貨店地階食品(昭和三九年四月以降昭和四六年八月まで)、横浜駅ダイヤモンド地下街店(昭和三九年一二月以降)、さいか屋町田店(昭和四二年一一月以降昭和四四年三月まで)、川崎の小美屋百貨店食品部(昭和四七年一〇月以降)、横浜三越店(昭和四八年一一月以降)、京王百貨店上大岡店(昭和四九年五月以降)、さいか屋川崎店(昭和四九年一一月以降)、さいか屋横須賀店(昭和五二年九月以降)、横浜松坂屋店(昭和五三年九月以降)、藤沢さいか屋食品部(昭和四〇年四月以降)、相鉄二俣川ビル(昭和五四年八月以降)、上大岡三越エレガンス店(昭和五五年五月以降)に各支店を設けている。
(3) 原告の店舗を訪れる客は、横浜、東京からはもちろんのこと、山形、広島、大阪、名古屋、千葉、静岡等からと全国に及んでおり、そのなかには芸能人、政治家等の著名人も多い。
(4)(ア) 一般に大衆料理店の営業表示が周知性を獲得するためには、店、客、社会、その他の要素がある。
先ず第一の、店についての要素としては、料理のおいしさと値段の手ごろさ、店舗の立地の良さ、店舗の雰囲気の個性、営業の継続が長年にわたること、店舗展開の活発さ、広告宣伝活動、営業表示の特異性などがある。第二の、客についての要素としては、固定客の多さ、客層の良さ、いわゆるくちコミの活発さなどがある。第三の、一般社会についての要素としては、新聞、雑誌、テレビなどのマスメディアによる紹介推奨、モータリゼーション、高速度交通通信機関の発達などがある。第四に、当事者の特別事情がある。これらの要素は、相互に影響し合い、相乗的に補強し合つて周知性を構成する。
(イ) 本件において、第一の要素として、原告店の料理は、遅くも昭和三二年にはあきのこない味の評判をとり、味の評判は抜群で、値段は手頃である。トンカツ料理発祥の地という立地の良さを生かし、店舗は著名な版画家棟方志功の作品やイメージで統一された個性的な雰囲気をもつ。昭和二年以来同一の営業表示で営業が継続しており、(2)で述べた活発な店舗の展開がある。昭和三一年以来電車の中吊り広告、新聞折込広告、新聞広告など広告宣伝活動が不断に行われている。例えば
① 昭和三一年当時の電車中吊り広告
② 昭和三二年当時の新聞折込広告
③ 昭和三二年当時の新聞折込広告
④ 昭和三三年当時の電車中吊り広告
⑤ 昭和四四年三月の新聞広告
⑥ 昭和四四年四月の新聞広告
これらは現存するわずかな例であり、定期的に出されていた社名広告、求人広告は極めて多数にのぼる(なお、現在は宣伝費は毎年一、三〇〇万円に達する。)。加えて「勝烈庵」の営業表示は、造語であるうえ、観念の縁起良さ、外観の印象強さ、称呼の平易さなど、他からの差別度が高い。
次に第二の要素として、固定客層は昭和三四年ないし四一年当時近隣の商店のみならず、銀行、証券、港湾、市庁、県庁関係の者が多数おり、日祭日には家族づれの客で混雑し、昼、夜のかき入れ時は足の踏み場もないほどで、(3)で述べた著名人など数多く出入りし、これらの客のいわゆるくちコミは極めて活発であつた。
第三の要素として、マスメディアによる原告店の推奨、紹介例の一端を示せば、次のとおりである。なお、いうまでもなく、原告が証拠として提出したものは、現在たまたま保存されているものであつて、他に数多くの報道、宣伝の例が存する。
① 昭和三五年九月二〇日テレビ放映
日本教育テレビの料理番組「名店めぐり」において「勝烈庵ひれかつ定食」が放映された。
② 昭和三五年九月二〇日付朝日、読売、毎日、日経各新聞記事
右①のテレビ番組について、これらの全国紙が紹介したもの。
③ 昭和三八年六月一五日付東京新聞記事ダークダックスの「食魔」
著名な歌手グループ・ダークダックスが紹介したもの。
④ 昭和三八年六月一九日週刊誌「週刊女性」記事
「大提灯ものれんの文字も、店内の版画も絵も、すべて棟方志功さんの作品。すき屋造り、京造りに民芸調がほどよく調和した独得のふんいき……」として紹介されている。
⑤ 昭和三九年三月一八日付報知新聞記事「ミナト横浜・味めぐり」
著名な指揮者・スマイリー小原が紹介したもの。「芸能人の客も多いが、とくに場所前は“勝烈”の名にひかれて立ち寄る力士たちでにぎやかだ」とある。
⑥ 昭和四〇年一〇月二日付東京中日新聞記事「タウンガイド」
⑦ 昭和四〇年一〇月一五日付東京新聞記事「味くらべ」
⑧ 昭和四一年一〇月二五日発行の単行本「東京横浜300円味の店」
食通として知られている著名な映画監督の山本嘉次郎氏が「だいたいカツレツというものが、横浜開港の時、外人コックが日本に紹介したものだというから、この町にとつては由緒深い料理なのだこの店も創業四十年を誇り、和風カツレツを自慢している。……値段も手ごろ。……日曜祭日は家族づれの客で大いに混んでいる。……創業記念日として毎年十月に「かつれつ祭」を催し、棟方志功の横浜風景画の絵皿を配る。」と推奨し紹介している。
⑧ 昭和四一年一一月一七日付日刊スポーツ新聞記事「ボリューム満点トンカツなら勝烈庵」
また、昭和三九年に東京で開催された第一八回オリンピック大会を契機として格段に整備され充実した道路網、自家用車の普及などのモータリゼーションの波、昭和三九年の東海道新幹線の開通などに伴う高速度交通通信機関の整備発達も重要な要素となつている。因みに、東海道新幹線で横浜駅と三島の間はわずか四八分、東海道線でも横浜と富士の間は二時間前後しかかからない。
さらに、被告佐野三郎(以下「被告佐野」という。)は昭和三二年ころから昭和四〇年ころまで東京に住んでいたこと、その間、日本橋、小石川、練馬、自由ケ丘のそれぞれ料理店で修業していたこと、同被告の妻は同被告と被告店を始める前は東京の東村山に住んでいたこと、昭和四〇年ころ被告佐野が修業していた自由ケ丘の東食という食堂は、原告の本店から東横線で二〜三〇分の距離にあることなどの事実からして被告佐野夫妻が原告の「勝烈庵」の営業表示を知らなかつたということはあり得ないという、本件の特別事情が併せて考慮されるべきである。無論被告佐野は店名の由来について縷々釈明するが、同店の品名はトンカツと表示しており、トンカツを料理する店ということで「かつれつあん」と名付ける必然性はないし、また、同店は、トンカツの専門店ではなく、刺身、天ぷらなども扱つているから、被告佐野の主張は、後になつて考案されたものといわざるを得ない。
周知性の認定においては、当然表示において混同防止に必要な信用形成がすでになされているか否か、などの他に、他者の冒用を許すことが取引秩序上の信義衡平に反しないかということも等しく重要である。本件において原告の「勝烈庵」の営業表示が、右の要件のいずれも満していることは最早明白である。
(ウ) 前記(イ)で述べたマスコミの紹介等に加えてその後も枚挙に暇がないほどの新聞、書籍、雑誌などが原告の店を紹介し推奨している。例えば、
① 雑誌「服装」昭和四四年四月号の「おいしい店のヨコハマ」
② 雑誌「婦人生活」昭和四四年四月号の「二人の世界ヨコハマが呼んでいる」
③ 昭和四四年一〇月一六日付神奈川新聞記事「ヨコハマ秋色」
④ 昭和四四年一一月二一日付報知新聞記事「ディナーでデート」
⑤ 雑誌「東京うまいものめぐり」昭和四五年三月号
⑥ 昭和四五年五月刊行の書籍「ワンダフル横浜」の「多様・近代化の中に生き続ける明治の味」の項目
⑦ 雑誌「装苑」昭和四五年六月号の「ダイヤモンド地下街(横浜駅西口)」
⑧ 昭和四七年六月刊行の「たべあるき東京横浜鎌倉地図」
⑨ 昭和四八年三月発行の雑誌「週刊朝日」の「港町ガイド神戸・横浜」
⑩ 昭和四八年四月発行の雑誌「週刊現代」の「うまいもの屋」
⑪ 昭和四八年一一月発行の雑誌「アンアン」の「食べ歩きとショッピング横浜」
⑫ 昭和四八年一二月発行の雑誌「週刊サンケイ」の「情報コーナー」
⑬ 雑誌「装苑」昭和五〇年一一月号の「おいしいもの食べ歩き・東西・とんかつ」
⑭ 昭和五〇年一一月刊行の書籍「旅にでようよ―毎日新聞社刊―」の「港町Walk横浜神戸」
⑮ 昭和五一年九月刊行の書籍」ブルーガイドパック東京横浜」
⑯ 昭和五一年発行の雑誌「ミセス愛蔵版」の「関内と伊勢佐木町の美味処七軒」
などである。
(エ) その間原告は「勝烈庵」ののれんを守るため、また、消費者が誤認混同をきたし消費者に迷惑がかからないよう冒用者に対してその都度使用をやめてもらつている。
例えば昭和四九年一〇月四日東京の有限会社沙羅に対してその使用する「勝烈庵」を、昭和五二年一二月五日名古屋市守山区の山内正、山内早苗氏に対してその使用する「勝烈庵」を、神奈川県横須賀の有限会社味ビルに対しては、その使用する「勝れつ庵」をいずれもやめてもらつている。
これらの事実は、「勝烈庵」が原告の営業上の施設又は活動を表示するものとして日本国内において広く認識されている端的な証左である。
3 被告株式会社孔雀苑に対し
(一) 被告株式会社孔雀苑(以下「被告孔雀苑」という。)は、昭和五六年六月三日、鎌倉市大船六―一―一所在の松竹ショッピングセンター二階大船三越エレガンス棟内に店舗を設けてとんかつ料理店営業を開始し、現に営業しているものであるが、原告の周知営業表示「勝烈庵」を知悉し、又は過失によりこれを知らないで、営業開始以来その営業上の施設及び活動に「かつれつ庵」の表示を使用し、またそれを看板、パンフレット、マッチ、レシート、箸袋その他広告物等に使用している。
(二) 被告孔雀苑がその営業について使用している右「かつれつ庵」の表示は、原告がその営業について使用している前記「勝烈庵」の表示と比べると、いずれも「かつれつあん」の同一称呼を生じるので類似しており、また同被告は、原告と同様の営業形態のとんかつ料理店の営業活動について使用しているので、同被告がそのような表示を使用して営業することは、その営業を原告の営業上の施設又は活動と混同させるものである。
4 被告佐野に対し
(一) 被告佐野は、昭和五二年ころから、肩書地所在鈴久ビル一階に店舗を設けてとんかつ料理店営業を開始し、現に営業しているものであるが、原告の周知営業表示「勝烈庵」を知悉し、又は過失によりこれを知らないで、その営業上の施設及び活動に「かつれつあん」の表示を使用し、またそれを看板、暖簾、箸袋、パンフレット、マッチ、レシートその他広告物等に使用している。
(二) 被告佐野がその営業について使用している右「かつれつあん」の表示は、原告がその営業について使用している前記「勝烈庵」の表示と比べると、いずれも「かつれつあん」の同一称呼を生じるので類似しており、また同被告は、原告と同様の営業形態のとんかつ料理店の営業活動について使用しているので、同被告がそのような表示を使用することは、その営業を原告の営業上の施設又は活動と混同させるものである。
(三) 予備的請求について
仮に被告佐野の営業開始が昭和四三年であり、かつ何らかの理由で昭和四三年一月当時の周知が認められないとしても、「勝烈庵」が原告の営業上の施設又は活動を表示するものであることは、遅くとも昭和五二年当時にはすでに日本国内において広く認識されていた。
仮に被告佐野が原告の営業上の施設又は活動を表示するものとしての「勝烈庵」なる営業表示について知らず、「かつれつあん」の表示を営業上の施設又は活動に使用したとしても、被告佐野が原告と同様の営業形態のとんかつ料理店を営業しているので原告が被告佐野の行為により営業上の利益を害される虞あることは明らかである。
5 原告の被つた損害
被告らの前記不正競争行為によつて、原告に各方面から問い合わせが相次ぎ精神的苦痛を受けているうえ、被告らがとんかつ料理に原告ほどの材料、技術、配慮を用いていないところから、原告が長年培つた名声信用が毀損されており、財産的、非財産的損害を被つている。原告の被つた損害額は、右のうち、信用毀損に限つてみても被告らにつき少なくとも金三〇〇万円は下らない。
よつて、原告は、被告らに対して不正競争防止法一条一項二号に基づき請求の趣旨1(一)、(二)、2(一)(1)、(2)記載の不正競争行為の差止を、被告佐野に対して予備的に同法二条二項に基づき請求の趣旨2(二)記載の適当なる表示の付加を、被告らに対して同法一条の二に基づき一部請求として請求の趣旨1(三)及び2(一)(3)記載の損害の一部金の賠償及びそれに対する本訴状送達の日の翌日である昭和五六年九月二九日(被告孔雀苑につき)、同月二七日(被告佐野につき)以降完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを、それぞれ求める。
二 請求原因に対する認否
1 被告孔雀苑
(一) 請求原因1の事実は不知。
(二) 同2の各事実のうち、2の冒頭の事実は否認し、(一)(4)(ア)中の「勝烈庵」の営業表示が造語であることは認め、その余は不知。
(三) 同3(一)の事実のうち、被告孔雀苑がとんかつ専門料理店であること及び同被告が原告の営業表示「勝烈庵」を知悉し、又はそれを知らなかつたことが過失に基づくとの点は否認し、その余は認め、3(二)は争う。
(四) 同5の事実は否認する。
2 被告佐野
(一) 請求原因1の事実は不知。
(二) 同2の各事実のうち、2の冒頭の点は否認し、(一)のうち、冒頭部分及び(1)ないし(3)は不知、(4)(ア)は認め、(4)(イ)のうちの第一段落については、原告の例示する広告がなされたことは認め、その余は否認し、第二段落は不知、第三段落は認め、第四段落のうち被告佐野及びその妻の居住関係、被告佐野の修業関係は認め、その余は否認し、(4)(ウ)は認め、(4)(エ)は不知。
(三) 同4(一)のうち、被告佐野の営業開始年度、被告佐野が原告の営業表示を知悉し、又はそれを知らなかつたことが過失に基づくとの点は否認し(被告佐野がその営業を開始したのは昭和四三年である。)、その余は認め、4(二)の事実のうち、「かつれつあん」と「勝烈庵」とがいずれも「かつれつあん」の同一呼称を生ずることは認め、その余は否認し、4(三)の事実は否認する。
(四) 同5の事実は否認する。
三 被告孔雀苑の主張
「かつれつ」と「庵」は共に一般に使用される普通名詞である。
カツレツとは肉料理の一種で「薄切肉にパン粉をつけてあぶらで揚げたイギリス風の料理のこと」であり、カレー・天ぷら等と同様普通名詞である。
庵は本来「世間から逃れた風流人が住むそまつな家」の意であつたが、現在右意味とは別に、飲食店の営業あるいは店舗を表わすものとして広く使用されていることは公知の事実である。
したがつて、かつれつ庵とは、かつれつを専門、あるいは主として提供する飲食店という意であり、特異な名称というものではない。
庵の代りに例えば「天国」という如き表現をし、かつれつ天国という店各にしたならば、天国という表現が飲食店を一般に表示する普通名称でないところから、右二つの名称が一体となつて特異な表示と言えるが、前記のとおり「庵」には右の如き特異性はなく、かつれつと一体となつて表示されても、普通名称であることに何ら変りはない。
被告孔雀苑の店名は佐渡であり、これは被告孔雀苑の代表取締役堀豊吉の出身地が佐渡が島であるところから、右表示をしたのである。
仮に本件において、かつれつ庵大船店あるいはかつれつ庵鎌倉店の如く右店舗所在地の地名を付し、あたかもかつれつ庵の支店の如き表示をしたならば、かつれつ庵そのものが店名の主体となり、原告の店名との類似性が問題となるが、被告孔雀苑の店舗はそうではない。
一般人が被告孔雀苑の店名を通常に解釈すれば、かつれつを主として提供する飲食店佐渡と理解するもので、右以外の認識はなく、まして原告の店名と同一視することはない。
原告の店名に特異性があるとすれば、それはカツレツと言う音によるものでなく、右音を「勝烈」と言う特異な漢字をもつて表現したところにあり、したがつて「勝烈庵」という表示によつて初めて、他の料理店と区別し、原告の営業上の施設又は活動を表わすものと認識されるものである。
また仮にかつれつ庵と勝烈庵とに類似性があるとしても、前記のとおり店名の使用方法としてかつれつ庵が店名の主体をなすような表示をとつている場合にはじめて問題となり得るもので、被告孔雀苑のようにかつれつ庵が単に提供する飲食物の種類を表わしているに過ぎず、佐渡という店名が明白に表示されている場合には、全く類似性のおそれはないものと言うべきである。
以上のとおり「勝烈庵」とかつれつ庵「佐渡」とは明確に識別せられるもので、被告孔雀苑が右店名等を使用することにより、原告の営業上の施設又は活動と混同することはなく、被告孔雀苑の右使用は、不正競争防止法一条一項二号に該当しない。
更にカツレツとは料理の普通名詞であるから、被告孔雀苑がかつれつ庵「佐渡」と表示することは、同法二条一項二号に該当し、原告より何らの異議を受けるべきものではない。
第三 証拠〈省略〉
理由
一 〈証拠〉によれば以下の事実が認められる。
訴外小沢竹蔵は、昭和二年、神奈川県横浜市中区真砂町において、「勝烈庵」の屋号をもつてとんかつ料理店を創業した。
右店舗で提供していたとんかつは、一定水準以上の豚肉を素材として、特製のパン粉を用い、特別製の揚げ鍋によつて、数種類の油を独自の一定割合で混合した油で揚げたもので、それを八つ切りに食べやすいようにして客に提供し、またソースも二十数種類の材料を一昼夜煮込んだ特製のものであり、右とんかつを一夜漬けの大根の漬物、しじみのみそ汁を添えて提供していたもので、これが客の評判を得て店は繁昌し、右創業の約二年後には同市同区伊勢佐木町に支店を、更にその約二年後には同県川崎市内にも支店を設けた。
右小沢竹蔵は、右営業を継続するうち、昭和二五年に死亡し、その妻小沢テイが営業を引き継いだが、昭和三一年六月、現在の原告会社代表者本多マサオがその営業を譲り受け、「勝烈庵」の屋号及びパン粉、ソース等の独特の製法、味付け法等を承継し、国鉄横浜駅西口地下の名品街に店を開き、翌三二年四月には、右本多マサオが原告会社を設立して右「勝烈庵」の営業表示及び営業等に関する権利は原告会社に譲り渡され、以後原告会社において「勝烈庵」の営業表示にて営業してきたものである(但し、右会社設立当初は有限会社であつたものが、後に株式会社に組織変更された。)。
右営業は、右本多マサオ及び原告会社が承継した後も順調に発展し、請求原因2(一)(2)記載のとおりに次々と各地に店舗を設け、右以外にも、その後、神奈川県厚木市内にある小田急線本厚木駅の駅ビル内及び同駅近くの百貨店内にも出店しており、現在、原告会社は、従業員約二〇〇名、年間売上げ約一二億円、一日の利用客数約四、〇〇〇人にのぼるものである(但し、右に述べた原告の各店舗は、客がその場所で料理を食べる通常の料理店及び持ち帰り用に料理を販売する店の両者を含むものである。)。
右のように、原告の営業が発展する過程において、原告は、新聞広告、新聞の折り込みチラシ、電車内の中吊り広告等を利用して営業の宣伝を行い、また、請求原因2(一)(4)(イ)、(ウ)記載のとおりに、各種の雑誌、書籍に原告の店舗が紹介されたり、テレビ番組で原告の料理が取り上げられたりした。
以上の事実が認められ、これに反する証拠は存しない。
二 原告の営業表示の周知性について
1 以上の事実によれば、原告の営業は成功をおさめ、その営業表示は、横浜駅ないし原告の本店所在地たる横浜市中区常盤町付近を中心としてその周辺地域において広く認識されているものと認めることができる。
そして、まず、被告孔雀苑関係について見ると、原告の所在位置と被告孔雀苑の店舗のある神奈川県鎌倉市大船(被告孔雀苑が「かつれつ庵」ないし「かつれつ庵佐渡」の名で鎌倉市大船六―一―一に店舗を設け、とんかつ料理の営業をしている事実は当事者間に争いがない。)との距離的近接性・生活圏として密接性、一体性(このような近接性、密接性、一体性は職務上顕著である。)を考慮すると、原告の「勝烈庵」という営業上の表示は、被告孔雀苑の店舗のある鎌倉市大船周辺においても周知であると認めることができる。
2 被告佐野関係
(一) 被告佐野が、静岡県富士市平垣三五一番地に「かつれつあん」の名で店舗を設け、とんかつ料理の営業をしていることは当事者間に争いがない。
そこで、原告の営業表示が富士市付近で周知であるかについて検討するに、原告の営業表示が富士市付近において人々に知られるに至るとしたら、その手段、過程としては、第一に、富士市の住民が直接原告の店舗を利用し、その評判名声が人々の日常の会話を通じて序々に伝播してゆく方法(以下「くちコミによる方法」という。)と、第二に、テレビの全国放送、あるいは全国的に販売されている新聞、雑誌、書籍等の全国的なマスメディアによる方法(以下「マスメディアによる方法」という。)が考えられるので、以下において、これらの方法によつて、現実に原告の営業表示が富士市付近において周知性を獲得したと認められるか否かについて検討する。
(二) くちコミによる方法について
職務上顕著な事実によれば、被告佐野の前記店舗所在地の最寄の国鉄の駅は富士駅であり、同駅は東海道線で横浜駅、東京駅と連絡しているが、富士駅から横浜駅までは、普通電車で通常二時間半程度、急行電車で二時間程度、東京駅までは、普通電車で三時間程度、急行電車で二時間半程度を要するものである。
したがつて、富士駅は、東京ないし横浜周辺に対する通常の通勤圏を構成してはいないと考えられるし、また富士市の住民が休日等に日帰りで富士駅から横浜駅周辺まで買物、食事、観光等に出かけることは不可能ではないが、多くの住民が通常気楽に日帰りで出かけると想定しうるような距離関係にあるとは言えない。
右に指摘した点も含めて、富士駅と横浜駅との距離関係からして、原告の営業表示が、くちコミの方法によつて富士市内において周知性を獲得したことは推認できないし、他にもくちコミの方法による周知性を認むべき証拠はない。
(三) マスメディアによる方法について
原告の営業表示がマスメディアによつて一定程度全国的に紹介されたことは既に認定したとおりである。
ところで、マスメディアによる商号等の紹介の効果の程度については、当該営業の種類、紹介の方法、紹介の量等によつて異なることは言うまでもない。
そこで本件についてみると、第一に、マスメディアで紹介されたといつても、その伝達の度合、すなわち、テレビ放映について言えば富士市内における視聴率、雑誌等については発行部数が証拠上不明であるという点はさておくとしても、紹介の頻度は前出のとおり少なくはないといつても、大量生産、大量消費される商品の広告のように、一日に何度もテレビ放映されたり、各種の雑誌等に毎号のように掲載されて、たとえその商号ないし商品に関心のない者であつても不可避的にその商号を覚えさせられて世人に周知されるという程度に頻繁に宣伝されているような場合と比較すると、原告の営業表示がマスメディアに紹介された頻度はさほどのものではなく、原告の営業表示が当然に一般人に周知されたとは言えない。
第二に、マスメディアを通じて送られてくる無数の情報のうち、その全部が一般の人々の注意を引き、記憶に残るものではなく、そのうち各自の生活に関連のある事項か、あるいはそれ以外については特段の注目すべき特色のあるものに限られるのが通常であつて、原告の営業表示がテレビ等で紹介されたといつても、富士市の住民にとつては、原告の店舗はあくまでもある程度遠隔の地の飲食店にすぎず、通常直接利用する機会のあるものではなく(この点では全国的に販売している生活用品の商品名、商号の宣伝の例等とは異なる。)、富士市の普通の住民にとつて特に関心を引く事項であるとは考えられない。
以上の点からして、原告の営業表示がマスメディアで紹介されたといつても、それが富士市の住民の関心をどれだけ引き、住民の間にどれだけ浸透したかについては、おのずから限度があると見ざるをえず、マスメディアを通じて原告の商号が富士市において周知性を獲得したとは認められない。
(四) そして、前記のくちコミによる方法及びマスメディアによる方法の両者の効果を合せてもなお原告の営業表示が富士市において周知であるとまでは認められず、他にもそれを認むべき証拠は存しない。
したがつて、原告の被告佐野に対する請求はいずれも理由がないことに帰する。
三 原告と被告孔雀苑の各営業表示の類似性について
原告が「勝烈庵」の表示を用いて営業を行つていることは既に認定したところであり、被告孔雀苑がその営業上の施設及び活動に「かつれつ庵」の表示を使用していることは当事者間に争いがないので、以下右各営業表示の類似性について判断する。
「勝烈庵」と「かつれつ庵」と比較すると、両者は、読んだ場合に(呼称上)、同一の音を生じ、かつ「庵」については同一の漢字が用いられている点で共通しているのに反し、「カツレツ」の部分については、前者が「勝烈」という漢字が用いられているのに対し、後者は「かつれつ」という平がなが用いられている点で異なつている。
右前者の「勝烈」というのは、カツレツという普通名詞をもとにしながらも、そこに独特の漢字をあてた点に特色が存し、それが「勝烈庵」という営業表示全体の特色となつていることは確かであるけれども、「勝烈庵」の表示の特色はそれに尽きるものではなく、カツレツという元来日本には存在せず、明治時代以降に西洋から伝来したもので、日本の伝統からすれば新規である程度都会的な印象を与える言葉と、「庵」という日本的かつ古風であり、ひなびた印象を与える言葉とを組合わせたところに独特の語感、印象を生じさせているものと解することができ、その意味において、「勝烈庵」と「かつれつ庵」とは、後者が「勝烈」の漢字を用いていなくとも、なお重要な点において共通点を有する類似の営業表示と言うことができる。
そして、右に述べたような原告の営業表示の特色からして、被告孔雀苑の使用する「かつれつ庵」という表示は、カツレツという料理を提供する料理店を一般的に意味するにすぎない言葉とは解されないし、そのような普通名称として慣用されていると認むべき証拠も存しない。
ところで、〈証拠〉によれば、被告孔雀苑はその営業表示を「かつれつ庵佐渡」として、「かつれつ庵」の後に「佐渡」という文字を結合させていると認められるけれども、既に述べた「勝烈庵」と「かつれつ庵」の類似性からして、被告孔雀苑の右「かつれつ庵佐渡」の表示は、その表示の中に「かつれつ庵」の文字を含む限り、「勝烈庵」の支店、出店等原告と関連のある店舗であるとの誤認、混同を生ぜしめる類似の営業表示と言うことができる。
四 損害について
前述のような原告の営業表示と被告孔雀苑の営業表示との類似性からして、被告孔雀苑の「かつれつ庵」の表示を用いたとんかつ料理の営業によつて、原告の営業上の施設又は活動と混同され、原告がその営業上の利益を害されるおそれがあるものと推認されるけれども、原告がこれによつて現にその主張するような損害を被つたことを認めるに足りる証拠は存しない。
五 結論
以上によれば、原告の本訴請求のうち、被告孔雀苑に対して、飲食店営業の営業上の施設及び活動について「かつれつ庵」の表示の使用禁止を求める部分及び看板、パンフレット、広告物その他営業表示物件から「かつれつ庵」の表示の抹消を求める部分は理由があるからこれを認容し、被告孔雀苑に対するその余の請求及び被告佐野に対する請求は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条を適用し、仮執行宣言は相当でないのでこれを付さないこととして主文のとおり判決する。
(高橋久雄 山下和明 池田直樹)
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