裁判年月日 令和 4年10月 5日 裁判所名 東京地裁 裁判区分 判決
事件番号 令2(ワ)21047号
事件名 不正競争行為差止等請求事件
裁判結果 一部却下、一部棄却 文献番号 2022WLJPCA10059001
要旨
◆原告会社が、かつて同社にて勤務し、原告会社との間で本件秘密保持契約を締結していた被告に対し、別紙営業秘密目録記載1の電子データ情報(本件ファイル1)を取得し、また、同目録記載2ないし6の各電子データ情報(本件ファイル2ないし6)及び同目録記載7ないし13の各情報に係る電子データを別紙物件目録記載1及び2の各USBメモリに複製するなどして取得した上、それらを使用した被告の各行為が、不正競争防止法2条1項4号及び7号の不正競争に該当すると主張して、同法3条1項及び2項又は本件秘密保持契約に基づき、本件各ファイルを含む本件各情報の使用等の差止め及び本件各情報が記録された同各USBメモリを除いた文書等の廃棄を求め、さらに、所有権に基づき、同各USBメモリの返還を求めた事案において、本件各情報のうち、本件各ファイルは、同法2条6項の「営業秘密」に該当すると認められるが、被告が不正の手段により本件各ファイルを取得したとは認められないとし、また、各USBメモリの所有権は被告に移転したとし、本件訴えのうち、本件秘密保持契約に基づき被告に対して本件各ファイルを使用し、又は、第三者に開示若しくは使用させてはならないことを求める部分を、訴えの利益を欠くとして却下するとともに、その余の請求を棄却した事例
出典
裁判所ウェブサイト
参照条文
不正競争防止法2条1項4号
不正競争防止法2条1項7号
不正競争防止法2条6項
不正競争防止法3条1項
不正競争防止法3条2項
民事訴訟法135条
裁判年月日 令和 4年10月 5日 裁判所名 東京地裁 裁判区分 判決
事件番号 令2(ワ)21047号
事件名 不正競争行為差止等請求事件
裁判結果 一部却下、一部棄却 文献番号 2022WLJPCA10059001
原告 クラリアントケミカルズ株式会社
同訴訟代理人弁護士 三浦繁樹
佐々木茂
被告 A
同訴訟代理人弁護士 鳥海哲郎
正田琢也
主文
1 本件訴えのうち、原告と被告との間の秘密保持契約に基づき被告に対して別紙営業秘密目録記載1ないし6の各情報を使用し、又は、第三者に開示若しくは使用させてはならないことを求める部分を却下する。
2 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
1 被告は、別紙営業秘密目録記載の各情報を使用し、又は、第三者に開示若しくは使用させてはならない。
2 被告は、別紙営業秘密目録記載の各情報が記録された文書及び電磁的記録媒体(別紙物件目録記載1及び2の各USBメモリを除く。)を廃棄せよ。
3 被告は、原告に対し、別紙物件目録記載1及び2の各USBメモリを返還せよ。
第2 事案の概要
1 事案の要旨
本件は、原告が、被告に対し、かつて原告にて勤務しており、原告との間で秘密保持契約(以下「本件秘密保持契約」という。)を締結していた被告が、別紙営業秘密目録記載1の情報(電子データ)(以下「本件ファイル1」という。)を取得し、また、同目録記載2ないし6の各情報(電子データ)(以下「本件ファイル2」、「本件ファイル3」などという。)及び同目録記載7ないし13の各情報(以下「本件情報7」、「本件情報8」などといい、本件ファイル1ないし6と併せて「本件各情報」という。)に係る電子データを別紙物件目録記載1及び2の各USBメモリに複製するなどして取得した上、それらを使用した各行為が、不正競争防止法(以下「不競法」という。)2条1項4号及び7号の不正競争に該当すると主張して、不競法3条1項及び2項又は本件秘密保持契約に基づき、本件各情報の使用等の差止め及び本件各情報が記録された文書等(ただし、同各USBメモリは除く。)の廃棄を求め、さらに、所有権に基づき、同各USBメモリの返還を求める事案である。
2 前提事実(当事者間に争いのない事実並びに後掲の証拠(以下、書証番号は特記しない限り枝番を含む。)及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)
(1) 当事者等
ア 原告は、顔料等を製造及び販売する株式会社である。
イ 被告は、昭和57年4月に原告の前身となる会社に入社し、平成31年1月から、原告の顔料ビジネスユニットにおけるマーケティング部門のマネージャーの地位にあった。
被告は、令和2年1月1日から、SUDARSHAN JAPAN株式会社において、セールスディレクターとして、マーケット情報、販売、価格戦略、顧客対応、販路管理、ブランディング等の業務を行っている。
ウ SUDARSHAN JAPAN株式会社は、インドに本社があるSudarshan Chemical Industries Limited(以下、両社を併せて「SUDARSHAN社」という。)の日本法人であり、着色顔料の販売、卸売、輸入、輸出等を行うことを目的として、令和元年10月29日に設立された株式会社である。
SUDARSHAN社は、顔料等の販売について、原告と競合する関係にある。
(2) 原告の就業規則等
ア 平成31年1月1日に定められた原告の就業規則15条2項には、「社員は、会社の施設および物品を、会社の許可なく私的に使用してはならない。」と、同条3項には、「社員は、会社の機密、ノウハウ、出願予定の権利等に関する書類、テープ、ディスク等の電子情報を会社の許可なく私的に使用し、複製し、会社施設外に持ち出し、または他の縦覧に供し、もしくは使用させてはならない。」との規定が存在している(甲7)。
イ 平成25年4月版の原告の行動規範の「10.守秘義務」においては、「10.1 クラリアントでの雇用期間中ばかりでなく退職後においても、従業員は、クラリアントに雇用されている間に知り得たクラリアントの営業秘密その他の秘密情報のすべてに関する絶対的な秘密性を厳守しなければならない。」及び「10.2 秘密情報には、クラリアントの事業活動、技術、知的財産、財務状況および従業員に関する情報、ならびにクラリアントの顧客、供給業者(サプライヤー)およびビジネス・パートナーに関するすべての情報が含まれる。クラリアントの知的財産には、営業秘密、特許、商標および著作権ばかりでなく、事業計画、マーケティング計画、サービス計画および技術知識も含まれる。」と定められている(甲8)。
(3) 誓約書の提出
被告は、令和元年12月6日、原告に対し、秘密保持に関する誓約書(以下「本件誓約書」という。)を提出した(甲12)。
本件誓約書の第1条には、「会社を退職した後においても、次に示される秘密情報及び開発物について、会社の許可なく、不正に開示又は不正に使用しないことを約束いたします。」、「「秘密情報」とは、会社又はその関連会社が所有又は使用している経済的に価値のあるすべての専有情報で、公に知られていないものをいう。」などと規定され、「秘密情報」に含まれるものの例として、「技術情報:技術、ノウハウ、営業秘密、方法、工程、技量、製品処方、デザイン、…」、「取引情報:…、取引価格、顧客リスト、製品計画・戦略、価格設定/原価情報、…」、「営業情報:サービスの価格設定、市場分析、競争者分析、広告戦略、…」等が挙げられている(甲12)。
(4) 本件USBメモリ
ア 被告は、令和2年1月17日及び同年3月24日、被告訴訟代理人鳥海哲郎(以下「被告代理人」という。)に対し、USBメモリを1本ずつ預けた(甲21。以下、これらのUSBメモリを併せて「本件USBメモリ」という。)。
イ 原告は、平成30年当時、本件USBメモリを所有していた(弁論の全趣旨)。
3 争点
(1) 不競法に基づく請求に関して
ア 本件各情報の営業秘密性(争点1)
イ 被告が不正の手段により本件ファイル1を取得したか(争点2)
ウ 被告が、本件ファイル2ないし6及び本件情報7ないし13を不正の手段により取得し、不正の利益を得る目的で又は原告に損害を加える目的で使用し又は開示したか(争点3)
エ 差止め等の必要性(争点4)
(2) 本件秘密保持契約に基づく請求に関して
被告が本件秘密保持契約に基づき本件各情報を使用しない義務等を負うか(争点5)
(3) 所有権に基づく請求に関して
被告に本件USBメモリが譲渡されたか(争点6)
4 争点に関する当事者の主張
(1) 争点1(本件各情報の営業秘密性)について
(原告の主張)
ア 秘密管理性について
(ア) 原告の就業規則では、「社員は、会社の機密、ノウハウ、出願予定の権利等に関する書類、テープ、ディスク等の電子情報を会社の許可なく私的に使用し、複製し、会社施設外に持ち出し、または他の縦覧に供し、もしくは使用させてはならない。」(就業規則15条3項)と、原告の行動規範では、「クラリアントでの雇用期間中ばかりでなく退職後においても、従業員は、クラリアントに雇用されている間に知り得たクラリアントの営業秘密その他の秘密情報のすべてに関する絶対的な秘密性を厳守しなければならない。」、「秘密情報には、クラリアントの事業活動、技術、知的財産、財務状況および従業員に関する情報、ならびにクラリアントの顧客、供給業者(サプライヤー)およびビジネス・パートナーに関するすべての情報が含まれる。クラリアントの知的財産には、営業秘密、特許、商標および著作権ばかりでなく、事業計画、マーケティング計画、サービス計画および技術知識も含まれる。」(行動規範10)と、それぞれ定められていた。このように、原告においては、就業規則及び行動規範により、原告の従業員に対して秘密保持義務が課せられ、秘密情報の持ち出し等が禁止されていた。
また、被告は、原告を退職する際、本件誓約書を提出しているところ、本件誓約書には、秘密情報について不正に開示し、又は不正に使用しないことが定められていた。
さらに、本件ファイル2ないし5は、「Confidentiality Commitment/Access to Commercial Margins」(守秘義務/“利益管理ファイル”へのアクセスについて)と題する書面を提出することを前提に、これを閲覧することが許されていた。
加えて、原告の従業員が原告のネットワークにログインするためには、原告が発行するID及びパスワードを入力して、原告から貸与されたパソコンにログインする必要があった。そして、本件各情報を含む原告における電子データは、従業員全員が閲覧することができるものではなく、原告のネットワーク上のファイル共有システムであるSharePointを利用し、アクセス権限が与えられた者のみが閲覧することができるシステムとなっていた。
(イ) 被告は、同じビジネスユニット内での異動の場合には、従前所属していた部署のSharePoint上のフォルダに継続してアクセスすることができ、原告はアクセス権限を適切に管理していなかったと主張するが、そのような事実はない。マーケティング部門の被告がコーティング部門のSharePoint上のフォルダにアクセスすることができたのは、後任のコーティング部門のマネージャーが外部から来た者であったため、被告のコーティング部門のSharePoint上のフォルダに対するアクセス権限が、1年をめどに延長されたためである。
また、被告は、SharePoint上で管理されている電子データをプリントアウトしたり、貸与パソコンに保存したりすること等は禁止されていなかったと主張するが、就業規則及び行動規範によれば、秘密情報を私的に複製することは禁止されており、目的外利用も禁止されていたことは、いずれも明らかである。
(ウ) 以上によれば、本件各情報には秘密管理性が認められる。
イ 有用性について
(ア) 本件ファイル1について
本件ファイル1は、原告及び競合他社が顧客に対して販売している各色の製品の販売数量、単価、市場規模の合計額等のデータが記載されたエクセルファイルである。この情報により、顧客に対し、どのような製品をどのような価格で販売すればよいかが明らかとなり、原告を含めた競合他社よりも低い価格で提案すれば、購入先の変更に応じてくれる可能性が高くなるし、低い価格を提示するとしても、その差額を最小限とすることで、確実に利益を極大化することができる。
したがって、本件ファイル1には有用性が認められる。
(イ) 本件ファイル2ないし6について
本件ファイル2には、原告の全世界における売上金額、売上数量、利益率等が、本件ファイル3には、原告の売上げ及び利益の前年対比の要因分析の結果が、本件ファイル4には、原告の販売先のグループ会社、個別の販売先、販売している製品の種類、販売量、個別の単価等のデータが、本件ファイル5には、売上げ、販売分野、品目分類、販売顧客、担当者、出荷先、品目、数量、利益及び利益率のデータが、本件ファイル6には、原告の日本における顧客別、販売別及び商社別の過去3年間の実績及び今後1年間の販売予測に関するデータが、それぞれ記録されていた。これらの内容は、原告の競合他社が市場に参入する場合、あるいは、原告から顧客を奪おうとする場合、有益な情報である。
したがって、本件ファイル2ないし6には有用性が認められる。
(ウ) 本件情報7について
本件情報7は、製品のレシピであり、これにより原告の製品の品質を再現できるところ、顔料製品は特定の化学物質であり、原告が資金を投じて長年にわたり研究開発してきた結果に基づき、修飾物質(化学物質)をどの程度配合するかにより、顔料の利用用途に応じて顔料製品が備えるべき特性を満たすことができるようになる。
したがって、本件情報7には有用性が認められる。
(エ) 本件情報8について
本件情報8は、製品の安全データ、すなわち、顔料製品に適用される各種規制等に対して規制に適合していることを証明するためのデータであり、日本で顔料ビジネスを始めるに当たって有用な情報であるといえるから、有用性が認められる。
(オ) 本件情報9について
本件情報9は、輸出入のノウハウ、すなわち、どのような法規があるか、遵守すべき不純物の含有量はどの程度か、化学物質の輸出入に対する数量管理をどのようにするか、国及び業界団体とどのように交渉していくかについてのノウハウであり、有用な情報であるといえるから、有用性が認められる。
(カ) 本件情報10について
本件情報10は、オペレーションの状況に関する情報、すなわち、原告の工場における原料費、固定費(人件費及び減価償却費の内訳を含む。)及び変動費(各々の消耗品の単価)に関する情報であり、これにより、原告の競合他社は、原告に対して価格戦略をとるべきか、あるいは、技術サービス等の提供を厚くするなどそれ以外の戦略をとるべきかを決定することができ、有用な情報であるといえるから、有用性が認められる。
(キ) 本件情報11について
本件情報11は、競合他社の顔料製品の品番、価格、利用している表面処理剤の種類及び数量、競合他社がどの範囲の顔料製品を自社生産し、又は他社に生産委託しているか、競合他社の強み及び弱み(営業力、製造コスト及び技術サービスについて優れているか、劣っているか)、力を入れている用途(印刷用途、プラスチック用途等)に関する情報であり、顔料製品のマーケットにおいてどのような戦略をとるべきかが分かる有用な情報であるといえるから、有用性が認められる。
(ク) 本件情報12について
本件情報12は、原告が利用している商社、商社に対して支払っているマージン、商社の取り扱い分野(印刷材料、塗料材料等)、商社の得意先に関する情報、商社の在庫管理、営業方法、取次マージン等に関する情報であり、原告の競合他社がどのように商社を利用すべきかを判断するために有用な情報であるといえるから、有用性が認められる。
(ケ) 本件情報13について
本件情報13は、マーケットを細分化して分析し、原告の強みと重ね合わせ、どこに注力すべきかを検討した全体的なデータであり、有用な情報といえるから、有用性が認められる。
ウ 非公知性について
本件各情報は、その性質上、第三者に対して開示するようなものではなく、公然と知られているものではないから、非公知性が認められる。
エ 小括
以上のとおり、本件各情報は、いずれも、秘密管理性、有用性及び非公知性が認められるから、「営業秘密」(不競法2条6項)に該当する。
(被告の主張)
ア 秘密管理性について
(ア) 原告は、就業規則や行動規範、本件誓約書等により、本件各情報が秘密情報として管理されていたと主張する。
しかし、これらにおいては、一般的かつ包括的な秘密保持義務等が記載されているにすぎず、これをもって、被告を始めとする原告の従業員が、具体的にいかなる情報が原告の営業秘密に該当するものとして管理されているかを認識することはできなかった。
(イ) 原告は、本件各情報を含む原告における電子データは、原告のネットワーク上のSharePointを利用し、アクセス権限が与えられた者のみが閲覧することができるシステムを採用していると主張する。
しかし、原告において取り扱われている全ての電子データがSharePoint上で管理されているというものではなく、各従業員のパソコン等にのみ保存されているものも多数存在する。
また、原告のSharePointにおいて、少なくとも同じビジネスユニット内での異動の場合には、従前所属していた部署のフォルダに継続してアクセスすることができ、別の部門の電子データにアクセスすることも何ら妨げられておらず、アクセス権限の管理はされていなかった。
さらに、原告のSharePoint上で管理されていた情報も、その性質や機密性の程度、情報量等は様々であり、SharePoint上で管理されていたことの一事をもって、従業員において、何が営業秘密に該当し、何が該当しないのかを認識することはできなかった。
その上、原告においては、「秘密」や「Confidential」等の秘密情報であることを示す記載のないものも多数あったし、SharePoint上で管理されている電子データをプリントアウトしたり、各従業員に貸与されたパソコンに保存すること等は禁止されていなかっただけでなく、これらのプリントアウトした資料を回収したり、各従業員の貸与パソコンに保存された電子データを削除させたりする運用が行われていたということもなかった。取引先等の外部の者との間で、秘密保持に関する覚書等を締結することはなかったし、メールやUSBメモリ等により、電子データを共有することも行われていた。
(ウ) 以上によれば、原告の秘密管理の手法や実態は杜撰なものであり、本件各情報が秘密として管理されていたとはいえず、原告の従業員において秘密として管理されていると認識することはできなかったから、本件各情報について秘密管理性は認められない。
イ 有用性について
(ア) 本件ファイル1について
原告は、どのような製品をどのような価格で販売すればよいかが明らかとなるから、本件ファイル1には有用性が認められると主張するが、顔料製品を販売するに当たっては、価格以外にも、製品の品質や性能、提供可能数量、提供可能時期等の様々な要因が関わってくるから、価格情報のみによって販売活動が容易になるものではない。
したがって、本件ファイル1に有用性は認められない。
(イ) 本件ファイル2ないし6について
有用性に関しては、具体的な情報との関係で検討がされるべきであるが、本件ファイル2ないし6の具体的な内容が明らかではない以上、原告の主張からは、どのような事情により、本件ファイル2ないし6につき有用性が認められるとするのかが明らかでない。
(ウ) 本件情報7ないし13について
本件情報7ないし13について、原告は、具体的な情報を特定することなく、一般的かつ抽象的な情報に関する有用性を主張するのみであるから、本件情報7ないし13に有用性が認められるかについては、不知である。
ウ 非公知性について
(ア) 本件ファイル1ないし6について
非公知性に関しては、具体的な情報との関係で検討がされるべきであるが、本件ファイル1ないし6の具体的な内容が明らかではない以上、原告の主張からは、どのような事情により、本件ファイル1ないし6につき非公知性が認められるとするのかは明らかでない。
(イ) 本件情報7ないし13について
本件情報7ないし13について、原告は、具体的な情報を特定することなく、一般的かつ抽象的な情報に関する非公知性を主張するのみであるから、本件情報7ないし13に非公知性が認められるかについては、不知である。
エ 小括
以上のとおり、本件各情報は、いずれも秘密管理性、有用性及び非公知性が認められないから、「営業秘密」に該当しない。
(2) 争点2(被告が不正の手段により本件ファイル1を取得したか)について
(原告の主張)
ア 被告は、令和元年8月頃、かつて、原告の顔料ビジネスユニットの統括責任者であった、SUDARSHAN社のB(以下「B」という。)に勧誘され、SUDARSHAN社に転職することを決め、同年9月頃には、原告の他の従業員に対し、引き抜き活動を行っていた。
このような中、被告は、自らの担当業務ではない原告のプラスチック部門におけるマーケット分析を行うプロジェクト(以下「本件プロジェクト」という。)があることに目を付け、同月2日、原告が本件プロジェクトを補助するよう指示していないにもかかわらず、同部門のマネージャーであったC(以下「C」という。)に対し、本件プロジェクトにおけるデータの整理及び収集を手伝う旨を申し出て、Cから、本件ファイル1を受領した。本件ファイル1は、原告のSharePoint上で管理され、プラスチック部門の従業員にアクセス権限が付与されていたところ、マーケティング部門の被告にはアクセス権限がなかった。
したがって、被告は、本件ファイル1にアクセスすることができなかったにもかかわらず、これを取得するために、本件プロジェクトを手伝うと説明するなどの不正の手段により、Cからこれを取得したものであるから、上記の行為は不競法2条1項4号の不正競争に該当する。
イ これに対して、被告は、被告の所属していたマーケティング部門は、顔料ビジネスの案件を広く担当しており、顔料ビジネスの一領域であるプラスチック部門と共同でプロジェクトを担当することも予定されていたと主張する。
しかし、被告は、これまでにプラスチック部門に関わったことはなかったし、平成31年に新設されたばかりのマーケティング部門は、顧客情報を幅広く入手したり、各部署と連携したりすることは予定されていなかった。また、原告は、被告に対し、Pricing(原料が変遷する化学品市場において、原料の変遷を遅滞なく価格に連動させること)の活動方針の立案作業をするよう指示していたものであり、それ以外の業務を依頼したことはない。
したがって、マーケティング部門においては、プラスチック部門に係る情報の収集を必要とする業務は予定されておらず、被告は、本件ファイル1に係る情報を取得することを認められていなかったものであるから、被告の上記主張は理由がない。
(被告の主張)
ア 被告がSUDARSHAN社のBから転職の勧誘を受けたことは認めるが、令和元年8月頃に転職を決めていたわけではない。
被告が所属していたマーケティング部門は、顔料ビジネスの案件を広く担当していたことから、同部門の従業員が顔料ビジネスの一領域であるプラスチック部門の営業社員と共同でプロジェクトを担当することも予定されていた。そして、被告は、プラスチック部門の2名の営業社員がいずれも中途入社の従業員であり、知識及び経験が乏しく、顔料ビジネスの他の部門と比較してプロジェクトに対する体系的なアプローチができていないと感じたことから、自らの経験が役に立つと考え、本件プロジェクトのサポートを申し出た。その結果、被告は、原告から、正式に本件プロジェクトのサポートを依頼され、本件プロジェクトに関連する情報を共有することとなり、Cから、本件ファイル1の送付を受けたものである。
したがって、被告は不正の手段により本件ファイル1を取得したものではないから、上記の行為は不競法2条1項4号に該当しない。
イ これに対して、原告は、被告に対して本件プロジェクトを補助するよう指示したことはないと主張する。
しかし、被告は、本件ファイル1を取得した当時、顔料ビジネスユニットの統括責任者であった原告代表者に対し、本件プロジェクトに参画することについて報告し、その了承を得た上で、本件プロジェクトに係る会議等の資料や議事録をメールで送信するなどしており、同人から、本件プロジェクトに関与しないよう指示されたこともなかった。
したがって、原告の上記主張は理由がない。
(3) 争点3(被告が、本件ファイル2ないし6及び本件情報7ないし13を不正の手段により取得し、不正の利益を得る目的で又は原告に損害を加える目的で使用し又は開示したか)について
(原告の主張)
ア 被告は、令和元年10月15日、SUDARSHAN社との間で、セールスディレクターとして、マーケット情報、販売、価格戦略、顧客対応等の業務に従事し、固定年収を1600万円、インセンティブ報酬を400万円とする雇用契約を締結しており、SUDARSHAN社での営業成績を向上させ、これにより高評価を得てインセンティブ報酬を増やそうとしたり、SUDARSHAN社の売上げを増加させ、原告の売上げを減少させようとしたりする動機があった。
そのような中、被告は、原告の就業規則及び行為規範上、データのコピーが禁止されているにもかかわらず、令和元年11月13日、原告に対して退職願を提出し、同月19日以降は有給休暇を消化し、残された業務は引き継ぎ程度であったにもかかわらず、同月15日、原告が貸与し、自らが業務に用いていたパソコン(以下「本件PC」という。)に本件USBメモリを接続し、本件PCに保存されていた、自らが担当していた顔料ビジネスに関する重要データである本件ファイル2ないし6及び本件情報7ないし13に係る電子データを、本件USBメモリに複製した。
したがって、被告は、不正の手段により、営業秘密である本件ファイル2ないし6及び本件情報7ないし13を取得したものであるから、上記の行為は不競法2条1項4号の不正競争に該当する。また、被告は、不正の利益を得る目的で又は原告に損害を加える目的で、これらを使用し、又は開示したから、上記の行為は不競法2条1項7号の不正競争にも該当する。
イ これに対して、被告は、本件USBメモリにいかなるデータを保存したか覚えていないなどとして、本件ファイル2ないし6及び本件情報7ないし13に係る電子データを本件USBメモリに複製した事実を否認する。
しかし、データをコピーする際、フォルダやファイルを選択して移行するはずであるから、どのようなデータを移行したか覚えていないというのは不自然である。
また、被告は、本件PCのデータを全て抹消した上で、これを原告に対して返還しているところ、本件PCについて行ったフォレンジック調査の結果(甲9、17、18、20。以下「本件調査結果」という。)によれば、本件PC(Cドライブ)と外部機器(Dドライブ)には同じ名称のフォルダが多数存在し、特に、本件ファイル2ないし6が保存されていた本件PC(Cドライブ)内の「(フォルダ名は省略)」及び「(フォルダ名は省略)」という名称のフォルダは、外部機器(Dドライブ)にも存在することからすると、本件各情報が本件USBメモリに複製されたと認められる。
(被告の主張)
ア 被告は、原告を退職した後も、社外コンサルタントとして、原告の石油添加剤ビジネスに関与することが予定されており、BU OMS(石油及び鉱物業界向けの添加剤を取り扱う部門)におけるグローバルの部門長も、被告が、原告を退職した後、SUDARSHAN社に就職することを認識しながら、社外コンサルタントとしての関与を承認していたから、上記ビジネスに関する業務については、被告は、退職届を提出した後も、引き続き行うことが予定されていた。
被告は、原告から貸与された本件PCに本件USBメモリを接続し、本件PCに保存されていた何らかの電子データを本件USBメモリに複製したことはあるものの、いつ、いかなる電子データを複製したかの詳細は覚えていないから、本件USBメモリに本件ファイル2ないし6及び本件情報7ないし13に係る電子データを複製したとの事実は否認する。
イ これに対して、原告は、被告が本件USBメモリに本件ファイル2ないし6及び本件情報7ないし13に係る電子データを複製したことが「不正の手段」(不競法2条1項4号)に該当し、被告は「不正の利益を得る目的」(同項7号)等でこれらを使用し、又は開示したと主張する。
しかし、本件調査結果によっても、本件ファイル2ないし6及び本件情報7ないし13に係る電子データが本件USBメモリに複製されたことは、直接には明らかとなっていない。本件ファイル2ないし6が保存されていたという本件PC(Cドライブ)内のフォルダの名称は「(フォルダ名は省略)」及び「(フォルダ名は省略)」であり、極めて簡潔かつ一般的な名称であって、そのような名称のフォルダが共通することをもって、本件PC(Cドライブ)から外部機器(Dドライブ)に複製されたことを裏付けるものとはいい難い。しかも、上記のCドライブとDドライブとでは、「(フォルダ名は省略)」及び「(フォルダ名は省略)」に係るフォルダ構成が異なっていることから、ドラッグアンドドロップによる複製がされたとは認められない。
また、「不正の手段」には、社会通念上、窃盗、詐欺、強迫と同様の違法性を有すると判断される、公序良俗に反する手段をいうと解される。しかし、被告は、本件各情報が保存されていたとされるSharePointにアクセスすることが認められていたし、原告が利益管理に係る電子データを閲覧するために提出しなければならなかったと主張する、「Confidentiality Commitment/Access to Commercial Margins」(守秘義務/“利益管理ファイル”へのアクセスについて)と題する書面にも、ユーザーのモバイルストレージにダウンロードすることができると記載されており、本件USBメモリに本件各情報に係る電子データを保存することは禁止されていなかった。このような事情に照らせば、被告が本件ファイル2ないし6及び本件情報7ないし13に係る電子データを本件USBメモリに複製したとしても、上記のような「不正の手段」に該当するものではない。
さらに、被告は、本件PCに本件USBメモリを接続した後、本件USBメモリに複製したデータを一度も使用しておらず、被告が本件各情報を使用し、又は第三者に対して開示したことを認めるに足りる証拠はない。
したがって、原告の上記主張は理由がない。
(4) 争点4(差止め等の必要性)について
(原告の主張)
被告は、原告の競合会社であるSUDARSHAN社において勤務しており、前記(3)(原告の主張)アのとおり、SUDARSHAN社での営業成績を向上させ、これにより高評価を得てインセンティブ報酬を増やそうとする動機があることからすると、本件各情報の使用等の差止め並びにこれらが記録された文書及び電磁的記録の廃棄を求める必要性が認められる。
(被告の主張)
否認ないし争う。
(5) 争点5(被告が本件秘密保持契約に基づき本件各情報を使用しない義務等を負うか)について
(原告の主張)
被告は、令和元年12月6日、原告に対し、本件誓約書を提出したことにより、原告との間で、本件秘密保持契約を締結した。本件秘密保持契約では、本件誓約書に記載された技術情報、取引情報、営業情報並びに原告が秘密として指定した情報及び開発物について、原告の許可なく、不正に開示し又は不正に使用してはならない旨が定められていたことから、被告は、上記の各情報に該当する本件各情報について、不正に開示し又は不正に使用しない義務を負っている。
また、上記義務には、当然に、技術情報、取引情報及び営業情報に該当する本件各情報について、これを記録している媒体から削除する義務が含まれる。
(被告の主張)
否認ないし争う。
(6) 争点6(被告に本件USBメモリが譲渡されたか)について
(被告の主張)
本件USBメモリを含む同様のデザインのUSBメモリ(以下「販促用USBメモリ」という。)は、販売促進用の記念品であり、原告の従業員によって顧客等に配布されていた。原告においては、販促用USBメモリのほかにも、ボールペンや付箋等の販売促進用の記念品が複数存在するが、これらは、原告の従業員が業務外で私物として使用することも多く、原告もこのような取扱いを黙認していた。実際に、販促用USBメモリは、鍵のかかっていないキャビネットに置かれ、従業員がこれを持ち出す際にも、台帳等に記載するなどといった手続は不要であり、自由に持ち出すことが可能であった。
被告は、平成30年頃、本件USBメモリを使用し始めたが、本件訴訟に先行する保全事件(東京地方裁判所令和2年(ヨ)第22013号)において、原告の令和2年7月30日付け債権者第4準備書面が提出されるまで、原告から、本件USBメモリの返還を求められたことはなかった。また、被告以外の従業員の中にも、上記記念品を私物として使用している者は多数いるが、原告がこれらの従業員に対して当該記念品の返還を求めた例はない。
したがって、本件USBメモリの所有権は、黙示の合意により、被告に移転し、原告はこれを喪失したというべきである。
(原告の主張)
原告は、本件USBメモリを含む販促用USBメモリを、原告の販売促進のために配布していた。在庫数等の管理は厳密には行われていなかったものの、あくまで販売促進のために顧客に対して配布して利用することが前提となっており、従業員が私物として利用することは予定されていなかった。原告の就業規則上も、従業員は会社の施設及び物品を会社の許可なく私的に使用してはならないとされていた。
原告が、本件訴訟に先行する保全事件に至り、被告に対して本件USBメモリの返還を求めたのは、同事件の手続において、被告が被告代理人に対して預けた本件USBメモリの写真を見て、本件USBメモリが販促用USBメモリであることを把握したからにすぎない。
したがって、本件USBメモリの所有権は被告に移転しておらず、原告は、被告に対し、所有権に基づき本件USBメモリの返還を求めることができる。
第3 当裁判所の判断
1 認定事実
証拠(甲3、6、10、11、13ないし15、22ないし25、乙3、原告代表者本人、被告本人)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実を認めることができる。
(1) 平成31年1月1日当時、原告の顔料ビジネスユニットは、マーケティング部門、プラスチック部門、コーティング部門等の5つの部門からなり、被告は、マーケティング部門を統括するマネージャーであった。マーケティング部門は、顔料事業部門全体の活動を強化するために設けられた部署であり、具体的には、市場情報を網羅的に収集すること、顧客に対して原告の価値を広く伝えること、原料の変遷を遅滞なく価格に反映させること等の業務を担っていた。(甲6、乙3、原告代表者本人、弁論の全趣旨)
(2) プラスチック部門のマネージャーであったCは、平成31年3月25日から、プラスチックに係る売上げを拡大するために市場の調査分析を行う本件プロジェクトを行っていた(甲14、原告代表者本人、被告本人、弁論の全趣旨)。
(3) 被告は、令和元年8月頃、SUDARSHAN社のBから、SUDARSHAN社に転職することを勧誘された(甲6、弁論の全趣旨)。
(4) 被告は、令和元年9月頃、原告の一部の従業員に対し、SUDARSHAN社に転職することを勧誘した(甲6、23ないし25)。
(5) Cは、令和元年9月2日、被告に対し、本件ファイル1を送信した(甲22)。
(6) 被告は、令和元年10月15日、SUDARSHAN社との間で、令和2年1月1日を始期とする雇用契約を締結した。被告のSUDARSHAN社における報酬は、固定年収が1600万円、インセンティブ報酬が400万円とされ、6か月ごとに仕事内容に関する査定が行われて報酬に反映されることになっていた。(甲3)
(7) 被告は、令和元年10月28日、自らの私的なメールアドレスに、本件ファイル1を送信した(甲13)。
(8) 被告は、令和元年11月13日、原告に対し、同年12月31日をもって退職する旨の退職届を提出した(甲6、11)。
(9) 被告は、令和元年11月15日、原告から貸与された本件PCに本件USBメモリを接続し、本件PC内の一部の電子データを本件USBメモリに複製した。その様子を目撃し、違和感を持った原告の従業員は、直ちに、自らの上司に対し、その旨を報告した。この当時、顔料ビジネスユニットの統括責任者であった原告代表者は、同日夕方、被告に対し、上記の件を問いただしたところ、被告は、本件PC内の私的な電子データを保存しただけであると答えた。(甲6、15)
(10) 被告は、令和元年11月19日以降、有給休暇を利用して、原告に出勤しなかった(弁論の全趣旨)。
(11) 原告は、令和元年12月27日、被告との間で、オンラインミーティングを行い、被告に対し、競合他社のために何らかの協力をしたか、原告の従業員に対する競合他社への引き抜きに関与したか、原告の営業秘密情報を私的に取得したり、第三者に対して漏洩したりしたことがあるかなどと質問した。被告は、これらをいずれも否定したが、本件USBメモリを本件PCに接続し、いくつかのファイルを複製したことは認め、原告の顔料事業に関連したものを複製したかは思い出すことができず、本件USBメモリにこれが保存されていた場合は削除するなどと答えた。(甲10)
(12) 原告は、令和元年12月27日、被告が原告での就業時間内に原告の従業員に対するSUDARSHAN社への引き抜き活動を行ったこと、被告が被告の業務に無関係な営業関連情報を自らの私的なメールアドレスに送信し、USBメモリに保存したこと等を理由として、被告を同月28日付けで懲戒解雇する旨の解雇通知書を作成し、被告に対して同通知書を発出した。被告は、令和2年1月3日、同通知書を受領した。(甲11、弁論の全趣旨)
2 争点1(本件各情報の営業秘密性)について
(1) 本件ファイル1ないし6について
ア 秘密管理性について
(ア) 前記前提事実(2)のとおり、平成31年1月1日に定められた原告の就業規則は、従業員は、原告の許可なく、原告の機密、ノウハウ等に関する書類、電子情報等を私的に使用したり、複製したり、原告の施設外に持ち出すことを禁じており、平成25年4月版の原告の行動規範においても、従業員は、原告に雇用されている間及び原告を退職した後、その知り得た原告の営業秘密その他の秘密情報を秘密にすることを厳守しなければならないとされていた。また、同(3)のとおり、原告は、被告が原告を退職するに当たり、被告から、原告を退職した後においても、原告の許可なく、原告の秘密情報を不正に開示するなどしないことを約束する旨が記載された本件誓約書を徴求している。
そして、本件ファイル1ないし6の内容について、証拠(甲28、30ないし34の各枝番2、原告代表者本人)及び弁論の全趣旨によれば、① 本件ファイル1には、色、色相、カラーインデックス、種類、メーカー、製品名並びに各メーカーが顧客に対して販売している製品の数量、単価及び市場規模が記録されていること、② 本件ファイル2には、原告を含むグループ会社の全製品に係る出荷先、売上金額、売上数量、利益率等が記録されていること、③ 本件ファイル3には、原告を含むグループ会社の地域別の売上げ及び利益の前年対比等が記録されていること、④ 本件ファイル4には、原告を含むグループ会社の品番別の販売量、個別の単価、利益率等が記録されていること、⑤ 本件ファイル5には、原告を含むグループ会社における5つの営業部門ごとの売上げ、販売分野、品目分類、販売顧客、担当者、出荷先、品目、数量、利益、利益率等が記録されていること、⑥ 本件ファイル6には、原告の日本における顧客別、販売別及び商社別の過去3年間の実績及び今後1年間の販売予測に関するデータが記録されていることが認められる。
さらに、本件ファイル1ないし6の具体的な管理方法について、証拠(甲19、27、44、原告代表者本人)及び弁論の全趣旨によれば、① 原告は、従業員に対し、パソコンを貸与し、ネットワーク管理システムにより管理されたID及びパスワードを発行していたところ、このID及びパスワードを入力しなければ、貸与されたパソコンにログインすることができず、同パソコンを使用して原告の社内ネットワーク(SharePointを含む。)にログインすることもできなかったこと、② 原告の業務において使用する一部の電子データは、原告のSharePoint上で管理されており、当該電子データは、これを取り扱う部門に属する従業員のみがアクセスすることができ、他の部門に属する従業員はアクセスすることができないように設定されていたこと、③ 本件ファイル1ないし6は、原告のSharePoint上で管理されており、本件ファイル1についてはプラスチック部門の従業員が、本件ファイル2ないし6についてはマーケティング部門の従業員が、それぞれアクセスすることができたことが認められる。
以上を踏まえて検討するに、原告においては、就業規則により、従業員に対し、原告の許可なく原告の機密、ノウハウ等に関する書類等を私的に使用したり、複製したり、原告の施設外に持ち出してはならない義務を課し、行動規範にも同様の定めがあり、被告が原告を退職するに当たっては、被告から本件誓約書を徴求しており、原告が情報の管理を徹底しようとしていたものであり、そのことを従業員も認識可能であったということができる。そして、本件ファイル1ないし6には、原告又は原告を含むグループ会社の販売数量、売上げ、単価、利益率、顧客名等の、原告の事業遂行に関わる情報が詳細かつ網羅的に記載されているところ、これらの情報が他社に知られれば、原告の市場における競争力に大きな影響を与えかねないことは明らかであるから、上記の各情報が就業規則等による管理の対象となっていたことも、従業員に認識可能であったといえる。その上で、原告の従業員は、ネットワーク管理システムにより管理されたID及びパスワードを入力しなければ、貸与されたパソコンにログインすることができず、SharePointを含む原告の社内ネットワークにもログインすることもできなかったものであり、このSharePoint上の電子データは、これを取り扱う部門に属する従業員のみがアクセスすることができるように設定されており、本件ファイル1ないし6は、このようなSharePoint上に管理されていたものである。
そうすると、原告は、パソコンを貸与し、ID及びパスワードを付与した従業員で、かつ、本件ファイル1ないし6を取り扱う部門に属する者のみに、これらのファイルに対するアクセスを許可し、原告の従業員は、就業規則等や本件ファイル1ないし6の内容からして、これらのファイルを原告の外部に持ち出すことが禁止されていることを認識することができたといえるから、本件ファイル1ないし6は秘密として管理されていたと認めるのが相当である。
(イ) これに対して、被告は、① 同じビジネスユニット内での異動であれば、従前所属していた部署のフォルダに継続してアクセスすることができ、原告はSharePointのアクセス権限を適切に管理していなかったこと、② SharePoint上で管理されていた情報も、その性質や機密性の程度等は様々であり、「秘密」や「Confidential」等の秘密情報であることを示す記載のないものも多数あった上、SharePoint上で管理されている電子データをプリントアウトしたり、貸与されたパソコンに保存したりすることは禁止されていなかったことから、本件ファイル1ないし6が秘密として管理されていたとは認められないと主張する。
しかし、上記①については、別の部署に異動した後も、業務上、従前所属していた部署のフォルダにアクセスする必要があることも十分考えられ、これをもって、直ちに、原告がSharePointのアクセス権限を適切に管理していなかったということはできない。
また、上記②については、そのような事情があったとしても、前記(ア)で説示した原告における秘密管理に関する体制並びに本件ファイル1ないし6の内容及びこれらに対して施されていた具体的措置に照らせば、本件ファイル1ないし6について、秘密として管理されていたことが否定されるものではないというべきである。
したがって、被告の上記各主張はいずれも採用することができない。
イ 有用性について
本件ファイル1ないし6の内容が前記ア(ア)のとおりであることに照らせば、いずれも原告の事業活動にとって有用な情報であると認めるのが相当である。
ウ 非公知性について
証拠(甲44、原告代表者本人)及び弁論の全趣旨によれば、前記ア(ア)の本件ファイル1ないし6の内容は、いずれも、原告の管理下以外で一般に入手できない情報であると認められるから、公然と知られていないというべきである。
エ 小括
以上によれば、本件ファイル1ないし6は「営業秘密」(不競法2条6項)に該当すると認められる。
(2) 本件情報7ないし13について
本件情報7ないし13については、具体的にいかなる内容の情報であるかが明らかでなく、また、電子データ、書類等のいかなる形態で記録されていたかも明らかでないから、秘密管理性、有用性及び非公知性を検討する前提を欠くというほかない。
したがって、本件情報7ないし13は「営業秘密」(不競法2条6項)であるとは認められないから、原告の本件情報7ないし13に係る不競法2条1項4号及び7号の各不正競争に基づく請求はいずれも理由がない。
3 争点2(被告が不正の手段により本件ファイル1を取得したか)について
(1) 原告は、被告が、営業秘密である本件ファイル1にアクセスすることができなかったにもかかわらず、転職先であるSUDARSHAN社で利用することを想定して、本件ファイル1を取得するために、本件プロジェクトを手伝うと説明するなどの不正の手段によって、Cからこれを取得したものであるから、不競法2条1項4号の不正競争に該当すると主張する。
しかし、前記1(2)、(3)、(5)及び(6)のとおり、被告がCから本件ファイル1を受領したのは令和元年9月2日であり、被告が本件プロジェクトに参加することになったのは同日頃と考えられるところ、被告がBからSUDARSHAN社への転職を勧誘された同年8月頃から間もない時期であるし、実際に被告がSUDARSHAN社と雇用契約を締結したのは、被告が本件ファイル1を受領してから約1か月半が経過した同年10月15日であることからすると、被告が本件プロジェクトに参加することになった同年9月2日頃の時点において、被告がSUDARSHAN社に転職することが決まっていたとは認められない。このことは、被告が、同月頃、原告の一部の従業員に対し、SUDARSHAN社への転職を勧誘していたこと(前記1(4))を考慮しても、同様である。
また、被告が原告から本件プロジェクトに参加するよう指示されたことを認めるに足りる証拠はないものの、前記1(1)及び(2)のとおり、本件プロジェクトは、プラスチックに係る売上げを拡大するために市場の調査分析を行うものであり、被告が属するマーケティング部門は、顔料事業部門全体の活動を強化するために設けられた部署で、市場情報を網羅的に収集すること等の業務を担っていたことからすると、被告が本件プロジェクトに関わることは不自然であるとはいえない。原告代表者(当時は、顔料ビジネスユニットの統括責任者)も、被告が本件プロジェクトに多少なりとも関わっていることを知りながら、特段注意をしていなかったものと認められる(原告代表者本人)。
以上の事情に照らして検討すれば、被告が、原告のプラスチック部門に係る営業秘密を持ち出し、転職先であるSUDARSHAN社にて使用するなどするために、Cに対して本件プロジェクトを手伝う旨を申し出たと認めることはできないというべきであり、他に、被告が不正の手段により本件ファイル1を取得したことを基礎付ける事情を認めるに足りる証拠はない。
したがって、被告が不正の手段により本件ファイル1を取得したとは認められない。
(2) なお、前記1(7)のとおり、被告は、令和元年10月28日、Cから送信された本件ファイル1を、更に自らの私的なメールアドレスに送信している。
しかし、上記のとおり、被告がCから本件ファイル1を受領したことは、不当な手段によるものとは認められないこと、被告は、本件ファイル1を自らの私的なメールアドレスに送信したにすぎず、被告の支配下にあるという状況を変更したものではないこと、被告がいかなる目的で当該送信を行ったのかは明らかでないが、本件ファイル1の内容(前記2(1)ア(ア))からすると、マーケティング部門に所属し、同年11月18日までは原告に出勤していた被告(前記1(1)及び(10))において、本件ファイル1を使用することが業務上必要でなかったとまではいえないことからすると、上記送信行為も不正の手段に該当するとは認められないというべきである。
(3) したがって、原告の本件ファイル1に係る不競法2条1項4号並びに3条1項及び2項に基づく請求は理由がない
4 争点3(被告が、本件ファイル2ないし6及び本件情報7ないし13を不正の手段により取得し、不正の利益を得る目的で又は原告に損害を加える目的で使用し又は開示したか)について
(1) 不競法2条1項4号について
ア 原告は、被告が令和元年11月15日に本件USBメモリを本件PCに接続し、本件PCに保存されていた本件ファイル2ないし6を本件USBメモリに複製したと主張する。
そこで、まず、本件調査結果から、上記のとおりの事実を認めることができるかを検討する。
(ア) 本件調査結果によれば、本件PCには、複数回にわたり、USBメモリ等の外部機器が接続されたこと、令和元年11月15日に、三つの外部機器が接続され、そのうち別紙物件目録記載1及び2の各デバイスIDが付与された二つの外部機器については、これらが本件PCに接続されている時間に、外部機器上のファイルにアクセスした際に作成されることがあるLNKファイル又はジャンプリストが存在するが、残りの一つの外部機器については、これが本件PCに接続されている時間に、LNKファイル又はジャンプリストが存在しないことが認められる。
そして、前記前提事実(4)ア及び前記1(9)のとおり、被告は、同日、本件USBメモリを本件PCに接続し、本件PC内の一部の電子データを本件USBメモリに複製した後、被告代理人に対し、本件USBメモリを預けており、かつ、同日において、本件USBメモリ以外の外部機器に本件PC内の電子データが複製されるなど、当該外部機器内のファイルにアクセスが行われたことを認めるに足りる証拠はない。
したがって、別紙物件目録記載1及び2の各デバイスIDが付与された二つの外部機器と本件USBメモリとは同一のものであると認めるのが相当である。
(イ) 本件調査結果によれば、本件PCに本件ファイル2ないし6が保存されていたと認められる。
しかし、本件調査結果のうち、本件PCに外部機器を接続し、当該外部機器上のファイルにアクセスした際に作成されることがあるLNKファイル及びジャンプリストを見ても、本件ファイル2ないし6に係るものは見当たらず、そのほかに、本件調査結果中に、本件PCに保存されていた本件ファイル2ないし6が本件USBメモリに複製されたことを直接裏付ける分析結果は見当たらない。
(ウ) 本件調査結果によれば、本件ファイル2、3、5及び6は、本件PC内の「(フォルダパスは省略)」のフォルダパスで示されるフォルダに、本件ファイル4は、本件PC内の「(フォルダパスは省略)」のフォルダパスで示されるフォルダ内に、それぞれ保存されていたことが認められる。また、本件調査結果のうち甲第9号証の21頁及び甲第18号証の1枚目によれば、本件PCに接続された外部機器上には、「(フォルダパスは省略)」のフォルダパスで示されるフォルダが存在したことが認められる。
この点、本件調査結果のうち、甲第9号証の30頁から58頁及び甲第20号証には、外部機器上に、本件PC内に存在したとされるフォルダの名称と共通する「(フォルダ名は省略)」、「(フォルダ名は省略)」及び「(フォルダ名は省略)」の各名称のフォルダが存在するかのような記載があるが、その根拠は明らかでなく、むしろ、甲第9号証の21頁(甲第18号証の1枚目も同一である。)において、ファイルのアクセス履歴を元に、外部機器上のフォルダの構成を復元したと説明されていることから、甲第9号証の30頁から58頁及び甲第20号証の記載は採用せず、上記のとおり甲第9号証の21頁の記載を採用するのが相当である。
以上を踏まえて検討するに、前記(ア)のとおり、本件PCには、令和元年11月15日に限らず、複数回にわたり、USBメモリ等の外部機器が接続されているところ、上記の「(フォルダパスは省略)」のフォルダパスで示されるフォルダが存在した外部機器が、別紙物件目録記載1及び2の各デバイスIDが付与された外部機器、すなわち本件USBメモリであることを認めるに足りる証拠はない。また、本件PCにおいては、「(フォルダ名は省略)」の名称のフォルダと「(フォルダ名は省略)」の名称のフォルダの間に二つのフォルダが存在するのに対し、本件PCに接続された外部機器上においては、「(フォルダ名は省略)」の名称のフォルダの直下に「(フォルダ名は省略)」の名称のフォルダが存在し、両者のフォルダ構造が異なることからすると、本件ファイル2、3、5及び6が保存されていた「(フォルダ名は省略)」の名称のフォルダを含む、本件PC内の「(フォルダ名は省略)」」の名称のフォルダが、同フォルダ内のフォルダやファイルごと、そのまま上記外部機器に複製されたとは認め難い。さらに、「(フォルダ名は省略)」は極めて簡易で、ありふれた名称であるから、これが共通することをもって、直ちに、本件ファイル2、3、5及び6が保存されていた本件PC内の「(フォルダ名は省略)」の名称のフォルダが、同フォルダ内のファイルごと、本件PCに接続された外部機器上に複製されたと認めることもできない。
したがって、本件ファイル2ないし6が本件PC内において保存されていたフォルダの名称から、これらが本件USBメモリに複製されたとは認めることは困難である。
(エ) 本件調査結果によれば、外部機器内に存在したフォルダの名称の中に、本件PC内に存在したフォルダの名称と同一のものが一定程度含まれていたことが認められる。
しかし、前記(ア)のとおり、本件PCに接続されたUSBメモリ等の外部機器は複数あり、本件PC内に存在したフォルダの名称と同一のものを含む外部機器が本件USBメモリであるかは明らかでない。また、仮に、本件USBメモリ内に存在したフォルダの名称と本件PC内に存在したフォルダの名称との間に共通性が認められたとしても、本件ファイル2ないし6が保存されていたフォルダについては、前記(ウ)のとおり、「(フォルダ名は省略)」しか一致していない。
そうすると、外部機器内に存在したフォルダの名称の中に、本件PC内に存在したフォルダの名称と同一のものが含まれていたことをもって、本件PC内の本件ファイル2ないし6が本件USBメモリに複製されたとは認められない。
(オ) 以上によれば、別紙物件目録記載1及び2の各デバイスIDが付与された外部機器が本件USBメモリであること、本件PC内に本件ファイル2ないし6が保存されていたことが認められるものの、本件調査結果によって、本件PC内に保存された本件ファイル2ないし6が本件USBメモリに複製されたと認めることはできないというべきである。
イ 次に、本件調査結果以外の事情から本件ファイル2ないし6が本件USBメモリに複製されたと認められるか否かについて検討するに、被告自身、本件PCに保存されていた何らかの電子データを本件USBメモリに複製したことは認めている(前記第2・4(3)(被告の主張)ア)。また、前記1(6)のとおり、被告は、令和元年10月15日に、SUDARSHAN社との間で雇用契約を締結しており、証拠(甲19)によれば、被告は、同月30日及び同年11月1日に、原告のSharePointから本件ファイル2ないし5をダウンロードして、本件PCに保存したことが認められ、これらの時期は、被告が本件PCに本件USBメモリを接続した時期と近接している。さらに、証拠(被告本人)及び弁論の全趣旨によれば、被告は、原告から貸与された本件PCに保存された電子データを全て削除した上で、これを原告に返還していることが認められることから、被告が不都合な証拠を隠滅しようとしたかにも見える。
しかし、被告は、本人尋問において、家族の写真等のプライベートのファイル等を本件USBメモリに保存した旨供述するところ、この供述に明らかに反する証拠は見当たらない。また、本件ファイル2ないし5の内容(前記2(1)ア(ア))からすると、マーケティング部門に所属し、同月18日までは原告に出勤していた被告(前記1(1)及び(10))が本件ファイル2ないし5をダウンロードしたことが、被告の業務上不必要であったとまではいえないし、ダウンロードをした時点で既にSUDARSHAN社への転職が決まっていたにもかかわらず、約2週間が経過してから、本件PCから本件USBメモリに複製するというのは、いささか不自然である。さらに、貸与されたPCを返還する際に当該PC内に保存された電子データを全て削除することは、通常あり得ないことではなく、被告が不正な行為に及んだことを直ちに裏付けるものとはいい難い。
ウ 以上を総合すると、被告が本件USBメモリに本件ファイル2ないし6を複製したとは認められず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
したがって、被告が本件ファイル2ないし6を不正の手段により取得したとは認められないから、原告の本件ファイル2ないし6に係る不競法2条1項4号並びに3条1項及び2項に基づく請求はいずれも理由がない。
(2) 不競法2条1項7号について
前記(1)のとおり、被告が本件ファイル2ないし6を本件USBメモリに複製して取得したとは認められないことからすると、被告が本件ファイル2ないし6を使用し又は開示したとの主張については、その前提を欠くというほかない。
また、本件全証拠によっても、被告が、本件ファイル2ないし6を使用し、又は開示する行為に及んだものと認めることはできない。
したがって、原告の本件ファイル2ないし6に係る不競法2条1項7号並びに3条1項及び2項に基づく請求はいずれも理由がない。
5 争点5(被告が本件秘密保持契約に基づき本件各情報を使用しない義務等を負うか)について
(1) 前記前提事実(3)のとおり、被告は、原告に対し、原告の許可なく原告の「秘密情報」等を不正に開示又は不正に使用しないことを約束する旨の本件誓約書を提出していることからすると、原告と被告との間で、原告の許可なく本件誓約書の定める「秘密情報」等を開示し、又は使用しないことを内容とする本件秘密保持契約が成立したと認めるのが相当である。
(2) そして、前記前提事実(3)のとおり、本件誓約書の「秘密情報」とは、「会社又はその関連会社が所有又は使用している経済的に価値のあるすべての専有情報で、公に知られていないもの」をいうところ、本件ファイル1ないし6は、前記2(1)のとおり、「営業秘密」(不競法2条6項)に該当することに鑑みると、本件誓約書の「秘密情報」にも該当すると認めるのが相当である。
他方で、本件情報7ないし13については、具体的にいかなる内容であるかが明らかでなく、また、電子データ、書類等のいかなる形で記録されていたかも明らかでないから、本件誓約書の「秘密情報」に該当するとは認められない。
したがって、被告は、原告に対し、本件秘密保持契約に基づき、原告の許可なく、本件ファイル1ないし6を開示し、又は使用しない義務を負う。
(3) ところで、被告が、現時点までに、本件ファイル1ないし6を開示し、又は使用したことを認めるに足りる証拠はないことからすると、原告の本件秘密保持契約に基づき本件ファイル1ないし6の使用等の差止めを求める請求は、将来における被告の不作為を求める訴えと解すべきであるから、「あらかじめその請求をする必要がある場合」(民事訴訟法135条)に該当すると認められなければならない。
まず、本件ファイル1については、前記1(7)のとおり、被告は、これを自らの私的なメールアドレスに送信しているが、被告は、同メールアドレスの利用に係る契約を既に解約し、本件ファイル1を含む電子データにアクセスすることはできないと供述しており、これに反する証拠は見当たらない。そうすると、被告に対して、あらかじめ本件ファイル1の開示又は使用の差止めを請求する必要があるとは認められず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
また、本件ファイル2ないし6については、前記4のとおり、被告がこれらを取得したとは認められず、使用し又は開示したとも認められないから、やはり、被告に対してあらかじめ開示又は使用の差止めを請求する必要があるとは認められず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
(4) 原告は、本件秘密保持契約に基づき、本件ファイル1ないし6が記録された文書及び電磁的記録媒体(別紙物件目録記載1及び2の各USBメモリを除く。)の廃棄を求めている。
しかし、本件誓約書の記載を精査しても、これによって締結された本件秘密保持契約上、被告が原告に対してこのような廃棄義務を負うと解することはできないし、他に、被告が原告に対して廃棄義務を負う旨の合意が成立したことを認めるに足りる証拠はない。
(5) 以上によれば、本件秘密保持契約に基づき被告に対して本件ファイル1ないし6を使用し、又は、第三者に開示若しくは使用させてはならないことを求める部分は、訴えの利益を欠くから不適法である。そして、原告の本件秘密保持契約に基づくその余の請求は、いずれも理由がない。
6 争点6(被告に本件USBメモリが譲渡されたか)について
(1) 証拠(乙2、被告本人)及び弁論の全趣旨によれば、① 原告は、販売促進のために顧客に配布するグッズとして、ボールペン、付箋、傘、水筒等を用意しており、その中に、販促用USBメモリがあったこと、② 原告は、これらの販促用品について、配布した数量や配布先等の管理をしていなかったこと、③ 原告の従業員はこれらの販促用品のうち余ったものを自由に使用しており、原告が当該従業員に対して当該販促用品を返還するよう求めたことは一度もなかったこと、④ 被告は、平成30年頃から、本件USBメモリを使用していることが認められる。
上記認定事実のとおり、本件USBメモリを含む販促用USBメモリは、顧客に無償で譲渡する販促用品の一つであるから、さほど高価なものとは考えられず、原告の従業員は、余った販促用品を自由に使用しており、原告はこれに異議を述べていなかったこと、被告は、SUDARSHAN社への転職を決意したときより前から、本件USBメモリを使用しており、原告は、他の従業員に対するのと同様に、原告において勤務する被告に対して本件USBメモリの使用に異議を述べていないことからすると、被告が本件USBメモリの使用を開始したときに、原告と被告との間で、被告に対して本件USBメモリを無償で譲渡する合意が成立したと認めるのが相当である。
(2) これに対して、原告は、販促用USBメモリは、あくまで販売促進のために顧客に配布して利用することが前提となっており、従業員が私物として利用することは予定されておらず、原告の就業規則上、従業員は会社の施設及び物品を会社の許可なく私的に使用してはならないとされていると主張する。
しかし、前記(1)の原告における販促用USBメモリの管理や使用の実態からすると、原告が指摘する上記各事情は、前記(1)の認定の妨げになるものとはいえない。
したがって、原告の上記主張は採用することができない。
(3) 以上によれば、本件USBメモリの所有権は被告に移転しているから、原告の被告に対する本件USBメモリの返還請求は理由がない。
第4 結論
よって、その余の点を判断するまでもなく、本件訴えのうち、原告と被告との間の本件秘密保持契約に基づき被告に対して本件ファイル1ないし6を使用し、又は、第三者に開示若しくは使用させてはならないことを求める部分は不適法であるからこれを却下し、その余の請求はいずれも理由がないからこれらを棄却することとして、主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第29部
(裁判長裁判官 國分隆文 裁判官 小川暁 裁判官 間明宏充)
別紙