裁判年月日 令和 4年 1月28日 裁判所名 東京地裁 裁判区分 判決
事件番号 平30(ワ)33583号
事件名 不正競争行為差止等請求事件
裁判結果 一部認容 文献番号 2022WLJPCA01289004
要旨
◆原告会社が、被告会社に対し、原告会社の営業秘密である別紙2データ目録記載の各情報(本件各データ)を被告会社が使用して別紙1物件目録記載の各製品(被告各)製品の生産、譲渡及び譲渡のための展示を行ったことは、不正競争防止法2条1項7号及び10号の不正競争に該当するとともに原告に対する不法行為にも該当すると主張して、被告各製品の生産、譲渡、譲渡のための展示の差止め、被告各製品の廃棄を求めるとともに、損害金6000万円等の支払を求めた事案において、本件データは、不正競争防止法2条6項所定の秘密管理性、有用性及び非公知性の要件をいずれも満たすものであり、同項の営業秘密に該当し、被告会社は、本件各データを原告会社から示された営業秘密を不正の利益を得る目的で使用したものであり、同行為は、同法2条1項7号の不正競争に該当し、被告会社による被告各製品の製造は同号の不正競争に該当するなどとして、差止め及び廃棄請求を認容するとともに、原告が被った損害を610万1962円と認定し、損害賠償請求を一部認容した事例
出典
裁判所ウェブサイト
参照条文
不正競争防止法2条1項7号
不正競争防止法2条1項10号
不正競争防止法2条6項
不正競争防止法3条1項
不正競争防止法3条2項
不正競争防止法4条
不正競争防止法5条2項
不正競争防止法5条3項
民法709条
裁判年月日 令和 4年 1月28日 裁判所名 東京地裁 裁判区分 判決
事件番号 平30(ワ)33583号
事件名 不正競争行為差止等請求事件
裁判結果 一部認容 文献番号 2022WLJPCA01289004
原告 天昇電気工業株式会社
同訴訟代理人弁護士 堀籠佳典
岡田健太郎
同補佐人弁理士 田辺恵
被告 株式会社ナスタ
同訴訟代理人弁護士 福崎真也
主文
1 被告は,別紙1物件目録記載1及び2の製品を生産し,譲渡し,又は譲渡のために展示してはならない。
2 被告は,前項記載の製品を廃棄せよ。
3 被告は,原告に対し,610万1962円及びこれに対する令和2年4月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
5 訴訟費用は,これを5分し,その1を原告の負担とし,その余を被告の負担とする。
6 この判決は,第1項及び第3項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 請求
1 主文第1項及び第2項同旨
2 被告は,原告に対し,6000万円及びこれに対する令和2年4月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
1 事案の要旨
本件は,原告が,被告に対し,原告の営業秘密である別紙2データ目録記載の各情報(以下,同目録記載1の情報を「本件データ1」,同目録記載2の情報を「本件データ2」といい,併せて「本件データ」という。)について,被告が,当該情報を使用して,別紙1物件目録記載の各製品(以下,同目録記載1の製品を「被告製品1」,同目録記載2の製品を「被告製品2」といい,併せて「被告製品」という。)の生産,譲渡及び譲渡のための展示を行ったことは,不正競争防止法(以下「不競法」という。)2条1項7号及び10号の不正競争に該当するとともに原告に対する不法行為にも該当すると主張して,①同法3条1項に基づき,被告製品の生産,譲渡,譲渡のための展示の差止めを求め,②同条2項に基づき,被告製品の廃棄を求めるとともに,③選択的に,同法4条及び民法709条に基づき,損害金6000万円及びこれに対する不正競争ないし不法行為による損害発生後の日である令和2年4月1日(原告は,本件訴訟における損害賠償請求の対象期間を令和2年7月31日までとしつつ,当該期間中の損害はいずれも同年3月末日までに発生したと主張している。)から支払済みまでの平成29年法律第44号による改正前の民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
なお,原告は,訴訟提起後に損害額の主張を変更し,その主張に係る請求額は上記の金額を下回ることとなったが,請求の減縮の手続はとっていない。
2 前提事実(当事者間に争いがない事実並びに後掲の証拠(以下,書証番号は特記しない限り枝番号を含む。)及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)
(1) 当事者
ア 原告は,プラスチック製品の設計,製造及び販売,並びにプラスチック金型の設計,製造,販売等を業とする株式会社である。
イ 被告は,建築金物及び建築用品の製造販売等を業とする株式会社である。
(2) 原告は,平成29年5月8日頃,被告から,被告が販売する樹脂製の新規の宅配ボックス(留守でも宅配物を受け取れるボックスのこと)の開発・供給の引き合いを受け,その後,原告と被告とは,上記の樹脂製宅配ボックスの開発プロジェクト(以下「本件プロジェクト」という。)を進めることとなった(甲2,3,乙12)。
(3) 平成29年9月当時,本件プロジェクトにおいては,大きさが異なるMタイプとSタイプの製品の開発が進められていたが,原告の従業員A(以下「A」という。)は,同月4日にMタイプの製品に係るCADシステムのデータである本件データ1を,同月7日にSタイプの製品に係るCADシステムのデータである本件データ2を,それぞれ被告の従業員B(以下「B」という。)に電子メールで送信した(甲10,13,弁論の全趣旨)。
(4) 前記(3)の本件データの送信後,平成29年9月中に,本件プロジェクトは終了した(弁論の全趣旨)。
(5) 被告は,被告製品を製造し,少なくとも平成30年7月25日頃から令和2年3月末までの間,被告製品の譲渡を行った(甲1,40,乙42,44,弁論の全趣旨)。
3 争点
(1) 本件データの営業秘密該当性(争点1)
(2) 被告による不正競争行為の成否(争点2)
ア 被告製品の製造が不競法2条1項7号の不正競争に該当するか(争点2-1)
イ 被告製品の譲渡及び譲渡のための展示が不競法2条1項10号の不正競争に該当するか(争点2-2)
(3) 被告製品の製造並びに譲渡及び譲渡のための展示についての不法行為の成否(争点3)
(4) 損害及びその額(争点4)
(5) 差止請求及び廃棄請求の当否(争点5)
第3 争点に関する当事者の主張
1 争点1(本件データの営業秘密該当性)について
(原告の主張)
(1) 本件データの概要等
本件データを構成する各ファイルは,CADシステム(3D)において画像として編集・表示することが可能なデータである。
本件データに含まれる製品の形状の情報は,本件データ1については別紙4-1「本件データ1と実機図面データ1との対比(被告の主張)」の「A)天昇(2017年9月4日データ)」のとおりであり,本件データ2については別紙4-2「本件データ2と実機図面データ2との対比(被告の主張)」の「A)天昇(2017年9月4日データ)」(なお,前記第2の2(3)のとおり,本件データ2の送付日は実際には平成29年9月7日である。)のとおりである。
本件データは,単なる2次元の画像データではなく,3次元の空間における部品の構造(部品の長さ,形状,厚みなどの全ての構造)が詳細に記録されたものであり,CADシステム(3D)においては,本件データに記録された3次元の部品を様々な方向に回転させることにより,様々な角度から部品の構造を視覚的に確認することができ,本件データがあればすぐに製品の試作品を製造し,そのまま組み立てられるものである。
本件データは,以下のとおり,不競法2条6項所定の要件を満たすものであり,同項の営業秘密に該当する。
(2) 秘密管理性について
ア 情報管理規程等
原告は,従業員の個人情報の取扱い及び機密情報の取扱いに関し,就業規則,情報セキュリティー基本方針,個人情報保護規程及び個人情報取扱ガイドラインを設けて秘密管理している。
具体的には,原告の就業規則(甲11)には,従業員の機密保持義務を定める規程が設けられており,さらに,原告は,情報セキュリティー基本方針(2006年4月1日制定)(甲12)を設け,これに基づいて,技術管理部(セキュリティー管理者)が,技術的アクセス制限を含む社内ネットワークを構築するとともに,社員研修等において必要なセキュリティー教育を行っている。
イ 技術的アクセス制限
本件データは,技術的なアクセス制限措置を講じて,原告のサーバ上の社内共有フォルダに電子データとして管理されていた。当該フォルダにアクセスできるのは,原告の技術部従業員等に限定されており,原告の従業員は,原告の事務所内のパソコンを使用して,社内ネットワークに接続する必要があった。
具体的には,原告の技術部用のパソコン(デスクトップ型)は,部外者の立入りが禁止された部屋(技術部室)に設置されており,原告の技術管理者により技術部のサーバ・フォルダへのアクセス権を与えられた従業員は,技術部室へ入室した後,そこに設置されたパソコンに,ICチップの埋め込まれた社員証兼PC認証カードによる認証手続を行った後,パスワードを入力して,社内ネットワークに接続する必要があり,これにより,当該従業員にアクセス権の与えられたフォルダにアクセスできるようになる。
本件データも,この技術部用のフォルダに保管されており,秘密として管理されていた。
ウ 秘密管理意思の認識可能性
原告のAが被告のBに対して本件データを送付した電子メール自体には,これが秘密情報であることを明記する記載はなかった。
しかしながら,秘密管理性が認められるためには,秘密管理意思が具体的な状況に応じた経済的合理的な秘密管理措置により,取引相手方に示され,当該秘密管理意思を容易に認識でき,又は,認識可能性が確保されればよいのであって,電子メールに秘密情報である旨の記載があることが絶対条件ではない。仮に,一時的ないしは偶発的な管理不徹底があったとしても,それが秘密管理意思に対する取引相手方の認識可能性に重大な影響を与えない限り,秘密管理性が否定されるものではない。
本件データの送付については,①本件データは開発中の製品のデータであること,②本件データは開発製品のイメージないしは概略を示すための簡単な図面(構想図)のデータではなく,製品を製造できるように各部品の具体的な形状を正確に示す詳細な図面(詳細図)のデータであること,③本件プロジェクトを行うに当たって,原告と被告との間で機密保持契約(甲4)が締結されていたこと,④本件データは本件プロジェクトのビジネスの可能性の検討の段階で,モックアップ品(試作品)の製作・評価のみを目的として被告に送付されたものであること(甲9),⑤本件データの送付に先立ち,本件データの送付と同様の目的(本件プロジェクトのビジネスの可能性を検討する目的)で提供された資料(甲2,3,5等)には,開発製品のイメージないしは概略を示すための簡単な図面(構想図)を含め秘密表示が付されていること,⑥本件プロジェクトの中でモックアップ作成用に原告が被告に送付した,本件データとは別のCADデータにつき,被告の従業員C(以下「C」という。)は,原告の秘密管理意思を認識した上で,第三者との共有に原告の許可を求める発言をしていること(甲6,8),⑦電子メールに秘密表示を付すのを失念することは十分に考えられることであり,本件データを送信する電子メールに秘密表示がなかったことが被告において本件データを自由に利用したり開示したりすることを許可することを意味しないことは,被告側においても当然に理解できること,⑧被告が原告に対して秘密情報を送付した電子メール(甲6,22の1,甲32)にも秘密表示が付されていないものがあることなどの事情が認められ,これらの事情からすれば,被告には,本件データに対する原告の秘密管理意思の認識ないしは認識可能性が認められるというべきである。
エ 被告の主張について
被告は,機密保持契約書(甲4)を原告が返送しなかったと主張するが,原告は,被告に対し,2部作成した機密保持契約書のうちの1部を返送したと認識している。
また,被告は,本件データのファイル名・フォルダ名にはマル秘等の付記はなく,本件データの電子データ上にマル秘が付記されてもおらず,本件データには閲覧に要するパスワードの設定もなかったと指摘するところ,これらの措置は,経済産業省が定める営業秘密管理指針(乙36。以下,単に「営業秘密管理指針」という。)に秘密管理措置の具体例として挙げられているにすぎず,個々の電子メールのやり取りの全てにおいてマル秘等の表示が付されていることは必要とはされていないから,本件データに対する秘密管理措置が存在していないとはいえない。
オ 以上のとおり,原告は,本件データを秘密として管理する意思を有しており,被告において十分に認識可能な状態で秘密管理措置を講じていたものであるから,本件データは秘密管理性の要件を満たすものである。
(3) 有用性について
ア 本件データは,原告が開発する樹脂製宅配ボックスの各部品の形状を詳細に表現する3Dデータであり,原告従業員が多くの時間と労力をかけて作成したものであって,これを使用すれば,短時間で,安価に樹脂製宅配ボックスの開発を行うことができ,同業者間の競争において優位な地位を得ることが可能となる。したがって,本件データは,原告の事業活動において有用な情報であり,有用性が認められる。
イ 被告の主張について
有用性の要件を満たすためには,当該情報が現に事業活動に使用・利用されていることを要するものではなく,当該情報自身が事業活動に使用・利用されていたり,又は,使用・利用されることによって,費用の節約,経営効率の改善等に役立つものであれば足り,また,この有用性は,保有者の主観によって決められるものではなく,客観的に判断される。
原告は,本件プロジェクトで検討した被告とのビジネスの可能性はなくなったものの,樹脂製宅配ボックスの製品を市場に出す可能性は依然として存在するため,被告に本件データを利用されないことについて利益を有している。原告が被告製品の類似商品を市場に出すことが不正競争に該当するとの被告の主張は否認するが,そもそも本件データの有用性の有無とは関係がない主張である。
また,公知情報の組合せにはそれによって予想外の特別に優れた作用効果を奏すると認められる場合でなければ,有用性は認められないとの被告の主張は,有用性と特許制度における進歩性の概念とを混同したものであって,失当であるが,本件データに係る製品は,従来の樹脂製宅配ボックスには見られない新規な特徴を有するものであり,この点からも有用性が認められることは明らかである。
なお,被告は,本件データを原告と被告とが共同作成したとも主張するが,本件データはすべて原告のAによって作成されたものである。本件データの作成過程において,原告が被告の意向を踏まえてデータを作成することがあったとしても,その意向は抽象的な要望やアイデアにすぎなかった。
(4) 非公知性について
ア 本件データは,原告で保管されている開発中製品についての非公知の情報であり,非公知性が認められる。
イ 被告の主張について
被告は,本件データが化体した製品が広く流通することが期待されていたと主張するが,原告と被告はそのような流通に係るビジネスの可能性を検討していたにすぎないから,本件データが非公知であったことを否定する理由とはならない。
また,被告は,本件データがコンテナボックスと化粧板という公知情報の組合せにすぎず,予想外の特別に優れた作用効果を奏するものでもないから非公知性がないとも主張するが,そのような作用効果を奏することは非公知性の要件ではない。また,本件データは,樹脂製宅配ボックスを製造できるように各部品の具体的な形状を正確に示す詳細な図面(詳細図)の3D詳細データであって,単に,コンテナボックスに化粧板を取り付けることを記載したものではないから,被告の主張はこの点でも理由がない。
(被告の主張)
本件データは,以下のとおり,不競法2条6項所定の営業秘密の要件を満たさない。
(1) 秘密管理性について
ア 情報管理規程等及び技術的アクセス制限について
原告は,原告内部での情報管理規程等及び技術的アクセス制限の存在をもって,本件データが技術的アクセス制限等の手段により原告による秘密管理の対象とされていたと主張するが,被告は原告内部の情報管理体制について原告から伝えられておらず,その主張に係る事実については不知である。
イ 秘密管理意思の認識可能性について
被告は,前記アの情報管理体制について,原告から伝えられておらず,その存在を認識できなかったから,これを秘密管理性において考慮すべきではない。
また,本件データの添付された電子メールには,何ら秘密情報であることを記載した文章はなかった。
原告は,機密保持契約書(甲4)の存在を一つの事情として,原告の本件データへの秘密管理意思を認識できたと主張するところ,当該契約書について,被告は押印済みのものを原告に2部郵送して,原告の押印済みのものを1部返送するように依頼していたが,原告からの返送はなかったから,機密保持契約は締結されていない。仮に,機密保持契約の締結がされたという評価となったとしても,機密保持契約書第1条によれば,「開示の際に開示当事者により秘密である旨明示される情報」が機密情報とされており,原告があえて電子メールに秘密情報である旨を記載しなかった以上,この点からも,被告が本件データについての原告の秘密管理意思を認識するのは不可能である。
さらに,本件データのファイル名・フォルダ名にはマル秘等の付記はなく,本件データの電子データ上にマル秘が付記されてもおらず,本件データには閲覧に要するパスワードの設定もなかった。したがって,営業秘密管理指針の具体例からは,本件データに対する秘密管理措置は何ら存在しないことになる。
原告は,本件データに先立って送付された構想図(甲5)に秘密表示が付されていたと指摘するが,構想図と本件データとの間には情報の同一性はない。なお,本件データに先立って送付された他の設計データ(甲6,乙6)にも秘密の表示がされていなかったが,これも単純に原告が秘密情報として扱っていなかったからにすぎない。したがって,これらの事情から,本件データに対する秘密管理措置が取られていたとはいえない。
(2) 有用性について
有用性が認められるためには,保有者自身にとって経済的な価値があるものである必要がある。本件データは,被告が被告製品の外注先を原告としたことをきっかけに,初めて設計されたものであって,本来であれば,被告製品の基となることが予定されていたものであり,戸建て用宅配ボックスの製品化の経験もない原告が本件データを基に戸建て用宅配ボックスを製品化することは予定されていなかった。したがって,本件データが原告の事業活動において有用な情報であるとはいえない。本件プロジェクトにおいて被告から原告に交付された被告製品の企画概要資料等には秘密であることが明示されており,原告が被告製品の類似製品を市場に出すとすれば,それこそ不正競争となる。
また,本件データの内容は,箱型の収納用品として広く用いられているコンテナボックスに宅配物が入るように内寸を確保し,化粧板を取り付けたものにすぎず,技術的な特殊性及び革新性はない。コンテナボックスと化粧板はいずれも公知情報であるところ,公知情報の組合せにはそれによって予想外の特別に優れた作用効果を奏すると認められる場合でなければ,有用性は認められないというべきであるが,本件データに係る製品の構造や形状にそのような作用効果はない。
さらに,本件データは樹脂製品及び宅配ボックスについての知識経験を豊富に有する被告の助言・監修の下で作成されたものであるから,原告と被告が共同作成したものといえ,被告のアイデアが多分に含まれている。この点からも,原告にとっての有用性は非常に低く,有用性は否定される。
(3) 非公知性について
本件データは,本来であれば被告製品の基となるべきものであり,本件データが化体した製品は広く流通することが期待されていた。したがって,このような情報に非公知性は認められない。
また,前記(2)のとおり,本件データの内容は,コンテナボックスと化粧板という公知の情報を組み合わせたものにすぎず,予想外の特別に優れた作用効果を奏するものでもないから,このような公知情報を組み合わせただけの本件データには非公知性も認められない。
2 争点2(被告による不正競争行為の成否)について
(1) 争点2-1(被告製品の製造が不競法2条1項7号の不正競争に該当するか)について
(原告の主張)
ア 被告製品の製造が,本件データの「使用」に当たるかについて
(ア) 被告は,被告製品を量産するための最終図面(実機図面)を本件データに基づいてこれに変更を加えることで作成した。
本件データと被告製品の製造に用いられた図面データ(以下,被告製品1の製造に用いられた図面データを「実機図面データ1」,被告製品2の製造に用いられた図面データを「実機図面データ2」といい,併せて「実機図面データ」という。)を対比すると,以下のとおり,多くの点で寸法・形状がほとんど一致しており,被告によりその細部が修正されたり,情報が追加されたりしているものの,基本構造はそのまま維持されているものであるから,本件データと実機図面データとの同一性は損なわれていない。このように,被告製品の形状は,本件データが表現する形状をほぼそのまま再現したものであり,本件データと被告製品の製造との間には十分な因果関係があるから,被告製品の製造は本件データの「使用」に該当する。
(イ) 本件データ1と実機図面データ1の対比
本件データ1と実機図面データ1における形状が,被告の主張するように,別紙4-1「本件データ1と実機図面データ1との対比(被告の主張)」のとおりとなることは認める(ただし,微細な寸法(0.1mmオーダー)については留保する。また,実機図面データ1の天板を中央付近で2分する線は被告製品1には存在しない線である。)。なお,同別紙において「A)天昇(2017年9月4日データ)」とあるのが本件データ1の内容であり,「B)実機図面」とあるのが実機図面データ1の内容である。
その上で,本件データ1と実機図面データ1における形状を対比すると,別紙3-1「本件データ1と被告製品1との対比(原告の主張)」のとおりとなる。なお,被告の主張する相違点についての原告の主張は,同別紙の「(被告のいう変更点)」記載のとおりである。
実機図面データ1は,本件データ1と比較すると,主に,①本体背面への格子状リブの追加,奥行外寸約10mm延長,②肉厚修正(一部),③ツメの大きさ変更(一部),④鍵取付部の形状修正,⑤印鑑ケースの形状変更の点で変更が加えられているにすぎず,その余の点では基本的にそのまま本件データ1が用いられているものである。
(ウ) 本件データ2と実機図面データ2の対比
本件データ2と実機図面データ2における形状が,被告の主張するように,別紙4-2「本件データ2と実機図面データ2との対比(被告の主張)」のとおりとなることは認める(ただし,微細な寸法(0.1mmオーダー)については留保する。また,実機図面データ2の天板を中央付近で2分する線は被告製品2には存在しない線である。)。なお,同別紙において「A)天昇(2017年9月4日データ)」とあるのが本件データ2の内容であり(前記第2の2(3)のとおり,本件データ2の送付日は実際には平成29年9月7日である。),「B)実機図面」とあるのが実機図面データ2の内容である。
その上で,本件データ2と実機図面2における形状を対比すると,別紙3-2「本件データ2と実機図面データ2との対比(原告の主張)」のとおりとなる。なお,被告の主張する相違点についての原告の主張は,同別紙の「(被告のいう変更点)」記載のとおりである。
実機図面データ2は,本件データ2と比較すると,主に,①本体背面への格子状リブの追加,奥行約10mm延長,②肉厚修正(一部),③ツメの大きさ変更(一部),④鍵取付部の形状変更,⑤印鑑ケースの廃止,投函口の追加の点で変更が加えられているにすぎず,その余の点では基本的にそのまま本件データ2が用いられているものである。
イ 「不正の利益を得る目的」及び「その営業秘密保有者に損害を加える目的」について
被告は,本件プロジェクトのビジネス性評価の過程でモックアップ品の製作・評価のみを目的として,原告から本件データを受領したものであり,原告・被告間でのビジネスの可能性がなくなり,その検討が終了した後に,被告が自身の製品の開発,製造に本件データを使用,利用することは,上記目的を逸脱するものであって,被告に費用の削減等の不正な利益をもたらし,また,原告が樹脂製宅配ボックスの製品を市場に出す可能性ないしは利益を侵食するものである。なお,本件プロジェクトが終了した後に,本件データの利用権を被告に許諾するかどうかは原告の自由であり,原告はそのような許諾をしていない。
被告は,あえて,本件データを受領した目的を逸脱し,本件データを使用した被告製品の製造を行い,利益を上げているのであるから,被告による本件データの使用に「不正の利益を得る目的」又は「その営業秘密保有者に損害を加える目的」があることは明らかである。
ウ したがって,被告による被告製品の製造は不競法2条1項7号の不正競争に該当する。
(被告の主張)
ア 被告製品の製造が,本件データの「使用」に当たるかについて
(ア) 実機図面データについて,被告が本件データに基づきこれに変更を加えて作成したこと,本件データから細部が修正されたり,情報が追加されたりしているが,基本構造はそのまま維持されていることは認める。
しかしながら,以下に対比するとおり,本件データと実機図面データとの間には,製品の形状及び寸法において,様々な変更及び追加が存在しており,本件データと実機図面データとの間の同一性は完全に失われている。したがって,被告製品の製造は本件データに基づいて行われたものではなく,本件データの「使用」には該当しない。
(イ) 本件データ1と実機図面データ1の対比
本件データ1と実機図面データ1における寸法及び形状等の比較を,製品を構成する本体,扉,鍵カバー,側板,天板,及びヒンジというパーツごとに行うと,別紙4-1「本件データ1と実機図面データ1との対比(被告の主張)」のとおりとなる。同別紙において「A)天昇(2017年9月4日データ)」とあるのが本件データ1の内容であり,「B)実機図面」とあるのが実機図面データ1の内容であり,各パーツにおける相違点として,同別紙の2ないし24頁の各下部の「項目」欄記載の事項につき,本件データ1については各「A」欄,実機図面データ1については各「B」欄記載の内容となっている点で異なっている。
同別紙のとおり,実機図面データ1では,全てのパーツにおいて,本件データ1の寸法又は形状等から変更されている。したがって,本件データ1と実機図面データ1との間に同一性はなく,本件データ1に基づいて被告製品1は製造されていない。
(ウ) 本件データ2と実機図面データ2の対比
本件データ2と実機図面データ2における寸法及び形状等の比較を,製品を構成する本体,扉,側板,天板,及びヒンジというパーツごとに行うと,別紙4-2「本件データ2と実機図面データ2との対比(被告の主張)」のとおりとなる。同別紙において「A)天昇(2017年9月4日データ)」とあるのが本件データ2の内容であり,「B)実機図面」とあるのが実機図面データ2の内容であり,各パーツにおける相違点として,同別紙の2ないし19頁の各下部の「項目」欄記載の事項につき,本件データ2については各「A」欄,実機図面データ2については各「B」欄記載の内容となっている点で異なっている。
同別紙のとおり,実機図面データ2では,全てのパーツにおいて,本件データ2の寸法又は形状等から変更されている。さらに,宅配ボックスの扉部分は,本件データ2では宅配ボックス用扉であるが,実機図面データ2ではポスト用扉である点も異なっている。したがって,本件データ2と実機図面データ2との間に同一性はなく,本件データ2に基づいて被告製品2は製造されていない。
イ 「不正の利益を得る目的」及び「その営業秘密保有者に損害を加える目的」について
被告による本件データの使用に「不正の利益を得る目的」又は「その営業秘密保有者に損害を加える目的」があったとの主張は否認する。
本件データは,本件プロジェクトのビジネス性評価の過程でモックアップ品の製作・評価のみを目的として作成されたものではない。本件データは最終的に被告製品を量産することを目指す過程で,強度等の試験を行うための試作品製造に用いられたものであって,被告製品の量産のために行われたものであり,モックアップ品の作成も被告製品の量産のための過程の一つにすぎない。
本件データは,被告製品の設計データであり,本件プロジェクトの遂行を目的として提供されたものであり,実際に本件プロジェクトの遂行に使用することは,情報を委託された目的に沿った問題のない使用である。
(2) 争点2-2(被告製品の譲渡及び譲渡のための展示が不競法2条1項10号の不正競争に該当するか)について
(原告の主張)
前記(1)(原告の主張)のとおり,被告による被告製品の製造は不競法2条1項7号の不正競争に該当するから,被告製品の譲渡及び譲渡のための展示は不競法2条1項10号の不正競争に該当する。
(被告の主張)
原告の主張は否認ないし争う。
3 争点3(被告製品の製造並びに譲渡及び譲渡のための展示についての不法行為の成否)について
(原告の主張)
本件データは原告において開発中の製品に関する秘密の情報であり,本件データの被告への提供は本件プロジェクトのビジネス性評価の過程でモックアップ品の製作・評価のみを目的としてなされたものであったにもかかわらず,被告はその目的を逸脱して本件データを使用して被告製品を製造及び販売したものであり,これは原告に対する不法行為(民法709条)に該当する。
(被告の主張)
原告の主張は否認ないし争う。
4 争点4(損害及びその額)について
(原告の主張)
(1) 被告製品の販売個数,売上等について
被告製品は,①原価(被告の主張する「原材料費」と同じ。)以上の額で販売した製品(以下「①の製品」ということがある。),②原価未満の額で販売した製品(以下「②の製品」ということがある。)及び③製造したが販売されなかった製品(以下,「③の製品」ということがある。)の3種類に分類される。
令和2年7月末日までに製造販売された被告製品の販売個数及び売上高並びに製造したが販売されなかった被告製品の個数及びその処分方法は,それぞれ次のとおりである。ただし,これらの製品の製造販売はいずれも令和2年3月末日までには終了している。
ア ①原価以上の額で販売した製品の販売個数及び売上高
被告製品1 2813個 3561万2239円
被告製品2 562個 711万1388円
イ ②原価未満の額で販売した製品の販売個数及び売上高
被告製品1 774個 250万4925円
被告製品2 1389個 280万6205円
ウ ③製造したが販売されなかった製品の個数及び処分の方法
(ア) 個数
③の製品は2015個である。
すなわち,被告が開示した資料(乙44)には,令和2年1月末時点において,被告が3445個の被告製品を在庫として有していたこと及び同月末までの被告製品の販売数合計が4108個であったことが記載されており,被告が製造した被告製品は合計7553個(4108個+3445個)を下回らないところ,この個数から,前記ア及びイの販売された被告製品の個数を差し引くと,③の製品は2015個(7553個-3375個-2163個)と推定される。
(イ) 処分の方法
被告は,③の製品2015個全てを,無償提供キャンペーンによって配布した。
被告が③の製品について廃棄処分したことを示す証拠は提出されていない。
(2) 不競法5条2項による損害額について
ア 不競法5条2項の適用の可否について
(ア) 不競法5条2項の適用は,侵害者と被侵害者との間に侵害者による侵害行為がなかったならば被侵害者が利益を得られたであろうという事情が存在する場合には認められるべきであり,被侵害者が営業秘密を使用した製品を製造販売していることは不競法5条2項が適用されるための要件ではない。
(イ) 原告は,本件プロジェクトが不成立となった後,平成30年3月頃から(省略)(以下「(省略)」という。)との間で樹脂製宅配ボックスの開発協議を行い,令和元年10月21日,原告製造の樹脂製宅配ボックス(省略)(以下「原告製品」という。甲37,38)が(省略)から発売された。原告製品について,原告は樹脂成型製品を(省略)に供給し,(省略)はこれに鍵部分を取り付けるなどして原告製品として販売している。
被告製品も原告製品も,自宅の玄関前等に設置される荷物受取用樹脂製宅配ボックスであり,いわゆる二重構造の採用により,軽量で強度に優れ,防水性,防錆性に富み,かつ防犯性に優れたものであるとともに,外側に取り付けられた化粧板により,リブ等が被覆され意匠性に優れたものとなっている点で共通しており,両者は市場で競合する。
被告が指摘する程度の価格の違いは,両者が競合することを否定するものではない。また,被告は被告製品2が宅配ボックスではなくポストであると主張するが,被告製品2は,被告製品1と同じ商品名のシリーズとして販売され,「郵便物・大型メール便受け取り」(甲1の1)用として玄関前に設置して荷物を受け取るものであり,原告製品の競合品に当たる。
被告は,原告製品の販売者が原告ではなく(省略)であること,原告製品のうち原告が製造しているのが鍵部分等を除いた本体部分であることを指摘するが,被告製品の販売によって原告製品の売上げが減少すれば,原告が製造する本体部分の売上げも減少することになるから,上記の各点は不競法5条2項の適用を否定するものではない。
(ウ) 原告製品が発売されたのは(省略)であるところ,被告製品は少なくとも令和2年3月末まで販売されていたことから,原告製品の販売開始後は,市場において原告製品と被告製品とが同時に販売され,直接的に競合関係に立っていた。
さらに,原告製品の販売開始前に販売された被告製品も,戸建住宅向けの後付け用樹脂製宅配ボックス製品であって,住宅の新築時等でなければ購入・設置できないものではない。また,宅配ボックスは,需要者が一度購入すればその後に何度も買い替えるような製品ではなく,被告製品の発売時において,他に同様の宅配ボックスも市場に出回っていなかった。そうすると,原告製品の発売後の被告製品の販売はもとより,それ以前の期間における被告製品の販売も,後付け用樹脂製宅配ボックス製品の市場を侵食し,原告製品の発売後の原告製品の販売を減少させるものであり,原告製品の販売と競合する関係にある。
(エ) 以上のとおり,原告製品の販売開始後はもちろんのこと,原告製品の販売開始前の被告製品の販売についても,「被告製品の販売がなければ原告が利益を得られた」という関係にあったことは明らかである。さらに,被告が原告製品よりも早く被告製品を市場に投入できたのは,まさに被告が本件データを流用したからにほかならず,この点からも,原告製品発売以前の被告製品の販売について,不正競争行為がなかったならば原告は営業上の利益が得られたであろうという事情が認められる。
したがって,被告製品の製造販売による原告の損害については不競法5条2項の適用がある。
イ 売上高(限界利益の算定の対象とすべき製品の範囲)について
(ア) 不競法5条2項による損害算定の対象とすべき製品は①の製品についてのみであり,その売上高は,前記(1)アのとおり,被告製品1につき3561万2239円,被告製品2につき711万1388円である。
(イ) 被告は,②の製品及び③の製品についても併せて不競法5条2項の利益の計算をすべきと主張するが,侵害組成物は,本来廃棄の対象となるべきものであることに鑑みると,廉価販売の場合に,それによる赤字分を計算に入れて,廃棄した場合より同項所定の利益額が減少することは,相当でないというべきであるから,販売されなかった(ないしは無償提供された)分はもちろんのこと,廉価販売の分についても,除外して計算すべきである。
被告が上記主張の根拠とする廉価販売の事情については,客観的かつ具体的に裏付ける証拠はない。仮に,被告の主張を前提としても,少なくとも,株式会社光通信とのレンタル事業,代理店又は販売店を通じた販売及び被告製品販売中止の検討時期(後記(被告の主張)(2)イ(イ)b,c及びe)に係る廉価販売は,正常な販売である①の製品の販売と一体の販売行為と見ることはできないし,②の製品の中から,それ以外のネット販売のみを行っていた時期における各種キャンペーン及び無料お試しキャンペーン(同a及びd)に係る廉価販売によるものを抽出することもできないから,②の製品を限界利益において考慮すべきではない。
ウ 被告の限界利益の額(控除すべき経費の範囲とその額)について
(ア) 原材料費について
①の製品についての原材料費は,被告の限界利益の算定に当たって控除すべき経費であり,その額は,被告製品1について2512万4308円,被告製品2について504万3521円である。
(イ) 販管費について
a 保管費について
被告が主張する保管費には,②の製品や③の製品が含まれていると考えられる。
①に係る被告製品は3375個,②に係る被告製品は2163個,③に係る被告製品は2015個,少なくとも存在したものであるから,被告主張を前提としても,①に係る被告製品の「保管費」の額は,418万5125円(936万6000円×3375÷(3375+2163+2015))を超えるものではない。
b 販促サイト関連費について
販売サイト関連費の支出について,被告の指摘する証拠(乙62)には,当該支出が被告製品の販売に関するものであることを示す記載は一切存在しないから,これを売上高から差し引くべきではない。
c お問い合わせ窓口に係る費用について
お問い合わせ窓口に係る費用の支出について,被告の指摘する証拠(乙63)には,被告製品に関する費用であることを示す記載はない。また,被告は被告製品の販売開始以前から被告の製品に関するお問い合わせ窓口(インターネット及び電話)を設置しており,現在に至るまで基本的な構造に変更はない。
したがって,被告の主張するお問い合わせ窓口に係る費用は,被告製品を販売するために直接追加的に必要となった費用とは認められない。
d インターネット広告費について
インターネット広告費に係る費用の支出について,被告の指摘する証拠(乙64)には,被告製品に関する費用であることを示す記載はなく,広告の内容も不明である。したがって,当該費用は被告製品を販売するために直接追加的に必要となった費用とは認められない。
(ウ) 運搬費について
被告は証拠(乙61)に記載された「保管費」以外の費用が被告製品の「運搬費」を示すと主張するが,信用できない。
すなわち,被告は被告製品以外にも商品を売り上げていることから,被告が「運搬費」を示すとする証拠(乙61)に記載された費用には,被告製品以外のものが含まれており,被告製品に係るものであるのか,その他の商品に係るものであるかを区別することはできない。そして,被告のいう「運搬費」の額の推移は,被告製品販売個数の推移とも整合しない。
また,被告製品であっても,①の製品のほか,②の製品や③の製品に係るものが含まれていると考えられるが,②の製品や③の製品に係る費用は売上高から控除されるべきではない。
(エ) 金型費について
被告が指摘する証拠(乙46)に記載された費用が被告製品の製造に用いられた金型の費用であるかは不明であり,仮にそうであったとしても,他の用途に利用できないかも不明である。
また,プラスチックの射出成形における金型の寿命は,40万ショット(1ショットで複数の製品をまとめて製造できる場合を除き,1ショット=1製品となる。)程度であるから,製造数が被告製品1及び被告製品2の合計で7000個程度(③に係る被告製品の内訳数が不明であるが,被告製品1,2についてそれぞれ2500個ないし4000個程度と思われる。)である本件においては,被告主張を前提としても,金型費は,被告製品の販売数の増大に伴って増大するようなものではない。したがって,被告の主張する金型費は,被告製品の限界利益の算定に当たり考慮すべき変動経費に当たらず,被告製品の販売額から控除されるべきではない。
仮に,被告の主張する金型費を被告製品の販売額から控除する余地があるとしても,上記のとおり,プラスチックの射出成形において金型の寿命は,40万ショット程度であるのに対し,本件では,各金型のショット数が4000ショット以下であり,金型の寿命の1%も利用されていないのであるから,その全額を被告製品の販売額から控除すべきではなく,被告製品の販売に直接関連するのは,被告主張の金額の1%以下であるというべきである。
なお,この点は,被告が被告製品の販売後に金型を処分したか否かによって変わるものではない。
(オ) 経費控除後の限界利益の額について
以上のとおり,限界利益の算定に当たって控除すべき経費は前記(ア)の原材料費のみであり,これを控除した後の粗利は被告製品1につき1048万7931円,被告製品2について206万7867円の合計1255万5798円となり,これが①の製品の販売による被告の限界利益の額となる。
エ 推定覆滅事由について
推定覆滅事由についての被告の主張は争う。以下のとおり,不競法5条2項による損害額の推定を覆滅すべき事情はない。
(ア) 原告が原告製品を販売していないことについて
被告は,原告製品は(省略)の製品であり,原告の逸失利益の内容は,原告製品の販売者である(省略)から支払われるべき製造の対価たる報酬の喪失であって,被告製品による「利益」とは異なる性質のものであるから,被告の「利益」を原告の損害として推定することができず,推定が全部覆滅されると主張する。
しかしながら,原告製品の本体部分,すなわち,原告製品の鍵部分等以外の全ては,原告が製造しているのであって,被告が被告製品を製造販売することによって,原告の売上げが減少する関係にある。
この点,被侵害者と侵害者の業務態様等に相違が存在すること(市場の非同一性)は推定覆滅事由になり得るが,原告は単に(省略)に部品を供給している業者ではなく,原告製品の開発,設計から,樹脂成形及び組立てまで一貫して行っている。(省略)は出来上がった原告製品の本体部分に鍵部分等を取り付けた上で販売しているが,原告製品の鍵部分等は,被告製品と比較したときの原告製品における付加的な価値の部分にすぎず,原告が鍵部分等を製造していないからといって,原告と被告との業務態様等に相違が存在するとはいえず,被告が得た利益と原告が受けた損害との相当因果関係を阻害する事情にも当たらない。
したがって,被告の主張する上記の点は,推定覆滅事由に該当しない。
(イ) 広告宣伝の効果について
事業者が製品の販売に当たり広告宣伝などの営業努力を行うのは通常であるから,通常の範囲において広告宣伝などの営業努力をしたとしても推定覆滅事由には当たらない。そして,検索サイト等にバナー広告やリスティング広告をすることは通常の範囲における広告宣伝にすぎず,被告が通常の範囲を超える格別の営業努力をしたとはいえないから,推定覆滅事由には当たらない。
なお,被告は,コンバージョン数(広告費などのコストが成果に転換した数)の割合が全体の売上げの28.8%であったことを根拠に,少なくとも28.8%の推定が覆滅されると主張するが,被告が行ったバナー広告やリスティング広告の内容は明確ではない上,仮に,バナー広告やリスティング広告を経由して購入に至った購入者がいたとしても,そのことは,それらの広告がなければ当該購入者は被告製品を購入しなかったということを意味しない(購入を決めていた者を購入サイトに導いたにすぎないこともある。)。
したがって,広告宣伝の効果として推定が覆滅されるとの被告の主張には理由がない。
(ウ) 原告製品以外の競合品の存在について
被告の主張は否認ないし争う。
なお,樹脂製二重構造の宅配ボックスについて,原告が知る限り,被告製品の販売期間において,原告製品以外の競合品は存在していなかった。
オ 小括
よって,①の製品の販売についての不競法5条2項による損害額(ただし,消費税を考慮する前のもの)は,被告製品1につき1048万7931円,被告製品2について206万7867円の合計1255万5798円である。
(3) 不競法5条3項による損害額について
ア 売上高(不競法5条3項の損害算定の対象となる製品の範囲)について
(ア) ②の製品及び③の製品を対象とできるかについて
a ①の製品について不競法5条2項による損害を算定することとの関係について
①の製品について不競法5条2項による損害を算定する場合に,②の製品及び③の製品について不競法5条3項による損害を算定することは可能であり,これが損害を二重に評価していることにはならない。
また,①の製品について不競法5条2項による損害を算定せず,①の製品,②の製品及び③の製品の全てについて不競法5条3項による損害を算定することも可能である。
b ③の製品を対象とすべきことについて
不競法5条3項による損害は,不正競争行為(侵害品)の売上高を基準として算出されることが多いと思われるが,「売上高」が現実に存在することは要求されていない。
さらに,本件において,被告は,③の製品を廃棄したのではなく無償提供キャンペーンによって大量に譲渡している。被告が被告製品の無償提供キャンペーンを行った理由は,表向きは,「新型コロナウイルス」の「感染拡大防止」とされているが,実際は,裁判所により被告製品について不正競争が成立するとの心証開示がされたため,差止命令が出る前に在庫を処分する意図であったことは明らかであり,これは,意図的に侵害品を市場へ大量供給したものに他ならず,原告の利益を害することのみを目的とした極めて悪質な行為である。したがって,「無償」提供であるとしても,不競法5条3項の損害の対象とすべきである。
(イ) ②の製品及び③の製品の使用料相当額の算定に用いる販売価格
本件データの使用料額を算定する際には,基準となる被告製品の販売価格は,正常な取引,すなわち,原価以上で販売する①の製品の取引における販売価格を基準にすべきである。
①の製品の販売数は,被告製品1が2813個,被告製品2が562個の合計3375個であり,その売上高は,被告製品1が3561万2239円,被告製品2が711万1388円の合計4272万3627円であるから,1個当たりの販売価格は,被告製品1が1万2659円,被告製品2が1万2653円であり,被告製品1と被告製品2を通じた平均販売価格は1万2659円である。
③の製品については被告製品1と被告製品2の内訳が不明であること,上記のとおり,被告製品1と被告製品2の平均販売価格がほぼ同じであることから,本件において,使用料相当額を算定する際の販売額は,②の製品及び③の製品のいずれについても,被告製品1と被告製品2を通じて,1個当たり1万2659円として算定するのが相当である。
イ 使用料率について
(ア) 被告による本件データの使用に対して原告が受けるべき料率について
原価以上で販売された①の製品における粗利率は29.4%であること,本件データは,被告製品の製造の基礎となる極めて重要なデータであり,錠前に関する部分を除き,ほぼそのまま流用されていること,知的財産の価値評価を踏まえた特許等の活用の在り方に関する調査研究報告書~知的財産(資産)価値及びロイヤルティ料率に関する実態把握~本編」(平成22年3月・帝国データバンク)(甲39。以下,「本件報告書」という。)に示されるとおり,「成形」の分野における「技術ノウハウ」のロイヤルティ料率について14.5%とする例があること,営業秘密を侵害した者に対して事後的に定められるべき,使用に対し受けるべき料率は,むしろ,通常の使用料率に比べて自ずと高くなるであろうことを踏まえれば,原告が本件データの使用に対して対象期間に受けるべき金銭の額は,少なくとも被告製品の販売額の20%を下回らないというべきである。
(イ) 被告の主張する使用料相当額について
被告は,本件訴訟提起前の交渉における原告の提案内容(乙35の2)に,設計費及び機会損失額に関する記載があることを指摘して,当該提案内容に基づき,本件の使用料相当額として46万6310円を認めれば十分であると主張する。
しかしながら,上記提案は,被告が被告製品の製造を開始する前の時点における交渉でされたものにすぎず,被告が当該提案を拒否し本件製品の製造販売を強行したことにより原告が提起を余儀なくされた本件訴訟において,事後的に定められるべき使用料相当額の算定に当たって参考となるものではない。
なお,上記提案においては,被告による本件データの利用を認めることについての一括金の提案をするに当たり,その算定方法として設計費と機会損失額に分けて試算した金額の合計額を示したものにすぎず,実際の販売数・販売額に応じた支払を提案していたわけではない。
ウ 小括
(ア) ②の製品及び③の製品についての不競法5条3項の損害額
②の製品及び③の製品についての不競法5条3項による損害額(ただし,消費税を考慮する前のもの)は,1057万7860円(4178個×1万2659円×20%)である。
(イ) 被告製品全体についての不競法5条3項の損害額
①の製品を含め,被告が製造した被告製品全体についての不競法5条3項の損害額(ただし,消費税を考慮する前のもの)を算定すると,1912万2685円(7553個×1万2659円×20%)である。
(4) 弁護士費用等を含めた損害主張のまとめ
ア 不競法4条に基づく損害賠償請求についての主位的主張
(ア) 不競法5条2項及び3項による損害額
①の製品についての不競法5条2項による損害額は1255万5798円(前記(2)オ)であり,②の製品及び③の製品について同条3項による損害額は1057万7860円(前記(3)ウ(ア))であり,合計2313万3658円である。
(イ) 消費税相当額
前記(ア)の不競法5条2項の損害額(同項の「利益の額」)及び同条3項の損害額(同項の「受けるべき金銭の額」)は,いずれも消費税を考慮する前のものであるから,最終の損害賠償額は消費税相当額を加算して算定すべきである。なお,本件訴訟での損害賠償請求の対象期間中の令和元年10月1日に消費税率は8%から10%へと変更になっているが,計算を簡略にするため,消費税率を一律8%として算出することとする。
前記(ア)の損害額に8%の消費税相当額を加算すると,合計2498万4350円となる。
(ウ) 弁護士費用
本件訴訟に係る弁護士費用として,前記(イ)の1割に相当する249万8435円を損害と認めるのが相当である。
(エ) 合計 2748万2785円
イ 不競法4条に基づく損害賠償請求についての予備的主張
(ア) 不競法5条3項による損害額
被告製品全体についての不競法5条3項による損害額は,前記(3)ウ
(イ) のとおり,1912万2685円である。
(イ) 消費税相当額
前記ア(イ)と同様に,前記(ア)の損害額に8%の消費税相当額を加算すると,合計2065万2499円となる。
(ウ) 弁護士費用
本件訴訟に係る弁護士費用として,前記(イ)の1割に相当する206万5249円を損害と認めるのが相当である。
(エ) 合計 2271万7748円
ウ 不法行為に基づく損害賠償請求について
不法行為に基づく損害賠償額は,前記ア(主位的主張)又はイ(予備的主張)と同じである。
(被告の主張)
(1) 被告製品の販売個数,売上等について
平成30年7月末日までに製造販売された被告製品の販売個数及び売上高並びに製造したが販売されなかった被告製品の個数及びその処分方法は,それぞれ次のとおりである。なお,被告製品1及び被告製品2はいずれも,令和2年3月末までに製造販売を終了している。
ア ①原価以上の額で販売した製品及び②原価未満の額で販売した製品の販売個数と売上高については原告の主張を認める。
イ ③製造したが販売されなかった製品の個数及び処分の方法
(ア) 個数
③の製品は1805個である。なお,そのうちの被告製品1と被告製品2の内訳は不明である。
これは,令和2年1月末時点の在庫数3445個(乙44)から,令和2年2月及び3月の販売数1640個(乙42)を控除して算出したものである。
原告被告間で争いがない①の製品及び②の製品の販売数の推計に当たっては,被告作成の一覧表(乙42)が基礎資料となっているため,③の製品の個数算出においても同一覧表を参考にすべきである。
そして,③の製品が1805個であるため,製造された被告製品全体の個数は7343個(5538個+1805個)となる。
(イ) 処分の方法
被告は,③の製品のうち,被告製品1について1000台を無償提供キャンペーンで配布し,それ以外はいずれも廃棄した。
(2) 不競法5条2項による損害額について
ア 不競法5条2項の適用の可否について
(ア) 原告製品には本件データが使用されていないこと
本件で営業秘密と主張されている本件データは,宅配ボックスの形状及び寸法を示した図面データであるが,原告製品を見ると,その寸法及び形状は,本件データが示す宅配ボックスの寸法及び形状と大きな違いがある全くの別製品である。したがって,本件データと原告製品の実機図面との間に同一性は認め難く,原告製品に本件データが使用されているとはいえない。また,その結果として,原告製品と被告製品の構造も異なっている。
(イ) 原告が原告製品の販売をしない製造者であること
原告が原告製品と主張する製品は,(省略)の製品であり,原告自身の製品ではない。原告は,(省略)との間で請負契約を締結して,原告製品の鍵部分等以外の製造をしているとのことであるが,それによって原告が原告製品を販売しているとはいえず,宅配ボックス市場において被告と競業関係にあるとはいえない。
(ウ) 原告製品の販売価格からして被告製品の代替品にならないこと
被告製品の販売価格を見ると,被告製品1は鍵の種類に応じて1万8800円又は1万9800円であり,被告製品2は1万4800円であるが,原告製品の販売価格を見ると,(省略)両者の販売価格には(省略)もの差が存在している。被告製品の販売価格を見て購入を決定した需要者が,被告製品の販売がなかった場合,被告製品とは販売価格に大きな開きがある原告製品を代わりに購入していたと考えることは,不合理である。
(エ) 被告製品2は宅配ボックスですらないこと
被告製品2は,被告製品1及び原告製品とは異なり,宅配ボックスではなくポストであるから,製品の種類が異なっている。
(オ) 本件においては不競法5条2項が適用されないこと
前記(ア)ないし(エ)の各事情からすれば,被告製品の販売がなければ被告製品の販売による利益と同じだけの利益を原告が得ることができたという関係にはないから,不競法5条2項適用の前提を欠くというべきである。
イ 売上高(限界利益の算定の対象とすべき製品の範囲)
(ア) ①の製品の売上高についての原告の主張は認める。
ただし,不競法5条2項の損害の算定に当たり,①の製品のみで限界利益の算定をすべきではなく,②の製品及び③の製品も含めた全体で限界利益の計算をすべきである。
(イ) ②の製品について廉価販売を行った事情
被告製品の原材料費以下の金額による販売(廉価販売)は,以下のとおり,様々な理由の下で行われたものであり,これらの事情からすれば,②の製品の販売価格を限界利益の算定に当たって考慮すべきである。
a ネット販売のみを行っていた時期における各種キャンペーン(平成30年7月末頃から)
新製品のプロモーションの意味合いで,被告製品1及び被告製品2の両方をセットで,定価よりも大きく値引いて販売していたものがあるほか,店頭に被告製品を置いてみたいと要望されることがあり,事実上の販促物として無償提供又は廉価販売をしたものがあった。それ以外にも,期間限定,個数限定等の様々な形での割引キャンペーンを行った。
b 株式会社光通信とのレンタル事業(平成30年9月頃から)
被告は,株式会社光通信(正確には同社の複数のグループ会社)に対して被告製品を卸し,同社のグループ会社がユーザーに対して被告製品をレンタルするという事業を行っていた。
被告から株式会社光通信に対する卸値は当然定価よりも低かったが,レンタル事業によって被告製品が世に広まることを期待して当該事業を行ったものである。
c 代理店又は販売店を通じた販売の際の値引き(平成31年1月頃から)
レンタル事業の限界を感じ始めていた頃,被告から代理店又は販売店へ被告製品を卸して販売することを検討したが,新規の代理店や販売店の開拓の困難さに加え,代理店や販売店の販売によっても被告製品の売れ行きは芳しくなく,取引先との力関係や売れ行き状況を踏まえ,原価以下で卸さなければならない事態に陥ることが増えていった。
d 無料お試しキャンペーンの際の値引き(平成31年3月頃から)
レンタル事業や代理店又は販売店による販売はいずれも結果が伴わなかったため,被告製品の利便性を体験してもらうことを目的として,被告製品の無料お試しキャンペーンを開始した。無料お試しキャンペーンとは,被告製品を定価の3割引で販売した後,3か月程度被告製品を使用してもらい,その間に返品を希望された場合は無償にて返品を可能とする内容のものであった。なお,返品されたものは廃棄されており,無償提供と同じ扱いとなっている。
e 被告製品販売中止の検討時期の値引き(令和元年7月頃から令和2年3月まで)
被告において,このまま被告製品の販売をし続けても赤字が拡大する可能性が高いという結論に至り,被告製品の販売を中止することを検討し,他方で,後継品の廉価版の宅配ボックスの開発を進めた。
後継品の発売の見通しがついたことから,被告製品の販売は令和2年3月をもって中止することにし,その在庫を処分しなければならなかったため,原価以下の金額で販売した。
ウ 限界利益の算出に当たって控除すべき経費の範囲とその額
(ア) 原材料費
a 被告製品の売上げ全体に対する原材料費は5114万1682円であり,これを経費として控除すべきである。
b 前記aのうち,①の製品に対応する原材料費は,原告主張のとおり,被告製品1について2512万4308円,被告製品2について504万3521円である。
(イ) 販管費
a 保管費
(a) 被告は,被告製品が製造されてから出荷されるまでの間の保管場所として,株式会社ティービーエスの倉庫を賃借していた。その保管費は,被告製品の製造販売のために直接要した費用として控除されるべきである。被告においては,月によって想定される在庫数に応じて,賃借する倉庫のスペースの面積も変更しているため,上記の保管費は変動している。そうすると,本件の保管費は,被告製品の製造販売数によって変動を受ける費用であるから,変動費と捉えられる。
毎月の保管費(乙61・請求書・「保管費」の金額)を合計すると,合計983万4748円となり,これが控除されるべき経費となる。
(b) 前記(a)は,①の製品及び②の製品の合計5538個に対応する保管費であり,そのうち,①の製品に対応する保管費を算出すると599万3549円(983万4748円×3375個/5538個)となる。
b 販促サイト関連費
被告は,被告製品をネット販売していたため,販促サイト関連費は,被告製品販売のために要した直接固定費として控除されるべき費用である。
被告は,販促サイト制作費として951万円,サイト更新費として87万5000円,施工事例ページ制作費として120万円の合計1158万5000円を支出し,これが控除されるべき経費となる。
この費用は製造販売される個数に影響を受けて変動することが想定されないから,①の製品に対応する経費も同額となる。
c お問い合わせ窓口に係る費用
被告は,被告製品のお問い合わせ窓口を外注し,その費用として合計454万3375円を支出した。お問い合わせ窓口は,製品を販売する上で必要なものであるから,被告製品の販売のために要した費用といえる。
この費用は製造販売される個数に影響を受けて変動することが想定されないから,①の製品に対応する経費も同額となる。
d インターネット広告費
被告は,インターネット広告に係る費用として合計1676万7926円を支出した。被告製品は新製品であったので,販売に際して広告を行うことは必須であるため,上記の広告費は被告製品の販売のために要した費用といえる。
この費用は製造販売される個数に影響を受けて変動することが想定されないから,①の製品に対応する経費も同額となる。
(ウ) 運搬費
a 被告は,株式会社ティービーエスの倉庫から被告製品の購入者までの運搬に要する費用を負担しており,これは,変動費として利益から控除されるべき費用である。
被告が運搬費として支出した費用の合計は963万9427円であるが,一部の送料については購入者に負担してもらうこともあり,その合計は78万0610円であったから,被告が運搬費として実質的に負担した金額は,885万8817円であって,同額を経費として控除すべきである。原告は,運搬費に被告製品以外の商品に係る運搬費が含まれている旨を指摘するが,被告製品の付属品は被告製品とともに発送されるものであり,付属品の有無によって運搬費に変動はない。
b 前記aは①の製品及び②の製品の合計5538個に対応する運搬費であり,そのうち,①の製品に対応する運搬費を算出すると539万8791円(885万8817円×3375個/5538個)となる。
(エ) 金型費
被告は,被告製品を製造するに当たって,専用の金型を被告製品1及び被告製品2のそれぞれについて新たに製作した。また,被告は,被告製品の製造に当たって生じた問題解決のために金型の改造費を支出した。被告は,これらの金型費(製作費及び改造費)として以下の支出をしており,これは,被告製品の製造・販売のために直接必要となった直接固定費であり,全額が経費として控除されるべきである。
被告製品1の金型製作費 4781万円
被告製品1の金型改造費 717万2000円
被告製品2の金型製作費 5181万8000円
被告製品2の金型改造費 671万6000円
合計 1億1351万6000円
この費用は製造販売される個数に影響を受けて変動することは想定されないから,①の製品に対応する経費も同額となる。
原告は,金型の寿命が残っている場合に金型費の全額を経費として控除すべきでないと主張するが,本件においては,被告は赤字拡大を防ぐため,被告製品を販売中止し,同時に金型も廃棄しているのであって,今後,当該金型を使用して更に被告製品の製造をする可能性はないから,金型費の全額を経費と認めるべきである。
(オ) 経費控除後の限界利益の額について
以上の各経費を控除すると,被告製品の販売についての被告の限界利益は存在しない。
エ 推定覆滅事由について
前記ウのとおり,被告製品の販売についての被告の限界利益は存在しないが,仮に限界利益が生じていたとしても,以下の各事情からすれば,不競法5条2項による損害額の推定は覆滅されるべきである。
(ア) 原告が原告製品を販売していないことについて
前記ア(イ)のとおり,原告製品は,(省略)の製品であって,原告自身の製品ではなく,原告は(省略)から請負契約に基づき製造の対価としての報酬を支払われるにすぎない。
仮に,被告製品の販売によって原告製品の販売が減るのであれば,原告の逸失利益とは,(省略)から支払われていたであろう製造の対価である報酬が喪失したという内容になるが,これは被告製品の販売による被告の限界利益とは性質を大きく異にするものである。したがって,不競法5条2項によって被告の利益を原告の損害として推定することはできず,同項の推定は全部覆滅されるというべきである。
(イ) 広告宣伝の効果について
被告製品には相当の広告宣伝費が費やされているが(乙48),その一つの方法として,GoogleやYahooといった検索サイト等にバナー広告やリスティング広告を設置していた。広告をクリックしてそのまま決済まで至った数(コンバージョン数)は,平成31年5月までの間(被告製品を製造販売していた事業部が同年3月に解体したため,途中までの結果となっている。)で777個である。これは,同月までの被告製品の販売個数2700個の約28.8%に当たる。したがって,被告製品の販売による限界利益のうち,最低でも28.8%は広告宣伝が寄与したものであるから,28.8%の推定が覆滅されることになる。
(ウ) 原告製品以外の競合品の存在について
被告製品には原告製品以外の競合品(乙67)が存在していた。
被告は,戸建て用宅配ボックスを購入する層が最も重視する要素を価格と考え(乙66),一般消費者の購入障壁を低くするため,被告製品の価格を抑えることに重点を置いていた。他方,原告製品は,被告製品や他の競合品(乙67)に比べて,他に類を見ない高額製品である。
したがって,被告製品が販売されなかったとしても,被告製品の購入者は同一価格帯又はより安い競合品を購入し,あえて原告製品を購入する者は現実的にはほとんどいないと合理的に予想されるから,不競法5条2項の損害額の推定は,全部覆滅されるか,少なくとも9割が覆滅されることになる。
(3) 不競法5条3項による損害額について
ア 売上高(不競法5条3項の損害算定の対象となる製品の範囲)
(ア) ②の製品及び③の製品を対象とできるかについて
原告は,原価以上で販売した①の製品についてのみ不競法5条2項により損害を算定し,不競法5条2項では損害が0円以下となる②の製品及び③の製品については不競法5条3項により損害を算定して,これを合算しているが,このような算定方法は填補賠償の原則に反して許されないというべきである。
また,③の製品は,そもそも販売されていないから売上高が存在せず,被告製品が販売終了していることを対外的にも公表した上で廃番とし,既に廃棄されているのであるから,今後販売される可能性もない。したがって,③の製品については原告の損害を観念しようがなく,この点からも不競法5条3項の損害算定の対象とならない。
(イ) ②の製品及び③の製品の使用料相当額の算定に用いる販売価格
原告は,不競法5条3項の損害の算定に当たり,②の製品及び③の製品の販売価格を,①の製品と同額と擬制しているが,原告の主張に従って基準額を算出すると,被告製品全体では,実際の売上高の約2倍相当の金額となり,これは実際とかけ離れた金額であるから不適切である。
また,①の製品の中でも1万2659円以下の金額で販売されたものが多数存在するから,それよりも②の製品及び③の製品の販売価格を高く算定するのは矛盾が生じる。
したがって,被告製品について不競法5条3項の損害を算定する場合は,被告製品全体について実際の売上高である4803万4757円に使用料率を乗じる方法によって算出すべきである。
イ 使用料率について
(ア) 原告が主張する使用料率について
「業界における実施料の相場」に関する原告の主張は,本件報告書に示されるとおり,「成形」の分野における「技術ノウハウ」のロイヤルティ料率が14.5%とする例があるというものであるが,営業秘密の相場に関する例ではないこと,平均値ではなく最大値を取り出していることから相当でない。
営業秘密については特許権に比べて保護を受けられるかどうか不安定であり,営業秘密の「使用料」は特許発明の実施料ほど高額にならない場合も多いとされている。仮に本件データのように宅配ボックスの設計データの実施料相場が存在するとすれば,これは特許発明の場合を下回るものであり,本件報告書では「技術ノウハウ」の中で「成形」の分野におけるロイヤルティ料率の平均値は3.8%であるから,営業秘密の場合の平均値はこの3.8%を下回ることになる。
原告は,その他の使用料率の考慮要素を主張立証しておらず,料率を増加させる要因は存在しないから,本件データの使用料率は上記の営業秘密の場合の平均値をさらに下回ると考えるべきである。
(イ) 本件における使用料として相当な額
a 設計費を参考にした金額
本件データは設計データであるから,その使用に対する対価は設計費の中に含まれている。この点,原告は,本件訴訟提起前に,本件データの設計費を203万2800円と主張しており,その一部が使用料相当額として認められると考えられる。ただし,前記(ア)のとおり,本件データの使用料率は3.8%を下回るため,売上金額4803万4757円に3.8%をかけた182万5320円を下回る金額となるべきである。
b 機会損失額を参考にした額
原告は,本件訴訟提起前に,被告製品を製造できなかった機会損失額として,「1,600セット/月×12ヶ月×2,600円×5%×5年=12,480,000円」の損害が発生したと主張していた。
これは,被告製品1及び被告製品2が毎月各1600台売れる状態が5年間続くことが予想されるため,セット販売の際の被告の販売利益を2600円と仮定して,その内の5%は原告が得ることができた利益であったと主張するものとなる。
実際の被告製品の販売数は,被告製品1は3587台で,被告製品2は1951台であり,被告製品1の販売数である3587台をセット販売数と仮定した上で,原告の機会損失額の計算式にあてはまると46万6310円(3587セット×2600円×5%)となる。
したがって,原告が提示した計算方法からすると,46万6310円が原告が被告製品の販売によって被る損害の最大値となるのだから,使用料相当額としては46万6310円を認めれば十分であると考えられる。
この金額は売上げの約1%に相当するが,前記(ア)のとおり,営業秘密の場合のロイヤルティ料率の平均値は特許発明の場合よりも低いこと,料率を増額する事情が存在しないこと,さらには,技術ノウハウの成形分野でロイヤルティ料率を0.5%とする例があること(本件報告書)からすれば,不合理ではない。
したがって,使用料相当額を算定するに当たっての料率は約1%と考え,使用料相当額は46万6310円とするのが相当である。
(4) 弁護士費用等を含めた損害主張のまとめについて
ア 不競法4条に基づく損害賠償請求について
原告の主張する不競法5条2項及び3項に基づく損害額は前記(2)及び(3)のとおり争うが,消費税相当額を不競法5条2項及び3項の損害額の算定に当たって加算すべき点は認める。
弁護士費用については争う。
イ 不法行為に基づく損害賠償請求について
原告の主張は否認ないし争う。
5 争点5(差止請求及び廃棄請求の当否)について
(原告の主張)
原告は,樹脂・プラスチック製品の設計・製造・販売等を業としており,被告が本件データを使用した樹脂製宅配ボックス(被告製品)を製造販売することで,原告の営業上の利益を侵害され,又は侵害されるおそれがある。また,被告は,自社のホームページなどで,定価を記載した上で被告製品を掲載し,譲渡のための展示をしている。
したがって,原告は,被告に対し,被告製品の生産,譲渡及び譲渡のための展示について差止請求権を有する(不競法3条1項)とともに,被告製品の廃棄請求権(同条2項)を有する。
なお,被告は,被告製品については発売を中止し,被告製品の金型は廃棄しており,被告製品の代わりに,新たに布製の宅配ボックスを開発して販売していると主張するが,被告製品の金型の廃棄の事実については被告の提出した証拠からは認められないし,樹脂製の宅配ボックスと布製の宅配ボックスは市場が異なるから,被告が今後も被告製品を販売するおそれは否定されないというべきである。
(被告の主張)
原告の主張は否認ないし争う。被告が被告製品を製造販売することが,原告の営業上の利益を侵害することになるのか明らかではない。
また,被告は,令和2年3月末日をもって,被告製品の製造販売を終了し,これに先立って,被告製品の金型を廃棄した。
第4 当裁判所の判断
1 事実経過等
前記前提事実,証拠(甲2ないし6,8,10,13,21ないし35,乙1,2,12の3,乙13の1ないし4,乙14ないし35,39)及び弁論の全趣旨によれば,原告が被告に本件データを送信した経緯等について,以下の事実が認められる。
(1) 被告は,平成29年3月頃,被告が販売する新規の樹脂製の宅配ボックス(以下「本件新製品」という)の企画を立ち上げ,これを大量生産することができる設備環境を備えた企業各社に声をかけ,コンペ形式で外注先を探した。
原告は被告が声を掛けた本件新製品の外注先候補の一つであり,それまで原告と被告との取引はなかった(乙19)。
(2) 被告従業員は,平成29年5月8日,原告に本件新製品の製造外注の件について電話連絡を行った後,本件新製品の企画概要等を記載した企画案骨子(甲2)及び本件新製品の構想図(甲3)を原告従業員に電子メールに添付して送信した。上記企画案骨子には「厳秘」との記載がされており,上記電子メールの本文にも上記各資料について「添付資料(厳秘)」との記載がされていた(乙12の3)。
なお,被告は,他の外注先候補に対しても,同時期に同様の資料を電子メールで送信した。
(3) 被告と原告は,平成29年5月18日,本件新製品について初回ミーティングを行った。その際,被告は原告に対して前記(2)の各資料を用いて本件新製品の説明を行い,原告は被告に対して原告の会社概要についての説明を行った。
(4) 被告は,初回ミーティング後,本件新製品の企画が外部漏洩するおそれを極力なくすため,原告に対し,機密保持契約の締結を提案し,平成29年5月19日までに,その契約書の雛形を電子メールに添付して送信した(乙13の1ないし4)。
その後,被告は被告の押印済みの機密保持契約書(以下「本件機密保持契約書」といい,これに係る機密保持契約を「本件機密保持契約」という。)を原告に2部郵送し,原告の押印済みのものを1部返送するように依頼した。原告は,原告の押印済みの同年6月20日付けの機密保持契約書(甲4)を1部保持している。
(5) 本件機密保持契約書には,以下の規定が置かれている(甲4。本件機密保持契約書において「甲」とは原告を,「乙」とは被告を指す。)
ア 第1条(定義)
機密情報とは,一方当事者から他方当事者へ開示される技術情報,財務情報,営業情報及びその他の情報であって,開示の際に開示当事者により秘密である旨明示される情報を意味する。
イ 第2条(機密情報)
(ア) 1項
甲及び乙は,善良なる管理者の注意義務と保護措置をもって機密を保持し,第三者に開示又は漏らしてはならない。ただし,事前に相手方により書面による承諾を得た場合はこの限りではない。
(イ) 2項
甲及び乙は,相手方より機密情報の開示を受けた事実,又その存在の有無を第三者に開示又は漏らしてはならない。ただし,事前に相手方により書面による承諾を得た場合はこの限りではない。
(ウ) 3項
甲及び乙は,相手方の承諾により秘密情報を開示した第三者については,当該第三者に対し,本契約と同様の秘密保持義務の履行につき責任を有するものとする。
(エ) 4項
甲及び乙は機密情報を保持する為に合理的な措置を講じなければならない。
(オ) 5項
甲及び乙は,前項までに定める場合の他,相手方に不利益又は損害をもたらすおそれのあることに関して,機密情報を利用してはならない。
ウ 第3条(使用目的)
甲及び乙は,機密情報を委託された業務の遂行を目的としてのみ使用することができ,この使用目的以外には使用しないものとする。
(6) 被告は,平成29年5月22日頃,原告に対して本件新製品に関する追加資料(乙14,15)を電子メールに添付して送信し,概算見積もりを依頼した(乙16)。このうち,宅配ボックスの製造に伴う納期や商品の条件等の要件を示した資料(乙14)には「厳秘」との記載がされていた。
(7) 原告は,本件新製品について,平成29年5月30日付けの構想図(甲5,21)及び生産スケジュール(甲21)並びに同日ないし同月31日付けの概算見積(甲21)を作成し,その頃,被告に交付した。
上記構想図には,「㊙」又は「無断複写,目的外使用を禁ずる。」との表示がされており,生産スケジュール及び概算見積書にも「㊙」の表示がされていた。
(8) 被告は,平成29年6月1日,前記(7)の概算見積に対して,納期,コスト,サイズ及び機構の点について被告の要望を記載した同日付けの文書(甲22の2)を電子メールに添付して送信した(甲22)。
上記文書及びこれを添付して送信した電子メールの本文には,その内容が秘密である旨の記載はされていなかった。
(9) 原告は,前記(8)の要望を受けて,本件新製品の構造等を前記(7)の資料から変更し,平成29年6月8日付けの構想図(乙17)及び生産スケジュール(乙18)を作成して被告に交付し,被告は,同日,本件新製品の外注先を原告に内定する旨を原告に伝えた。その後,原告は,同月12日付けの本件新製品の見積書(甲23)を作成し,被告に交付した(甲13)。
上記構想図には「無断複写,目的外使用を禁ずる。」との表示がされていた。
(10) 原告は,本件新製品のモックアップ(試作品)の作成を準備し,その作成費用について,平成29年6月20日付けの見積書(甲24)を作成し,これを被告に交付した。この見積書には「㊙」の表示がされていた。
また,原告は,同月21日,被告に対し,上記の見積もり用に原告が作成した3Dデータを電子メールに添付して送信した。モックアップは原告作成の3Dデータに基づいて被告が作成することとなり,原告は,同月27日,被告に対し,モックアップ用の修正後の3Dデータを電子メールに添付して送信した。これらの3Dデータの送信の際に原告はこれらのデータが秘密である旨の表示はしていなかったが,同月27日に送信されたデータを受領した被告従業員Cは,同月29日,原告従業員のAに対し,「頂きました図面データですが,先日のお打ち合わせの際にご説明させて頂きましたIOT化に向け,センサーの組み込みや通信機器の設置場所の検討にあたり,パートナーに共有させて頂いても宜しいでしょうか?/先方とはNDAを締結済みです。」と尋ねる電子メールを送信した(甲6,8,13,乙20,21)。
(11) 平成29年7月から9月初めにかけて,被告作成のモックアップの試験が行われ,原告と被告との間で,納期,コスト,仕様等の点で意見の食い違いがあり,仕様変更を含めた,本件新製品の製造に関する打合せが繰り返し行われた(甲25ないし35,乙22ないし27,30ないし33,39)。
その間に,原告は,本件新製品の製造についての同年7月12日付け見積書(乙25),同年8月29日付け見積書(甲34),同年9月5日付け見積書(乙28)及び同年8月4日付け生産スケジュール(乙26,27)を被告に交付し,被告は,原告に打合せ結果のメモ(甲33,乙22,30,32)を電子メールに添付して送信するなどしたが,これらの各文書及びこれを送信した電子メールの本文には,その内容が秘密である旨の記載はされていなかった。
(12) 平成29年9月1日の打合せの時点で,本件新製品のうち,Mタイプの製品については同月4日までに,Sタイプの製品については同月8日までに,原告が被告に対して最終試作品の製作のための3Dデータを提出することになっており,前記第2の2(3)のとおり,原告の従業員Aは,同月4日にMタイプの製品に係る本件データ1を,同月7日にSタイプの製品に係る本件データ2を,それぞれ被告の従業員のBに電子メールに添付して送信した(甲10,乙32,33)。
本件データには,これが営業秘密であることの記載はされておらず,閲覧のためのパスワードの設定もされていなかった。また,本件データを送付した電子メールの本文にも本件データが営業秘密である旨の記載はされていなかった(甲10,弁論の全趣旨)。
(13) 原告は,平成29年9月18日,本件新製品の製造費用についての同月14日付けの見積書(乙29)を電子メールに添付して送信した(乙40)。
原告と被告とは,本件新製品の組立てに要する費用を原告が負担するか否か等の条件面での意見が一致せず,被告は本件新製品の製造を原告に発注するのを取りやめることとし,原告と被告との間での本件新製品の開発プロジェクト(本件プロジェクト)は同月中に終了することとなった(弁論の全趣旨)。
(14) 原告は,本件プロジェクトが終了したことを受けて,平成29年10月9日,被告に対し,本件新製品の「設計費・機会損失額」として合計1699万2800円の支払を求める旨の見積書(乙34)を電子メールに添付して送信した(乙35)。
しかしながら,原告と被告との間で,「設計費・機会損失額」の支払義務の有無及び額については合意に至らなかった(乙1,2,弁論の全趣旨)。
2 争点1(本件データの営業秘密該当性)について
(1) 本件データの内容等について
前記1(12)のとおり,本件データ1は本件新製品のうちMタイプの製品についての最終試作品の製作のための3Dデータ,本件データ2は本件新製品のうちSタイプの製品についての最終試作品の製作のための3Dデータであり,いずれも原告において作成されたものである。
弁論の全趣旨によれば,本件データを構成する各ファイルは,CADシステム(3D)において画像として編集・表示することが可能なデータであり,そこに含まれる製品の形状の情報は,本件データ1については別紙4-1「本件データ1と実機図面データ1との対比(被告の主張)」の「A)天昇(2017年9月4日データ)」のとおり,本件データ2については別紙4-2「本件データ2と実機図面データ2との対比(被告の主張)」の「A)天昇(2017年9月4日データ)」(なお,前記1(12)のとおり,本件データ2の送付日は実際には平成29年9月7日である。)のとおりであること,本件データは,3次元の空間における部品の構造(部品の長さ,形状,厚みなどの全ての構造)が詳細に記録されたものであり,様々な角度から部品の構造を視覚的に確認することができ,本件データがあれば本件新製品の試作品の製造が容易に可能なものであることが認められる。
(2) 秘密管理性について
ア 原告内部における秘密管理の状況
証拠(甲11,12,15)及び弁論の全趣旨によれば,①原告は,平成29年当時,就業規則(甲11)において,「従業員は,すべての会社の業務の方針および制度,能力,売上高,仕入高,取引先の氏名,売買の値段その他の機密を外部の人に話し,書類を見せまたは談話中不注意により内容を他に察知されるようなことをしてはならない。②機密保持については,会社退職後も同様とする。」(24条),「従業員は,会社の書類および物品並びに機密情報等(個人情報を含む)を無断で持出しまたは作業上不必要な物品を持込んではならない。」(29条)との定めを置き,従業員に機密保持義務を課していたこと,②原告は,同年当時,情報セキュリティー基本方針(甲12)を定めて,情報セキュリティー管理者を置き,技術的アクセス制限を含む社内ネットワークを構築していたこと,③原告は,同年当時,技術情報はサーバ上の所定のフォルダに保存しており,当該フォルダにアクセスできるのは原告の技術部従業員等に限定されており,原告の技術部室内のパソコンを使用して,ICチップの埋め込まれた社員証を用いた個人認証手続をとった上で,社内ネットワークに接続する必要があったこと,④本件データも,上記技術部用のフォルダに保管されていたことが認められる。
イ 被告との関係における秘密管理の状況
(ア) 前記1(4)のとおり,被告は,本件新製品の企画が外部漏洩するおそれを極力なくすため,原告との初回のミーティングの直後から,原告に対し,機密保持契約の締結を提案し,被告の押印済みの本件機密保持契約書を原告に2部郵送しており,原告は,原告の押印済みの平成29年6月20日付け本件機密保持契約書(甲4)を1部保持している。
被告は,原告から押印済みの本件機密保持契約書の返送を受けなかったとして,本件機密保持契約は締結されていないと主張するが,本件プロジェクトが終了するまでに,被告から原告に対して本件機密保持契約書の返送がないと指摘したり,原告が被告に本件機密保持契約の締結に応じないとの態度をとったりしたとの事実を認めるに足りる証拠はない。したがって,本件機密保持契約は,遅くとも原告が保管する本件機密保持契約書(甲4)の作成日である平成29年6月20日頃までには成立していたものと認めるのが相当である。
(イ) 前記1のとおり,原告と被告との間においては,本件データの送付以前に,本件新製品に関する様々な文書や図面等がやりとりされているが,被告は,少なくとも,平成29年5月8日に前記1(2)の企画案骨子(甲2)及び本件新製品の構想図(甲3)を電子メールに添付して送信する際には,これらが秘密である旨を電子メール本文に記載するとともに,上記企画案骨子自体にも秘密である旨を表示しており,同月22日頃に電子メールに添付して送信した前記1(6)の宅配ボックスの製造に伴う要件を示した資料(乙14)にも,秘密である旨の表示をしていた。また,原告から被告に対して送信又は交付された資料のうち,少なくとも,前記1(7)の同月30日付け構想図(甲5,21),同日付け生産スケジュール(甲21)及び同日ないし同月31日付けの概算見積書(甲21),前記1(9)の同年6月8日付け構想図(乙17)並びに前記1(10)の同月20日付けの見積書(甲24)には,秘密である旨の表示がされていた。
他方で,原告及び被告は,本件データの送付以前において,前記1(6)及び1(11)におけるやりとりの際など,本件新製品の仕様等に関する情報であっても秘密である旨の表示をせずに相手方に送信ないし交付することがあった。
(ウ) 前記1(10)のとおり,本件データに先立って原告が作成したモックアップ用の3Dデータを被告に電子メールで送信したところ,秘密である旨の表示がされていなかったにもかかわらず,これを受領した被告従業員Cが,これをセンサーの組み込みや通信機器の設置場所の検討のために第三者に開示することについて,原告従業員Aに対して許可を求め,その際,当該第三者とは機密保持契約(NDA)を締結済みであると説明したことが認められ,これは,上記3Dデータが秘密として扱われるべき情報であることを前提とした行動といえる。
(エ) 前記1(12)のとおり,本件データには,これが営業秘密であることの記載や閲覧のためのパスワードの設定はされておらず,また,本件データを送付した電子メールの本文にも本件データが営業秘密である旨の記載はされていなかった。
ウ 検討
(ア) 前記アの原告内部における秘密管理の状況を見ると,原告は,就業規則において一般的に従業員に機密保持義務を課すのみならず,技術情報について社内のサーバの技術部用のフォルダに保管し,当該フォルダにアクセスするためには技術部室内のパソコンを使用して個人認証手続を取らなければならないようにしており,最終試作品の製作のための3Dデータである本件データもこの技術部用のフォルダに保管していたものであり,原告内部において本件データを秘密として管理する措置が取られていたものといえる。
また,被告との関係における秘密管理の状況について見ても,原告の被告に対する本件データの送付に先立って,前記イ(ア)のとおり,被告の提案により,本件新製品の製造に関して本件機密保持契約が締結されており,前記イ(イ)のとおり,原告と被告との間でやりとりされた本件新製品に関する企画書,図面,見積書等には秘密である旨が明示されているものとないものがあったところ,前記イ(ウ)のとおり,原告が被告に対して送付したモックアップ用の別の3Dデータについて,秘密である旨の表示がなくても,これを受領した被告従業員が秘密であることを前提とした行動を取っていたものである。そうすると,前記イ(エ)のとおり,本件データの送付の際にこれが秘密である旨が明示されていなかったことを考慮しても,本件データを受領した被告において,本件データが秘密として管理されていることは容易に認識可能であったというべきである。
したがって,本件データについては,原告から被告に送付された時点において,原告が内部的に秘密として管理していたのみならず,被告において原告が秘密として管理していることを十分認識し得る措置が講じられていたというべきであるから,秘密管理性が認められる。
(イ) 被告の主張について
被告は,本件機密保持契約においては,機密情報とは「開示の際に開示当事者により秘密である旨明示される情報」と定義されているから,秘密情報である旨が明示されていない本件データについて,被告が原告の秘密管理意思を認識するのは不可能であると主張する。しかしながら,前記イ(イ)のとおり,本件データに先立って原告が被告に対して送付したモックアップ用の別の3Dデータについて,秘密である旨の表示がなくても,これを受領した被告従業員が秘密であることを前提とした行動を取っていたことが認められるから,被告において本件データに係る原告の秘密管理意思を認識し得たことは明らかであって,被告の上記主張は採用することができない。
また,被告は,本件データには,営業秘密管理指針(乙36)が秘密管理措置の具体例として掲げる,本件データのファイル名・フォルダ名へのマル秘等の付記や,閲覧に要するパスワードの設定等の措置がなかったから,本件データに対する秘密管理措置は存在しなかったとも主張するが,被告が指摘するような措置は秘密管理に係る例示にすぎず,そのような措置がなくても,被告において本件データにつき原告が秘密として管理していることを十分認識し得る措置が講じられていたといえることは,前記(ア)のとおりである。したがって,被告の上記主張も採用することができない。
(3) 有用性について
ア 本件データは,前記(1)のとおり,本件新製品の最終試作品の製作のために原告が作成した3Dデータであり,3次元の空間における部品の構造(部品の長さ,形状,厚みなどの全ての構造)が詳細に記録され,本件データがあれば本件新製品の試作品を容易に製造することができるものであるから,原告の事業活動において有用な情報であり,有用性が認められる。
イ 被告の主張について
被告は,本件データは,本来であれば被告製品の基となることが予定されていたものであるから,原告の事業活動において有用な情報であるとはいえないと主張する。しかしながら,本件データについて,被告製品の製造以外に用いることができないといった事情はうかがわれないから,被告製品の基となることが予定されていたことをもって原告の事業活動における有用性が否定されるとはいえない。
また,被告は,本件データの内容に技術的な特殊性及び革新性はなく,公知情報の組合せであって,予想外の特別に優れた作用効果を奏するものでもないと指摘する。しかしながら,前記アのとおり,本件データは,具体的な試作品の作成が可能な程度に部品の構造や寸法が詳細に記録されたものであり,単にコンテナボックスに化粧板を取り付けることを記載したものではないから,本件データが公知情報の組合せにすぎないとはいえない。
さらに,被告は,本件データには原告と被告が共同作成したものといえ,被告のアイデアが多分に含まれているから,原告にとっての有用性は非常に低いとも主張するが,前記1(11)のとおり,本件新製品の仕様等について原告と被告は打合せを繰り返したが,弁論の全趣旨によれば,本件データの作成自体は原告が単独で行ったものと認められるから,この点も本件データの有用性を否定するものとはいえない。
したがって,被告の上記主張はいずれも採用することができない。
(4) 非公知性について
ア 本件データは,前記(1)のとおり,本件新製品の最終試作品の製作のために原告が作成した3Dデータであって,データの性質上,公開が予定されているものとはいえず,前記1の事実経過等からすれば,本件機密保持契約を締結した原告と被告との間でのみやりとりがされ,被告にこれが送付される前に被告以外の第三者に開示されたことはないと認められるから,非公知性が認められる。
イ 被告の主張について
被告は,本件データは被告製品の基となるべきものであり,被告製品は広く流通することが期待されていたから,本件データに非公知性は認められないと主張するが,被告製品の流通と本件データの公開を同視することはできない。
また,被告は,本件データの内容は,コンテナボックスと化粧板という公知の情報を組み合わせたものにすぎず,予想外の特別に優れた作用効果を奏するものでもないから,非公知性が認められないとも主張するが,前記(3)イのとおり,本件データは,単にコンテナボックスに化粧板を取り付けることを記載したものではないから,本件データが公知情報の組合せにすぎないとはいえない。
したがって,被告の上記主張は,いずれもその前提を欠くものであって,採用することができない。
(5) 小活
以上によれば,本件データは,不競法2条6項所定の秘密管理性,有用性及び非公知性の要件をいずれも満たすものであり,同項の営業秘密に該当する。
3 争点2-1(被告製品の製造が不競法2条1項7号の不正競争に該当するか)について
(1) 被告製品の製造が本件データの「使用」に当たるかについて
ア 本件データ1の使用について
(ア) 被告が,本件データ1に基づきこれに変更を加えて,実機図面データ1を作成したこと,本件データ1と実機図面データ1における形状が,0.1mm程度の微細な寸法表示に誤差が生じうる点を留保した上で,それぞれ,別紙4-1「本件データ1と実機図面データ1との対比(被告の主張)」のとおりとなること(同別紙において「A)天昇(2017年9月4日データ)」とあるのが本件データ1の内容であり,「B)実機図面」とあるのが実機図面データ1の内容である。)は,いずれも当事者間に争いがない。これらの事実に照らせば,本件データ1と実機図面データ1とは,本体,扉,鍵カバー,側板,天板及びヒンジの各パーツからなるという基本構造が同じであり,後記(イ)の被告が指摘する相違点を除けば,各パーツの寸法及び形状においても概ね一致しているということができ,被告は,本件データ1に基づいて,これと実質的に同一の実機図面データ1を作成したものということができる。したがって,被告が実機図面データ1に基づいて被告製品1を製造することは,本件データ1の「使用」に該当するというべきである。
(イ) 被告は,本件データ1と実機図面データ1について,上記別紙の2ないし24頁の各下部の「項目」欄記載の事項につき,本件データ1については各「A」欄,実機図面データ1については各「B」欄記載の内容となっている点で相違点があり,全てのパーツにおいて本件データ1の寸法又は形状等から変更がされているから,本件データ1と実機図面データ1との間に同一性はなく,被告が実機図面データ1に基づいて被告製品1を製造しても本件データ1の「使用」には該当しないと主張する。
しかしながら,営業秘密の使用という観点からは,被告の指摘する相違点に係る変更が加えられていることを考慮しても,本件データ1と実機図面データ1との上記(ア)の一致点に照らし,本件データ1と実機図面データ1との実質的同一性は否定されないというべきであるから,被告の上記主張は採用することができない。
イ 本件データ2の使用について
(ア) 被告が,本件データ2に基づきこれに変更を加えて,実機図面データ2を作成したこと,本件データ2と実機図面データ2における形状が,0.1mm程度の微細な寸法表示に誤差が生じうる点を留保した上で,それぞれ,別紙4-2「本件データ2と実機図面データ2との対比(被告の主張)」のとおりとなること(同別紙において「A)天昇(2017年9月4日データ)」とあるのが本件データ2の内容であり,「B)実機図面」とあるのが実機図面データ2の内容である。)は,いずれも当事者間に争いがない。これらの事実に照らせば,本件データ2と実機図面データ2とは,本体,扉,鍵カバー,側板,天板及びヒンジの各パーツからなるという基本構造が同じであり,後記(イ)の被告が指摘する相違点を除けば,各パーツの寸法及び計上においても概ね一致しているということができ,被告は,本件データ2に基づいて,これと実質的に同一の実機図面データ2を作成したものということができる。したがって,被告が実機図面データ2に基づいて被告製品2を製造することは,本件データの「使用」に該当するというべきである。
(イ) 被告は,本件データ2と実機図面データ2について,同別紙の2ないし19頁の各下部の「項目」欄記載の事項につき,本件データ2については各「A」欄,実機図面データ2については各「B」欄記載の内容となっている点で相違点があり,全てのパーツにおいて,本件データ2の寸法又は形状等から変更されており,さらに,扉部分については,本件データ2では宅配ボックス用扉であるが,実機図面データ2ではポスト用扉である点も異なるから,本件データ2と実機図面データ2との間に同一性はなく,被告が実機図面データ2に基づいて被告製品2を製造しても本件データ2の「使用」には該当しないと主張する。
しかしながら,営業秘密の使用という観点からは,扉部分をポスト用扉とすることなど,被告の指摘する相違点において変更が加えられていることを考慮しても,本件データ2と実機図面データ2との上記(ア)の一致点に照らし,本件データ2と実機図面データ2との実質的同一性は否定されないというべきであるから,被告の上記主張は採用することができない。
(2) 「不正の利益を得る目的」及び「その営業秘密保有者に損害を加える目的」について
前記1(12)のとおり,本件データは,本件新製品の最終試作品の製作のために送付されたものであり,前記1(13)のとおり,本件新製品の開発プロジェクトが終了した後に被告がこれを被告製品の製造に使用することは,本件データの使用目的から逸脱したものというべきである。
被告は,モックアップの作成も被告製品の量産のための過程の一つにすぎず,本件データは被告製品の設計データであり,本件プロジェクトの遂行を目的として提供されたものであるから,これを本件プロジェクトの遂行に使用することは,情報を委託された目的に沿った問題のない使用であると主張する。しかしながら,前記1(10)のとおり,本件新製品のモックアップは被告が製作することが合意されていたものの,証拠(乙28,29,39,40)によれば,本件データが送付された当時において,本件新製品の各部品の製造は原告において行うことが予定されていたと認められるから,本件データを被告が被告製品の製造に使用することについては本件データの使用目的の範囲内であるとはいえない。
また,前記1(14)のとおり,本件プロジェクトの終了後,原告と被告との間では「設計費・機会損失額」名目での被告の支払義務の有無及び額について合意に至っておらず,原告が本件データを用いた製品の製造を被告に許諾したとの事実を認めるに足りる証拠もない。
したがって,被告による本件データの使用は,本件データの使用目的から逸脱したものというべきであって,「不正の利益を得る目的」で行われたものと認められる。
(3) 小活
以上によれば,被告が被告製品1を製造する行為は本件データ1について,被告が被告製品2を製造する行為は本件データ2について,それぞれ原告から示された営業秘密を不正の利益を得る目的で使用したものであり,不競法2条1項7号の不正競争に該当する。
4 争点2-2(被告製品の譲渡及び譲渡のための展示が不競法2条1項10号の不正競争に該当するか)について
前記3のとおり,被告による被告製品の製造は不競法2条1項7号の不正競争に該当するから,被告製品の販売(譲渡)及び譲渡のための展示は不競法2条1項10号の不正競争に該当すると認められる。
5 争点4(損害及びその額)について
前記2(2)のとおり,本件データを受領した被告において,本件データが秘密として管理されていることは容易に認識可能であり,前記3(2)のとおり,本件新製品の開発プロジェクトが終了した後に被告がこれを被告製品の製造に使用することは,本件データの使用目的から逸脱したものであったから,前記3及び4の不正競争について,被告には故意又は過失が認められる。
以上を前提に,本件の事案に鑑み,前記3及び4の不正競争による原告の損害及びその額についてまず検討する。
(1) 被告製品の販売個数,売上等について
ア ①の製品(原価以上の額で販売した製品)について
令和2年7月末日までに製造販売された販売個数及び売上高が次のとおりであることについては,当事者間に争いがない(ただし,これらの製品の製造販売は令和2年3月末日までには終了している。)。
被告製品1 2813個 3561万2239円
(1個当たりの平均販売価格 1万2659円)
被告製品2 562個 711万1388円
(1個当たりの平均販売価格 1万2653円)
合計 3375個 4272万3627円
イ ②の製品(原価未満の額で販売した製品)について
平成2年7月末日までに製造販売された販売個数及び売上高が次のとおりであることについては,当事者間に争いがない(ただし,これらの製品の製造販売は令和2年3月末日までには終了している。)。
被告製品1 774個 250万4925円
(1個当たりの平均販売価格 3236円)
被告製品2 1389個 280万6205円
(1個当たりの平均販売価格 2020円)
合計 2163個 531万1130円
ウ ③の製品(製造したが販売されなかった製品)について
(ア) 個数
a 「販売数」と題する書面(乙42。以下「本件販売数表」という。)の記載内容
本件販売数表は,被告が作成した被告製品の販売個数の資料であり,平成30年7月から令和2年3月までの各月の被告製品1及び被告製品2の販売個数が記載されている表である。
上記の表には,被告製品1の全期間を通じた販売個数は3587個であって,被告製品2の全期間を通じた販売個数は1951個であることが記載されており,これは前記ア及びイの数量を合計したものと一致する。
また,上記の表には,令和2年1月までの販売個数は被告製品1が2775個で被告製品2が1123個の合計3898個であって,令和2年2月及び3月の販売個数は被告製品1が812個で被告製品2が828個の合計1640個であることが記載されている。
他方で,上記の表には,各月の在庫数量を示す記載はない。
b 「スマポ事業収支」と題する書面(乙44。以下「本件事業収支表」という。)の記載内容
本件事業収支表も被告が作成した資料であるところ,これは平成30年7月から令和2年1月までの各月の被告製品の販売数と各月の在庫数量(いずれも,被告製品1と被告製品2を合算したもの)が記載された表である。
上記の表には,令和2年1月末までの被告製品の販売個数は合計4108個であって,同月末時点の被告製品の在庫数は3445個であることが記載されている。
c ③の製品の個数
(a) 被告製品の製造数
本件販売数表には販売個数のみが記載されているため,被告が製造した被告製品の総数を算出するには,本件事業収支表を用いるのが相当であり,同表の記載によれば,令和2年1月末時点において,被告が3445個の被告製品を在庫として有していたこと,同月末までの被告製品の販売数合計が4108個であったことが認められるから,被告が同月末までに製造した被告製品は合計7553個(4108個+3445個)となる。そうすると,同年7月末までの製造数についても合計7553個を下回らないと認定するのが相当である。
(b) ③の製品の個数
被告製品のうち販売された製品の個数が前記ア及びイのとおりであることは当事者間に争いがないため,③の製品の個数は,前記(a)の令和2年3月末までの製造数合計7553個から前記ア及びイの各販売個数を差し引いた2015個(7553個-3375個-2163個)と認めるのが相当である。
(c) 被告の主張について
前記(a)及び(b)は原告の主張する算定方法であるが,これに対して,被告は,前記bの本件事業収支表(乙44)における令和2年1月末時点の在庫数3445個から,前記aの本件販売数表(乙42)における令和2年2月及び3月の販売数1640個を控除して,③の製品の個数を1805個と算定すべきであり,被告製品の総製造数は,前記ア及びイの各販売数に上記の1805個を加えた7343個と算定すべきと主張する。
しかしながら,本件販売数表と本件事業収支表とでは,各月の販売数が相互に一致しておらず,集計方法に違いがあることがうかがわれるところ,前記(a)の製造数の算定は,単一の資料(本件事業収支表)に基づいている点で上記の被告の算定よりも正確と考えられ,また,このようにして算定した製造数から③の製品の個数を認定する前記(b)の過程も合理的であるといえる。
また,被告は,当事者間に争いのない①の製品及び②の製品の個数(前記ア及びイ)は本件販売数表(乙42)に基づいているため,③の製品の個数も本件販売数表を参考として算定すべきとも主張するが,前記aのとおり,本件販売数表には各月の在庫についての記載はされておらず,被告の上記推定も,結局,本件事業収支表(乙44)を一部用いているから,この点で被告の算定方法が原告の算定方法よりも適切であるとはいえない。
したがって,被告の上記主張は採用することができない。
(イ) 処分の方法
証拠(甲46,47,49,乙47の1,乙68)及び弁論の全趣旨によれば,被告は,令和2年3月,被告製品1を1000個無償で提供するキャンペーンを行う旨を一般消費者に向けて告知したところ,5000名以上から応募があったため,1000個を無償提供したことが認められる。
これに対し,原告は,③の製品について2015個全てが無償で配布されたと主張するところ,上記のとおり多数の応募者があったことは認められるものの,本件全証拠によっても,被告において,当初の予定を変更し,1000個を超えて無償提供したといった事情は認められず,原告の同主張は採用することができない。
(2) 不競法5条2項による損害額について
ア 不競法5条2項の適用の可否について
(ア) 不競法5条2項は,不正競争行為と損害の発生及び額との間の因果関係の主張,立証には困難が伴い,その結果,妥当な損害の填補がされないという不都合が生じ得ることに照らして,不正競争行為を行った者が同行為によって利益を受けているときは,その利益の額を損害額と推定するとして,立証の困難性の軽減を図った規定であるから,同項の適用の要件としては,原告において,被告による不正競争行為がなかったならば利益が得られたであろうという事情が存在すれば足りるものと解すべきである。
(イ) 証拠(甲37,38)及び弁論の全趣旨によれば,(省略)頃から,原告は(省略)との間で樹脂製宅配ボックスの開発協議を行い,被告製品が発売中であった(省略)頃,樹脂製宅配ボックスである原告製品(省略)から発売されたこと,原告製品の製造販売の過程は,原告が,鍵部分等を除いた樹脂製の製品本体部分の製造を(省略)から受注して,その製品本体部分を(省略)に供給し,(省略)がこれに鍵部分等を取り付けるなどして完成させた原告製品を自身の商品として販売するというものであること,原告製品と被告製品は,いずれも,自宅の玄関前等に設置可能な後付け型の荷物受取用樹脂製宅配ボックスであり,コンテナケースの構造を応用した本体に樹脂パネルを取り付けているという点でも共通していることが認められる。以上の認定事実に照らせば,原告製品と被告製品とは同種商品として市場で競合する関係にあり,かつ,原告製品の売上げが減少すれば原告の(省略)からの受注も減少するという関係にあるというべきであって,被告製品の販売について原告には前記(ア)の事情が存在するといえるから,その損害について不競法5条2項が適用される。
(ウ) 被告は,①原告製品には本件データが使用されていないこと,②原告が原告製品の販売をしない製造者であること,③原告製品の販売価格からして被告製品の代替品にならないこと,④被告製品2は宅配ボックスですらないことを指摘して,被告製品の販売による原告の損害については不競法5条2項の適用がないと主張する。
上記①の点について,証拠(甲14,18,37)及び弁論の全趣旨によれば,原告製品の形状と本件データに係る製品及び被告製品の形状は,外観及び内部構造において異なるものであり,原告は本件データ自体を原告製品の製造には使用していないものと認められるものの,前記(イ)のとおり,原告製品は被告製品と同種商品として市場において競合する関係にあるといえる以上,原告製品に本件データが使用されていないからといって,直ちに前記(ア)の事情の存在が否定されるものではない。
また,上記③の点について,被告製品の標準価格が,被告製品1について1万8800円ないし1万9800円,被告製品2について1万4800円と設定されていたところ(甲1),原告製品の標準価格はサイズ等により(省略)と設定されており(甲37),被告製品よりも高額に設定されていたことが認められるものの,前記(イ)のとおり,原告製品と被告製品とは,設置場所及び用途が同じであって,構成もおおむね共通していることから,そのような価格の差をもって直ちに競合する製品であることが否定されるとはいえない。上記④の点については,原告製品が(省略)として販売されており,被告製品1も「宅配物受け取り・発送」用の「宅配ボックスタイプ」として販売されていたのに対して,被告製品2の前面の扉には荷物等を投入するためのフラップが設けられており,「郵便物・大型メール便受け取り」用の「ポストタイプ」として販売されていたことが認められる(甲1,37)ものの,被告製品2についても,被告製品1と同じ「スマポ」の商品名でそのシリーズ品として販売されていたものであるから(甲1),原告製品と同種の商品として,これと競合する関係にあったものというべきである。
さらに,上記②の点については,前記(イ)のとおり,原告は,原告製品について,(省略)との間で開発協議を行い,その鍵部分等を除いた製品本体部分の製造を行っているものであり,原告製品の売上げが減少すれば原告の(省略)からの受注も減少するという関係にあるから,原告製品の販売者が(省略)であることをもって原告に前記(ア)の事情があることが否定されるものではないというべきである。
したがって,被告の指摘する各点を考慮しても,前記(イ)のとおり,被告製品の製造による原告の損害には不競法5条2項の適用があるということができる。
イ 不競法5条2項の利益の意義
不競法5条2項所定の不正競争行為により侵害者が受けた利益の額は,侵害者が不正競争行為によって製造販売した製品の売上高から,侵害者において同製品を製造販売することによりその製造販売に直接関連して追加的に必要となった経費を控除した限界利益の額であると解すべきである。
ウ 売上高(限界利益の算定の対象とすべき製品の範囲)
(ア) ①の製品について
①の製品の売上高は,前記(1)アのとおりであり,合計4272万3627円が限界利益の算定の対象とすべき売上高となる。
(イ) ②の製品及び③の製品について
a 被告は,①の製品の売上高のみを対象として限界利益の算定をするのは相当でなく,②の製品及び③の製品に関する事情も考慮して,被告製品の販売による限界利益の計算をすべきであると主張するので,以下検討する。
b ③の製品は,製造したが販売されなかった製品であり,前記(1)ウ
(イ) のとおり,被告製品の販売を終了する直前の令和2年3月の無償提供も①の製品の販売と一体として行われたものとはいえないから,③の製品の存在やその無償提供に関する事情を被告製品の販売による被告の限界利益の算定に当たって考慮するのは相当でない。
c ②の製品は,原価(原材料費)未満の額で販売した製品であるところ,被告は,このような廉価販売がされた事情について,前記第3の4(被告の主張)(2)イ(イ)のとおり,新製品のプロモーション等のための値引き,レンタル事業者に販売する際の値引き,代理店又は販売店を通じた販売の際の値引き,無料お試しキャンペーンの際の値引き,被告製品販売中止の検討時期の在庫処分のための値引きなど,各種の事情により,被告製品の販売開始当初から販売中止時期までにかけて廉価販売を行ったと主張する。
しかしながら,上記の各事情によって,いつどの程度の値引きでどの程度の個数を廉価販売したのかについて,具体的な主張立証はなく,②の製品の値引きのうち,本件訴訟において原告が差止及び廃棄を請求したこととは関係なく,①の製品の販売に伴って不可避的に生じたといえるものがどの程度あったのかは,明らかでない。さらに,前記(1)アのとおり,①の製品は,被告製品1が1個当たり平均1万2659円,被告製品2が1個当たり平均1万2653円で販売されたところ,前記(1)イのとおり,②の製品については,被告製品1が4分の1程度の平均3236円,被告製品2が6分の1程度の平均2020円で販売されており,①の製品との販売価格の乖離が大きいこと,被告製品は廃棄請求の対象となるべきものであるところ,被告の主張を前提としても,上記のとおり,②の製品の販売には,本件訴訟が提起された平成30年10月以降の時期に,在庫処分の趣旨で行われたものがあること,証拠(乙42,43)によれば,令和2年2月以降の被告製品の販売のほとんどは廉価販売であり,同月及び同年3月には被告製品が合計1640個販売されていると認められ,廉価販売された被告製品2163個の中で,上記の販売終了に伴う在庫処分の趣旨で行われたものが大部分であったと考えるのが自然であることも考慮すれば,②の製品の販売について,①の製品の販売と一体とみることはできないというべきである。したがって,被告製品の販売による不競法5条2項の損害の算定に当たっては,②の製品の販売を考慮せず,①の製品の販売のみを対象として被告の限界利益を算定するのが相当である。
エ 限界利益の算定に当たって売上高から控除すべき経費について
(ア) 原材料費について
①の製品についての原材料費が以下の金額であることは当事者間に争いがなく,これは①の製品の販売による限界利益の算定に当たり控除すべき経費である。
被告製品1 2512万4308円
被告製品2 504万3521円
(イ) 保管費について
証拠(乙61)及び弁論の全趣旨によれば,被告は,被告製品の製造後から出荷までの保管費用として,平成30年7月から令和2年3月末日までの間に合計979万6000円を支出したものと認められる。このうち①の製品に係る保管費用が,①の製品の製造販売に直接関連して追加的に必要となったものとして,限界利益の算定に当たり控除すべき経費に該当する。
前記(1)ウのとおり,被告製品の総製造数は7553個であるから,①の製品に係る費用の額は437万7267円(979万6000円×3375個/7553個)と認められる。
(ウ) 販売サイト関連費,お問い合わせ窓口に係る費用及びインターネット広告費について
被告は,被告製品のネット販売のサイトに係る費用として合計1158万5000円を,お問い合わせ窓口に係る費用として合計454万3375円を,インターネット広告に係る費用として合計1676万7926円をそれぞれ支出したと主張し,これらの額の請求に係る見積書(乙62)及び請求書ないし買掛票(乙64)を提出する。
しかしながら,上記の見積書等に係る費用と被告製品の販売との具体的な関連を示す証拠はなく,また,被告の主張を前提としても,上記のような費用は,通常,製造販売される製品の個数の影響を受けて変動することが想定されないというべきであり,実際にそのような変動が生じたと認めるに足りる証拠もない。したがって,被告の主張する上記の各費用は,①の製品の製造販売に直接関連して追加的に必要となったものとは認められず,限界利益の算定に当たり控除すべき経費に該当するとはいえない。
(エ) 運搬費について
証拠(乙61)及び弁論の全趣旨によれば,被告は,被告製品の出荷に係る被告製品の運搬費として,平成30年7月から令和2年3月末日までの間に合計911万7059円を支出し,そのうち,購入者が送料を負担した分が78万0610円であったものと認められるから,これを控除すると,被告が運搬費として実質的に負担した額は833万6449円と認められる。このうち①の製品に係る費用は,①の製品の製造販売に直接関連して追加的に必要となったものとして,限界利益の算定に当たり控除すべき経費に該当する。
前記(1)のとおり,①の製品の販売数は3375個,②の製品の販売数は2163個であるほか,③の製品のうち無償で提供されたものが1000個あり,証拠(乙68)によれば,その送料は被告が負担したものと認められるから,上記の運搬費合計のうち,①の製品に係る費用の額は430万3382円(833万6449円×3375個/6538個)と認めるのが相当である。
被告は,運搬費として支出した総額は963万9427円であると主張し,被告作成の「スマポ発送運賃」等の項目や金額が記載された書面(乙57)には,被告製品に係る運賃の合計額につき同主張に沿う記載があるが,同書面記載の運賃のうち,請求書(乙61)が提出されているものの額は合計911万7059円にとどまる。また,被告は,①の製品に係る運搬費の額について,①の製品の販売数と②の製品の販売数のみを考慮して算定すべきと主張するが,③の製品のうち無償で提供したものの送料を上記請求書(乙61)とは別途支出したことを認めるに足りる証拠はないから,①の製品に係る費用の額は上記認定の限度で認めるのが相当である。
原告は,上記請求書(乙61)には,被告製品以外のものに係る請求が含まれているから,その点も考慮すべきであると指摘するが,当該請求書の件名としてはいずれも「スマポ 保管発送」と被告製品の名称のみが記載されていること,項目として「南京錠 開梱 同梱」等の記載があるのは被告製品の付属品の取り扱いに関する記載と考えられることからすれば,上記請求書に係る運搬費はその全体が被告製品に係る費用と認めるのが相当であり,原告の指摘は上記認定を覆すに足りるものではない。
(オ) 金型費について
証拠(乙46,65)及び弁論の全趣旨によれば,被告は,被告製品の製造のために新規に金型を製作し,その製作費用及び被告製品の製造を開始するための改造費用として,被告製品1について金型製作費4781万円及び金型改造費717万2000円の合計5498万2000円を,被告製品2について金型製作費5181万8000円及び金型改造費671万6000円の合計5853万4000円を,それぞれ支出したことが認められる(総合計1億1351万6000円)。
被告は,上記の金型費が,被告製品の製造・販売のために直接必要となった直接固定費であり,全額が経費として控除されるべきであると主張する。確かに,被告製品の金型は被告製品の製造のために新規に必要となったものではあるが,証拠(甲33,53,乙30)及び弁論の全趣旨によれば,被告製品のような樹脂製品の製造に用いる金型には30万ないし40万回程度使用可能なものがあると認められ,これに対して,①の製品の製造数は,被告製品1について2813個,被告製品2について562個にすぎないから,金型費の全額が①の製品の製造販売に直接関連して追加的に必要となったものということはできない。被告は金型を廃棄済みであり,今後の使用予定がないことからも金型費の全額を経費と認めるべきと主張するところ,証拠(乙52ないし54)によれば,被告は令和2年2月に被告製品の金型を廃棄していると認められるものの,本件訴訟における被告製品の生産の差止請求を受けて廃棄されたものと考えられ,本件全証拠によっても,上記の金型の製作当時から被告製品が少数のみ生産される予定であったとの事情は認められないから,被告製品の金型が廃棄されていることを考慮しても,金型費の全額が①の製品の限界利益の算定に当たり控除すべき経費に当たるということはできない。
そして,上記の金型の使用可能回数(少ない方の数値を採用)に対して,①の製品の製造数が,被告製品1では0.9%程度(2813個÷30万回),被告製品2では0.2%程度(562個÷30万回)であることからすれば,上記の金型の一部は共通部品の金型として被告製品1と被告製品2の双方に使用されるものであったこと(乙52)を考慮しても,上記金型費のうち,①の製品の製造販売に直接関連して追加的に必要な費用として限界利益の算定に当たり控除すべき経費に該当するのは,その1%に相当する113万5160円(1億1351万6000円×1%)と認めるのが相当である。
(カ) 経費控除後の限界利益の額
以上によれば,①の製品の製造販売により,被告が受けた限界利益の額は,前記ウ(ア)の①の製品の売上高合計4272万3627円から,前記(ア)の原材料費合計3016万7829円,前記(イ)の保管費のうち437万7267円,前記(エ)の運搬費のうち430万3382円及び前記(オ)の金型費のうち113万5160円を控除した273万9989円である。
オ 推定覆滅事由について
(ア) 不競法5条2項における推定の覆滅については,不正競争行為に及んだ侵害者が主張立証責任を負うものであり,侵害者が得た利益と被侵害者が受けた損害との相当因果関係を阻害する事情がこれに当たると解される。そこで,以下,被告が主張する事情について,上記の推定覆滅事由に該当するか否かを検討する。
(イ) 原告が原告製品を販売していないことについて
被告は,原告製品は(省略)が販売する製品であって,原告は(省略)から請負契約に基づき製造の対価としての報酬を支払われる関係にあるにすぎず,被告製品の販売による原告の逸失利益とは,(省略)から支払われる報酬が喪失したというものであり,被告製品の販売による被告の限界利益とは性質を大きく異にするものであるから,不競法5条2項の推定は全部覆滅されると主張する。
しかしながら,原告において,被告による被告製品の製造販売がなかったならば利益が得られたであろうという事情が存在することは,前記アのとおりであり,原告製品を販売しているのが(省略)であって,原告製品の販売による原告の利益が,その本体部分の製造について(省略)から受ける報酬であるとしても,そのような原告の利益の額が被告製品の販売による被告の限界利益の額と乖離していることについて,具体的な主張立証はない。したがって,被告の主張する上記の事情をもって,推定覆滅事由に当たるとは認められない。
(ウ) 広告宣伝の効果について
被告は,GoogleやYahooといった検索サイト等にバナー広告やリスティング広告を設置しており,被告製品の販売による限界利益のうち,最低でも28.8%は広告宣伝が寄与したものであるから,不競法5条2項の推定は28.8%覆滅されると主張する。
しかしながら,本件証拠上,被告が行った上記の広告の具体的な内容は明らかではなく,競合品の販売における広告と比較して,被告製品の販売を特に促進するような広告宣伝がなされたといった事情も認められないから,被告が主張する被告製品に係る広告宣伝の効果をもって,推定覆滅事由に当たるとは認められない。
(エ) 原告製品以外の競合品の存在について
被告は,被告製品には原告製品以外の競合品が存在しており,被告製品が販売されなかったとしても,被告製品の購入者は,原告製品よりも安い他の競合品を購入し,あえて原告製品を購入する者は現実的にはほとんどいないと予想されるから,不競法5条2項の損害の推定は少なくとも9割が覆滅されると主張する。
原告製品と被告製品とが,自宅の玄関前等に設置可能な後付け型の荷物受取用樹脂製宅配ボックスという点で同種の製品であり,価格の違いにかかわらず,市場において競合する製品といえることは,前記アのとおりであるところ,被告製品が販売されていた平成30年7月から令和2年3月までの間において原告製品以外の同種商品が販売されていた状況やそのシェアについて,具体的な主張立証はない。したがって,被告が主張する原告製品以外の競合品の存在についても,推定覆滅事由に該当するとは認められない。
(オ) 以上によれば,①の製品の製造販売による原告の損害について,不競法5条2項の推定を覆滅すべき事情が存在するとは認められない。
カ 小括
よって,不競法5条2項によって算定される原告の損害額は,被告製品のうち①の製品の販売のみを対象とした被告の限界利益である273万9989円と認められる。
(3) 不競法5条3項による損害額について
ア 不競法5条3項による損害額は,原則として,営業秘密を使用した侵害品の売上高を基準とし,そこに営業秘密の使用に対し受けるべき料率を乗じて算定するのが相当であるが,②の製品については廉価販売がされ,③の製品については無償提供又は廃棄がされており,同項の適用の可否及び算定方法に争いがあることから,以下,まず,①の製品についての同項による損害額を検討し,さらに,②の製品及び③の製品について,同項の適用の可否及び適用される場合の算定方法について検討する。
イ ①の製品についての不競法5条3項による損害額
(ア) 侵害品の売上高
①の製品についての売上高は,前記(1)アのとおり,被告製品1について3561万2239円(販売数2813個),被告製品2について711万1388円(販売数562個)の合計4272万3627円である。
(イ) 使用料率について
a 使用料率の認定方法
不競法2条1項7号及び10号に係る営業秘密の使用及びこれによって生じた侵害品の譲渡に対して受けるべき料率は,①当該営業秘密の実際の使用許諾契約における使用料率や,それが明らかでない場合には業界における使用料の相場等も考慮に入れつつ,②当該営業秘密自体の価値すなわち営業秘密の内容や重要性,他のものによる代替可能性,③当該営業秘密を製品に用いた場合の売上げ及び利益への貢献や侵害の態様,④営業秘密保有者と侵害者との競業関係や営業秘密保有者の営業方針等訴訟に現れた諸事情を総合考慮して,合理的な料率を定めるべきである。
b 使用料率の認定
(a) 原告による使用許諾の実績について
前記2(1)のとおり,本件データは本件新製品の最終試作品の製作のための3Dデータであるところ,弁論の全趣旨によれば,原告が本件データについて他社に使用許諾をしたことはないものと認められる。
また,原告が,他社に対して同種の3Dデータの使用を有償で許諾した事例の有無や,その際の許諾の対価についての主張立証はない。
(b) 原告による「設計費」等の請求について
証拠(乙1,2,30ないし35)及び弁論の全趣旨によれば,原告は,通常,他社から受注を受けて樹脂製品を製作する場合に,CADの図面の製作費用を独立に請求することはなく,受注する製品価格や製造のための金型価格を含めた全体で利益を確保するとの方針を取っていること,本件新製品の製造については,当初原告に製品と金型の発注がされる予定であったところ,本件新製品の開発協議の中で,金型を被告が調達することが検討され,その場合には原告に設計費を支払うことが協議されたこと,その後,原告において金型を調達する場合にも設計費を支払うよう原告が求めたこと,原告は,前記1(14)のとおり,本件プロジェクトの終了後の平成29年10月に,本件新製品の「設計費」として203万2800円のほか,「機会損失額」として1496万円の合計1699万2800円を請求したが,当該支払について原告と被告間で合意に至らなかったこと,原告は,上記の「設計費」及び「機会損失額」の請求に当たり,「設計費」については「設計工数:6,500円/H×296H=1,924,000円」,「モックアップ作成費:54,400円×2個=108,800円」と記載し,296時間分の設計工数とモックアップ作成に要した費用の合計として合計203万2800円を請求する旨を説明しており,「機会損失額」の算定根拠として「製品:1,600セット/月×12カ月×2,600円×5%×5年=12,480,000円」,「金型:49,600,000×5%=2,480,000円」の合計1496万円を請求する旨を説明していたことが認められる。
上記の「設計費」及び「機会損失額」の請求は,その経緯からすれば,本件新製品について原告に製品と金型の発注がされる予定であり,原告はそれによる収益を見込んでいたところ,被告から原告への発注がなくなったため,原告が作成した本件データを被告が使用することの対価も含めて,原告への発注によって原告が得られた利益に相当する額を算定し,その額を請求したものと認められる。原告の上記請求内容は,被告との間で最終的な合意には至らなかったものの,本件訴訟前における原告の提案内容という限度で,本件データの使用についての使用料率の算定の参考とすることができるというべきである。
被告は,本件データの使用料相当額について,上記の「設計費」である203万2800円が上限である旨主張するが,上記のとおり,「設計費」のほか,併せて請求された「機会損失額」にも本件データの使用の対価は含まれていたというべきであるから,原告の提案内容として「設計費」の額のみを考慮するのは相当でなく,被告の上記主張は採用することができない。
また,被告は,「機会損失額」の算定に当たり,上記のとおり「1,600セット/月×12ヶ月×2,600円×5%×5年=12,480,000円」との計算が示されていたことから,本件データの使用料相当額について,被告製品1及び被告製品2の1セット当たり130円(2600円×5%)が使用料相当額の最大値となる旨も主張する。しかしながら,原告の「機会損失額」の提案は,本件新製品について,原告が被告から受注する数を合計9万6000個(1600個×12か月×5年)と想定した上で,1個当たりの原告の損失を130円(2600円×5%)として算定しているものであるが,被告製品の製造販売個数に応じて1個当たり130円を支払うよう請求していたものではなく,また,「機会損失額」としては更に金型の受注についての機会損失額248万円を請求し,「設計費」も併せて請求していたものである。そうすると,「機会損失額」の算定根拠についての原告の説明内容から,被告製品の製造販売についての使用料相当額が1台当たり130円に限られるということにはならず,被告の上記主張は採用することができない。
(c) 業界における使用料の相場等について
前記(a)及び(b)のとおり,本件データの使用許諾については,これを含む趣旨の原告から被告に対する訴訟前の提案があるにとどまり,原告の使用許諾の実績はないため,本件データの使用料率の算定に当たっては,業界における使用料の相場等を考慮すべきである。
そして,本件報告書には,「技術ノウハウ」についてのロイヤルティ料率の相場等について,アンケート調査結果として,技術分類のうち「成形」の分野においては,ロイヤルティ料率の平均値が3.8%(最大値14.5%,最小値0.5%,標準偏差3.2%)であることが記載されており,本件報告書以外に,本件データのようなCADシステムのデータの使用許諾についての一般的な相場を示す証拠は双方から提出されていないから,本件報告書に記載された上記のロイヤルティ料率を本件データの使用料率の算定に当たって考慮するのが相当である。
(d) 本件データの重要性,他のものによる代替可能性,売上げ及び利益への貢献や侵害の態様について
前記2(1)のとおり,本件データは本件新製品の最終試作品の製作のための3Dデータであり,本件データがあれば本件新製品の試作品の製造が容易に可能なものであると認められる。また,被告は,前記3(1)のとおり,本件プロジェクト終了後,本件データに基づいて変更を加えることで,被告製品の製造に係る実機図面データを作成したものであり,その結果,3Dデータを改めて作り直す場合と比較して,被告製品の製造開始が容易となったものと考えられる。したがって,本件データは被告製品の売上げ及びこれによる利益に相当程度貢献しているものということができる。
他方で,被告製品と同種の製品を製造するために,本件データを用いずに新たに製品の3Dデータを作成することが不可能であったことを認めるに足りる証拠はなく,本件データが同種製品の製造に必須で代替不可能なほど重要なものであるとまではいえない。
(e) 原告と被告との競業関係や原告の営業方針等
証拠(甲13,乙4)及び弁論の全趣旨によれば,原告と被告とは,いずれもプラスチック製品の設計,製造,販売等を行う会社であり,プラスチック製品の成形分野において競業関係にあると認められる。
(f) 使用料率の認定
以上によれば,合理的な使用料率の算定に当たっては,前記(c)の本件報告書に記載されたロイヤルティ料率の相場(平均値3.8%,最大値14.5%,最小値0.5%,標準偏差3.2%)を考慮すべきであり,さらに,前記(d)の本件データの被告製品による利益への貢献や本件データの代替可能性,前記(e)の原告と被告とが競業関係にあること,前記(b)の本件訴訟前の原告の提案内容といった事情を総合考慮すれば,不正競争行為をした者に対して事後的に定められる,本件データの使用に対して受けるべき使用料率については,6%と認めるのが相当である。
原告は,本件報告書について最大でロイヤルティ料率を14.5%とする例があったことを指摘するが,本件報告書における平均値は3.8%であり,前記(d)のとおり,本件データが同種製品の製造に必須で代替不可能なほど重要なものであるとまではいえないことからすれば,本件報告書における最大値を基準とすべきとはいえない。
(ウ) 使用料相当額
a ①の製品についての使用料相当額を算定すると,前記(ア)の_______売上高合計4272万3627円の6%に相当する256万3417円と認められ,これが不競法5条3条による損害額となる。
b 前記aの使用料相当額の内訳は,被告製品1について213万6734円(3561万2239円×6%),被告製品2について42万6683円(711万1388円×6%)となり,被告製品1の販売数が2813個,被告製品2の販売数が562個であるから,製品1個当たりの使用料相当額を算定すると,次のとおり,被告製品1と被告製品2のいずれについても759円となる。
213万6734÷2813個≒759円
42万6683円÷562個≒759円
ウ ②の製品についての不競法5条3項による損害額
(ア) ①の製品を対象として不競法5条2項による損害を算定する場合に,②の製品に同条3項を適用できるかについて
被告は,①の製品を対象として不競法5条2項による損害を算定する場合に,別途②の製品について不競法5条3項による損害を算定して,これらを合算することは,填補賠償の原則に反して許されないと主張する。
しかしながら,前記(2)ウのとおり,②の製品の販売は,①の製品の販売と一体のものとして行われたものとはいえず,①の製品の販売のみに基づいて不競法5条2項による損害額を算定することは認められるというべきであるから,同項による損害の算定において対象となっていない②の製品について同条3項によって損害額を算定し,これと①の製品について同条2項により算定した損害額を合算しても,算定の対象とされた製品が異なっている以上,損害を二重に評価していることにはならず,填補賠償の原則に反するということにはならない。したがって,そのような算定方法を採用することも認められるというべきである。
(イ) ②の製品についての損害の算定方法について
②の製品についての実際の売上高は,前記(1)イのとおりであるが,前記(2)ウ(イ)cのとおり,②の製品は平均すると①の製品の販売価格の5分の1程度の大幅に値引きされた額で販売されており,また,②の製品の販売については,被告製品の販売終了に近い時期に,在庫処分の趣旨で行われたものが大部分であったと考えられる。さらに,このような在庫処分の趣旨での廉価販売が,当裁判所により被告の行為が不正競争に該当する旨の心証が開示された後に行われたことは当裁判所に顕著であるから,②の製品の販売の大部分については,本件訴訟における差止め及び廃棄請求の対象となることを免れる意図に基づいて不相当な廉価によってされたものと疑われてもやむを得ないというべきである。
しかも,②の製品の販売は,営業秘密である本件データを使用して被告製品を製造し,一般消費者向けに譲渡するものであり,その結果,被告製品が原告製品と競合する市場に出回ってしまうことから,原告が相当な使用料の支払なくそのような行為を許諾することはないという点において,①の製品の販売と共通している。
以上の事情を考慮すれば,②の製品の販売について,原告が受けるべき金銭の額を事後的に定めるに当たっては,前記(1)イの大幅に値引きされた実際の売上高に前記イ(イ)の使用料率を乗じて算定するのは相当ではなく,被告製品1個の販売につき,①の製品を1個販売した場合と同額の使用料(前記イ(ウ)bのとおり,被告製品1と被告製品2のいずれについても759円)をもって使用料相当額を算定するのが相当というべきである。なお,原告が主張する,②の製品の売上高について,②の製品の1個当たりの販売価格を①の製品の1個当たりの販売価格と同額として算定すべきとの算定方法も,これと同趣旨をいうものと解される。
(ウ) 使用料相当額
②の製品についての使用料相当額を算定すると,1個当たりの使用料相当額759円に,前記(1)イの②の製品の販売個数(被告製品1につき774個,被告製品2につき1389個の合計2163個)を乗じた164万1717円と認められ,これが不競法5条3条による損害額となる。
エ ③の製品についての不競法5条3項による損害額
(ア) ①の製品を対象として不競法5条2項による損害を算定する場合に,③の製品に同条3項を適用できるかについて
被告は,①の製品を対象として不競法5条2項による損害を算定する場合に,別途③の製品について不競法5条3項による損害を算定して,これらを合算することは,填補賠償の原則に反して許されないと主張するが,しかしながら,前記(2)ウのとおり,③の製品については,無償譲渡された分を含めて①の製品の販売と一体のものとはいえないから,前記ウ(ア)と同様に,①の製品の販売のみに基づいて不競法5条2項による損害額を算定する場合に,同項による損害の算定において対象となっていない③の製品について同条3項によって損害額を算定することも認められるというべきである。
(イ) ③の製品についての損害の算定方法について
前記アのとおり,不競法5条3項による損害は,原則として,侵害品の売上高を基準とし,そこに営業秘密等の使用に対し受けるべき料率を乗じて算定すべきところ,③の製品については,販売されていないから,売上高は存在しない。
しかしながら,被告は,前記(1)ウのとおり,被告製品の販売を終了する直前の令和2年3月の時期に,③の製品について,少なくとも,被告製品1を1000個無償提供したことが認められるところ,当該無償提供は,営業秘密である本件データを使用して被告製品を製造し,一般消費者向けに譲渡することにより,被告製品が原告製品と競合する市場に出回ることから,原告において相当な使用料の支払なく許諾することはないという点において,①の製品の販売と共通している。
しかも,その無償提供がされた時期が当裁判所により被告の行為が不正競争に該当する旨の心証が開示された後であることは当裁判所に顕著であり,本件訴訟における差止め及び廃棄請求の対象となることを免れる意図によるものと疑われてもやむを得ないというべきである。
以上の事情に照らすと,被告による上記の行為に対し原告が受けるべき金銭の額を事後的に定める場合には,③の製品1個の無償提供につき,①の製品(被告製品1)を1個販売した場合と同額の使用料759円(前記イ(ウ)b)をもって使用料相当額を算定するのが相当というべきである。
原告は,③の製品全体が無償提供されたとして,③の製品全体について不競法5条3項の損害の算定の対象とすべきと主張するが,無償提供されたと認められるのが被告製品1の1000個に限られることは前記(1)ウ(イ)のとおりであり,③の製品のうちそれ以外のものについては,既に廃棄済みであるか,本件訴訟における廃棄請求の対象となるものと考えられるから,これを不競法5条3項の損害の算定の対象とするのは相当ではなく,原告の上記主張は採用することができない。
(ウ) 使用料相当額
③の製品についての使用料相当額を算定すると,被告製品1の1個当たりの使用料相当額759円に,前記(1)ウ(イ)の無償譲渡された③の製品の個数1000個を乗じた75万9000円と認められ,これが不競法5条3条による損害額となる。
(4) 弁護士費用等を含めた損害のまとめ
ア ①の製品について不競法5条2項,②の製品及び③の製品について不競法5条3項を適用した損害額(原告の主位的主張)について
①の製品についての不競法5条2項による損害額は前記(2)カの273万9989円,②の製品及び③の製品についての不競法5条3項による損害額は前記(3)ウ(ウ)及び同エ(ウ)を合算した240万0717円であり,被告製品全体についての損害額は514万0706円である。
イ 被告製品全体について不競法5条3項を適用した損害額(原告の予備的主張)について
被告製品全体について不競法5条3項による損害額は,前記(3)イ(ウ)a,同ウ(ウ)及び同エ(ウ)を合算した496万4134円である。
これは前記アの額を下回るから,被告が賠償すべき額は前記アの額に基づいて算定する。
ウ 消費税相当額について
弁論の全趣旨によれば,前記(2)及び(3)の限界利益及び使用料相当額は,いずれも消費税相当額を含めない売上高に基づいて計算されたものであると認められ,最終的な損害額の算定に当たって,それぞれ消費税相当額を加算すべきであることは当事者間に争いがない。
原告は,税率の引上げがされた令和元年10月1日の前後を問わず消費税率を一律8%として計算することを認めているから,これに従って前記アの損害額に消費税相当額を加算すると,555万1962円(514万0706円×1.08)となる。
エ 弁護士費用について
本件事案の難易,本件の損害賠償請求における前記ウの認容額等の事情を考慮すると,被告による前記3及び4の不正競争行為と相当因果関係のある弁護士費用として55万円を損害と認めるのが相当である。
オ 合計
以上によれば,前記3及び4の不正競争行為による原告の損害額は,前記ウの消費税相当額考慮後の損害額に前記エの弁護士費用を合算した610万1962円と認められる。なお,この損害算定の対象となった被告製品は,前記(1)のとおり,令和2年3月末日までに製造,販売又は無償提供されたものであるから,上記損害は同日までに発生している。
6 争点5(差止請求及び廃棄請求の当否)について
証拠(甲49,乙47,52ないし54)及び弁論の全趣旨によれば,被告は,令和2年3月末までに被告製品の製造販売を中止しており,令和2年3月末をもって被告製品の販売終了した旨をウェブサイトにおいて告知していること,また,それに先立って令和2年2月に被告製品の金型を廃棄していることが認められる。
しかしながら,本件全証拠によっても,③の製品のうち,無償提供されたもの以外の製品がどのように処分されたのかや,その処分が完了したのかについては,明らかではなく,また,被告が,将来において,被告製品の製造に用いられた実機図面データを使用することができないと認めることもできない。したがって,被告が,今後,被告製品を生産,譲渡又は譲渡のための展示をするおそれはあるというべきであり,被告製品の生産,譲渡及び譲渡のための展示を差し止め,被告製品を廃棄する必要性が認められる。
7 結論
(1) 差止請求及び廃棄請求について
以上によれば,原告の被告に対する不競法3条1項及び2項に基づく,被告製品についての差止め請求及び廃棄請求は理由がある。
(2) 損害賠償請求について
以上によれば,不競法4条に基づく損害賠償請求は,損害金610万1962円及びこれに対する損害発生後の令和2年4月1日から支払済みまで平成29年法律第44号による改正前の民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。
被告に対する損害賠償請求について,原告は,不競法4条に基づく損害賠償請求と不法行為に基づく損害賠償請求を選択的に請求しているところ,後者に係る損害額について,原告は前者に係る損害額と同様であると主張するのみで,上記認定した損害金610万1962円を上回る損害額が発生したことについて具体的な主張立証はない。
そうすると,被告に対する損害賠償請求については,不競法4条に基づいて上記の額の損害賠償請求を認容するのが相当であり,その余の点について判断するまでもなく,上記の額を上回る損害賠償請求については不競法4条に基づく請求と不法行為に基づく請求のいずれも理由がないから棄却するのが相当である。
(3) よって,主文のとおり判決する。なお,主文第2項については,仮執行宣言を付すのは相当でないから,これを付さないこととする。
東京地方裁判所民事第29部
(裁判長裁判官 國分隆文 裁判官 小川暁 裁判官 矢野紀夫)
別紙